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2005/05/23

飲酒運転とJR事故(5月9日)

 9日午前、県の職員が飲酒運転で逮捕されたことに対して、臨時の幹部会を開きましたが、県民のお一人から、飲酒運転をしたら免職処分にするという県の取り決めと、JR西日本の事故の遠因になったと言われる、時間厳守のノルマとを、同一視するメールが届いたのには驚かされました。
 
 と言っても、これだけでは、読者の皆さんには事情が飲み込めないでしょうが、お酒に寛容な風土がある高知県では、飲酒や酒気帯び運転で検挙される職員が相次いだため、県民からの強い批判の声も受けて、平成9年の  から、飲酒運転をしたら免職処分にするという、厳しい取り決めをしました。

 当時は、これに対して、「厳しすぎる」といった批判の声もありましたが、高知県のトラックが、運転手の飲酒運転の結果、高速道路上で、小さなお子さんを死亡させる事故を起こしたことや、道路交通法の改正による罰則の強化など、飲酒運転に対する世間の受けとめが、一層厳しくなる中で、この取り決めに対する批判も影をひそめましたし、飲酒や酒気帯び運転で検挙されるた正職員は、後を絶っていました。

 このように、飲酒運転は許されないことだという意識は、かなり徹底してきていましたので、再びこうしたことが起きたことは残念でしたが、今回のケースでは、警察官の姿を見て、運転していた職員が、助手席の人と席を入れ替わって、一度は、運転を否定していたため、後になって逮捕されるという事態になりました。

 飲酒運転に加えて、こうした出来事があったためでしょうが、この日、県民の方からいただいたメールには、「飲酒運転をしたら免職という厳しい罰則があるから、助手席の人と入れ替わるといったことをしたのでしょう。このことは、事故をおこしたJR西日本の運転士が、わずかな時間遅れただけで厳しい罰則を受けるのを恐れて、スピードを出しすぎたことに重なりあいます。こうした厳しすぎる罰則が、やがてJR西日本のような、大きな事故につながるのではないでしょうか」と書かれていました。

 早速、「そもそも、電車の運転士が電車を運転することは、法律違反でもなんでもありませんが、飲酒運転はそれ自体が、反社会的な法律違反の行為ですし、当然のことながら、罰則があるから飲酒運転をしたわけではないのですから、全く誤った連想ではないでしょうか」といったお返事をしましたが、思いもつかない発想があるものだと驚かされました。

 一方で、この職員は、悩みを抱えていたと聞きましたので、ルールとは別に、心配りをしなくてはいけないと感じています。

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コメント

私も飲酒運転による事故と、JRの事故は別ものだと思います。

JR事故は、交通機関の安全対策は、どうあるべきなのかという社会的課題です。
ローカル線に乗っていて、たまに国鉄OBの人などにあうと、レールの光っている部分が波打っていて手入れが国鉄時代とは比較にならないほど手抜きだと口を揃えられて言われますが、このままでいいのか、疑問のあるところです。

一方、飲酒運転は、タクシーなり代行運転なり宿泊の費用をケチる利己的行動による犯罪で、やった人は「事故を起こしやすい事実」に対して「大丈夫だ」と自分で自分をダマすこと(これが自律心の弱さです)を恥じず、殺人に関する「未必の故意」をもって実行しているのです。高知地方としては寛容であっても、民間企業では一定の処分にしていても、正しい行動が期待される公務員には許されないと思います。
私もお酒は好きですが、突然に意気投合して呑みに行くときは、車は置いておきタクシーで帰ります。事故を思えば、1万円くらいのタクシー代は安いものだと思っています。

投稿: うみのこ | 2005/06/04 13:15

飲酒運転は重大事故の予備軍なので懲戒免職。しかし、職員・教員が多数免職になっているのになくならない。今度のJRの脱線事故は
70kmを38kmオーバーのスピード違反による事故である。スピード違反をした運転士を
すべて懲戒免職にしたら事故はなくなるでしょうか。人間の注意力だけに頼っても事故は無くならないと思います。
人間は神様ではありせん。
疲労等よる居眠り等の注意力の欠如。
誘惑にる飲酒等。人は罪を犯す事もあるのが
普通の人です。聖人君子にはなれません。
その時でもなるだけ事故が起こらないように
設備を整えるのが人間の知恵です。
精神論だけでは、事故や違反はなくなりませんと思いますのでやはり共通点はあると思います。

投稿: 森 武彦 | 2005/05/25 19:38

事故原因の問題を考えるとき、遠因で比較をする必要が重要とおもいます。
車の事故は、明らかに法規を犯していることを前提で自覚し認識しての問題。
JRの事故は、カーブの論理的許容最高スピード130キロ以下の103キロのスピードで起こっていました。
このときの運転手の犯罪は法的にどう裁けるのか?
論理的技術設計制限最高スピード以下の安全範囲内の走行の罪とを同一視できるのか?
まで考える必要がありそうです。
車の運転手は、意図的な悪辣な犯罪で厳罰は当然でしょう。再発防止策では厳罰が当然でしょう。逃れるすべはありません。
自覚を要請し認識の度合いが高いほど、罪を犯せばそれだけなりの厳罰が待っていても免れないとおもいます。
 問題解決の際現状の現象のみならずその遠因で比較することも必要と考えていますがいかがでしょう。

投稿: mae | 2005/05/24 23:21

私も一応県の職員で、お酒も大好きでよく飲んでいますが、飲酒運転とJR事故を一緒にしょうとするのは、大ちゃんの言うとおり、絶対おかしいと思います。
厳罰主義もなにも、飲酒運転はそれ自体がそもそも犯罪です。それは昨日の宮城のような痛ましい事故が、決して稀なことではないことからも明白です。 
それを犯罪でも何でもない日常業務である『電車の運転』と同列にしておいて、個人の失敗を隠す行為として「人間の性」とか「何か共通するものがあるように私は思う」などと言うほうが、飲酒運転に対するとらえ方について常識なさすぎて、甘過ぎると思います。

投稿: neneko | 2005/05/24 22:03

犯罪を犯すと罪を重くして厳罰にすると
それを恐れて犯罪の抑止効果ありますが、
その厳罰を恐れて更に犯罪をして隠蔽する
事になり、それが更に重大犯罪・事故へと
発展する事になって行く。
それが先般の高知県職員の飲酒運転の
運転手の差し替え虚偽申告である。
また、JRの事故も小さなミスの虚偽申告を
隠す為にスピート違反をし、それが脱線の
原因となり、大事故となり、取り返しのつかない事になった。
厳罰主義は、抑止効果と大事故・犯罪の
「もろはのつるぎ」でいかがなものか。
人は自己に都合の悪い事は上司に報告しないのが、人間の性である。
やみ融資事件も最初の判断ミスを隠す事によって、やがて26億円の大事件となった。
何か共通するものが有るように私は思う。

投稿: 森 武彦 | 2005/05/24 10:29

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