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2005年4月

2005/04/25

あまりにも日本的な検定(4月23日)

 23日夜、東京で、友人の娘の結婚式で出会った、スウェーデン国籍の方から、日本で行われている語学検定が、あまりにも日本的過ぎるのではという、不満の声を聞きました。

 この方は、日本での滞在歴13年で、日本語も流暢なのですが、英語もとても上手でしたから、その理由を尋ねてみますと、スウェーデンでは、小学3年生から英語の授業が始まる上、中学校からは、数学や社会など全ての授業が、スウェーデン語ではなく、英語で行われているからということでした。

 その彼が、まず、おかしいと話し始めたのは、英語検定のTOEICのことで、この日の新婦は英語が得意なため、855点という高得点であることが、披露宴でも紹介されたのですが、中学校から英語で話している彼は835点、さらに彼の会社のアメリカ人のボスは、795点しかとれなかったと言います。

 なぜかと言うと、当たり前の質問でも、もっともらしく、いくつかの選択肢の中から答えを選べと言われると、AかBかと迷ったあげく、間違えてしまうことがあるからということでした。

 さらに、彼が疑問を抱いているのが、日本語能力試験で、彼は日本がペラペラなのに、4回受験しても、まだ2級にも合格出来ていません。

 それは、「耳にたこ」、「実も蓋もない」、「石橋を叩いて渡る」といった、用語問題の多さもさることながら、基本的に、会話よりも漢字の試験の配点が高いためで、彼は、中国人を優遇するための配慮ではないかと疑っていました。

 中でも面白かったのは、「毟る」に読み仮名をふる問題にまつわる話で、彼は、「毛が少なくなる」のだからと考えて、「はげる」と答えたそうですが、正解は「むしる」でした。

 実を言うと、恥ずかしながら僕も、「毟る」を読むことは出来ませんでしたので、「これが2級の問題ですから、1級はどうなると思いますか」と、怒る彼の声を聞きながら、ここにも、会話よりも読み書きを重視する、日本的な語学教育の伝統が生き続けているのかと感じました。

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油田開発のコスト(4月22日)

 22日夜、東京でお会いした、エネルギー事業の関係の方から、日中関係で話題になっている、東シナ海の油田に関して、ナショナリズムとあわせて、コストのことも考えておかないといけないとの話を聞きました。

 高知県の、土佐湾沖の海底の地盤には、メタンハイドレードと呼ばれる、シャーベット状のメタンガスの層が眠っていて、将来のエネルギー資源として、期待されています。

 とは言え、これが実際に日の目を見るのは、まだ先のことになりそうですが、こうした海底の地殻の研究では、地元の高知大学が、一歩先んじている面がありますので、お会いした方からは、こうした利点を生かしての、県の戦略についても意見を聞きました。

 その延長で、日本と中国との間で、領有権をめぐって問題になっている、東シナ海の油田のことが話題になりましたが、この油田を開発したとしても、沖縄か中国本土かに、パイプラインを引かないといけないことになります。

 ところが、この海底の油田と沖縄との間には、沖縄トラフと呼ばれる深い海溝がありますので、その上を跨るように通せば、パイプ自体の重みで痛みが生じる恐れがありますし、深い海溝にパイプを這わせれば、コストがかさんでしまうというのです。

 となると、領有権の帰属問題は別として、自然条件だけからみれば、中国本土にパイプラインで運ぶことが、もっとも経済合理性にかなっていそうですので、国益はもちろん大切ですが、その意味からも、中国と共同で関わっていけるような、外交の土壌作りが求められていると感じました。 

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深層水は海を渡れるか(4月21日)

 21日夜、中国の青島市を拠点に、物産会社を経営されている方と懇談をしましたが、その際に、中国市場での、海洋深層水の販売の可能性について意見を聞きました。

 この方は、高知港が青島港と友好提携を結んでいるご縁で、以前からおつきあいのある方ですが、最近では、牛肉の生産にも力をいれていて、青島の郊外にある牧場では、3万頭の肉牛を飼育しています。

 聞けば、酪農製品の分野では、すでにネスレなどの外資や、中国国内の大手の資本が幅をきかせていて、新規参入は難しいのですが、牛肉の市場は参入が可能な上、13億人と言われる中国人のうち、牛肉が食べられる階層は、まだ3億人しかいないため、これから10年で、10億人が牛肉を食べるようになると仮定すれば、広大な市場が広がっていることになります。

 このため、今度はカナダに行って、牛肉の飼育や管理の手法を学びたいとのことでしたが、次に関心を持っているのは、飲料水の分野だと言います。

 そこで、海洋深層水の中国市場での可能性に、話は移りましたが、この方も、深層水を使った飲料をよくご存知なため、商品としての価値には評価をいただいた上で、「ただ、中国まで運んだらコストがかかるので、それが大きなネックになる。深層水の成分を濃縮した、原液は作れないのか」との、投げかけを受けました。 

 たまたま、高知県では、大手の企業と提携をして、深層水の濃縮液や、これを使った粉末を開発していますので、近く見本の製品を届けることにしましたが、中国の市場を考えると、期待半分、恐さも半分といった思いがしました。

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声の聴き方集め方(4月20日)

 20日午前、情報公開や「知事への手紙」への対応など、県民の皆さんと県政とを結ぶ仕事を担当している、県政情報課の職員と意見交換をしましたが、その中で、県政への県民参加を促進する条例づくりに、挑戦してみたいとの話を聞きました。

 「知事への手紙」というのは、県民の皆さんから県庁に寄せられる、批判や提案などにお答えをするもので、県政情報課が窓口になってまとめたお返事に、僕が目を通す仕組みになっています。

 ただ、情報公開にしろ「知事への手紙」にしろ、本来の業務とは違った、余分な仕事といった受けとめ方が、根強く残っているため、県民の皆さんからの質問を回しても、「うちの担当じゃない」という答えが多いことが、県政情報課の職員の悩みです。

 また、出先の事務所と本庁とでは、情報公開に対する意識にも温度差があるとのことで、出先ではまだ、公開を前提にした書類の作り方が、浸透していないという指摘もありました。

