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2005年3月

2005/03/31

ここでもあの人の名が(3月23日)

 23日午後、韓流ドラマのロケを高知に誘致するために、韓国に出張しましたが、訪問したプロダクションの社長から、意外な人の名前を耳にしました。

 このプロダクションは、大人気の韓国ドラマを製作する会社で、ペ・ヨンジュンやイ・ビョンホンなど、有名な俳優とも接点がありますので、以前から、高知県でロケが出来るような企画を、考えてほしいと要請してきました。 

 このため、一度は直接ソウルを訪ねてとの思いで、一泊二日のせわしない出張となったのですが、打ち合わせの後、夕食を共にしながら懇談をしていますと、社長から「ちょっとご意見をうかがいたいのですが」と、突然の質問を受けました。

 なんだろうと思って耳を傾けますと、「この間、ライブドアの堀江さんがおいでになって、事業提携の申し込みを受けたのですが、どうしたものかと迷っているのです」と言われるのです。

 申し込みのあった時期を尋ねますと、わりと最近の話ですので、そう言えば、今話題の問題とも、番組ソフトを通じて関係のある話だなと思いながら、ずいぶん幅広く声をかけていることに感心しました。

 それに対して、僕がどう答えたかは、少し長くなるので省きます。

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今度こそ(3月22日)

 22日午後、県の森林局の担当者から、県内産の木材を、公共の建築物や土木工事などにもっと活用していくための、これから5年間の、行動計画の説明を受けました。

 高知県では、木に親しみ、木を活かすなどをテーマにした、木の文化県構想の立ち上げて、平成12年にまとめたアクションプランの中で、木材の利用を進めるための、目標の数値を掲げてきました。

 それは、公共の建築物や一戸建て住宅の木造率を、全国平均より高くするとか、公共の土木工事への木材の利用率を、7パーセントまで引き上げるといったものですが、公務・文教建築物の木造化率では、全国平均が23.1パーセントに対して19.4パーセント(平成15年度)、一戸建て住宅の木造率では、全国平均が81.2パーセントに対して76.9パーセント(同年度)、さらに、公共土木工事の本体工事に木を使った率は、過去5年で、最高でも6.8パーセントどまりと、目指した成果は得られていません。
 
 もちろん、森林環境税の導入などもあって、環境教育や森林ボランティアの育成など、前進を見た面もありますが、全体的に目標が達成できなかった理由としては、目標はあっても、それを達成するための手段がなかったことや、それをフォローしていく体制が出来ていなかったことが挙げられます。

 たとえば、土木工事への木材利用でも、県庁全体で7パーセントという数字を掲げましたので、なるべくなら特別の手間をかけずに、今のままの工法でやりたいという意識が根強い、公共事業の担当部局では、自分のこととして考えにくかったといった側面がありますし、その背中をひと押しする仕組みもありませんでした。

 そこで、昨年10月にまとめた高知県産材利用推進方針を、実効性のあるものにするために、それぞれの項目別に各部局ごとの目標を設定した、来年度から平成21年度までの5年計画をまとめました。

 加えて、僕が本部長を務める推進本部を作って、進行管理をしていくことになりましたので、今度こその決意で臨みたいと思います。

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うれしい再会(3月21日)

 21日午後、県東部の安芸市にある、太平洋を見下ろす素敵な喫茶店で、小さな展示会を開いていた青年と、久しぶりの再会を果たしました。

 この青年は、子供の頃から、足に障害を持っていますが、県立高校の3年生の時に、僕に手紙をくれたのが縁で、将来への不安などについて、知事室で話を聞いたことがあります。

 そのことは、以前、自分の著書の中でも紹介したことがありますが、先月、久しぶりに県庁を尋ねてくれた彼が、知事室を留守にして僕宛に、手紙を残してくれていました。

 そこには、その後大学に進学したものの、足の具合が悪くなったため、大学を中退して高知に戻ったことや、それを機会に、自己流ながら、昔から好きだった絵を描き始めたことに加えて、その作品が、高知をベースに活躍している、歌手の矢野絢子さんの目にとまって、矢野さんの、CDのカバーに採用されたことなどが綴られていました。

 あわせて、小さな作品展を、安芸市の、太平洋をのぞむ崖の上にある、喫茶店で開いているので、時間があったら見に来てくれませんかとの、お誘いもありました。

 このため、日中の仕事の予定がなかった今日、その喫茶店を訪ねてみたのですが、久しぶりに再会した彼は、知事室で会った時と変わらず純朴なままで、「話し下手なせいで、せっかく来ていただいたのに、話がはずまなくて申し訳ありません」という表現が、とても新鮮でした。

 「あの時、橋本さんに励まされたように、今度は僕が、絵を通じて人を励ますことが出来れば」という彼を、今日も励まして帰ってきました。

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自立に向けて(3月20日)

 20日午後、知事公邸で、22日に発表する人事異動に関しての、最終的な詰めをしましたが、財政だけでなく人材の面でも、地方の自立が求められているのではと感じています。

 いわゆる三位一体の改革のあおりで、地方の財政をめぐる環境が、極めて厳しくなっている中で、限られた財源をもとに、いかにして、自立した地域経営を確立するかが、大きな課題ですが、このことは、財政面だけでなく人材の面にも言えることです。

 こうしたことから、これまで、国の官庁から出向をしてもらっていた、四つの部局長ポストを、全て県の生え抜きの職員に切り替えることにしました。

 また、自治体経営の自立のためには、これまで以上に、県民の皆さんと向きあった、目線の低い行政が求められますので、本庁内の課室と、現場を持つ事務所やセンターとの、人事面での交流にも努めました。

 こうした取り組みを、あれこれと評論するのはたやすいことですが、第三者的な評論に右往左往することなく、王道を歩める組織を目指したいものです。

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2005/03/30

掘るまいか(3月19日)

 19日午後、震災からの復興と題したパネルディスカッションに出席しましたが、それに先だって上映された、ドキュメンタリー映画「掘るまいか」を見て、日本にはこんな歴史もあったのかと、思わず感心をしました。

 この映画の舞台は、昨年の中越地震による被害で、全国にその名を知られるようになった、新潟県の山古志村で、昭和の初めに、地域の住民が16年かけて、自分たちの力だけで掘り抜いた、全長1キロほどのトンネルがテーマになっています。

 山古志村は、すり鉢状の地形になっているため、冬の豪雪に閉じこめられる時期には、深い雪をかき分けて山越えをしない限り、隣の村に出かけることも出来ませんでしたから、急な病気で運ばれる途中に、命を落とした村人が何人もいたということです。

 このため、中山峠という山の中腹に、隣村に通じるトンネルを掘ろうと、地域の人たちが立ち上がったのは、昭和8年のことでした。

 つるはしを使って、手掘りで岩盤を穿っていくのですが、水が噴き出すとか、奥に掘り進むに従って、空気が薄くなっていくとか、厳しい条件との戦いが続きました。

 また、戦争中には、大切なつるはしが、鉄製品として供出させられるのをおそれて、しばらく休止をしていましたが、戦後村に帰った人たちの手で、再び手掘りの挑戦が始まって、昭和24年に、ついにトンネルが完成しました。

