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2005年6月

2005/06/28

眠っている戦友の思い(6月25日)

 25日午後、佐川町のある地区で、住民の方々と懇談をする中で、靖国問題への質問を受けましたが、靖国に祀られている戦友はどう感じているのだろうという問いかけを、重く受けとめました。

 この日は、夕方から、仁淀川筋の奥あいにあたる池川町で、知人の祝賀会に出席する予定がありましたので、その道すがらに、土佐市、佐川町、越知町と、知り合いを訪ねてまわりました。

 そのうち、佐川町では、ある地区の住民の方々と、懇談をする機会があったのですが、今年80才になるという元気な男性から、総理の靖国参拝に対する考え方を問われました。

 このため、先日この欄にも書いた、自分の思いをお話したのですが、するとこの方が、「自分たちは、命からがら戦地を這いずりまわった、最後の生き残りの世代だが、その時の仲間は100人以上亡くなって、靖国に祀られている。だから、自分も毎年、県内の護国神社への参拝を欠かさないが、こんな騒ぎになる中で、あえて総理が我を張って靖国に参拝することを、戦友たちは望んでいるだろうか。逆に、草葉の陰で、そっとしておいてくれと、つぶやいているのではないかと思う」と言われます。

 それを受けて、隣の席におられた、やはり戦友だという同年輩の男性が、「靖国参拝という花を、求めすぎてはいないか。花は中国にやって、実をとるような考え方がほしい」と言われました。

 それを聞いていて、ある面では一般の方の方が、政治家より、物事を広い視野で見ることができるなと感じると同時に、実際に戦地に行った方や、そこで命を失って、靖国に祀られている英霊の気持に、誰が気を配っているのだろうかと思いました。

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正義感には敬服するが(6月24日)

 24日午後、宮城県の浅野知事が、警察の捜査費の使い方が透明ではないとして、今後の捜査費の執行を差し止めたことに対して、少し偏った決断ではないかとの、コメントを出しました。

 浅野知事は、警察の捜査費の使い方に強い疑いを持っていて、公金の管理を厳格にするという立場から、使い途をもっと明らかにするように求めていますが、宮城県警が、捜査上の秘密や、捜査協力者のプライバシーの保護などを盾に、知事が納得するような回答を出さないことから、捜査費の執行を停止するという、強硬手段に転じました。

 この浅野知事の判断に対して、コメントを求められたのですが、宮城県の事情や、ここに至るまでの詳しい経過がわかりませんので、的はずれであれば、お詫びをしなければなりません。

 ただ、一般的に言って、警察が捜査をするにあたって、協力者や情報の提供者に謝礼を出すといったことが、特段必要のないことだと考えるのなら、その使い方への疑義とのかねあいから、こうした判断もあり得ると思います。

 しかし、このような謝礼も含めて、捜査のための経費は必要だと考えるのなら、予算の執行権者である知事の基準に照らして、十分な透明性が保たれていないという理由だけで、捜査に関わる全ての経費の使用を差し止めてしまうことは、公金の管理という視点からは理解できても、捜査活動によって県民生活の安全を守るという、もう一つの公益性とのバランスから考えて、判断に偏りがあるように感じます。

 と同時に、過去の捜査費の使い方に対して、知事が抱いている具体的な疑惑の心証と、現在の、捜査費の活用状況に対する思いとが、交錯しているように受けとめられるため、このことにも、いささかの問題点を感じました。

 と言うのも、過去の捜査費の使い方に問題があったとすれば、当然、そのことに不満や疑問を持つ、一線の捜査員がいたはずですが、かといって、すべての捜査費の執行を取りやめてしまえば、現在、真面目に犯罪捜査に取り組んでいる現場の警察官に、かえって、しわ寄せが行きはしないかと考えるからです。

 こうしたことから、浅野さんの、強靱な正義感には敬意を表しながらも、どこか、もやもやとしたものが残りました。

 ただ、この問題に関しては、県民の皆さんの関心も高いと思いますので、わが県の県警本部に対しては、今後も、できるだけの説明責任を求めていきますし、県としても、引き続き関心を持って、対応していきたいと思います。

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人件費が焦点に(6月23日)

 23日午後の庁議や、人事委員会との意見交換を通じて、今後は、県の職員の給与の在り方が、大きな焦点になると予感しました。

 庁議では、来年度の予算編成に向けての、収支予想の現状が説明されましたが、このままでは、経常経費も投資的な経費も、ほとんど確保出来ないという数字になっていますので、「この状況で、政策協議をすることに意味があるのか。国に対して、訴えかけをすることが先ではないか」といった意見も出ました。

 そうした中で、人員の削減や給与カットの効果が、退職手当や定期昇給で相殺されることから、今年度に比べて、来年度の人件費が、わずかながらにしろ増加すると聞いて、自らの給与も含めて、このままでは、県民の理解は得られないと感じました。

 また、人事委員会事務局の説明でも、地方公務員の給与水準の決め方が変わって、大都市部と地方との格差を折り込んだ、地域給が導入されることが話題になりましたが、これによって、給与の5パーセント程のダウンが予想されています。

 先ほども言いましたように、そのことは、もはや避けられないと受けとめていますが、その一方で、全国の都道府県の給与実態を見比べてみますと、何とも割り切れないものも感じます。

 と言いますのも、地方自治体では以前から、「わたり」といって、課長とか課長補佐といった地位につこうがつくまいが、年令を増すに従って給与が上がっていくという、年功序列どころか、年令序列といっていい、不合理な給与体系がとられていました。

 これでは、組織内の切磋琢磨もなくなりますし、仕事への責任感も出ませんので、高知県では、いち早く平成9年に、「わたり」の是正をしました。

 この結果、課長にならない限り、課長職にあたる8級の給与は得られませんので、課長相当の8級から、部長相当の11級までの給与を得ている職員は、全体の8.4パーセントしかいませんが、給与の状況がわかっている44の道府県の中には、最高で35.8パーセントもの職員が、課長相当の8級以上の給与を受けている自治体もあって、いまだに、「わたり」を温存している実態が透けて見えます。

 このように、大阪市で明らかになったような、組合との癒着を改善できないままでいる自治体の存在が、「地方は役人天国で、税金を無駄づかいしている」といった、地方への批判につながっていることを考えますと、このことに真面目に取り組んできた県として、歯がゆい思いもします。

 さりとて、高知県でも、民間と比較した時、まだ改善すべき点が残されていますし、この現状の中では、県民の視線が、さらに厳しくなることは目に見えていますので、地域給の導入を始めとする国の対応を、受け身で待つのではなく、わが県から率先して、人件費の問題に切り込んでいく姿勢が、求められていると感じました。

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2005/06/27

学生参加型プロジェクト(6月22日)

 22日午前、高知工科大学の業務運営委員会で、社会システム工学科から、これからの学科運営に向けての、プレゼンテーションを受けましたが、学生の手で進める、プロジェクトを設けてはどうかとの提案は、学生募集にも役立つのではないかと感じました。

 それは、例えば、敷地内にパークゴルフ場を整備するとか、商店街を大正レトロでまとめるといったものですが、より大きなプロジェクトも含めて、計画や実行から、あとあとの管理運営まで、学生に任せてみようという提案です。

