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2004年9月

2004/09/27

チャーチルの椅子(9月19日)

 19日の日曜日、大型のヨットを借りて開いた、橋本家のいとこ会に参加しましたが、このヨットが、イギリスの名宰相、チャーチルゆかりの船と知って、こんな所でお目にかかれるとはという気がしました。

 このヨットは、1927年にイギリスで作られた、「シナーラ」という名の船ですが、オーナーが移り変わる中で、チャーチルが愛用していた時期もありました。

 その船が、今は神奈川県のヨットハーバーで、チャーター用のヨットとして、第二の人生を送っているのですが、マホガニーやチークなどの材を使った、いかにも重厚な作りになっています。

 アンティークな雰囲気の、キャビンの室内には、いくつか椅子が並んでいましたが、もしかして、チャーチルが座った椅子かもしれないと思ったら、急に座ってみたくなって、片端から腰をかけてみました。

 と言うのも、数年前に、ドイツのポツダムに行ったことがあって、当時の連合国側の首脳が、ポツダム宣言に署名をした部屋も訪ねたのですが、テーブルと椅子のまわりにはロープが張ってあって、中には入れなくなっていたという経験があったからです。

 ですから、せっかくの機会だと思って、椅子の感触を楽しみましたが、果たして、チャーチルとお尻友達になれたかどうかは、椅子だけが知っていることかもしれません。


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「山の日」と「鮭の日」(9月17日)

 17日の午後、東京の国連大学で開かれた、地球環境の問題などを考える、パネルディスカッションに参加しましたが、高知県が「山の日」として活動している11月11日は、すでに他の目的にも、使われていることを知りました。

 高知県では、多くの県民に、森林の大切さを知ってもらおうと、去年4月から、全国でも初めて「森林環境税」を導入したのを受けて、11月11日を、「高知・山の日」と名づけて、県内一斉に、森林に関わる活動を進めています。

 なぜ11月11日が「山の日」かと言えば、この頃から、間伐などのシーズンが始まることも、その理由の一つですが、それだけでなく、「1」が4つ立ちならぶ姿が、森林の木立に通じるのではとの思いもありました。

 ところが、この「山の日」の説明をしたところ、一緒にパネラーとして参加していた、岩手県の増田知事が、意外な事実を教えてくれました。

 それは何かと言うと、11という数字を、漢字で縦に並べて書けば、「圭」という字になりますが、岩手県では、「鮭」が県の魚に指定されていることから、11月11日を「鮭の日」として、県民がこぞって鮭を食べる日にしていると言うのです。

 さらに、種を明かせば、その前に、コーディネーター役の、前の三重県知事の北川さんが、「11月11日は、僕の誕生日だ」と言ったことから、一気に「鮭の日」へと話が展開したのですが、1年365日、何とかの日というネーミングのついていない日の方が、少ないのかもしれませんから、11月11日にも、あと2つか3つは、「山の日」の先輩格の日があるのかもしれません。

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冷たい光の効用(9月16日)

 16日の午後、次世代の液晶ディスプレイの可能性をさぐる、地域結集型共同研究事業の、発表会が開かれましたが、その中で、ほとんど熱を持たない光が、室内での農業生産に、画期的な変革をもたらすかもしれないという研究報告に、興味をひかれました。

 この共同研究は、大手企業や高知工科大学の研究者などが、安くて美しい、新しいタイプの液晶ディスプレイの製作を目指して、取り組んでいますが、その過程で、「冷陰極光源」による、新しい光が開発をされました。

 と言うと、いかにも難しそうな話ですし、確かに理屈は簡単ではありませんので、詳しい内容は省きますが、結論を言えば、人肌ほどの温かさがある、蛍光灯とは違って、ほとんど熱を持たないうえ、色も自由に作ることが出来ます。

 こうした特徴を、室内での農業に活用しようというのが、この研究の目下の狙いですが、例えば、青い色の光を使えば、野菜の成長がよくなりますし、黄色い光を使えば、虫を除けることが出来ると言います。

 野菜や果物を使った、農業面での具体的な研究は、まだこれからですが、この手法が確立をされれば、ビニールハウスの中だけでなく、ビルや工場の中での農業も、可能になるのかもしれないと思いました。

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2004/09/22

ネットオークションの活用(9月15日)

 15日の午後、9月の県議会に向けて、財政課との打ち合わせをした際に、ある人から聞いた、「県の持ち物を、ネットオークションを使って販売してはどうか」との、アイディアを紹介しましたが、すでに実施している自治体もあるとのことで、その可能性を調べてみることにしました。

