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2004年6月

2004/06/30

防犯ブザーを貸与(6月28日)

 28日の午後、来月の議会に向けての、補正予算の説明を受ける中で、県内の小中学校に通うこどもたち全員に、防犯ブザーを持ってもらう方向で、予算を提案することにしましたが、児童・生徒の安全対策として、県単位でこうした取り組みをするのは、全国でも初めてのことと思います。

 これは、公明党からの要請を受けて、検討を始めたことですが、その後、東京や福岡など、大都市部を中心に、全国的にも、こどもたちの安全を守るための取り組みが、広がってきていることを知りましたので、具体的な手法をつめていました。

 その結果、小学1年生から中学3年生までの、全ての児童・生徒に、もれなく防犯ブザーを貸し出すために、県と市町村が一緒になって、その全額をみていく仕組みを作りました。

 一方、すでに、小学生では4人に1人近くが、また中学生は、およそ6パーセントの児童が、市町村の単独の事業や、ライオンズクラブの寄付で、防犯ブザーを携帯していますし、私立や国立の小中学生への対応もありますので、それらの調整は残っていますが、来月の議会に、予算案を提案することにしました。

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苦汁から砂糖へ(6月28日)

 28日の昼過ぎ、一時帰国中の、高知県シンガポール事務所の所長から、近況報告を受けましたが、自然食品のブームに乗って、高知県の会社がベトナムで、黒砂糖の生産を始めると聞きました。

 と聞くと、なぜベトナムで砂糖づくりがと思うのですが、そもそもは、日本から台湾に伝わった技術を、台湾に出稼ぎに行っていたベトナムの人が、国に持ち帰ったのが始まりとのことでした。

 ただ、漂白された白い砂糖は、日本の大手企業が、船一隻の単位で買いつけるルートが出来あがっているため、そのすき間をぬった、黒砂糖づくりが主流ですが、自然食品のブームにあわせて、健康に良い砂糖を求めていた高知の会社と、めぐり逢う結果になりました。

 自然食品と言えば、最近は塩の苦汁(にがり)がブームになっていますが、苦汁に続いて、次は、自然系の砂糖が話題になりそうな気配です。

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隗より始めよ(6月28日)

 28日午前の、危機管理担当との政策協議では、まず全ての県職員に、自主防災の組織を立ち上げるためのリーダー研修や、救命のための応急措置の講習を、受けてもらおうということになりました。

 高知県は、南海地震への備えという、大きな課題を抱えていますが、マグニチュードが8,4、しかも、地震の揺れがおさまった後も、大きな津波が、くり返し押し寄せると予想されているため、防波堤や水門などのハードの施設だけでは、住民の命を守りきることは出来ません。

 そこで、県では、ハードの施設整備による「公助」だけでなく、まず第一には、住民自らが自分たちの命を守るという、「自助」と「共助」を中心とした仕組みづくりに、力をいれていますが、その中核をなすのが、住民による自主防災の組織ですので、津波の危険が大きい沿岸地域では、平成19年までに、こうした組織の100パーセントの立ち上げを、つまりは、全ての世帯が、自主防災の組織に入るような、態勢づくりを目指しています。

 また、そのためには、自主防災の組織づくりを引っ張っていく、リーダーの育成が欠かせませんので、県では、リーダー養成の研修を実施していますが、この日の協議で、住民に働きかけることも大切だが、まずは、言い出しっぺである自分たちが率先して、地域を引っ張っていく姿勢を、見せるべきではないかという結論になりました。

 こうしたことから、全ての職員に、自主防災組織のリーダーになるための研修(6時間)と、救命のための応急措置の講習(3時間)を、職務命令として義務づける方向で、検討を進めることにしました。

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2004/06/29

鉄秋君の食べっぷり(6月27日)

 27日の日曜日は、久しぶりのオフでしたので、これもまた久しぶりに、愛犬の鉄秋君に、夕食をふるまいました。

 鉄秋君の食事は、何回分かを作りおきして、冷蔵庫にいれてありますが、冷たいままでは申し訳ないと思いましたので、1〜2分チンをして、軽く温めてから庭に出ました。

 おなかが、よほどすいていたのでしょうか、猛然と駆けよってくると、お皿に移す間ももどかしげに、大きな肉の塊を、一気に口に頬ばって噛み切ろうとしています。

 わが家に来て10年あまり、人間であれば、もう高齢者の仲間入りをしている年ですから、その様子を見ながら、歯は大丈夫だろうか、そのまま飲み込んで、喉をつまらせないだろうかと心配でした。

 でも、日頃、ほとんどスキンシップをしていないものですから、そんな自分の思いを、どう彼に伝えたらいいのかの間合いがつかめないまま、家の中に戻ってしまいました。

 せめて、電子レンジのぬくもりを、感じとってくれたかなと思いつつ。 

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2004/06/28

 「伝説」の湯(6月26日)

 26日の土曜日は、県西部の佐賀町の、誰もいない海辺に出かけて、町の人たちとお昼を食べながら、のんびりとした半日を過ごしましたが、帰りがけには、海岸のすぐ側にある、「伝説の湯治湯」につかってみました。

 ここは、須賀留という地区で、今では、奥さんを亡くしたおじいちゃんと、ご主人を亡くしたおばあちゃんの、いずれも一人暮らしのお家が、2軒しか残っていませんが、近くには、プライベート・ビーチと言ってもいいような、めったに人の訪れない浜辺がありますので、たまには、こんなところで体を癒したらと、知りあいが誘ってくれたのです。

 町の国道筋から車で20分、対向車も来ない、自然林の中の狭い山道を降りると、お目当ての海辺では、先発の人たちが、テントと、醤油のケースの上にベニヤ板を敷いた食卓を、用意してくれていました。

 ここからが、田舎ならではの醍醐味で、お昼のおかずの担当になった、新聞販売店の店主は、料亭に持ちこめば、万という値段のつきそうな、大ぶりの石鯛3匹をはじめ、メインディッシュの惣菜をそろえてくれていましたが、聞けば、朝,素もぐりで近くの海に入って、ほんの1時間ほどの間に、もりで突いて取ったとのことで、名人の技には正直驚かされました。

 続いて、町の料理屋のご主人が、海辺に流れ込む、谷川の水で魚を洗いながら、石鯛を三枚におろすと、刺身とたたきはもちろん、あらや中落ちを出汁にした味噌汁を手際よく準備して、次々と、ベニヤの食卓にならべていきます。

 外を見れば、料理の後の魚のわたを狙って、とんびが低空飛行をしていますし、砂の上には、卵を産みにあがってきた海亀の足跡もあって、自然を満喫出来るランチでした。

 この間に、仲間の人たちが、海辺に入る小さな道沿いにある、鉱泉を温めてくれていましたので、帰る前にひと風呂浴びることにしました。

 お風呂とは言え、近くに湧く鉱泉を、ドラム缶でわかした上、定置網でとれた魚を入れる水槽に、お湯をうつしかえるだけという、ごくシンプルなものですが、入っているうちに段々と気持ちがよくなってきて、文字通り野趣豊かなひと時でした。

 面白かったのは、風呂を囲う塀にとり着けられていた、看板の文句で、「平家の落人」や「地図を作る旅の途中の伊能忠敬」の他、「沖を泳ぐ鮫」までもが疲れを癒したと、数々の「伝説」が書かれているのですが、看板を書いたご当人によると、「頼んだ人が、最初は間宮林蔵と書いたものだから、それはいくらなんでもと、伊能忠敬に書き直したんだけど、全国をまわっ人だから、須賀留に来てお湯に入っても、おかしくはないだろう」とのことでした。

 これから100年もたてば、これが、本物の伝説になるのかもしれません。

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フィルム・スクールその後(6月25日)

 高知工科大学がこの夏に開く、映画のシナリオづくりや、映像制作を教えるための特別講習、通称フィルム・スクールのことは、以前この欄でもご紹介をしましたが、そこで、演出や脚本の分野を担当してくださる、ケリー・アトキンズさんと、25日の朝、知事室で懇談をした際に、締めくくりには、アメリカから、著名な映画監督を招いたイベントを開きたい、との計画を聞きました。

 このフィルム・スクールには、6週間で42万5000円という受講料にもかかわらず、募集定員を上まわる、30人以上の応募がありましたが、8月5日からの本番に向けて、着々と準備が進められています。

 その中で、シナリオづくりや、映像、編集といった分野ごとに、その道の第一線の人を招くことのほか、受講生が制作する、4本の短編が出そろった後、締めくくりのイベントとして、アメリカの映画監督、スパイク・リーを招く計画が進められているそうです。

 スパイク・リーは、暗殺された黒人運動の指導者を描いた、「マルコムX(エックス)」などの作品で知られる監督ですが、こうした、実績のある監督を招くことで、このフィルム・スクールが、来年に向けて、さらに発展していければと願っています。

 また、フィルム・スクールに参加する人が、自分の思い描く映像を撮るためには、県内のどこに行けば、どんな映像が撮れるかを、わかりやすく示す必要がありますが、すでに、撮影の分野の講師の方が、山・海・川などの自然はもちろん、仕事や職場など様々なカテゴリー別に、地名やキーワードを入れれば、その場所に関する何枚かの映像が出てくる、ロケ・ハンティングのためのソフトを、作って下さっていると言うことです。

 実は、僕が会長をしている、「高知県観光コンベンション協会」では、映画のロケ隊を誘致するための、フィルム・コミッションの態勢づくりが、課題になっていますが、フィルム・スクールの受講者用に作られた、ロケハンのためのソフトは、そのまま、フィルム・コミッションの資料にも、利用させてもらえるのではないかと期待をしています。

