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2005年8月

2005/08/25

謝る時にふさわしい色は(8月24日)

  24日午後、カラリストと呼ばれる、色の専門家の話を聞く機会がありましたが、思った以上に奥の深い分野で、とても興味を感じました。

 カラリストと言うのは、個人個人にあった色を選んであげるとか、部屋のリフォームや街づくりの際の、色のコーディネイトをするといった仕事ですが、この日お会いしたカラリストの女性は、バーゲンなどで衝動買いをしたものの、結局は、ほとんど着ないままに終わってしまう服が多いことから、自分にあった色を教えてもらおうと、専門家の門を叩いたのがきっかけで、やがて、色彩学の持つ深みにはまってしまったとのことでした。

 もともとは、スイスで始まった学問でしたが、それがアメリカに渡った後は、いかにもアメリカらしく、どんな色の服を着ると営業成績が上がるかといった研究で、一気に花開いたとのことで、テレビがカラーになって初めての大統領選挙だった、ケネディ対ニクソンの戦いからは、ネクタイの色が選挙民に与える印象などが、本格的に研究されるようになりました。

 その結果、力強さを感じさせたい時にあった色や、人前で謝らないといけない時にふさわしい色など、TPOにあわせた色がわかってきたということで、これからは、家を出る前には、当日の仕事にあわせた色選びが必要かと思いました。

 ちなみに、反省の気持を込めたい時の色は、ブルーが一番とのことでした。

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2005/08/24

電話にどっきり(8月23日)

 23日午後、新党の代表になったばかりの、長野県知事の田中康夫さんから、電話をもらいましたので、もしかして新党へのお誘いかと、一瞬どきりとしました。

 田中さんが新党の代表になったこと対して、マスコミからもコメントを求められましたので、「自分の置かれた条件にとらわれることなく、やりたいとか、やるべきだと感じたことに突き進んでいける純粋さは、小泉総理にも似た点があって凄い。自分には、とても出来ることではない」と、敬意を表しておきました。

 この日の電話は、この新聞へのコメントに対して、「いいコメントを有り難うございました」と、お礼を言っていただいたのが本題で、新党の話は全く出ませんでした。

 実は、田中さんとは、20日の夜、長野県内で開かれた会でお会いすることになっていたのですが、急に来られなくなったとのことで、出席はキャンセルになりました。 

 考えてみれば、新党の立ち上げに向けて、お忙しかったのでしょうが、その馬力には正直驚かされます。

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和を以て尊しとせず(8月15日〜22日)

 15日午後から22日までは、夏休みをとりましたので、この間は、ブログも休業しようと思っていましたが、知人と話をしたり、テレビを見たりしているうちに、「和を以て尊しと為す」という日本風の考え方が、変化しつつあるのではと感じるところがありましたので、そのことに触れておくことにしました。

 休暇中に出かけた長野県で、フランス人の男性と結婚して今はパリに住んでいる、知り合いの女性と会った時のことですが、彼女が、フランス人と日本人の考え方の違いを話してくれました。

 例えば、幼稚園で、1人の子が持っているおもちゃを、別の子が取ろうとして騒ぎになった時、日本の先生は、「譲りあって、仲良く遊びなさい」と言いがちですが、フランスの場合先生は、先におもちゃを持っていた子の権利を優先して、後から手を出そうとした子に、あなたには権利がないと言い渡すと言います。

 また、フランスに限らず、外国で交通事故を起こした時には、絶対に先に謝ってはいけないというのが常識ですが、フランスの教習所では必ず、先に責任を認めてはいけないと教わるそうです。

 そんなお国柄ですから、仕事の上でも、仲間の間違いを指摘しようものなら、その前の日に、子供が熱を出して大変だったといった、ミスの遠因になった出来事をとうとうと語り始めるので、ひと言ごめんと言ってくれればそれでいいのにと思いながら、長い言い訳が終わるのをじっと待つしかないのだそうです。

 さらに、こうした経験をもとに、フランス人の友人に、「フランス人って面白いね」と投げかけると、長い言い訳は、「ちゃんと、理由を説明してるんだからいいじゃない」、すぐには謝らないのも、「自分のせいじゃないと言ってるだけで、人のせいにしてるわけじゃないんだからいいじゃない」という答えが返ってきて、つくづく、日本人との違いを感じるのだ言います。

 裏返してみれば、聖徳太子の時代から続く、「和を以て尊しと為す」という、日本風の慣れあい型社会の考え方は、西欧では理解されないということですが、今回の解散の後、各地の選挙区に放たれた刺客や、これを受けて立つ、新党の苦戦ぶりを見ていますと、こうした日本風の考え方に変化の兆しが現れて、「和を以て尊しとせず」が、評価される時代になりつつあるのではと感じます。

 その中で、わが身に照らして、面白い現象だなと思ったのは、新党の代表者の口から出る、「思いやり」とか「優しさ」といった言葉でした。

 と言うのも、僕の過去3回の選挙で、相手の候補者が強調したのが、これと同じ、「ぬくもり」や「優しさ」のある県政をという主張だったからですが、和を崩そうとする「改革派」に反対をする際には、これが共通の言葉なのだと改めて実感しました。