 話のきっかけは、県が高知市への返還を検討している、市内の交通公園に関してのことなのですが、そこに展示してある蒸気機関車をどうするかが、ある席で話題になりました。

 もちろん、もともとの所有者であるJRや、高知市が引き取るなど、いくつかの選択肢はあると思いますが、もし県として処分する場合には、機関車のプレートや車輪などを、一つ一つ分解して、ネットオークションにかければ、かなりの収益が期待できるというのが、提案者のご意見でした。

 なかなか面白い案だと思いましたので、蒸気機関車に限らず、この手法を検討してみてはと、財政課に投げかけたのですが、すでに東京都が、実施しているとのことでしたので、高知県でも、その可能性を探ってみることにしました。

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喉もと過ぎればではないでしょうが(9月14日)

 14日の午前、高知県が昨年から公表している、職員への「働きかけ」の件数の推移を、担当の課に尋ねたところ、今年に入って、件数が急激に減っていることがわかりましたので、その背景や事情を、もう少し分析する必要があると感じました。

 役所に対しては、職員が犯した軽いミスや、なるべくなら、ことを荒立てたくないという、公務員の心理などにつけ込んで、特定の人が、繰り返し要求をしてくるような事例がありますし、これとは別に、この会社や製品を使ってほしいといった、「口利き」に当たる行為もないではありません。

 このため、こうした、好ましくないケースだけでなく、前向きな意味での推薦や提案も含めた、幅広い意味での「働きかけ」を、去年の9月から、一定のルールのもとで、公表することにしました。

 これは、県の仕事が、特定の力によってゆがめられないようにするため、透明性を高めることに大きな狙いがありますが、その後の動きを、しばらく確認していませんでした。

 それが、この間この欄でもご紹介をした、女性用のトイレの節水を進めるアイディア商品を、県庁でも使ってみないかと、僕自身が働きかけましたので、そのことを公表の対象にしたのですが、それを機会に、公表の仕組みが出来てからの、件数の推移を尋ねてみました。

 そうしたところ、この制度が始まった去年の9月から、年末の12月までは、37件が公表されているのに対して、今年に入ってからは、1月が4件、2月が0件、3月が1件、そして4月から7月は0件と、きわだって、「働きかけ」の公表の件数が、減っていることがわかりました。
 
 これは、そもそも「働きかけ」そのものが減ったとも読みとれますが、それとは逆に、喉もと過ぎれば何とやらで、再び、仕事の透明性が薄れてきている兆しとも受け取れますので、そのあたりの背景を、しっかりと探ってみたいと感じました。

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子ども科学館は無理だけど(9月13日)

 13日の朝、産業振興を担当している職員から、現在はほとんど使われていない、県内の地場産品の展示コーナーを、子どもたちが、科学や物づくりの楽しみを感じられるような場所に、リニューアル出来ないかとの提案を受けました。

 この展示コーナーは、県の産業振興センターの一角にありますが、皇族がお見えになった時に、ご視察先として使うくらいで、ふだんはほとんど使われていません。

 その一方で、県内には、子どもが、科学や物づくりの楽しみにふれられるような、適当な場所がありませんし、今後も、大きな規模の施設を、構えられる状況ではありません。

 そこで、なるべくお金をかけないで、子どもが楽しみながら、科学や物づくりに関心を持てるような、仕掛けを作ってみたいというのが提案の趣旨でした。

 考えてみれば、高知県には、江戸時代に奇才と言われた細川半蔵以来の、「からくり」の伝統もありますし、小さくても、他にはない技術を持った企業もあります。

 さらには、高知工科大学を立ち上げた際にも、先生方の中から、そうした場所を作りたいという声がありましたので、企業人から研究者まで、多くの人が知恵を出しあえば、地場産品の展示も兼ねて、結構面白いものが出来るのではないかと、話の進み具合に期待感を持ちました。

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杉原領事とのご縁(9月12日)

 12日の午前、松山市でお会いした方から、バルト海に面した国、リトアニアと、県内の女子高校との間に、交流が芽ばえそうだとの話を聞きました。

 リトアニアは、ロシアに近い、バルト3国の一つですが、ヒットラー・ドイツの時代に、領事として勤務していた杉原千畝(ちうね)さんが、数多くのユダヤ系住民に、ビザを発行することで、日本を経由して、第三国に脱出するお手伝いをしたことから、対日感情のとてもよい国です。

 あわせて、杉原さんのご夫人が、まだご健在なことから、リトアニアの高校生が、日本を訪問する計画が持ち上がっているのですが、間をとり結んでいる、松山市在住の方が、四国各地のライオンズクラブなどを通じて、受け入れ先の呼びかけをしていました。

 そうしたところ、高知市内の土佐女子高校が、受けいれに手を挙げてくれたとのことで、歴史上の人物とも言える杉原さんのご縁で、これまで、ほとんど関係のなかったリトアニアとの間に、新しい交流が生まれることを期待しています。

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2004/09/16

橋を架ける男(9月11日)