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木材の活用(6月24日)

 24日の森林局との政策協議では、原木市場の規格や、配送のシステムを一本化する、共同市場の構想の他、中小の工務店が力をあわせて、安い木材住宅を供給していくための、建築市場の取り組みが紹介されましたが、それとは別に、公共の土木や建築に、一定の割合で、木材を活用することを義務づける基準づくりを、森林局がリードして進めるように指示しました。

 公共の土木工事では、7パーセントを目標に、木材の利用を勧めていますが、価格の壁や安全強度の問題などから、目標は達成されていませんし、公共建築でも、お隣の愛媛県が、2階建て以内の公共の建物は、全て木造で造っているといった実態と比べて、遅れをとっていると言わざるを得ません。

 もちろん、価格の差があまりにも大きいという場合は論外ですが、例えば、1000平米の建物の場合、スチールを100とすれば、鉄筋が110、木造が120と言われますので、この程度の開きなら、思い切って、木材の利用を義務づける基準を設けることが、「木の文化県」を標榜しているわが県に、ふさわしい対応ではないかと思います。

 協議の中では、街頭の宣伝用の看板にも、木材の利用を勧める条例を作ってはどうかとの、意見も出ましたが、これらのことも含めて、森林局が、基準作りの調整権限ではなく、決定権限を持って取り組むように指示をしました。

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合併をめぐる話し合い(6月23日)

 三位一体の改革で、地方の財政が、「ことここに至った」今、市町村合併に向けても、「アクセルを踏まないといけない」と発言したことを受けて、自分自身が地域に出かけて、直接話をしたいと言ってきましたが、23日午後の、市町村合併支援室との協議で、その第1回を、7月4日に開くことになりました。

 当日は日曜日ですが、ごめん・なはり線の開業2周年の記念イベントがありますので、その後、午後3時半から8時にかけて、物部村と香北町で、地域の住民の方々とお話をすることにしています。

 また、同じ地域にあたる土佐山田町でも、7月17日に、同様の会を開くことにしていますが、この他にも、3、4の地域から、何らかの形で声をかけていただいているようです。

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教員確保の手段は(6月23日)

 23日の教育委員会との政策協議では、まず、三位一体の改革の中で、義務教育の教員の人件費が、文部科学省の示している総額裁量制になったとしても、または、一気に一般財源になったとしても、それを、地方の自由度の高まりと受けとめて、どう政策に活かしていけるかが話題になりました。

 その中で、具体策の一つとして、小中学校での30人学級の導入について、小学1年から中学3年までの全ての学年で、30人学級を実現するパターンと、小学1・2年と中学1年を30人学級にした上、同時に少人数指導を採りいれるという、2つのパターンが示されました。

 いずれにしても、教員の給与のカットで、必要な数の教員の人件費を生み出さなくてはなりませんから、現場の教員の方々の協力が必要になりますが、そのためにも、現場から率先してやろうという声が起きるような、理論武装を進める必要があります。

 一方、こどもの数がますます少なくなる中で、県としても、小中学校の児童生徒の数の、適正な規模を検討する委員会を、間もなく立ち上げることにしていますが、この委員会の報告を受けて、今年度中には、適正規模の水準を明記した、県としての青写真を示すことにしました。

 過疎化も相まって、児童生徒の数が、地域ごとにかなりのばらつきを示す中、教員の数を手厚く確保していくためには、30人学級でふれたような、教員の給与を分けあうという方法と、適正規模の学校への統廃合によって、必要な人員を生み出すという、二通りの方法があろうかと思いますが、その組み合わせの決断の時期は、一年足らずに迫っています。

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危機宣言が必要か(6月22日)

 22日午後の、総務部との政策協議では、今後の財政の見通しが最大のテーマでしたが、出先の事務所をはじめ、全庁的には、「そうは言っても、まだまだ何とかなるのでは」と言った、危機感の薄さが目につくため、ひと通りの政策協議が終わり次第、庁議の場を通じて、僕自身が自分の言葉で、いかに危機的な状況にあるかを、再度強調することにしました。

 今の時点では予測のつかない、不安定な要素も数多くありますし、数字の一人歩きも困りますので、細かいことは省きますが、どのような形でシュミレーションを組んでも、相当額の財源不足が想定されますし、平成19年度以降、職員や教員の退職手当が一気にふえていきますと、給与制度の見直しや、人員を減らすことで進めてきた、人件費の削減の効果が、薄まってしまう恐れがあります。

 このため、まずは県庁内に対して、危機宣言にあたるものを発しないといけませんが、その後、しかるべき時には、県民の皆さんにも、危機宣言の呼びかけをしなければいけないかもしれません。

 ただ、その時には、当然のことながら、サービスのカットだけで、すませられる話ではありませんので、職員の給与のことも含めて、県庁としての痛みや努力を、どこまで示せるかが問われることになります。

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2004/06/25

農業の知的財産権(6月22日)

 22日から、庁内の各部局との、政策協議が始まりましたが、その一番バッターとして登場した、産業技術委員会との協議では、高知大学の海洋コアセンターとの連携の在り方や、農業の分野での知的財産権の保護など、様々な課題を話し合いました。

 このうち、高知大学の海洋コアセンターとの関わりでは、土佐湾沖に眠っている、メタン・ハイドレードと呼ばれる、エネルギー資源に対する取り組みや、海の底の地殻に生息している、極限微生物の活用など、的を絞ったプロジェクトを立ち上げた上で、県庁内のまとめ役と目指すべき成果を、明確に示すよう指示をしました。

 また、「海洋コア国際学園都市」という、構想の紹介もありましたが、これは、ビザがなくても、研究者が活動できるような、特区的な含みも持った構想だということですので、同じ高知大学の、黒潮圏研究科コースをはじめ、県内の幅広い機関と連携して、進めることにしました。

 一方、農業の分野では、これまでも、新しい種苗や栽培技術の開発は、農林水産省の管轄のもとで、知的所有権として保護される仕組みがありましたが、農業に関わるビジネス特許といった側面は、あまり注目されたことがありませんでした。

 しかし、例えば、高知県で開発された、ビニールハウスを使った施設園芸は、冬場でも野菜づくりが出来るようにしたという点で、今ならば、ビジネス特許に値するような、知的財産権としての、価値を持っていたのかもしれません。

 こうしたことから、今後は、農業の分野の、新しい工夫や仕組みづくりに、知的財産権の視点から、取り組んでいくことにしました。

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2004/06/24

中国・台湾事情(6月22日)

 去年の9月にオープンをした、県の上海事務所の所長らが、一時帰国をしましたので、22日午前、知事室で報告を受けました。

 この事務所では、上海を中心にした、中国各地での活動だけでなく、台湾のフェアなどにも参加していますので、まずは、上海と台湾の消費傾向の違いを聞いてみますと、高級品についての受けとめが違うということでした。

 例えば、高知県馬路村の、「ゆずの村」というポン酢醤油に対して、上海では、富裕層からも「値段が高い」といった答えが返ってきますが、台湾では、「おいしいから高くはない」との、感想が多いとのことです。

 また、台湾のフェアでは、土佐市のマスクメロンが大人気だったということですし、スーパーでも、日本の野菜が売られるなど、生鮮食料品も、十分輸出の可能性があるとのことでしたが、香港、台湾、大陸と、それぞれに嗜好が違うため、「良いものなら売れるだろう」ではなく、同じ内容の商品でも、その土地にあわせたパッケージなど、「売れる物づくり」をしないといけないとのことでした。

 そうした、お国柄による考え方の違いで面白かったのは、「中国では、病院に行っても、お金を払った後でないと、注射をしてくれない」という話で、今年から事務所に配属された職員も、所長のアドバイスで、急病で医者にかかった時にも困らないようにと、外に出る時は忘れずに、2000元をポケットに入れるようにしたそうです。

 今後、高知県から、中国や台湾などに売っていきたい品物は、数多くありますが、そのためには、「郷に入っては郷に従え」に応えられるような、マーケティングが欠かせないようです。

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文化の拠点が長期休館(6月21日)

 空調設備のやり直しや、耐震構造への改修のため、県立の県民文化ホールが、2年近く使えなくなるという計画に対して、ホールを使う機会の多い、関係者の方から話を聞きましたが、今の計画ままでいいのかなと、大きな悩みを感じています。 

 高知市内にある、県民文化ホールは、県内では最大のホールですが、それでも、最大で1500人しか入れないため、以前から、「全国的に見ても、収容人員が、2000人以上の規模のホールがないのは、高知県だけだ」と、指摘をされていました。

 ところが、昭和51年に出来た古い建物ですので、最近では、時折空調が効かなくなる上、地震に対する備えもないため、2年近くかけて、改修をする計画を進めているのですが、その期間中は、一切ホールが使えなくなってしまいます。

 僕には、この計画を進めている、県の代表という立場はありますが、これでいいのだろうかという疑問もぬぐえないため、このホールを活用する機会の多い、関係者にお出でいただいてご意見を聞きました。

 その方が指摘されたことは、いくつかありますが、その一つは、「県は、高知市に、かるぽーとという代替施設が出来たことを、県民文化ホールの、一時閉鎖に踏みきった理由に挙げているが、かるぽーとの中のホールは、1000人足らずしか入れないので、代替の施設にはならない」ということです。

 また、「30年近くたった施設を手直ししても、それで、あと何年持つというのだろう。また、民間の企業なら、休館の間の一般管理費を、コストとして計算するのが当たり前だが、県では、そうした計算をしているのだろうか。それはともかく、2年近く待つことで、新しいホールが出来るのならまだしも、文化施設というよりも、文化遺産になろうとしている、古い施設を温存するために、これだけの長い期間、県民が文化に触れあう機会を、奪うことが許されるだろうか」とのお話もありました。