 それだけに、「和を以て尊しとせず」の代表格であるはずの、ライブドアの堀江さんが、「田舎」への理解を示そうとする姿には、少し違和感を感じました。

 と言っても、片言隻句からの印象ですから、その点は割り引いてもらわないといけませんが、亀井さんとのテレビ舌戦の中で、堀江さんは、「亀井さんの実家の前も通りましたよ」と、郡部にも足を運んでいることを強調した上で、「僕も、コンビニまで30分もかかるような、すごい田舎の出身ですから」と話していました。

 これを聞いていて、高知県では、コンビニまで30分で行ける地域を、すごい田舎とは言わないなと思うと同時に、なぜ堀江さんほどの人が、「田舎への和」を尊しとするのだろう、もっとドライに、機能性と効率性だけを盾に戦ってくれれば、「田舎」の住民の意識の変化が捉えられて、今後の地域政策にとっても大きな参考になるのにと、自分勝手なことを考えていました。 
 
 それはともかく、小泉さんこそ、「和を以て尊しとせず」の最高の実践者ですので、この手法に対する国民の判断は、僕を含めた政治家の今後の活動に、大きな指針になることは間違いありません。

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2005/08/16

夏休みに向けて(8月14日)

 14日の日中は、室戸市で開かれた海洋深層水フェスタに、15日は、東京の武道館での、戦没者追悼式に出席しますが、その後、1週間ほど夏休みをとります。

 このため、ブログの更新も、次は22日以降になりますのでよろしくお願いします。

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メディア戦略(8月13日)

 13日午後、衆議院の解散に関して、何人かの方と話をする中で、メディア戦略の大切さと恐さを考えました。

 道路公団にしろ、郵政事業にしろ、破壊型の改革を掲げたうえ、あえて敵を作って、対立を明示していくといった小泉首相の手法は、民主主義にとっては、かなりの危険を含みながらも、大衆にわかりやすいことは間違いありませんし、ここまで古い枠組みが染みついたわが国にあっては、こうでもしないと、何も変わらないことも事実だと思います。

 特に、亀井さんや綿貫さんが、今の時代にあっていると思う国民は少数ですから、この方たちを敵にまわしていれば、郵政民営化の法案とは何の関係もなく、国民の思いが、小泉さん支持に流れていくことは目に見えています。

 しかも、小泉さんの側は、衆議院で法案に反対票を投じた候補者の選挙区に、話題になりそうな人を小出しに送り込んでいけば、連日マスコミが、「また、新たな刺客が放たれた」と騒いでくれるのですから、これほど戦いやすい状況はありません。

 ですから、この日話をした民主党の関係者には、自民党が「刺客」を放つなら、民主党は、「用心棒」で迎え撃つくらいの話題づくりがないと、このままずるずると時間が過ぎると、忠告をしておきました。

 あわせて、参議院の否決で、衆議院を解散するのは総理の勝手だとしても、2年後の参議院の改選まで、法案を否決をした、参議院の構成は変わらないのですから、その現実をどうとらえているのかがわかりません。

 考えられることは、今回の衆議院の選挙を国民投票と見なして、参議院で反対をした人も、世論に従って政治信条を変える、そのために、衆議院で反対した人は公認しないが、参議院で反対した人は、除名しないで残しておくといったことです。

 ただ、そうだとすれば、それはかなりおかしな話ですので、民主党として、法案に反対した自民党の参議院議員のもとを訪ねて、「もし、今回の総選挙で自民党が勝利したら、考え方を変えるのですか」と、一人一人に問いただしていく、その様子を、マスコミに取材してもらうといった、少々えげつない手法もあるのではないかと考えました。

 一方、この日、政界を引退する兄にかわって、兄の次男が出馬することになりました。

 先日、テレビを見ていましたら、兄嫁が選挙に出るのではといったニュースが流れていましたが、かねてから、もう十分仕事をしたのだから、早く政界を離れて、もっと気軽に人生を楽しもうと、兄に語りかけていた兄嫁が、兄のかわりにといった決断をするはずはないと思っていました。

 案の定、この日電話で尋ねてみますと、兄の引退が決まった後の出馬要請には、初めから、ごめんなさいと言い続けてきたということでしたので、思いの機微が伝わらなかった点があるにしろ、これもまた、メディアの恐さの一つかなと感じました。

 自分自身がマスコミの出身であるだけに、マスコミを「使う」という気にはなれませんが、歴代の政権の中では初めて、マスコミ、特にテレビメディアを上手に「使う」ことに、徹底して腐心してきた政権と戦うのであれば、もっと真剣にメディア戦略を立てる必要がありそうです。

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平治煎餅から学ぶ(8月12日)

 12日午前、よさこい祭りの全国大会に出場するため、三重県の津市から高知入りした、女子大生グループの表敬を受けましたが、お土産にもらったお煎餅を種に、色々と勉強ができました。

 高知の夏祭り、よさこい祭りの締めくくりとして、全国大会が開かれるようになって、今年で7回目ですが、全国から参加してくれた35チームの一つで、三重県津市の女子大生の踊り子隊、「極津」(ごっつ)のメンバー6人が、知事室を訪問してくれました。