 映画には、こうした経過が詳しく再現されていますが、この映画を見ながら、大分県にある青の洞門をテーマにした、菊池寛の小説、「恩讐の彼方に」を思い起こすと同時に、雪国の人の粘り強さに、ほとほと感心をしました。

 パネルディスカッションの狙いは、地震で大きな被害を受けた山古志村の、村民が残した歴史的な事業を紹介することで、地震に備えての、または復興にあたっての、住民の力をもう一度見直そうというものでしたが、日頃から、防災の分野だけでなく、あらゆる場面に、「住民力」を活かそうと呼びかけている立場としては、とても心強いエピソードでした。

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2005/03/29

育児支援の前に(3月18日)

 18日午後、県が職員向けにまとめた、「仕事と子育ての両立に向けて」と題した、行動計画の内容について説明を受けましたが、子育て以前に、結婚をしていない職員が増えていることに驚かされました。

 この計画は、少子化の流れを変えようと、おととし7月に、次世代育成支援対策推進法が施行されたのを受けて、職員のお子さん方が、健やかに育つような勤務環境を整備する目的で、県が、事業主としてまとめたものです。

 こうした趣旨に基づいて、出生時の父親の休暇取得の促進や、育児休業が取りやすい環境の整備などを、基本的な取り組みに掲げていますが、男性職員にアンケートをした結果からは、子供が3才の時まで、育児休業が取れることを知らなかった人が39.2パーセント、また、出生時の前後の一定の期間は、夫が育児休暇を取れることも、対象となる男性職員の46.4パーセントが、知らなかったと答えるなど、制度そのものが、よく知られていない実態が見えてきます。

 このため、今年度からは、子供が産まれる予定の、または、すでに子供が産まれた男性職員に対して、所属の長が、こうした制度を紹介する取り組みを始めていますが、僕からは、「どうせなら、お家にいる奥さんにも電話をして、ご主人が、育児のために休める制度がありますよと、知らせるようにしてほしい」と、つけ加えておきました。

 また、家からでも、県庁内のイントラネットを見られるようにするとか、休暇中の職員に関連のある制度改正の通知などを、ファイルしておいて復帰の時に手渡すなど、少しでも休暇を取りやすくするための対策も盛りこんでいます。

 さらに、利用者がそれぞれに、ベビーシッターや知人に依頼して、子供を預かってもらうことが出来るように、本庁舎の中の空き室を、託児用のスペースとして開放するほか、「いくじの消灯」を合い言葉に、ノー残業デーの水曜日以外も、19時(いくじ)には消灯をして、家族とのふれあいの時間をふやすように呼びかけています。

 ただ、これとあわせて、結婚している職員の比率の移り変わりを見て、かなり考えさせられるものがありました。

 と言いますのも、30才から34才の職員のうち、結婚をしている職員の比率は、1960年には、男性が88パーセント、女性が86パーセントだったのに対して、2000年には、男性が54パーセント、女性が68パーセントまで落ちていますし、35才から39才でも、男性は94パーセントから69パーセントに、また女性は、85パーセントから79パーセントに落ちているのです。

 これを聞いて、これでは、育児の環境を整える以前に、出会いの機会をふやすことが必要だねという話になってしまいました。

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2005/03/28

高齢者への減免措置(3月17日)

 17日は、県議会の最終日でしたが、財政が厳しくなる中で、お年寄りにも、県の施設を利用する際の、使用料などを負担してもらおうという提案が、全会一致で否決されました。

 これまで高知県では、18才未満の子供とともに、65才以上のお年寄りに対しては、文化施設やスポーツ施設などの、使用料と手数料を無料にしてきましたが、財政状況が極めて厳しくなってきたことから、昨年9月に公表をした、財政危機への対応指針の中で、有料化の方針を明らかにしていました。

 これを受けて、昨年の10月から11月にかけて、県政モニターにあたる、県民の声ネットワークのメンバーにアンケートをしましたが、回答をした人の中では、有料化への見直しはやむを得ないという意見が、反対の声を上まわっていましたし、その後も、この方針に対して、強い反対の意見は聞かれませんでした。

 あわせて、現在でも、少なくとも9つの県が、お年寄りのための利用料金の減免措置を、設けていないことがわかりましたので、この県議会に、減免措置を見直すための条例案を提出していました。

 しかし、議会からは、「他に削減できる予算があるのでは」とか、「それより先に、増収のための努力をすべきだ」といった意見が相次いで、結局、全会一致で否決ということになりました。

 確かに、議会への説明が少し足りなかったなど、反省すべき点もありますので、改めて、対応を検討することにしましたが、本県の高齢者と現役世代との比率を見ますと、2000年には、1:2.66だったものが、2010年には1:2.19、2020年には1:1.71、2030年には1:1.64になると予測されていますので、県の施設を運営するための負担を、いつまでも、働き手の世代だけに担い続けてもらうことが、難しくなることは間違いありません。

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高知高専テクノフェロー(3月16日)

 16日午後、経営や技術の面に、豊富な経験を持つ人材を、県内の企業に紹介していこうと設立された、高知高専テクノフェローの、創立記念パーティーに出席しました。

 略称で高知高専と呼ばれる、高知高等工業専門学校は、今年で創立40周年になりますが、このため、創立当初の卒業生は、そろそろ定年の時期を迎えることになります。

 一方、経済基盤の弱い県内の中小企業の中には、良いものを持ちながらも、あと一つの技術力や経営のノウハウが足りないために、もう一歩脱皮できない企業が少なからずあります。

 このため、定年を迎えたら、故郷高知の企業で第二の人生を始めようとか、ボランティア的に技術支援などのお役に立ちたいといった人たちに、人材登録をしてもらって、その力を必要としている企業に紹介していこうというのが、高知高専テクノフェローの構想です。

 ただ、実際に勧誘の作業を始めてみますと、今はやりの振り込め詐欺と勘違いをされるなど、予想外の壁もあったそうですが、411名の方が会員になってくださいました。

 県では、この4月から、新しい分野への進出を目指すなど、意欲的に取り組む企業を、総合的に応援する事業を始めますが、ここでも、財政的な支援だけでなく、むしろ人的な支援に、力をいれていきたいと思いますので、テクノフェローの方々の力も、大いに活用させてもらいたいと考えています。

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食わず嫌い(3月15日)

 15日午前、高知県が独自に進めている、コンピテンシイと呼ばれる能力開発型の研修を受けた職員と、意見交換の場を持ちました。

 これまでの役所の研修は、たとえば課長研修なら、課長になった後に、講師の話を座学で聞くといった、受け身型のものでした。

 これに対して高知県では、逆に、これから課長を目指す人に、管理職として必要な能力をつけてもらうための、能力開発型の研修を採りいれています。

 具体的には、参加者が一人ずつ、業務改革につながるようなテーマを決めた上、それを自分の職場で実践していく中で、自分自身の弱みや、コミュニケーションのとり方の大切さに気づいていこうというもので、コンピテンシイ型の研修と呼ばれています。

