当然の法理(1月26日)
26日午後、最高裁判所は、外国籍の職員の管理職への登用を、一律に拒否している東京都の措置は、憲法や法律に違反しないとの判決を言い渡しましたが、結果的には、外国籍の人の、公務員への採用を認めた内容で、時代の経過を感じさせる判決でした。
もう10年も前のことですが、外国籍の方の公務員への採用を認めていなかった、当時の制度に疑問を持って、受験資格から、日本国籍に限るとした、いわゆる国籍条項の撤廃に取り組みました。
そもそも昔も今も、外国籍の人が、公務員になることを禁じる法律の規定は、どこを探しても、何一つありません。
これに対して、国は、日本人しか公務員になれないのは「当然の法理」だという、理屈のための理屈を盾に、かたくなに国籍条項の撤廃に抵抗をしましたが、その後、高知県をはじめ多くの自治体で、形には違いがあっても、国籍条項の撤廃が進んできました。
そんな中、今回の裁判は、管理職への登用資格を拒否された外国籍の東京都職員が、法の下の平等を定めた憲法に違反するなどの理由で、争っていたものですが、最高裁は、外国籍の職員を管理職に採用するかどうかは、自治体の裁量に委ねられているので、これを一律に拒否したとしても、そのことをもって、憲法違反や労働基準法違反にはならないと 原告敗訴を申し渡しました。
しかし、その反面で、外国籍の人を公務員として採用することを、この裁判に至る前提として認めている訳ですし、争点になった管理職への採用すら、各自治体の、自由な判断に任すことを明言していますので、原告の方には残念な結果でも、外国籍の人に、公務員への門戸を開くという面では、大きな意味を持つ判決になりました。
高知県が、国籍条項の撤廃を言い出した時、旧自治省の担当者が、入れかわり立ちかわり、「説明」に来られたことを思い起こしますと、大きな時代の流れを感じますし、最高裁に見向きもされなかった「当然の法理」とは、一体何だったのだろうとも思います。
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コメント
⇒Yoshiさん
憲法15条1項には「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」とあるだけで、国民が公務員を選択する権利があるとはありますが、外国人が公務員になってはいけないとは書いていないと思います。憲法や法律で明文化されてはおらず、あくまで政府が言っている「当然の法理」という意見の下で行われているようです。国民に公務員を選ぶ権利があるので、国民が外国人を選ぶのであればそれも良いのではないでしょうか。
投稿: コロ | 2020/06/21 23:10
今更何年も前の記事にコメントして申し訳ないのですが、憲法15条1項の理念を忘れないで頂きたいです。形骸化していませんかこの条文。この国の主権は外国人にあるのでしょうか?
投稿: yoshi | 2012/03/18 01:28
しっかりした移民政策が必要なのでは
先般もクルドの人が日本からトルコに強制送還されました。その前はタイ生まれの少女が強制送還されそうになりました。どれも背景には難しい問題です。
日本は先進国のなかで、アメリカについで、1億2千万の人口をかかえる人口大国です。その点は人口のすくないヨーロッパとは異なるでしょう。アメリカは移民で建国されましたし。
在日韓国・朝鮮の人達の位置づけもしっかりとしていません。少なくとも定住外国人に権利はあると思います。
投稿: 西村健一 | 2005/01/31 20:42