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2006年4月

2006/04/27

百年たったら帰っておいで(4月25日)

 25日夜、NHKの教育テレビで、寺山修司に関する番組を見る中で、「箱舟」という作品に出てくる、「百年たったら帰っておいで」という言葉が、地方に生きるものの心に残りました。

 この番組は、寺山修司夫人の九條今日子さんと、丸山明宏さんとの対談で進められましたが、番組の後半に紹介されたのが、「箱舟」という作品でした。

 時計が一つしかなくて、住民が同じ時間を共有していた村が、作品の舞台ですが、やがて、隣の町から文明がやってきて、やがて村人はこぞって、隣の町に出ていってしまいます。

 映画では、小川真由美が演じる、最後に一人この町に残った女性が、出ていった村人に対して、「隣の町なんてありはしない。百年たったらその意味わかる、百年たったら帰っておいで」と叫ぶのです。

 九條さんは、自ら著した、寺山の回想録のタイトルに、「百年たったら帰っておいで」という言葉を使っていますが、そこには、寺山が登場する時代が早すぎた、百年たったら、寺山のことをもっと理解してもらえるというメッセージが、込められているのだと思います。

 ただ、そのこととは別に、時間の観念のない村の暮らしと、町の文明や便利さとの対比や、その町の魅力に惹かれて、多くの住民が村を捨てるというモチーフを、現代に当てはめてみた時、行き過ぎたと見えるグローバリズムや市場主義が、地方から大都市に、人と物を吸い取ろうとしている流れが、「隣の町なんてありはしない。百年たったらその意味わかる」の台詞と重なってきます。

 といって、「百年たったら帰っておいで」と言えるだけの自信もありませんが、このままで、日本という国が良いわけはないと、少し大げさな反応が、胸の中に広がりました。

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エリートも色々(4月24日)

 24日朝、昨夜の開票で、民主党候補の勝利に終わった、衆議院千葉7区の、補欠選挙の結果を報じる番組を見ていて、少し感じたことがありました。

 それは、選挙中または公示前の、インタビューの映像を見ての印象ですが、惜しくも落選された候補が、ハーバード大学への留学経験などをもとに、エリートと評されたことに対して、「私はエリートではない。エリートも色々、雑草も色々」と、答えられていました。

 気持ちとしては、自分は大衆の気持ちもわかるという思いを、込められたつもりだったのでしょうが、もともとエリートという言葉は、選り抜かれた人という意味で、それ自体に、お高くとまっているとか、鼻持ちならないといった意味が、込められているわけではありません。

 一方、この方の学歴を見れば、誰が見ても立派なエリートですし、しかもそれは、人から与えられたものではなく、ご自分の努力で勝ち得られたものだと思います。

 だとすれば、エリートという言葉に、あまり過剰反応をせずに、そのことは素直に認めた上で、だからこそ、エリートとして社会に恩返しがしたいと、言われれば良かったのにと感じました。

 もちろん、そのことが、選挙に影響を与えたわけではなかったでしょうが、「エリートも色々」だけならともかく、「雑草も色々」と言ってしまうことで、あらぬイメージがふくらみかねないと思いました。

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塩の道の竹筒弁当(4月23日)

 23日昼、海岸淵の赤岡にあった塩田と、徳島県境に近い山間の物部とをつないでいた、「塩の道」の復活に取り組んでいる方のお宅で、とびきり美味しい地元の食材をいただきました。

 合併前の旧物部村の住人であるこの方は、以前は山の魚屋さんとして、毎日朝早く、高知市の市場まで往復数時間をかけて、魚の買い出しに出かけていましたが、還暦を機会に魚屋を引退して、山あいにあるわが家のまわりを、花で囲み始めました。

 まずは、植林で鬱蒼となった山を間伐をすると、そこに、ヤマブキとシャゲという草花を植えました。

 また、家に通じる道沿いには、色とりどりのアジサイを、その周辺には枝垂れ桜や藤の花をと、県内の各地から譲り受けた草木は、季節ごとに、自然と調和した色合いを見せるようになりました。

 この日、初めて、植林の山道を登ってみますと、雨宿りに訪れた道灌に、娘が差し出したのと同じ、八重のヤマブキが満開で、その合間に広がるシャゲの花とのコントラストが、花づくりを手がけてから、5年余りの歳月を感じさせます。

 最近では、アジサイの紫と山の緑から、自ら紫翠苑と名づけた庭をめでに、訪れるお客様もふえて、山菜採りや句会の休所にも、使われるようになりました。

 還暦を目前に、日々の忙しさに追われる身には、うらやましい限りですが、わが家の庭づくりに続いて、この方が力をいれて取り組んでいるのが、「塩の道」の復活です。

 これは、高知に入国した山内一豊が、太平洋に面した旧赤岡町の周辺に、塩田を作ったことが始まりですが、採れた塩を馬に乗せて、物部から阿波の国へ、そして、山の幸を積んで再び土佐へと、シルクロードと同様、交易の役割を果たした道でした。

 その中には、熊野古道にも負けない、風情あふれる林間の道がありますし、当時を偲ばせる、石の道標なども残っています。

 そこで、「塩の道」を復活させる活動が始まったのですが、あわせて、地域を訪ねてくれた人に限定の、大きな孟宗竹を使った、竹筒のお弁当が開発されました。

 この日は、紫翠苑の休所でご馳走になりましたが、竹筒のお弁当箱を結んでいる紐にも、細長い葉っぱが使われています。

 先をとがらせた竹で、一つ一つ書いたというお品書きも、山菜や竹の子などが、木の葉の中に鎮座するおかずの数々も、目と舌を、しっかりと満足させてくれる出来映えでした。

 この後、毎年恒例の村のカラオケ大会で、一曲披露しましたが、目を休める花々と、美味しいお弁当のお陰で、こちらの出来映えもまずまずでした。 

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道路財源は心の問題か(4月22日)

 22日昼、道路行政の関係者と懇談をするうちに、小泉総理にとって、道路特定財源の問題は、もしかすると財政問題ではなく、靖国参拝と同じように、心の問題なのかもしれないという話になりました。

 石油ガス税や自動車重量税などの一部を、道路を作るための財源に充てるという道路特定財源は、田中角栄元総理が掲げた、日本列島改造論を進めるエンジン役の一つとして、一層その存在感を増しました。 

 角福戦争の名があったように、その時代に、角栄さんの最大のライバルとして対峙していた、福田赳夫さんの派閥で、若き代議士として、福田さんに師事していたのが今の小泉総理です。

 ですから、師と仰ぐ福田さんが、角栄パワーに押し切られて無念の涙をのんだ姿は、若き日の、忘れられない悔しい思い出として、小泉さんの心の中では、トラウマになっているのかもしれません。