 その上で、「手直しにしろ、建て直しにしろ、今の計画以外にも、色々な手法が考えられると思うので、県民のための、数少ない文化の窓口を守るといった視点から、もっと多くの人の知恵を、尋ねてみてはどうだろうか」とのご提案です。

 加えて、「いずれにしろ、長い期間休館をするということになれば、県内には代替の施設がないので、その代わりに、アリーナ機能を持つ県民体育館を、この間は、スポーツ優先ではなく、幅広い団体が使えるように、柔軟に調整してもらいたい」との、要望がありました。

 この問題では、7月の初めにも、全国のホールの実情を知っている方から、お話を聞くことにしていますが、今の計画のままでいいのだろうかと、大きな悩みを感じています。

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三位一体と生活保護費(6月21日)

 21日午前の庁議で、昨日の四国知事会議の際に、他の県の知事から聞いた、三位一体の改革にかかわる話を紹介しましたが、それは、生活保護費の国の負担金も、一般財源として地方に移してはどうかという、これまで地方では、あまり語られたことのない考え方でした。

 生活保護は、もともとは、憲法で保証された生活権に基づくものですから、生活保護法によって、国は、市町村や県が支給した保護費の4分の3を、負担することが義務づけられています。

 こうした背景から、三位一体の改革の流れの中で、財務省は、生活保護費の国の負担率を下げようと、画策をしていますが、これに対して地方の側は、「生活保護は、まさに国の責任でなすべき仕事なので、国の負担を減らして、その分を、地方に押しつけるようなやり方は許せない」と、強く反発をしています。

 これに対して、この知事さんの考え方は、「いかに地方が反対をしても、国は、国の負担率を下げてくるだろうし、その後で、少なくなった額を地方に移してくるといったことをしかねない。とすれば、今のうちに、地方への委譲を求めて、現在国が負担している、100パーセントの額を確保するほうが、地方財政全体にとって有利ではないか」といったものでした。

 生活保護費は、たとえ一般財源として地方に財源が移されたとしても、それだけでは、地方の自由度が高まるものではありませんので、このご意見は、三位一体の改革の本来の狙いとは、目指すべき方向が異なっていますが、地方の中にも、様々な考え方があるものだと、あらためて感じました。

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わけあう気持ち(6月20日)

 20日の午前、午後からの四国知事会議を前に、他の3県の知事とともに、四国の水瓶と呼ばれる早明浦ダムを視察しましたが、ダムの果たしている機能の説明を聞いていて、ふと、「わけあう気持ち」の大切さを思いやりました。

 と言うのも、早明浦ダムは、ダムサイトもダムによって水没した地区も、全て高知県内にありますので、その地域の住民の暮らしをはじめ、ダム建設のために払った犠牲は、大きなものがありますが、このダムから高知県が受けている水の割合は、全体のわずか4パーセントで、ほとんどは、香川、徳島、愛媛の3県に送られています。

 文字通り、四国は一つを実現するために、天からの恵みを「わけあう気持ち」で、造られたダムだと思うのですが、そう言えば、このところ、「わけあう気持ち」の大切さを考えさせられることが、いくつかありました。

 例えば、先日この欄で紹介をした、デジタル放送用の鉄塔を、全国の隅々にまで建てるための提案も、その一つですが、確かに、収益性の高い大都市圏のキー局が、建設費の一部を「わけあう気持ち」を持ってくれれば、テレビがデジタル化されても、地方の山間に住むお年寄りが、テレビの楽しみを奪われる、といった事態は起きないはずです。

 同様のことが、今話題になている、プロ野球の近鉄とオリックスとの合併問題にも、言えそうな気がするのです。

 それは何故かと言えば、アメリカの大リーグの場合は、テレビの放送権料やライセンス料を、リーグでまとめてプールをした上、各球団に配分する方式をとっていると聞きますが、日本のプロ野球界には、そのような仕組みがありませんから、人気のあるチームと、そうでないチームとの間にある、放送権料の何十倍もの開きが、そのまま、経営の良し悪しに結びついていると言われます。

 ですから、もし人気の球団が、「わけあう気持ち」を持ってくれさえすれば、日本のプロ野球界も、状況は大きく変わってくるでしょう。

 もう一つ、地方の行政に身近な話題をあげれば、三位一体の改革の中で、国から地方への税財源の移譲が行われれば、企業の本社が集中している、東京都が一人勝ちになると言われる、いわゆる「東京問題」も、やはり、「わけあう気持ち」が、大きなポイントになっています。

 もちろん、ゆきすぎた「わけあう気持ち」が、自立心を奪わないように、バランスを考える必要はありますが、その一方で、弱肉強食が当たり前のようになりつつある時代には、「わけあう気持ち」をもう一度見直してみることが、必要ではないかと感じています。

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2004/06/21

公用車“ちゃがまる”(6月19日)

 18日の夜のことですが、出張先の松山市で、知事公用車に乗って、宿泊先のホテルにむかっていた時、車がエンスト状態で止まってしまいました。

 土佐弁では、物にしろ人にしろ、駄目になってしまうことを、“ちゃがまる”と言いますが、まさに、車が“ちゃがまった”という感じでした。

 その時は、しばらく前から、カラカラといった音がしていて、運転手さんが、「おかしいおかしい」と首をかしげていたのですが、突然、危険を知らせるようなブザーの音がしたかと思うと、エンジンがかからなくなってしまいました。

 高速道路の途中でなくて、せめてもの幸いだったなどと思いながら、、タクシーに乗りかえて、ホテルまで行きましたし、翌19日も、同じくタクシーで、高知まで戻りましたが、後で聞きますと、ラジエーターのタンクにひびがはいって、水が漏れてしまったのが原因のようでした。

 この公用車は、10年近く使っていますので、最近も、ブレーキの効きが悪くなって、数日休養をしたばかりでしたが、もうそろそろ、寿命なのかもしれません。

 しかし、財政状況も厳しい中、知事の公用車のために、新車を買うという時代ではありませんので、リースの車を使うなど、いくつかの方法を検討することになりました。

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経営品質は所属長を中心に(6月18日)

 18日と19日の2日間、高知県庁がとりいれている、経営品質の向上に向けた取り組みの一つとして、課長や所長など、所属長を対象にした研修会が開かれました。

 高知県では、県庁の仕事が、お客様である県民の皆さんに、正面から向きあった、サービスの質の高いものになるようにと、経営品質の向上に取り組んでいますが、「県庁は、民間の企業とは違うので、経営品質という考え方そのものがそぐわない」といった、かたくなな拒絶反応に加えて、自己点検をもとに、職場ごとに、与えられたシートを埋めるという作業が、自己目的化したきらいもあって、「面倒くさい仕事がふえただけ」という、受けとめ方も根強くあります。

 しかし、本来は、職員がいきいきと、楽しく仕事の出来る職場を作ることや、それを、県民サービスの向上につなげていくことが、経営品質の目的ですので、まずは、食わず嫌いをなくすためにも、日常の仕事を通じて、経営品質の味を試食してもらうことから、始めることにしました。


 このため、この3月には、ちょっといいなと思えるような、元気の出る取り組みにトライをした職場が、思い思いの形式で、その体験を発表する、「トライ・アンド・トライ」という名の会を、若手の職員が中心になって開きましたが、6つの職場の活動報告に共通していたことは、前例にとらわれない、若い職員の発想がきっかけになっていることと、それに横槍をささずに、温かく見守る上司がいたことでした。

 そこで、今年度は、こうした取り組みを、さらに広げるとともに、各職場の所属長に、職員と向きあって話しをしてみるように呼びかけています。

 と言うのも、これからの組織に求められるリーダーシップは、上から一方的に、「あれをやれ、これはやるな」と、管理をするのではなく、下からの声を、巧みに汲みあげていく力だと思うからですが、そのためには、どのようにして、職員と向きあっていけばよいかを、各所属長に、わかってもらわないといけませんので、これからの時代の地域経営と、組織のリーダーに求められるものを学びとってもらおうと、2日間の研修を構えたわけです。

 対象となる所属長、あわせて229人に対して、参加者は7割足らずと、ちょっと少な目でしたが、最近では、若手の職員が中心になった、経営品質を進めるための推進チームが、とてもいい動きをしてくれていますので、今後は、所属長の中からも、次の推進役が出てきてくれることを期待しています。

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テレビが見えなくならないために(6月17日)

 17日の午後、岩手県の盛岡市で、地域からIT戦略を考える会と名づけた、8県の知事の会合が開かれましたが、今回は、テレビ放送のデジタル化への対応をテーマに、意見交換をしました。

 技術的な話はさておき、現在、全国各地のNHKと民放の放送局が、地上のアンテナから送っている放送は、アナログという方式ですが、これを、2011年までに、全てデジタル放送に変えていくことが、国の方針として決められています。

 なぜ、そのようなことをするかと言えば、デジタルになれば、同じ量の情報を、より圧縮して送ることができますので、国にとっては、放送だけでなく、警察無線などの公共用の電波や、携帯電話などの通信用の電波で、ほぼ満杯になりかかっている枠を、実質的に広げることができるという意味がありますし、テレビに新しい機能が備われば、買い替えをはじめとした、経済効果も期待できます。

 そこで、肝心の新しい機能ですが、これまでのテレビ放送は、その名のごとく、「送りっ放(ぱ)なし」だったのに対して、見る側から答えたり質問したりする、双方向のやりとりが可能になりますし、携帯などでも、これまでより、はるかにはっきりとした画質や音質を楽しめるとか、テレビからも直接、インターネット上の電子情報に入っていけるといった、特徴を持っています。