 一方、前向きな課題としては、県民の皆さんからの問い合わせに応じる、ワンストップサービスのコールセンター機能を、交換業務を持つ管財課や、アウトソーシングなどを担当している業務改革推進室、さらには、その提案をした職員と一緒に、考えていくことになりました。

 もう一つが、県民の皆さんからの声を聞く、いわゆる、パブリックコメントをする際の指針作りですが、従来からあるような、行政が構えた原案に対してご意見を聞くといった、審議会や公聴会形式のものではなく、条例でも大きな事業でも、構想の段階から、県民の皆さんの声を聞きながら進めていく形を作りたいという考え方で、出来れば、「県政への県民参加促進条例」にまとめていきたいとの、意欲的な思いも聞きました。

 かつて挑戦をして頓挫してしまった、自治基本条例づくりや、テーマごとに、県民の声が行きかう場を模索している、「プラットこうち」の試みなどとも、相通じるものがありますので、是非とも、前向きに取り組んでほしいと投げかけておきました。

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アクセスの数を稼ぐには(4月19日)

 18日午前、来年のNHKの大河ドラマで、初代の土佐藩主を主人公にした、「功名が辻」が放送されるのを機会に、高知の売り出しを図ろうという、協議会の会合が開かれましたが、立ち上がったばかりのホームページのアクセスを、いかにしてふやすかも課題の一つだとわかりました。

 このホームパージは、物語の主人公である、土佐藩の初代藩主の山内一豊と、内助の功で名高い妻の千代さんのプロフィールをはじめ、関係のある観光名所などが、わかり易くまとめられたすぐれものですが、県立東高校の、漫画サークルの生徒が描いたイラスト入りの、夫婦の出世物語の紙芝居も、なかなか可愛らしい出来ばえです。

 ところが、パソコンで「功名が辻」の項目を検索してみますと、原作の司馬遼太郎さんの本のことなどが上位に並んでいますので、高知で作成したページは、8番目に低迷しています。

 しかも、すぐ上の7番目には、やはり一豊夫妻と縁のある、滋賀県のサイトが出ていますので、先を越されたかと危機感をもってクリックをしてみたところ、なんと作成中で、まだ立ち上がっていませんでした。

 検索一覧の順位は、そのサイトを訪れた人の数の多さで決まりますので、滋賀県では、まだ中身が出来ていないうちから、関係者が手分けをして、サイトを開いているのではないかといった、憶測まで飛びかいましたが、他県のことはともかく、自分たちも毎朝仕事の前に、わが「功名が辻」のサイトを何度かクリックすることで、検索の順位を、もっと目立つところまで上げようという話になりました。

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オーマイネットの刺激(4月18日)

 18日の報道番組で、韓国のインターネット新聞、「オーマイネット」のレポートを見ましたが、日本でも、インターネットの利用者がもっとふえれば、こうしたメディアが、登場する余地があるのだろうかと考えてみました。

 韓国では、このインターネット新聞の存在が、大統領選挙の動向にも影響を与えたとして、一躍有名になりましたが、数多くの「市民記者」が、ネットを通じて送ってきた「原稿」を、社内にいる記者の目を通した上で、公開していくという仕組みです。

 先日紹介をした、ブログジャーナリズム同様、既存のマスメディアとは違った、ネット時代の情報媒体の一つですが、日本では、インターネットの普及率が低いせいか、はたまた、テレビや新聞の報道への信頼感が高いせいか、これまでのところ、世論に影響を与えるような存在にはなっていません。

 しかし、多くの市民記者から寄せられた原稿をもとに、その情報の確かさや公益性の有無などを、しかるべき判断力を持った人が監修をした上で、ネット上に公開していくといったことは、さほど難しいことではありませんし、情報としての熟度や加工は十分ではなくても、生の情報が素早く流れていけば、従来のメディアとは違った意味合いをもつことも、間違いありません。

 また、韓国の場合がどうかは知りませんが、限られた数の取材者が、編集方針などの枠の中で原稿を書くのとは違って、より幅広い視点の、またある時には、より市民感覚に近い視点からの原稿が、人の目にふれる可能性が広がるのかもしれません。

 もちろん、ブログと同様、これをジャーナリズムと呼ぶべきかどうかには、議論のあるところですが、現在のジャーナリズムの質に、疑問を持つ人がふえていると感じられることや、質の問題は別としても、ジャーナリズムとは異なる側面から、世論とかかわるメディアがあってもいいと考えられることから、今後の可能性を、検討してみる価値があると思いました。

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負け戦のむなしさ(4月16日〜17日)

 16日午後は、岡山県の総社市で、合併後の新たな市長選挙に立候補した、友人の応援に行きました。

 この日は、選挙戦の最終日でしたので、午後7時半から、総社市役所の前で、街頭での活動を締めくくるマイク納めをしたのですが、その途中に、常識では考えられないことが起きました。

 それは、友人である候補者が、道を隔てた支援者に向かって、最後の演説を始めた時のことですが、相手の候補者の選挙カーが、大きな声をあげながら、演説の間に割り込んできたのです。

 しかも、相手候補の方は、誇らしげに、選挙カーから半身を乗り出していました。

 通常、選挙の際に、相手の候補者と行き違ったり、相手陣営の事務所前を通ったりする時には、「○○候補のご健闘をお祈りします」と、エールを送るのが礼儀ですし、他の候補が演説をしている時には、マイクの音量をしぼるのが常識です。

 僕も、各種の選挙を、数多く体験してきましたが、ここまで品のない、選挙の仕方を見たのは初めてでしたので、正直なところ、怒りを越えて驚きました。

 翌日の17日夜、高知の自宅に戻って、吉報を待ちましたが、残念ながら友人は、わずか数十票という僅差で敗れました。

 総社市は、父方の祖父の出身地ですので、こんなことでいいのかなと思うと同時に、つくづく負け戦のむなしさも感じました。 

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2005/04/21

UIターン支援の悩み(4月15日)

 15日午前、大阪事務所の職員との懇談の中で、UIターンを希望する登録者の中に、冷やかし気分ではないかと疑われるような人がふえてきた、という悩みを聞きました。

 故郷に戻りたい、または、都会を離れて地方で暮らしてみたいという人と、そうした人材を雇いたいと考えている企業との間に、出会いの場を提供するために設けられたのが、UIターンを希望する人のための登録制度ですが、高知県の場合、東京と大阪、それに名古屋の三つの事務所の管内を合わせて、およそ650人の方が登録をしています。