 その角栄さんの仕事を象徴する存在として、道路特定財源が小泉総理の脳裏に焼きついているとすれば、小泉さんにとってこのテーマは、そもそも、公共投資を減らすことによって、財政収支のバランスを取り戻すといった、財政問題以前の課題なのかとも思えてきます。

 こんなことから、靖国神社への参拝を、外交問題ではなく、心の問題だと言われている小泉総理にとっては、道路特定財源の見直しも、同じように、財政問題ではなくて心の問題なのかもしれない、道路行政の関係者と懇談をするうちに、そんな話になりました。

 実際のところは、どうかわかりませんが、論理よりも感性を、バランス感覚よりも単純なわかりやすさを大事にする、小泉総理の手法を考えますと、道路特定財源も、心の問題だと考えて対応する方が、方向を誤らないのかもしれません。

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2006/04/25

自立とは何か(4月21日)

 21日午後、高知市で開かれた、地域福祉を考えるセミナーに、パネラーの一人として参加しましたが、その中で、日頃から課題として考えていた、「自立とは何か」を少し語ってみました。

 「自立とは何か」を、あらめて考えるきっかけになったのは、この2月の記者会見での、ある記者からの問いかけで、「最近、国も県も、よく自立という言葉を使うようになったが、知事は、自立のイメージをどうとらえているのか」との質問を受けました。

 確かに、高知県でも、財政運営をはじめとした、自立した県づくりを標ぼうしていますし、国のレベルでは、障害者自立支援法が導入されるといったように、国も地方も挙げて、自立という言葉を使っていますので、この際、自立の定義や、自分の思い描く自立のイメージを、はっきりさせておく必要があるとは思いましたが、その場ではうまく答えられませんでした。

 そんな思いを引きずりながら、この日のセミナーのパンフレットを見ていますと、中心になっている団体の設立趣意書の中に、やはり、地域福祉に関して、高齢者や障害者、子供などの自立の支援という言葉が出てきましたので、パネラーとして発言をする機会に、「自立とは何か」について考えたことを、差しはさんでみました。

 一つには、国も地方も、財政状況が厳しくなっていますので、従来のような形で、全てに税金を使って、行政が丸抱えでサービスを続けていくことは出来なくなっています。

 こうした現状を背景に、自己負担の導入を、自立と呼んだり、受けとめたりしている節がないわけではありませんが、費用負担の転嫁そのものが、自立のイメージであって良いわけがありません。

 一方、例えば高齢者であれば、日常生活に必要な動作が、どれだけ出来るかを測る、ADLという指標がありますが、これはこれで、高齢者の自立度を測る一つの目安にはなっても、当然のことながら、幅広い分野に通じた、自立のイメージにはつながりません。

 また、それだけでなく、たとえ要介護度の高いお年寄りでも、重度の障害者でも、それぞれに、限られた条件の中で目指していけるような、自立の道を探りたいものです。

 そう考えた時に、従来のように、一律の基準のもとで、お仕着せの与えられたサービスを受けるのではなく、自分の生活のリズムにあわせて、ある程度の目標を持って、暮らしていける環境を整えていくことが、目指すべき、自立の方向ではないかと考えるようになってきました。

 もともと、このセミナーの前身だった、ユニットケアの研究会も、一律の施設基準で建てられた、福祉施設の間仕切りの中で、決まった時間に、一斉に食堂に集められて、お仕着せの食事を与えられるといった暮らしを、より普通の生活に近づけたいという思いが、原点になっていました。

 それが、施設福祉の枠を抜け出して、進化していったのが、地域福祉の考え方ですから、その流れを、自立という言葉と重ねあわせれば、自らの意思で、生活や活動の目標を立てられるようになることが、また、その可能性を高めることが、「自立とは何か」との問いかけに対する、現状での答かなと考えています。

 ひるがえって、地方分権や財政改革の中で言われる自立度も、要するに、自らの意思で目標を立てて、それに向かって行動できる幅を、どれだけ広げていけるかにかかっていると感じています。

 まだ、言葉が練れていない分、わかりにくいかもしれませんが、これからも、「自立とは何か」は、考え続けていきたいテーマです。

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坊ちゃんから一豊へ(4月20日)

 20日午前、来月愛媛県で開かれる、愛媛と高知両県の、知事会談の打ち合わせをしましたが、会談の会場にゆかりのある「坊ちゃん」と、今年の大河ドラマの主人公、「山内一豊」とを結びつけるべく、2人の共通点を洗い出した書類を見て、担当者の苦労に感心をしました。

 毎年開いている両県知事の会談の、今年の会場は、その名も「坊ちゃん劇場」という、演劇用のホールとショッピングセンターが複合した施設で、会談に先立って、「坊ちゃん」のお芝居を観劇する趣向になっています。

 これに対して、今年高知県としては、大河ドラマの「功名が辻」にあわせた、「土佐24万石博」などのイベントをPRしなくてはいけませんので、担当の職員が、坊ちゃんから一豊に話をつないでいくための、話のネタを研究してくれました。

 それによると、まずは2人とも、曲がったことが嫌いな、無骨なタイプで、坊ちゃんが中傷や詐術を嫌えば、一豊も、儀式や典礼の形式が嫌いで、大河ドラマの中でも、「調略嫌いと描かれている」とあります。

 また、坊ちゃんが、物理学校で会得した数学の知識を、松山で教えたのに対して、一豊は、掛川城主などとして培った城下町の整備の知識を、高知で実践したといったように、2人とも、先進地で学んだ技術を赴任地に持ち込んで、普及を図ったという共通点もありました。

 この他にも、坊ちゃんは1ヶ月程度、一豊も亡くなるまでの4年間と、いずれも、赴任地での滞在の期間が短かったのに、今では、愛媛と高知両県の地域の宝になっているなど、数々の共通点が列記されていて、その努力に感心をしました。

 この資料が、本番でどれだけ使えるかはわかりませんし、皮肉な言い方をする人は、知事の趣味に合わせているだけで、役所の本来の仕事ではないと言うかもしれませんが、このように、いくつかのテーマをわかりやすくつないでいく工夫は、県民向けの説明にあたっても大切なことですし、役所の仕事の幅を広げるためにも、結構役に立つブレーンストーミングだと思っています。

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持続可能な少子化対策(4月19日)

 19日午後、東京で開かれた、全国知事会の、少子化問題考える委員会に出席しましたが、議論を聞きながら、持続可能な少子化対策とは何かを考えていました。

 というのも、少子化に対する対策は、財政支援や減税など税制上の対応、さらには、企業や団体への指導や啓発など、ほぼ出つくした感がありますが、そのうちどれとどれを地方が分担するか、また、何を国に要望するのかといった議論を積み重ねているだけでは、解決できないギャップがあるのではないかと感じているからです。

