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2006年6月

2006/06/26

今日も板前修業(6月25日)

 25日は、丸1日のオフでしたので、わが家の夕食担当の、板前兼コックを務めました。

 この日は、昨日知人にもらった、イサキがメインでしたが、まずは鱗をとるのがひと苦労で、洗い場一面に、鱗を飛び散らせてしまいました。

 それが一段落したところで、昆布と削り節で、一番出汁をとりましたが、これがなかなかの風味でしたので、二番出汁でイサキを煮込んで、一番出汁のお澄ましで、イサキをいただくことにしました。

 大きな深皿に、煮込んだイサキを盛りつけた後、ほうれん草をあしらって、その上から、たっぷりとお澄ましをかけました。

 この他にも、出汁をとるのに使った昆布と大根の煮物や、湯むきしたトマトで、ナスやイカを煮込んだイタリアン風など、数品を食卓に並べましたが、特にイサキは上品なお味で、食べる係の妻からは、高得点をもらいました。

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ここにも大二郎がいた(6月24日)

 24日午後、高知市営球場で、四国アイランドリーグの試合を観戦しましたが、徳島のチームに、「大二郎」という選手がいるのでびっくりしました。

 「大二郎」選手の本名は、山田大二郎ですが、鈴木一郎が「イチロウ」なのと同様、「大二郎」で選手登録をしています。

 四国アイランドリーグの試合を見るのは、初めてではありませんが、徳島のチームは初めてでしたので、一番バッターが「大二郎」と知って、急に親近感を感じてしまいました。

 この日は、時折雨がぱらつく、梅雨空のもとでのゲームでしたので、特別観覧席(と言っても、客席の最後列に、張り出す形で作られた小部屋ですが)の床を屋根代わりに、雨をよけながら観戦をしました。

 試合は、高知のチームにホームランも出て、3対2で高知ファイティングドッグスが逃げ切りましたが、9回表は、1点差のワンアウト1・3塁まで追い込まれました。

 それが、内野ゴロのゲッツーで、ゲームセットになりましたので、ガッツポーズをしようと立ち上がった途端、屋根代わりにしていた、特別観覧席の床の鉄製の梁に、思い切りおでこをぶつけてしまいました。

 後ろで見ていたおじさんからも、「知事さんが頭ぶつけとるがな」などと言われますので、いや大丈夫と胸を張ったものの、次第に、おでこがヒリヒリと痛んできました。

 そんなわけで、名誉の負傷をさすりながら、最後には、「大二郎」選手のこともすっかり忘れて、球場を後にしました。

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歴史は繰り返す(6月23日)

 23日午後、土佐料理を研究している方と、久し振りにお話をする機会がありましたが、あらためて、タタキの由来を聞いて、なるほどそうだったのかと感心をしました。

 お話によると、土佐藩にとって鰹は、最も重要な財源でしたから、漁港に鰹が上がるたびに、藩の役人が待機していて、片っ端から買い上げていったそうですし、漁民の側も、藩が高く買ってくれるにこしたことはありませんから、江戸時代には、漁民といえども、鰹を食べることはなかったと言います。

 このため、日頃は、磯で捕れる磯魚を食べていましたが、磯魚は皮が厚くて硬いため、刺身にするには、皮をとらないといけませんが、そうすると、皮と身の間にある、魚の中でも一番美味しい部分を、捨ててしまうことになります。

 そこで考えられたのが、皮の部分をあぶり焼きした上、これを刺身状に切って塩をふって食べる、「塩タタキ」という料理法で、これによって、皮のパリパリ感とともに、皮と身の間のうま味を、刺身感覚で食べることが出来ます。

 この磯魚を使ったタタキが、明治以降に、鰹が一般の人の手に届くようになってからは、鰹のタタキになり、さらに、庶民が醤油を使うになってからは、塩ではなく、タレで食べるようになったということです。

 なるほど、日頃何気なく食べているタタキにも、そんな秘密と知恵が隠されていたのかと、あらためて感心をしましたが、最近は再び、「塩タタキ」が見直されていますので、これもまた、歴史は繰り返すの一例かと思いました。

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蟲になりても(6月22日)

 22日午後、僕が序文を書いた、元死刑囚の歌集の復刻版を、その出版に情熱を注がれた、亡き編著者のご長男が、知事室まで届けて下さいました。

 「蟲になりても」と題されたこの本には、1960年に、宮城拘置所で刑死した元死刑囚が、高知歌人という、県内の同人誌に投稿した歌を中心に、高知歌人クラブを主宰されていた女性ら、歌詠みの仲間と彼との交流の思い出が綴られています。

 最初に出版されたのは、1962年のことですが、すでに他界されている、編著者の女性のご長男が、是非とも復刻版を出したいと奔走された結果、文芸春秋社が、その願いをかなえてくれることになりました。

 その際、昔の仕事の関係で、その主宰者の女性やご長男とつき合いのあった、僕の従兄を通じて、復刻版の序文を書いてほしいとのご依頼を受けたのが、もう半年余り前のことでした。

 序文にも書きましたように、最初は、仲のよい従兄から頼まれた義理でというのが、正直なところでしたが、読み進むうちに、思わず胸が熱くなるような、優しさと重みのある作品でした。

 ですから、かなりの思い入れを込めて、序文を書かせてもらいましたが、その復刻版が出来上がったと、この日ご長男が、知事室まで届けて下さったのです。

 「蟲になりても」のタイトルは、「刑場に果てる命を嘆きつつ蟲になりても生きたしと思う」という、元死刑囚の辞世の歌の一節から採ったものですが、タイトルの文字や全体の装丁も、いずれも内容にふさわしい出来上がりで、少しでも多くの人の目に留まればと思いました。

 今週は、光市で起きた母子殺害事件の、最高裁での差し戻し判決もありましたが、出来たばかりの本を手にしながら、同じく殺人犯が話題の中心とは言え、これほどまでに印象が違うものかと思いました。

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裁判員制度になったら(6月21日)

 21日朝、昨日最高裁判所で下された、少年事件に関する、破棄差し戻しの判決をめぐる報道を見て、3年後に裁判員制度が導入されたら、こうした裁判は、どんな展開になるのだろうかと考えました。

 この事件は、1999年4月、山口県の光市で、若い母親と生後11ヶ月の長女が、当時18才の少年に殺害されたもので、地裁・高裁ともに、犯行当時に少年だった被告の、更生の可能性などを配慮して、無期懲役の判決を下しました。

 これに対して、検察側が最高裁に上告していたのですが、この間には、被告が知人に書き送ったという、被害者の遺族や社会をあざ笑うような内容の、手紙の存在も明らかになりました。

 これに加えて、被害者の夫であり父である男性が、加害者に対してはもちろんのこと、1審・2審の裁判にも、強い不信の念を示されてきたことから、最高裁の判断が注目されていました。

 この事件に対して最高裁判所は20日、無期懲役とすることは、「甚だしく不当で、破棄しなければ著しく正義に反する」として、無期懲役の判決を破棄した上、再度審理をするよう、広島高等裁判所に差し戻しました。

 21日朝、この件に関する、一連の報道を見ていて考えたのは、3年後に導入される裁判員制度のもとでは、こうした事案は、どのような形で審理が進められるのだろうかということでした。

 というのも、アメリカの陪審員制度の場合は、陪審員は、有罪か無罪かを決めるだけで、量刑は裁判官が決めるのですが、日本の裁判員制度では、死刑を含む量刑まで、裁判員が決めることになるからです。

 例えば、これまでの裁判では、地裁や高裁といった下級審は、上級審に当たる最高裁の判決に縛られますので、死刑を下すべきかどうかの判断は、1983年に、いわゆる「永山事件」で最高裁が示した、殺害された被害者の人数や、犯行当時の被告の年令など、9つの項目を基準にしてきました。

 だからこそ、弁護団の側は、裁判所が自ら示してきた死刑の適用基準を、逸脱していると批判しているのですが、この事件を、一般から選ばれた裁判員が審理する場合には、死刑はまぬがれないとの受けとめが、全体の流れを大きく支配するのではと思います。

 では、そうした時に、少年が犯した過去の凶悪事件の判例は、審理の基準になるのか、また、それらのことが裁判員に説明されるのか、それともされないのかなど、様々な疑問がわいてきました。

 といったことで、裁判員制度の導入で、裁判の速度や結果は、かなり大きく変わっていくのだろうなと、考えさせられる最高裁判決でした。

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お城下ナビの行く末(6月20日)