 ところが、馴染みの薄い横文字が使われていることに加えて、本人が手を挙げて研修を受ける仕組みが、自ら昇進を求めるようで日本人の感覚に合わない、といった拒否反応が先に立ったため、参加者がなかなか増えないという壁にぶつかっています。

 そこで、今年度、コンピテンシイ研修を受けた職員から、体験談を聞いてみようということになったのですが、自分でテーマを考えるといっても、そんなに難しいことではなくて、たとえば、個人が持っている情報を、職場の共有のものにしていこうとか、決裁の判子の数を減らしていこうといった、ごく日常的な内容です。

 それを、数ヶ月に渡って実践した上で、講師の先生の講評を受けるのですが、結果が問題なのではなく、自分の立てたテーマに従って、職場の先輩や同僚を巻きこんでいくプロセスと、その中で、自らが気づいていくことが一番大切で、受講した職員はそろって、受けて良かったと言ってくれました。

 それだけに、まずは経験者が、この研修の良さを宣伝していこうということになりましたが、それによって、食わず嫌いの職員が、少しでも減ってくれることを期待しています。

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ひまわり基金(3月14日)

 14日午後、これまで弁護士が一人もいなかった安芸地区に、去年の11月から事務所を開いている、若い弁護士さんに、開設以来半年近くになる、活動の様子をうかがいました。

 お医者さんのいない地区をなくすために、全国の自治体も出資をして、自治医科大学を立ち上げてから、もう長い年月が経ちますが、この無医地区と同じように、裁判所の支部はあっても、その管内に弁護士が一人もいないか、いても一人だけという地区が、全国には数多くあります。

 このため、日本弁護士連合会では、このような、法律の恩恵が届かない地区をなくしていこうと、ひまわり基金という団体を設立して、若い弁護士が、これらの地域に事務所を開くのを応援しています。

 高知県では、高知地方裁判所の安芸支部と須崎支部の管内が、その対象になりますが、このうち、安芸地区では、昨年11月から、四国では初めてのひまわり基金の事務所として、26才の若い弁護士が開業をしています。

 この方は、神奈川県の川崎市の出身で、弁護士登録をしてからしばらくは、法律事務所に勤務していましたが、司法修習生としての研修中に、ひまわり基金の活動を紹介するイベントに参加した時から、地方での仕事に意欲を持っていました。

 さすがに、それまで弁護士が一人もいなかった地域だけに、去年11月に事務所を開設する前日には、電話での予約を受け始めてわずか1時間で、初日の予定が全てうまってしまったということで、それ以来、満足に休日もとれない忙しい日々が続いています。

 そうした中で、たとえば、借金で悩んでいた人が、法律的な整理が進むに連れて、顔色が落ち着いてくるのを見ると、役に立っていることを実感できると言いますが、一人しかいないため、片方の当事者から相談を受けると、もう一方の人からは話を聞けなくなりますので、そんな時は、せっかく地元に弁護士がいるのに、わざわざ高知市まで、出かけてもらわないといけないのが心苦しいとのことでした。 

 とりあえずの任期は3年とのことですが、3年たった後、「もう少し安芸で仕事を続けたい」と、言ってもらえるといいなと思いました。

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2005/03/25

四方口なし(3月13日)

 13日の日曜日、家でテレビを見ていましたら、子供の頃から、碁盤の足に関して感じていた疑問が解けました。

 それは、碁盤づくりの職人の方を取材した番組でしたが、何気なく見ていますと、碁盤の足に話が及びました。

 そう言えば、子供の頃、わが家にあった碁盤の足が抜けたのですが、その足の形を見て、何でこんな格好をしているのだろうと思ったことがあります。

 それ以来、蓮の花でもないし、何をかたどったのだろうと疑問に思っていましたが、その職人さんの話を聞いて、長年の謎が解けました。

 それは、クチナシの花を、かたどったものだと言うのです。

 なぜかと言えば、四方クチナシ、つまり、まわりで見ている者は口を出すなという、岡目八目をけん制する意味だそうで、なるほどなと納得しました。

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ノーと言える日本(3月12日)

 12日、東京でお会いした経済人と、ソニーの経営陣の交代を話題にしていた時、かつてベストセラーになった、「ノーと言える日本」のことを、著者の一人である、ソニーの創設者、盛田昭夫さんが、長く悔やんでいたという話を聞きました。

 「ノーと言える日本」は、盛田さんと、現在は東京都知事を務める石原慎太郎さんとの、対話形式の本ですが、外国の言いなりになりがちな日本に、苦言を呈するというコンセプトがあたって、大ベストセラーになりました。

 ところが、この日お会いした方の話によると、この本は、両者のインタビューをもとに、出版社の人が、二人が対談をしたように編集をしたものだそうで、政治家としての確信に満ちた石原さんにとっては、マイナスのイメージはありませんでしたが、アメリカをはじめ、海外の市場を相手に仕事をするするソニーにとっては、決してプラスになる内容ではなかったと言うのです。

 このため、盛田さんは、出版社のこうした企画を引き受けたことを、長いこと悔やまれていたということですが、この本の出版から十数年を経て、この度初めて、外国の方が、ソニーの経営責任を担うことになりました。

 とは言っても、ソニーの関連企業に働く15万人のうち、5万人が日本人、残る10万人は外国の人だそうですから、グローバル企業のトップに、外国籍の人が座ることには、何の不思議もありませんが、草葉の陰で盛田さんは、ノーと言える日本を、改めてどう振り返られているのかと思いました。

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ついでには行けない場所(3月11日)

 11日の昼、この秋、高知県に修学旅行に来てくれる、埼玉県の高校にお邪魔して、生徒さんに、高知のPRを兼ねた出前授業をしました。

 高校の修学旅行は、これまでなら、京都や奈良などの古都巡りや、広島や沖縄での平和学習などが一般的ですが、いささかパターン化してきたことや、予算の都合で、あまり遠くには行きにくくなったことから、新しい旅先をさがす学校がふえてきています。

 このため、高知県では、四万十川でのカヌーや、土佐湾でのホウェール・ウォッチング、さらには、カツオのたたき作りや、天日を活かした自然塩作りなど、体験学習を目玉に、首都圏の高校に誘いをかけてきましたが、その甲斐あって、この秋には、14校、あわせて3千人を超える生徒さんが、高知を訪れてくれることになりました。

 この日は、そのうちの一校、埼玉県立坂戸高校を訪問して、高知に関する基礎知識に続いて、「お薦めのおみやげは何ですか」といった、生徒さんの質問にもお答えをしましたが、その後の、マスコミの取材の中で、「他の県にはない、高知県の売り物は何ですか」という質問を受けました。

 これに対して、とっさに、「様々な自然体験もそうですが、それよりも、今行っておかないと、一生行かないかもしれない土地というのが、逆説的な意味でのセールスポイントですね」と答えました。

 と言いますのも、僕自身、40才を過ぎて初めて高知に行ったのですが、知事になってから、訪ねて下さるお客さんと話していると、「これまで、他の46の都道府県には、全て出かけているんですが、高知だけは来たことがなかったんです」という方が、結構いらっしゃるのです。

