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2006年1月

2006/01/31

医療構造改革の余波(1月30日)

 30日午後、健康福祉部から、国が進める医療構造改革が、本県にもたらす影響について報告を受けましたが、その中では、介護療養型の病床の転換が最大の課題になりそうです。

 国では、医療費の伸びを、経済成長と均衡の取れたものにすることと、都道府県の自己責任を重視することを、医療構造の改革を進めるにあたっての、目指すべき方向に据えています。

 その中で焦点になるのが、療養型の病床のあり方ですが、このうち医療型の病床では、医療が行われているかどうかを、厳しくチェックしていくことになりますし、一方の介護型の病床は、平成23年までに、廃止の方向が示されています。

 この点で本県は、本来なら退院の時期を迎えていても、家族の受け入れの力が弱いことなどから、病院生活を続けざるを得ない、いわゆる社会的な入院が多いため、人口10万人当たりの病床の数は、全国一の比率で、介護型の療養病床は、3200床余りを抱えています。

 このため、それが廃止となれば、現在そこで暮らしているお年寄りが、移り住む先を構えてあげなくてはいけませんし、一般的に、入院者100人当たりに、100人の雇用があると言われますので、そのままでは、雇用が激減するといった問題もあります。

 そこで、県の担当者が厚生労働省の幹部に、どれくらいの意気込みで、この課題に取り組むかを尋ねたところ、自民党や医師会の中に反対があっても、断固たる決意で実施に取り組むとの答が返ってきました。

 これに対して県内では、医師会の中にも、何とか押し戻せるのではないかといった淡い期待感があって、差し迫った切実な課題とは、とらえ切れていないきらいがあります。

 そこで、県では、来年度から、この問題に対応するプロジェクトチームを立ち上げて、全県的な視野はもちろん、市町村ごとにどう対応していくかを、具体的に検討していくことにしていますが、今後ともこの問題は、高知県にとって重い課題になりそうです。

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こどもが危ない(1月29日)

 29日は、出張先の名古屋からの帰り道、大阪にいる長男の家に立ち寄りましたが、こどもを取り巻く治安の悪化は、相当深刻だと感じました。

 長男夫婦は、勤め先の異動で、大阪府内の衛星都市に住んでいますが、小学4年生と1年生の2人の孫には、久しく会っていなかったため、出張帰りに、長男の家を訪ねました。

 嫁の話を聞いていると、こども達の周辺を取り巻く問題への、不満と不安がそれぞれあって、一つは、学校の先生がほとんど女性ばかりで、あまりにバランスを欠くのではという不満です。このことは全国共通かなと思いました。

 もう一つの不安材料の方は、不審者情報で、教育委員会から公安委員会を通じて、Eメールでの情報が寄せられるのですが、一日一通くらいのペースでメールが来ると言います。

 しかも、単に変な人を見かけたといった程度ではなく、子供の手を引っ張ったなど、具体的な行為に及んだ情報がほとんどだということで、かなり治安が悪くなっているのではと、嫁は不安顔でした。

 大都会の衛星都市という条件はあるにしろ、これからはどの地域でも、これまで以上に、真剣に考えなくてはいけないことだと実感しました。

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錦鯉の選び方(1月28日)

 28日午後、名古屋市で開かれた、中部地区の県人会に出席しましたが、出席者の話から、この地区に、全国の錦鯉が集まるお店があることを知りました。

 錦鯉と言えば、おととしの中越地震で、大きな被害を受けた旧山古志村が、その産地として有名ですが、愛知県内に、全国から錦鯉が集まる、大手の業者があることは知りませんでした。

 県人会で、このお話を聞いた方は、錦鯉が趣味なため、近くに来たついでに立ち寄ってきたとのことでしたが、錦鯉の選び方には、難しいポイントがあると言います。

 というのも、色がはっきりしていて素人うけするオスよりも、色は淡くても、大きくなるにつれてふくよかな美しさの出るメスの方が、価値は高いのですが、稚魚のうちは、その区別が難しいのだそうです。

 このため、この日もその業者のところで、ヒレや尾を、ためつすがめつ調べたのですが、結局見極めがつかないまま、えいやっと、心を決めて購入したとのことでした。

 何の道でも、深く極めていくのには、それなりの苦労があるようです。  

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少しずつ近づく排出権(1月27日)

 27日午前、企業との協働の森づくりについて、担当者から報告を受けましたが、徐々にではあっても、将来の排出権取り引きに向けての、色々なアイディアが出てきていると感じました。

 協働の森は、環境問題に関心の高い企業に、地球の温暖化を防ぐ効果がある、森林の整備を手助けしてもらおうという事業で、幾つかの企業との間で、具体的な協議が進んでいます。

 また、県内のセメント会社が取り組む、バイオマス発電の材料に、間伐材などを使ってもらうことで、バイオマスの仕組みと森林整備とを結びつけていく工夫も、あれこれと検討中です。

 この他、相手の企業との関係で、今の時点では、まだ具体的には言えませんが、なかなか面白いと思えるアイディアも出ていて、少しずつですが、将来の排出権取り引きにもつながる流れを感じました。

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党人と個人の違い(1月26日)