 20日午後、NTTの高知支店長が、異動されるのに伴って、高知城の観光案内のために、NTTが開発をしてくれた「お城下ナビ」の、今後の使い方が話題になりました。

 この「お城下ナビ」は、高知城の追手門に近い、山内一豊の像の前に始まって、天守閣に至るまで、城内の4ヶ所に設けられていて、よさこい踊りに使う、鳴子をかたどったインターホンを耳にあてれば、赤外線を使った無線で、場所ごとの解説が聞けるようになっています。

 これは、NHKの大河ドラマ、「功名が辻」の放送にあわせて、NTTが開発をしてくれたシステムで、7月までは、貸しつけや回収の作業も含めて、NTTに、無料でサービスをしてもらっています。

 このため、このシステムの発案から開発に、尽力して下さった、高知支店長の異動に伴って、「お城下ナビ」の、今後の使い方が話題になりましたが、このまま続けるには、いくつかの問題があります。

 一つは貸し出しの場所と人手で、今は、お城の下にある県立の文学館に、NTTが人を配置してくれていますが、今後も続けるのであれば、お店や旅館ホテルなどの窓口で、仕事のついでに貸し出ししてもらうのが一番です。

 もう一つ問題なのは、予想以上に電気を消費するため、わりと頻繁に、電池を取り替えないといけないという点ですが、これは、本格的に取り組むことになれば、研究開発の努力で、必ず解決できるというのが、NTTの専門家の見方でした。

 一方、受けいれの側にも、無線を発信するための据え付けの装置が、お城の景観とマッチしないのではとか、人の流れの邪魔になるといった、聞きようによっては、反対のための反対ととられかねないような、意見もあるようですが、このまま、試しの期間が終わったら「はいさようなら」では、あまりにもったいない話だと思います。

 もし、このシステムが軌道に乗るのなら、空港や駅でも貸し出して、お城に限らず、市内の観光地をまわるのに活用してもらえるような仕組みも、可能になりますので、何とか、前向きな打開策を考えたいものだと感じました。

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夢一杯の親子(6月19日)

 19日午後、最近話題の、フィギュアを制作する会社の、創業者とお会いする機会がありましたが、昨日お目にかかった息子さん共々、話の端々に夢が散りばめられていました。

 フィギュアというのは、動物や植物をはじめ、美少女、怪物、ヒーロー等々、プラスチックで作られた、様々なジャンルのミニチュアのことですが、海洋堂という、高知県出身の創業者が立ち上げた、専門の制作会社によって、今やメジャーの座を勝ち得ています。

 18日は、その海洋堂の現在の社長である、創業者の息子さんと、また19日はお父様と、それぞれゆっくりと、お話することが出来ました。

 まず、息子さんの話でなるほどと思ったのは、「おたく」の草の根の広がりが、流行に火をつけるという話でした。

 というのも、宮崎駿が、1978年に制作した「カリオストロの城」は、封切りから3週間で打ち切り、また、「エヴァンゲリオン」や「ガンダム」なども、初めはほとんど話題にならなかったのに、「おたく」的なファンの、草の根の支援が広がって、ついには、大衆的な人気になっていったというのです。

 そこで、高知の文化の一つである漫画やアニメ、さらにはフィギュアなどをあわせた、「おたく文化」の発信基地づくりを、「おたく文化推進事業」と銘打って、県や市が打ち出せば、最初に言いだしたもの勝ちの、これまでにない地域づくりが出来るというのが、社長のフラッシュ・アイディアでした。

 この他にも、香港、ニューヨーク、ニュルンベルグで開かれる、世界3大おもちゃショーに出品された品を、全て1品ずつ買いそろえた、「世界一のおもちゃ屋」構想や、プラモデルや超合金の第一世代が、処分せざるを得なくなる趣味の品の収集など、「おたく」を切り口にした楽しい話が一杯ありました。

 続いて、19日の午後には知事室に、創業者であるお父様の訪問を受けましたが、かつては、大阪の千里に、ゴジラの外見をした10階建てのビルを、建てる構想を持っていたというだけに、息子さん以上に、風呂敷の大きなお話を聞くことが出来ました。

 特に思い入れが強いのは、遊びの全てが詰まった、「ホビー館」というイメージですが、回転寿司の機械を入れて、観客が動かずに見られるようにしたい、というお話が新鮮でした。

 ただ、ふるさと高知を、「おたく文化」の発信基地にという思いは、息子さんと同じで、「息子の仲間を総動員すれば、面白いものが出来るだろう」と、現社長に花を贈られていました。

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2006/06/21

出会い頭(6月18日)

 18日昼過ぎ、夕食の惣菜を買おうと、妻と一緒に外出をした途端、以前から支援してくれている女性と出会って、お仲間で、月に1回開いているという懇親の会に、お誘いを受けました。

 この日は、午前中、話題のフィギュアの関係者と、懇談をする機会を持ちましたが、午後からはオフだったため、夕食に使う野菜を買いに行こうと、1時過ぎに、妻と2人家を出ました。

 すると、歩き出して5分もたたないうちに、街角で停まった車から降りてきたのは、高知に来て以来の、知り合いの女性ではありませんか。

 この方は、徳島県境の、東洋町の野根という地区の方ですので、「お久しぶりですね。今日は、わざわざ遠くから何ですか」と声をかけますと、昭和50年代に廃止をされた、野根営林署の関係者と、毎月高知市で懇親会を開いているのだが、今日は、父の日の記念なので、知事も来ないかといきなりのお誘いです。

 まさに出会い頭の、突然のお申し出でしたが、とにかく久し振りの再会でしたので、これも何かのご縁と思って、早速、買い物は中止をして、夕方6時から、市内の居酒屋で開かれる会に、出席することを約束しました。

 約束の時間に出かけてみると、元野根営林署の職員の方を中心に、僕たち夫婦を除いて、7~8人の会でしたが、幹事を務める、最後の野根営林署の署長さんの話では、僕に、声をかけてくれた女性が、営林署の廃止に反対する急先鋒だったため、それ以来のつき合いだということでした。

 それも、面白い因縁だと思いましたが、振り返ってみますと、そもそも僕が、この女性に初めて出会ったのは、今から15年前、知事選挙に出馬するために、高知に移り住んで間もない頃のことでした。

 高知には、神祭(じんさい)といって、かわるがわる隣人の家に上がり込んで、わいわいと飲み食いをする習慣がありますが、それは、安芸市の神祭で、或る方のお家にうかがった時のことでした。

 そこにおられたのが、この女性で、酒の飲めない僕に、高知の知事になるのなら、酒のつき合い方を知らないといけないと言って、酒の席での振る舞い方を教えてくれたのです。

 それ以来、そんなに何度も、顔をあわせたわけではないのですが、なぜか強く印象に残る人でしたし、こんな再会をしたのも、何かのご縁かと思いました。

 ところで、知り合いの女性と言いましたが、お年は86才ですので、いかに、高知の女性が元気かがわかるでしょうし、そもそも、こんな出会い頭の場が生まれるのも、高知ならではだと思いながら、話の輪に入っていました。

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何でも相談の窓口(6月17日)

 17日夕方、高知市内で開かれた、福祉機器の展示会を見学した後、福祉関係者とのパネルディスカッションに、コメンテーターとして参加しました。

 この福祉機器展は、今年で5回目ですが、噛まなくても食べられる食品から、お尻まわりの商品、また、目や耳、足など、様々な障害に対して、こんなに幅広い品揃えがあるのかと感心をしました。

 ペースト状の食品では、ほうれん草のおひたしなどを試食してみましたが、プラスチック容器に入った、見た目の味気なさとはうって変わって、口の中にいれれば、食材をもぐもぐとかみ砕いた後と、同じ風味が味わえます。

 また、活字を大きく映し出す機器には、携帯用のものもあって、充電すれば5時間は持つと聞きますと、何も弱視の方に限らず、老眼の進む我々の世代にも使える、ユニバーサルなデザインの、商品ではないかと思いました。

 この後、この福祉機器展を主催する団体の代表や、各分野で、障害者福祉に取り組んできた方々との、パネルディスカッションに参加しましたが、お話を聞いていて、「必要な人に、必要な情報を、必要な時に届ける」ことが、最大のテーマだと感じました。

 そもそも、この福祉機器展も、単なる見本市や商品宣伝が目的ではなく、こんなに良いものがあるのに、使うべき人に知られていない、逆に、こういう物がほしいのだが、どこに行けばいいのかわからない、というミスマッチを、少しでも埋めていきたいとの思いで始まりました。

 それだけに、これからは、ここに行けば何でもわかる、何でも答えてくれるという、ワンストップサービスの窓口が必要ですが、どうしても、自分の持ち分以外には手を出そうとしない、役所の体質では、この手のサービスの実現は、難しいと感じています。