 考えてみれば、高知県は、四国という島の南端にあるため、どこかの県に行くついでに、立ち寄る県ではありませんし、その反面、同じような地理的条件にある、北海道や沖縄ほどメジャーではありませんから、何かの機会に行ってみようと思い立たないと、行かないままになりかねません。

 そんな訳で、質問をしてくれた記者の方には、「奈良や京都、また沖縄や北海道などは、修学旅行で出かけなくても、そのうち必ず行くことになります。これに対して、日本の中には、高知県のように、何かの機会を見つけないと、一生行かないかもしれない土地があります。そうであれば、修学旅行を機会に、ふだんは目に出来ない、地方の姿を体験しておくことは、高校生の皆さんにとって、意味のあることではないでしょうか」と、いささかこじつけ気味に、高知の魅力を売りこんでおきました。

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油を使わない船(3月10日)

 10日午後、宮崎県と京浜地区とを結ぶ、フェリーを運航している会社の幹部から、原油の高騰が、経営を激しく圧迫しているとのお話を受けました。

 この会社は、高知港と和歌山県の那智勝浦港を経由して、宮崎県の日向市と川崎市とを結ぶフェリーを運航していますが、高知県にとってこの航路は、農産物を首都圏に届ける、大切なルートになっています。
 
 ところが、この航路だけで、おととしは18億円、さらに去年は、22億円もの赤字が見込まれるということで、このままでは、運航を中止せざるを得ない現状になっています。

 その最大の原因は、中東での原油の価格の高騰ですが、実勢を反映した価格というよりは、マネーゲームの色彩が濃い状況ですので、このままでは、先行きの見通しも立てられないと、この会社の幹部も半ばあきらめ気味です。

 このため、「それでは、油を使わずに走る船が開発されないと、日本中からフェリーがなくなりかねませんね」と水を向けますと、「そうなんです。海を走る乗り物ですから、海水から水素を補給しながら、それを燃料に走れるようになるといいんですがね」と、我が意を得たりと言わんばかりの、お答えが返ってきました。

 さらに、油と水とを霧状にして使うことで、燃料代を節約する技術も、開発が進められているということでしたが、必要は発明の母と言いますので、このまま原油の価格が上がり続ければ、やがて、油を使わなくても走る船が、開発されるかもしれません。

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懐かしの写し絵(3月9日)

 9日午後、県内の企業の方から、車のハンドルなど様々なものに、木目のデザインを貼りつけていく技術が、製品化できたという話を聞きました。

 子供の頃、絵のついたフィルムを、ノートの表紙などに貼ってはがすと、漫画の主人公のキャラクターが貼りつく、写し絵シートといったものが、よく雑誌の付録についていましたが、説明を受けた技術は、基本的には、この写し絵の原理を応用したものです。

 ただ、ここに至るまでには、フィルムの伸び縮みをはじめ、印刷用の薬のつき具合や離れ具合などを調整するのが、とても難しかったということで、県の工業技術センターもひと役かいました。

 こうして出来上がった製品は、ハンドルのように不規則な形状のものにも、しわを作らずに貼りつけることが出来るため、仕上がりの美しさが売りの一つですが、それに加えて、印刷の技術を使った装飾では、現在大きなシェアを占めている、水圧を利用したものより、コストの面でも安く作れます。

 これに対して、県内にはすでに、そのままの木を使って、木製のハンドルを作る技術を確立した会社がありますが、今回の製品は、むくの木の成形とは、技術も対象とする競争相手も異なりますので、これが成功すれば、実際の木を使ったものから、木目のデザインを転写するものまで、木の雰囲気を活かしたハンドルの多くが、県内で手がけられることになります。

 その上、この写し絵を応用した技術は、ハンドルだけでなく、ユニットバスやトイレの器材といったインテリアから、携帯のボディなどに至るまで、不規則な形をした商品には、様々な応用がききますので、将来がとても楽しみに思えました。

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議会質問のためお休み(2月28日〜3月8日)

 3月1日から4日までは、議会の本会議での質問、また、7日と8日は、予算委員会での質問の日ですので、質問の準備に入る2月28日から、予算委員会が終わる3月8日までは、お休みにさせてもらいます。

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2005/03/22

ひとりぼっちの家元(2月27日)

 27日の夕方、土佐町という郡部の町で開かれた、小さなコンサートを聞きに行きましたが、ポルトガルのギターという珍しい楽器の音色が、とても魅力的でした。

 地元の方が主催した、この演奏会の主役は、マリオネットという名の、ギターとマンドリンの2人組でしたが、使われていた楽器の一つは、見た目も音色も、普通のものとはひと味違った、ポルトガルのギターでした。

 調弦も、従ってコードの押さえ方も、一般のギターとは違いますし、目を閉じて聞いていますと、「第三の男」で有名な、オーストリアのチターを思い起こしますが、ファドと呼ばれる、哀愁に満ちた、ポルトガルの伝統の歌には欠かせない楽器だそうです。

 ただ、この楽器を演奏するプロは、国内には10人足らずしかいませんので、演奏家の方によれば、「日本では第一人者かもしれませんが、いわば、ひとりぼっちの家元みたいなもので、まだ弟子もいません」とのことでした。

 また、人差し指につけたピックを固定するために、医療用の絆創膏を使っているということでしたが、時折、その絆創膏を巻き直す仕草が、魅惑的な演奏の合間に、不思議な現実感をかもし出していました。

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風呂敷の効用(2月26日)

 26日の午後、県内の酒造メーカーの跡継ぎにあたる青年の、結婚披露宴に招かれましたが、来賓として出席していた国税庁の長官が、祝辞の中で語った、風呂敷の包む文化の効用を、興味深く聞きました。

 国税庁の長官は、僕とは、小学校から高校まで同級の、いわば幼なじみの友人なのですが、学生の頃からの風呂敷の愛好家で、今も、長官として参加する会議ごとに、また大学の教壇に立つ時の資料ごとに、仕分けをして風呂敷に包んでいます。

 その心は、仕事別に分けておけば、出かける時に、そのまま持って出られるし、かと言って、それを一つずつ鞄に入れていたのでは、鞄代だけで、高くついてしまうということです。

 このため、彼は、常日頃から風呂敷をポケットに忍ばせているのですが、披露宴のスピーチでも、風呂場で、脱いだ着物を置くために床に敷いたという、風呂敷の語源に始まって、風呂敷の効用を縷々解説してくれました。
      
 最後は、風呂敷と同じように、夫は妻を、妻は夫を包み込んでという落ちになりましたが、その祝辞を聞きながら、風呂敷の便利さだけでなく、包み込むという文化は、西欧にはない日本独特のものなのだろうなと考えていました。

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ジオバイオテクノロジー(2月25日)

 25日午前、県の政策総合研究所の部長から、高知大学の海洋コア総合研究センターの成果を活用するために、企業の協力を得て、新しい法人を立ち上げるという話を聞きました。