 それは何かと言えば、仕事を見つけるのに適した場所と、家庭を持って、子育てに励むのに適した場所とのミスマッチです。

 例えば、高知県では、2000年以降、再び、人口の社会減が、言いかえれば、若い層の大都市部への流出が拡大してきていますが、その主な理由は、県内に望むような働く場がない、逆に大都市なら、いくらでも仕事の場が見つかるという点に尽きます。

 ところが、こうして若年層を、全国から吸収している大都市部が、出生率が高いかといえばむしろ逆で、合計特殊出生率を見る限り、1.01と全国最下位の東京を筆頭に、首都圏や近畿の各府県が、軒並み全国平均を下まわって、下位に枕を並べています。

 このように、家庭を持って子供を育てるのにふさわしい、自然環境や社会環境が残っている地域には、働く場所が十分にない、逆に、働く場がふんだんにある地域は、労働の条件や、子供を地域社会で支えていく環境が思わしくないといったミスマッチが、もう少し改善されないと、少子化対策は、持続可能なものにはなり得ません。

 というのも、財政支出をふやして、子育てに関する親の負担を無料化していけば、東京周辺の出生率は改善すると思いますが、そのことは、次の時代に、大都市部に、さらに人口を集中させることになりかねませんから、決して、長続きする少子化対策にはならないと考えるからです。

 こう考えると、単に工場の誘致といったことではなく、一次産業やサービス産業を含めた働く場が、ある程度、各地方に確保できる状況を作らない限り、持続可能な少子化対策は難しいと感じています。

 もしかすると、かつて言われた国土の均衡ある発展とは、本当は、このことを指していたのかもしれないと、今になって振り返っています。

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ユズの油売り(4月18日)

 18日午後、高知工科大学の教授で、地場の小さな会社の社長をしている方から、製品である、ユズの油の売れ行きを聞きました。

 この会社は、四万十川の中流の町にある、従業員6人の小さな会社ですが、合併によって、これまでの大正町という名前が姿を消すのにあたって、町から感謝状を受けましたので、大学の理事長でもある僕に、その報告をしてくれました。

 せっかくの機会ですので、あわせて、会社の状況を聞いてみますと、ユズの皮を煮立てて抽出した油が、石鹸の香料として人気があると言います。

 とはいえ、抽出の技術そのものは、難しい原理ではありませんので、特許などの対象にはなりませんが、0.6 パーセントという抽出率の高さが、他にはない強みで、1リットルあたり5万円、年額では1500万円の取り引きになっています。

 ただ、事業ベースに乗るとなると、これまで、ユズの皮を提供してくれていた大手の香料会社が、態度を変化させてくるなど、小さな企業にありがちな、難しい課題も数多く抱えています。

 こうしたことから、まずは、ユズ製品の加工によって、大量の皮を出している地域との、連携をさぐっていますが、この他に、ショウガやヒノキなど、他の県産品を抽出して油を採る仕事にも、挑戦していきたいということでした。

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目標設定と成果主義(4月17日)

 17日午前、 経営品質を担当する職員に、今年度から、人事考課の手法の一つとして導入をした、目標設定について意見を聞きました。

 目標設定にあたっては、まず、それぞれの職場ごとに、今年度の経営方針を議論して、組織としての目標を設定します。

 こうしてまとめた、組織の目標を受けて、次には一人一人の職員が、一年間に達成すべき目標を、自分で設定するのですが、もちろん、個人の申告がそのまま認められるわけではなく、上司との意見交換の中で、決められることになります。

 ところが、経営品質を担当している職員の話では、この目標設定と成果主義とを、混同している職員がいるため、目標設定に対する抵抗もあると言います。

 確かに、何の目標も設けずに、単なるやる気や、組織への忠誠心などをもとに、人を評価していた時代と比べれば、目標を達成できたかどうかを評価することは、極めて広い意味でとらえた場合、成果主義と言えないこともありません。

 しかし、とかく問題視されている成果主義は、会社や上司の命令のもとに、利潤の追求にひた走るといった場合で、合議で設けた組織の方針をもとに、職員が自らたてた目標の達成を目指して努力することを、あわせて、その努力が実を結んだかどうかを評価することを、悪しき成果主義と混同したり、あえて同一視したりすることは、明らかに誤りです。

 とはいえ、初めての試みにあたっては、何事につけても、ある程度の誤解は、覚悟しなければいけませんので、まずは、目標を作ることの意味を、しっかりと理解してもらうことが大切だと感じています。

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音響の工夫は落とし穴(4月16日)

 16日午前、金刀比羅宮にお参りをしましたが、蹴鞠が行われることで知られる表書院の庭には、意外な仕掛けがあることを知りました。

 この表書院は、江戸の前期に建てられた重要文化財で、円山応挙などの障壁画で知られていますが、応挙の虎の絵が並ぶ部屋の前には、式木(しきぼく)と呼ばれる、松、桜、柳、楓に四隅を囲まれた、蹴鞠のための庭があります。

 案内をして下さった禰宜さんも、蹴鞠をされるとのことでしたが、説明によると、その庭の土の中には、壺が埋められていると言います。

 何のためかと言えば、鞠を蹴る音を響かせる工夫だそうで、いにしえの貴人の知恵に感心をしましたが、当然のことながら、壺の中味は空っぽで、しかも、上に板を敷いただけの姿で土の中に埋まっています。

 このため、落とし穴にはまるのと同じように、足がすっぽりと、壺に入ってしまうこともあるそうで、上空を舞う鞠に目をやりながら、壺の位置も気にしないといけないとはと、見えない技に感心をしました。

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地方の小屋の臨場感(4月15日)

 15日午後、香川県琴平町にある金丸座で、四国こんぴら歌舞伎を観劇しましたが、確かに、大劇場の舞台にはない趣がありました。

 四国こんぴら歌舞伎を見るのは、今回が初めてでしたが、「寒いから厚着をして行きなさい」という、周囲の方の事前の忠告通り、窓や花道から吹き込む花冷えの風が、歌舞伎の通とは言えない不粋な客にも、居眠りを許しはしません。

 最初の出し物は、天井からたらいを吊して、雨漏りをしのぐような、貧乏長屋に借家をする浪人が主人公ですが、彼に一途な恋心を抱く下女を家において、花魁のもとに出かける彼が口にする、「あの(花魁の)葛城は一夜妻、内に残すは宿の妻」という台詞には、男のずるさがよく表われていました。

 休憩後の、二つ目の出し物は、「かさね」という通称で知られる、男女の愛憎を描いた作品ですが、こちらは、不倫相手の女性の夫を殺害した上、その娘と通じているという、とんでもない男が主人公です。

 最後は、殺された父の怨念で、醜い姿になった娘を殺して、男はそそくさと、その場を立ち去ろうとするのですが、娘の霊の見えない手に引かれて、ついには引き戻されてしまうという、ふらちな考えの男には、とてもとても恐いお話でした。