 このような、具体的な事業への参加を通じて、学生に、マネージメントを始め、様々なノウハウを学んでもらおうという狙いもありますが、この大学では、他にはない経験が出来るというふれ込みは、学生の募集にも、ひと役買いそうな気がします。

 このため、社会システムだけでなく、他の4つの学科でも、同じ様な学生参加型のプロジェクトを、考案していこうということになりました。

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酸化亜鉛を金鉱脈に(6月21日)

 21日午後、県が産学官連携で進めている、酸化亜鉛を活用した研究の進み具合について、その研究の中心になっている高知工科大学の先生から、説明を受けましたが、その成果を、何とか具体的な物づくりにつなげたいものだと思いました。

 この研究は、酸化亜鉛を、次世代の情報デバイスなどに活用しようと、大手のメーカーをはじめ、県内の企業や大学が参加して進めているものですが、先端の分野だけでなく、暮らしにかかわる商品に至るまで、様々な利用が考えられています。

 その一つが、いわゆるUVカットの効果ですが、酸化亜鉛には、紫外線を吸収してしまう性質があるため、例えば、その薄膜を自動車の窓ガラスに貼れば、紫外線が車内に差し込むのを防ぐことができます。

 また、土佐和紙の伝統を活かして、県内には、紙に関する産業も数多くありますが、酸化亜鉛を漉きこんだ紙で日傘を作れば、紫外線よけを兼ねた、洒落た日傘が出来るかもしれません。

 一方、酸化亜鉛には、赤外線を反射する作用もありますので、屋根瓦につければ、夏の暑さをやわらげることが出来ますし、逆に、室内の壁や天井に使えば、冬場に暖房の熱を、部屋から逃さずにすみます。

 さらに、本来の狙いである、情報デバイスへの利用では、プラスチック基盤に酸化亜鉛の薄膜をつけることで、落としても割れない上、折り曲げも出きる、軽くて透明で通電性もいい、デバイスづくりが可能になります。

 このうち、プラスチック基盤に関しては、このプロジェクトの中心メンバーでもある、県内企業のニッポン高度紙が、高い技術とシェアを持っていますし、そのもとになる酸化亜鉛の原材料の生産や、それを使った製膜も、生産から販売に至る企業の連携が、すでに出来上がっていますので、2年から3年の間に、事業化が見込まれています。

 これらの研究の進み具合を聞きながら、かつての西部開拓の時代に、金鉱さがしのゴールドラッシュが起きたように、酸化亜鉛の技術を求めて、多くの人が、高知を目指してくれる日の来ることを夢見ました。

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本物が消えてゆく時代(6月20日)

 20日午後、県内では唯一になった、オーディオ専門店の販売部長とお話をしましたが、やがてCDも消え行く運命ではないかと聞いて、何となくさみしい気がしました。

 僕より、少しだけ年下のこの方は、中学生の時におねだりをして、小さなステレオを買ってもらったそうですが、最初に聞いたレコードが、ウエストサイド物語の「マリア」という曲で、女性の声と男性の声が、左右のスピーカーから順番に、段々とボリュームを高めながら流れてくるのを聞いて、身ぶるいするような衝撃を覚えたといいます。

 それが、オーディオの世界で生きていく、きっかけになったのですが、ステレオが飛ぶように売れた時代が過ぎて、やがてCDが登場した時には、再びオーディオの売れ行きが伸びるのではと期待をしました。

 ところが、ボタン一つで、あまりにも簡単に音楽が聴けるようになったため、逆に、オーディオへの関心は薄らいでいきました。

 さらに、この夏からは、インターネットを通じて、50万曲ほどの音楽を、1曲150円ほどで配信していく、新しいサービスが始まるといいますから、そうなると、CDを買う人も、それを売るお店も、姿を消していくのかもしれません。

 そう言えば、映画の世界でも、DVDなりインターネットなりを使って、家で見る人がふえていて、いわゆるシネコンを除いては、街から映画館がなくなっていっていますので、音の世界も映像の世界も、同じ運命をたどりつつあるのかもしれません。

 次第に昔を懐かしむ年令になった、団塊の世代のおじさんたちにとっては、何ともさみしい話ですが、何の分野であれ、この方が、ステレオでウエストサイド物語の「マリア」を聞いた時に感じたような、衝撃を覚えることが少なくなっている現代にあっては、子供の時に、少しでも生の音を聞いておく以外、本物を残す道はないのかもしれません。  

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2005/06/21

プラチナ女性の会(6月19日)

 19日の日曜日、県内のご高齢の女性たちに声をかけて、シルバーを超えた、プラチナ女性の会を開きました。

 先日この欄でも、90才で、乳ガンの手術をした女性の話をご紹介しましたが、いかに長寿の時代とは言え、膝や腰を痛めたり病気をしたりで、体がいうことを聞かなくなったという方も数多くおられます。

 一方、若い世代ならば、地域で活躍をしている異業種の人たちが、幅広く交流をする場がありますが、長寿社会の大切な戦力であるプラチナ世代の女性には、地域を超えた交わりの場がありません。

 そこで、まだまだお元気なうちに、これまで出会ったことのない、別の地域の方と語りあうことで、新しい刺激を吸収してもらおうというのが、この日の会の狙いでした。

 集まって下さったのは、東は室戸市から西は宿毛市まで、30人近くの方でしたが、お仕事も、農業、漁業を始め、医師、薬剤師、会社社長、団体役員等々、多種多様で、最高齢は90才の方でした。

 それぞれに、介護保険を使わない運動や、食を考える取り組みなど、地域での活動の様子を、お話しして下さいましたが、いずれも、70代から90代とは思えぬ元気さで、どの年代でも、男性は女性にはかなわないという思いを強くしました。

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青島つれづれ(6月15日〜18日)

 15日から3泊4日で、中国の青島に出張しましたので、青島で見聞きしたことの幾つかを、書き留めておきます。

 青島市と高知県とは、青島港と高知港との友好提携をきっかけに、交流を続けていますが、今回は、青島市で開かれた国際旅游博覧会に、高知県のブースを出展したのを機会に、1年8ヶ月ぶりに訪問しました。

 青島市は、すでに人口が700万人を越える大都市ですが、北京や上海ほど大きすぎず、それでいて、海辺に面した美しいロケーションに加えて、ドイツ占領下のヨーロッパ風の建物も残しながら、市の東側には近代的な街並みを広げるなど、中国の中では、都市計画がうまくいっている都市です。

 特に、2008年の北京オリンピックでは、青島市がヨット競技の会場になるため、空港の国際線ターミナルの建設など、各地で開発が進んでいて、日本で言う「観光」にあたる、「旅游」の博覧会が開かれたのもその一環でした。

 以前から、旅を楽しむ「旅游」という表現は、名所を観てまわる「観光」よりも、今風で洒落ていると思っていましたが、中国にいて、「旅游」という言葉づかいに慣れてくるに従って、やがていつの日か日本でも、この言い方が、なじむようになるのではと感じるようになりました。

 あわせて、青島市旅游局からは、高知県と青島市の間で、観光に関する覚え書きを結ぼうという提案がありましたが、すでに、韓国の全羅南道との間でも、同様の協定を結んでいますので、早速持ち帰って、具体的な内容を詰めることにしました。