 26日、ライブドアの堀江社長(当時)の選挙応援に関して、テレビに映し出される、自民党の武部幹事長と、竹中総務大臣の言い訳の違いが、いささか気になりました。

 今回明るみに出た疑惑と選挙応援とは、別の問題だという総理の言葉は、それに納得するかしないかは別にして、それ以上どうと言うことにはなりません。

 これに対して、ともに堀江社長(当時)の応援に出かけた、自民党の武部幹事長と、竹中総務大臣の弁明は、互いに矛盾をはらんだものでした。

 というのも、堀江社長の手を高々と掲げて、弟です息子ですと叫んでいた武部さんは、「党として公認をしたわけではなく、個人として応援をした。党と私個人は、分けて考えないといけない」と言います。

 これに対して、改革は、小泉総理と私と堀江候補とで、スクラムを組んで進めていきますと訴えていた竹中大臣は、「党側の要請をうけて行った」ので、自分個人の判断ではないといった弁明です。

 つまり、党の責任者であるお一人は、個人として行ったのだから、党に問題はないと言い、政府の一員である、もう一方のお一人は、党に言われて行ったのだから、自分には問題がないと言っているわけで、二つのインタビューを並べて聞くと、何とも不可思議な言い訳に聞こえます。

 去年の総選挙の時点で、人気者の彼を利用したことを、今になってあれこれ言うことには、色々な見方があるでしょうが、現時点での言い訳の中に含まれた矛盾には、かなりの引っかかりを感じました。

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政治を近づける(1月25日)

 25日午後、政治家への、学生インターンの紹介などを通じて、若者の政治への関心を高めようと取り組んでいる、NPO法人の代表から、来月始めに立ち上げる予定の、国会議員を対象にしたサイトの話を聞きました。

 このNPO法人は、大阪に拠点を置く、ドット・ジェイ・ピーという団体ですが、投票所に足を運ぼうと呼びかける目的で、主に大学生を対象に、政治家のもとでのインターンシップを取り次いできました。

 その結果、年間千人の学生が、インターンに参加してくれるようになりましたが、そのうち70パーセントが投票に行ってくれたとしても、若者の投票率を押し上げるまでにはいきません。

 そこで、次のステップとして考えたのが、国会議員の経歴や、法案への賛否の姿勢などを一覧にした、サイトの立ち上げでした。

 若い議員に有利になるのではないかといった、ベテラン勢の不安や、記者クラブから文句が出るのではといった心配りなど、多くの壁がありましたが、ようやく、全ての政党の了解を取りつけて、衆参両院の全ての国会議員の、経歴と法案への賛否などを掲げたサイトが、2月6日から始まる予定になりました。 

 党議拘束とは別の、本音を書き込む欄のほか、将来は、それぞれの政治家の考え方に対して、国民の側が意見を書き込める、ユーザー・レビューも設けたいと言います。

 近い将来、20代から30代の若者は、新聞ではなく、インターネットで政治を考える時代になるでしょうし、そもそも、自分が取り組んでいる、知事の側でのインターンシップも、このグループの勧めで始めた経緯がありますので、新たなサイトにも、関心を持って接触していきたいと思います。

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歴史は面白い(1月24日)

 24日午後、土佐藩の藩主だった山内家の資料を預かる、資料館の館長の話を聞いて、県の所有になった資料の価値の重みを再認識しました。

 山内家の資料には、国宝に指定されている、古今和歌集の写本「高野切れ」や、甲冑、刀剣、工芸品などのほか、豊臣の時代から戦後までの、膨大な数の書状が含まれています。

 これらの資料は、山内家のご好意もあって、全てが県に譲り渡されていますが、これらの資料を預かる土佐山内家宝物資料館の館長の渡辺淳さんは、高知大学で、江戸中期の研究をしていました。

 渡辺さんの卒論は、五代将軍の綱吉が作った日本地図でしたが、徳川幕府は、自分の領土を確かめるために、何度かこうした全国地図を作ったのだそうです。

 ただ、その頃はまだ、伊能忠敬のような測量技術はありませんでしたから、国ごとに取り寄せた地図を張り合わせて、全国の地図を作るのですが、土佐のように一国一藩ならまだしも、一つの国内に幾つかの藩や天領があれば、その力関係で、現実とは違った歪んだ形の地図になってしまいます。

 また、島や県境の土地などをめぐって、領土争いが片づかない時には、もめ事を幕府に気づかれないように、双方の藩主がこっそり江戸で落ち合って、直談判で決着を図ったそうです。

 こうした研究の経験を買われて、大学院生の時に、山内家資料の整理を手伝ったのが、やがて資料館を預かることになるきっかけでしたが、せっかく県の持ち物になった資料の価値を、ご当地の県民が気づいていないのが残念だと言います。

 と言っても、国宝や重文といった華やかな宝物のことではなく、歴代の藩主の書状を中心にした膨大な文書のことで、これを読み解いていけば、歴史の常識も変えられると、館長は意欲満々です。

 例えば、将軍と大名の関係は、一般的には、絶大な力を持つ将軍と、その前に平身低頭する大名といった形でとらえられがちですが、江戸時代になってしばらくは、幕府の側は、いつ謀反が起こるかという不安から、大名の側は、豊臣が再興してもやっていけるように、二股を掛けようといった思いから、それぞれに間合いを読んでいた様子が、書状からもわかるそうです。