 ただ、障害者福祉の分野だけでなく、例えば、児童虐待をはじめ、こどもが被害者になる事象や、ドメスティック・バイオレンスなどへの対応に取り組んでいる方々からも、一本化した窓口づくりを求められていますので、こうした窓口の整備は、幅広い分野で、これからの重要なテーマの一つです。

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きつねが運ぶ幸せのお値段(6月16日)

 16日昼、昼食にきつねうどんを食べながら、油揚げと幸せとの関係を考えてみました。

 このところ、やや太り気味なのが気になって、昼食を素うどんですませているのですが、たった1枚だけ油揚げが入っていますので、それを少しずつかじりながら、そのほのかな甘みを頼りに、うどんをいただいています。

 ところが、うどんの嵩に比べると、油揚げの形が小さいため、うどんを食べる時に、口に含むことの出来る油揚げは、ほんのひとかじりになります。

 それが何とももどかしくなったため、この日は、油揚げが素うどんよりも2枚多く入っている、きつねうどんを注文しました。

 こうなれば、心おきなく油揚げがかじれますので、とても幸せな気持ちで、うどんをいただくことが出来ましたが、もぐもぐと味わいながら、(「きつねうどん」-「素うどん」)÷2=「油揚げ1枚のお値段」は、おいくらだろうかと、きつねさんが運んでくれる幸せのお値段に、思いをめぐらせてみました。

 早速、調べてみますと、きつねうどんは400円、素うどんは350円ですので、油揚げ1枚の値段は、(400円-350円)÷2=25円ということになります。

 「それは、結構高いねえ」と、値段を教えてくれた職員に感想を言うと、「でも、幸せには代えられないでしょう」と言われてしまいました。

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品質を高めるためには(6月15日)

 15日午後、全く異なる分野のお客様と懇談をする中で、期せずして、入札の手法と品質との関わりが話題になりました。

 そのお一人は、障害者関係のイベントを、企画・運営した経験の持ち主で、役所からは、何年か続けて随意契約という形で、仕事の委託を受けていました。

 このため、毎年の仕事の積み重ねを生かして、例えば、ステージへの上がり口を、階段からスロープに変えるといった、プラスアルファの工夫が出来たと言います。

 ところが、入札の際に、価格だけを基準にした競争性が、厳しく問われるようになってきたため、文化や福祉などの分野で、品質や価値にこだわって仕事をしてきた人達の、実績が評価できずに、全ての事業が、プロポーザル方式と呼ばれる競争にさらされることになりました。

 といった悩みを聞いているうちに、つい最近、自分も、同じ類の問題に直面したことを思い出しました。

 それは、「とさのかぜ」という、県が発行している文化情報誌にまつわることで、これまでは、年4回の企画を考える、委員会の開催から、取材や編集、さらには印刷のレイアウトまで、全てを同じグループが、一連の作業として仕上げていました。

 このため、一つの考え方に貫かれた、品質の高い紙面が作られていましたし、県外の方からも、高い評価を受けていました。

 しかし、ここでも、企画や印刷などを手がける企業の方から、「いつまでも、同じグループが仕事を独占しているのはおかしい」といった声が上がったため、委員会で検討してもらった企画の内容を、取材や編集に具体化していく段階を、プロポーザル型の競争入札に付すことになりました。

 人の体に例えれば、頭脳の部分と体の部分とを、切り離さざるを得なくなったわけで、こうした法の規制が続く限り、この国には、独自性のある文化や福祉の行政が、育たないのではないかとの、焦燥感さえ感じます。

 そんなことを考えているうちに、今度は、国土交通省の方がおみえになって、公共工事の品質を確保するための法律が、話題になりました。

 この法律は、工事の入札が、価格だけに焦点を置いた、安かろう悪かろうの争いに陥るのを防ぐために、技術力や社会貢献の努力など、企業が持っている品格や社会的な価値を、入札の評価に加えようというものです。

 そのことで思うのは、最近話題になっている、エレベーターの事故のことですが、価格競争だけに流れてきた入札の手法も、こうした問題の背景にあるように感じられます。

 確かに、役所に圧力をかけて、繰り返し随意で契約を得ようとするような手合いを、許してはいけませんし、入札の透明性を高めることは、とても大切なポイントですが、その一方で、発注する仕事によっては、価格だけでなく、受け手の側の、品格や独自の価値が評価されるような、新たな契約の方法が考案されないと、地域の品格は、なかなか高まらないのではと、大いなる悩みを抱えています。

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2006/06/19

牟岐町で出来るなら(6月14日)

 14日午後、徳島県の牟岐町で開かれた、四国知事会に出席しましたが、早速、県内の或る市の関係者から、牟岐町で開けるのなら、我が市での開催も可能だろうかとの打診がありました。

 四国4県の持ち回りで開催されている、四国知事会は、以前は、それぞれの県庁所在地が会場になっていましたが、高速道路の整備が進むに従って、それ以外の場所でも、開催されるようになってきました。

 こうしたことから、徳島が開催県になった今年は、南海地震に備えての防波堤の整備や、津波から逃げるために、海岸ぶちに作られた避難所などの視察を兼ねて、県の南部にあたる牟岐町が会場になりました。

 といっても、四国以外の方には、地理的な関係がよくつかめないでしょうが、高知市から行けば、車でおよそ3時間など、正直なところ、どの県からも行きにくい場所にあります。

 このため、ニュースでこの日の会場を知った、県内の或る市の関係者から、早速、「高知県での開催は何年先ですか。牟岐町で開催が可能なら、うちにも、知事会を誘致できるでしょうか」との、問い合わせがありました。

 高知での開催は2年後ですが、その時には、まだ道州制が実現している気配はありませんので、どこで知事会を開催するかは、結構楽しいテーマではないかと思いました。

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出資引き揚げの背景(6月13日)

 13日午前、日銀の福井総裁が、村上ファンドに出資をしていた問題で、全国紙の記者から、思わぬ問い合わせを受けましたが、それをきっかけに、そう言えば福井さんはと思い出すことがありました。

 記者からの問い合わせは、福井総裁がメンバーになっている、初亥会(はついかい)という会に関することで、僕もこの会のメンバーかという質問でした。

 なぜ、こんな質問を受けたのかと言えば、初亥会の例会が、高知で開かれた時のことを、このブログに書いたことがあったからですが、この会は、昭和に入って初めての亥年、つまり、昭和10年生まれの経済人で作っている親睦の会で、福井総裁の他、郵政公社の生田総裁やオリックスの宮内さんなど、そうそうたるメンバーが顔を揃えています。

 僕は、同じ亥年とはいえ、昭和で2度目の亥年生まれですので、この会のメンバーではないのですが、大学のゼミの先輩でもある生田さんなど、面識のある方が何人かおられたため、メンバーの方々が、奥様同伴で高知に来られた時に、夕食の会にお招きにあずかりました。

 ここまでの経過をお話しすれば、勘のいい方には察しがつくかと思いますが、話題の的になっている福井総裁と、もともと村上ファンドの支援者とされる宮内さんが、この会の有力なメンバーですので、初亥会の縁が、ファンドの輪につながっていったのではというのが、取材の狙いだったと思われます。

 その証拠に、問い合わせを受けた新聞には、この件に関しての、生田総裁のコメントが使われていましたが、そのお陰で、福井総裁に関して、思い出したことがありました。

 それは、くだんの夕食会の席で聞いた話で、その前日の夜、一行が中村市(当時)のホテルに宿泊をした際、福井さんがテレビで阪神戦の中継を見ているうちに、大風呂の入浴時間が終わってしまったというのです。

 このため、観光で売るつもりなら、野球の中継を見ているうちに、お風呂に入れなくなるようではいけないと、何人かの方からお叱りを受けたのですが、それくらい福井さんは、熱狂的な阪神ファンなのです。
 
 ですから、村上ファンドによる阪神株の買収が表に出た、去年の10月以降、阪神ファンの福井さんが、それに異を唱えたのか、それともファンドによる買収を良しとしたのかは、興味のあるところです。

 と同時に、なぜ、今年2月に出資を引き揚げたのかとの、マスコミの質問に対して、あまりはっきりとしない理由を挙げられるくらいなら、「阪神ファンとして、どうしても許すことが出来なかった」と言われた方が、大方の共感を呼べたのではないかなどと、勝手な想像をめぐらせました。

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人と知恵の力の素(6月12日)