 さらに、先ほども言いましたように、情報量を圧縮できますので、これまでのように、スポーツ中継の延長に伴って、後の番組をずらしていかなくても、補完のチャンネルを使うことで、スポーツ中継か定時の番組かを、視聴者が選べるようになります。

 こうしたことから、今日の会議では、まず、デジタル放送の活用方法について意見交換をしましたが、講師の方からは、例えば、夜間や休日に診療をしてくれる病院のリストを、データ放送として流しておけば、見ている側が、自宅に近い病院を選んで、リモコンのボタンを押すだけで、テレビ画面が医師会のネットの情報につながって、その病院に、どんな専門医がいるかを確かめられるようになる、などの事例が紹介されました。

 また、大規模な災害の際には、携帯の利用が急にふえるため、利用が制限されることが予想されますが、デジタル化したテレビの、データ放送を利用することで、携帯の錯綜を防ぐなど、防災の面でも、様々な活用法が考えられます。

 さらに、ドラマを見ながら、タレントの着ている服や持っているバックが、どこのブランドで、どこに行けば買えるのかを、問いあわすことのできるサービスなども、検討されているということですが、行政の立場から考えれば、双方向性を活用することで、政策や事業に対する意見や判断を、アンケートなどの形で、気軽に聞くことができるようになります。

 特に、テレビはパソコンと違って、全ての家庭に行きわたっていますし、パソコンのマウスならぬテレビのリモコンなら、お年寄りでも使いなれた道具ですから、その可能性は大きなものがありますが、一つだけ大きな問題があります。

 と言うのも、デジタル化を進めるためには、新しい鉄塔を建てなくてはならないのですが、全国の放送会社の経営体力を考えますと、そのための予算は限られていますから、高知県を例にとれば、現在、人口比で8パーセントほどの難視聴の地域が、17から18パーセントと、10ポイントも広がるのではないかと危惧されているのです。

 つまり、今はテレビが見られるのに、デジタル化とともに、テレビが見られなくなったといった地域ができる恐れがあるわけですが、現在、テレビが果たしている役割の大きさを考えると、このことは、許されることではありません。

 ですから、国策として進められる以上、本来は国と放送事業者の責任で、そうしたことが起きないための対策が取られるべきですが、そう言っているうちに、2011年は目前に迫ってきますので、この会でも、いくつかの具体的な提案が出されました。

 一つは、難視聴の恐れのある地域で、衛星や光ファイバーなどを使って、デジタル放送を実現するといった手法で、技術的だけでなく、通信と放送の乗りいれなど、制度的な検討も必要です。

 もう一つは、収益性のいい、関東や近畿地区などのキー局が、全国的なテレビCMの市場を確保するといった視点から、お金を出しあって、地方に必要な鉄塔を建設してはどうかとの提案ですが、当然のことながら、キー局からの強い反発が予想されます。

 こうしたことから、高知県や岩手県など、デジタル化によって、難視聴の地域が広がる恐れのある地域が手を結んで、考えられる方策を検討する会を、立ち上げることにしています。

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三位一体の評価の見直し(6月16日)

 16日の午後、三位一体の改革に関する、全国紙のアンケートに答えましたが、質問の中に、自由記述欄がありましたので、政府の対応しだいでは、三位一体の改革に対する基本的な評価そのものを、変えなければならないといった趣旨のことを書きました。

 と言うのも、三位一体の改革は、補助金などを通じて、国が地方に関与したり規制したりする、現在の制度を改めて、地方の自立を進めていくことに、改革の名にふさわしい、本来のねらいがあります。

 つまり、補助金などを廃止して、これを、地方が自由に使える財源に振りかえていくことが、この改革にとって、もっとも大切な骨組みです。

 にもかかわらず、このところの、政府部内の声に耳を傾けますと、「補助金などの廃止には、その事業そのものを、やめることも含まれているのだから、廃止された分の財源が、そのまま地方に移されることにはならない」といった考え方が、公然と語られるようになってきました。

 また、去年6月に出された、「補助金のうち、義務的なものは全額を、また、奨励的なものは、その80パーセントを地方に移譲する」という、小泉総理の約束に対しても、それは、事業を続ける必要のある場合で、必要がないと判断した場合は、補助制度を廃止するのと同時に、財源そのものを、国がめしあげるとも言っています。

 しかし、もしそうだとすれば、地方の自由度をたかめるという、三位一体の改革の意味そのものが、否定されることになりますし、さらに、今回の骨太の方針で、地方に3兆円の財源を移譲するかわりに、それに見あった額の、廃止すべきだと考える補助金の一覧表を、地方の側でまとめるようにという、国からの投げかけそのものが無意味になります。

 これらのことから、もし国が、こうした考え方を、さらに明確にしていくのなら、「基本的な考え方や理念では、三位一体の改革を評価する」としてきた、これまでの立場を、見直さなくてはなりませんし、知事会にも、国に対して、同様の姿勢を示すように、働きかけていきたいと考えています。

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 四国のイノシシの調査(6月15日)

 15日の午後、この20日に高知県で開かれる、四国知事会に向けての説明を受ける中で、昨年度、有害鳥獣への対策の一つとして、4県が連携して取り組んだ、四国のイノシシの、生息調査がまとまったという話を聞きました。

 四国のイノシシは、1978年(昭和53年)に環境庁が、自然環境保全のための基礎調査を実施した時には、香川県内では、ほとんどその姿が見られなかったほどで、「絶滅情報のある地域もあって、個体群の将来が楽観できない」とまで、指摘されていました。

 ところが、2001年までには、一度は絶滅をしたとされる地域も含めて、四国のほぼ全域に、イノシシが姿を見せるようになりましたし、そのために、畑の農作物を荒らされるといった被害が、各地で多発しています。

 このため、四国連携の事業の一環として、まずは、四国のイノシシの、DNAの分析などをしようということになって、昨年度その調査が行われました。

 その結果、四国のイノシシからは、あわせて8つのタイプのDNAが検出されましたが、中には、国内では初めて検出されたタイプも、2種類あったということですので、交配によって、新しい種類がふえ続けているのかなと、素人なりに感じとりました。

 また、2月から3月にかけて、イノシシに、GPSの受信機をつけたうえ、1時間おきに、人工衛星で位置の確認をした結果、1日の移動距離は、数百メートルの狭い範囲ながら、行動圏は2ヶ所あって、数日に一度は大きく移動していることなど、イノシシの位置データに関しては、かなりの情報がわかりました。

 税金の無駄づかいなどと言われないためには、この調査の結果を、次のイノシシ対策へと、つなげていかなくてはなりませんが、現実には、どんな手法があるかなと悩んでしまいます。

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2004/06/18

頑張る企業を応援(6月14日)

14日の午前、県内の頑張る企業を応援するという狙いの、テレビ番組の収録をしました。

 産業政策に限りませんが、これまでの行政は、公平と平等が大原則ですから、特定の企業の応援をするといった考え方は、ほとんどありませんでした。

 しかし、全ての企業を、平均的に応援するのではなく、独自の知恵と技術と努力によって、成果をあげている企業を応援するほうが、全体の底上げにもつながるのではないかと考えて、頑張る企業を応援するという方向に、産業政策の舵を切っています。

 その一つとして、県内の、8つの企業を紹介する番組を作って、それをそのまま、企業の外向けのPRにも使ってもらおうというのが、今回収録した番組の狙いです。

 この他にも、これはという県内企業と一緒に、僕自身が、大手の取引先なり、お客様向けの企画なりに出かけて、頑張っている企業を直接支援するといった、 県としてのトップセールスも進めていきたいと思いますし、県が、その商品を購入することで、商品の信用力をつけたり、県の施設をモデルルームがわりに使ってもらったりする、お勧め製品の公的調達も、具体化に向けての準備を進めています。

 かといって、何でもかんでもというわけにはいきませんから、一定の基準は設けますが、県内の頑張る企業の方々には、是非、遠慮なく手をあげてほしいと思います。

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荒地型生物の生息地(6月13日)

 13日の夜、高知県科学技術アカデミーの会合に出席のため、高知を訪問された養老孟司さんと、夕食をともにする機会がありました。

 養老さんは、ベストセラーの「バカの壁」で、一躍その名を高められましたが、お話をうかがっていますと、様々な分野に通じた、文字通り博識な方だと感心をします。

 飲みながら食べながらですから、お話の脈絡はよく覚えていませんが、日本人の男女の平均寿命は、大正10年までは、あまり差がなかったのに、この年を境に、女性の寿命がどんどん延びるようになって、男性との間に差がつくようになった、というお話がありました。

 その理由は、大正10年に、水道の塩素殺菌が始まったからで、その結果、炊事や洗濯など、家事を通じて水に接する機会の多かった女性が、水から感染症をもらうことがなくなったというのが、養老先生の解説でした。

 また、生態系を大切にと言うけれど、そもそも人類は、生態系の中には組み込まれていない生物だ、とのお話もありました。

 それはどういうことかと言えば、カラスやスズメ、それに、モンシロチョウなどもそうだそうですが、ジャングルなどの自然の生態系の中にはいない、逆に、人間のつくった都市など、自然と比べれば、荒れはてた土地にだけ棲む生物がいるということです。

 植物では、小麦がそれにあたりますが、そのため、ナイル川の氾濫のあと、荒れた土地に小麦が生えるのを見て、人類は、わざわざ開墾という形で荒れた土地をつくって、小麦の栽培を始めたということでした。