 11日の夜、松山市の奥道後温泉のホテルで、このホテルのオーナーだった、「四国の大将」こと坪内寿夫さんの、家督を継いだ青年の結婚式に出席しましたが、お祝いのスピーチでは、橋にまつわる二つのエピソードを紹介しました。

 ここで言う橋とは、本州と四国を結ぶ、瀬戸内海に架かる橋のことですが、坪内さんは、現在の、公団方式による計画が出る前に、銀行や鉄鋼会社などに働きかけて、民間の力で橋を架ける、ビジネスプランをまとめました。

 もちろん有料ですが、間違いなく採算にあうという計算から、橋を運営する会社の株券で、本州と四国を結ぶフェリーを廃止する際の、補償金に替えようというところまで、計画をつめていましたが、従来型の公共事業方式を採ろうとする勢力に押されて、計画は頓挫してしまいました。

 今でこそ,「PFI」や「BOT」など、官と民が協力をして公共サービスを提供する手法は、当たり前のことになっていますが、今から40年前に、こうした方式を、あと一歩で実現というところまで持ちこんだ、知恵と腕力は、並たいていのものではありませんし、もしそれが実現していれば、今になって、民営化の議論が起きることもなかったわけです。

 もう一つの話は、生前坪内さんに、なぜ奥道後を開発したのかを尋ねた時のことで、坪内さんの答えは、「今はまだ、道後が表側で、こちらが奧だけれど、今治に橋が架かれば、こちらが本州からの入口になる。だから、ここの開発に取り組んだのだ」というものでした。

 この開発もまた、40年前のことですので、当時その話を聞かされた人は、「また大風呂敷を」と思ったに違いありませんが、すでに、そのことは実現をしています。

 このように、少し先どころか、他の人が見ようともしない、遠い先を見通していたあたりが、坪内さんのすごいところだったと、本州と四国に、3つの橋が架かった今にして思います。

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弘法も文字の誤り(9月10日)

 10日の午後、来日中の安徽省の省長と、県立牧野植物園を訪れた際、植物園の園長から、弘法大師が誤って伝えたために、日本と中国とで、全く意味の違う文字があるという話を聞きました。

 話の発端は、休憩をした園内の喫茶室に、曼珠沙華の花が生けてあったためですが、曼珠沙華は、弘法大師が中国から持ち帰った花で、だから、お寺の境内に多いといった話になりました。
       
 そう言えばと、園長が紹介してくれたのは、弘法大師が、中国の文字の意味を誤って伝えた例でしたが、その代表的なものが「湯」の意味で、中国では「スープ」を指すのに、弘法大師はこれを、水を沸かしたお湯と間違ってしまいました。

 そばでその話を聞いていた、園長の奥様は、中国生まれの方なのですが、弘法大師の間違いのおかげで、初めて日本に来た時、お風呂をすすめるのに、「お湯にお入りください」と言われて、「なぜ、スープに入るんだろう」と、不思議に思ったそうです。

 すると、僕の横にいた通訳の方が、「私が一番驚いたのは手紙です。と言うのも、中国では、手紙はトイレット・ペーパーの意味なんです」と、体験談を教えてくれました。
 
 では、日本で言う「湯」を、中国では何と表現するのかと尋ねますと、難しい表現なら「沸水」、一般には「開水」と言うとの答えが返ってきました。

 弘法大師ともあろう人が、そう簡単に間違えるだろうかとも思いましたが、意外とおっちょこちょいの、人間味あふれる人だったのかもしれません。

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2004/09/14

空港の時間延長(9月9日)

 9日の午後、運輸関係の方とお話をする中で、高松と松山の空港では、来年の夏から、飛行場の使用時間が、現在の13時間から、1時間延長される見通しだと聞きました。

 これまで、地方空港の使用時間は、周囲への騒音の影響などに考慮して、朝の7時半から夜の8時半まで
の、13時間が一般的です。

 ただ、これだと、東京に出張をした時、話が佳境に入った頃に、羽田に向けて出なければいけなくなるため、利用者の間からは、もう1時間延ばせないかという声が出ていました。

 このため、地域との協議もふまえて、高松空港と松山空港では来年の7月から、空港の使用時間が、夜の9時半までに、延長される見通しになったということでした。

 その話を聞いて、高知空港でも、検討をしないといけないと思いましたが、そうなると、ただでさえ忙しい中に、ますます日帰りがふえて、自分の首を絞めるだけかもしれません。

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情報教育は民間の力で(9月8日)

 8日の午前、高知工科大学の学生で作っているボランティア・サークル、「CAST」のメンバーと懇談をしましたが、これからの情報教育は、民間の力で支えられる部分が、大きくなると実感しました。