 こうして登録をした方の求職の条件を、求人側の登録企業に流して、企業からの反応があった時に、その内容を、該当する登録者にフィードバックしていくのですが、このところ、企業からの問い合わせに返答をよこさない人がふえて、ついには、その数が8割にものぼるようになったと言います。

 この傾向は、ネット通じて、気軽に登録できるようになってから、顕著になってきたということですが、最近では、わざわざ大阪に出向いてくれた、企業の担当者との面会の約束をすっぽかす人もいて、このままでは、企業の側に愛想を尽かされて、この仕組みそのものが、成り立たなくなるのではないかと、担当の職員は心配をつのらせていました。

 そこで、その場での思いつきでしたが、「それならば、登録を有料制にして、その代わり、年に何回か、UIターン情報を届けるようなことを考えたら」と、投げかけておきました。

 あらゆる分野で言えることですが、行政は無料で何でも引き受けてくれるという「常識」は、かえって、そのことに関わりを持つ人の、責任感を失わせる面があるのかもしれません。

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草の根交流の価値(4月14日)

 14日午後、大阪市で開かれた、「大阪ジョン万の会」の解散総会に出席しましたが、スカラシップという名前で、短期の交換留学をした高校生たちの成長ぶりを見て、草の根の交流の成果を感じました。

 「大阪ジョン万の会」は、高知県の土佐清水市出身で、明治の開国の時期に、通訳などとして活躍した、ジョン万次郎の偉業にならって、民間レベルの草の根の日米交流をしようと、大阪の財界人などが中心になって、12年前に始めた団体ですが、ジョン万の出身地の知事として、僕も始めから、理事として参加していました。

 この間、平成11年からは、日米の高校生を、短期間相互に交換留学させる、スカラシップの取り組みも続けてきましたが、景気の低迷などもあって、法人や個人の会員が減少したことから、会の継続が困難になりました。

 このため、解散のやむなきに至ったのですが、最後の総会の後の懇親会で、スカラシップの参加者に再会しますと、そろって、素敵な若者に成長しているので感心をしました。

 話を聞くと、アメリカでも通用する、スポーツ専門の法律家になりたいという青年や、国際福祉を専攻して、将来は国連職員を目指すという女子大生など、それぞれに、自分たちの時代にはなかったような将来像を語ってくれます。

 そんな彼らと話をしながら、地道でも、こうした草の根交流の活動は、将来必ず、大きな力になっていくと確信しました。

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国交省のカウントダウン(4月13日)

 13日午前、東京の国土交通省で、高知県の東西に伸びる幹線道路の整備に関して、担当の局長と懇談をしましたが、室内に掛かっていた、道路関係の4つの公団の、民営化までのカウントダウンを示す日めくりが、とても印象的でした。

 この日の日めくりは、あと171日となっていましたが、そこには、この間に、やるべきことをやっておこうという強い意志が感じられます。

 と言うと、民営化を前に、駆け込みで仕事を進めてしまおうという魂胆かと、反発を感じる方も多いかと思いますが、そもそも、広く国民に開かれた公共財である道路の価値を、ある区域の中での採算性だけで推し量るといった、民営化の考え方は、道理に合わないと言わざるを得ません。

 もちろん、効率的な投資で無駄を省かなくてはいけないことは、言うまでもありませんし、かつての道路公団が持っていた肥大化した体質は、当然改められなくてはなりませんが、その一方で、大きな病院にたどり着くまでの時間距離といった、生活の安全の関わることなど、様々な社会的な価値から見て必要と判断される事業が、民営化の3文字によって、葬り去られるようなことがあってはなりません。

 ですから、一部は同床異夢の面があるかもしれませんが、国土交通省が、道路関係の公団の、民営化までのカウントダウンをしながら、全国の地方に目配りをしている姿勢は、国の在り方として、評価されてしかるべきだと思います。

 この結果、例えば、高知県の西部では、すでに完成している須崎市までが、従来の道路公団による高速道路、そこから窪川町までが、通称「新直轄」と呼ばれる新しい形の直轄事業、また、窪川町と佐賀町の間の片坂という難所は、従来の国道改良による、自動車専用のバイパス化、さらに、中村市から宿毛市にかけては、通称「Aダッシュ」と呼ばれる、自動車専用道路の方式と、全国にも例がないくらい、各種のメニューを巧みに組み合わせた形になりましたが、こうした努力は、やがて来る南海地震の際などに、必ず活きてくると確信しています。

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街づくりの課題が一杯(4月12日)

 12日午前、高知市の中心商店街の方々と懇談をしましたが、街づくりの課題が、数多くあることを再認識しました。

 この日は、中心街にある、小学校の活用などが話題になりましたが、話を進めるうちに、市の中心地域にある課題が、次々と頭をよぎりました。

 と言うのも、高知市には、店じまいをした西武百貨店の跡地の利用や、高知駅周辺の整備、さらには、駅の北側にある、大型のショッピングセンターに隣接する県有地の利用など、土地の利用に関する課題が数多くあるからです。

 これに加えて、県立の大学や、県と市の図書館の再編問題などもありますので、これらのプロジェクトが相互に関連するよう、全体の整合性を考えていかなくてはならないと思いました。

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事務処理能力の低下(4月11日)

 11日午前の庁議で、昨年度の、会計検査や定期監査の結果が報告されましたが、いずれの調査でも、前年度に比べて、不適切な事務処理の数がふえていますので、職員一人一人の事務能力の向上が、大きな課題になっています。

 このうち、会計検査では、本庁の10の課室と、出先の109の機関を対象に、歳入や旅費の事務を中心にした検査が実施されましたが、本庁も出先も、15年度に比べて昨年度は、「適正」と「概ね適正」が減って、「不適正」がふえていますし、出先では、この傾向が顕著になっています。