 そんなわけで、人類もまた、荒地型の生物ということになるのでしょうが、そうしてみると、古代から、文明発祥の地と言われた場所は、いずれも、荒地型の生物の生息地ということになるのかもしれません。

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 やりたいことをやる(6月12日)

 12日の午後は、吾川村の下名野川に出かけて、間伐材を使った治山ダムや、お社の境内にある、ご神木の杉の木などを見た後、すでに休校になっている、地元の小学校の体育館で、地域の方たちと、懇談の機会を持ちました。

 この地区も、もちろん過疎と高齢化が進んでいますが、地域の人たちが寄りあって、休校になった小学校の活用をはじめ、新しいコミュニティーづくりに取り組んでいます。

 知事を前に、皆さん少し緊張をされたのか、いつものような活発な意見とはいきませんでしたが、こんなことをしているとか、あんなことをしてみたいといったお話を、たっぷりと聞くことが出来ました。

 芝桜を植えているおばちゃんや、アケビを育てているおんちゃん、地元に伝わるお神楽に打ち込んでいるおじいちゃんや、ハイキングコースの設計に取り組む区長さんなど、一人一人が、やりたいことをいっぱい持っています。

 中には、小学校の二階から渡り廊下をつけて、向かいにある職員用の宿舎の跡に、星空の見えるお風呂を作りたいという計画もありました。

 それを聞いていて、難しい理屈や理想で、地域の再生を語るのではなく、それぞれがやりたいことを、楽しみながら積み上げていくことが、一番大切なことだなと感じました。

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刑務所誘致の陳情(6月11日)

 11日午後、東津野村の村長さんらがお見えになって、PFIの手法を使った、新しい形の刑務所を、東津野村に誘致したいとの陳情を受けました。

 このPFIを使った新しい形の刑務所は、全国の刑務所を管轄する法務省矯正局が、この1月に、基本構想をまとめたもので、いずれも初犯ばかりの、男女の受刑者あわせて1000人ほどを対象に、民間の資金とノウハウを活かして、社会復帰を促そうというものです。

 すでに、全国51ヶ所の誘致先から、第一号の候補地として、山口県美祢市の美祢テクノパークが選ばれていて、来年の4月に、PFIの事業者が選定される予定ですが、犯罪がふえ続けているため、今後も、新たな候補地さがしが進められる可能性があります。

 こうしたことから、東津野村では、木材の集積場に使う目的で確保していた村有地を、PFI型の刑務所を誘致する候補地として、名乗りをあげることになりました。

 県としては、お聞きしたばかりの話で、可能性を判断する材料もありませんし、造成にかかるコストや、周辺整備の必要性など、課題はいくつもありそうですので、今後、村と一緒に、勉強をしていくことにしました。

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2004/06/16

期限限定の特別昇給(6月10日)

 10日の午後、高知県が今年度から取りいれた、職員の特別昇給に関して打ち合わせた結果、今年度は、12の部署の34人を選ぶことになりました。

 この制度は、職員の能力の発揮度や、その成果を、「誰が見てもよくやった」という単純な物差しで、絶対評価をしたうえ、1年間の期間限定で、特別昇給を行うもので、それぞれの所属長から、内申をあげる形になっています。

 このため、7日の午後、県の幹部が、候補者のリストを見ながら議論をした時には、「各部局ごとに、ばらつきがある。評価の基準や物差しを、統一すべきではないか」とか、「本庁の中にいる職員や、プロジェクトなどに関わっていて、上司の目につきやすい職員が、選ばれてはいないか」などの、疑問や異論が相つぎました。

 ただ、選ばれた34人の職員が、評価をされた理由は、それぞれに、十分納得のいくものでしたし、職場別の内訳を見ましても、半分の17人が、出先の事務所や試験研究センターなど、本庁舎以外で仕事をしている職員です。

 また、事務や技術の職員だけでなく、現業の職場の方もはいっていました。

 確かに、初めてのことですから、選ぶ側にも、悩みや迷いがあったとは思いますが、個々の職員の能力や成果に対する、絶対評価が求められる時代には、避けて通れないことですし、職員のやる気にもつながることですので、しばらくは、経験を積み重ねていくことが大切だと考えています。

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2004/06/11

キビナゴと鮎の話(6月10日)

 10日の午前、南国市にある県の農業技術センターで、公設の試験研究機関の研究員の人たちと、懇談をしました。

 興味のある話題は、いくつもありましたが、その中で、特に「へえ」と思ったのは、魚の生年月日が、わかるようになってきたいう話でした。

 それは、キビナゴという、体に銀白色の縞模様のある、体調10センチほどの小さな魚で、県内では、宿毛湾などが産地ですが、4月から5月頃に生まれると、秋には大人の魚になります。

 そもそも魚の年令は、耳石(じせき)の年輪で判断をしますので、キビナゴの寿命は、2年くらいだと予測されていましたが、最近の研究で、日々、体の模様が変わってくることがわかったため、一つ一つ、何月何日に生まれたかが、わかるようになりそうだとの話でした。

 この研究の目的は、いつの時期に漁をするのが一番いいかを、見きわめるためですが、魚の誕生日が簡単にわかるのなら、何か別の話題づくりにも、使えそうな気がしました。

 この懇談会の後、少し時間があいたため、土佐山田町にある物部川漁協を訪ねて、釣れたての鮎をほおばりながら、組合長さんたちと、今年の鮎漁の話をしました。

 県内に限ったことではありませんが、鮎の漁は年々落ちてきていますし、去年は特に、全国的に大変な不漁でした。

 これは、ダムや河川の改修などによって、鮎の天然遡上が妨げられていることに加えて、公共工事や家庭排水による川の汚れや、地球温暖化による水温の上昇など、様々な要因が複合的に絡みあった結果ですが、それを補うために、他の地域から持ちこんだ鮎が、冷水病という、鮎の病気をもたらしたことなども響いています。

 このため、物部川では、少しでも多く子孫を作ってもらうために、大人の鮎を残していこうと、関係をする人たちが話しあって、秋の禁漁の期間を2週間前倒ししたほか、川の中に、鮎の産卵場所を作るなど、独自の取り組みを積み重ねてきました。

 その結果、今年は、天然遡上の鮎が、大量に川を泳ぎまわっているということで、他の地域から持ちこんだ鮎ではなく、下流で捕獲した鮎を、上流の支流に放すといった、本来の形の放流ができたということでした。

 あわせて、鮎が大量に戻ってきたおかげで、川の水もきれいになったと言いますし、何よりも、漁協の人たちの顔が、例年なく明るく生き生きとしていますので、鮎の御利益はすごいと、あらためて自然の持つ力に感心をしました。

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ハスと睡蓮の町(6月9日)

 8日の午後、僕がパーソナリティーをしている、ラジオ番組のゲストの話から、窪川町で、ハスや睡蓮をテーマにした、街づくりを進めているグループがあることを知りました。

 それは、その名も「夢酔蓮」(むすいれん)というグループですが、言い出しっぺの人が、島根県の荒神谷遺跡に出かけた際、有名な大賀博士が咲かせた古代のハスを見て、その美しさに感激したのがきっかけでした。

 そこで、知人の喫茶店の経営者やお寺の住職、さらには、地元の松葉川温泉ホテルの支配人などに呼びかけて、耕作されていない田んぼなどを使って、ハスと睡蓮の池づくりを始めています。

 お話を聞いていて、面白いなと思ったことが、いくつかありますが、その一つは、「象鼻盃」(ぞうびばい)と呼ばれる、ハスの葉と茎を使った、お酒の飲み方です。

 ハスの茎の中には、白い汁が詰まっていますが、これを抜くと、茎は空洞になりますので、大きな葉っぱが茎とつながる部分に穴を開けたうえで、丸めた葉っぱにお酒をついで、茎をストロー代わりに、お酒を飲むというのが、中国から伝わった「象鼻盃」です。

 象が鼻から水を吸うのと、形が似ていることから、その名がありますが、ハスや睡蓮を観賞用だけに終わらせず、酒の道具に使おうというところが、いかにも酒の国らしい発想だと感心しました。

 もう一つ、ハスにしろ睡蓮にしろ、明け方近くに咲いて、昼頃には閉じてしまうというのが相場ですが、松葉川温泉には、夜遅くから翌朝の8時頃まで、桃色の花を開かせる、特別な種類の睡蓮があって、泊まり客を喜ばせているということでした。

 県内で睡蓮といえば、県東部の北川村にある、「モネの庭」が有名ですが、絵画的な庭造りを進める「モネの庭」とは、まったく異なった手法で、ハスと睡蓮をテーマにした町を作ろうという考え方に、興味を持ちました。

 高知市の隣りにある春野町では、以前から、「アジサイ街道」というネーミングで、アジサイに彩られた道の整備を進めていますが、耕作を放棄した水田もふえてきている中、ハスや睡蓮が咲きほこる町も、また楽しいかなと思います。

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“ぷらっとこうち”に書き込み(6月8日)

 8日の午後、県が、県民参加を進める手法の、一つとして開いている、『ぷらっとこうち』という名の、ネット上での情報交換の場がお役に立って、育児漫画やエッセイで知られる、高野優さんの講演会が、県内で開かれることになったと聞いて、激励の書き込みをしてみました。

 高知県では、県民が直接予算づくりに関わる事業など、県民参加に向けた、様々な試みに挑戦してきましたが、そのすそ野を広げるために、県民の皆さんが、思い思いのテーマごとに、意見や情報のやりとりをする場を、『ぷらっとこうち』という名で立ち上げています。