 その青島市には、現在8人の副市長がいますが、これだけ急速な発展が続くと、それでもまだ足りないということで、さすがに、何の分野であれ、「副」と名のつく人が実務を担当すると言われる、中国らしい話だと思いました。
 
 また、中国らしいと言えば、青島のような沿岸部と内陸部との、所得の格差が開くにつれて、農業と農村への対策が、中国の大きな課題の一つになっていますが、それを裏づけるように、滞在中のホテルを訪ねてくれた、地元の人材派遣会社の幹部からは、農業研修生の受け入れの、申し入れを受けました。

 この会社では、これまでにも、縫製や機械工などの分野で、多くの研修生を日本に派遣している上、北海道の農協には、農業研修生を送り込んだ実績もあるとの説明を受けましたが、僕からは、主に二つの点を指摘しておきました。

 その一つは、研修の途中で、行方がわからなくなるようなことがないように、人選には十分気をつける必要があるということですが、これに対しては、「韓国では、研修中に2人いなくなった例があるが、日本ではまだない」との、答えが返ってきました。

 もう一つは、中国からの輸入野菜に対する、日本側の拒否反応という、もっと重要で、かつ微妙な問題に対する配慮が必要だという点で、研修生として日本で学んだ技術を使って、日本向けの野菜が作られる不安が残るのであれば、研修生の受け入れは容易には進まないと、繰り返し強調しておきました。

 一方、青島との交流のきっかけになった、青島港の港湾局は、すでに民営化されて、青島港集団有限公司と名を変えていますが、近くにある製鉄会社の規模に比べて、鉄鉱石の輸入量が多い点を尋ねてみますと、現在、大連と天津にも、鉄鉱石を積み上げるための、大型バースが建設中だということでした。

 それを聞いて、たぶん中国では、北京周辺の製鉄会社で使う鉄鉱石を、ある時期までは青島港で荷揚げする、その後、さらに鉄の使用量がふえれば、大連や天津の港に積み上げ施設を整備するといった絵を、国家レベルで描いている、部署があるのだろうと推測しました。

 これに対して、日本の公共事業は、用地交渉の関係から時間とコストがかさむ上、どの地域にもまんべんなく投資をしてきましたので、今にして考えれば、中国とは競い難い環境を、作り出してしまったように感じます。

 そんな中で、初めて耳にしたのは、海抜ゼロメートルの基準点が、青島市内にあるという話でした。

 今は、誰かが悪戯をしないように、人民解放軍が警備にあたっているとのことでしたが、ここを公園にする計画が進んでいるということで、わが高知市の地球33番地(北緯33度33分33秒と、東経133度33分33秒が交わる、陸上では唯一同じ数字が12個ならぶ場所)も、もっと利用を考えなくてはと、高知の地に思いをはせました。

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食の安心・安全条例(6月14日)

 14日午後、自民党の若手県議2人と話す中で、食の安心と安全を目指した条例を、9月の議会に提案する予定だと聞きました。

 食の安全や安心をテーマにした、条例を設けている自治体は、すでに9都道県を数えますが、それらは、独自の規制も含めて、消費者の保護に重点をおいたものと、農産物や加工品の安全性を担保することで、全国にそのことを発信をしていこうというタイプとの、おおむね2種類に分けられると言います。

 これに対して本県では、その二つの要素を、合わせ持った内容を目指したいとのことでしたので、ついでに、食を通じての教育を意味する、「食育」にも配慮をしていただきたいとお話をしておきました。

 というのも、野菜の生産県である高知では、「食育基本法」が成立する見込みになったのを受けて、この食育と、生活習慣病を防ぐための健康づくりを合わせることで、野菜の消費量をふやしていこうという、プロジェクトを始めているからです。

 また、たとえば、豆腐づくりに、遺伝子組み替えの大豆が使われていないかどうかを、県が独自に検査するといったことも、消費者保護の面からは大切な視点ですが、そのために新しくかかるコストと、もたらす効果とのバランスも考えなくてはならないと、私見を述べてておきました。

 9月の議会には、条例として提案される予定だということですので、この分野では、少し出遅れた県として、その分、より効果的な条例になることを期待しています。

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ついに後輩が(6月13日)

 13日午後、NHK高知放送局の新しい局長が、知事室を訪ねてくれましたが、知事になって14年目にして初めて、NHK時代の後輩を、局長に迎えることになりました。

 今から14年前、初めて知事になった時に、高知放送局の局長を務めていたのは、僕が記者時代に、デスクとして仕えた方でしたし、その後も歴代の局長は、いずれも先輩にあたる人ばかりでした。

 ところが、今度の異動で新しく局長になったのは、僕が退職する時に、部下の一人だった3年後輩の記者でしたので、知事室で顔をあわせた時も、お互いに何か気恥ずかしいものを感じました。

 そう言えば、先日の北海道出張中に、NHKの札幌放送局を訪問した際にも、僕が、管理職になって初めて、人事の面接をした後輩が、北海道全体の、記者の人事権を持つ立場になっていることを知りましたが、いずれも、長く知事をしていることを、実感させる出来事でした。

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2005/06/15

初めての取り合わせ(6月12日)

 12日夕方、北海道からの出張の帰りに、東京のホテルで開かれた、高知の食材を使った夕食会に出席しましたが、フォアグラと魚という、珍しい組み合わせを体験しました。

 3料理長の饗宴と題されたこの会は、東京丸の内にある老舗のホテルが、去年に引き続いて開催したもので、和・洋・中の3人の料理長が、高知の魚や野菜などの食材を使って、技を競うという企画です。

 この日は、四万十の鰻を、薄くむいた新ショウガで巻いたお寿司や、唐揚げしたコチを、土佐文旦を使った中華風のソースでいただく一品の他、土佐和牛のローストビーフなどが次々と登場したため、このところ心がけていたダイエットも、水の泡の状態でした。

 その中で、こんな取り合わせもあるのかと思ったのは、グリルしたカサゴの上に、焼いたフォアグラを乗せて、それを、甘く煮詰めたイチジクと絡めたお料理でした。

 これが、牛肉とフォアグラとか、フォアグラとイチジクのソースといった組み合わせなら、よくあるパターンですが、淡泊な味の魚と、まったり味のフォアグラをあわすのも、一つの手だなと勉強になりました。

 これまでなら、この様な企画の場合には、県が予算を組んでホテル側にお願いをした上、県人会などを通じて、チケットの販売もお手伝いするのが当たり前でしたが、このホテルの場合は、ほとんどを、ホテルの独自の企画として進めて下さっていますので、県としては有り難い限りです。

 ただ、それだけに、2年続けてくれて有り難うで終わるのではなく、これを、次の企画に広げていく知恵が、わが方に求められていると感じました。

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ドット・ジェイピイ(6月11日)

 11日午後、札幌市で開かれた、北海道の地方議員に、学生インターンを紹介をするNPOの会で、飛び入りでご挨拶をしました。

 これは、8年前から、国会と地方議会とを問わず、議員のそばでの学生インターンを働きかけている、NPO法人のドット・ジェイピイが開いたものですが、その代表とは旧知の間柄でしたので、北海道出張のあいまを使って、ご挨拶がてら顔を出しました。