 また、定期監査の結果では、収支を伴う事務をはじめ、契約や物品・財産の管理、さらには、服務管理から庶務関係に至るまで、事務の適正な執行を求める、「指摘」、「厳重注意」、「注意」、「検討」という4段階の指導の件数が、昨年度は1044件と、前年度の727件に対して、大幅な増加になっています。

 こうした事務能力の低下の傾向は、しばらく前から指摘されていましたが、これまでは、指摘を受けた部署が、「ごめんなさい、今後は改めます」と謝ることで、終わってしまっていましたし、なぜそうなったかと問うても、「注意ミスでした」で片づけられてきました。

 そこで、もう一度原点に返って、なぜ注意ミスが起きるのか、その原因を考え直さないといけないわけですが、「事務の引き継ぎがきちんと出来ていない」、「パソコンに打ち込まれたひな形を、修正するだけの仕事が横行していて、地方自治法の逐条解説などをひもとく習慣がついていない」、「技術の事務の人事交流や、課室の数がふえたことで、慣れていない人が総務事務を扱うようになった」等々、数々の問題点が出てきました。

 こうしたことを踏まえて、若手の職員に、必ず出納の業務を経験させるといった、人事面での工夫に加えて、職場ごとに、事務や会計処理の手引きの活用などを、日々の仕事を通じて徹底していくことを申し合わせました。

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2005/04/20

協調と共生の違い(4月10日)

 10日午後、県東部の室戸市で、イルカを使った動物介在療法(アニマルセラピー)の可能性を考える、シンポジウムに参加しましたが、その際、参加者の一人から、共生という言葉は日本的な表現なので、外国では通じにくいという話を聞きました。

 動物介在療法というのは、動物と触れあうことで、心や体の病を癒すという療法ですが、昔から人との関わりが深い、犬や馬などの家畜系の動物では、効果のあることが実証されていますので、欧米では、正当な医療法の一つとして、すでに、医療制度の中にも位置づけられています。

 これに対して、イルカのような野生動物は、その効果が確かめられていないうえ、そもそも野生の動物を囲いの中に入れてしまうことが、動物への虐待にあたらないかといった、動物福祉の視点からの反対論もあって、介在療法の対象として、正式には認められていません。

 このため、麻布大学が、おととしの8月から室戸市で進めている、2頭のイルカを使った実験の内容を、さらに深めていこうというのが、この日のシンポジウムのねらいでしたが、パネラーとして出席していた、「人と動物の絆に関する国際会議(IAHAIO)」のアメリカ人の会長から、この国際会議が、東京で開催される予定があると聞きました。

 そこで、日本での会議のテーマを尋ねてみますと、「人と動物との協調」という答えが返ってきたのですが、日本側からは、当初、「人と動物との共生」というテーマで、投げかけがあったそうです。

 ところが、共生の英語訳にあたる「コエグジスタンス」では、「ただそこに一緒にいるだけ」といった意味になってしまう上、フランスなどの会員には、意味が通じにくかったということで、「ハーモニー」、つまり「協調」という言葉に変えたとのことでした。

 日本では、何かにつけて、共生という言葉が幅広く使われていますが、お互いがふれあうといった意味あいが強い場合には、協調と言った方が、世界に通用しやすいことを知りました。

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2005/04/18

割り引きの時期(4月9日)

 9日昼すぎ、一緒に食事をしていた宿泊関係の方から、どの時期に料金の割り引きをするかをめぐって、なるほどと思う話を聞きました。

 それは、どんな話かと言えば、飛行機の切符を買う場合、搭乗をする日より早く買えば、それだけ、料金が割り引かれる仕組みになっていますが、その分、直前には割り引きをせずに、正規の料金で販売するようになっています。

 これに対して、ホテルや旅館は、たとえ1ヶ月以上前に予約を入れたとしても、事前には割引をしない反面、当日近くになって、売れ残りが出そうになると、部屋代を割り引いて売り出すというやり方になっています。

 その結果、年がら年中、格安の宿泊券が市場に出回ることになって、自らの首をしめる形になっているというのが、お話を聞いた、宿泊関係の方の自戒の弁でした。

 このため、ホテルや旅館でも、航空会社と同じように、早めに予約を入れて下さるお客様に対して、料金を割り引く仕組みを検討する必要があるというのが、この方の意見でした。

 ホテルや旅館の場合は、航空業界と違って、様々な規模やグレードの施設が、数多く混在しているといった特徴がありますので、航空会社と同様にとは、いきにくい面があるのも確かですが、料金の値下げ競争が続く中で、こうした形での商慣習の見直しも、求められていることを感じました。

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ブログ・ジャーナリズムの行方(4月8日)

 8日夜のニュース番組で、ブログ・ジャーナリズムの影響力が、話題にとりあげられていましたが、知事の活動の一つとして、ブログの活用を試みている身には、何かと興味深い内容でした。

 番組では、まず、アメリカのCBSテレビの顔として、長年ニュース番組のアンカーマンを勤めたダン・ラザー氏が、ブッシュ大統領の軍歴疑惑の報道をめぐって、ブログのサイトから集中攻撃を浴びた結果、辞任に追い込まれた事例が紹介されました。

 また、ブログに寄稿していた、いわゆるブログ・ジャーナリストが、ホワイトハウスの記者会見にも出席して、政権を擁護するスタンスからの質問を繰り返していたとか、アメリカのテレビ番組の中には、毎日、ブログに書き込まれた内容を伝える、コーナーを設けたところもあるといった話題も出てきましたが、そうした話を聞くと、そこまで来ているのかとの印象も受けます。

 ただ、そこでとりあげられた事例は、いずれも、どちらかと言えばマスコミ報道に不満をもつ、ブッシュ政権に近い側が、世論に訴えかけるためのメディアの一つとして利用している、という性格が色濃いものばかりでしたので、やや予想外なものを感じました。
  
 と言うのも、ブログがゲリラ的なメディアとして活躍する場は、公平中立を旨とするマスコミの生ぬるさに我慢できない、例えば、先頃廃刊した「噂の真相」の、ネット版といったおもむきではないかと感じていましたので、これが、むしろ権力の側の情報操作に使われる、危険性を指摘されたことに意外さを感じたからです。