 12日午前の庁議で、来月予定している、政策協議の進め方を話しあいましたが、その中で、人と知恵の力の活用について、自らの思いを披瀝しました。

 人と知恵の力を活用するということは、事業費予算だけに頼る仕事の仕方を、改めるということですが、それを別の言葉で表現すれば、人と知恵の力の素になる人件費を、事業費と同じように、コストとして意識しなくてはいけないという意味になります。

 そこで、例に挙げたのは、先日の、テレワーク学会の講演でも引き合いに出した、NHK時代の思い出話で、当時、NHKの番組づくりは、黙っていても受信料が入る仕組みになっているため、予算の見積もりが贅沢だと、民放からの批判を受けていました。

 といっても、番組予算の総額に、さほどの開きがあったわけではなく、大きな違いと言えば、スタッフの人件費を計上しているかどうかでした。

 というのも、民放の場合は、番組の制作に関わる、関連会社のスタッフの人件費を、制作にかかるコストとして計上していたのですが、NHKでは、ディレクターやカメラマンなど職員の人件費を、番組制作費からは除いていましたから、民放と比べて、番組づくりのコスト意識が、弱くなる傾向にありました。

 その後、NHKでも、人件費をコストとして計算するようになりましたが、県庁をはじめとする役所は、未だに、人件費をコストとして意識する姿勢に欠けています。

 このため、財政が厳しくなると、事業費が確保できないことを理由に、志気が低下するといったことが、よく言われるのですが、こんな時こそ、人件費という立派な予算を、県民サービスに活かすことを、考えなくてはなりません。

 このため、今後の予算づくりにあたっては、事業費だけでなく、人件費を含めた予算を要求して、査定する仕組みに変えていく必要がありますし、今年の夏の政策協議では、こうした人件費のコスト意識を、庁内で共有できるようにしていきたいと考えています。

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2006/06/15

断腸の思い(6月11日)

 11日は、東京の病院に入院した、兄の見舞いに行きましたが、その病名を聞いて、「断腸の思い」という言葉を思い起こしました。

 兄が救急車で緊急入院をしたのは、4年前の心臓手術の時以来2回目ですが、今回は、心臓や脳には全く異常はありませんでした。

 ところが、お腹の痛みを訴えたため、開腹したところ、大腸が壊死した状態になっていたため、大腸を取り除く手術を受けました。

 何が直接の引き金になったのかはわかっていませんが、何らかの原因で、大腸に血液がまわらなくなったために、わずかな時間の間に、大腸が壊死をしたとのことで、消化器が専門の医師の話では、数十年の経験の中でも、これが2例目ということでした。

 それだけ、めったにない珍しい症状ということですが、数時間のうちに、たちまち腸が機能しなくなったと聞いて、「断腸の思い」という、中国の故事に基づく言葉が頭をよぎりました。

 これは、中国の晋の時代の昔話ですが、桓温という武将が、舟で三峡を旅していた時に、従者が小猿を捕まえました。

 これを悲しんだ母猿が、川沿いの岩づたいに、どこまでも追いかけてきたあげく、ついに舟に飛び移ったのですが、そのまま息絶えてしまいました。

 そこで、その母猿のお腹を開いてみると、腸がずたずたになっていたことから、はらわたが千切れるほどの悲しみや辛さを、「断腸の思い」と言うようになりました。

 兄も場合も、長く政治の世界で仕事をする中で、誰にも言えないような、辛いことや悲しい出来事が、積もり積もっていたことでしょう。

 しかし、根っから我慢強い男ですし、言い訳も一切口にしないタイプですので、もしかすると、それが断腸につながっていったのかもしれません。

 ただ、やるだけのことはやったのですから、今は全てを忘れて、ゆっくりと休んでほしいというのが、弟としての思いです。

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2006/06/12

加害妄想(6月10日)

 10日、国と地方の税制に関する、都市型研究者の文章を読んでいるうちに、地方に対する、悪意にも似た物の見方の中には、被害妄想ならぬ、加害妄想と言えるような感情が、隠されているのではないかと感じました。

 「東京狙い撃ちは亡国論」と題されたこの文は、週刊の雑誌1ページ分の短いもので、小泉内閣が進めている歳出と歳入の一体改革で、これまでどおりの手厚い補助金を受けられなくなって、財政が苦しくなるとの予想が地方に広がっているが、これは、地方の誤解に基づく被害妄想だというくだりに始まります。

 続いて、こうした被害妄想が基になって、東京独り勝ちへの嫉妬が生まれ、それが国の政策にまで影響を与えようとしているが、「嫉妬で政策を動かすべきではない」と言われます。

 また、その「嫉妬」が生み出した例として、法人事業税と法人住民税(法人2税)の配分を、「企業活動があまり活発でない農村部にも、税収が回るように変えようとする」議論を挙げた上で、この案は、地元の経済を活性化するための、努力もしない農村部に、税収が入るようにすることにほかならないと、厳しく指弾されます。

 さらに、こうした法人2税の分割基準の見直しに対して、東京都が、「都民の税金が奪われようとしています」と訴えるのは、東京都のエゴではないし、日本経済の牽引車である東京を虐げたのでは、日本経済に明るい未来はないと言い切ります。

 その上で、税源の乏しい自治体のために、税収の格差をならすような財政調整を、「適度に行う」ことは悪くはないが、「そのために、他人のおカネ(東京で上がる税収)を使いたいなら、おカネを受け取ることを当然視してはならず、まずはおカネを出す人に礼節を尽くすべきなのだ」と結んでいます。

 最後には、「まだ頭が高いようである」との、一行が加えられていました。

 全体に紙幅が限られていますので、歳出と歳入の一体改革によって、財政が苦しくなるという予想は、地方の誤解だと言い切る根拠や、税収の格差を補うための、適度な財政調整とはどんなものなのかなど、わからないことも多いのですが、考え方の出発点になっている、地方の側に、東京への嫉妬があるという感情的な表現は、初めて目にするものでした。

 こんな売り言葉が許されるのなら、地方の仕事の仕方を批判する時によく使われる、「地方の道路には狸しか通らない」という表現に対しても、地方の現状を知らない都会人の嫉妬だといった、買い言葉を呼び起こしかねませんが、そんな冷静さを欠く議論が、実りをもたらすとは思えません。

 また、農村部の「努力」とか、「他人のおカネ」を使うにあたっての「礼節」といった表現にも、首をかしげざるを得ません。

 といって、「努力」が何を指すかは、この文だけではわかりませんが、財政支出と税という2つのインセンティブのうち、税の面での権限のほとんどを、国に握られている中で、地方に出来る努力には限りがあります。

 その一方で、大都市部での活発な経済活動は、大都市部の「努力」の結果なのだろうかとの、疑問も生じます。

 それは、「努力」の結果なのではなく、規模と集中がもたらした、市場経済の活力そのものだと思いますし、その中で、企業などの法人も含めた、支払いの能力のある人が、その能力に応じた負担をすることで、厳しい条件のもとで暮らしている人にも、公のサービスを提供していこうというのが、この国の税制の原則だと、自分は教わってきました。

 その上、法人税を直接納めるのは企業であっても、税負担の一部が、消費者に転嫁されているのならば、その製品を買った全ての人が、「おカネを出す人」の仲間入りをすることになります。

 にもかかわらず、どうして、東京で上がる税収は、東京のためにだけ使うべきだとなるのかが、よくわかりませんし、その東京での地方税の収入が、乳幼児医療費の無料化の、対象年齢の大幅な拡大など、地方とのサービス格差を広げる形で、財政支出に振り向けられていることが、なぜ、「日本経済の明るい未来」と結びつくのかも理解できません。

 経済というのは、企業や大都市だけでなく、地域の人々の暮らしを支えるために、考えなければならないものですから、生活感覚はもちろん、地方でのフィールドワークもない、紙の上だけの経済学では、「明るい未来」は見えないと思います。

 また、経済学者の書いた文章の中に、「嫉妬」「礼節」「頭が高い」といった言葉を見ますと、短い言葉で、イメージだけ植えつけてしまえば、後は有利に展開できるという、小泉劇場が残した成功体験を、学者と名乗る人までが、まねてみるようになったのかと、寂しい思いにもかられました。

 と同時に、地方を「被害妄想」と決めつける、この方の独特なもの言いの中に、「加害妄想」とも言えるような感情が、隠されていはしないかと感じました。

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控訴せず(6月9日)

 9日夕方、先日の高知地方裁判所の判決で、数年前に自殺をした、県内のある市の職員の死を、公務災害とは認めなかった決定を、取り消す判断が下されたことに関して、担当者と協議をした結果、控訴しないことを決めました。