 「極津」の名の由来は、「津を極める」という意味だそうですが、この日の全国大会に出場するため、日帰りのバス旅行で高知にやってきたというあたりに、地元の津市だけでなく、よさこいを極めそうな意欲を感じます。

 そのメンバーから、「津の名物です」との解説つきでもらったのが、「平治煎餅」でしたので、何か由来があるんですかと尋ねてみました。

 その問いに対しては、「昔々、津市にある阿漕ヶ浦の海辺で、平治という名の親孝行な漁師が、母親のために魚をとったところ、禁漁区域だったために役人に捕まったという話をもとに、平治がかぶっていた、笠をかたどって作ったお煎餅です」という答えが返ってきましたが、それに加えて、親孝行な人を捕まえるなんて、なんと「あこぎ」な役人だということから、阿漕ヶ浦になったんじゃないかしらとの、おまけの説明もついていました。

 ところが、「いや、逆に、阿漕ヶ浦でそんな出来事があったので、あこぎという言葉が生まれたんじゃないの」という反論が出ましたので、「極津」のみんなが帰った後、自分で調べて見ました。

 すると、古今和歌集の、「逢ふことを、阿漕の島に引く網の、たびかさならば人も知りなむ」という歌から、阿漕という言葉が、たびかさなることを指すようになり、それが転じて、際限なくむさぼるとか、ひどく扱うことなどを、阿漕というようになったことがわかりました。

 また、阿漕ヶ浦は、伊勢神宮にお供えする魚の漁場だったために、禁漁になっていたということで、漁師の平治さんも、果たして親孝行のために魚をとったのか、それとも単なる密漁者だったのか、定かではありませんでした。
 
 ただ、細かいことはともかく、「極津」のお嬢さん方のおかげで、「阿漕」という言葉の由来に関して、多くことを学べました。

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世界で一番古いお酒(8月11日)

 11日午後、県の工業技術センターの協力で、蜂蜜を使った世界で最も古いお酒、「ミード」の開発に成功した、県内の酒造メーカーが、その試作品を届けてくれました。

 「ミード」は、蜂蜜をそのまま発酵させた、蜂蜜の香りがそのまま残るお酒で、神話の時代から存在したと言われていますが、その昔、結婚して1ヶ月の間、妻が夫に飲ませたことから、ハネムーンという名がついたと言います。

 また、あのクレオパトラは、「ミード」を飲みながら、牛乳風呂ならぬ蜂蜜入りのお風呂にも入っていたということで、試作された国内では唯一の「ミード」のボトルにも、シークレット・オブ・クレオパトラとの、横文字が綴られていました。

 また、「ミード」を開発する過程で、古代のエジプトでは、麦芽を用いたパンからもお酒を造っていて、これがビールの起源になったことがわかったため、この会社では、あわせてパンのお酒もつくりました。

 これは、食パンを発酵させて蒸留した焼酎ですが、カプロン酸という香りのもとが、普通の焼酎の10倍も含まれているため、大変香りの高い飲み物に仕上がっています。

 この日は、この二つの試作品を、知事室で試飲したのですが、なにぶんにも、お酒がほとんど飲めない体質なため、それだけで、顔が真っ赤になってしまいました。

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ブログの取材(8月10日)

 10日午後、このブログについて、全国紙の取材を受けました。

 考えてみれば、性格的に3日坊主の気が強い僕は、何事もあまり長続きはしませんので、このブログが1年以上続いているのも、我ながら不思議と言えば不思議です。

 ただ、それだけ、ブログを書くことそのものが楽しくもあり、ストレスの解消にもつながっていると、言えると思います。

 取材の中でも尋ねられた、ブログの持つ双方向性の特徴が、時間的な制約から、十分に使いこなせていないのは残念ですが、そのうち、こうした機能を含めたブログの活かし方を、考えていきたいと思います。

 また、取材では言いもらしたのですが、政治家のブログやホームページの、ランク付けをしてくれる人がいれば、さらにやりがいが出てきそうだなどと、山っ気も感じ始めています。

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お千代さんの高知入り(8月9日)

 9日午後、来年のNHKの大河ドラマ「功名が辻」で、一豊の妻の千代を演じる、女優の仲間由紀恵さんとお会いしました。

 仲間さんは、高知県に来たのは初めてとのことでしたが、沖縄の出身だけに、高知の暑さも全く問題ないようで、明るくしっかり者といったイメージは、お千代さんにぴったりの感じでした。

 ただ、お千代さんと言えば、夫の一豊のためにへそくりをして、名馬を買い求めたという内助の功のエピソードが有名ですが、脚本を読んでの仲間さんの感想は、「原作以上に、お転婆で活発な千代さんに描かれている」というもので、乗馬の練習もしているとのことでした。

 また、本格的な時代劇は初めての経験で、歩き方や話し方の特訓を受けているそうですが、歩幅を小さく歩くのにも、段々と慣れてきたとのことでした。

 この「功名が辻」の放送は、高知県にとっても大きなチャンスですが、原作では、最後の最後にならないと土佐の国が登場しませんので、「是非、いつも高知のことを頭の片隅において演技をして下さい」とお願いすると、「わかりました」と、心強い笑顔を返してくれました。