 その一方で、マスコミそのものが、誰からもどこからも、辛辣な批判を受けにくい、いわば権力的な地位を持ってきていることも否定できませんので、従来型の権力に近い側からも、反権力の側からも、そのすき間をつくメディアとして、ブログの可能性には、今後ますます関心が高まることでしょう。

 ニッポン放送やフジテレビと、ライブドアとの間のやりとりや、中国での反日デモに与えた、インターネットと携帯の影響などを見ても、そんな思いがつのります。

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コールセンターのこれから(4月7日)

 7日夜、高知にコールセンターを開設することになった、フランスの損害保険会社の幹部と、懇談の場を持ちましたが、韓国や中国の市場に向けての、意欲的な戦略を耳にしました。

 コールセンターの仕事は、専門的な知識が必要になるため、給与の多少は別として、正社員での採用が多くなりますし、何よりも、何十人という人材が一度に採用されるため、雇用の場の確保のためには、有力な選択肢になってきています。

 このため、高知県でも、コールセンターの誘致に、力をいれて取り組んでいますが、この度開設が決まったフランスの損保会社は、世界でも有数の規模を持つ保険会社で、国内でのコールセンターの設置は、東京と福井に続いて、高知が三番目になります。

 そこで、日本法人の社長を務める方と、懇談の機会を持ったのですが、将来的には、日本のコールセンターで、韓国や中国の市場を相手にした業務を、進めてみたいとの抱負をうかがいました。

 その心は、韓国や中国の国内にコールセンターを開くよりは、日韓や日中のバイリンガルが、日本の国内で、双方からかかってくる電話に対応する方が、はるかに仕事の効率があがるということなのですが、そのためには、そうしたバイリンガルを、どのようにして確保するか、または育てていくかが、投げかけられた課題だと受けとめました。

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2005/04/11

二重払いだとの批判(4月6日)

 6日午後、総務部の担当者と、職員の互助会の事業に、公費を投入することの、是非などについて議論しました。

 県の職員の互助会では、医療費や退職慰労金、さらには冠婚葬祭のことなど、17種類の事業を行っていますが、その元手として、職員が給料の1000分の6を、掛け金として支払っているほか、県からも、掛け金の6分の1、つまりは、給料総額の1000分の1を、公費で支援しています。

 もちろん、これは、地方自治法の規定を受けて、条例に基づいて実施しているものですので、法的には問題はないのですが、その条例そのものが、今から40年以上も前にできたものですので、世の中の基準も、こうした事業に対する世間の目も、大きく変わってきています。

 こうしたことから、互助会事業全般の見直しが必要になっていますが、見直しにあたっては、そもそも、互助会が担うべき事業かどうかという視点のほかに、そこに、県が公費をつぎ込むことの是非、つまり、税金を使った二重払いになりはしないか、といった問題もあります。

 このうち、現在互助会が行っている事業が、適切かどうかは、委員会を立ち上げて検討していますが、公費の投入に関しては、財政上の理由から、互助会への支援を総額で減らしてきているだけで、一件ずつの妥当性を、検討し直しているわけではありません。

 しかし、本県でも、互助会が行っている17の事業のうち、退職慰労金には公費を入れていませんし、最近新聞に採りあげられた、医療費の給付への上乗せ分も、すでに16県では、公費の投入をやめていますので、その他の事業も含めて、全面的に見直す時にきています。

 このため、上記の検討委員会の結論を待つまでもなく、事業ごとに、公費を出すべきかどうかを、検討し直していくことにしました。 

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標準の決め方(4月5日)

 5日午前、高知工科大学の入学式で、理事長としての祝辞を述べましたが、今年は、桜の花を話のだしに使ってみました。

 と言うのも、高知工科大学の入口には、かいづかいぶきと並んで、桜の並木が続いていますので、例年、入学式では、緑とピンクのコントラストが鮮やかなのですが、今年は、先月の下旬に冷え込んだ日が重なったため、桜の開花が予想より6日ほどずれて、キャンパスの桜も二分咲き程度の感じでした。

 そこで、理事長としての挨拶の中で、桜の開花を話題にしたのですが、高知であれば、高知城の中にある一本の桜の木を標準木と決めて、この桜のつぼみが開いた日を、高知の桜の開花日としています。

 ところが、今年は、お城の石垣を修理するため、これまでの標準木を、別の木に変えたということでしたので、適当に別の標準木を選んだせいで、開花の予想がずれたのではないかと思って、高知地方気象台に尋ねてみました。

 すると、実際はさにあらずで、気象台では、今年お城の工事のために、標準木を変えなくてはいけないことを見込んで、すでに2年前に、6本の木を選んで調査をしてきたといいます。

 その結果、おととしは、これまでの標準木と1日違いで、また、去年は同じ日に開花した木を、新しい標準木に選んだということで、適当に別の木を標準木にしたために、開花の予想がずれたのではないかとの想像は、全くの邪推だったことがわかりました。

 祝辞の中では、こうした経過を説明した上で、「皆さんは、これから科学の道に入るわけですが、実験にあたっては、標準をきちんと決めておかないと、客観的なデータは得られません」などと、桜の話題を、無理矢理の教訓話につなげてしまいました。 

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謙譲の美徳なら良いけれど(4月4日)

 4日午前、県の幹部職員に対して、新年度の始まりにあたってのスピーチをしましたが、その中で、県の経営方針を支える、三つの基本姿勢を答えることのできた人が、一人もいなかったため、いささか複雑な思いがしました。

 高知県では、単なる結果よりも、仕事のプロセスを大切にしたいという思いもあって、従来型の総合計画の策定をやめて久しいのですが、これに替わって、おととし、目指す方向性に視点を置いた、県の経営方針をまとめました。

 それは、「自らの力で歩む」という自立の方向と、「県民と正面から向き合う」という協働の方向を柱にしたのもで、さらに、その方針を支える基本姿勢として、三つの項目を挙げています。

 このため、新年度のスピーチにあたって、「三つの基本姿勢を、答えられる人は手を挙げて」と、呼びかけたのですが、居ならぶ幹部職員のなかで、誰一人手が挙がりませんでした。