 このサークルは、平成10年から毎年この季節に、ドリーム・ネット・デイという名で、企業などから譲り受けた中古のパソコンを、県内の小中学校に配布した上で、学内のLAN整備のお手伝いをするという活動を続けています。

 県内の小中学校の、LANの整備率は、全国的に見て、目立って高いわけではありませんが、それでも、全国平均に比べると、小学校で5ポイント、中学校で15ポイント高くなっています。

 これも、ドリーム・ネット・デイの貢献が大きいのですが、話を聞きますと、このグループでは次には、コンピューター・リテラシーの指導にあたっての、サポート用のマニュアルを作りたいとのことでした。

 少し、横文字だらけの文章になりましたが、要するに、小学校でパソコンの使い方を教える先生を、手助けをするためのお手本を作ろうというわけで、県内の各地に誕生している、パソコンを使ったボランティアの人たちや、県立の工業学校の生徒に、このマニュアルを使って、学校の授業を手伝ってもらおうというねらいです。

 実は、高知県は、小中高校などの、教育用のパソコンの整備率は全国一ですが、パソコンを使って指導できる教員の比率は、逆に、全国最下位ですので、情報教育を進めるにあたっては、このあたりのズレが、大きな課題なのですが、むりやり教員に、パソコンの使い方を教え込むよりも、こうして民間の力を活用した方が、早道かもしれないと感じました。

 ちなみに、昨日ご紹介をした条例の改正案も、県庁の規則では、ドリーム・ネット・デイのために、中古のパソコンを譲り渡すことが出来ない、という問題意識が出発点でしたので、授業の中での活動からも、新しい動きを起こしてくれるものと期待しています。

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時代とともに変わるもの(9月7日)

 7日午前、9月の県議会に提案する、条例案の説明を受けましたが、改正する条例の中には、まだこんな内容が残っていたのかと感じるものもありました。

 振り返ってみれば、知事になって間もない頃のことですが、お茶の葉から紅茶を作る機械に、県が支援するための条例を廃止する、という案の説明を受けましたので、その理由を尋ねますと、もう10年以上も前に、その機械は廃棄されているとの答えで、そんな条例が、なぜ今まで残っているのかと、あきれたことがあります。

 それと同じように、こんな内容の条例が、まだ残っていたのかと思うような改正案に、時々出くわすことがありますが、今回もそれがありました。

 それは、県が所有する物件の、譲渡に関する条例なのですが、これまでは、自動車以外は、有償でも無償でも譲り渡すことが、つまり、下取りに出すことが出来ない決まりになっていました。

 このため、例えば、パソコン等を更新する際にも、他に譲り渡すことが出来ませんから、使い方によってはまだ使えるものを、廃棄物として、有料で引き取ってもらわなければなりませんでした。

 これでは、いくら何でも不都合だということから、今回、自動車以外のものも、有償無償で譲渡できるように改正することになりましたが、法律にしろ条例にしろ、制定された時代の背景を背負っている分、時代の変化とともに、見直しが必要になるものです。

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石垣の修理も観光資源(9月6日)

 6日午前の三役会議で、教育長から、高知城の石垣の修理について報告がありましたが、NHKの大河ドラマ「山内一豊の妻」の放送にあたって、よほどの注意が必要な課題になりそうです。

 と言うのも、この大河ドラマの放映は再来年ですので、当然のことながら、来年中に撮影が行われることになります。

 ところが、高知城の石垣は、修理をしなければ危険だと、専門家からも指摘を受けているため、平成13年から修理にかかっていて、工事は19年まで続く予定になっています。

 このため、観光の関係者からは、「撮影中や、観光客の来る時期に、石垣にビニールシートがかかっているのでは、どうにもならない」との要望を受けていましたが、教育長からは、「このままでは、かえって危険なので、工事そのものを止めるわけにはいかない」との説明がありました。

 この問題は、9月議会に提出する予算案を協議した時にも、大河ドラマに関する一連の課題として議論しましたが、担当の課からは、「工事の継続はやむを得ないが、ドラマの撮影には支障がないようにするし、観光客が訪れる時期には、石垣の修理にあたる石工さんに、昔ながらの仕事着をつけて、作業をしてもらうことで、工事がそのまま、観光資源になるように取り組みたい」との、頼もしい決意表明もありました。

 ただ、そんなに都合よくいくのかなあという、不安もありますので、このことは、これからも注意深く考えていきたいと思います。

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シーリングの是非(9月6日)

 6日の庁議では、今後の予算編成の手法が議論されましたが、シーリング(天井のこと。つまり上限を設けて、その範囲内で予算を組むことを指します)という手法をめぐって、「今さらシーリングか」という空気が、圧倒的のように感じられました。

 地方交付税などが今年度と同額だとしても、同じ規模で仕事を続ければ、来年度の予算では、今年度を上まわる、248億円の財源不足が生じますし、かと言って、それを補うための基金も、109億円しか残っていません。