 南国市にある、高知大学の海洋コア総合研究センターは、海底の地殻を掘削して得られたものを、様々な分野の研究に活かしていこうという、夢のある研究所です。

 例えば、海底の下に眠る、メタンハイドレードと呼ばれるシャーベット状のガスを、エネルギーとして利用するための研究もそうですし、地殻の中に潜んでいる極限微生物を、薬品などに活用する研究など、その範囲は、極めて多岐に渡っています。

 それだけに、可能性も無限大ですので、大阪を中心に、エネルギー関連の大手の企業や、総合化学メーカーなどに呼びかけて、新しい法人を立ち上げることになったのですが、その名は、ジオバイオテクノロジー振興会議という、初めて耳にする横文字で、今から、将来の成果が楽しみな気がします。

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やらされ感(2月24日)

 24日午後、県庁の仕事の、アウトソーシングなどを担当している、業務改革室のスタッフと意見交換をしましたが、職員の間には、まだ、上からやらされているという意識が根強く残っている、といった悩みを聞きました。

 県庁に限らず、どこの組織でもそうでしょうが、アウトソーシングという手法を使って、仕事の仕方を見直そうと言いますと、まずは、自分の職場が奪われるのではないかといった防衛反応が先に立って、「仕事を外に出すのはいいが、受け皿がない」とか、「外に出して失敗をしたら、批判をされるのはうちだから」など、やらないための理屈が、次々と並べられる傾向があります。

 このため、仕事を外に出した時の、品質管理や評価の仕組の検討と同時に、民間の側にある、「県庁が、どんな内容の業務をしているのかよくわからない」などの疑問を解消するために、民間の方を巻きこんだ取り組みも、少しずつ進めてきました。

 こうした悩みを聞きながら、僕からは、「そもそもの目的は、アウトソーシングありきではなくて、もっと楽しく仕事をするための業務改革、つまり、仕事の仕組みの見直しだ。それをしないで、毎日、夜遅くまで書類づくりに追われていて、本当に仕事が楽しいだろうか。僕は、そうは思わない。これに対して、仕事の仕方を見直すことで、毎晩早く帰って、家族との時間をふやすなり、同僚と夜の街に出かけるなりした方が、人生はずっと楽しくなると思う。また、そうすることが、県民の皆さんに対しても、より良い仕事につながるだろう。だから、午後7時の消灯も、アウトソーシングも、もっと楽しく仕事をするための手段であって、このこと自体が、目指すべき最終目的なのではない」という話をしました。

 すると、職員の一人から、「是非とも幹部の人たちに、その話をして下さい」と注文をされましたので、職員の「やらされ感」を、少しでも和らげるために、いい機会に、改めて、こんな話をしてみたいと思っています。

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野良時計が止まった(2月23日)

 23日午前、亡くなった後に、叙位叙勲を受けた方のご家族に、その伝達をしましたが、その中には、長い間、安芸市の野良時計の世話をされてきた、ご当主のご遺族もおられました。

 安芸市の野良時計は、明治30年に建てられた、機械仕掛けの時計ですが、田んぼの中にある時計台の姿には、独特の風情があるため、地域の観光スポットとして知られています。

 このため、この家のご当主は、教員の職を退かれた後も、野良時計を見に来る人のために、毎日、時計をまわし続けて下さっていたのですが、最近、ご当主が亡くなったため、それ以来、野良時計は止まったままになっています。

 今日は、ご遺族に、死亡後の叙勲をお渡しした後、しばらくの間、知事室でお話しをしましたが、奥様からは、野良時計を見に来た人が、「何で時計が止まってるんだろう」と話す声が、家の中まで聞こえてくるのが辛い、といったお話をうかがいました。

 この野良時計を動かすには、毎日、10キロもある重りを持ち上げないといけませんので、かなりの力仕事になりますが、何らかの形で、また時計が動き出す日がくればと思っています。

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土地利用の規制の難しさ(2月22日)

 22日午前、東部地区の首長さんから、地域内に産業廃棄物の最終処分場を作ろうという動きがあって、対応に困っているとの相談を受けました。

 県内では、以前に、砕石の許可をめぐって、地域から強い反対が起きたことがありましたので、それを機会に、地元の自治体が、あらかじめ土地利用の条例を作ることで、各種の開発の申請に対して、ある程度の歯止めが出来るようにしています。

 ご相談のあった自治体も、地域の自然や生活を守る観点から、土地利用の条例を設けていますので、廃棄物の処理場などの計画には、慎重に対応したいという思いがあります。

 ただ、産廃の処理施設の申請を取り扱う法律は、基本的には、民間の力を活用するといった考え方に立っていますので、たとえ条例があっても、申請を門前払いすることは出来ません。

 こうした実例を見ますと、地方分権と言いながら、法律を通じての、国の一律的な対応によって、地域の声が通りにくくなっている問題点を、あらめて感じます。

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突然使えなくなる電波(2月21日)

 21日午前、危機管理の担当者との協議で、防災用の無線に使っている周波数が、国の方針変更で、このままでは、将来使えなくなる問題への対応を検討しました。

 南海地震をはじめ、災害への対応が大きな課題になっている高知県にとって、いざというときの情報伝達の手段は、極めて重要なライフラインですので、現在は、衛星を使った無線と、光ファイバー系の情報ハイウェー、さらに、地上波による防災行政無線という、三系統の連絡手段を確保しています。

 というのも、衛星は大雨などの異常気象の影響を受けますし、光ファイバーは、地震の揺れで切断する恐れがあるなど、それぞれの弱みがあるからですが、これに対して防災用の無線は、雨の影響を受けない上、大きな地震の時も、基地局が壊れない限りは心配がありません。

 ところが、今度は国の方針変更で、防災行政無線の周波数が、現在の60メガヘルツから、260メガヘルツに切り替えられることになったため、高知県であれば、100億円もの余分な費用がかかることになりました。

 こうしたことから、和歌山県のように、現在持っている防災行政無線を、廃止するという判断をした県もありますし、対応の方針を検討している県も、10県ほどにのぼっています。

 そこで、わが県はどうするかを、危機管理担当と協議しましたが、結論として、100億円をかけて、周波数を切り替えていくことの他、260メガヘルツ帯と他の手段とを組み合わす方法、さらには、防災無線を廃止して、代わりに、IP電話の活用などを考えるといった、三つの方法に絞って、短所と長所を比較検討することにしました。

 それにしても、テレビ放送のデジタル化もそうですが、国の一方的な政策判断で、全体の仕組みを大きく変えてしまった上、そのつけを地方にまわすという手法には、何とも納得しかねるものがあります。

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2005/03/17

スカウトの思い出(2月20日)

 20日午後は、高知県ボーイスカウト連盟の、創立50周年の記念式典に参加して、中高生のスカウトとの、パネルディスカッションに臨みました。

 僕は、父親がスカウトの活動に熱心だった影響で、小学校の高学年の一時期、ボーイスカウトに参加していたことがありますが、そんな縁で、高知に来てからは、県の連盟の会長を務めています。