 ただ、その中には、明らかに知っているはずの人もいましたので、まわりが誰も手を挙げないのに、自分だけでは挙げにくいといった、謙譲の美徳が働いた面もあるのでしょうが、いやしくも、高知県の経営方針に関わることですので、「その基本姿勢を、幹部の職員が、誰一人答えられないという現状を見たとき、多くの県民の皆さんは、この組織は大丈夫かといった、不安を感じられるのではないか」と、苦言を呈しておきました。

 ちなみに、その基本姿勢は、「地域で支え合う仕組みづくりの促進」と「仕事の進め方等の転換」、それに、「公的サービスの協働」の三つですが、こうした姿勢が、組織の中に、もっと浸透するように努めなくてはいけないと、反省をした年度始めでした。

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即興に見えても(4月3日)

 3日の日曜日、「波瀾万丈」というテレビ番組に出ていた、日本ハムの新庄選手が、「天然に見せかけているけど、実際には、相当の準備をしているのでくたびれる」という話をしているのを聞いて、自分と同じだと共感してしまいました。

 新庄選手と言えば、ヒーローインタビューのお立ち台でも、記者会見の席でも、天然ぼけ風の巧みな受け答えが、人気の的の一つでし、敬遠のボールを叩いて、さよならヒットにしてしまうといった意外性も受けています。

 ところが、テレビでの彼の話によると、試合の途中で、この試合のヒーローインタビューは自分だとわかったら、後は、お立ち台での質問に、どう答えるかで頭が一杯になって、野球には集中できなくなると言うのです。

 そして、こんな質問がきたら、また、あんな質問がきたらと、4つほどの質問と、それに対する答えのパターンを考えておくのですが、見事に予想が当たると、やっぱりそうきたかと、用意した答えを、当意即妙のように繰り出すそうです。

 特に感心したのは、巨人・阪神戦で、槙原の投げた敬遠のボールを打ち返して、さよならヒットを打ったときの裏話で、これも決して偶然ではありませんでした。

 と言うのも、その試合の4日前の対広島戦で、同じような場面での敬遠を受けていたのですが、その時、バッターボックスの一番後ろ側に立てば、キャッチャーは、バッターとは反対側のホームベースぎりぎりでも、かなり離れていると勘違いして、そのあたりに構えるので、その時に一歩踏み込んで打てば、球に当てられるの考えたのです。

 そして、翌日、バッティングピッチャーに頼んで、バッターボックスの奥に立って、踏み込んで打つ練習をしたのですが、そのすぐ後の巨人戦で、9回裏のチャンスに敬遠という場面がめぐってきました。

 これが、偶然に見えたさよならヒットの真相と聞いて、大したものだと感心をしましたが、何事も、事前に準備をつめていくのでくたびれるというのが、新庄選手の話でした。

 僕の場合、これほど緻密な計算は出来ませんが、人前で話す時など、即興ですらすらと話しているように見えても、原稿づくりなどの準備に、かなりの時間を費やすため、ぐったりと疲れますので、新庄選手の話を聞いて親近感を感じました。

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バリアフリー映画(4月2日)

 2日夜、障害者の団体や、それを支援する人たちとの懇談会に出席しましたが、その中で、目や耳の不自由な方のために、バリアフリー映画の制作に、取り組んでいる人たちがいることを知りました。

 バリアフリーと言うと、段差を無くすとか、出入口の間口を広げるといった、ハードの施設面でのバリアを取り除くことが、まず頭に浮かびますが、これに対して、バリアフリー映画は、文字や音声といった、ソフトの面でのバリアフリーを目指しています。

 具体的には、耳の不自由な人のためには、映画の会話の内容などを字幕にしますし、目の不自由な人のためには、発信器を使って、イヤホーン越しに、映画の場面の説明をしていきます。

 そう言えば、3月19日に紹介をした、映画「掘るまいか」にも、全ての会話とナレーションに、字幕のスーパーが入っていましたが、この日の懇談会に出席していた、バリアフリー映画の制作に取り組む、グループの代表の方の話から、それも、このグループの仕事だったと知りました。

 また、この方によると、今後は、大地震や津波による被害などをテーマにした映画の、バリアフリー化を手がけたいとのことでしたが、その心は、南海地震の起きる可能性が年々高まってきている中で、視覚や聴覚の障害者が、防災に関する知識を学ぶソフトが、あまりに少なすぎるためということでした。

 このことは、これまで自分としては、ほとんど意識していなかった視点でしたので、早速考えてみないといけないと思いました。

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2005/04/08

大学にも事業部制を(4月1日)

 1日午後、僕が理事長をしている高知工科大学で、年度始めの仕事始め式が行われましたが、副学長からは、各学科を事業部制ととらえた経営を、考えてみてはどうかとの提案を受けました。

 そもそも、学校法人の会計は、文部科学省などからの補助金が、まとめて収入の項目に記載されますし、一方の支出の部では、教員の人件費を始めとする各項目ごとに、補助金として受けた分も含めて計上しますので、期間ごとの営業収支にあたるものが、ネットの数字ではつかみにくい形になっています。

 このため、数字を組み直して、1年間の収支を項目ごとに、ネットでつかめるような工夫をしましたが、大学全体としては、こうした会計上の組み換えに、十分な認識が深まるまでには至っていません。

 そこで、副学長が提案されたのは、企業の事業部制と同様に、各学科ごとの独立のシートを作って、採算の悪い学科は、改編をしていくといったシステムですが、僕はその場で、是非やってみましょうと賛成をしました。

 今年度から、月に2回以上は、大学に出勤することにしていますので、その際に、事務局に指示をしていきたいと考えています。 

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合併のこれから(3月31日)

 31日午前、県内の二つの地区から、市町村合併の申請が出されましたが、年度末に向けた動きの結果、高知県の市町村の数は、以前の53から35に減少しますが、人口が1万人未満の自治体が19と、まだ半数以上を占めているため、国の出方によっては、大きな課題をかかえることになります。

 問題の人口1万人未満の町村は、これまで全国に、1500以上ありましたが、これが今回の一連の合併で、488まで減っていますので、高知県内の19という数字は、沖縄県と並んで、全国でも4番目に多い数になります。