 この会には、道議会議員をはじめ、札幌や恵庭の市会議員など、あわせて5人の議員が参加していましたが、リラックスした服装の議員に対して、学生は女性も男性も、ほとんどがリクルートスーツに身をつつんでいましたので、これには少し驚かされました。

 僕は、あくまでも飛び入りでしたので、始めに短いご挨拶をしただけで失礼をしましたが、挨拶の中で、自分が5年前からやっている、知事のそばでのインターンシップの体験の他、先日この欄でも紹介をした、県議会の会派としての、学生インターン受け入れの計画などについてお話しをしました。

 ドット・ジェイピイが、議員のそばでのインターンを経験した学生に、アンケートしたところ、インターンをする前には7割の学生が、議員に対して良くない印象を持っていたのに対して、経験後は、逆に7割の学生が、「議員は、真面目に仕事に取り組んでいる」と、評価を変えていますので、双方にとってメリットのある、このインターンシップは、今後も、全国に広がっていくことは間違いありません。

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広くても狭くても(6月10日)

 10日午前、北海道美幌町にある、道立美幌農業高校を訪ねましたが、土地の広さや気象など、条件には大きな違いのある、北海道と高知県の農業の間にも、共通の課題が数多くあることを感じました。

 美幌農業高校と、高知県の四万十市(合併前は中村市)にある県立幡多農業高校とは、去年の11月に、姉妹校の提携をしていますが、すでに、幡多農校の生徒が、修学旅行で美幌を訪問したり、ホームステイによる農業研修を体験したりと、お互いの関係も深まってきています。

 ただ、正直を言って、北海道の農業は、広々とした土地を使った大規模な形態ですから、狭い土地を活かした施設園芸が中心の、わが県の農業との間に、互いが学びあうような、共通点があるのだろうかと考えていました。

 ところが、美幌農校を訪ねて、生徒さんの案内で校内をまわると、土地の広さや気象などの条件は違っても、克服すべき課題には、大きな違いのないことがわかりました。

 例えば、北見市周辺のこの地域は、今では淡路島を抜いて、全国一のタマネギの産地ですが、高知県のショウガなどと同様、中国などからの輸入が、脅威であることに変わりはありませんし、そのことへの対策の意味も含めて、これまでの様な、生産技術一辺倒の教育から、加工や、販売・流通、さらには経営といった分野に、教育の重点を移すことを迫られています。

 このため、美幌農業高校でも、すでに数年前に、カリキュラムを再編していましたが、農業を取り巻く環境の厳しさが、北海道と高知県との距離も縮めていることを感じました。

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厄介者を味方に(6月9日)

 9日夜、北海道北見市で開かれた、オホーツク地区の県人会の懇親会に出席しましたが、その席で、流氷見物の船が、単年度の収支で黒字に転じたという話を聞きました。

 この船は、紋別市のガリンコ号という、流氷見物の船ですが、7年前の冬にこの地を訪問した時、この船に乗って、海岸に近づいてくる流氷を、見に行ったことがあります。

 このため、この日の会で同席をした、紋別の方に、その後のガリンコ号の状況を聞いてみますと、「ようやく、わずかながら黒字が出始めました」という答えが返ってきました。

 そもそもこの流氷見物は、旅行会社の発案で始められたものですが、漁に出られない等々、地元の人にとっては厄介者にすぎなかった流氷を、観光資源に変えたところが味噌でした。

 そう考えてみれば、地元では疎まれる存在でも、外から来た人にとっては、めったにない面白い体験になるといった資源は、まだいくつも、隠されている気がします。

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日本一つよい女性(6月8日)

 8日午前、出張で北海道に向かう途中の機上で、御年90才になる、県内の女性からお送りいただいた、「入院中のつれづれ」と題した小冊子を手にしてみましたが、そこに紹介されている、作家の宮尾登美子さんからのお手紙の中で、宮尾さんがこの方につけられた、「日本一つよい」という敬称が、ご本人とマッチしてとても素敵でした。

 この方は、あるお寺の住職のお母様で、長い間、保育園の園長を務められていますが、この2月に、高知市内の県立文学館で、宮尾登美子展が開かれた際、久しぶりにお会いしましたので、今月開く予定の、ある催しにお誘いをしました。

 ところが、意外なことに、2月にお目にかかった直後に、ご自分で乳ガンを見つけられたとのことで、4月の初旬に手術をしたので、会合には出席できないとのお手紙と同時に、入院中のことを書きとめた、小さな冊子をいただきました。

 その表紙を開きますと、「昔、作家の宮尾登美子さんに、文才の無い私が、書き物の出来ないことを嘆いた時、彼女から、『日頃のつぶやきや、話し言葉、そして語りを、気負わずに素直に文にしたら、それが文章になるの・・・』と教えられたことがありました」とあって、「自分の生涯の終わりに近い今、自分にとってとても『重大な出来事』の記録を残したい」と、書き始めのきっかけが素直に綴られています。

 そして、無事手術も終わって、退院の日に看護主任さんが、「退院で帰る時は、必ず玄関から帰ってね」と、言葉をかけてくれた心遣いがうれしくて、病院の玄関の自動ドアを、「右が低くなった胸を張って出ることができた」という表現に、90才というお年を感じさせない、女性ならではの感性がありました。

 お年と言えば、転載されている、宮尾さんからのお手紙の中に、「私よりひとまわり上のトラ」とあったため、この方が、亡き母と同い年だったことを、初めて知ったのですが、この生まれ年の寅は、同じ寅でも甲の寅といって、丙午(ひのえうま)と同様、60年に一度しか巡ってこない、強い年まわりだと言われていますので、90才にしてなお、乳ガンを克服して、園長としてのお仕事に戻られる気力も、むべなるかなと思いました。

 と思って、宮尾さんのお手紙の最後に目をやると、この方のお名前の前に、「日本一つよい」という敬称がつけられているではありませんか。

 その敬称が、ご本人のかもし出す優しさと重なりあって、とても素敵に感じられました。

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階段が高すぎる(6月7日)

 7日午後、瀬戸内海に浮かぶ、香川県の直島で開かれた四国知事会議で、国の行きすぎた関与が話題になりました。

 この日の会議は、毎年定例のものですが、意見交換の中で、愛媛県の加戸知事が、腹にすえかねることがあると話し始めたのは、ある建物の階段にまつわることでした。

 話を聞けば、愛媛県では、組織の統廃合で空き家になった保健所の建物を、知的障害児のための、養護学校の分校に活用しようとしたのですが、学校の基準にあてはめると、階段の一段の高さが、1センチ2ミリ高すぎることを理由に、国は学校への転用を認めようとしません。

 そこで、国の規制を緩和するために設けられた、特区の申請をしたのですが、それすら認められなかったため、この日の会議の中で、「こうした、国の行きすぎた関与の事例を各県で持ち寄って、国に対して、さらに強く改善を求めていこう」という提案になったわけです。

 僕を含めた、他の3県の知事も、この提案に異論はありませんでしたが、それと同時に、「国の関与を、当たり前のこととして受けとめている職員も、まだまだ多いので、関与の事例を挙げろといっても、よい例が出てこないかもしれない」との、香川県の真鍋知事からの指摘には、思わず、そうかもしれないとうなずいてしまいました。