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2005/08/13

看護師の配置基準(8月8日)

 8日午前、高知県出身で、日本看護協会の会長に就任された方が、知事室を訪ねて下さいましたので、看護師をめぐる問題の幾つかをうかがいました。

 このほど、日本看護協会の会長だけでなく、国際看護師協会の会長も、高知県出身の方が就任されることになったため、7日の夜に、おふたりのお祝いの会を開いたのですが、その会のお礼ということで、日本看護協会の会長が顔を見せて下さいました。

 せっかくの機会ですので、自然と仕事の話になったのですが、看護師の配置基準を聞きますと、例えば、アメリカのカリフォルニア州では、夜勤の体制を、現在の6人に1人から、4人に1人にしようという提案を、シュワルツネガー知事が拒否をしたといって話題になっているのに、日本では50人の患者に、2人の看護師しか付いていないと指摘をされます。

 このため、看護師になったものの、2~3ヶ月で夜勤に就くようになったとたん、不安を感じて辞めてしまう人がふえているということで、全国の大学と看護学校を卒業して、新しく看護師になった人のうち、およそ10パーセントが、早い段階で辞めてしまう現象が続いていると言います。

 このように、看護師の配置基準を高めることは、当然、患者の安全と安心など、看護の質の向上といった視点から、考えなくてはなりませんが、入院日数を短くすることにもつながりますので、コスト面からも、一方的な増加要因とは考えられません。

 とは言え、社会保障費の増加が、財政を圧迫しつつある厳しい環境の中では、耳も痛く、頭も痛いテーマだと思ってお話を聞きました。

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2005/08/12

漫画甲子園のこれから(8月7日)

 7日午後、今年で14回目を迎えた、「まんが甲子園」の閉会式に出席しましたが、審査員のお一人と、来年以降の審査の在り方について話をしました。

 この「まんが甲子園」は、全国の高校の漫画クラブが腕を競う全国大会で、野球の甲子園にならって、この呼び名がつけられています。

 毎年、全国から応募した高校による、予選を勝ち抜いた学校を高知に招いて、8月の6日と7日の両日、本大会の決戦が行われますが、本戦では、出題されたテーマをもとに、5人1組のチームが限られた時間内に、アイディアと漫画を描く力を競います。

 ただ、大会も年数を重ねるにつれて、出場校の中には、過去のデータを参考に、事前に出題の傾向を予測したり、どんなテーマでも使えるようなネタを、あらかじめ用意したりする学校も出てきたため、時事問題を即座に採りあげるといった機動性や今日性が、少し弱くなっている傾向がある他、どこに落ちがあるのかわかりにくい作品もあります。

 このことは、審査員の先生方も感じられていることらしく、お話をした審査員の一人は、来年が15回目になるのを機会に、漫画のプロによる一方的な審査方式を改めて、学校ごとに、どういう狙いかというプレゼンテーションをした上で、参加した各校の5人のメンバーが1票づつ持って、別々の学校に投票するやり方にしてはどうかと提案されていました。

 結果的に、どういう形になるにしろ、将来的には、審査そのものに、高校生が直接参加する方向に変わっていくことになりそうです。

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60年目の陽炎(8月6日)

 6日午前、原爆の投下から60周年を迎える、広島の祈念式典に出席しました。

 知事になって、14回目の夏ですが、これまで、8月15日の戦没者追悼式には、毎年出席していたのに対して、広島の式典には、一度も出席したことがありませんでした。

 このため、被爆60周年になる今年、一度はその雰囲気を肌で感じておきたいと思って、前日の夜広島に着くと、朝は7時過ぎにホテルを出て、徒歩で平和公園に向かいました。

 朝から、真夏を思わせる太陽が照りつける中、参列者の席には、テントもありませんので、座っているだけで、じりじりと暑さがしみ込んできます。

 8時から式典が始まると、間もなく献花が行われましたが、地元の広島県を除けば、知事として参加したのは、僕だけでしたので、自治体代表として、献花をする栄誉に恵まれました。

 「二度と過ちを繰り返しません」と刻まれた、あの石碑越しに、テレビでは何度も見たことのある、平和を願う灯が、陽炎となって揺らめいています。

 この後、主催者である広島市の秋葉市長や、小泉総理大臣をはじめとする、三権の長らの挨拶が続きましたが、秋葉市長を除けば、自分の言葉で語りかけたのは、河野衆議院議長1人でした。

 その中で、訴えかけとして伝わってきたのは、「ここには、二度と過ちを繰り返しませんと書かれていますが、この過ちには、二つの意味があると思います」というくだりでした。

 その一つは、民主独立を目指すアジアの民衆と連帯することなく、植民地主義という、欧米列強と同じ道を歩んだ過ち、そしてもう一つは、核兵器という非人道的な兵器を、人類に対して使った過ちというのが、河野さんの話の趣旨で、なるほどと思いながら聞いていました。