 しかも、人口1万人未満の町村の数が、10ヶ所を切っている府県が、31にのぼっていますので、国としては、こうした小規模町村の面倒を、これまでのようには見なくなることが予想されますし、合併に関する新しい法律のもとで、国が示す指針の中でも、人口が1万人未満の町村への対応に、言及することは必至です。

 僕は、国が進めてきたような、事実上の押しつけに近い手法には、本来反対でしたし、独立して頑張ろうという市町村を、出来るだけ支援していきたいとも考えていましたが、地方交付税の大幅な削減などで、県の運営そのものが、ままならなくなっている現状のもとでは、良し悪しを別にして、「市町村の合併を、地域の経営を維持するための有力な選択肢として、前向きに考えてほしい」と、訴えてきました。

 その結果が、年度末にかけての、申請ラッシュにつながりましたが、この後まずは、合併を選択した地域で、住民が参加しての、新しい街づくりが進まなくてはなりません。

 それと同時に、単独で残ることになった市町村の今後を考えますと、広域連合や一部事務組合などの、従来の仕組みでは、解決は難しいと考えられますので、各々の自治体が、議会や学校などを全てそろえるといった、総合行政ではない形の自治体づくりや、県が中心になって、共同の事務処理センターで仕事を受けるといった、これまでの枠組みをこえた提案も、検討しなければいけないと考えています。

 一方、こうした主張を国にぶつけていくためにも、小規模の町村を減らしていく努力を、続けざるを得ませんので、この分野の有識者の分析を踏まえた、県としての考えをまとめた上で、秋頃には、法律に定められた、次の合併構想を検討するための、審議会を設置する条例を提出していきたいと思います。

 もう一つ、新しい法律の特色になっている、県からの勧告は、基本的には、それから先のことではないかと受けとめています。

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振り米(3月30日)

 30日夜、県内の中山間地域出身の方から、死の床に伏している病人の耳もとで、米粒の音を聞かせたという、昔々の悲しい話を聞きました。

 夕食を共にしていた時のことですが、我々も、贅沢な食事をするようになったものだと話をする中で、この方が、山村の地域にあった、「振り米」という習慣を教えてくれました。

 それは、その言葉の通り、米粒を入れた小さな器を振って、米粒が当たる音を聞かせるということなのですが、貧しい山間の地域では、昔は、日常食卓に上るのは粟か稗ばかりで、生涯を通じて、米を口にすることはありませんでしたし、いまわの際になっても、米を食べさせることなど出来ませんでした。

 このため、せめて息のあるうちに、米の音だけでも聞かせてやろうと、その耳もとで、器に入った米粒を振って、「これが米の音だ」と言って慰めたというのです。

 今では、想像も出来ないような、貧しい時代の昔話ですが、話を聞いた瞬間には、「なるほどな」と感銘したものの、しばらくすると、そんなことはすっかり忘れて、贅沢な食材に舌鼓を打つ自分がいました。

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横綱の風格(3月29日)

 29日夜、明徳義塾高校出身の、力士を囲む会に出席しましたが、横綱の朝青龍関が、人間的にも、ずいぶん成長したのではと感じました。

 県内の私立高校、明徳義塾は、甲子園の常連としても知られていますが、横綱の朝青龍や幕内の朝赤龍、さらには、この春場所で十両優勝を果たした琴奨菊など、数多くの人材を角界に送り込んでいます。

 このため、この日は、上記の3人の力士を囲む、高知のファンの集いが開かれたのですが、僕は、横綱の隣りの席になりました。

 これまでも、世間で言われるような、傍若無人ぶりを、横綱から感じたことはなかったのですが、結婚をして子供さんも出来たという家庭環境の中で、人柄はさらに丸くなったように感じられました。

 何よりも、次々と押しかけてくるファンから、サインや写真撮影を求められても、全て笑顔で気持ちよく対応している姿を見て、よく面倒くさがらずに務めるものだと感心しました。

 関係者に聞きますと、これまでは愚痴の多かった、師匠の高砂親方も、最近では、「あいつはたいしたやつだ
」とほめちぎっているとのことで、言われてみれば親方も、心おきなくお酒を飲んでいる様子でした。


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差別意識のとらえ方(3月28日)

 28日午前に開いた、県の人権施策推進委員会で、昭和の南海大地震を記録した本の、復刻版にあった差別的な表現の、取り扱いについて議論しました。

 この復刻版は、昭和21年の暮れに起きた、昭和の南海大震災を記録した本をもとにしたもので、次の南海地震が近づいてきていると言われる今、当時の被害の様子や対応の状況を、県民の皆さんにも知ってもらおうという狙いで出版をしました。

 ところが、地震で亡くなった方の、遺体を埋めた地域が、同和地区であることがはっきりとわかる表現が使われていたため、差別的な記述だと、県民の方からご指摘を受けていました。

 このため、全文を見直したところ、明確に差別的表現とわかるのは、指摘を受けた一ヶ所だけでしたが、この他にも、地元の人なら、同和地区だとわかる地区名をあげての、「(この地区は)衛生状態が悪いことにも原因がある」といった記述や、百姓、土人、木こり、屠殺場など、現在では使わない表現も、数多く見つかりました。

 このため、明確に差別とわかる部分は削除することが、また、現在なら、不適切な表現として使用されない言葉については、「戦後間もない当時は、まだ一般的に使用されていたと考えられるため、あえて修正はしない」という趣旨の追記を書き加えることで、意見が一致しました。

 一方、上記の「衛生状態が悪い」云々の記述に関しては、「事実を書いただけで、人権上、特段の問題があるとは思えない」との意見もありましたが、僕からは、「この文を書いた学者は、県外の人なので、この地区が同和地区だとの意識もなかっただろうし、多くの人は、この文章を読んで、差別感情を持つことはないだろう。しかし、この地区が同和地区だと知っている人が、この文を目にした時、中には、同和地区は、やはり衛生状態が悪いのかといった、差別意識を感じるかもしれない。あわせて、この部分を削除しても、文章全体の意味が通じなくなるような問題はない。だとすれば、この記述によって、差別意識が起きる可能性を取り除いておくべきではないか」と指摘をして、この部分も、事務局の提案通り、一部削除することを決めました。