 また、三代将軍の家光に関して、将軍は黄金色を好まないので、贈り物をするなら別の色の物がいいと、老中の誰それが教えてくれたいった、江戸詰めの重臣からの手紙などもあって、社長の好物を教え合う、今と変わらぬ処世術の一端もうかがえます。

 さらに、維新から自由民権の時代も、読み解いていけば、新しい発見が数多くあるはずですが、このように、豊臣時代から戦後までの一貫した資料は、全国的にも高知にしかないものですので、その価値を、しっかりと受けとめたいものです。

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三位一体の総括(1月23日)

 23日午前、三位一体の改革による、地方や高知県への影響について、中間的な報告を受けました。

 いずれも、平成15年度から18年度の、当初予算を基礎にした数字ですが、まず、地方交付税は、全国的に、2兆6502億円が削減されています。

 また、国庫補助負担金は、4兆4000億円分が削減されましたが、このうち3兆円の税源が、地方に移されましたので、国の立場で見れば、差し引きの1兆4248億円が削減されました。

 つまり、この二つを足し合わせた、4兆750億円が、三位一体の改革によって、国が財政的に潤った額になります。
 
 あわせて、この4年間に、国の税収は4兆920億円伸びていますので、税の増収分と、三位一体の改革で浮いた分との合計は、8兆1670億円になりますが、この間の、国の収支の改善額は8兆4355億円ですので、国は、組織のスリム化など、行政改革によるコスト削減の努力なしに、収支を改善させていることがわかります。
 
 さりとて、三位一体の改革の狙いは、地方の財源が減っても、その分地方の自由度を高めることで、分権を実のあるものにしようということですから、地方の裁量が高まっているのなら、財政的な削減も、意味あるものとして受けとめなくてはなりません。

 ところが、補助金改革の内容を見ますと、交付金化された7944億円も含めた、5兆2286億円のうち、地方の裁量が働くと考えられるのは、社会保障関係費の一部など、あわせて5008億円だけで、全体の10パーセントにも満たない状況です。

 また、高知県への影響では、地方交付税と臨時財政対策債が、あわせて320億6754万円、地方税や地方譲与税などのプラス分を差し引いても、319億7880億円の減収になっていますし、国庫補助負担金の削減額と、税源移譲された額との差額も、52億9939万円にのぼっています。

 これを足し合わせた、372億7820万円が、これまでの三位一体の改革で受けた、高知県の影響額ということになりますが、これらのことを踏まえて、総括を迫られることになります。

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自伝のまとめ(1月22日)

 22日は、休みを使って、去年から書いている「自伝」のまとめをしました。

 自伝と言うと、知事としての仕事の仕上げかと、うがった見方をしたがる人もいますが、勧められて書いてみると、思った以上に、仕事への新しい意欲が湧いてくるから不思議です。

 誤字の訂正や表現の修正など、最後の詰めもそろそろ終わりますし、タイトルも、僕が日頃から、自分の生き方を示す言葉として使っている、「融通無碍」に決まりました。

 あわせて、3月22日には、出版記念のパーティーを開いていただくことになりましたので、多くの方に関心を持ってもらえると嬉しいです。

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短い仕事はくたびれる(1月21日)

 21日昼、大阪のなんばで、西川きよしさんと一緒に、高知の野菜のPRをしました。

 今回のキャンペーンは、吉本興業の協力で実現したもので、「なんばグランド花月」の前に設けられた仮設の舞台で、美味しい野菜をお届けしますといった、宣言をするのが僕の役割です。

 しかも、時間は、ご挨拶なども含めて、40分足らずのものですので、見た目には、割と楽な仕事に映るかもしれません。

 ところが、お相手を買って出てくれたのは、高知出身の西川きよし師匠でしたので、短い時間とはいえ、おしゃべりのプロを相手にしての掛け合いには、相当神経を使いました。

 このため、量販店をまわって野菜のキャンペーンをしてくれる、若手のコンビを送り出すにあたっての、激励の言葉を噛んでしまいました。

 やはり、短い時間で勝負する仕事は難しいと、あらためて身に染みました。
 

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赤牛アレルギー(1月20日)

 20日午後、知事公邸で、県立の農業大学校の学生と懇談しましたが、その中に、牛アレルギーという、珍しい青年がいました。

 農業大学校は、高校を卒業した後、農業関係の仕事をめざす青年たちが通う、二年制の学校で、野菜、果樹、花卉、畜産の各コースに分かれています。

 ここ数年、毎年、学生たちとの懇談の場を作っていますが、今年も15人の若者が、知事公邸を訪ねてくれました。

 その中で、ちょっと驚いたのは、畜産科の学生でありながら、牛の毛にアレルギーがあるという青年がいたことで、よく聞くと、高知特産の赤牛にだけ反応してしまうと言います。

 このため、赤牛の畜舎に入る時には、マスクが欠かせないそうですが、それでよく、畜産科の学生がつとまったものだと感心しました。

 さらに、就職先が食肉会社だと言いますから、アレルギーは大丈夫かと尋ねますと、鶏肉の会社なので心配ないとのことでしたが、世の中、実に様々なアレルギーがあるものです。