 この方は、県内のある市で、税務関係の職場にいましたが、うつ病の状態が続いたあげく、6年前に、自らの命を絶たれました。

 その際、ご遺族は、日々の仕事が原因になったとして、公務災害の認定を申し出られましたが、この認定業務を担う団体の、県の支部と本部は、いずれも、仕事の内容や時間外の状況などから、公務とうつ病との間に因果関係は認められないとして、請求を棄却する決定を下したため、ご遺族が、決定の取り消しを求めて、高知地方裁判所に訴えを起こしていました。

 これについて、高知地方裁判所は今月2日、ストレスに対する強さ弱さは、人によって違うので、「公務による心理的な負荷が、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であると評価するにあたっては、被災者の日常の業務と比較して、過重な労働をしたといった事実は必ずしも必要ではない」として、先の決定を取り消す判断をしました。

 この認定作業をする、地方公務員災害補償基金の高知県支部は、県庁の中に事務局があって、知事が、その支部長を務めていますので、担当の職員とともに、地裁の判決を受けての対応を協議しました。

 もちろん、この団体には、公務災害と思われる事例を、出来るだけ救済していくといった使命とともに、基金の運用を適正にしていくといった使命もありますので、これまでの、公務災害の認定基準に満たない、このケースに対して、事務的には、控訴審の判断を仰いではどうかとの意見もありました。

 しかし、ご遺族が初めに請求を出されてから、すでに、5年半余りの歳月が経過していますし、法律的な意味で正しい表現ではありませんが、支部の判断と本部の判断、それに続いての地方裁判所の判断と、形の上では、3審を経た上での結論とも言えます。

 また、ストレスに強い人もいれば弱い人もいるという、ストレス脆弱性と呼ばれる理論は、支部の側も認めていますので、公務災害の、これまでの基準には達しないような、仕事の内容や就業の時間数でも、公務災害にあたる事態を招く場合があることを、認める余地はあると考えました。

 特に、メンタルの問題が、多くの組織で、大きなテーマになっている今、今回の判決は、決して、特異な判断とは言えないと思いますので、この事案に対する裁判所の判断を尊重して、控訴をしないことにしました。

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創業者利益が守れるか(6月8日)

 8日午前、シックハウス対策を検討している方々から、高知県の木材を使って、アレルギーなどを起こさない、健康面での安全な住宅作りを、県の主導で進めないかと提言を受けました。

 いわゆる新建材などを使った建物では、建材の張りあわせに使っている接着剤などの影響で、部屋の中にいて、気分が悪くなるといった症状が出ることがありますが、こうした症状を総称して、シックハウス症候群と呼んでいます。

 また、ここ数年、学校をはじめとする公共の建物から、個人の住宅に至るまで、シックハウス症候群が、かなりの社会問題になってきたため、こうした問題を起こさない、健康にやさしいシックレスの建物が、求められるようになってきています。

 こうしたことから、シックハウス対策に取り組んでいる、大阪のNPOの方々から、高知県の木材を使って、安全な住環境を作るための、調査と研究をしたいとの申し出を受けました。

 この日のお話では、アトピーをはじめ、様々なアレルギー症状を持つ人をリストアップしているので、高知の木材で建てた住宅に住んでもらって、何が体に悪さをしているのかを調べて、疫学的なデータを集めていくと言います。

 その上で、無垢の木材だからとか、高知県の木材だから安全だといった、単なるイメージではなく、高知県産材を用いた、データと科学的な根拠に基づく、健康住宅のモデルを作ろうという提案でした。

 それを聞いて、すぐに感じたことは、高知県がこの道の創業者になったとして、その創業者利益が、どこまで守れるだろうかということでした。

 というのも、科学的な根拠のないブランドイメージの場合は、一旦それが確立されれば、静岡のお茶のように、実際は高知で生産されたお茶の葉であっても、静岡の業者の手に渡って、静岡茶として販売された方が、高く売れるといった事例はいくつもあります。

 これに対して、科学的な根拠は、全国共通の一般性を持ちますから、そもそも、高知県の木材と他の県の木材との間に、成分的な違いでもない限り、最初の研究が、高知県産の木材を使って行われたとしても、そのことが、高知の木材の、付加価値を高めることにはなりません。

 とすれば、科学的な根拠を持った、健康住宅を作るにあたって、その技術や工程のビジネスプロセスに、高知県の企業なりが知的所有権を持つのでなければ、最初は高知で始まったとしても、すぐに、県外の大手に、その創業者利益をかすめ取られてしまうことになりかねません。

 良いものは良いといった、思い入れに頼るのではなく、消費者に説明できるような、科学的な根拠をそろえることは、とても大事なことです。

 しかし、その反面で、県が積極的に関与していくのであれば、高知県の創業者利益が確保されるような、見通しが必要になりますので、この秋ぐらいまでの間に、この点も含めて、方向性を示していただくようにお願いをしました。

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相次ぐ逆陳情(6月7日)

 7日も一日かけて、政府への提案と要望に駈けまわりましたが、昨日に続いて、陳情先で、逆に陳情を受けるケースが相次ぎました。

 逆陳情の第一号は、昨日の警察庁長官で、高知県の警察官の増員を要望に行ったのですが、返す刀で、警察官のOBなどにお願いをしている、交番や派出所勤務の、民間の方への制服の支給や、伸び縮みする警棒など、新しい資機材の購入などを、逆にお願いされてしまいました。

 これに続いて、7日の午前中には、文部科学省の事務次官に、医師不足の対策として、国立大学への、地元入学枠の設置などを提案しましたが、ここでも、義務教育費の国庫負担分の一部が、地方に移されたことを受けて、文部科学省が検討している内容を、担当者が高知まで説明に行くので、よく聞いてやってほしいとの、逆陳情を受けました。

 さらに、この日の午後は、水産庁の長官に、4割ほどの魚種が、沿岸漁業と重なりあっている、沖合い底引き網の漁業禁止区域を、拡大してほしいとの申し入れをしました。

 ところが、これに対して長官からは、以前この欄でも書いたことのある、赤潮に対する、漁業者の共済の仕組みについて、県が手を引くのはやめてほしいと、これまた逆陳情を受けてしまいました。

 長官に、その場で申し上げるのも失礼かと思いましたので、勉強しますとだけお答えをしましたが、もしかして、逆陳情を飲めば、沖合い底引き網の漁業禁止区域を、拡大してもらえるのでしょうか。

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女性版の日野原さんに(6月6日)

 6日夜、長年お世話になっている、東京の女性の医師が、茨城県の病院の院長に就任するにあたっての、新たな門出を祝う会に出席をしました。

 この方は、間もなく75才になる女性の医師で、裸足の医者と呼ばれた、中国での医師活動を経て、帰国後は、国立病院の医師などを長く務められましたが、退官後は、都内の民間病院で、内科の部長をされていました。

 亡くなった母も、兄も、僕自身も、何かにつけて大変お世話になりましたが、休日だろうが夜遅くだろうが、いつでも病院にいて、献身的に患者と家族のケアをされるといった、まさに献身的なタイプのお医者さんです。

 こんなことから、ファンも多いのですが、間もなく75才という年令を区切りに、茨城の取手市にある、病床数300余りの民間の病院に、院長として赴任されることになりました。

 このため、この夜、都内のホテルで開かれたパーティーには、元首相や現役の大臣をはじめ、日本駐在の中国大使や著名な女優など、世間ではほとんど知る人もいない、一人の女性医師の会とは思えないほどの、そうそうたる顔ぶれが集まりました。

 院長として新しく行かれる病院は、救急はもちろんのこと、老健施設や医療型の療養病床など、老人医療だけでなく介護の分野も、広く手がけられていますので、今後の医療制度改革の中で、経営的には難しい判断もあるとは思いますが、75才という年令もものかわ、新しい挑戦に踏み出そうという意欲に、感心してしまいました。

 男性では、聖路加病院の日野原重明さんが、高齢の現役医師として名高いですが、この分だと、この日の主人公の女性は、いつの日か、女性版の日野原先生になるのではないかと、元気な返礼のご挨拶を聞きながら考えていました。

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簡素でわかりやすい(6月5日)

 5日朝の庁議で、来年4月に予定している、組織の大幅な改変について議論をしましたが、「簡素でわかりやすい組織を」という目標設定に、少し注文をつけておきました。

 先週は東京で、地方交付税の見直し議論に対して、地方の立場を訴える活動をしてきましたが、今回、組織の改変に使われている、「簡素でわかりやすい」というキャッチフレーズは、交付税改革でも掲げられています。