 いずれも、四谷怪談の作者として知られる、鶴屋南北らしい作品でしたが、花道からのすきま風を首筋に受けながら、古びた柱や天井に囲まれた舞台をのぞいていますと、一層、臨場感が迫ってきました。

 そう言えば、幕間にお訪ねをした楽屋で、座長役の板東三津五郎さんも、「雨漏りのする家の場面は、国立劇場で演じても空々しくなってしまうのですが、ここだと、それがしっくりくるんですよね」と言われていました。

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お相手があればこそ(4月14日)

 14日夕方、甲子園球場にある阪神球団の本社で、高知県安芸市での、春のキャンプの継続などを、球団の幹部に要望しましたが、やはり高知でキャンプを張っているオリックスにも、よろしく伝えてもらいたいと、逆提案を受けてしまいました。

 というのも、オリックスが、高知でキャンプをしているからこそ、沖縄から安芸市に移って仕上げをした後、そのまま、高知でオープン戦を戦えますが、もしもお相手がいなくなると、安芸市でキャンプの仕上げをするメリットが、ぐっと減ってしまうというわけです。

 もちろん、オリックスにも、キャンプの継続を要請していますが、2つのチームのキャンプが、これほどまで、連動しているとは思っていませんでしたので、そのお話を聞いて認識を新たにしました。

 と同時に、相手になるチームがいる限りは、一方的に安芸市を離れることはないとの、感触も得られましたので、その点では少し安心もしました。

 ただ、客観情勢は、安心ばかりしていられる状況ではありませんので、高知でのキャンプを呼び戻してくる、攻めの姿勢も大切だと痛感しています。

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抵抗感のある言葉(4月13日)

 13日午後、昨日もこの欄で話題にした、リタイアメントタウンの構想を議論する中で、日頃何気なく使っている言葉の中にも、聞きようによっては、抵抗感のある言葉があるとの指摘を受けました。

 戦後のベビーブーム世代にあたる団塊の世代は、間もなく一斉に定年の年齢に達しますが、まだまだ肉体的には若い上、地方での暮らしに関心を持つ層も多いため、この世代を呼び込むことで、地域の元気さにつなげていこうと、各地方が知恵を絞っています。

 その受け皿づくりを、高知県では、リタイアメントタウンと呼んでいますが、高知に移り住んでもらうだけでなく、航空会社などと連携をした、長期滞在型の観光も視野に入れています。

 このため、この春に新設をした専属の担当者から、仕事の進み具合などの報告を聞いたのですが、その中で、「移住」とか「空き家」といった表現に、抵抗を感じる人がいるとの指摘を受けました。

 その話を聞きながら、なるほど、そういうこともあるだろうなと感じたのですが、それなら、こう言い直してみたらと提案するだけの、良い言葉が思いつきませんでした。

 確かに、リタイアメントタウンの呼びかけは、退職という節目を機会に、暮らしの本拠地を変えてみませんかという、人生の選択にも関わる新しい提案ですから、何気なく使っている言葉に対しても、細心の配慮とセンスが必要だと気づきました。

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受け皿づくりのために(4月12日)

 12日午前、県の工業会の幹部や、高知工業高等専門学校の関係者から、高専の卒業生で作る、高知高専テクノフェローの、今年度の事業計画などを聞きました。

 この高知高専テクノフェローは、初期の高専の卒業生が、団塊の世代として、社会の一線からリタイアし始めるのを機会に、そうした人材を、県内の企業などに迎えいれようという取り組みです。

 事務局を務める、高知高専の先生の話では、対象になる卒業生にアンケートをした結果、定年後は高知に戻って、再就職をする意思のある人が28人、また、一時的になら高知の企業に力を貸してもいいという人を、11人発掘することが出来ました。

 この数は、機械関連の企業を中心に、これらの人材を求める県内の企業の数と、ほぼ見合っていますが、アンケートの結果からは、実現に向けての課題や不安も見えてきます。

 その一つは、高知に戻る人材を受けいれる際の、就労の形態で、県内の企業には、こうした雇用の実績がありませんので、そのための新たな条件整備が必要になります。

 また、県外の大手企業に務めていた方にとっては、県内の企業との間にある、企業文化や風土の大きなギャップが、大いに気になる点ですし、住宅環境の整備なども課題です。

 そんなアンケート結果を聞くうちに、団塊の世代の受け入れを目指した、リタイアメントタウンの構想を進めるにあたっても、この調査に現れた課題を、受け皿づくりの、参考にする必要があると感じました。

 というのも、リタイアメントタウンとか、シルバータウンといった表現を使いますと、とかく、不動産業者の絡んだ開発プロジェクトと、同一視する向きがあるのですが、そうしたハードの整備よりも、ソフトの対応の方がより大切だと考えたからです。

 あわせて、高知高専テクノフェローの取り組みのように、地域に求められる人材を、狙いをつけて呼び込んでくる視点は、技術者の分野以外にも、必要かと思いました。

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ひと粒で二度美味しい(4月11日)

 11日午後、東京の衆議院議長公邸で、日本陸連の会長でもある河野衆議院議長に、来年大阪で開催される世界陸上に、海外から参加する国々の選手が、事前の合宿をする場所として、高知をアピールしてきました。

 世界陸上には、世界の200近い国が参加する見込みですが、それぞれの国の選手は、近隣の各府県にある施設を使って、調整のための事前合宿をすることになります。

 このため、高知市と高知県では、連携をして、高知市営の競技場をメインに、県立の競技場をサブグランドとして、その候補地に名乗りを上げています。

 すでに、4月上旬に大阪で行われた、説明会にも参加していますが、これを受けて、カナダやサウジアラビアなどが、高知に関心を示してくれていますし、アメリカも、今年9月に視察をする候補地の中に、高知を含めていると言います。

 この日は、こうした状況をもとに、陸連会長の河野さんに、高知での合宿の実現に向けて、側面からの支援をお願いしましたが、「えこひいきは、ないでしょうが」という、僕の控えめな問いかけに対して、「いや、熱心に働きかけて下さる所には、えこひいきもありますよ」との、心強いリップサービスをいただきました。

 あわせて、2008年には、北京でオリンピックが開かれますので、来年の世界陸上で、高知県を事前合宿に選んだ国は、オリンピック前の時差調整にも、高知を利用する可能性があるとの示唆を受けました。

 そのお話を聞きながら、思わず、ひと粒で二度美味しいという言葉を思い出していました。

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2006/04/12

大都市の中の油田(4月10日)

 10日午後、新しい技術による、ごみ処理のシステ ムを開発したベンチャー企業の関係者から、廃棄物を 原料に変えるビジネスの説明を受ける中で、都市の中 にも大きな油田があるという、ユニークな話を耳にし ました。