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転んでもただでは起きない(1月19日)

 19日午後、間もなく合併によって、日本一小さな町という肩書きを失う、赤岡町の方と話をしていて、やがて消える肩書きも、逆手に取ろうというたくましさに感心しました。

 この方は、赤岡町のシンボルになっている、江戸末期の画家「絵金」をモチーフした、「絵金蔵」の運営に携わっていますが、その赤岡町は、絵金の絵を商店街に飾る絵金祭りや、日本酒を大杯で飲みほすコンテストで知られる、どろめ祭りなど、地域おこしに熱心な町です。

 このため、面積が日本一小さいという特徴も、町の宣伝に活かしてきましたが、間もなく、近隣の町村と合併して、香南市として新しいスタートを切るため、その宣伝文句が使えるのも残りわずかです。

 そこで、せっかくのキャッチフレーズが、もう使えなくなりますねと投げかけますと、「そうなんです、残念ですけど。だから、これからは、日本一小さい町の期間が、日本一短かった町と言おうかと思って」という答が返ってきました。

 さすがに、あの手この手で、町の元気を考えてきた地域だけあって、転んでもただでは起きないしたたかさを感じましたが、これなら、合併をしても、町のアイデンティティーが弱まることはなさそうです。

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評価の声なし(1月18日)

 18日午後、県内の市町村長との、意見交換の会が開かれましたが、三位一体の改革に関しては、否定的な意見が相次ぎました。

 まず、市長さん方の意見ですが、その一人は、「国は、次は、資産と負債のバランスシートで来るだろうが、ここに歯止めをかけないといけない」と、戦闘モードを呼びかけます。

 同様に、市長さんの中には、「このままでは、都市の論理でいってしまう。同じ土俵でやっていれば、二の舞を食うだけだ」と、注意を喚起する声があれば、「三位一体の改革は、失敗だったと言うべきだ」と、極めて明快な意見もあります。

 一方、町長さんの一人は、「流れを止めるのは難しい。だから、高知の進む方向性を示した上で、ここが足りないと主張すべきだ」と、提言されます。

 また、別の町長さんからは、「いっそのこと、ここがいらないから切れという方向を、国が示してくれればいい」とか、「交付税がこれだけ減らされたら、やりようがない」といった、あきらめにも似た声もありました。

 といったわけで、三位一体の改革に関しては、市町村長の誰一人、評価している人がいないことが、あらためてよくわかりました。

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見出しの付け方(1月17日)

 17日の朝刊一面は、ライブドア事件の報道で埋め尽くされていましたが、全国紙と地元紙との、見出しの付け方の違いが際立っていました。

 違いを見分けるキーワードは、「捜索」や「強制捜査」と、「容疑」や「疑い」という2種類の言葉ですが、ライブドア事件は、前日の夕方から表に出始めたばかりですから、第一報にあたる、17日朝刊のトップ記事では、全ての全国紙が、ライブドアが家宅捜索を受けたという事実のみを、白抜きの大見出しにとっています。

 また、家宅捜索の理由になった、証券取引法の「虚偽の公表」や「風説の流布」に関して、全国紙はいずれも、「疑い」または「容疑」という言葉を、見出しの中に入れていますが、これは、犯罪の事実が証明されていない、捜索の一報の段階では、ほぼ鉄則といっていい書き方です。

 これに対して、違いが際立っていたのは、地元の高知新聞で、横書きのトップの見出しに、「ライブが株不正取引」と、断定的な表現が使われている上、「容疑」または「疑い」といった言葉は、見出しには全く使われていません。

 ただ、僕の手元に届く版の場合、全国紙と地元紙とでは、締め切りの時刻に4時間の差がありますから、その間に起きた変化かもしれないと考えて、最終版の締め切り時刻が高知新聞とかわらない、四国の他の3県の地元紙も調べてみましたが、全国紙と同様、「捜索」と「容疑」の二つのキーワードが、見出しの中に使われていました。

 何故、こうした違いが出たかは、よくわかりませんが、長くマスコミで仕事をした自分にとっては、興味深い出来事でした。

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2006/01/18

集中力が復活(1月15日)

 15日は、公邸への来客を除けば、公務にあたる仕事がありませんでしたので、いただいた年賀状の、返信に明け暮れました。

 後で数えてみますと、何日か前に書いた分と合わせて、200枚を遙かにこえる葉書を、宛名書きを含めて、一気に書き上げていました。

 そもそも、年賀状の返事を書こうという気になったこと自体、何年ぶりかのことでしたので、我ながら、集中力が戻ってきたのを実感しました。

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温暖化も悪くない?(1月14日)

 14日午前、高知新港に寄港した、地球深部探査船「ちきゅう」を見学をしましたが、専門家の方から、海底の岩盤に眠る、地球の秘密を聞くうちに、期待と不安が半ばしてしまいました。

 この船は、海底に降ろした掘削機で、地球の地殻の中を、奥深く掘り進むことの出来るすぐれもので、港に接岸した姿は、さながら、巨大な動く工事現場といった偉容です。

 スクリューに替わって、直径4メートルもあるプロペラが、6つも取りつけられていますし、深海から地殻の中にまで、掘削のためのパイプを降ろしていくためのやぐらは、海面から120メートルの高さと、全てがけた外れです。
 