 このため、投資的経費や経常的経費を、一定の率で削減するというシーリング方式の試算が、庁議の資料として示されましたが、これに対しては、「人件費をどうするかを示すことが先ではないか」、「シーリング方式といった従来型の手法ではなく、本当に必要な事業に絞りこむべきだ」、「ゼロ・ベースと言いながら、シーリングを続けるのはおかしい」、「これまでの考え方の延長では無理なので、ガラガラポンで始めないといけない」等々、もはやシーリングで臨む時ではないという総論では、意見はほぼ一致しました。

 ただ、いざ各論となると、自分の担当している事業は、出来るだけ守ろうという気持ちが働くのが、部長や局長の、やむを得ない心理だろうと思います。

 そこで、僕からは、「総論で意見の一致を見たからには、部局の壁を越えて、全庁的な立場から、ゼロ・ベースの議論をしてほしい」と、庁議のメンバーに呼びかけました。

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2004/09/13

講演準備(9月5日)

 5日の日曜日は、久しぶりのオフでしたが、10日に講演の予定があるため、その準備で、かなりの時間をさかれました。    

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バンザ〜イの歴史(9月4日)

 4日の午後、県庁内のホールで、国体の夏季大会に参加する、高知県選手団の壮行会が開かれましたが、最後に万歳三唱をしながら、こうして両手を挙げて、「バンザ〜イ、バンザ〜イ」と唱える習慣は、一体いつ頃から始まったのだろうかと、ふと考えてしまいました。

 と言うのも、これまでにも、数々の時代劇を見てきましたが、戦国時代にしろ江戸時代にしろ、戦に勝ったり祝い事があったりしても、そこで万歳をする場面を見たことがなかったからです。

 そこで、辞書をひいてみましたが、「長い年月」、「いつまでも栄えること」、「めでたいこと」等に続いて、「祝福のために両手を挙げて唱える言葉」と、そのままの説明があるだけで、「なぜ」、そして「いつから」両手を挙げるようになったかの、解説はありませんでした。

 どちらかと言えば、こうした蘊蓄が気になる方ですので、もし、この答えをご存知の方がいれば教えて下さい。

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聖域なしの重み(9月3日)

 3日は、午前午後を通じて、事務事業の見直しについて協議をしましたが、聖域のない見直しを進めることの、難しさと重みを痛感しました。

 高知県は、今年度の当初の予算で、財源の不足額が236億円に達したため、家庭にたとえれば貯金に当たる基金の取り崩しや、窮余の一策とも言える借金の上積みで、辛うじて収支を合わせることが出来ましたが、このままなら、来年度は、さらに大きな額の財源不足が予想されています。

 その大きな原因は、三位一体の改革に名を借りた、地方交付税などの大幅な減額ですが、国と地方を通じた莫大な借金体質の中では、今後も、厳しい財政が続くことを、覚悟しなければなりませんので、人件費や補助金など全ての歳出を、聖域なく見直していくことが求められています。

 その一環として、事務事業の見直しについて、協議をしたのですが、例えば私学補助など、議論の種はつきません。

 この私学補助の問題は、今の時点では予見を与えられませんので、ありのままの意見を列挙すれば、「今も私立と公立の保護者の負担には、2.8倍の開きがある」、「私立の授業料が、上がってもやむを得ないという判断のもとでないと議論は出来ない」、「私学がなければ、その分、県の負担がふえることも考えないといけない」、「そうは言っても、財政再建団体になれば、私学への補助は一切出来なくなる」等々で、この他にも、鋭い指摘が数々ありました。

 本県にとって、特に重要なテーマとは言え、私学への補助一つでもこの状況ですので、聖域を設けないことの重みは、予想通り相当のものです。

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2004/09/07

苦渋の選択(9月2日)

 2日の午後、9月の県議会に提案をする、補正予算の査定をしましたが、1年余りの休館を余儀なくされることから、「このままでいいだろうか」と自問していた、県民文化ホールの改修は、それに向けた予算をつけざるを得ないとの、自分にとっては、苦渋の選択に至りました。

 この問題は、以前もこの欄でふれましたが、県内では最大の県民文化ホールは、老朽化が激しいため、空調の設備などを改修しないと危険だと、専門家からも指摘されています。

 このため、耐震化などとあわせて、内部の設備の改修を計画していますが、そのためには、1年から2年の間の休館が必要ですので、大きなコンサートや、各種の全国大会の開催など、コンベンションの機能が麻痺してしまうことになります。

 しかも、県内で最大とはいえ、収容人員が1500人と、全国的には最も小さなホールですので、1年以上も閉めた上に、同じ規模のホールを、向こう20年から30年も残していくことが、本当に正しい判断だろうかと、強い疑問を感じ続けていました。