 と言うのも、その指摘を聞いて、この会議の前に見学をした、同じ直島にある、安藤忠雄さん設計の、地中美術館での光景を思い出したからですが、スタッフの方の説明によると、建物の中庭側に張り出した、階段の手すりは、安藤さん本人は、つけたくはなかったそうです。

 もちろん、建築基準法に従えば、安全対策上取りつけざるを得ないのですが、例えば、芸術の観点から、これを国の関与の一つと受けとめてみよう、といった思考回路をとる役人は、まだいないだろうなと考えていました。

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ローカル・マニフェスト(6月6日)

 6日午後、「21県政会」という県議会の会派と、勉強会を開きましたが、会派として、ローカル・マニフェストに取り組むとのことで、地方議会にも、新しい流れが広がりそうです。

 マニフェストというのは、基本的には、公約という言葉を、横文字に置きかえただけのことですが、従来の政治家の公約が、総花的な上、約束を実現できたかどうかの検証もできないような、抽象的な表現が多かったことへの反省から、数値目標なども含めて、もっと責任の持てる約束を、という趣旨が込められています。

 最近では、首長選挙の他、国政選挙に向けての、政党の政策づくりにも、この用語が使われるようになっていますが、さらに、県議会など地方議会にも、この考え方を採り入れていこうというのが、ローカル・マニフェストで、県議会の会派の一つ、「21県政会」が、県内では初めて取り組むことになりました。

 とは言え、予算編成の権限を持つ首長や、政権与党になれば国政を動かす力を持つ、国レベルの政党活動とは違って、地方議会の会派の場合、どんなマニフェストが打ち出せるのかなど、課題の整理はこれからですが、例えば、新しい条例の提案など、ローカル・マニフェストとして、政策的に掲げることのできるテーマは、色々とあるのではないかと思います。

 さらに、この会派では、学生インターンの受け入れを、マニフェストの中で、表明していきたいとのことですが、このことは、地方政治と若者との距離を縮めていく上で、大いに役立つことだと思いますので、今後とも、こうしたローカル・マニフェストの取り組みが、地方政治の流れを変えていくことを、期待したいものです。

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世界遺産の制覇をめざす(6月5日)

 5日夜、先日、高知城の本丸で行われた結婚式で、僕たち夫婦が仲人を務めた、新郎新婦のご家族と一緒に会食をしましたが、新婚旅行に南米を選んだ背景には、若い2人の遠大な計画がありました。

 2人が出かける、南米のブラジルやペルーには、高知県から移住した家族も多いため、知事としてもこれまで、何度か訪問したことがありますが、ロサンゼルスを経由して、ほとんど1日がかりの空の旅になります。

 では、なぜこんな遠い場所を、ハネムーン先に選んだのかと言えば、そこには、これから夫婦2人して、世界遺産をすべて見てまわろうという、大きな野望が込められていたのです。

 そのため、まずは、日本から一番遠くて、行きにくい場所から手をつけようと、ペルーのマチュピチュやナスカの地上絵、さらには、ブラジルのイグアスの滝など、南米の世界遺産が、新婚旅行の地に選ばれたというわけでした。

 ただ、北海道の知床を始め、これからも、世界遺産の登録は増え続けていきそうですので、「一体、世界遺産は、今現在でいくつくらいあるの」と尋ねてみると、「さあ、いくつでしょうね」との答えが返ってきましたが、考えてみれば、これくらいアバウトでないと、世界遺産の制覇などという無謀な夢には、挑戦できないのかもしれません。

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2005/06/08

生き残る努力(6月4日)

 4日午前、知人の病気見舞いのため、愛媛県と徳島県に接する中山間部の町、大豊町に出かけましたが、地元で縫製の仕事をされている方から、国内に雇用を残すための工夫を聞きました。

 この方は、県内の3つの町村で、縫製の作業場を経営していますが、人件費の関係で、量産の商品を国内で作ることは無理になりましたので、5年前から上海の郊外に、従業員80人余りの工場を開いています。

 こうしたことは、全国的に続く傾向ですから、かつては国内に80万人ほどあった、縫製関係の雇用も、今では、10万~15万人に落ち込んでいるのではとのことですが、この方は、「全てを海外に依存するということにはならないので、これ以上雇用が落ちないように、工夫をしなくてはいけない」と、力説をされます。

 その一つは、プロ野球の選手のユニフォームなど、オーダーメイドの製品ですが、たまたま去年は、プロ野球界の再編の影響で、予想しなかった大量注文が飛び込んできたため、前から入っていた別のオーダーメイドの品を、中国にまわすといった舞台裏もあったそうです。

 とは言え、県内の作業場も、中国からの研修生の力で、保っている現状ですが、このように、仕事の内容と収益とを、うまく分散して組み合わすことで、中山間地域の雇用を守るべく努力されている姿に、あらためて頭が下がりました。

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PとSの間には(6月3日)

 3日は、一日中東京で、官庁への要望活動を行いましたが、気象庁では、海底で地震が起きてから、実際に揺れ出すまでの間を活用した、緊急の連絡システムが話題になりました。

 表題にした「PとSとの間」というのは、このことなのですが、直下型ではなく、土佐湾沖の海底深くで起きる、南海地震などの場合には、海底の地殻変動で地震が発生した時に、まずはP波と呼ばれる波が起きます。

 さらに、これがS波となって、地上での実際の揺れになるのですが、このP波の発生と、S波による揺れまでの間には、高知県での南海地震の場合、30秒程の間隔があると言われています。

 と言うことは、気象庁がP波を観測したと同時に、衛星を通じて、県庁や市町村などに知らせれば、実際の揺れが起きる前に、準備をすることが出来るわけですが、すでにこのことは、実験段階では十分に可能なことが証明されています。

 例えば、県内の芸西村で行った実験では、と言っても、実際に地震が起きたわけではありませんので、P波を観測したことを前提にしたものですが、情報の処理と電送に要した時間は7秒でした。

 と言うことは、役場も消防も、そして住民も、残りの20秒余りを、揺れが起きる前の準備に使えるというわけですが、実際に、去年紀伊半島で起きた地震では、このシステムによって、地上での揺れが起きる前に、間もなく揺れますという表示を、示すことが出来たといいます。

 ただ、速報性が命なだけに、誤報などの危険も伴いますし、その際の影響は極めて大きいため、気象庁としても、慎重に研究を進めているとのことでしたが、大地震が来る20秒前に、そのことを知らされた時、あなたなら何をしますか。

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靖国論議を聞いて(6月2日)

 2日夜、テレビのニュースで、小泉総理と岡田民主党代表との、靖国参拝をめぐる論議を聞きましたが、国の代表として、国益をどう考えているのだろうかと疑問を感じました。

 小泉総理は、「A級戦犯のために参拝をするのではない」と言いますが、そんなことは当たり前で、誰もそんな言い方で、批判をしている人はいません。

 問題は、総理がいくら、「多くの戦没者に敬意と感謝の意を表したい」という気持ちで参拝をすると言っても、A級戦犯がともに祀られている以上、「多くの戦没者」だけを切り出して、お参りをすることが出来ないという点にあります。