 また、掘削機を上げ下げする部分には、縦と横の長さが、21メートルと15メートルの空間が、あけられていますが、常に海面と同じ高さまで、海水が入っていますので、下北の沖ではサンマの大群が、また長崎県の沖合いでは、タイの群が入って泳ぎ回っていたそうです。

 それを、釣って食べたかどうかまでは聞き漏らしましたが、肝心の研究では、すでに青森県の下北の周辺で、海底の地盤から、泥岩と言われる粘土の固まったものを引きあげています。

 船の中には、こうして、海底の地殻から採取した物質を分析するために、病院にあるのと変わらないCTスキャンや、各種の顕微鏡もあって、外見は工事現場でも、中味は研究所といった様相です。

 その泥岩をよく見ると、中には火山灰も混じっていて、下北だけに、八甲田あたりから、海まで灰が飛んできたことがわかりますが、説明をして下さった専門家から、この泥岩の中に、地球に氷河期をもたらした秘密があると聞きました。

 と言うのも、アジアモンスーンで吹き上げられた土が、海底に積み重なって泥岩となったのですが、泥岩の中に大量の微生物が閉じこめられた結果、空気中に出る炭酸ガスの量が激減して、地球の温度が下がってきたというのです。

 それから、少し暖かくなって、生物が棲みやすくなったのが、今の時代ですが、全体的には今も氷河期の中で、自然にまかせていれば、あと500年ほどで、再び凍てつくような氷河期になると言います。

 その自然の摂理を、人間が、石油などをたいて人工的に崩しているのが、現在の地球温暖化の流れだそうですので、それだけ聞くと、温暖化も、決して悪いことばかりではないのだろうかと、迷いを感じてしまいました。
 
 さらに、地球の中心にある、塊が揺れ動く関係で、地球の磁場が逆転することがあるのですが、逆転をするのに要する間は、磁場がなくなって電離層も姿を消しますので、紫外線などが、宇宙から降り注ぐことになります。

 こうした時期に、生物界に何が起こったかも、海底の地殻を分析することで判るということですから、夢も大きい分、わかるとかえって恐い話も多そうだなと感じながら、お話を聞いていました。

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改革を進めるために(1月13日)

 13日の全国紙の一面記事に、竹中総務大臣の私的懇談会が、財政難の自治体に対する「破綻法」を制定して、首長らの経営責任を明確にすることを検討しているとありましたが、昨年辞任した、大阪市の前の助役が、大阪市政の最大の課題に、議会改革を挙げていることなどと考えあわせて、地方の改革に向けてのタブーが、取り払われる時代になってきたようです。

 この懇談会は、初会合が開かれたばかりですので、破綻法がどんな内容になるかは、まだ全く判りませんが、地方交付税の配分に、総務省の介在を無くすといった方向性や、自治体の会計を、もっと判りやすいものにしていく考え方には、僕も賛成です。

 それとともに、国の権限によるのではなく、住民自治の枠内での制度であれば、首長をはじめとする執行部の責任を、問う仕組みを検討をする価値はあると思います。

 ただ、それにあたっては、職員の解雇も格下げも出来ない、現在の地方公務員法や、その中で、親方日の丸のぬるま湯につかってきた公務員の労働組合、さらには、地方議会の関与などの影響を、無視することは出来ません。

 例えば、高知県では、県の職員団体や自治労の悪弊を、口を酸っぱくして言い続けてきましたが、大阪市などの非常識な事例が世に出るまでは、マスコミも、これらの問題に、真正面から向きあう姿勢は感じられませんでした。

 一方、問題の大阪市では、昨年、市長の辞職とともに助役を辞任した大平光代さんが、これからの市政改革の課題は、市議会の改革だと発言して話題になっています。

 これは、市議会議員からの「口利き」を、記録化しようとしたことへの議員の反発や、市長から依頼された市の法律顧問就任への、「不当な人事介入」(大平氏の言葉)を指していますが、こうした問題提起が、マスコミに大きく取り上げられるのも、初めてのことかと思います。

 そう言えば、「口利き」を含めた「働きかけ」の公表は、高知県では、すでに3年前から実施していますが、その制度を導入する時には、地元紙からも、批判的な質問を受けたほどで、改革を妨げる壁の高さを実感したものでした。

 ただ、大阪市では、一連の改革の流れの中で、政務調査費の一部公開や、議会への出席のたびに、1万円出ていた費用の弁償など、様々な取り組みが進んできました。

 このように、労働組合はもとより、行政に対して、特別な影響力を行使してきた特定の団体や個人、さらには、議会やマスコミも含めて、タブーを設けることなく、是々非々の議論が出来るようになってきたことは、大きな変化で、地方自治制度の思い切った見直しとあいまって、いよいよ、面白い時代になってきたと感じています。

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世界陸上のキャンプ地に(1月12日)

 12日午前、県の陸上競技連盟の幹部との懇談で、来年大阪で開かれる世界陸上のキャンプ地として、高知市とともに、手を挙げることに合意しました。

 世界陸上は、来年の8月25日から9月2日までの日程で、大阪で開かれますが、欧米やアフリカなどの選手は、時差の調整が必要になりますので、サッカーのワールドカップがそうだったように、日本の国内でキャンプを張ることになります。