 その一方で、今の計画で改修を進めるのなら、この議会への提案が、ぎりぎりの時期になるという、時間的な制約があります。

 あわせて、財政の状況が極めて厳しい中で、建て直しや新規の建設の提案をするのなら、そのために、どれだけの予算が必要で、代わりにどの事業をやめるのかといった判断を迫られますが、残念なことに、それらを詰めて検討するだけの、材料を集める余裕もありませんでした。

 こうしたことから、今月から始まる県議会には、現在の改修計画をもとにした、基本設計と実施設計の予算を提案することにしました。

 ただ、たぶん多くの県民の皆さんは、この計画について、詳しいことをご存知ないでしょうし、このままの形で改修が終わった時には、不満や批判の声が起きることは目に見えていますので、自分にとっては、苦渋の選択というのが正直な思いです。

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2004/09/06

百円メガネのすすめ(9月1日)

 1日は防災の日ですので、高知県でも、南海地震を想定した、災害対策本部の訓練を行いましたが、ちょっとした身のまわりのことで、意外と気のついていないことがあるのでは、と思うことがありました。

 と言うのも、今年の災害対策本部の訓練は、県庁の庁舎が倒壊したという想定のもとに、県の警察本部の会議室を使って行ったのですが、地震の発生直後は、全般的に停電になることが予想されますから、電気を消して本部会議の訓練を始めました。

 ところが、そうすると、外からの光は差し込むものの、かなりの手暗がりになりますので、メガネがないと資料が見にくいのです。

 その時、以前お会いしたことのある、会社の社長さんが、「僕は、百円ショップで大量にメガネを買いこんで、社長室はもちろんのこと、家の中の全ての部屋に置いているんです。こうすれば、メガネを忘れた時も、すぐに動けます」と、話していたのを思い出しました。

 このため、「災害対策本部に使われる部屋には、百円メガネを買い込んで置いておくといい」と提言をしましたが、災害に対する大きな備えには、結構目が行き届きますが、こうした身のまわりのことで、いざと言う時に困ることが、まだ他にもあるのではないかと思いました。

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宇宙酒はいかがですか(8月31日)

 31日の午前、宇宙ステーションで行われている実験への、高知県の企業の参加を働きかけているグループの方々と、知事室でお話をした際、県の酒造メーカーが手を結んで、「宇宙酒」を作るプロジェクトが進んでいると聞きました。

 この宇宙ステーションは、各国が資金を出しあって運営していますが、出資をしている国は、ステーションを使って、各種の実験をしています。

 このため、高知県からも、何か宇宙で出来る実験の種を出そうと、県の産業振興センターの関係者や、企業の方々が検討を進めていましたが、その中で、白羽の矢を立てられたのが、宇宙旅行を経験した酵母を使っての、日本酒づくりでした。

 と言うのも、土佐の酒づくりは、県内を代表する地場産業の一つですが、焼酎ブームに押されて、このところ売上げがダウンしていますので、まずは、蔵元が一丸となった巻き返しの策が必要ですし、そのためにも、「宇宙酒」は、格好のテーマではないかという訳です。

 ただ、今回の計画は、フリーズ・ドライの酵母を、2週間ほど宇宙にあげるだけのものですので、いわば宇宙メダカと同様、宇宙旅行をしたという箔をつける程度ですが、次の本格的な実験に向けた第一弾としては、夢のある企画だと思いました。

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文楽は肉体労働(8月30日)

 30日の午後、僕がパーソナリティーをしているラジオ番組に、土佐清水市出身の、文楽の人形遣い、吉田玉翔さんに出演してもらいましたが、芸術的な雰囲気とは裏腹に、人形を遣うのは、かなりハードな肉体労働だと知りました。

 玉翔さんは、観劇が趣味のお母さんに連れられて、大阪まで文楽を見に出かけたのがきっかけで、10年前の高校3年の時に、人形遣いのお師匠さんのもとに弟子入りをしました。

 そもそも文楽の人形は、お師匠さんが、人形の顔と右手を扱う「主遣い」、10年選手以上の先輩が、左手と湯飲みや扇子などの道具を扱う「左遣い」、そして、一番の若手が「足遣い」という3人一組で、人形を動かすようになっていますので、玉翔さんは、「足遣い」を始めて10年ということになります。

 では舞台裏はと言えば、舞台に作られた手すりの上に、人形をあげて観客に見せる都合から、3人とも高い下駄を履いて、立ったままで人形を扱いますが、玉翔さんが担当する足遣いは、両手を伸ばしたまま、人形の足を支え続けなくてはなりません。

 玉翔さんの言葉を借りれば、鉄アレイを持って、両手を横に挙げ続けているようなもので、手はぶるぶると震えてくるは、足はつっぱってくるはで、出し物が終わったときには汗だくになります。