 このうち、「わかりやすさ」と、それに連なる「透明性」は、国民や県民への説明責任を果たす上で、交付税はもとより、何事においても大切な視点です。

 ところが、「簡素」の方は、それによって、組織の意思決定のスピードを速めるといった、明確な目的が示されないまま、やや漫然と、「わかりやすさ」の枕ことば、または対になる言葉として、用いられているように感じられます。

 このことが、地方交付税の場合には、人口や面積といった「簡素」な基準で配分をしていこうという、見直し論につながっていますが、それがまた、地域の努力ではいかんともしがたい地理的な条件や、高齢化などの社会的な条件によって、余分にかからざるを得ない住民サービスのコストを、無視する流れを生み出しています。

 こうしたことから、交付税の場合には、「簡素」ではなく、たとえ少々煩雑であっても、地域ごとの機会の均等が保証されるような、それでいて、国民に説明のつく、「透明性」が高くて「わかりやすい」仕組みが必要になります。

 これと同様に、組織の再編にあたっても、「簡素」と「わかりやすさ」を、当り前のように横並びにするのではなく、それぞれに、何のためにそのことを目標にするのかを、明確にする必要があると注文をしておきました。

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訓練のあい間に情報収集(6月4日)

 4日は朝早くから、高知新港で開かれた、高知県と高知市合同の、総合防災訓練に出席しましたが、参加されていた各機関の幹部の方から、様々な情報を聞くことが出来ました。

 今年の訓練には、災害の状況を上空から見通す役割の、自衛隊の戦闘機や、海上での救出にあたる、海上保安部の巡視船なども参加して、例年よりも大規模な形になりました。

 はじめは本部席で、次々と行われる訓練を見ていたのですが、電力会社による、送電線の復旧の訓練が始まりますと、近くにいた方が、神戸の地震の時には、電気の復旧が、火事が多発した一因になったという説があると、教えてくれました。

 そう言えば、ガス会社は、何かの事故や災害で、ガスの供給がストップした時、再び供給を始めるにあたっては、必ず一戸ごとの安全を確かめてから、ガスを通すことになります。

 これに対して電気の場合は、これまで、ガス漏れと同じような安全上の危険は、あまり考えられませんでしたので、いちいち安全確認をせずに、復旧後の通電をしていたというのです。

 ところが、熱エネルギーに、電気を使う家庭用品がふえているため、家屋の倒壊などがある中で通電を再開した結果、火事につながった例があったということで、なるほど、そういうことにも、気をつけないといけないのだなと認識をしました。

 その後、港に停泊した巡視船から、ヘリコプターなどを使った、救助訓練の様子を見ましたが、保安部の幹部の方がおられましたので、先日、宿毛港に入港をした、アメリカのイージス艦ラッセルについて尋ねてみました。

 ラッセルは、宿毛港に停泊中に、悪天候の影響でとも綱が切れたため、予定より一日早く出港したのですが、かなり細いとも綱を使っていると言います。
 そうなると、高知新港の場合は、堤防が完全には出来上がっていない部分があるため、時によっては、宿毛以上のうねりが、停泊中の船にあたるため、岸壁があいていたとしても、ラッセルなどは入りにくいかもしれないというのが、この方の解説でした。

 といったことで、防災訓練に参加したお陰で、色んな立場の方から、様々な情報を耳にすることが出来ました。

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くたびれる才能(6月3日)

 3日午後、高知市で開催された日本テレワーク学会で、県が取り組んでいる、アウトソーシングなどを題材に講演をしましたが、その準備に要した時間を振り返って、つくづく、親からもらった自分の才能は、くたびれる才能だと再認識しました。

 アウトソーシングであれ、その受け皿の一つになるテレワークであれ、その活用に向けて、県が進めている事務的な作業を解説したのでは、聞いていて面白い話にはなりません。

 このため、どんな話をしたらいいのもかと、あれやこれや思い悩みました。

 その結果、この10年・20年の間に起きた、情報化の進展という時代の変化と、同じ時期に、コスト意識やサービスの質の向上が求められるようになったという、行政を取り巻く環境の変化の交差点に、アウトソーシングやテレワークがあるといった話をしたのですが、この筋立てを考えるのに、あわせておよそ8時間が、さらに、自分の考えたストーリーを頭に叩き込むのにも、4~5時間かかりました。

 にもかかわらず、一度覚えこんでしまえば、立て板に水の話が出来るのが、自分の持って生まれた才能ですので、講演を聞いてくださった方は、この人は、どんなテーマでもすらすらと話の出来る、しかも、アドリブでも話の出来る人なんだと、錯覚されることになります。

 考えてみると、県の職員も同じように、知事は、どんな場面にも臨機応変に、さしたる苦労もせずに、口八丁で対応できると思い込んでいるのではないかと思います。

 確かに、会話や座談の場なら、当意即妙に話すことは出来ますが、何人かの方々を前に、自分から口火を切って話をする時には、どんなに短いスピーチでも、結構な時間を費やして、話の内容を考えないと気がすまないたちなのです。

 といったわけで、実際には、相当な努力をして、話の筋立てを考えていても、そのための隠れた努力は、聞いている人には伝わらないことになりますが、そんなことを思うと、親からの授かりものとはいえ、どうせなら、もう少しくたびれずに発揮できる才能を授けてほしかったと、ぼやきたくもなりました。

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地域に姿を見せる(6月2日)

 2日午前、長年の懸案だった、日高村の産業廃棄物処理場の建設の進め方について、担当者と協議をしましたが、事業が具体化したことを、少しでも早く、地域の方に実感していただくために、なるべく早く、現地事務所を立ち上げようという話になりました。

 というのも、この施設の建設をめぐっては、僕が、知事に就任して以来、10年余りにわたって、紆余曲折という言葉では言い表せないほどの、計画変更を繰り返してきました。

 このため、村長さんのリコールをはじめ、村に対しては、大きな混乱の種を蒔き続けてきましたが、最終的には、住民投票で建設にゴーサインをいただくという、いわゆる迷惑施設としては、全国にも例のないような手続きで、事業が前に進むようになりました。

 それだけに、この10月にも、都市計画の決定を終えれば、後は施設の建設に向けて、具体的な取り組みが始まりますが、これまで、あまりにも長い年月を費やしてきたため、目に見える形がないと、再び県が方針を変えるのではないかと、不安を感じる住民もおられると言います。

 もちろん、事業化に向けての計画は、順次進めていきますが、いよいよ県が動き出したという姿を、少しでも早く見せてほしいという声もありますので、そうであれば、現地事務所の立ち上げを、急ごうという話になりました。

 この間に、リサイクルへの意識の変化や、技術の進歩によって、当初予測されたコストも、大幅に下がりましたが、何よりも、住民投票の手続きを経て具体化するといった点で、全国的に見ても意味のある施設ですので、これからも、地域の方々との関係を、大切にしていきたいと思います。

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懐かしのパリコレ(6月1日)

 1日午前、高知県の東京事務所でお会いした女性から、古き良き時代の、パリのファッションショーを撮ったビデオ、およそ4000本の使い道について、相談を受けました。

 この方は、TBSのモーニングジャンボや、日本テレビのイレブンPMなどで、ファッション・コメンテーターの先駆けをされていた方ですが、パリコレを日本に紹介するために、1978年から1987年までの間にパリで開かれた、オートクチュールのファッションショーを、ビデオに納めた作品を製作されていました。

 昭和の末期にあたるこの時期は、カルダン、サンローラン、ジバンシーといったデザイナーが、自らのオリジナル作品を発表していた、華やかな時代で、企業化したチームが、組織の力で製作や演出をする、現在のショーに比べると、まさに古き良きという形容詞がふさわしかったと、この方は振り返ります。

 お聞きしますと、20分もののビデオが、あわせておよそ4000本あって、全てDVDになっているとのことですが、NHKのアーカイブに納めた上で、ファッションの歴史などを伝える資料として活用してほしいというのが、この方のご希望でした。

 NHKには、政治や社会問題に関する映像資料は、豊富にありますが、文化や風俗にあたる資料は、意外と手薄だった印象がありますので、古巣のNHKに、ご紹介することをお約束しました。

 この時代の、有名なデザイナーのコレクションが、まとめて4000本ともなれば、将来、必ず価値が出るのではと思います。

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危険で魅力的なお誘い(5月31日)

 31日午後、東京で、国と地方との関係や、地方交付税のあり方などについて、その道の専門家と意見交換をする中で、「高知県は補助金は一切いらない」と宣言してはどうかと、のりやすい知事が思わず惹かれそうな、危険なお誘いを受けました。
 