 このため、来年の7月10日過ぎから8月の後半まで、高知市の市営の競技場をメインに、県営の春野の競技場をサブにして、キャンプの誘致をしたいというのが陸連の思いです。

 実は、高知市の競技場は、競輪場と併設のため、競輪の開催日程との調整が課題でしたが、高知市がこのほど、この間は競輪をやめて、キャンプ地として立候補したいとの意向を固めたため、県に対する要請になりました。

 県としても大いに賛成ですので、直ちにその場で、連名で立候補することを決めた上、なるべく早く、県と市の合同の委員会を立ち上げることにしました。

 今後は、3月中に、キャンプ地として立候補した地域の資料が、日本陸連から各国に送られた後、各国との交渉が始まることになりますが、ターゲットになる国を絞りこんだ上で、高知市と一緒に、頑張ってみたいと思います。 

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運動会の出前(1月11日)

 11日午後、ラオスとの交流を続けている、高知商業高校の生徒達の訪問を受けましたが、こんなに長い年月に渡って、活動が続いていることに感心をしました。

 もともとは、高知県の出身で、ラオスの大使をされた方のご縁だったと思いますが、ラオスでの、学校建設などを支援する交流活動が起きる中で、高知商業の取り組みが始まりました。

 その時にも感心したことですが、普通の支援なら、募金を集めた上で、学校の建設費に当てて下さいと現地に送っただけで、終わりになってしまいます。

 ところが、高知商業の生徒達は、せっかくビジネスを学んでいるのだから、少しは、商業高校らしい交流の仕組みを工夫しようと、知恵を絞りました。

 その結果、架空の株式会社を作って、生徒や保護者から出資金を募った上、その資金を手にラオスに出かけて、銀製品や織物などの物産を買い付け、それを、高知のバザーで売って、その収益を、学校の建設資金としてラオスに送るという、ビジネスモデルを考えました。

 さて、これが何年続くだろうと思っていましたが、もうかれこれ10年、歴代の生徒会によって、この活動が引き継がれていますし、その間に、交流の在り方にも広がりが出てきました。

 このうち、国内では今年から、ラオスで購入した布を使って、スーパーに行く時には、ポリの袋を使わないために、自分の買い物袋を持って行きましょうという、マイバック運動への関わりが出来ました。 

 一方、ラオスの学校には、運動会という行事がなかったのですが、高知商業の生徒達がラオスを訪問するたびに、現地で運動会を開くようになりました。

 いわば、運動会の出前ですが、この日も、ビニールの鉢巻きを巻いたラオスの子供達が、楽しそうに綱引きなどに興じる写真を、見せてもらいました。

 このように、高校生達が、毎年後輩に引き継ぎながら、国際交流の花を開かせている例は、全国的にも、そう多くはないと思うのですが、報告を聞きながら、末永く続いてほしいものだと思いました。

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かまびすしさの裏側(1月10日)

 10日朝のテレビ番組で、三笠宮寛仁さまが、雑誌の対談の中で、女系天皇の誕生に、反対の意見を述べられていると報道されていましたが、その一方で、週刊誌などには、皇太子ご夫妻の離婚を云々する記事もあって、何かきな臭い背景を感じさせるような、かまびすしさがあります。

 ヒゲの殿下の愛称で知られる、寛仁親王の意見は、月刊誌の「文芸春秋」が企画した、女性評論家との対談の中で語られたものですが、男系の天皇を貫いてきた、つまり、歴代の天皇を、父親の血筋で引き継いできた天皇制の伝統を、ここで崩してしまったら、やがて、天皇制そのものが無用だとの論調に、つながりはしないかというもので、長子相続を認めようとする、皇室典範の改正には反対の立場です。

 この報道を聞いていて思い出したのですが、寛仁親王と言えば、NHKの記者として皇室を担当していた時に、宮様の主治医を務めていた、肝臓の専門医を取材したことがありました。

 それは、お酒の飲み過ぎで、肝臓を悪くされていたからですが、この医師が、肝機能の検査のために欠かせない、血液検査をしようとしたところ、皇位継承権を持つ、宮様の血を抜くことに強い抵抗があって、大変な苦労をしたと話していました。

 その話を聞いた時には、宮家の周囲に、そうした考え方を持つ人が多いのだろうと思っていたのですが、天皇の血筋が、改めて話題になっている今にして考えれば、寛仁さま自身の、天皇家の血筋に対する並々ならぬ思いも、その理由の一つだったのだろうかと、思い起こされます。

 そんな報道のあったこの日、たまたま我が家にあった、雑誌の「アエラ」を開くと、今度は、皇太子ご夫妻の、離婚説をめぐる記事が載っていました。

 記事の中には、離婚説の背景には、現状では、男子のお世継ぎの誕生は望み薄だし、側室を設けることも考えられないとすると、離婚をされて新たにお妃を迎えられる以外に、男子誕生の可能性はないと考えた人達の、思いがかぶさっているのではないかといった、女系天皇誕生の可能性と絡めた内容もありました。