 この会社は、国立大学の研究者が兼業として起こし たもので、生ごみをはじめ、汚泥、木くず、プラスチ ック廃棄物など様々なタイプの廃棄物を、電気や熱を おこすためのエネルギー燃料や液肥など、付加価値の ある商品に変えていくビジネスを目指しています。

 詳しい技術的な話は、ここでは省きますが、僕から も色々と質問をする中で、話題は中国を対象にした、 ビジネスの可能性になりました。

 というのも、同じ廃棄物処理の分野で、有価物とし て中国に運んだプラスチック系の廃棄物を、安い人件 費を利用して分別した上、溶融して各種の原料として 販売するビジネスが、話題を呼んでいるからですが、 将来中国の人件費があがってくると、このビジネスモ デルは通用しなくなりますので、この企業からも、分 別がコストとして引き合わなくなった時の、代替の技 術として、すでに相談がきていると言います。

 そこで、プラスチック系以外の廃棄物を、ビジネス の種として活用する可能性を尋ねてみますと、廃油類 からも80パーセントの精製が出来るため、中国は、 今後のマーケットとして、大きな魅力があるとの答え でした。

 この企業の方の話ですと、中国は機械系の油の他、 料理に使った後のクッキングオイルも、大きなウェイ トを占めているため、北京市だけで、すでに4000 万トンの廃油が貯蔵されているということですので、 これを原料に、80パーセントの精製が可能ならば、 北京という大都市の中に、立派な油田があるようなも のだなと思いました。

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端麗太口(4月9日)

 9日は、日帰りで、新潟市内の有名な蔵元で、蔵出 しのお酒をいただく会におよばれしました。

 この旅は、高知県出身の作家、宮尾登美子さんとご 一緒でしたが、宮尾さんは、ご自身の小説「蔵」を書 くにあたって、酒造りの取材をした「越の寒梅」の蔵 元を、毎年桜の季節に訪れているといいます。    このため、是非一緒に行きましょうというお誘いを 受けて、同行させていただいたのですが、上越新幹線 の新潟駅から、車で20分余りの蔵元に着いてみます と、この春の冷え込みのため、見事に枝垂れた庭の桜 の古木は、まだ、ちらほらと花をつけている程度でし た。

 ただ、地元の名士など40人ほどの方々が集って、 蔵出しのお酒を味わいながら、お食事をいただく会が 始まれば、ちらほらの桜の花もこれまた風情と、酒造 りをはじめ、様々な話題が飛び交います。

 その中で、蔵元の会長のお話をうかがうと、新潟の お酒も、高知のそれと同様、さらっとした端麗な味わ いですが、この蔵元では、「端麗辛口」と呼ばれる土 佐の酒よりも、酒米のふくらみを感じさせる、いわば 「端麗太口」の酒を目指していると言います。

 その心を尋ねますと、「端麗辛口」は、カツオなど 太平洋の魚にはあうけれど、日本海の魚には、もう少 しふくらみがほしいからと、日本文化の繊細さを感じ させるお答えが返ってきました。

 また、肝心の酒米は、兵庫県三木市の農協で生産さ れている、山田錦という銘柄で、その農協と契約栽培 の関係を作るのに、なんと30年の歳月を費やしたと のことでした。

 そのお米の蒸し方一つで、つまりは、お米が吸い込 む水分の量が微妙に変化するだけでも、麹は違ってく るとのことで、人の手や舌の感触がいかに大切な仕事 かと、改めて感心しました。

 と同時に、新潟の蔵元は98と、数の上では高知の 何倍もあるのですが、口あたりや風味では、土佐の酒 も負けじと頑張ってもらわなければと思いました。

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打てば響く(4月8日)

 8日午後、東京の知人宅で開かれた、邦楽のホーム コンサートに招かれましたが、鼓の音の美しさに魅了 されました。

 この日は、オーボエの奏者でもある、アメリカ人の 奥様が、桜模様の着物姿で、日本に来てから練習を続 けている、篠笛や能管の音を披露されました。

 その際、鼓で競演されたのが、東京芸大の博士課程 で、三味線では初めての博士号を取得したという、若 い女性奏者でしたが、鼓と横笛のジョイントを聞くの は、初めてのことでしたので、とても新鮮な思いで耳 を傾けました。

 もちろん、笛の音そのものも、どこか懐かしさを誘 う響きなのですが、そこに、鼓の響きの強弱や、「い よぉ〜っ」、「おぉ〜っ」という涼やかな声がかぶさ ると、日常にはない音の世界が広がります。

 最後にアンコールで、「うさぎ追いしかの山」で始 まる、「故郷」が演奏されましたが、笛と鼓の音は、 いやがうえにも感傷的で、それにあわせて「いかにお わす父母」と、みんなで合唱しているうちに、不覚に も涙がこぼれてしまいました。

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打たれっぱなしにならないために(4月7日)

 7日午後、全国知事会の地方交付税問題小委員会に 出席しましたが、地方の側がこのままの状況では、国 からの攻撃を受けて、打たれっぱなしになりかねない との危惧を感じました。

 この日の委員会では、国がまとめる、いわゆる骨太 の方針や、19年度の予算編成に向けて、地方交付税 に関する、全国知事会としての考え方が議論されまし たが、事務局のまとめた提案を見ますと、地方交付税 は、国から交付されるものではなく、地方の固有の財 源だという従来からの主張に始まって、交付税は、地 方にとって必要なものだから、守らないといけないと いう論調で貫かれています。

 これに対して、委員の知事からは、「もっと国民の 視点に立った、わかりやすい切り口や表現が必要では ないか」といった声の他、「この提案を、地方行政に 関わる業界以外の人が見た時には、お金の使い方につ いて様々な批判があるのに、地方はあいかわらず、交 付税は削れない、総額を確保すべきだと、言い張って いるとしか映らないのではないか」などの意見が出ま した。

 また、「国の関与が強すぎる」とか、「国は自らの 反省をしないまま、地方だけを攻撃している」と、国 に対する批判が出る一方、「今の状態は、国と地方の 双方が、お互いにどちらが赤字かを競いあった上、そ の原因は相手が何もしないからだと批判しあう、実に 不健全な形なので、国民から見れば、どっちもどっち だということになってしまう」といった、一歩引いた ものの見方も出ました。

 この日は、ほとんどの委員が代理でしたので、出席 した知事の数は限られていましたが、それでも、地方 交付税の問題への対処の仕方について、これだけの違 いが出るところを見ると、今後の、三位一体の改革に 対する、地方の側の足並みの乱れは、すでに、国に見 透かされているように感じます。

 そうなると、国からの攻撃を受けて、これからも、 地方は打たれっぱなしということになりかねませんの で、ここは、相手が骨太で来るのなら、こちらも、肉 を切らして骨を断つくらいの、一致団結の気迫が求め られています。