 しかも、顔と手足の動きをあわせるために、浄瑠璃の曲だけでなく、お師匠さんが、首の振り方などで示すサインをもとに、人形を操るのですが、そのサインを見逃さないために、緊張感もひとしおで、「文楽の人形遣いは、芸術であると同時に、肉体労働という感じですね」というのが、玉翔さんの話でした。 

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2004/09/01

知事公邸が被災(8月29日)

 29日の午後、台風16号の影響で、県内は大変な風と雨に見舞われましたが、知事公邸の車庫の屋根が吹き飛んで、知事公邸にも被害が出ました。

 夕方5時過ぎに、外出先から公邸に戻る途中、秘書から、「知事公邸の、屋根のトタンが飛んだらしい」との情報は聞いていたものの、これまでの経験から、そう大したことではないだろうと考えていました。

 ところが、公邸に着くやいなや運転手さんが、「あれ、車庫の屋根が飛んでますね」と言いますので、門の脇にある、倉庫代わりの車庫を見上げますと、片側の屋根が、こっぽりとはがれて、なくなっているではありませんか。

 これは一大事と、中に入りますと、はがれたトタン屋根は、母屋の屋根瓦を壊した後、中庭に無惨な姿をさらしていました。

 一方、トタンの下に敷かれた板も一緒に吹き飛んでいましたが、こちらは、庭に立っていた、邸内に電線を引き込むための電柱を直撃して、電線もろともなぎ倒していました。

 しかも、トタン屋根の一部は、お隣の家にも飛び込んでいましたが、わが家もふくめて、けがをした人はいませんでした。

 それにしても、知事になって10年余り、台風の襲来は何度か経験をしていたものの、これだけの被害が出たことは初めてでした。

 最近、全国各地の被害の様子を見ていますと、土地の古老の方が口々に、「長年暮らしているが、こんなことは初めてだ」と語る場面に遭遇するのですが、自分自身が、「長年暮らしていても、初めての経験」という言葉を、口にすることになろうとは思いませんでした。

 それだけ、異常気象の影響が、広範囲に及んできている証拠ですし、地球全体が、許容できる限界を超えてきているのかもしれません。

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人集めの仕掛け(8月28日)

 28日は、中国から成田に舞い戻ったその足で、東京の原宿で開かれている、「スーパーよさこい」の会場に出かけましたが、同時に開かれている高知県の物産展、「よさこい広場」の会場設定を見て、人集めのヒントを学んだ気がしました。

 この「スーパーよさこい」は、全国200ヶ所以上のお祭りやイベントに採りいれられている、高知のよさこい踊りをテーマにした、原宿・表参道の商店振興会が主催するイベントで、4年目の今年は、高知県はもちろん全国から、90チームが参加しました。

 これとあわせて、NHK側の広場では、高知の食材や物産と観光などを紹介する、「よさこい広場」が開かれていますが、去年までは、小さなテント並べただけでしたので、今ひとつ、お客様の入りが芳しくありませんでした。

 このため、今年は、大きなテントですっぽりと覆った中に、お店のテントを店開きしたうえ、ステージ上で展開される、よさこいの踊りを眺められるスペースに、テーブルと椅子を並べて、買ったものを食べながら、踊りを見物できるようにしたところ、大勢のお客さんで賑わいました。

 それを見て、人集めの手法には、それなりのノウハウがあることを、あらためて知りました。

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中国教育事情あれこれ(8月24日〜28日)

 25日の朝、滞在中の中国安徽省の合肥市で、公立の小学校を訪問しましたので、三位一体の改革に関係して話題になっている、義務教育の費用の持ち方などについて、質問をしてみました。

 この小学校は、合肥市の師範学校の付属小学校ですが、その名から想像されるエリート校とは違って、近くのこどもたちが通う、公立の小学校の一つとのことでした。

 ところが、アンツーカーの400メートルトラックに、芝生のフィールドと、あまりに豪華なグランドを備えていましたので、こうした設備費とともに、日本の国内でも今話題になっている、小中学校の教員の人件費はどこが持つのかと尋ねてみました。
 
 すると、教員の人件費も、施設の整備費も、ほとんどは市の負担だということで、「もう少し、国や省にお金を出してほしい」というのが、教育担当の副市長の本音でした。

 そこで、省の役人にも尋ねてみますと、「省内には自治体が数多くあるので、公平に配分するほどの予算はない。だから、成果の上がっている学校にのみ、支援をしている」とのことでした。

 わずかな時間での、しかも、通訳をまじえてのやりとりですから、正確ではないかもしれませんが、中央集権のもと、国を挙げての教育といったイメージの強い中国でも、財政面では意外と、地方分権と競争原理が採りいれられていることを知りました。