 にもかかわらず、総理が靖国に参拝をすれば、それは、総理の言う「多くの戦没者」だけでなく、A級戦犯にもあわせて、「敬意と感謝」の気持ちを伝えることになりますから、「戦没者に対して、どのように追悼するかを、他の国が干渉すべきでない」と、総理が言う時の「戦没者」には、A級戦犯も含まれることになります。

 ですから、僕は、わが国の代表者という立場では、太平洋戦争の反省の上に戦後の出発があるという認識から、A級戦犯である御霊に、「敬意と感謝」の意を示してほしくないと考えますし、確かに、「A級戦犯のため」ではないとしても、結果的に、A級戦犯に対しても「敬意と感謝」を示すことになる、靖国参拝という行為に対して、この戦争で侵略を受けた国が異論を唱えることを、「干渉」という言葉で片づけてしまうことは、いささか乱暴で配慮に欠けることだと思います。

 また、小泉総理は、「岡田さんは、靖国参拝がいけないと言うのですか、それとも、中国が反対するからいけないと言うのですか」と、逆質問をしていましたが、それに対する僕の答えは、「個人の立場なら、靖国参拝がいけないわけはありませんが、総理という立場なら、中国の政府が反対しようがしまいが、A級戦犯がともに祀られている神社に、参拝するのはいけないことだと思います」となります。

 特に、地理的な条件からも、日本にとって中国は、今後とも、切っても切れない重要な間柄の国であることを考えれば、靖国参拝に対する、個々の日本人の心情は別にしても、全体の国益を考える上で、現在の総理の対応は、バランスを欠いていると思います。

 一方、岡田さんには、「いつ行くか、適切に判断する」と答える総理に対して、「いつ行くかということは、行くということですね」と、なぜ突っ込まないのかと思いましたし、「他の国が干渉すべきではない」とか、「私の心情から出るもの」と、確信犯的な発言を繰り返す総理に対して、「そこまで言いながら、なぜ今年も靖国に参拝をすると言わないのですか。そんなに、中国の反対が気になるのですか」と、尋ねてもらいたいものだと思いました。

あわせて、総理の「私の心情から」という発言に、「心情」という字をあてましたが、もしかして、「信条」じゃないだろうなと思うほど、頑ななニュアンスを感じました。

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お妃どうしの奇縁(6月1日)

 1日午後、皇族とも関わりのある方とお話をしていて、皇太子妃と秋篠宮妃の間には、不思議な縁があることを教わりました。

 この方は、時々、宮内庁にも出入りをされているので、お土産は、皇居内の売店で売られている、菊のマークの入った夫婦箸やタオルなど、レアなアイテムばかりでした。

 そこで、いただいたお土産を手に取りながら、宮家のことなどを話題にしていますと、この方が、やおらペンを取りだして、白い紙の上に、「おわだまさこ」と「かわしまきこ」という、皇太子妃と秋篠宮妃の旧姓を書きはじめます。

 何だろうと思って見ていますと、「おわだまさこ」と「かわしまきこ」と書いた文字を横に並べて、双方をひと文字ずつ飛ばして消していきました。

 その上で、「互い違いに読んでみて」と言われますので、その通りに読んでみますと、これまた見事に、「おわだまさこ」と「かわしまきこ」になるではありませんか。

 「お○だ○さ○」・・・「○わ○ま○こ」
 「○わ○ま○こ」・・・「か○し○き○」

 よく、こんなことに気づいた人がいるものだと感心をしていると、「だから、お二人はきっと、仲がいいはずなのよ」と、この方が、にこりと微笑みました。

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寝た子は起きる世間は冷める(5月31日)

 31日午後、東京で、全国知事会議が開かれましたが、三位一体の改革に対する足並みの乱れもあって、今後の戦いの厳しさを実感しました。

 この日は、三位一体の改革に対する国の姿勢や、これを受けての、地方の対応に関する報告が主で、突っ込んだ議論をする予定ではなかったのですが、いきなり、権限と財源を地方に移すかどうかで、最大の焦点になっている、義務教育費の国庫負担をめぐって、思い思いの意見が飛びかいました。

 それは、「『この問題を審議している中教審では、各省庁が自分の役所に都合のいい人を選んでいるし、その人が、(知事会などがまとめた意見とは違う)役所の思惑通りの発言をしている』という、総務省の幹部の発言をどう受けとめるのか」との、半ば喧嘩腰の投げかけに、名指しされたご当人が、「そんな言い方は、何とかの勘ぐりだ。総務省も、同じ様な(自分に都合のいい委員を選んできた)ことをしてきたから、わが身を省みて言っているのではないか」と答えるといった、ジャブの応酬で始まりました。

 ところが、やがて、「義務教育にかかる国庫負担金が、地方から国に対する、廃止削減要求のリストに入ったからと言って、それに従えと言うのはおかしい。政治信条にもとづく意見を、封じる権限は知事会にはないはずだ」といった、個人の信念に立ち戻った話まで出てきたため、去年、この問題で反対にまわった知事からは、「寝た子を起こされたような思いだ」といった声も出るほどでした。

 その後話は、建設国債を原資とする事業のように、地方が移譲を求めても、国が応じないものをどうするか、一方、生活保護費の負担金の様に、地方が望んでもいないのに、国が地方につけ回しをしようとしているものをどうするかなど、次第に、拡散気味になっていきました。

 ところが、これらのやりとりは、この日のテレビニュースや翌日の新聞には、ほとんど採りあげられませんでしたので、こうした世間の無関心ぶりを見ても、地方にとって、これからの闘いは、ますます厳しくなると実感をしました。

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生涯現役(5月30日)

 30日夕方、高知市内の葬祭場で、長年、県立の坂本龍馬記念館の館長を務められた、小椋克己さんに、お別れを告げました。

 若い頃から、アナウンサーとして活躍された小椋さんは、平成3年に、坂本龍馬記念館が開館して以来、館長として、独特の語り口と思いを込めた龍馬の解説で、龍馬ファンならずとも、多くの人を魅了してきました。

 その小椋さんが体調を崩したのは、昨年のことで、その後、一時は奇跡的に体力を回復されて、現場に復帰していましたが、29日朝、現役のまま帰らぬ人となりました。

 ところが、あいにく告別式の日が、東京への出張と重なってしまいましたので、この日、遺体が安置されている葬祭場に、お別れにうかがったのですが、ご家族によると、亡くなるしばらく前に「龍馬記念館の館長としての13年間が、人生の中でも、最も楽しくて充実した時だった」と、言って下さったそうです。

 また、亡くなる前日には、龍馬の銅像が見下ろす桂浜で、司馬遼太郎さんの小説「竜馬がゆく」を、何人もの人が、リレー形式で朗読をする会があって、元気だったなら、小椋さんが、トップバッターを務めることになっていたのですが、その日ベッドに横たわったまま、リレー朗読会が終わる夜の9時に、「リレー朗読が終わったな」とつぶやいた一言が、最後の言葉になりました。

 それでも、ご家族の徹夜の励ましを受けて、翌朝まで頑張った小椋さんは、朝の9時前に東京から駆けつけたご長男が、病室に入るのを待つように息を引き取られたとのことで、心残りのない旅立ちだったのではと思います。