 ただ、ネット上でのエチケットに配慮するため、会員登録の他、決められたルールを守るようにお願いしていますので、「それでは、役所の報道管制のもとでの議論にしかならない」といった、批判や不満の声があるのも事実です。

 そんな中、去年の9月に、中村市の女性が、「高野優さんをご存知ですか。本当は講演会開催の働きかけをしたいのだけれど、どうすればよいのかさっぱり見当もつかないので」という書き込みをしました。

 高野さんは、育児をテーマにした、漫画やエッセイで知られる女性で、ご自身、3人の幼い姉妹のお母さんとして、育児に関する講演活動もされていますが、地元の新聞にも、「おひさまランドセル」というエッセイが連載されていましたので、高知の若いお母さんたちの間にも、多くのファンがいます。

 このため、この最初の呼びかけに対して、「高野優さん、私も好きです」とか、「講演会なら、やったことがあるよ」といった書き込みが続いたあげく、中村市の、子育て中のお母さんたちが集まって、実行委員会ができました。

 そして、ついに、この7月25日に中村市で、高野さんの講演会が開かれることになりました。

 高知県では今、従来のように、予算だけを頼りにするのではなく、知恵と体を使って仕事のできる県庁を目指していますが、『ぷらっとこうち』という、県が提供をした場を通じて、一人の女性の願いが実現したことを考えれば、これも、知恵を使った仕事の、一例と言えるのではないか思います。

 と言うのも、この種の事業に対する、これまでの、県の関わり方を振り返ってみますと、講演会や講習会のための予算を組んだうえ、役所の都合で講師を選ぶという、行政主導型の仕事が、少なからずあったと思いますし、その結果、補助金がなくなれば、活動も尻すぼみになるといったことを、くり返してきました。

 これに対して、『ぷらっとこうち』というメディアが、県民の皆さんの、自立した活動を支援していくにあたっての、新しい可能性を示すことができたわけですから、そのことを、素直に喜ぶ書き込みをしましたが、同時に、多くの県の職員にも、このことを喜べる価値観を、共有してほしいものだと思います。

 また、僕はこれまでにも、高知市内から撤退した百貨店の、跡地の利用などの問題に関して、時たま書き込みをしたことがありますが、このように、県が直接関わる問題にコメントすることに対して、多くの職員が持っていると思われる、目に見えない心の壁を破って、『ぷらっとこうち』のような場でも、県民と自由に意見交換をするようになれば、開かれた県政が、一層進むことは確実です。

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2004/06/10

男性の育児休業(6月7日)

 7日午後、県庁の男性職員を対象に行った、育児休業に対する意識調査の結果を聞きましたが、制度そのものへの認知度が、まだまだ低いことがわかりましたので、まずは、現在の制度の内容を、対象になる男性職員に知らせると同時に、新しい制度づくりを、あわせて検討することにしました。

 この意識調査は、昨年行われた知事選挙の際に、僕が、「男性の職員にも育児休業を取らせたい」という政策を掲げたのを受けて、実施されたものです。

 その内容を見ますと、育児休業を取ることのできる期間が、こどもが3才の時までであることを知っている男性職員は、56.6パーセントにとどまっていますし、本来は無給の育児休業の期間中でも、こどもが1才になるまでの間なら、共済組合から、給料の日額の50パーセントほどの手当が出ることを知っている人は、45.3パーセントしかいません。

 このように、全般的に言って、制度への認知度は、半分前後にすぎませんので、男性職員の中で、実際に育児休業を取った人は、平成14年度が5人、15年度が1人、そして今年度が2人と、極めて少ないのが現状です。

 しかし、これに対して、育児休業を「取得したい」とか、「2ヶ月未満なら取りたい」と答えた人は、あわせて36.2パーセントと、全体の3分の1あまりにのぼっています。

 さらに、同じ職場の男性が、育児休業を取ることへの受けとめを、これは、女性を含めた全ての職員に尋ねてみますと、「仕事を気にせず、育児にはげんでほしい」が、40.5パーセント、「仕事で迷惑をかけるのは、お互いさまなので仕方がない」が31.5パーセントなど、男性の育児休業を、受けいれる意見が圧倒的でした。

 それだけに、制度の内容を、もっとよく知ってもらうことと同時に、上司の理解など、育休を取りやすい環境を整えることが必要ですので、まずは、この制度の対象になる男性職員に、職場の上司を通じて、この制度の内容を、きちんと伝えるようにしてはどうかと思います。

 あわせて、育児休業への一里塚として、その前段にあたる育児休暇を、男性の職員が取りやすくするように、新しい制度を検討していくことにしました。

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鉄秋くん、一時逃亡(6月7日)

 7日朝、知事公邸の飼い犬の鉄秋(てっしゅう)くんが、開いていた扉から外に出て、一時、行方不明になりました。

 鉄秋くんは、僕が知事になって間もなく、知事公邸の一員になった柴犬ですが、小さい頃から自動車がこわくて、散歩に連れ出そうとしても、外に出ようとしませんでしたから、そのかわりに、毎日、公邸の広い庭を駆けまわって、自主トレにはげんできました。

 そんなわけで、もうかれこれ10年あまりも、知事公邸から出たことのない鉄くんが、外に出たといいますから、すわ大変と、お手伝いさんや、僕を迎えに来た秘書さんが、あたりを探しまわってくれました。

 もしかして、返ってこなかったら、捜索願いを出さないといけないなどと思っていた矢先、30分程の冒険の旅を終えて、鉄くんは、無事わが家へ戻ってきました。

 考えてみますと、おととい、昨日と続けて、公邸に来客があったため、鉄くんが庭に出ないように、木戸を閉めていましたので、自主トレができずに、イライラがつのっていたのかもしれませんが、鉄くんの帰宅の様子を目撃した、県庁の運転手さんによりますと、全速力で駆け戻ってきたとのことですので、知らぬ世間で、ちょっと恐い思いでもしたのかもしれません。

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水門の閉鎖実験(6月6日)

 6日午前、物部川の河川敷を中心に行われた、県の総合防災訓練の一環として、南海地震が起きた場合を想定して、河口近くにある水門などを、締め切る訓練が行われました。

 僕も、県が管理している水門の一つを見に行きましたが、この水門は、台風の際の高潮など、あらかじめ予想できる災害に対して、設けられたものですので、水門が開いている場合には、スイッチを押して門が閉まり始めてから、全部締め切るまでには、15分ほどもかかります。

 しかも、遠隔操作の仕組みはありませんから、大地震ともなれば、津波の襲来の危険をおかして、海辺に近い水門の場所まで、職員が行けるかどうかも確かではありません。

 そうなりますと、地震から10分足らずで第一波が到達すると予測される津波に対して、十分に機能するとは言えませんが、かといって、今ある施設を遠隔操作にしたり、もっと素早く水門が閉まるようにしたりするには、莫大な予算が必要になります。

 国も地方も、財政的な余裕を失った今、そうした選択肢も限られるとなりますと、県民の皆さんを、地震の被害から守るという責任から、“逃げる”わけではありませんが、「堤防や水門は、あくまでも補完で、“逃げる”ことが基本だ」という言葉を、あらためて噛みしめる思いでした。

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賽の河原か砂浜の石か(6月5日)

 5日の土曜日、東部の海沿いの町、夜須町に、マリ
ンスポーツの普及を目指した、NPOが発足したのを
機会に、手結(てい)の海水浴場で開かれた、砂浜の
石の掃除や、シー・カヤックなどの試乗会に参加しま
した。

 会場となった海水浴場は、そのすぐ西隣に、ヤシィ
・パークと名づけられた、椰子や芝生の美しい、人工
の浜辺ができたことから、今では、旧海水浴場と呼ば
れている砂浜ですが、石ころや砂利が目につくように
なったため、まずは石を取りのぞいて、少しでも、昔
の砂浜を取り戻そうというわけです。

 ところが、実際にやってみますと、砂の中にも、多
くの小石にまじって、結構大きな石が隠れていますか
ら、石を採れば採るほど、かえって砂浜の石が目立っ
てしまいそうで、賽の河原の石積みではないですが、
いつまでも続く、終わりのない作業のように感じられ
ました。

 中には、「隣に人工海浜を作るために、こちら側に
石が流れる設計になっているから、いくら石を採って
も、またすぐ浜に石が流れてくる」という人もいて、
その工事を担当した県の責任者としては、一層気が重
くなりました。

 そんな重たい気持ちは、その後、シー・カヤックに
乗って、30?40分程こぎまくったおかげで、かな
り楽になりましたが、後ほど、主催者のお一人から、
「おかげさまで、砂浜が見違えるほどきれいになりま
した」とのメールをいただいて、賽の河原の石積みの
ような作業も、少しはお役に立ったのかと、秘かな自
己満足にひたりました。

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2004/06/07

今時牛歩ですか(6月5日)

 年金改革法案の審議で、与党側が強行採決をしたのに対して、民主党をはじめとする野党側は、牛歩戦術などで対抗していましたが、テレビに映る自分たちの姿を、一般の国民がどうとらえるかを、もう少し考えてほしいものだと思いました。

 と言うのも、牛歩戦術と称して、本会議場の演台近くで、深々と頭を下げている姿や、何をしているのかわからないような、異様な素振りを目にしますと、ことの如何にかかわらず、たいていの人は、ばかばかしさ、または、不快な印象をおぼえますし、3時間ほどにわたって演説を引きのばした、女性議員の姿も、それを見て好感を持つ人は、少ないだろうと思うからです。