 この方々は、地方に近い立場で動かれているのですが、分権を進めるためと言いながら、実際には、地方の自由度がほとんど増さなかった、補助金や負担金の改革や、そもそも、なぜその制度があるのかを考えないまま、総額の削減ありきでことが進んでいる、地方交付税の今後などを話題にするうちに、地方の側も、もう少しインパクトのある行動に出ないと、この閉塞感に風穴があけられないという話になりました。

 そこで、お一人の方が言われたのが、「高知県は、今後は補助金はいらない。直轄事業の地方の負担金も払わない。そのかわり、地方の仕事への、国の関与を全てなくしてほしい」と、宣言してはどうかとの提案でした。

 その心は、そうでもしないと、中央の官庁は権限を手放さないし、分権によって、地域の生活がどう変わるかを、住民に実感してもらうことも出来ないというものですが、もうお一人からは、さらに、「いっそのこと高知県は、日本から独立したらどうか。そうすれば為替の関係で、農産物などの競争力も高まる」と、話に熱がこもりました。

 とはいえ、「高規格の道路ネットワークの整備は、県の重要な政策課題だし、それを進めるためには、国土交通省とのつきあいもないがしろには出来ないし」などと、もやもやとした思いを語っているうちに、それなら、出来ることから行動に移してはと、重ねてのお誘いです。

 そこで出たのは、「福祉の関係の要件などは、守らないからといって罰則があるわけでもない。地域の住民に、分権や地方の自由度の意味を知ってもらうためにも、こうした、身近なサービスの自由化から、手がけてみてはどうか」、などのご提案でした。

 この他にも、「高知県の住民のために、直接役に立たないような統計業務をやめる」とか、「国からの、問い合わせや報告の依頼には、そのためにかかったコストを請求する」など、様々な抵抗策が示されましたが、もともと血の気の多い知事には、相当危険で魅力的なお誘いでした。

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久々の武者ぶるい(5月30日)

 30日午後、東京の都道府県会館で開かれた、全国知事会議で、地方交付税の見直しをめぐる問題など、国と地方の関係について、久しぶりに公の場で、思いのたけを述べました。

 自らの気持を引き締めるためにも、通常座ったままで発言をする、知事会の席では珍しく、立って話しをしましたので、若干、武者ぶるい的な緊張感が、ないでもありませんでしたが、その時述べた意見は、以下のような内容です。

 2000年4月に、地方分権一括法が施行され、その1年後の2001年4月に、小泉政権が誕生しましたが、それからの5年・6年の間に、大きな変化が二つありました。

 その一つは、地方分権の議論が影をひそめて、かわりに、財政再建が議論の前面に出てきたことです。

 また、もう一つは、成熟した社会には欠かせない、生活者重視という言葉が消えて、かわりに、効率性や競争性のみを基にした、成長重視の考え方に戻ったことです。

 その結果、どうなったかと言えば、地方交付税を、人口や面積のみを基準に配分しようといった、高知県のような県や、またその中で、真面目に暮らしている住民が拠りどころにしている町や村などは、無くなってもかまわないという本音に裏づけられた考え方が、公然と語られるようになってきました。

 一方、その中で、われわれの側の議論は、目の前の問題に追われるあまり、どんどん矮小化して、交付税のあり方などの、局地戦に陥ってきています。

 そこで、今一度、地方分権や生活者重視の原点に、また、この国が、戦後の民主主義の中で培ってきた、どの地域に生まれ育った人にも、機会の均等を保証するという国のあり方の原点に、立ち返るべき時ではないかと思います。

 現実はどうかと言えば、財政再建の論議が前面に出る中で、機会の均等も保証する必要はない、むしろ、そんなことには気を配らないことが、市場経済を推し進める上での正義だといった考え方が、正論としてまかり通るまでになています。

 こんなことでいいのでしょうか。

 繰り返しになりますが、今一度、この国の形として何を守るのか、そのために、国は何をするのか、そして地方はその中で、どんな役割を果たすのかを、考え直してみなければなりません。

 時あたかも、教育基本法の改正をめぐって、愛国心の位置づけが論議の的になっていますが、そもそも、子供たちに、この国を愛せと求めるのであれば、その子供達に対して、君達の、あなた達の、機会の均等は保証をしますと指し示してあげることが、教育の基本ではないかと思います。

 ところが現実には、出産、子育て、保育、教育の各分野で、格差社会が広がる中で、格差は子供の教育を通じて次の世代に引き継がれ、さらに、拡大再生産されかねない事態になってきています。

 私は、自分の子や孫の世代が、大きな格差社会の中で、再び、1920年以降にわが国が歩んだ、歴史の繰り返しの波に、飲み込まれていく姿を見るのは、忍びない思いがします。

 この秋には、自民党の新たな総裁が、実質的には、新たな国のリーダーが、選出されようとしています。

 それを前に、候補者に対して、知事会として、地方分権と財政再建のどちらを、また、生活者重視の考え方と市場性や効率性の、どちらを優先するのかを、明確に問うていただきたいと思います。

 かつて、われわれは、闘う知事会という旗を掲げていましたが、今はその旗も影をひそめ、色あせてしまったかのように感じられます。

 こんなことを言いますと、財政の最も厳しい県の知事が、遠吠えをしているだけだと、片づけられてしまうかもしれませんが、私は、たとえドンキホーテとなっても、私を、ここまで支え育ててきてくださった、高知県の県民の皆さんのために、今これだけは、言っておかなくてはいけないと思って発言をしました。

 大筋で、以上のような話をしましたが、最初少し感じた武者ぶるいも、話を終わる頃には収まっていました。

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調べてみないと(5月29日)

 29日午前、長年県内で、自動車部品などを製造する会社の、経営に携わっていた方が、引退して故郷の岡山に戻るにあたって、知事室まで挨拶に来てくださいましたが、その際、ちょっと気になる話を聞きましたので、調べてみることにしました。

 この会社は、南四国部品という、自動車のハーネスなどを製造する会社ですが、人件費の関係から、全国的に、生産の拠点をアジア諸国に移す流れの中で、雇用を確保するために、早くから、福祉部門への進出を図ってきました。

 その方針を推し進めてこられたのが、きょう帰郷の挨拶に来てくださった方でしたが、先見の明の甲斐あって、雇用の削減をしないまま、女性の労働力を、物づくりから介護へと、見事に転換させることに成功しました。

 この日も、東部の町で進められている、次なる取り組みの説明をうかがったのですが、その中で、ちょっと気になることがありました。

 それは何かといいますと、ここでは、もともとの工場のすぐ横に、新しく出来たお年寄りの施設があるため、ごく簡単な部品の仕分けを、お年寄りにしてもらって、わずかでも、賃金を支払う仕組みを提案したところ、待ったがかかったため、せっかく用意した部屋があいたままになりそうだと言うのです。

 福祉の世話を受ける人が、賃金を受けることに問題があるのか、はたまた、お年寄りを安い賃金で使う仕組みに、疑念が投げかけられているのかなど、詳しい理由はわかりませんでしたが、認知症のお年寄りや重い障害のある人でも、自立が求められる時代に、お役所の手で、自立のための仕組みに待ったがかかったとすれば、自己矛盾も甚だしいことになります。

 このため、早速、関係の部署に、詳しい事実関係や考え方を、聞いてみることにしました。

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2006/06/09

オリジナリティーとは(5月28日)

 28日朝、芸術選奨を受けた画家が、イタリアの画家の作品を、盗作していたのではないかとの報道を見ていて、NHKの記者時代に経験をした、やはり、画家のオリジナリティーが問われた出来事を、思い出しました。

 それは、もう20年も昔のことですが、ことの発端は、社会部の後輩の記者が、ある名の売れた日本画家の作品に、著名なカメラマンなどの手による、鳥や獣の写真が、無断で使われているのではないかとの、情報を手に入れたことでした。

 そこで、展覧会の画集などで、その画家の絵を見てみますと、確かに、写真からそのまま取ったと思われる動物の姿が、絵の重要なモチーフに使われていましたので、早速、洋書の専門店に出かけて、アメリカなどのネイチャー系の写真集を、片っ端から調べてみました。

 すると、鋭い風貌の鷹の写真など、その画家の絵の中に、そっくりそのまま使われていると思われる写真が、何枚か出てきました。

 さらに調べてみると、この画家は、シルクスクリーンという印刷の技法で、写真を丸ごとキャンバスに写し取った上、それを中心的な題材にして、キャンバスに絵を描きこんでいくという手法を、使っていることもわかりました。

 こうしたことから、そもそもこの手法が、写真家の著作権を侵害してはいないか、さらには、写真をそのままコピーした図柄を中心に描いた絵に、オリジナリティーを主張することができるのかが、ニュースに取り上げるにあたっての議論の的になりました。