 すると、遠くから、大声でマイクで叫ぶ声が聞こえてきますので、耳を澄ましてみますと、「小泉は帰れえっ」といったシュプレヒコールが、かすかに伝わってきます。

 拡声器からの声を聞きながら、被爆者や遺族も含めて、多くの人が厳粛な思いで、60年目の8月6日を迎えている時に、このような街宣活動をするのは、あまりにも、場をわきまえないやり方ではないかと、不快な思いがつのってきました。

 この後、高知県から式典に参加されていた、被爆者や遺族の代表と、短い時間懇談をしましたが、原爆投下後の黒い雨とは別に、焼けただれた遺体を洗った黒い雨水を、喉の乾きに耐えかねた人々が、すすって飲んでいたという目撃談など、実際の体験に裏づけられた話には、60年の歳月を感じさせない迫力がありました。

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2005/08/11

ほどよく暮らす(8月5日)

 5日、東京でお会いした方の話や、出席した会合で紹介された話題から、「ほどよさ」の大切さを考えてみました。

 午前中、表参道のオフィスでお目にかかった方は、アメリカ大陸を、北から南へと縦断旅行をしたばかりでしたので、その際に出会った、彼の旧知のインディアンの話題などで盛りあがりました。

 このインディアンの居留地では、その名もワイルドライスという、野生の米を作っていますが、その収穫の仕方が、なかなか面白いのです。

 どう面白いのかと言えば、片手で缶を持って、棒で稲穂を叩いていくのですが、缶に入った分だけを収穫して、地面に落ちた分は拾わずに、そのまま、来年の芽生えを待つというのです。

 また、太鼓の叩き方も無理がなくて、ハートビートの名のごとく、心臓の鼓動にあわせた、ゆっくりとしたリズムで叩くのだそうです。

 こんな自然体の良さを語り合った後、午後からは、有志の知事たちで開いている、地域自立戦略会議に出席しましたが、そこでは、これからの地方が目指す一つの方向として、「ほどよいまち」という考え方が紹介されました。

 これは、国土交通省の委員会で提言された、「ほどよいまちが創るいくつもの日本」というキャッチフレーズから、取り出された言葉ですが、全国一律のパターンで成長を目指すのではなく、それぞれの個性を生かした街づくりをしようという、分権型社会に沿った考え方になっています。

 とは言っても、そのための道筋や処方箋が、示されているわけではありませんから、地方が自ら、ソフトを考えていかなくてはなりませんが、インディアンの真似はできなくても、あまり無理をせず、ほどよい暮らしを求めることが、これからの時代にあった、一つの方向かと思いました。

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小中学校の統廃合(8月4日) 

 4日午前、教育委員会との協議の中で、少子化がさらに進むことを見こした、小中学校の統合問題について議論しました。

 児童・生徒の数が極めて少ない学校を、「過小規模校」と言いますが、教育効果から考えると、ひとクラス20人以上で、1学年2学級以上という基準が望ましいとされています。

 ここから先は、仮にという条件つきの話ですが、仮にこの基準をもとに、小中学校の統合をシミュレートしてみますと、小学校107校と中学校23校の、あわせて130校が対象になります。

 また、これによって、教員の数を967人、人件費にして82億円を縮小できますし、教育環境も、間違いなく良くなると言われます。

 ただ、義務教育にかかる教員の、人件費の税源が、地方に移譲されていない現状では、地方の努力で、人件費をいくら節減しても、その恩恵をこうむるのは、国だけということになりますし、何と言っても、小中学校は地域の核ですので、統廃合には抵抗感があることも事実です。

 とは言え、地域の保護者の中からは、統合を求める意見も出ていますし、少子化が一層進む中では、将来の統廃合は避けられない状況ですので、ただ単に、数あわせの統合にならようにするためにも、小中学校を統合することによって、高知の義務教育をこう変えるといった視点が、必要だという結論になりました。

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2005/08/10

公共交通の明日(8月3日)

 3日午後、先月末から始めた、政策協議の一環として、三セク鉄道やフェリー航路の存続に、どう対応すべきかを議論しましたが、その中で、公共交通の維持に関しては、県民全体で支えるべきとの意見が、かなり多くあることが報告されました。

 本州と四国を結ぶ橋や、高速道路の整備に伴って、高知と県外を結ぶ公共交通では、航空機や鉄道の利用者が落ち込む反面、高速バスの一人勝ちの様相を呈しています。

 このため、今後、平成20年代の後半に、県の西部に伸びる高速の道路が完成し、さらに30年代には、東部に向かう高速の道路も完成をしますと、鉄道の利用者に、大きな影響がでることは間違いありません。

 しかし、その一方で、免許を持っている人の率は、55パーセントほどと大きな変化はありませんので、残りの、自ら運転できない県民のためにも、公共交通を支える意義は薄れていません。

 こうしたことから、高知工科大学に依頼して、県の東部、中部、西部の、鉄道の通っている自治体と、そうでない自治体を一つずつ、あわせて、6つの自治体を選んで、360人を対象に、鉄道とフェリーの維持に関しての、アンケートをしてもらいました。