 そんなわけで、こうした牛歩戦術は、テレビなどの映像メディアが、あまり発達していない時代のものだったんだなと、つくづく感じました。

 もちろん、こうした引きのばしによって、議案を廃案に持ち込めるなど、相手に実質的な打撃を与えられるなら、それも一つの手法でしょうが、まさに多勢に無勢、多数決のルールの中では、ほとんど意味を持たないのですから、それなら、映像メディアが与える印象の恐さを、もっと認識していないといけませんし、むしろ逆に、テレビの特性を活かした対応策を、考えるべきではないでしょうか。

 ではどうすればという問いに対して、さほどの名案があるわけではありませんが、僕なら、「与党も野党も、どっちもどっち」といった評価しかされないことが目に見えている、牛歩などは避けて、本会議の採決には、すんなりと応じた上で、記者会見を開きます。

 その中で、法案をこのまま通すことに、多くの国民が疑問を持っているという、世論調査の数字と法案の問題点を、かいつまんで指摘した後、「選挙の争点として、決して忘れないでおいてほしい」というメッセージを、国民に呼びかけます。

 その上で、テレビCMを作ります。演出の手法は別として、素材として思いつくものは、“強行採決のシーン”(と言っても、マスコミの取材したものを、そのまま報道以外の目的に使うことは出来ませんから、工夫が必要ですが)、年金の未納に、明らかに問題があったと思われる、“大臣など有力な議員の顔々”、さらには、議員生活最後の卒業質問の機会を、強行採決によって奪われた、“西川きよしさんの、「ほんまに、このままでええんかい」というぼやきの声”等々です。

 今の政治状況は、劇場型とかワイドショウ型と称されますが、そうであれば、本筋の質と内容を高めることとは別に、劇場型に対応できる、力をつけることも必要です。

 そうでないと、原則として、重ねての質疑のやりとりを認めないまま、ひと言ふた言の短いコメントを発しては、それを毎日、テレビに流させるという、小泉流の劇場演出には、なかなか勝てないのではないかと思います。

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骨太の方針2004(6月4日)

 4日の午前、昨日の経済財政諮問会議でまとめられた、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」、いわゆる「骨太の方針」の2004年版が、閣議決定されました。

 そのうち、三位一体の改革にかかわる部分を見てみますと、平成18年度までの改革の全体像を、今年の秋に明らかにした上で年内に決定するとか、「税源移譲は概ね3兆円規模を目指す」といったように、かなりの部分で、地方の声が採りいれられていますが、それと同時に、「地方公共団体に対して、国庫補助負担金改革の具体案を取りまとめるよう要請」とあって、国に対して投げた球が、再び投げ返された形になっています。

 また、三位一体の柱の一つである、地方交付税に関しては、「地域において必要な行政課題に対しては、適切に財源措置を行う」という表現で、地域に必要なサービスの、財源を保証する機能を認めた記述になっていますが、同時に、「国の歳出の見直しと歩調をあわせて、地方の歳出を見直し、抑制する」とか、「地方団体の効率的な行財政運営を促進するよう、地方交付税の算定の見直しを検討する」など、交付税のさらなる削減の方向も示唆されています。

 ただ、そうした動きが、県はもちろん、県内の53の市町村の、財政に与える影響は深刻です。

 と言うもの、三位一体の改革の初年度の結果が、県内の53の市町村に与えた影響を調べてみますと、地方交付税と、その足りない分を補うために発行する、臨時財政対策債の枠の減額は、全市町村あわせて、182億9900万円にのぼっていますし、その結果、一般の家庭なら貯金にあたる、財政調整のための基金の総額も、14年度末の415億8000万円から233億3200万円へと、2年間で40パーセント以上も落ち込んでいます。

 このため、福祉や産業振興など、特別な目的のために積み立てた分を除いた、財政調整のための基金を、今年度と同額で取り崩していったとしても、来年度すでに、高知市をはじめ17の市町村が、こうした基金を全て使い果たすことになります。

 さらに、今年度と同様、対前年度比12パーセントの比率で、地方交付税と臨時財政対策債の枠が減額されていくと仮定しますと、基金を取り崩さないといけない額は、今年度の額以上になりますので、来年度の時点で、通常の形では予算の組めない市町村が、全体の半分以上の27市町村にふえますし、三位一体の改革の終わる18年度の末には、全ての市町村が、予算が組めなくなるといった事態を迎えます。

 もしそうなれば、非常事態というより、異常事態というべき状況になりすが、そうならないように、外に向けてはもちろん、内に向けての努力も必要になります。

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林業従事者がふえている(6月3日)

 3日午前、東京で林道関係の会が開かれましたが、 その会に出席していた、県の森林局の職員から、このところ、県内で新たに林業に従事する人の数が、ふえてきているとの報告を受けました。

 これは、先週、高知市内に店開きをした、通称ジョブ・カフェと呼ばれる、若者のための就職相談コーナーにお邪魔した時、高知労働局の方から、「最近、林業関係の労災事故がふえている」というお話を聞きましたので、「ということは、新規の就業者がふえているからではないか」と思って、森林局に調べてもらった結果です。

 それによりますと、林業の新規就業者の数は、平成12年に23人まで落ち込んでいましたが、その後、平成13年が33人、平成14年が61人、そして、去年は73人と順調にふえていますし、これに緑の雇用事業と呼ばれる雇用対策の色彩を持った事業を加えますと、去年一年間で、160人を超える人が、新たに林業に従事したことになります。

 また、その内訳を見ますと、去年の73人のうち、48人が40才未満で、若い年代の新規参入がふえていますし、新規就業の中に占める、U・Iターンの人の比率も、平成10年から14年までの5年間が、毎年1人から7人だったのに対して、去年は18人と、大きく伸びています。

 一方、土木や建築業からの参入が、73人中19人 になっていますので、公共事業の減少が、その背景にあることもうかがえますが、それだけでなく、おととしから、間伐対策の事業量をふやしたことも、関係していると思われますので、今後は、せっかく新規に参入してくれた人たちが、山の仕事に定着してもらえるよう、考えていきたいと思います。

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2004/06/05

ネパールの話(6月2日)

 2日の午後、ネパール在住の方と、お会いする機会がありましたが、その方に、日本から進出した二つの企業の、成功例の話を聞きました。

 それは、いずれも、地図や航空写真をデジタル化する会社ですが、製品を送る際には衛星を使うため、情報化のインフラの弱さは障害にはなりません。

 では、なぜネパールかと言えば、ネパールの人は目が良いため、電子ペンで等高線をなぞって、紙の上の地図をデジタル記号に置きかえるといった作業が、とてもスムーズに進むからとのことでした。

 あわせて、「地方自治体でも、手持ちの地図類のデジタル化を進めていると思いますが、このように、海外で作業をしている企業に発注した方が、安くすみますよ」とのアドバイスもいただきましたが、県内の企業との関わりもありますから、そうも簡単にはいきません。

 一方、ネパールは、国土の海抜が、80メートルから8000メートルまであって、世界でも他に例がないほど、高低差の激しい国ですので、育たない植物はないと言われるくらいの、ハーブや薬草の宝庫です。

 ところが、インドとの国境が、自由に出入りできるといったことから、密輸出の取り締まりもままなりませんし、国内に技術の蓄積がないこともあって、新種のDNA特許も、先進国の企業に取られてしまうのが実態のようです。
 
 植物資源に関しては、高知県立の牧野植物園が、ミャンマーと提携をして、新しい有用植物の発見に取り組んでいますが、ネパールにも、まだ開発されていないハーブが、3000種類ほどあると聞きますと、植物産業の可能性に、期待がふくらみました。

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政治家生活40周年(6月1日)

 1日夜、東京のホテルで、兄龍太郎の、政治家生活40周年を記念したパーティーが開かれました。

 挨拶に立った、衆議院議長の河野さんが、「衆議院議員として私より経歴の長い人が二人いる、その一人が橋本さんだ」と言われますので、知らぬ間に、兄もそんなベテランになったのかと驚きました。

 ちなみに、兄が二番目で、一番のベテランは、やはり元総理の海部さんです。

 その兄が、20代の後半で初当選をした時は、日米の間で、初めて、衛星を通じてのテレビ中継が行われた時と重なっていますが、その時、アメリカから飛びこんできた映像が、ケネディ大統領の暗殺でした。

 その日のことは、今も印象に残っていますが、身内の話ながら、歴史を感じたひと晩でした。

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2004/06/04

高知野菜の市場調査(5月31日)

 31日の夜、ある企業の依頼で、高知野菜のブランド化に向けての、マーケティング調査をされた女性とお話をしました。

 調査の対象は、全国の主婦100人ですから、決して大がかりな調査ではありませんが、調査地点は、北海道から大分県まで、14の都道府県にまたがっています。

 まず、「高知県と聞いて思い出すことは」との質問に対しては、はりまや橋など「名所・風土」が1番、坂本龍馬をはじめとする「人物」が2番で、野菜や果物は、鰹など「鮮魚・魚介類」の後塵を拝して、4番目でした。

 次に、高知県の野菜として名前のあがるものを順にならべますと、「なす」と「ピーマン」がトップで、少し離れて、「トマト」、「青唐辛子(ししとう)」が続きます。

 「では、日頃よく買う産地は」と聞きますと、埼玉県、高知県、北海道の順で、高知県産では、「ピーマン」、「なす」、「しょうが」、「みょうが」など、7種類がリストアップされました。

 ただ、上位3県の産地のものとしてあげられた青果物は、種類に違いがありますので、この点で、高知県の特徴を打ち出せる可能性があります。

 さらに、高知県産の青果物の、個別のイメージを聞きますと、「高知県産のトマトで、はずしたことがない」とか、「高知県産のしょうがは香りがよい」といった声が返ってきました。