 ただ、龍馬の語り部としても、また記念館の顔としても、かけがいのない人を失った側としては、もし館長を退かれる時には、後任には誰がいいと思うかを、お聞きしておけばよかったという思いが、心残りになりました。

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映画で考える民営化(5月29日)

 29日夜、家でケーブルテレビを見ていましたら、郵便配達が、どんなに人々を勇気づけるかを題材にした映画をやっていましたが、郵政民営化の法案が話題になっている時だけに、色々と考えさせられました。

 ケビン・コスナーが主演するこの映画は、21世紀の中頃、戦争で合衆国政府が崩壊をした後、無法地帯と化した感のあるアメリカが舞台で、力は正義なりを信奉する男が支配する、私的な軍隊組織から脱走した主人公が、逃げる途中に、合衆国郵便配達人という帽子をかぶった、遺体と遭遇したことから物語が展開します。

 もとはシェイクスピア役者だった主人公は、郵便配達になりきって、配達袋に入っていた手紙を届けに行くのですが、最初に立ち寄った町で知りあった、黒人の少年から、自分も合衆国郵便配達人になりたいとせがまれて、とっさに「郵便配達人である、自分の言う通りに宣誓をすれば、それだけで、君も郵便配達人になれる」と答えます。

 それに対して少年が、「吸血鬼みたいだね」と言うのがふるっていましたが、主人公が、廃墟となった郵便局の壁に掛かっていた標語を読み上げると、片手を挙げた少年がそれを復誦して、まさに吸血鬼のように広がっていく、郵便配達の輪が始まるのです。

 その後、主人公は別の町へと旅立つのですが、しばらくたってから、街道で出会った馬に乗った少女が、私は合衆国郵便配達人と答えるのを聞いて、郵便配達のネットワークが、次々と広がっていることを知ります。

 無政府状態の、索漠とした状況の中で、離ればなれになっていた、家族や友人からの手紙を見て、人々は勇気と希望を持ちはじめるのですが、そんなストーリーを見ながら、郵便というメディアの持つ、不思議な力を感じました。

 時は今、郵政民営化の法案が、話題の的になっていますが、お役所仕事への反発が背景にあるとは言え、営業収益などの視点だけが良しとされるような、議論の流れを見ていますと、こうした、郵便本来の魅力をストレートに表現した作品が、とても新鮮に受けとめられました。

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お殿様と姫様の仲人(5月28日)

 28日は、歴史上初めて、高知城の本丸御殿を使って行われた、結婚式の仲人を務めました。

 結婚をしたのは、僕がパーソナリティーを務める、地元のラジオ番組に、ゲストとして出演してくれたことがきっかけで知りあった、お寿司の宅配などを手がける青年ですが、縁あって、山口県の大きな旅館のお嬢さんと結ばれました。

 僕たち夫婦に仲人をとのご依頼で、お二人が知事室にお出でになった際、思い出に残る式を挙げたいという話を聞いて、あれこれ考えた中で出てきたのが、お城での結婚式でした。

 特に、来年はNHKの大河ドラマで、土佐藩の初代藩主、山内一豊と千代の夫婦物語、「功名が辻」が放送されますので、前景気をあおる意味でも、良い企画ではないかなどとけしかけたところ、お城の管理事務所の了解も得て、話はトントン拍子に進みました。

 この日は、ちょんまげ姿の新郎と、十二単に身をつつんだ、お姫様姿の新婦を前に、僕たち夫婦も、羽織袴と黒紋付きという正装で、仲人役に臨みました。

 後で聞いてみますと、江戸時代以来の歴史の中で、藩主の山内家の人でも、さすがに、この本丸御殿で挙式をした例はなかったということですので、まさに史上初めての出来事だったわけですが、それだけに、テレビや新聞も、大きくとりあげてくれました。

 このため、「ちょんまげの人」として、すっかり有名になってしまった新郎は、銀行のカウンターでも、行員の女性たちが、「おめでとうございます」と言いながら、集まってくる存在になりましたが、お千代さんの銅像を参考に、髪型にも凝った新婦は、「彼のちょんまげばかり話題になって」と、ちょっぴりご不満の様子でした。

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本音という味つけ(5月27日)

 27日夕方、県東部の芸西村にあるホテルで開かれた、日本能率協会が主催する、若手サラリーマンの研修会に、講師として出席しました。

 この研修会は、大手企業で将来を期待されている、30代のサラリーマンを対象にしたもので、毎年、高知県でプログラムを組んでくれています。

 この日は、研修に参加した人たちからの質問に、僕が、一問一答の形式で答えるというもので、最初の質問は、「高知のどんな点に魅力を感じて、知事になったのですか」というものでした。

 これに対しての、僕の答えは、「正直を言えば、それまで、ほとんど高知に来たこともなかったので、高知のここに魅力を感じてというわけではありません。県民の中に、僕を知事選挙に出そうと、署名運動をしてくれた人たちがいて、それを受けて、えいやっと決めたんです」というものでした。

 それから、予定の1時間半がたって、これが最後という質問は、「人とのコミュニケーションに、必要なものは何でしょう」でしたので、僕は、「答えはいくつもありますが、その一つは、自分の話の中に、本音を入れることでしょう」と答えました。

 その引き合いに出したのは、最初の質問に対する答えですが、「高知のどこに魅力を感じて、知事選への出馬を決めたのか」と問われた時、「四万十に代表される自然の美しさ」など、歯は浮かないまでも、型どおりの答え方はいくつもあります。

 しかし、そう言わずに、「何かに魅力を感じたわけではない」と、半ば本音をさらけ出すことで、「この人は、結構本音でものを言う人だな」と、相手が一歩近づいてきてくれるのでは思うのです。

 かといって、「なんだ、そんな計算で本音を言うのか」と誤解されても、辛いものがありますが、本音には、その人の人間性もにじみ出ますので、コミュニケーションには大切な味つけだと考えています。

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高知花博の構想(5月26日)

26日午前、県立の牧野植物園で園長と話をする中で、「高知花博」を考えてみたいという園長の思いを聞きました。

 この日は、この植物園などを管理運営する、牧野記念財団の理事会があったため、開催前の時間を利用して、園長とあれこれ話をしていたのですが、その際、以前から園長が言われていた、「高知花博」のことに話題が及びました。

 園長さんの思いは、従来型の、1ヶ所の会場に、派手なフラワーガーデンを作る博覧会ではなく、東は室戸から西は足摺まで、北川村にある「モネの庭」のような施設も、自然のスポットも含めて、花や緑の点を線でつないでいこうというものです。

 言われてみれば、こうしたイメージにあう場所も、いくつか思い浮かびますし、これから手順を踏んで仕掛けていけば、2~3年後には実現も可能だと思いましたので、是非やりましょうと、園長にけしかけてしまいました。

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豊かさの指標(5月25日)

 25日午後、高知県科学技術アカデミーの会議が開かれましたが、その中で語られた豊かさの指標について、思い起こすことがありました。

 この会議は、県内にある科学技術の資源を、地域政策に活かす道筋をさぐろうと、去年の2月にスタートしましたが、この日ショート・スピーチをして下さったのは、委員をお願いしている経済学者の方でした。