 このため、創立50周年の式典では、現役の中高生のスカウト3人と、パネルディスカッションをすることになりましたが、3人とも緊張のため、何を問いかけても、短い答えで終わってしまいますので、司会役としては、かなり苦労をしました。

 その中で、自分の思い出として語ったことですが、スカウトになって一番困ったのは、ボーイスカウト独自の、三本指での敬礼でした。

 というのも、僕はもともと左ききですから、左手なら、無理なく親指と小指を折って、残る3本の指で敬礼をすることが出来るのですが、右手の場合は、親指と小指を折ると、薬指を伸ばすことが出来なくなるのです。

 このため、左手を使って、右手の小指を、親指の下にギュッと折り込むことで、どうにか敬礼をこなしていたのですが、こんなことを思い出しながら、何とか無事パネルの司会を終えました。

 

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完全オフ(2月19日)

 19日は、久しぶりの完全オフで、まる一日ごろごろとして、休日らしさを満喫しました。

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花粉症対策花盛り(2月18日)

 18日午前、県内の工場の視察にあわせて、知事室に立ち寄って下さった、東京の企業の方から、同社が作っている、花粉症用のマスクをいただきましたが、今年は、飛び散る花粉の数が多い分、花粉症用のグッズもふえたように思います。

 僕は、これほどの社会問題になる以前からの、花粉症持ちですから、杉の多い高知に来てからは、さらに症状が進んだ気がしますが、今年は、特に花粉が多いと言われているため、いつもマスクをつけるなど、対策には気をつかってきました。

 そのためか、訪ねて下さる方が、様々な花粉症対策のグッズを紹介してくれるのですが、特別な加工を施したというマスクは、今日いただいた製品が初めてでした。

 そこで、改めて指折り数えてみますと、飲んでも眠くならない薬、錠剤型のサプリメント、マスクに吹きかけて使うヒノキオイル等々、あの手この手のものがあって、中には、スギ花粉エキス100パーセントの飲み物といった、まさに、毒をもって毒を制すの感のあるグッズもありました。

 実は、藁をもすがる思いで、これらの製品を乱用してみているのですが、おかげさまで、花粉が多いといわれる割には、軽い症状で助かっている反面、手当たり次第に試した分、どれが効いたのかわからないという、申し訳のない結果になっています。


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知事会の会長選挙(2月17日)

 17日午後、東京に日帰りをして、初めての会長選挙が行われた全国知事会に出席しましたが、立候補したお二人の演説を聞いて、時代は変わったとつくづく思いました。

 全国知事会の会長が、会員である、全国の知事の選挙で選ばれるようになったきっかけは、前の会長だった当時の埼玉県の知事が、身内の不祥事がもとで辞任されたことですが、そもそも、その方が会長に選ばれた時に、ある県の知事さんが、「密室での談合だ」といった発言をして、会長さんが気色ばんだことさえありました。

 その方が辞任された際、それまでは、ブロックごとの推薦をもとに互選していたシステムを、選挙制度に改めたのですが、2人以上の方が立候補をして選挙になったのは、今回が初めてでした。

 選挙にあたって、福岡県の麻生知事と、岩手県の増田知事が、選挙演説をしましたが、「5年前なら、私がここに立っていることはなかった」という増田さんの話を聞きながら、本当にその通りだなあと、自分が知事になってから10年余りの、全国知事会の様変わりを噛みしめていました。
 
 選挙では、以前からの友人である増田さんに一票を投じましたが、結果は27対19、無効1で、麻生さんが新会長に選ばれました。

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橋の寿命(2月16日)

 16日午後、本州四国連絡橋公団の総裁が、知事室を訪ねて下さいましたが、いかにして橋の寿命を延ばすかが、話題になりました。

 社会資本の整備が進む一方、財政が大変厳しくなってきたことから、全国的に、新しく施設を作る時代から、それを少しでも長持ちさせるための、維持管理に知恵をしぼる時代になってきました。

 特に、新たな建設には多大の費用がかかる、長大橋の場合はなおさらですが、総裁の話では、ニューヨークのハドソン川にかかる、ウィリアムズバーグという名の橋は、費用を惜しんで手入れを怠ったために、莫大な修理代を支払う羽目になったと言います。

 これに対して、有名なサンフランシスコのゴールデンゲート・ブリッジは、1937年の建設ですから、すでに七十年近くがたっていますが、本州と四国の間にかかった連絡橋も、このように、百年、二百年と長持ちする橋を目指しているということでした。

 そう言えば県内には、例えば、早明浦ダムのダム湖に架かる幾つかの橋のように、すでに町や村の管理に移っている橋がありますが、県はもちろんのこと、町や村は、もっと財政状況が厳しくなっていますので、やがて橋の維持管理が出来なくなることも、考えられないではありません。

 このため、本四公団の総裁に、橋を長持ちさせる技術を、地方の橋のためにも貸してほしいとお願いをしますと、「お役に立てるのなら、ご協力をしますよ」との、心強いお答えをいただきました。

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ギマラスのマンゴ(2月15日)

 15日午前、県のシンガポール事務所の所長から、近況報告を受けましたが、日本国内で本格的なマンゴを作りたいという、野望を聞かせてくれました。

 アメリカやオーストラリアは、国外からの果物の輸入に、厳しい制限を設けていますが、そうした中で、マンゴに関しては、世界で唯一、そのままの輸入を認めている島が、フィリピンにあります。

 それは、マニラから、飛行機で1時間ほどのところにあるギマラス島ですが、ここでは、一つ一つの実を丁寧に紙の袋に包んで、虫に弱いマンゴを守っているほか、コンピューターを入れて、指定された業者による輸出に至るまで、全てを細かく管理しています。

 ただ、それでもマンゴは、長い距離を運ぶと、それだけ味が落ちますので、何とか、ギマラスのマンゴの苗を手に入れたいというのが、所長の思いでした。

 もちろん国内でも、沖縄、鹿児島、宮崎、熊本などで、マンゴが栽培されていますが、それらはほとんどが、アップルマンゴという、品種の異なるものですので、もっと本物を作れば、一つで千円くらいの値がつくのではと、皮算用をはじいています。

 そこで、なるべく早く調査団を派遣して、苗を分けてもらう算段をしようということになりましたが、フィリピンにはベンゲット州という、高知県と姉妹提携をしている州がありますので、こうした縁を絡ませれば、さらに作戦の価値があがるのではと、話ははずみました。

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深層水のイメージ(2月14日)

 14日の午後、東京で開かれた、海洋深層水に関連したシンポジウムに出席しましたが、パネラーの方が指摘された深層水のイメージに、考えさせられるものがありました。

 海洋深層水というのは、表層の海水と混じることなく、海底深くを流れている海水のことで、雑菌などが少ない上、ミネラル成分が豊富に含まれているなど、様々な特徴を持っています。

 日本では、高知県東部の室戸市で、平成元年に、沖合の海底から汲み上げ始めたのが始まりですが、飲料や食品、さらには化粧品など、数多くのものづくりが進んだため、他の県も次々と、深層水ビジネスに参入するようになりました。