 戦後間もなくという時代背景を考えると、思いのほか差別的な表現が少ないというのが、この本に関する正直な印象でしたが、歴史的な記録性と、差別を助長する記述との関係には、難しいものがあるとあらためて感じました。 

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ストリートダンスの大会(3月27日)

 27日の日曜日の午後、高知市の中央公園で開かれた、ストリートダンスの大会に出席しましたが、予想外の素晴らしい演技に魅入られてしまいました。

 ストリートダンスというのは、1970年代の後半に、ニューヨークはブロンクスの、黒人の若者の間で始まった文化で、ラップなどのリズムに乗せて、ブレークダンスに代表されるような、アクロバチックな踊りを、思い思いの形で表現します。

 日本では、しばらく下火になっていましたが、最近再び盛んになってきたということで、高知県内でも、500人ほどの若者が楽しんでいると言います。

 その中の、リーダー格の青年が、去年、県外のチームにも声をかけて、大会を開いたのですが、これが思わぬ人気をはくしたため、今年も引き続いて、大会を開催することになりました。

 この日は、あいにくの肌寒い雨の中での大会になりましたが、特別ゲストとして参加をした、韓国の有名グループのほか、大阪や沖縄などから、その道では名前を知られた、人気のグループがそろったため、公園内に設けられた仮設のスタンドには、若者を中心に、大勢の観客がつめかけました。

 何よりも驚いたのは、パワフルな踊りの素晴らしさで、服装や髪型の見た目から、とかく偏った目で見られがちな若者たちの、踊りに打ち込む真剣さと技量の高さに感心をしました。

 特に、いかにも鼻っ柱の強そうな大阪の男の子が、ステージのマイクを取って、「みんなもっと、それぞれのオリジナルの踊りを大切にしてほしい」と呼びかけた時には、軽業的な派手な演技にばかり目を奪われていた、自分たちが批判されているのだろうかと、考えさせられてしまいました。

 開催にあたっては、色んな苦労があったこととは思いますが、こうしたストリートダンスの大会が、これからも、高知に根づいてくれるとうれしいなと思いました。


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絶滅危惧種(3月26日)

 26日午後、僕が理事長をしている、牧野記念財団の理事会が開かれましたが、その中で、希少な植物どころか植物分類学者そのものが、絶滅危惧種ではないかという話がありました。

 牧野記念財団は、高知出身の植物学者、牧野富太郎博士を顕彰するために設立された財団で、リニューアルされた牧野植物園などを運営していますが、この植物園では、たんなるフラワーガーデンではなく、花や野菜の栽培から、食品や薬品などにもつながる、研究型の植物園づくりを進めています。

 それと同時に、牧野先生は、数多くの植物の命名をした、植物分類学の権威ですから、研究型とはいっても、今流行のバイオ系ではなく、将来資源として活用できる植物を、数多く集めていくといった、分類学を中心にした研究を進めています。

 ところが、様々な団体に補助金の申請を出しても、分類学を専門にする評議員がいないために、申請が通りにくいといった悩みがあるため、この日の理事会では、稀少な植物以前に、植物分類学者の方が先に絶滅するのではないか、といった話も出たくらいでした。

 しかし、欧米の各国に比べて、資源植物の採集を怠ってきたことが、戦後のわが国の、弱点の一つでもありますので、ミャンマーや中国の貴州省など、多様な植物のホットスポットと言われる地域との、連携を深めながら、稀少な研究に、地道に打ち込んでいきたいと思います。

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これからの2年(3月25日)

 25日午後、高知工科大学の理事会が開かれましたが、創立10周年を迎える2年後が、大きな節目になると感じました。

 2月11日のこの欄で、「日本にない大学」とのタイトルで、高知工科大学の学長選考に対する、自分の思いを綴りましたが、その後、理事の郵便投票で、学長が再選されたにもかかわらず、一時僕が、再任を拒否するとの、一般常識では暴走としか受けとめられない、ルール違反をしましたので、県内では、相当世間を騒がせました。

 ただ、こうした状況を長引かせることは、お客様である学生や保護者の皆さんに、不安を広げるだけですので、数日後には、この判断を撤回して、今月22日の卒業式や、この日の理事会でもお詫びをしました。

 ですから、理事会そのものは、とかくの波乱もなく終わりましたが、その中で、大学が10周年を迎えるまでの2年間が、一つのキーワードになりました。 

 と言うのも、理事のお一人からは、「次期はこの体制でいくとしても、2年後には、知事と理事長の兼任を再考してはどうか」とのご提言がありましたし、任期が4年の学長からも、「当面は、この2年間に全力を傾ける」とのお話があったからです。

 一方で、僕が、常識に反する行動をしてまで訴えたかったメッセージは、必要な関係者のもとには、届いていると確信をしていますので、この2年間に、力をあわせて、設立時の情熱を、もう一度燃やしてみたいと思っています。


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安重根の手形(3月24日)

 24日午前、出張中の韓国ソウル市で、韓国の独立運動の英雄、安重根の記念館を訪ねましたが、今話題
の、竹島問題にも関わる記述を興味深く読みました。

 とは言え、予定の時間が余ったために、たまたま立ち寄っただけなのですが、入口までの道沿いにある、石碑に刻まれた左手の手形を、何の意味だろうと横目で見ながら中に入りました。

 父親譲りの独立運動の活動家として、その一生を貫いた安重根は、1909年に、中国のハルビン駅で、伊藤博文を暗殺したことで、日本でもその名を知られていますが、韓国では義士という呼び方で、英雄として称えられています。

 この暗殺事件のもとになったのは、日露戦争の後、伊藤が韓国統監をしていた当時に結ばれた、乙巳条約ですが、問題の竹島も、時を同じくして、島根県に編入された経緯があります。

 日本語の説明のついたタッチパネルで、こうした歴史的背景や、彼の活動の軌跡を読みながら、竹島が社会問題になっている時に、この記念館を訪ねたのも、何かの縁だろうかと思いました。

 その中には、彼が血判のために、左手の薬指を切断していたことも綴られていましたので、帰り道に、再び石碑に目をやった時には、左手の手形の薬指が短わけは、すぐに合点がいきました。

 と同時に、竹島の歴史について、もう少し詳しい経過を知らないといけないなと思いました。

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