 しかし、最初に高知県産を買ったきっかけは、「たまたま買ったものが高知のものだった」といった答えが目立っていて、生産者の顔が見えるとか、パッケージのデザインが印象的といった積極的な理由は、あまり聞けませんでした。
 
 こうしたことから、たまたまという偶然を、高知のものがほしいという必然にシフトしていくブランド戦略が、今こそ大切ということになります。

 このことは、以前から言われていますし、マーケティングというお仕事柄、我田引水的な面もあるかもしれませんが、トレサビリティーと呼ばれる生産の履歴や、生産者の名前や顔を、消費者に伝えることのできる技術も進んできましたので、やる気さえあれば、ブランド化の可能な時代になったと感じています。

 この思いを、生産者や販売を担う団体の方々と、共有できるかどうかが勝負どころです。

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宇宙飛行は若返る?(5月31日)

 31日の昼前、ロシアの宇宙飛行士の、セルゲイ・アウデエフさんが、奥様ともども、県庁を訪ねて下さいました。

 アウデエフさんは、1992年と1995年、それに1998年の3回にわたって、宇宙飛行を経験したロシアの英雄で、宇宙での滞在期間はあわせて748日と、世界最長の記録を持っています。

 最初の宇宙飛行が36才の時ですので、遅咲きの感じもしますが、年令にかかわりなく、長い時間無重力の中にいると、筋肉が弱ってしまうため、日頃から筋肉をきたえる訓練が必要とのことでした。

 また、奥さまに、「宇宙飛行士になった後、ご主人に、何か変わったことはありますか」と聞きますと、「宇宙に出かけて若返った」という答えが返ってきました。

 それは、単に心理的な印象なのかもしれませんが、748日間と言えば、まる2年以上宇宙にいたことになりますので、これくらいの時間宇宙で暮らしていれば、細胞に何か変化が起きても不思議はないかなと、いささかサイエンス・フィクションのような気分になりました。

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丁石のある道(5月30日)

 30日の昼前、土佐清水市の、以布利から窪津までの遍路道を、およそ二時間かけて、地域の方々と一緒に歩きました。

 ここは、古くからの遍路道を、歩きやすく整備した場所ですが、整備とは言っても、もちろん土のままの道で、落ち葉のクッションを踏みしめながら、自然の林の中を抜ける、とても気持ちの良いコースです。

 歩いていきますと、山手側の所々に、何丁という距離とともに、どこの誰が建てたかを刻んだ、小さな石碑がありますが、これが「丁石」と呼ばれるもので、四国の遍路道の中でも、このような形のものが残っているのは、ここだけだと言います。

 なぜここだけなのかと言えば、四国の八十八カ所巡りの中でも、窪川町にある岩本寺から、土佐清水市の足摺岬近くにある、金剛福寺までのこの区間は、もっとも距離のある難所でしたから、岡山や兵庫などから巡礼に来たお遍路さんが、後を歩く人のためにと、道しるべに建てたものと考えられています。 

 この他にも、畑を作るために、小さな石を積み上げた石垣など、文化の香りを感じる道ですが、それだけでなく、トレッキングのコースとしても最適だと思いました。

 そう言えば、スイスでは、トレッキングのコースを整備したことで、多くの人が訪れるようになったと聞いたことがありますし、以前、ある旅行代理店の幹部の方からも、「四万十川などの資源を、そのままにするのではなく、初級、中級、上級といったランクに分けた、トレッキングのコースを整備すれば、数多くのリピーターを確保することができる」と、アドバイスを受けたこともありました。

 健康志向の時代ですから、いやしの文化ともあわせたトレッキングの道づくりは、多くの人に受けいれられるのではと思います。

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高知出身の文楽青年(5月29日)

 29日の夜、土佐清水市で、地域の方々との懇談会を開いたところ、文楽の人形使いとして、大阪で修行中の青年と出会いました。

 吉田玉翔という芸名を持つ彼は、土佐清水市の出身で、地元の高校時代は野球少年でしたが、文楽好きのお母さんに誘われて、文楽の公演を見たのがきっかけで、高校を出るとすぐ、大阪の師匠のもとに弟子入りしました。

 それから10年、今では、三人一組で扱う文楽人形の、足使いをまかされるまでになりましたが、この夏には、地元の土佐清水市や高知市で、文楽の公演を開くことになりました。

 正直を言って、高知は文楽とはあまり縁のない土地柄ですから、高知出身の人形使いは、たぶん彼一人ではないかと思いますが、「高知の子供たちにも、文楽を見る機会を提供したい」と語る目は、きらきらと輝いていました。

 分野は全く違いますが、吉田さんと、ほぼ同じ年代で、全国的にも名前を知られるようになってきた、ソプラニスタの岡本知高さんも、土佐清水市に近い、宿毛市の出身ですので、こうした、高知とゆかりの深い若い芸術家の活躍を、地元の子供たちに知ってもらう機会を、もっとふやしていければと思います。

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フィルムスクールを開講(5月28日)

 28日の午前、土佐山田町にある高知工科大学で、大学の理事会が開かれましたが、その中で、この夏、ニューヨーク大学のスタッフの協力を得て、高知工科大学が開催する、フィルムスクールについての報告がありました。

 このフィルムスクールは、ニューヨーク大学の大学院で、映像学科長を務める、クリスティーン・チョイさんをヘッドアドバイザーに、今年の8月から9月にかけて、6週間にわたって開かれるもので、4本の短編映画の制作を通して、脚本・演出・演技・撮影・編集の各分野を学んでもらうという、日本では初めての試みです。

 「なぜ高知で」と、よく質問を受けますが、その第一の理由は、チョイさんと高知工科大学との間に、人脈のつながりがあったことです。

 ただ、それだけでなく、高知県は、アンパンマンの「やなせたかし」さんをはじめ、数多くの漫画家が出ている県で、創造力を養う何かが隠されているように思えますし、山・川・海といった自然が、コンパクトにまとまっていますので、ロケ地を選ぶにも適した、土地柄ではないかと思います。

 一方、大学の教育との関わりですが、もともと高知工科大学は、システム工学という旗のもとに、異なった分野の、乗り入れや融合を目指していますので、映像や音づくりと、電子や情報といった分野との乗り入れも、大学の進むべき方向性と、違いはないと考えています。

 また、映像と音声を生かしながら、限られた時間内に、自分の思いや考え方を伝えていく技は、芸術表現としてだけでなく、ビジネスの世界での、説明能力を養うといった面からも大切です。

 こうしたことから、高知工科大学では、この夏、フィルムスクールに挑戦をしたのですが、すでに、海外からの応募もふくめて、40人を超える方から、お問い合わせをいただいています。

 18才人口が減少する中で、次々と大学が淘汰される時代には、大学の生き残りのためにも、こうした取り組みに、果敢に挑戦する必要があると思います。

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フランス大使と懇談(5月28日)

 高知県の北川村という、人口1600人足らずの小さな村にある、「モネの庭」を視察するため、フランス大使が高知においでになりましたので、昼食をともにしながら、観光客の誘致や原子力発電、さらには市町村合併にかかわることなど、広い分野にわたって、興味あるお話をうかがいました。

 「モネの庭」の本家は、フランスのジベルニーという村にあって、モネが好んで描いた、睡蓮の浮かぶ池で有名ですが、縁あって、北川村に「モネの庭」ができてから、すでに4年余りがたちます。

 北川村は、坂本龍馬の盟友、中岡慎太郎の生まれた村ですが、今では、典型的な過疎と高齢化の進む村ですから、人によっては、「モネの庭」を、村の中にできた異次元空間と呼ぶ人もありますが、本家フランスの庭師の人が、「ジベルニー以上かも」と折り紙をつけてくれた、睡蓮の池などが評判を呼んで、年間に、10万人を越える方々が訪れる、立派な観光スポットになりました。

 そこで、まずは観光のことを話題にしていますと、大使が、「日本政府は今、海外からの観光客の誘致のために、『ようこそ日本』のキャンペーンをしているけれど、フランスで、そのキャッチコピーを掲げた、大きな気球を飛ばそうとしたところ、テロ対策との絡みで、警備当局から待ったがかかった」という話を教えてくれました。

 結局は、なんとか折り合いがついたそうですが、こんなところにも、テロの影響が出ているとは知りませんでした。

 一方、フランスは、わが国と同様、原子力発電を、エネルギー政策の柱にかかげる国の一つで、使用済みの核燃料を、あらためて燃料として利用する、プルサーマルの研究も進んでいます。

 このため、相次ぐトラブル隠しが原因で、止まったままになっている、高速増殖炉「もんじゅ」の運転再開に向けて、日仏が提携をしたプルサーマル研究の、実験用のモデルとして、「もんじゅ」を活用してはどうかとの提案を、フランス側から投げかけていると聞きました。

 全く知らない動きでしたが、イラクをはじめとする中東情勢の変化などもあって、石油の価格が高騰の兆しを見せる中、外向的にも政治的にも、なかなか興味のある話題でした。

 また、「大使の故郷は」と聞きますと、「小さな村です」と言われますので、人口を尋ねたところ、「350人です。フランスでは、北川村は、決して小さな村ではありませんよ」という答えが返ってきました。

 フランスでは、基礎的なサービスは国が担っていますので、地域の文化やアイデンティティーを守るために、小さな村でも合併はせずに、そのまま残っているからですが、村議会議員も無給のボランティアで、他の仕事をしている人でも、兼職ができるそうです。
 
 このため、大使も、本国の外務省に勤務していた当時は、15年間、故郷の村の村議会議員を務めていたということで、つくづくお国柄の違いを感じました。

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