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2005年10月

2005/10/20

笑うことの難しさ(10月8日)

 8日午後、四万十市で開かれたイベントで、「笑い講」なる出し物に参加してみましたが、おかしくもないのに笑うのは、かなり難しい技でした。

 幡多昔むかし祭りと題した、この日のイベントは、薄れかけている地域の絆を取り戻そうと、3年前から開かれているもので、中学校の体育館で開かれたこの日の会には、お年寄りや障害者など、大勢の人が参加していました。

 今年のテーマは笑いでしたので、山口県の防府市に伝わる「笑い講」というお祭りを、試しにやってみようということになったのですが、これは、榊の枝を手に持った2人が向きあって、「わっはっはっは」と、体を上下に揺すりながら、声高らかに笑いあうというお祭りで、笑いっぷりのいい方が勝ちとなります。

 恐れていたとおり、僕も、出演者として舞台にあげられたのですが、いざやってみて、おかしくもないのに大声で笑うのは、至難の業だと悟りました。

 そんな僕を向こうに、対戦相手のおばちゃんは、笑っているうちに、本当におかしくなってくるらしく、おなかの底からひーひー言って笑っています。

 これは、相手が手強すぎると思っていると、案の定行事の軍配は、おばちゃんの側にあがりました。
 
 最近は、長く人気稼業を務めたせいか、カメラを向けられると、思わず口もとをほころばしてしまう癖がつきましたが、この程度の技では到底及ばないと、おばちゃんに脱帽でした。

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クールからウォームビズへ(10月7日)

 7日午前、県議会の閉会の挨拶で、ウォームビズという言葉を使ってみました。

 議会の最終日には、最後に知事が閉会の挨拶をする慣わしですが、事前に下読みをした原稿には、「クールビズの季節も終わって」とありました。

 そう言えばもう10月だから、クールビズも衣替えの季節だなと思いながら、その原稿を読んでいたのですが、議場に入ってみると、居ならぶ県の幹部の中には、クールビズ姿が結構いるのです。

 そこで、この場で、クールビズの季節が終わったと言うと、今もってクールビズの幹部たちが、気にするといけないと思いをめぐらして、原稿を、「クールビズからウォームビズへと季節もかわって」と、少しソフトに変えてみました。

 クールビズは、冷房の温度を高めに抑えるという、環境の面での効果だけでなく、体の動きも実に楽で、仕事の能率も上がると実感しましたので、秋から冬にかけては、セーター姿のウォームビズにすれば、暖房費の抑制だけでなく、能率のアップにもつながるのではと感じています。

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もっと想像力を(10月6日)

 6日午後、アスベストの見つかった県立施設を、使用中止にするにあたって、なぜ、県民サービスに、もっと配慮できないのかと、肩を落とすような出来事がありました。

 これは、県立の武道館の使用をめぐってのことですが、観覧席の天井などに使用されている、アスベストの状態を調査した結果、6日から利用を停止することになりました。

 ところが、僕のもとに来た抗議のメールを読むと、「5日の夕方、突然、明日6日から使用を停止するとの連絡がきたが、あまりに唐突で不親切きわまる。また、この間の、代替の施設の斡旋などは考えていないのか」と書かれています。

 そこで、早速、担当課に話しを聞いたのですが、説明を聞いているうちに、頭に血がのぼってきました。

 報告によると、9月2日に、見つかったアスベストの、目視による調査が行われた後、専門の企業に、含有率の調査を依頼したのですが、その正式な結果が、9月30日の金曜日に出たのを受けて、3日の月曜日から内部の検討を進め、5日中に、翌日から使用停止にすることを、武道館を利用している団体に知らせたというのです。

 また、通知をしたすぐ翌日から、利用を差し止めることには、内部でも議論があったものの、利用者の安全を重視したという説明もついていました。

 ちょっと待てよと、報告を聞くやいなや言ったのですが、そもそも、9月の初めに専門の業者に依頼をしたのなら、その結果、使用停止になる可能性も、十分に考えられるわけですから、なぜその時点で、利用している団体に、「もしかしたら、10月以降、利用出来なくなるかもしれません」と、ひと言事前の連絡をしておかなかったのかというのが第一点です。

 もっと噴飯ものなのは、「利用者の安全を第一に、すぐ翌日から利用停止の措置をとった」との説明で、9月30日の金曜日に、調査結果を受け取りながら、土曜日と日曜日は、当たり前のように休みをとって、月曜日から検討を始めたなどという意識の職員に、利用者の安全の重視を、口にする資格があると思うのかとも言ってやりました。

 アスベストが見つかった時点で、次に何が起きるかを考えて、そのための段取りをしていくという想像力が、あまりにも欠けていると、久し振りに怒りまくってしまいました。

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夜間の消防の力(10月5日)