 その真相はともかくとして、皇室典範の改正手続きを前に、急に、離婚と言った文字が踊るようになったのも事実ですし、関係者の反応からも、微妙な雰囲気が読みとれます。

 と言って、それ程、具体的な話があるわけではありませんが、天皇家ともおつき合いのある関係者の一人は、皇太子ご夫妻が、ご両親がさしのべる手に応えていないと、批判的な見方を示していました。

 また、去年の園遊会で出会った、顔見知りの全国紙の皇室担当記者は、「見たくないものを、見てしまった気がする」と、意味深長な言い振りでした。

 さらに、昨年末の天皇誕生日に、皇居の宮殿で挨拶をした、宮内庁の職員の一人は、「皆さんが、良い関係になるように願っています」という、僕からの投げかけに対して、「なかなか難しいんですよね」と、これまた、意味ありげな表現でした。

 昨年末の、この欄にも書きましたように、その日の祝宴での、天皇陛下と皇太子殿下との会話の様子は、実に良い雰囲気でしたので、その点では安心をしましたが、これだけかまびすしく、微妙な情報が流される背景には、政治色も絡んだ、きな臭いものが隠されてはいないかと、少し不安を感じました。

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2006/01/11

トンビもびっくり(1月9日)

 9日午後、県東部の安芸市で開かれた、消防の出初め式に出席しましたが、式典の後に披露された獅子舞が、実に迫真の演技でした。

 午後1時から始まった出初め式は、途中から曇り空が広がったため、肌寒い式典になりましたが、婦人防火クラブのメンバーの炊き出しの豚汁を、式が始まる前に、2杯かき込んでいたのが功を奏して、寒さをしのぐことが出来ました。

 その式典の後に、アトラクションとして披露されたのが、一時期、後継者がないまま姿を消した後、3年前に復活したという、江川地区の獅子舞です。

 ウナギ取りに来たお百姓さんが、勢い余って、眠っていた獅子を起こしてしまうという物語ですが、ドジョウすくいを思い起こさせるひょうきんな踊りや、獅子に驚く迫真の演技に、まわりを取り囲んだ、こども達の目も輝いてきます。

 やがて、獅子と人との取っ組み合いの格闘が始まると、隣にいた県会議員さんが、「こりゃあ、Kー1獅子舞だ」などどはやしたてます。

 その時、ふと上を見上げると、トンビの群が、上空を舞っているではありませんか。

 きっと、余りの迫真の演技に、動物同士の戦いだと勘違いをしたトンビ達が、ハゲタカのように、おこぼれを狙って旋回しているのに違いありません。

 結局、お百姓さんは、敢えなく獅子に食われてしまって、獅子舞はジ・エンドとなりましたが、様子を悟ったトンビ達は、あっという間に、上空から蜘蛛の子を散らしていました。

 それにしても、トンビを欺くほどの迫真の演技は、そうあるものではないと感心しました。

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ナースに強いアンパンマン(1月8日)

 8日午後、高知空港で、県出身の漫画家やなせたかしさんとお会いしましたが、最近は、アンパンマンを連れて、病院の慰問をされているとのことでした。

 この日は、土佐藩の初代藩主、山内一豊と妻の千代との、夫婦二人三脚の出世物語を描いた、NHKの大河ドラマ、「功名が辻」の放送がスタートする日ですので、朝から関連の行事が相次ぎました。

 高知空港で、やなせさんとお会いしたのもその一つで、やなせさんが作って下さった、「かずとよくん」と「ちよちゃん」という、主人公2人のキャラクターを搭乗口に貼りつけた、全日空機が飛び始めるのを記念して、その1号機を見送るセレモニーが開かれたのでした。

 その後、待合室でやなせさんと話していますと、去年何度か、手術のために入院をしたのがきっかけで、病気で苦しむこども達を励まそうと、アンパンマンを連れて、病院の慰問を始めたといいます。

 中には、去年いっぱい持つかどうかわからないと、お医者さんに宣告されていた、幼稚園の年長組の男の子がいましたが、見た目には、そんな重病には見えなかったため、「何の病気ですかと尋ねたら、個人情報は教えられませんって言われちゃった」と、さすがのアンパンマンも、個人情報の壁には勝てなかったようです。

 また、茶目っ気たっぷりのやなせさんは、「入院中は気弱になるから、お世話になった病院に、何か恩返しをしないといけないと、こども達の慰問を申し出たんだけど、退院しちゃうと、段々と面倒くさくなっちゃうんだよね」と、本音を隠しません。

 さらに、アンパンマンに出会った、こども達の反応を聞きますと、「最初は、顔が大きいので、喜ぶよりも、びっくりしちゃう子が多いね」とのことで、「こどもより、ナースが喜んでるよ」というのが、やなせさんの感想でした。

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ひとくちリゾットの効果(1月7日)