 回答があったのは、50パーセント足らずの177人でしたので、統計的な信頼性には異論があるかもしれませんが、鉄道やフェリーを維持すべきだとする人は、85パーセントなのに対して、廃止すべきだという人は、11パーセントしかありませんでした。

 また、県民全体で支えるべきという答えが、65パーセントあるのに対して、沿線の自治体で支えるべきは21パーセントで、公共交通を支えるための新税の創設についても、賛成85パーセントに対して、反対は10パーセントにとどまっています。

 さらに、その際の税額としては、1年間に260円から500円が51パーセントと、半数以上にのぼりました。

 こうしたことから、今後は、さらに詳しい意識調査や、県民の意見を聞く会を開いていくことにしていますが、この日の議論の中では、鉄道とフェリーでは性格が違うのではないかとか、パーク・アンド・ライドで、高知市内に、自家用車を入れないような街づくりが必要ではないかなど、様々な意見が出ました。
 

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2005/08/09

発達障害児の発生率(8月2日)

 2日午後、知事室に、ドイツの小児科医の訪問を受けましたが、自閉症など、発達障害と呼ばれる児童の治療にあたって、わが国とドイツとの間には、大きな違いがあることを知りました。

 この方は、日本人の奥様が高知県の出身のため、このほど県内で講演をされたのを機会に、知事室を訪ねて下さったのですが、国内の医師に自閉症と診断された、2人の子供の事例をあげて、一人は難聴のため、またもう一人は、IQが75で知能に遅れがあったため、人間関係が作れなかっただけで、ドイツの基準では、自閉症ではないと言われます。

 こうした診断の違いから、自閉症をはじめ、LDやADHDと呼ばれる発達障害児の発生率は、ドイツでは、1万人に5人なのに対して、日本では、1万人に60人と、けた違いに多くなっているとのことで、この先生は、補助金が出ることから、発生率が高めになっている、アメリカの統計数字に、引きずられているためではないかと推測をしていました。

 それでは、ドイツで自閉症と診断されるケースはと聞くと、「非常に重い症状で、治療の出来ない場合」との答えで、裏返して言えば、日本では、十分な診断によって別の原因を突きとめれば、治療が可能な場合も、自閉症と診断してしまうため、きちんとした治療が受けられなくなっている事例が、あるのではないかと指摘していました。

 この点でドイツでは、健康保険が適用されるセンターが、全国に120ヶ所ほどあって、医者をはじめ、理学療法士や言語療法士などの専門家が、グループで対応することで、その子にあった、適切な診断と治療をしているとのことでした。

 もちろん、国内の専門家にも、言い分のある話だと思いますので、どちらが優れているといった即断はできませんが、今後、調べてみる価値のある問いかけだと思いました。

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本格化するグリーン・ツーリズム(8月1日)

 1日午前、グリーン・ツーリズムに関わる、4つの課の担当者と、今後の課題や目標について協議しました。

 体験型観光の魅力を活かしたグリーン・ツーリズムが、全国的に関心を集める中で、県内でも、去年3軒だった農家民宿が今年は14軒と、確実にふえていますし、これからも、さらに増加の傾向にあります。

 このため、今後は、四万十川のある幡多地域と、カツオを活かした街づくりをしている中土佐町、さらには、四万十川に勝るとも劣らない仁淀川の流域と、ラフティングなどの川遊びが盛んな本山町の、4つの地区をフィールドに、サービスの研修や、品質を守るための組織作りなどを含めて、関係の市町村の支援に、取り組むことにしています。

 ただ、規制の対象にはなっていなくても、品質を守るために、ガイドラインが必要な項目の整理や、既存の旅館やホテルとの共存など、幾つかの課題もあります。

 このため、こうした課題の整理とともに、この10月までに、平成19年度までのプログラムを作ることにしましたが、今後、県内の各地に、グリーン・ツーリズムが根づいていくことを期待しています。

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電車に揺られて(7月31日)

 31日夜、妻と焼き肉を食べにいった帰りに、路面電車に乗ると、ほろ酔いかげんの方から声をかけられて、ちょっと気恥ずかしい思いをしました。

 行きがけはタクシーで行きましたが、焼き肉で満腹になったため、腹ごなしにしばらく歩いた上で、久し振りに路面電車に乗りました。

 しばらくすると、4~5人の中高年軍団が、電車に乗り込んできましたが、その中の一人のおじさんが、「あっ、知事さんだ」と声をかけてきました。

 あるメーカーを退職した後、シルバー人材として、庭の植木の剪定をしているという、そのおじさんは、こんがりと焼けたご自分の腕を、僕の腕と並べると、「知事さんは色が白いねえ」と、何度も見比べては喜んでくれます。

 しまいには、「俺たちと一緒に、電車に乗ってくれるとは嬉しい。今シルバーで、200軒ほどの家をまわってるから、あっちこっちで宣伝しよう」と、大きな声で言うものですから、かえって、人気とりの下心があって、電車に乗っているような気になって、少し恥ずかしい思いをしました。

 

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水瓶の水(7月30日)