 5日午後、県内の市町村の新任係長の研修に、講師として参加しましたが、その席で、高知市消防局の職員から、夜間に大地震が起きた時の、問題点を指摘されました。

 その職員の話では、高知市消防局には、333人の職員がいますが、当直にあたっているのは、このうちの76人ですので、一度に3件の火事に出動すると、手一杯になると言います。

 これに対して、阪神淡路の大地震の際には、神戸市内で、同時に59件の火災が発生していますので、むこう30年のうちに、50パーセントの確率で発生すると言われる南海地震が、夜間に起きて、それによって、3件以上の火災が同時に起きたとしたら、消防の力では手に負えないことになります。

 そうした、消防の力の限界を知ってもらった上で、では自らどうすればいいかを、一人一人の市民に考えてほしいし、そのためにも、地震や火災を体験できるような、研修の施設が必要だというのが、この職員の主張でしたが、自分も初めて聞いた話でしたので、こんな情報は、多くの市民に知っておいてほしいと思いました。

 もちろん、そのための研修のソフトをどう組み立てるかは、私たちの仕事ですので、また大きな課題をもらいました。

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自立に必要なものは(10月4日)

 4日午後、日本政策投資銀行で、地域開発を担当している方とお話をする中で、地域の中に、住民が自慢できるものを持つことが、自立の鍵だと聞かされました。

 実は、先月末の議会で、「地域の自立とは何か」との質問を受けたのですが、自分も役所暮らしが長くなったせいか、自治体の財源の面に視点を置いた、ありきたりの答えしかできませんでした。

 ですから、地域の自立には、住民が自慢できる種が必要だと聞いて、なるほど、そういう答え方もあったなと思ったのですが、この方は、銀行員としての仕事のかたわら、日本サッカー協会の国際委員もされていますので、地元のサッカーチームなどを誇りに、町と町とが競い合う、ヨーロッパの地域づくりがヒントになっていました。

 例えば、ドイツに駐在していた時、自動車のプレートに書かれた地名が数多くあることに気づいて調べてみると、ドイツ国内に435種類、人口が2万人未満でも57の自治体が、独自のナンバープレートを持っていることがわかりました。

 これに対して、日本では、陸運事務所単位に、87種類のナンバープレートしかありませんし、「高知」ナンバーのように、1県に1つしかない所が27ヶ所もあります。

 このため、もっとナンバープレートをふやそうという運動を起こして、それが、会津、金沢、倉敷など、新ナンバーの承認につながったのですが、こうして、自分の地域の名前が入った、プレートをつけた車が走ることから、自立に向けた誇りが生まれるというわけです。

 同じ考え方から、地域の人が、個人用の便箋に、レターヘッドとしても利用するような、町や村の紋章を作ろうという運動も進めています。

 サッカーのJリーグも、まさに、地域の自慢づくりの1つで、その結果、以前なら、出身地を聞かれた時に、「浜松の近くです」と答えていた人が、今では胸を張って、「ジュピロの磐田です」と言えるようになったという話を紹介されていました。

 こう考えてみると、今後、市町村合併を考える時にも、合併とともに、それぞれの自治体が、2つずつサッカーチームを作るとか、独自の紋章を作るといったことを、合併の計画の中に盛りこむよう、提案すべきかなと感じましたが、なかなか理解はしてくれないだろうなとも思いました。

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その次を考える(10月3日)

 3日夜、かねてから知り合いの、シンクタンクの主催者と食事をしながら、次を考えることの大切さを語り合いました。

 話題にあがったのは、千葉県の職員の例で、この職員は、産業廃棄物を不法投棄している企業を回って、こんなことしていると損だよと説いて、ほとんどの不法投棄をなくしたことで知られています。

 ただ、県庁の職員は、何年かたてば職場を異動しますから、この人も、すでに職場を変わっているのですが、産廃対策の仕事を、後任に譲った後の気持ちを尋ねられると、「自分は、ゼロから始めて、100点かどうかはともかく、やれるところまでやった。これに対して後任者は、今の状況が100点と考えるので、それ以上のことはしなくなる」との答えが返ってきたといいます。

 しかし、千葉県から、産業廃棄物が姿を消したということは、その分、ゴミが他の県に行っているということですから、やがては、再び千葉県に戻ってくるかもしれません。

 ですから、他の県とも連携をして、産廃の玉突きが生じないないように手を打つなど、やるべきことは一杯あるはずですが、役人は、今が100点だと考えがちなため、次の展開を考えようとしない欠点があります。

 と言いながら、少し話は飛躍しますが、今は、それがあるのが当たり前の地方交付税も、やがて、限りなくゼロに近づくかもしれませんし、それによって、交付税を通じての国の関与から、地方が脱する日が来るかもしれません。

 その時行政は、何をすべきかを考えてみる、その先に、交付税に替わる、新しい調整の仕組みが出てくるのではと、2人の話は広がっていきました。

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2005/10/13

昔の人ならどうしたか(10月2日)