 このため、室戸の海洋深層水を、他県のものから差別化しようというのが、このシンポジウムの狙いでしたが、僕と一緒にパネラーとして参加をされた、消費者代表の立場の方から、自分にとっては意外なご指摘を受けました。

 それは、「海洋深層水と聞くと、海の底に、真水が流れているのかと勘違いする人がいる」との指摘で、何か別のネーミングを考えてはとの、ご提案もありました。

 こちらは、最初からこの名を使っているため、何の疑いも持ちませんでしたが、言われてみれば、そうした受けとめもあるだろうなと思う反面、今から急に、名前を変えるのも辛いものがあると思って、答えに窮してしまいました。

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マクドナルドハウスをご存知ですか(2月13日)

 13日午前、高知市に完成した、重い病気の子どもたちのための施設、マクドナルドハウスの開所式が行われました。

 この施設は、重い病気で長期の療養が必要な子どもたちが、近くの病院に通いながら過ごすことの出来る施設ですが、ハンバーガーで有名なマクドナルドが、財団をつくって、世界の各地で運営をしています。

 高知県では、高知県立中央病院と、高知市民病院を統合して、公的な病院としては全国でも初めての、PFI方式の医療センターが、3月1日から開院するのですが、この整備の計画の途中に、マクドナルドハウスの話を耳にしたため、当時まだご健在だった、日本マクドナルドの代表の藤田田(ふじた・でん)さんを訪ねて、ハウスの開設を要望しました。

 たまたま、大学生の時代に、政治家をしていた僕の父に、世話になったことがあるという藤田さんは、その場で、日本では3番目のマクドナルドハウスの開設を、快く承諾して下さいました。

 完成したハウスは、親子連れで泊まれるようになっていますので、高知医療センターで、長期の治療を受けるお子さんにも、安心して過ごしてもらえますが、多くのボランティアの皆さんの協力で、ホテル顔負けのサービスを受けられますので、県内だけでなく、多くの重い病気の子どもたちに、利用してもらえればと思いました。

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番組後の密談(2月12日)

 12日の午後から高松市で、四国4県の知事が会談する、NHKのテレビ番組の収録が行われましたが、番組が終わった後の画面に、愛媛県の加戸知事と僕とが、ひそひそと話す様子が映ったため、番組を見た人から、何を話していたのかと尋ねられました。

 実は、四国4県では、JR四国の提案を受けて、四国にSLを復活させようという計画に取り組んでいますが、SLが走れる線路の延長距離など、各県ごとに条件も異なるため、最後の詰めが進んでいません。

 このため、番組の中でも、今ひとつ踏み込んだ形にはなれなかったのですが、番組が終わった後、加戸知事が僕に話しかけてこられたのは、このSLのことでした。

 内容は、各県が均等に負担することは無理だから、負担の割合を変えることを、愛媛県から提案をしたいということで、「それは、是非お願いします」と言ったものの、まだカメラが廻っていることもわかっていましたので、あまり派手には動けず、ぎこちない応対になってしまいました。

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日本にない大学(2月11日)

 11日午後、高知工科大学の理事会が開かれましたが、学長の選考に関して、僕が、選考委員会の意見とは、異なった考え方を主張したため、かなりの議論になりました。

 高知工科大学は、僕が知事になってから、公設民営という新しい形で開設された大学で、300億円近い県費とともに、県勢の浮揚をめざす県民の皆さんの、強い思いが込められていますので、これを受けて大学の側も、理事長を引き受けている自分を先頭に、あらゆる面で、「日本にない大学」の実現を目指してきました。

 ところが、最近の大学の動きを見ていますと、地元の企業を応援して、産業の振興に役立っていこうといった、地域貢献への気概や、教授会などが強い権限をもってしまう、これまでの大学の弊害を改めていこうという、意気込みの面でも、熱が段々と冷めて、「日本のどこにでもある大学」に陥りつつあるのではと、感じられます。

 しかも、従来からの大学の常識に流されて、経営という考え方がおろそかになれば、少子化が続く中で、誰もが大学に入れるようになる、いわゆる「2007年問題」にも対応できなくなるのではと、強い危惧を感じています。

 このため、自らが理事長の立場で、天に唾する行為であることは承知の上で、現状のままの大学運営が続くのならば、学長の選考委員会の意見とは別に、経営に責任を持つ理事会としての考え方を示したいと、理事の皆さんに呼びかけました。

 結果として、多くの方のご理解はいただけませんでしたので、月末までに、郵便投票をすることになりましたが、大学という組織の難しさを、改めて感じ始めています。


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広告をとろう(2月10日)

 10日午前、四国の4県知事が会談するテレビ番組の、ネタを仕入れているうちに、県が新たに始めた、広告収入を求める努力が、結構な成果を挙げていることを知りました。

 この4県知事のテレビ会談は、毎年開かれているのですが、12日に予定されている今年の番組の進行台本には、各県の収入増の対策という質問がありますので、そう言えば、今年度から始めた、広告収入の成果はどうだろうかと調べてみました。

 すると、各種の広告収入が、今年度16年度分で、あわせて464万円余り、さらに、来年度の見込みが432万円ほどと、まずまずの収入につながっていることがわかりました。

 この事の起こりは、南海地震に備えて、県内の全ての家庭に配るパンフレットを作ろうという話が出た時のことでしたが、僕は、話を聞くなり、その冊子に広告をいれれば、新しい収入源にもなるし、防災に必要なグッズにどんなものがあるかもわかるから、読む人にもメリットがあると提案しました。

 ただ、そこは役所という、新しいことにはとても慎重な組織のことですから、いくつかの難関もありましたが、結局、この南海地震対策の冊子だけでなく、県の広報誌やホームページにも、広告をとるようになりました。

 もちろん、公平性や公益性という枠の中で、ものを考えなくてはいけませんが、各部局が、少しでも財政負担を減らそうと知恵をしぼれば、もっと新しい展開が見えてくるかもしれません。

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水のしつけ(2月9日)

 9日午後、物部川の漁協の方々と話をしましたが、川にあるダムの管理をめぐって、県の各部局の担当者が、お互いに顔を見合っていて、少しも話が進まないと、厳しいお叱りをうけました。

 物部川は、県の水力発電用のダムから、農業用の用水に至るまで、一滴残らずと言ってもいいほど、人が使い尽くしている川ですが、それだけに、この川で、川の未来を期待できるようになれば、全国のどの川でも、川をよみがえらせることが出来るのではないか、そんな思いで、漁協の人たちが音頭をとって、地域や分野を越えた取り組みが進められてきました。

 その甲斐あって、去年の春から夏にかけては、多くの鮎の稚魚が川を遡る姿が見えて、去年の6月に、僕が漁協を訪ねた時には、「もう1年、鮎の自然遡上が続けば、プロジェクト・エックスだ」と、関係者の間から、軽口が聞かれるほどでした。

 ところが、去年の夏以降、台風が5回も高知に上陸をしたことから、特に去年の10月下旬以降は、鮎が逃げ出す、または、小石に苔がつかなくなるような厳しい濁度が、長期に渡って改善されない状況になりました。