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2006/04/11

イワシも跳ねずば(4月6日)

 6日午後、県東部にある奈半利町の、加領郷の漁協 の方々から、カツオの餌に使う、イワシの稚魚の話を 聞きました。

 というのも、県東部の拠点漁港に位置づけられてい る加領郷では、沖の防波堤の整備とあわせて、イワシ の稚魚の蓄養を試みているからですが、愛媛で買いつ けた稚魚を、近海のカツオ漁に出かける、近隣の漁港 の船に販売するという仕組みです。

 一回目の仕入れ分は、すでに買い手も決まっている とのことで、漁師さん方も、これからの港の活用に、 期待をふくらませているようでしたが、カツオの餌に ついて話が聞ける機会も、滅多にありませんので、一 体どれくらいの大きさの稚魚が、餌として適している のかと尋ねてみました。

 すると、一人の漁師さんが、人差し、中、薬の三本 の指を立てて、「この三つの指の幅と同じ位の大きさ のが、一番カツオの食いつきがいい」と言います。

 さらに聞くと、この大きさの稚魚を、カツオの群れ に向けて撒いた後、水を噴射させて海面を沸き立たせ ると、イワシが一杯跳ね飛んでいるように勘違いをし て、カツオの食いつきは一層よくなるそうです。

 ところが、稚魚の体長が三本の指の幅、つまり5〜 6センチを超えると、不思議なことに、カツオはほと んど食いつかなくなると言います。

 ということは、カツオは、餌の味わいよりも、海面 を跳ねとぶくらいの、勢いと新鮮さがお好みというこ となのでしょうが、キジも鳴かずばにたとえれば、イ ワシも跳ねずばなのかなあと思いながら、話を聞いて いました。

 ただ、このようにカツオ漁は、餌を撒きながら、散 水して海面を沸き立たす、それと同時にカツオを釣る と、三拍子そろった作業が必要になりますので、「小 さな船で漁にでる漁師は大変だ」、「昔の漁師は、ひ しゃくで水を撒いたんだろうか」などと、漁師さんの 話も沸き立っていました。

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2006/04/10

報告会なら会議はいらない(4月5日)

 5日午後、県内に進出している企業の社長と、懇談 をしましたが、若手の社員教育から、幹部との会議の 持ち方に至るまで、いつもながらの元気な物言いが、 耳に小気味良く響きました。

 まずは社員教育の話で、若い社員には、自由に考え て、自由に意見を出せと言っているが、だから何をし てもいいわけでもなければ、人の言うことを聞かなく ていいわけでもない。

 だから、そのことを教えて、人を育てるのが管理職 の仕事なのに、今の管理職は、ほとんど部下を叱らな いし、そうした面での人材の育成が出来ていないと、 いきなり手厳しい話です。

 また、管理職だけでなく、若い人に対しても、自分 で考えてみろと言うと、「何も教えてくれない」と文 句を言うし、入社試験を受けにきた学生に人生哲学を 聞くと、「哲学は勉強をしていないので」などと、馬 鹿げた答えをする奴がいると、不満と叱責の種はつき ません。

 そこで、次に、幹部の会議はどのようにしているか を質問してみますと、月に1回開いているが、最近は 出ていないという答えが返ってきました。

 その理由はと尋ねると、報告ばかりしているので、 「それなら紙をまわせばすむことだ。議論をしないの なら、いちいち会議を開く必要はない」と言って、し ばらく前から、幹部の会議には出ないことにしたとの ことでした。

 確かに、県庁の幹部会でも、心当たりのある指摘で したので、この日の夕方開かれた、新年度の幹部との 懇親会の席で、乾杯の挨拶がてら、この社長の話を紹 介しました。

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古い証文(4月4日)

 4日午前、高知県の漁連の方々から、赤潮被害に対 する、共済の制度について陳情を受けましたが、その 背後には、30年以上前の、古い証文があることを知 りました。

 この制度は、赤潮によって、養殖に携わる漁業者が 被害を受けた時に、保険と同じような仕組みで、支援 をしていこうというもので、その元手になる資金を、 国と地方とで負担してきました。

 しかし、同じ一次産業でも林業には、このように、 災害の補償に税金をつぎ込むような制度はありません し、農業の場合も、国の拠出はあっても、都道府県が 負担をする、災害補償の制度はありません。

 また、災害に対する一般の保険制度と比べた時、例 えば、商店や事業所の火災保険の掛け金を、税金で支 払うなどということは考えられませんから、その分、 手厚い支援を受けてきたとも言えますが、そのことに よってかえって、競争力など、自立のために必要な力 が育たなかった面も否定できません。

 こうしたことから、国が3分の2、地方が3分の1 という負担割合のうち、地方分の半分、つまり全体の 6分の1にあたる、年額にして6万円ほどを、養殖業 を営む経営体の自己負担にしたのですが、この日の要 望は、それをこれまでのように、個人負担がない形に 戻してほしいというものでした。

 県内の養殖業の中には、魚のえらにつく害虫のため に、大きな被害を受けた経営体がありますので、そう した漁業者を多く抱える漁協では、ようやく、もう一 度頑張ろうという気持ちになったばかりの組合員に、 個人負担のことを言い出しにくいという雰囲気がある ことは、理解できないではありませんでしたが、要望 にあたってのもう一つの根拠には、首をかしげざるを 得ませんでした。

 それは、この法律が成立した時に、国会の付帯決議 で、漁業者には、決して個人負担をさせないようにと の、注文がついているからという理由です。

 それでは、その付帯決議がなされたのは、いつ頃か と振り返って見ると、昭和49年、つまり今から30 年余りも昔のことで、当時は瀬戸内海を中心に、赤潮 の被害が大きな社会問題になっていましたし、その原 因として、工場廃水や家庭排水による海の汚染が指摘 されるなど、赤潮は、まさに公害そのものだという、 時代の認識がありました。

 だからこそ、漁業者の個人責任を問うべきではない との、要請がなされたわけですが、30年という年月 は、社会や自然の環境を大きく変えてきましたし、先 ほどもふれましたように、こうした制度が、逆に、一 次産業の力を弱めてきた面もあります。

 また、それだけならともかく、今回の要望の背景に は、高知県が口火を切る形で、漁業者の個人負担の導 入がこのまま全国に広がると、付帯決議を理由に、議 会の族議員から意見を言われかねない、だから、高知 県が従来の枠を出ないように、漁連を通じて県に陳情 をさせようという、水産庁の思惑が透けて見えている のです。

 そんなことはないと信じていますが、漁業者の自立 を助けるために、今何をなすべきかを忘れて、30年 以上も昔の古証文を、後生大事に守っているのだとし たら、日本の水産の将来にとって、決して良いことで はないと感じました。

 

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組織的な対応とは(4月3日)