 そのお話によると、そもそも、人を幸せにするのが経済学の目的だったのですが、幸せの基準を定められなかったため、その代わりに、1円でも多く冨をふやすことを、幸せの基準に置きかえたのが、経済学が飛躍的に伸びるきっかけだったと言います。

 その際、成長の目安にされたのが、GNPやGDPという呼び名でおなじみの、国民総生産や国内総生産でしたが、この指標の正当性に、疑問を感じた人も少なくないはずです。

 かく言う僕も、疑問を感じた一人で、そのきっかけは、NHKの大阪時代に体験した、西淀川公害訴訟でした。

 と言うのも、この裁判で被告になった企業が、大気を汚すもとになる、窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)を排出しても、GNPはあがりますし、それを少しでも防ぐための施設を整備すれば、それでもまた、GNPはあがります。

 それだけならまだしもですが、こうして汚された大気を吸ったため、喘息などの公害病にかかった人が、病院で手当を受けても、その治療代は、GNPではプラスに勘定されますので、これはおかしいと疑問を持ったわけです。

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地域と鉄道(5月24日)

 24日午後、大阪の近鉄本社で、幹部の方々とお会いしましたが、大手の私鉄にも、第三セクター鉄道と同様の悩みがあることを知りました。

 この日は、県内の第三セクター鉄道、土佐くろしお鉄道に、人を出していただくお願いにうかがったのですが、話はローカル鉄道の今後にも及びました。

 というのも、私鉄では最も長い路線距離を誇る近鉄は、大阪・京都・奈良などを走る、経営上優良な路線の他に、不採算のローカル路線もいくつか抱えています。

 これは、鉄道がどんどん伸びていった時代に、地域から頼まれて引き受けたという経過のようですが、これまでは、近鉄側から地元の市町村に対して、「地元でも、何か支援策を考えてくれませんか」と呼びかけても、見向きもしてくれなかったと言います。

 ところが、最近は、沿線の市町村の人たちが、今後の運営をどのように支えていくかという話し合いの場に、出て来てくれるようになったということで、高知県のように、地域から民間に声をかける形とは全く逆ですが、ローカル鉄道をめぐる状況は、どこも同じかなと感じました。

 そこで、「民間企業として、明らかに不採算の路線を持ち続けることに対して、株主からの批判は出ないのですか」と尋ねてみますと、現実はその反対で、地域の人たちが株主になって、株主総会でも、地域の足を守れという意見ばかりだとのことでした。

 また、社長さんも、こうした赤字やむなしのローカル線に同情的で、「モータリゼーションが進めば進むほど、それを利用できない、お年寄りや子供の足の確保が大切になるので、どういう形でこれを守っていくかを、企業も地域も、知恵を出しあって考えていかないといけない」とのお話の中に、鉄道人としての心意気を感じました。

 あわせて、社長さんからは、「スピードアップと安全対策のいたちごっこで、コストをあげていく競争には限界がある。地域の了解が得られれば、ダイヤを変えてスピードを落とすことで、安全対策のコストが、必要以上にふえないようにしていく手法も、考えられるのではないか」との示唆をもらいましたが、列車の速度が上がって通勤時間が縮まることで、地元の町からの通勤が可能になるという利点もありますので、なかなか悩ましい課題かと思いました。

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リースの使い方(5月23日)

 23日午後、大手のリース会社の担当者から、公共の施設などを、リース方式で整備する手法について説明を聞きました。

 今のところ、高知県では、すぐに大きな施設を手がける状況にはありませんが、土地の取得から設備などに至るまで、リースの方式は、様々な活用法があると聞いたため、参考までにとお断りをして、話を聞きました。

 それによると、例えば、ホールの照明器具や椅子などの設備を、リース会社が所有して、それを、10年とか20年とかいう契約で、自治体に貸し付けるという仕組みで、通常のリースと違う点は、契約期間が切れた後は、自治体に無償で譲り渡すという点です。

 地方債などを活用する場合と比べて、トータルのコストが損か得かは、対象になるものや年数によって、算定の条件が異なるため、一概には言えませんが、少なくとも、初年度に、一度にかなりの財源が必要になることはありませんので、予算額を完全に平準化することが出来ます。

 また、土地についても、同様の形でのリースが可能ですが、建物を建てる場合には、リース会社が発注業務を担いますので、自治体が、そこに直接には関わらないことによる、何らかの影響も考えられそうです。

 この方式に限らず、長期の借地権の設定や、土地信託の活用など、様々な手法が考えられますので、遊休財産があるからといって、安くてもすぐに売ってしまうというのではなく、できる限り、民間の知恵とノウハウを借りる努力も必要だと感じました。

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短時間勤務の可能性(5月22日)

 22日午前、知事公邸で、県庁の関係者と懇談をする中で、職員の勤務時間も、必ずしも、8時間勤務にこだわる時代ではないかもしれない、との話題になりました。

 それは、県庁の業務をアウトソーシングする際の、受け皿づくりについて話していた時のことですが、県庁の職員が持っている力を、うまく活かしていくことも、受け皿を考える上で大切なポイントです。

 とは言え、0Bの力を活用するということでは、天下りや定年延長とどこが違うのか、といった批判を受けることになりますから、そうではない仕組みを考える必要があります。

 その一つは、職員が退職をして、受け皿となる会社や団体を立ち上げるための、誘導策を構えることですが、もう一つの選択肢として、勤務時間を8時間ではなく、例えば4時間と短縮した上で、残りの時間を農作業に使おうが、アウトソーシングの受け皿としての仕事に使おうが自由といった、柔軟性のある勤務形態にする手法があるのではという話になりました。

 といったことから、こうした短時間勤務を選択する職員のための、新たな勤務の形など、柔軟な仕組みを考えてみてはと話ははずみました。

 こういうことを持ちだすと、役所ならではの、色々な意見が出ることも目に見えていますが、出来ない理由を考えることから、何でもいいからどんどんやってみるという組織に変わっていくことも、今求められている行政改革の一つでしょう。

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道すがらに考えたこと(5月21日)

  21日は、朝から、高知県では最も東の町、東洋町を訪問しましたが、その道すがらの車の中で、最近気づいたある問題を考えていました。

 それは、情報公開と個人情報の保護との関わりですが、かつては情報公開に消極的だった県庁内でも、最近は理解が深まって、どんな形にしろ、情報は公開すべきものという考え方が定着してきています。

 ですから、プライバシーなどに関わる問題で、関係者の名前や、場所などを隠さなくてはならない場合でも、それがわからないように、事実関係だけを発表するやり方があるのではないかと考えていました。

 また、そうしないと、起きた事を総括した上で、再発防止の手だてなどを、考えることが出来ないと思うのです。

 ところが、個人情報の保護を目的とした法律ができて、そのことへの対応が、従来にも増して厳しくなった結果、たとえ、名前などをすべて隠して、事実関係と、それがなぜ起きたかの原因だけに、内容を絞ったとしても、当の関係者が、その公開を了解してくれていないならば、個人情報の保護の観点から、公表に踏みきることは難しくなっています。

 ただ、そうなりますと、組織の中で、問題が発生したことを知っている者の間には、「上司が責任逃れのために、公表をせずに隠している」といった、疑心暗鬼が広がりかねませんので、組織の志気といった観点からも、このことは、今後、少し悩ましい問題になりそうです。

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