 30日午前、四国の水瓶と呼ばれる早明浦ダムで、森と湖に親しむ集いが開かれましたが、日照り続きのために減っている、ダムの水位が心配でした。

 この集いは、国土交通省が主催して、毎年、全国のダムのある地域で開かれていますが、台風が相ついだ去年とはうって変わって、降雨量の少ない今年は、県内の早明浦ダムの貯水量も、満水の時に比べて、30パーセント以下にまで下がっています。

 この早明浦ダムは、高知県の土佐町にダムサイトがありますが、四国の水瓶の名の通り、多くの水が、香川県や徳島県の、飲み水や農業用水などに使われている一方、高知県や愛媛県にも分水されています。

 ところが、こちらの分には、既得権としての水利権がないため、ダムの水がさらに減った時、徳島県に既得権を主張されると、なかなかややこしいことになります。

 と言うのも、高知市に飲み水を供給している、鏡川水系の鏡ダムには、早明浦ダムからの分水も流れ込んでいるため、この水がカットされると、やがて鏡ダムが干あがってしまうという関係にあるからです。

 そんなわけで、いざという時の、徳島県のご厚情を期待しながら、ダムの水位が気になりました。

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2005/08/04

ニュースのヒント(7月29日)

 29日夜、大阪の税理士さんから、ごく普通の奥様が始めた、ビジネスの成功事例を聞きました。

 このビジネスは、過疎地域の、児童生徒数の少ない学校の、卒業アルバムを作るという仕事ですが、そのヒントは、このビジネスを始めた女性が、ある日、家で見ていたテレビのニュースの中にありました。

 それは、小規模な学校では、余分なコストがかかって、卒業アルバムを作るのも大変だという内容でしたが、その女性は、それを見ていて、その注文をまとめて受ければ、学校のためにもなるし、ビジネスにもなるのではと思いついたのです。

 そこで、全国の過疎地域の学校に、メールで問い合わせを出したところ、かなりの反応がありました。

 そこで、形式やデザインなどを統一することで、少人数でもコスト高にならない工夫をして、それぞれの学校のアルバムを作ったところ、この噂が広がって、全国から注文が来るようになりました。

 その結果、ついに、年間の収入が1億円を超えたため、この税理士さんのもとに相談に来たということでしたが、テレビのニュースも、その気で見れば、打ち出の小槌になるという教訓でした。

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非日常的な訓練(7月28日)

 28日午後、海上自衛隊の幹部の訪問を受けましたが、いざという時のための訓練の大切さを、強調されていました。

 高知県では、南海地震への備えが大きな課題ですから、話題は自ずと、危機管理のことに及びましたが、自衛隊では特に、日常当たり前に使っているものが、使えなくなることを想定しておかなくてはいけませんから、海上自衛隊では、船内を真っ暗にした上で、所定の部署に、手探りで着く訓練をしているとのことでした。

 また、衛星を使った情報通信の装置がなくても、船の位置を知ることが出来るように、星座と正確な時計とを組み合わせて、船の位置を確かめる訓練もありますが、「最近は、空を見上げても、星座のわかる人が減ってきたし、月を見て、これから月が太っていくかやせていくかを、答えられる人も少ない」と、ぼやいていました。

 そう言えばと言っても、これとは、性格の違うことですが、県内でも、ファックスに記憶させた番号を信じて、スタートボタンを押したものの、その回線が止まっていたため通じなかったといった事例もあって、いつもの通りを信じてしまうことは、危機管理の上では、最も危険なことのようです。

 あわせて、陸海空の自衛隊でも、文化や言葉の違うことが多いため、危機管理に際しては、通信のコールサインが違うといった問題もあるようで、縦割りの抱える弱点をどう克服していくかは、自衛隊ほどの組織でも、重要なテーマであることを知りました。

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天然記念物とともに泳ぐ(7月27日)

 27日夕方、県内で、野生生物の保護活動に携わっている方とお会いしましたが、子供の頃、特別天然記念物と一緒に川で泳いだという話しを聞いて、うらやましいような気がしました。

 この方は、高知県の県鳥で、県の天然記念物にもなっている、ヤイロチョウの保護をはじめ、長く野生生物の保護に関わって来られましたが、最近では、ミサゴのための、人工の巣づくりに成功して話題になりました。

 ミサゴは魚を餌にする猛禽類の鳥ですが、河川の汚れによる食物連鎖で、魚の体内に溜まった汚染物質の影響で数が減ったうえ、次には、彼らが巣を作る松の木が、松枯れ病でなくなっていったため、巣づくりの場所を奪われてきました。

 このため、焼いた杉の丸太のてっぺんに、傘の骨が逆に開いたような形の土台を取りつけた、人工の巣を作ったのですが、これが見事に成功して、期待通り、この2年、巣づくりをしたミサゴが、2羽3羽とひなをかえしています。

 これは、ヨーロッパで成功した、コウノトリの人工営巣から、その手法を学んだものですが、杉の丸太といっても15メートルもあるものですから、山の中に運ぶのにも、何十人もの人の、手伝いが必要だったとのことでした。