 3日午後、年度始めの庁議で、「組織的な対応」と いう言葉のとらえ方について話をしました。

 この日は、年度の初めにあたって、幹部職員に対す る挨拶をしたばかりでしたので、庁議では、各部局長 と担当の理事から、今年度にかける抱負を聞くだけに とどめようと思っていました。

 ところが、その中で、監査委員会の事務局長と出納 局長が、公認会計士にお願いをした、外部監査の結果 報告をもとに、そこで指摘を受けた事項を、業務の改 善にどう活かしていくかを話題にしたため、ひと言発 言したくなりました。

 というのも、僕も、外部監査の委員からの指摘に、 なるほどと感じたことがあったからですが、それは、 「組織的な対応」という投げかけに対する、役所の反 応に関することでした。

 委員の方によれば、2度と同じような問題を繰り返 さないための、また、1つの部署で指摘された問題点 を、他の部署が、自分の所にも同じ問題があるのでは と感じとって、自ら改善していくような、システムを 確立してほしいという意味で、「組織的な対応」を求 めているのに、県庁の職員からは、「1人1人の職員 に浸透をさせる」とか「組織を挙げて」「県庁が一丸 となって」といった、精神論しか返ってこないと言う のです。

 言われてみれば、県議会の答弁の中で自分も、「県 庁が一丸になって」のきまり文句を、何度も繰り返し てきましたので、内心忸怩たるものがありますが、監 査委員会の事務局長と出納局長の発言は、いずれも、 システムに重きを置いた「組織的な対応」を呼びかけ たものでしたので、僕からも、正しい意味での「組織 的な対応」の必要性を、庁議のメンバーに語りかけま した。

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2006/04/07

九条を護り賜えと咲く桜(4月2日)

 2日午前、高知県護国神社の、春の大祭に出席しま したが、戦後が忘れ去られようとしている現状に対し ての、遺族の思いを垣間見る場面がありました。

 全国の知事の中では、数少ない存在かもしれません が、知事に就任以来、戦没者を祀る護国神社の大祭に は、春秋ともに、欠かさず出席をしています。

 この日は、時折春雷のとどろく、あいにくのお天気 でしたが、お社の前のテントには、大勢の参拝者が詰 めかけていました。

 お祀りも終わりに近づいた頃、遺族の方々の詠んだ 歌が、選者によって祭壇に朗詠されるのですが、その 中の一首が耳に残りました。

 それは、「九条を護り賜えと咲く桜、護国神社に杖 つきのぼる」という歌で、作者に目をやると、かなり 高齢のご婦人でしたが、60年余りも前に、夫を戦場 でなくした女性が、今あえて憲法九条を、歌の詠みだ しの枕に使ったことに、新鮮な重みを感じました。

 そもそも僕は、常日頃から、戦後反戦を訴えてきた 「革新」の陣営が、戦争の最大の被害者である遺族の 人たちを、なぜ味方に引き込めなかったのかが、不思 議でならないのですが、この作者も多分、「革新」に 組みした方ではなかったでしょう。

 その女性が、「九条を護り賜え」と歌った心境は、 いかなるものだったのか、時間があれば、話を聞きた いと思ったのですが、顔を見合わせ、会釈をしただけ で終わってしまいました。

 戦後間もなく、現在の日本国憲法の草案に関わり、 GHQと対峙したことで知られる白洲次郎さんは、自 らの考えを、敗戦国に押しつけようとするアメリカの 態度に、「今に見ていろ」と強く憤慨をしながらも、 戦争の放棄は高く評価していたと言われます。

 ひとくちに九条といっても、一項と二項にわかれま すので、議論をしていけば、考えなくてはいけないテ ーマが、いくつか出てくるのですが、こうした具体的 な各論に入る前に、忘れてほしくないものがあるとい うのが、このご婦人が歌に込めた思いだろうかと、勝 手に受けとめていました。

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朝から晩まで(4月1日)

 1日は、年度の初めとはいえ、朝から晩まで、東へ 西へと奔走する一日でした。

 この日朝一番の仕事は、大河ドラマの「功名が辻」 の放映にあわせて、来年の1月8日まで高知城の周辺 で開かれる、土佐二十四万石博のオープニングへの出 席で、8時半からの開場に間にあうようにと、8時過 ぎには家を出ました。

 驚いたのは、午後2時から開かれる、関連のイベン トに出席するドラマの主人公、山内一豊役の上川隆也 さんの、追っかけをしているおばさま方が、この時間 から、イベント会場の前に陣取っていたことで、陣取 り合戦には、戦国の時代に負けない厳しさがありまし た。

 これが終わると今度は、長宗我部氏と縁の深い、高知市長浜の若宮八幡宮に転戦をして、「どろんこ祭り」 という伝統のお祭りに参加しました。

 これは、昔々、早乙女たちが田んぼで田植えをして いたところ、近くを通りかかった殿様に泥が跳ね飛ん だため、お手討ち覚悟で恐れ入っていると、殿様が、田植えの途中に田んぼの近くを通った自分が悪いと言 って、お咎めなしに終わったという故事にもとづくも ので、女性が泥の入った手桶を持って、男性の顔に泥を塗るというお祭りです。

 普通なら、「顔に泥を塗る」というのは、決して良 いことではありませんが、このお祭りでは、この泥を 塗られると、一年を通じて無病息災との言い伝えがあ りますので、僕も、誰だかわからなくなるくらい、顔 いっぱいに泥を塗られました。

 顔の泥を洗い落とすと、落ち着く間もなく、例の2 時からの、二十四万石博のイベントの時間で、朝8時半から来られていた、追っかけのおばさま方を前に、 上川さんと並んで鏡開きの樽を割りました。

 ここからが、また忙しくて、その足で空港から東京 便に飛び乗ると、「土佐宇宙酒」の発売記念イベント が開かれる、高輪プリンスホテルの会場に向かいまし た。

 これは、ロシアの宇宙船ソユーズに乗って、1週間の宇宙旅行をした、高知産の酵母を使って作られたお酒で、とても香りのよい、フルーティーな味わいに仕上がっています。

 ただ、翌朝の高知での仕事に出るためには、東京発の1便では間に合いませんので、8時前にホテルを出ると、最寄りの品川駅から新幹線で、大阪に向かい した。

 こうして、一日の日程を終えて大阪のホテルに着いた時には、時計の針は、すでに夜の11時を大きく回 っていました。

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市町村と地域の違い(3月31日)

 31日午前、民生委員や児童委員の、協議会の役員 の方々と懇談しましたが、市町村合併をして町や村が 姿を消しても、地域が姿を消すわけではないという声 を、なるほどとうなずきながら聞きました。