 あわせて、校長先生に、ひとクラスの人数を問いますと、「今は58人ですが、以前はもっと多かったんです」とのことでしたので、「日本では、国の基準は40人ですが、多くの地区で、30人学級が試みられています」と伝えますと、「それは楽で良いですね」と笑っていました。

 そこで、先日、海外青年協力隊の一員として、中国の保育園で保育士をしていた女性から聞いた、「中国の子どもは、元気はいいけれど、一人っ子政策のために、わがままで言うことを聞かない子が多い」との体験談を、確かめようかと思いましたが、もしかして、失礼になるといけないと思いとどまりました。

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ひと昔と大昔(8月24日〜28日)

 中国の安徽省との、友好交流10周年を記念して、24日から28日まで中国に出張しましたが、ひと昔前と比べての変化の大きさと、大昔からのつながりの証とを、同時に体験した旅でした。

 安徽省は、上海から揚子江をさかのぼった、内陸にある省で、三国志の武将曹操を始め、老子や荘子といった思想家など、歴史上の有名人を、多数輩出している省です。

 僕にとっては、安徽省と高知県が友好提携の交流を始めた1994年以来、10年ぶりの訪問でしたが、省都の合肥市の変貌ぶりには、めざましいものがありました。

 街中のたたずまいはもちろんですし、銀行の数も目立ってふえていましたが、中でも印象的だったのは郊外の様子で、10年前は、畑の中を通る道の両側に、サトウキビを売る人たちの姿が、点々と続いていました。

 ところが、この10年の間に、畑は建物や工場に変わったため、沿道にサトウキビ売りの姿を見ることはなくなりましたし、それにかわって、郊外の道沿いには、自動車の販売店のウィンドウが、軒を連ねていました。

 「それでも、沿岸部に比べれば、安徽省の発展の速度はまだまだ遅い」という、地元の方の説明をかたわらに聞きながら、「10年ひと昔」とはこういうことだなと、思いをめぐらせていました。

 合肥での2日間の滞在を終えた後、世界遺産にも登録をされた、安徽省随一の景勝地、黄山(こうざん)を訪れましたが、早朝、御来光の余韻を噛みしめながら、山道を歩いていますと、同行していた、県立の牧野植物園の職員が、「ありました、ありました」と、一行を脇道にいざないます。

 そこにあったのは、「キレンゲショウマ」という名の、黄色い花をつけた植物でした。

 聞きますと、キレンゲショウマは、国内では、紀州から四国と九州の山地にかけて、分布していますが、何故か、そこから遠く離れた黄山に、ぽつんと自生しているというのです。

 かつて地球の陸地が、いくつかの大陸や島々に分かれる前、黄山と四国の山地とが、一つに連なった地域だったためではないかというのが、その理由の推測ですが、早速、その晩の夕食会の挨拶で、「私たちの省と県は、大昔は一つの土地でした」と、お互いの絆の強さを、強調するネタに使わせてもらいました。

 わずか4日間の旅ながら、10年ひと昔と、大昔からのご縁とを、一度に体験できるあたり、さすが中国は大国です。

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21世紀COEプログラム(8月23日)

 23日の午後、僕が理事長を務める、高知工科大学の研究提案や教育での実践が、文部科学省が進めている、「21世紀COEプログラム」や「特色ある大学教育支援プログラム」に採択されたことを、報告する会が開かれました。

 このうち「21世紀COEプログラム」は、研究分野別に、大学のトップ30を選んでいこうという、かつての計画の延長線上にあるプログラムですので、これに選ばれることは、大学の格や評判にも関わってきます。

 このため、高知工科大学でも、これまで何度か挑戦をしてきましたが、このほど、社会システム・マネージメントの研究というテーマが、このプログラムに採用されました。

 これは、企業にとっても行政にとっても、各種の環境が厳しくなる中で、限られた資源を有効に生かしていくことで、よりよい経営を目指していこうといった趣旨で、例えば、行政の関係で言えば、ある国道とその沿線の公共的な構造物を、総合的に維持管理していく仕組みを考えるといったイメージです。

 財政状況がますます厳しくなって、仕事の仕方そのものを、従来型からは、根本的に変えないといけなくなっている行政にとっても、大変興味のある課題ですが、大学の理事長としては、こうしたプログラムに採択されたことを、率直に喜んでいます。

 と言うのも、今回このプログラムには、国公立をふくめて、全国の大学から、あわせて186件の応募がありましたが、このうち採択されたのは24件でしたし、高知工科大学のような私立で、このプログラムが採択された大学は、西日本では2校目という狭き門だからです。

 特に、高知工科大学は、県が出資して、その後は学校法人で運営するという、公設民営方式で開学してから、まだ7年目という歴史の浅い大学で、地方の地理的なハンディキャップも抱えているだけに、よく頑張ってもらっていると、スタッフ一同に感謝したい思いです。

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