 2日午前、宿毛市での集まりに出席する前に、松田川の可動堰を視察しましたが、改めて、昔の人はどうしていたのだろうかと感じることがありました。

 江戸時代の土佐藩の家老で、土木事業にたけていた野中兼山は、県内の各地で、川の治水や港湾などの事
業を手がけましたが、宿毛市の松田川にあった堰もその一つでした。

 それを、100年に1度の洪水にも耐えられるようにと、新しい可動堰に作り変えたのですが、思うような水の流れにならないとの陳情を受けて、現地を視察することになりました。

 どこがどのように計画と違うのかと言うと、計画では、川の中央部で、かなりの水が堰に留められることになっていたのに、実際にはほとんどの水が、堰を超えて下流に流れていっているため、河口に向かって右側の地区に流れ込む、農業用水などの水路に、十分な水量が確保出来ていないというのです。

 現場を見てみると、確かにその通りで、右岸の河原近くに作ろうとしている、河川プールの予定地も、水が溜まって濁ってしまっているというのです。

 このため、鋼鉄製の堰の上に、とりあえず間伐材などを利用した板を上積みして、中央部の水が右岸の水路の側にも流れるように、工夫をしてほしいというのが地元の皆さんの願いでした。

 このことは、担当者に投げかけることを約束しましたが、さて、兼山の時代には、こうした問題は起きなかったのだろうか、それとも、100年や200年に1度の洪水に備えるという基準で、治水をすることの難しさだろうかなどと思いを巡らしてみました。

 とは言え、たとえ、同じような問題や不満が起きていたとしても、お上に文句を言えるわけがありませんから、その点では、間違いなくいい時代になっていると思いました。

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鰹のカツレツ(10月1日)

 1日夜、知人宅で、あるホテルの料理長直々の手料理をいただきましたが、その中に、鰹のカツレツという珍味がありました。

 この料理長は、西洋料理のコックさんですが、10年前に高知に来た時、高知名物の鰹のタタキに対抗できる、鰹の料理を作りたいと思って、鰹のカツレツに挑戦をしました。

 ところが、油の温度が低いと、衣が揚がるうちに中に火が通って、肉がぱさぱさになってしまいますし、温度が高いとなおさらといったことで、試行錯誤が続きました。

 こうして、努力の結果編みだしたコツは、鰹の切り身のかたまりにカツの衣をつけて、中がルイベの状態になるまで一旦冷凍をした後、230度と温度の高い油で、きっかり12分揚げることだそうで、大変微妙な頃合いが必要です。

 これを薄く切っていただくのですが、あらかじめ血合いの部分を取ってあるので、生臭みに弱い人でも大丈夫ですし、かりっと揚がった衣の中に、生の鰹の旨味がつまっていて、食感も味も素晴らしいできばえでした。

 ただ、230度の高温が必要なため、家で作る時には、油の扱いにかなりの注意がいるとのことで、食べたい時には、高知県の芸西村にある、この料理長さんのホテルに出かけた方が無難かもしれません。

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2005/10/03

議会質問のためお休み(9月27日〜30日)

 27日から29日までの3日間は、県議会の本会議での質問が、また30日には、予算委員会での質問がありましたので、この間はお休みにします。

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誰もが人を裁く立場に(9月26日)

 26日午前、平成21年から始まる、裁判員制度について、県内の法曹3者の代表から説明を受けましたが、知事をしているかぎりは、選ばれる心配のないことを知りました。

 裁判員制度というのは、アメリカの陪審員制度と同じように、一般の国民が、裁判の審理に参加する制度ですが、アメリカの陪審員は、裁判官からは独立した立場で、有罪か無罪かだけを判断するのに対して、日本の裁判員は、3人の裁判官と一緒に、有罪か無罪かだけでなく、懲役何年といった量刑も決めることになります。

 しかも、対象になる事件は、殺人や現住建造物放火など重い犯罪だけですので、選ばれた人の責任も重いのですが、それだけ、一般の人の考え方や受けとめ方が、裁判の中に反映される意味が大きくなります。

 裁判員は6人で、事件ごとに、全く無作為に選ばれますので、男女の比率も年代のばらつきも、ふたを開けてみないとわかりませんが、高知県の場合、該当する事件は、年間に17件から18件ということですので、毎年100人ほどの人が、裁判員に選ばれることになります。

 もちろん、選ばれた人は、仕事を休んでの参加となりますので、裁判の進め方も、これまでとは違って、事前に裁判官と検察官と弁護士が打ち合わせをして、どこが争点かをはっきりさせた上で、審理を始めることになります。

 ただ、お話を聞いているうちに、知事という立場にあるかぎりは、裁判員には選ばれないことがわかりましたので、ほっとしたような、それでいて、ちょっと寂しいような、複雑な気持ちでした。 

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久し振りの休日(9月25日)

 25日は、久し振りの休日で、丸一日、家の中でごろごろとしていました。

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