 民生委員や児童委員の協議会との間には、財政状況 の厳しさを理由に、活動費への補助を削減した経緯が あるため、一時は、ぎくしゃくとした関係になりまし たが、地域の支え合いを進めるためにも、県と協議会 が、今一度しっかりと手を組まなくてはいけないとい う、役員の皆さんの前向きな思いがあって、この日、 懇談の場を持つことが出来ました。

 その中で、役員の方々からは、「県も財政が厳しい から、運営費の補助の全体額を、削らざるを得ないこ とは理解できないではない。ただ、市町村合併で町が 市になったというだけで、杓子定規に、法定の協議会 や委員の数を削るのは納得できない」との、ご指摘を 受けました。

 具体例として挙げられたのは、西土佐村が、中村市 と合併して四万十市になることで、民生委員が6人か ら8人減るとか、5つの町村が合併した香南市では、 町村ごとに2人づつ配置されていた主任児童委員が、 市への昇格で3人となるため、結果として、10人が 3人になるといった問題点でした。

 合併によって、町や村は姿を消しても、民生委員や 児童委員のフィールドである地域は、姿を消すわけで はないので、一律に効率化の対象にするのはおかしい とのご指摘は、確かに一理あると思います。

 このため、委員の皆さんの、お仕事の実態ともあわ せて、地域の支え合いを進めていくためには、どのよ うな形が望ましいかを、検討することをお約束しまし た。

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2006/04/04

212分の1(3月30日)

 30日午後、21日のこの欄で紹介をした、衆議院 の千葉7区の補欠選挙に手を挙げた、212人のうち の1人が、お隣の埼玉県の副知事だったことから、埼 玉県内では、かなりの波紋を呼んでいることを知りま した。

 この方は、埼玉県の知事に乞われて、経済産業省か ら埼玉県の副知事に出向していましたが、自民党が行 った、千葉7区の候補者の公募に応じていたことが明 るみに出たため、副知事を辞めて、立候補することに なりました。

 このため、埼玉県の知事さんの記者会見では、「現 職の副知事が、他の所の公募に、こっそり応じていた というのは、汚い言葉で言えば、二股をかけていたこ とになると思うが」とか、「候補に選ばれなかった場 合、もし名前が外に出ていなければ、副知事を続けて いたと思うが、ばれなければ、何をしてもいいという 話になるのか」など、厳しい質問が飛びました。

 これに対して、知事さんは、「自分の才能や能力、 あるいは実績が、どの程度評価されているかを、知り たい気持ちのある人もいるのでは」など、やや苦しげ な答弁です。

 先日書いた、212対ゼロの話の続編で、地方の仕 事に、かつてほどのうま味を感じない人が、ふえてい ることの証の一つなのでしょうが、それだけに、地方 をあずかる人材は、ますます重要になっています。

 僕も、残りの任期が1年半余りになったため、次の 選挙はどうするのかと、尋ねられる機会も多くなりま したが、そんなわが身と、「212対ゼロ」や「21 2分の1」の現実を、思わず見比べてしまいました。

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ジャマイカからのメール(3月29日)

 29日午後、県立の春野総合運動公園の、体育館に 眠っていた体操の器具が、県内の学校などで、活用さ れるようになったとの報告を受けましたが、これも元 はと言えば、ジャマイカから届いた、1通のメールが きっかけでした。

 これは、10年余り前に買い込まれた器具が、しま い込まれたまま使われずに、体育館の倉庫の中で眠っ ていたもので、平均台、平行棒、跳馬、あん馬、吊り輪、鉄棒など、器械体操を中心に、金額にすれば、およそ2000万円分にあたります。

 実は、もう数ヶ月も前のことですが、ジャマイカで 体操の指導にあたっているという方から、「中古の器 具を譲ってもらえないかとあたっていたところ、高知 県の春野の体育館に、使われていないものがあって、 処分先を探しているという話を耳にした。そこで、輸 送費はこちらで持つので、譲っていただけるかどうか をお尋ねしたい」といった内容のメールが、僕のもと に届きました。

 全く聞いたこともない話でしたので、早速担当の課 に問い合わせますと、確かに、体操の器具はあるけれ ど、廃棄処分が決まっているわけではないし、もし外 国に送るのであれば、その前に、県内の学校などに、利用の希望がないかを確かめないといけないと言います。

 このため、もともと、利用先を探していたのならま だしも、人から指摘されるまでは、倉庫に眠らせてお いて、譲ってくれと言われた途端に、利用の希望を問 い合わすというのも、いささかだろうなどと悪態をつ きながら、県内であれ、ジャマイカであれ、早く、有効に使われる道を探しなさいと指示しました。

 その結果、高知大学をはじめ、4つの県立高校や、 私立の3校、さらにはスポーツ教室などに、引き取ら れることになりました。

 こうしたことから、メールを下さった方には、長く お待ちをいただいた上、ご期待に沿えずに申し訳ないとのメールを送りましたが、もしこのメールが来なけ れば、数多くの体操の器具は、朽ち果てるまで倉庫に眠っていたのではないかと、身内を疑ってしまう知事さんでした。

 このように、コスト意識の弱い県庁では、まだ使え るものが眠ったままになっている事例が、この他にも あるのではないかと疑われますので、これを機会に、全庁的に呼びかけるようにも指示しました。

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足下の不安(3月28日)

 28日午後、高知県観光コンベンション協会の理事会に出席しましたが、理事のお一人から、県外からのお客様を迎えるにあたっての、足下のサービスの不 安を指摘されました。

 今年は、NHKの大河ドラマ、「功名が辻」のご利 益のお陰で、高知の観光も、久し振りに力の入る1年 ですので、この理事さんは、まずは自分で、足下のサ ービスを体験してみようと、高知城をはじめ、市内の観光地をめぐってみたそうです。

 すると、当の観光コンベンション協会が経営する、 お城の駐車場からして、「係の人に笑顔はないし、そもそも、お客様を迎えようという心構えさえ感じられない」と、手厳しい評価です。

 また、市内には、「ぐるりんバス」といって、市内 の観光スポットなどを結ぶ、巡回バスが走っています ので、お孫さんを連れて、カルポートという、市の施 設の中にあるマンガ館を見た後、「ぐるりんバス」を 利用しようとしたのですが、どこにバス停があるのか がわかりません。

 そこで、あらかじめ持っていた、時刻表に記載され た問い合わせ先に電話をかけて、「カルポートの停留所はどこですか」と尋ねたのですが、何と、3回もたらい回しにされたあげく、結局、電話口に出た人は、 誰一人わからずじまいでした。

 このため、やむなく外に出て、あたりを見まわしていると、無情にも「ぐるりんバス」は、その目の前を 通り過ぎていってしまいました。

 地元の人にさえわからないような不親切さで、今後 県外から、大勢のお客様がお見えになったらどうするのかというのが、この理事さんの心配ですが、実にごもっともな話で、いくら何でもこれはないだろうと、少し気が重くなりました。

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