 そこで、どうして、そんなに動物好きになったのかと聞きますと、子供の頃に、今は特別天然記念物で、幻の動物となっている、ニホンカワウソと一緒に泳いだ経験もあるくらいで、数多くの動物に取り囲まれて育ったからだ、という答えが返ってきました。

 また、ミサゴに続いて、今関心を持っているのが、ツルの飛来だそうですが、ツルの飛来地は、明治維新と同じだと言われるのです。

 何のことかと思ったら、鹿児島県の出水市や、高知県の四万十川の河口のほか、山口県にも飛来地があるため、肥後が抜けているだけで、薩摩、長州、土佐がそろって、明治維新と同じだということでした。

 このうち、一番有名なのは鹿児島の出水ですが、毎年、1万羽を超えるツルが集まるため、もし病気が出た時には、一度にツルが、全滅してしまう危険もあるということで、飛来地を分散させる話しも出ているそうです。

 もし、四万十川の河口に、もっと多くのツルが飛んできたら、風物詩として、素晴らしい光景になりますので、観光にも大いに役立ちそうだと、野生生物の保護を語り合いながら、思わず商売っ気を出してしまいました。
 

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2005/08/01

囲いがないと寒いかな(7月26日)

 26日午前、県政情報課の職員と話しをする中で、県民室にもっと多くの人に来てもらうために、どうすればいいかを考えてみました。

 県政情報課は、情報公開をはじめ、県民との接点を預かる課ですが、この日は、「県政への県民参加促進条例」の、制定に向けての今後の取り組みの他、電話での問い合わせに応じる、コールセンターの設置などについて意見交換をしました。

 その際の話題の一つは、県に関する情報の提供や、県民の皆さんからの相談への対応などをしている、県民室の見直しでしたが、県庁の玄関近くにあって、ガラス張りの入りやすい雰囲気になっている割に、利用率が今ひとつ上がりません。

 その理由は、「県庁は敷居が高い」ということに尽きますので、敷居を下げるか、それとも、なくすかするしかないのですが、もし、相談業務などだけではなく、別の仕事の機能を持たすとすれば、パスポートの申請窓口などを一緒にするのも、一つの手ですので、県営住宅の申し込みなど、直接県民と接する場面のある仕事が、どれだけあるかを調べています。

 もう一つは、文字通り、敷居どころか、ガラスの囲いそのものを取り払ってしまおうという案で、県庁の玄関周辺のスペースとつなげて、コンサートを楽しんだり、お茶を飲んだり出来るようにしてはといった、夢のふくらむ提案も出ています。

 この案を聞いて、即座に、それはいいと思ったのですが、県民室の囲いをなくすと、今度は、夏の暑さはともかく、冬の寒さとどう戦うかといった、別の問題が出てくるということで、敷居を下げるのも、簡単ではないと教わりました。

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ここでも団塊の世代が(7月25日)

 25日から、各部局との政策協議を始めましたが、団塊の世代をどう活用していくかが、幅広い分野に共通した課題になるという予感を、あらためて強く持ちました。

 「財政環境の劇的な変化」というと、聞こえはいいですが、県のふところ具合が、かつてないほど厳しくなっている中で、従来型の考え方で行政サービスを続けることは、極めて難しくなっています。

 このため、2年前にたてた、各部局ごとの経営方針をもとに、この難しい時代を、生き抜く知恵を出していこうというのが、政策協議の一つの課題ですが、この日、危機管理と港湾空港の担当分野で、今年の政策協議がスタートしました。

 その中で、港湾の分野では、海岸や港の管理を、外部にまかせていこうという計画が進んでいますが、その受け皿として、まず最初に期待されているのが、定年を迎えた後、年金が受けられるまでの期間の人たちです。

 と言うのも、この世代の人たちに活躍してもらえれば、技術と経験のある人材を、人件費的にはお安く、さらには、天下りの問題にも対応できるといった、数々の利点が考えられるからですが、海岸事業で出来ることは、道路や砂防などの分野でも可能なはずですので、それらの事業を一括して実施している、1ないし2の土木事務所をモデルに、外部委託の準備を進めることにしています。

 以前、この欄でもふれたことがありますが、再来年の2007年からは、戦後のベビーブーム世代にあたる団塊の世代が、大量退職の時代を迎えますので、こうしたアウトソーシングの受け皿だけでなく、幅広い分野で、この世代への働きかけが、重要な課題になることは間違いないと感じました。

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これぞ贅沢(7月24日)

 24日夜、高知市の北部の山の中にある、知人の家を訪ねましたが、高知でも、こんなに贅沢な夜景が楽しめるのかと、見とれてしまいました。

 このお宅は、高知市と合併をする前には、土佐山村と呼ばれた地域の山中にありますが、狭い山道を縫っ
て家につくと、庭からは、広々とした市内の全景が見渡せます。

 次第に日が暮れて、市内に灯りがともり始めると、パノラマが美しい夜景に変わりますが、庭に出した椅子に腰かけて、食べたり飲んだりしていますと、これほどの贅沢はないという気がしてきます。

 世間では、香港、ナポリ、函館を、世界3大夜景と言いますが、要するに、街全体を見渡せる小高い場所があるかどうかですから、その限りでは、ここも負けてはいないと思いました。

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