 このように、一概に盗作といって騒ぎ立てることにはなりにくい、微妙なケースでしたが、たまたま、この画家の恩師にあたる、著名な日本画家が、直接注意をしてくれたこともあって、作品のオリジナリティーや、作家の倫理観を問う形のニュースとして、放送することが出来ました。

 このケースは、シルクスクリーンという、現代の技法が生み出した新しい課題でしたが、印刷物や写真の断片などを、キャンバスにはりあわせて作る、コラージュなどと同様、どこまでが模倣で、どこからが、作家独自の創造性かの区別は、かなり難しいテーマだと感じました。

 それに比べるとと言い切ってしまうと、今回の主役にはお叱りをうけるかもしれませんが、筆づかいはともかく、構図と配色は、指摘されたイタリアの画家の作品と、全くと言っていいほど酷似していますので、盗作にあたるかどうかの、言葉の定義以前の問題として、どうして、この絵にオリジナリティーを主張できるのか、何とも理解に苦しみました。

 たまたま、お二人は同じ芸術大学の卒業生ですが、芸術系の大学では、「模倣と盗作の歴史」とか、「芸術倫理学」といった講座は、教えられているのでしょうか。

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またも宮崎に(5月27日)

 27日午後、僕が理事長をしている、牧野記念財団の理事会で、高知県の県民性がマイナスに働いて、他の県にお株を奪われている事例を、また一つ教えられました。

 高知の県民性には、良いところも一杯ありますが、その反面、商売が下手な上、お人好しな性格のため、せっかくの技や資産を、他人に横取りされてしまうという欠点があります。

 過去をたどれば、ピーマンの栽培技術を宮崎に教えた結果、その後はピーマンの生産で、宮崎に追い抜かれてしまったという有名な話があります。

 また、カツオの一本釣りが全盛の頃、まだ使える漁船を、気前よく、宮崎や三重などの漁業者に下取りに出して、かわりに、結果的には過剰投資になるような新船を、お互いが連帯保証をして建造しました。

 その結果、カツオ漁が下降線をたどる時期に、みんなで大きな借金を抱えてしまった上、宮崎県など他県の、カツオ漁での競争力を、居ながらにして高める結果になりました。

 この日耳にした話は、宮崎にお株を奪われるという点では、第3弾とも言えるものですが、その主役は寒蘭(カンラン)という植物です。 

 これは、暖かい地方の山地に生える、蘭の仲間ですが、晩秋から初冬に咲く瀟洒な花と優雅な香りから、観賞用の植物として親しまれています。

 特に、県内の寒蘭は、土佐寒蘭という愛称で、多くの愛好家に親しまれてきましたが、牧野植物園の専門家の話では、最近、宮崎県が、寒蘭の本場だと銘打って、国内だけでなく、台湾や中国からも、お客さんを呼び込む仕掛けに使っているというのです。

 ただ、宮崎で扱われている寒蘭の8割ほどは、高知県産とのことですので、またかという気がしたのですが、その理由を尋ねると、県内の愛好家のグループにも、寒蘭の取引きに携わっている業者の人も、いずれも視線が内向きで、寒蘭を外に向けて売っていこうとか、外から人を呼ぶ仕掛けに使おうといった気が、全くうかがわれないためと言います。

 いかにも、高知らしい話で、実にもったいない話だとため息が出ましたが、それで諦めてもいけませんので、何とかしないとと気を持ち直しました。  

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ぬか喜び(5月26日)

 26日午前、東京の羽田空港で、送迎用のバスに乗るため、空港ビルから外に出ようとした時に、同行の妻が、ぬか喜びをする一瞬がありました。

 羽田空港のVIP用の待合室を出て、搭乗機の駐機場所まで送ってくれるバスに乗ろうと、出入り口の扉の前まで来た時のことです。

 先に歩いていた妻が、ガラス扉の前に立ったのですが、扉は開きません。

 それもそのはず、空港ビルとエプロンとを区切る扉ですから、セキュリティーのために、中から外に出る時には、係りの人が暗証番号を打ち込まないと、扉は開かないのです。

 ということで、後から来た担当の人が、暗証番号をいれて、無事外に出ることが出来ました。

 一瞬、自動扉だと思ったという妻が、バスに乗りながら、「前に立ったのにドアが開かないから、体重が落ちたのかと思った」と言うものですから、「そりゃあ、ぬか喜びだったね」と、笑ってしまいました。

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画竜点睛を欠くか(5月25日)

 25日朝、本県出身の型絵染の作家が探している、45年前の学生時代に製作した作品が、一旦は、県に購入されていたことがわかったとの報告を受けましたが、その後の作品の扱いには、少し割り切れないものを感じました。

 この作家は、双子の弟の、征三さんとともに活躍されている、田島征彦さんですが、45年前、京都の美術大学に通っていた当時に描いた、カツオの一本釣りや、室戸の鯨捕りなど、高知の風物を描いた、4枚組みの作品の行方を探されています。

 先日、そのことを伝える記事が、地元紙に掲載されたため、もしかしてと思って、県の担当者が調べたところ、1961年(昭和36年)に、県がこの作品を購入していたこと、また、14年後の1975年(昭和50年)に、不用の決定をしていたことがわかりました。

 県では、1957年から1993年までの間、県内の人を対象にした県展という展覧会で、入選をした作品を購入する制度を持っていましたが、田島さんの作品も、1961年に開かれた第15回の県展で、工芸部門の特選に選ばれたため、その時、県が買い上げていたのです。

 ところが、買い上げ後の作品の管理基準によると、絵画や工芸などは5年、写真は3年を経過したら、譲与か売り払い、または廃棄などの処分をすることになっていたため、田島さんの作品は、汚損が甚だしいとの理由で、不用の決定を受けていました。

 その後、誰かの手に渡ったのか。それとも廃棄処分になったのかは、いまだに不明ですが、この買い上げ作品の管理基準には、いささか画竜点睛を欠くの感があります。

 というのも、若い作家を励ますためにも、県展の入賞作品を県が買い上げることは、よいことだったと思うのですが、無名の作家のものとはいえ、相手は芸術作品なのですから、ただ買えばいいというものではなくて、後の管理が大切になります。

 特に、田島さんの作品のように、不用の決定の理由が、汚損が甚だしいということでは、作家への申し訳がたちません。

 さらに、一般的に考えて作品の価値は、時間がたてば高まるものですので、絵画や工芸は5年、写真は3年といった、備品の管理と同じ様な発想は、何ともしっくりきません。

 そのあたりが、役所の限界だったのだろうかなどと思いつつ、それでも、どこかで、田島さんの作品が見つかればいいなと、淡い期待を持ちました。

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2日続きで(5月24日)

 24日午前、キリンビールとの間で、環境先進企業に、高知の森林整備のお手伝いをしていただこうという、「協働の森」事業の協定が結ばれましたが、昨日の三井物産に続いて2日続きの締結で、この取り組みにも勢いが感じられるようになりました。

 高知県に限ったことではありませんが、外国から安い木材が輸入された影響で、国内産の木材の価格が低迷した結果、戦後の植林政策で、全国の山々に植えられたスギやヒノキの人工林は、手入れが行き届かない状態に陥っています。

 このため、地球温暖化の原因になる、二酸化炭素を吸収して閉じ込める力や、雨水を山に貯える力など、森林が果たしている大切な機能が、みるみる衰えてきています。

 こうしたことから、高知県では、都市の住民も含めた多くの人に、森林の大切さを考えてもらうきっかけにしようと、全国で初めて、森林環境税を導入したのに続いて、去年2月、地球温暖化を防止するための、「京都議定書」が発効したのを機会に、環境問題に関心を持つ企業に、県内の森林整備のお手伝いをしていただく、「協働の森」と名づけた事業を手がけ始めました。

 当初は、「会社の工場もないのに、なぜ高知県のために」とか、「企業にとってのメリットは」といった質問への、対応に追われましたが、森林率が全国一の本県で、森林の整備に貢献していただくことの持つ意味や、地域でのバックアップの態勢などを地道にご説明するうちに、徐々に、理解を示してくれる企業がふえてきました。

 このことが、昨日の三井物産、そして、この日のキリンビールと、2日続きの、協定の締結に結びつきましたが、今後も、森林整備と結びつけた、マイレージ型のポイント制度や、整備された森林の面積を、二酸化炭素の吸収量に換算した証書の発行など、次々と、アイディアが提供されていますので、今後、「協働の森」の事業は、さらに、広がりを見せていくていく予感があります。

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