 今日お見えになった、物部川漁協の方々の話では、こうした川の濁度に対しては、ダムの中に溜まった土砂も、大きな影響を持っていますので、ダムのある多河川の中には、濁度の濃い部分を調べた上で、そこだけを選んで取水して流すことで、大雨の時などにも、土砂がかき混ぜられないような工夫をしているところもあると言います。

 また、同じく水力発電用のダムによる、濁水の問題を抱えている県内の奈半利川では、発電をしている企業が、鮎の放流などの努力をしているのに、それに比べて、物部川に関わる県の各部局には、何とかしてこの川を、少しでも良くしていこうという気概が感じられないというのが、皆さん方の不満でした。

 さらに、周辺で川に関わる人の間に、水はみんなのものだから、お互いに節度を持って使おうという、水に対する「しつけ」が出来ていないとの、ごもっともな指摘もありましたが、しつけをしていく、親の役割は大変だなとも感じました。 


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北海道に出張(2月7日~8日)

 札幌市で開かれた、北海道の高知県人会の総会に出席するため、7日から8日にかけて北海道に出張しました。

 北海道には、坂本龍馬の甥の直寛や、男爵いもというジャガイモの名前の由来になった、川田男爵など、多くの高知県人が入植しています。

 それに加えて、高知が元祖の「よさこい鳴子踊り」が、「よさこいソーラン」として花開くなど、高知県と北海道との間には、数多くのゆかりがあるため、従来から、県人会の活動が活発でした。

 このため、県では長い間、北海道事務所を置いてきましたが、財政状況が厳しくなったことなどから、北海道を担当する、新たなスタッフを配置する代わりに、事務所をたたむことになりました。

 そのお断りもあって、何年ぶりかで、県人会への出席となりましたが、馴染みの顔ぶれの皆さんには、それぞれに温かく迎えていただいて、少し気持が和らぎました。

 今後も、県人会とのご縁はもちろんですが、北海道で特に盛んな、パーク・ゴルフのお客さんを、冬場に高知にお招きするなど、新しいおつきあいが広がることを願っています。


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お仏壇ドットコム(2月6日)

 6日は東京で、ITビジネスにも詳しい方とお話をしましたが、お墓と一緒に、墓参りのサービスも提供しようというアイディアを、楽しく聞きました。

 この方は、東京都が管理している墓地に、募集があるたびに応募しているのですが、ものすごい倍率のため、繰り返し落選の憂き目を見ています。

 そんな経験から、将来、地方の適当な場所にお墓を提供して、あわせて、ホームページを通じて、各種のサービスを提供していこうと考えました。

 そこで、目をつけたのが、経営が行きづまっている地方のゴルフ場で、見晴らしの良いゴルフ場を、墓地つきの公園にした上で、年に一度は家族連れで、キャンプがてらお墓参りをしてもらう算段です。

 ただ、東京や大阪から、そうは何度も来られないでしょうから、お彼岸やお命日には、アルバイトの人がお墓の掃除やお墓参りをして、その様子を、インターネットを通じて、家族に配信しようというのです。

 このアイディアをビジネス化するために、すでに、お仏壇ドットコム=obutsudan.com という、URLを確保しているとのことですが、都会に出た人たちが、故郷から、先祖のお墓を持って出ていくケースも出てきた過疎地域にとっては、嬉しいような、寂しいような、複雑な思いかもしれません。     

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宇宙食時代に野菜は(2月5日)

 5日は朝早くから、大阪市の中央市場に出かけて、高知野菜の売り込みをしましたが、その後に開いた、取引会社の幹部との懇談では、どうすれば、野菜の消費量をふやせるかが話題になりました。

 以前この欄でも、日本人の野菜の消費量が、アメリカや中国などに比べて、格段に低くなっているとお伝えしましたが、厚生労働省が設けている、一日350グラムの目安に対しても、現実には、一日270グラムしか消費されていません。

 このため、懇談会の場では、ある取引会社の社長から、「10年前に予想した通り、野菜の生産者も生産量も減ったけれど、それ以上に消費量が減ってしまうとは、予想も出来なかった」といった、ぼやきに近い声がもれました。

 また、市場の取り引きに関わる実感として、食の安全を保証するための取り組みは、今では当たり前のことなので、それを怠っていると、消費者は敏感に反応するが、かと言って、安全というだけでは消費はのびないという、本音の話もありました。

 その上で、薬事法に触れない範囲で、キュウリやナスなどの効用を、表示できないかといった提案もありましたが、それに対しても、「若い人の間には、ミネラルもビタミンも、全てサプリメントから採るので、わざわざ野菜を食べる必要はない、という人が多いのでは」といった、否定的な意見が聞かれました。

 そう言えば、テレビショッピングを見ても、その手の健康食品が数多く売られていますので、こんな、宇宙食化した食生活の時代に野菜を食べてもらうには、よほどの知恵がいると感じました。


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地域の雇用を守る(2月4日)

 4日午前、県内で自動車の部品を生産する会社の、会長がお見えになりましたが、産業の空洞化による雇用の減少を防ぐため、福祉の分野に進出した事業が、順調に進んでいるとのことでした。

 この会社は、自動車のワイヤーハーネスを生産する会社ですが、価格の値下げ競争によって、中国や東南アジアに、生産拠点を移さざるを得ないという状況の中で、1999年の時点で、当時357人だった従業員の数が、このままでは、2003年には250人にまで下がると予想をしました。

 そこで、地域の雇用を守るために、新しい分野への転換を模索したのですが、従業員の80パーセントが女性で、しかも、それぞれの両親の高齢化も進んでいるといったことから、介護保険の制度が始まるのを機会に、介護事業への参入を決めました。

 それに続いて、会社そのものが、ヘルパーを養成する事業所としての認可を受けると、訪問介護やデイサービスなどの事業を手がけることで、現在では、年間4億円の売り上げを達成するまでになりました。

 その結果、ワイヤーハーネスの生産に関わっていた従業員は、5年間に100人以上減りましたが、そのかわり、介護事業で、100人の新しい雇用が生まれたため、工場閉鎖も解雇もないまま、あわせて350人の体制での、会社経営が続いています。

 さらに今後も、介護付きの有料老人ホームや、グループホームを併設した、高齢者向けの有料賃貸住宅など、新たな事業を計画中とのことで、先を読む目の大切さを、わが身に照らして実感しました。

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長らくお休みをして申し訳ありませんでした

 2月3日付けを最後に、かなり長い間、書き込みをお休みしましたので、どうしたといった、ご心配の声もいただきました。

 実を言いますと、2月4日以降の分を、何日分か書きためたフロッピーを紛失して、いささかやる気を喪失していたところに、副知事の選任のことなど、緊急の難しい課題が次々と出てきましたので、書き込みをする時間がなくなって、ずるずると時が過ぎてしまったのです。

 ただ、ここで奮起しないと、ココログを始めた甲斐がないと思い直して、改めて、メモ帳を片手に書きなぐってみました。

 間もなく、実際の日付に追いつくように頑張りますので、これからもご愛読をお願いします。

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