 7日は、丸一日の休日でしたので、僕が、夕食の料理係を務めました。

 とは言え、わが家は妻と2人暮らしですので、2人分を作ればいいだけですが、夕方の5時をもって検討開始です。

 さて、残り物はと見渡してみますと、一膳分にも満たないご飯が残っていましたので、これで、ひとくちリゾットを作ることにしました。

 まずは、別に使う予定のトリのもも肉でスープをとると、それを使って野菜を煮た後、煮汁に冷やご飯を入れます。

 ことことと煮ることしばし、煮詰まり始めたところで、冷蔵庫に眠っていたナチュラルチーズを刻んで、ご飯に混ぜて溶かします。

 これに、トリ肉の端切れや、余った野菜のみじんを入れてかきまわしますと、リゾットもどきが出来上がりました。

 これを、小鉢に入れて、「ひとくちリゾットだよ」と、妻に差し出しますと、大変なご機嫌でしたので、これから休みの日は、僕が料理担当をして、妻のご機嫌を麗しくするのが、家庭平安の秘訣だろうかと考えながら、リゾットもどきを口にする妻の姿を眺めていました。

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純度を高める(1月6日)

 6日午前、理事長をしている高知工科大学で、初仕事をしましたが、学長らとの話の中で、工科大学で研究が進んでいる、ZnOが話題になりました。

 ZnOというのは酸化亜鉛のことで、シリコンやインジウムといった物資に代わる、次世代の半導体や液晶ディスプレイの素材として、研究が進められています。

 ただ、液晶ディスプレイに使う薄膜が、酸化亜鉛で作れるようになっても、製膜のための装置などは、すぐにアジアの諸国に真似をされますので、ビジネスの種として競争力を保てる期間は、そう長くはないと、覚悟しておかなくてはなりません。

 そこで、学長や、金属材料が専門の副学長と話をしたのですが、こうした素材の純度を高めるだけで、価値が何倍にも跳ねあがることを知りました。

 例えば、アルミナ(酸化アルミニウム)の場合、純度がフォー・ナイン、つまり、99.99パーセントになったところで、加工に必要な温度が200度も下がるなど、性質が大きく変わって、利用価値が飛躍的に上がったと言います。

 これに対して酸化亜鉛は、まだ、純度が99.4とか5といったレベルで、スリー・ナインにも届かない状況ですので、この純度を高めればそれだけで、他には真似の出来ない、ビジネスチャンスが広がることになります。

 この点、県内には、石灰石を扱う素材型の産業や、窯業関連の技術がありますので、製膜の装置やディスプレイの基盤といった、最終製品の研究とは別に、原材料の部分で、付加価値がつけられるようなビジネスモデルを、考えてみたいということで意見が一致しました。

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NHKマンからの年賀状(1月5日)

 5日夜、今年いただいた年賀状を、通しで読んでみましたが、NHK時代の知り合いからの葉書には、NHKの置かれた現状に対する、それぞれの思いが綴られていました。

 まずは、入局してまだ間もない、一番若い後輩からのものですが、「就職して4年目に入りました。厳しさを実感しています」と、さすがにとても素直な受けとめです。

 これが、いずれも地方の局長をしている、NHK時代の同期と1年後輩からの年賀状になると、「この1年は激しい体験をしましたが、地方では少しずつ、信頼回復の動きが感じられます」とか、「逆風も少し弱くなりました。城下町で心豊かに暮らしています」といったように、局長という、現在の立場がにじんだ表現に変わってきます。

 ところが、すでに現役を退いた先輩達の見方は、もうちょっと引いていて、そのうちの一人の葉書には、「NHKにも、来るべきものが来たという感じです」とありました。

 また、もう一人の先輩は、「きたる1年NHKは、いつかは来ると予想された存在自体の評価を、厳しく受けることになります。説得力を持って頑張らねば。何しろ、創業いらい80年ですから」と、今の気持ちを書いていました。

 このように、2人の先輩が期せずして、NHKのこの日を予想していたと書いているわけですが、その思いは、僕も含めて、NHKに勤めたことのある多くの人に、共通のものではないかと感じます。

 その予想の根拠は、受信料によって成り立つ公共放送が、そもそも抱えている経営上の脆弱生から、政治部という肩書きを持つ集団が、マスコミの中で持つ危険性など、多岐にわたっていますが、いすれにしろ、ジャーナリズムの今後を考える上で重要な課題ですので、この1年の進展には関心を持たざるを得ません。

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新年はポジティブに(1月4日)

 4日は県庁の仕事始めでしたが、年明け後初めての庁議では、「今年はポジティブ思考で」と呼びかけました。

 高知県庁では、県の仕事の始まりは、新年度の4月からということで、何年か前から、正月の仕事始めの行事はやめていますが、その代わり、幹部の集まる庁議の席で、年頭の一言を述べることにしています。

 そこで、今年は、本物の改革を目指すということとともに、ポジティブな思考を心がけようと呼びかけました。

 と言うのも、財政は厳しい、景気は悪いと言っていると、気分は落ち込むばかりですが、そろそろ、様々な面で、時代は分岐点を迎えつつありますので、考え方も、後ろ向きのネガティブ思考を、改める時期ではないかと考えたからです。

 同じように、3年前には、「空元気でもいいから元気を出そう」と言ったことがありますが、空元気は、中味がないのを知りながら元気を出すことですから、まだポジティブな思考とは言えません。

 これに対して、世の中こんなに厳しいのに、何を暢気なことをと、お怒りの向きもあるのでしょうが、そろそろ、前向きにギアチェンジをしてもいい時期だと考えて、今年1年頑張ってみようと思います。

 しばしば遅れがちになりますが、今年も、このブログを通じて、日々の出来事をお伝えしていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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