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2006/06/26

裁判員制度になったら(6月21日)

 21日朝、昨日最高裁判所で下された、少年事件に関する、破棄差し戻しの判決をめぐる報道を見て、3年後に裁判員制度が導入されたら、こうした裁判は、どんな展開になるのだろうかと考えました。

 この事件は、1999年4月、山口県の光市で、若い母親と生後11ヶ月の長女が、当時18才の少年に殺害されたもので、地裁・高裁ともに、犯行当時に少年だった被告の、更生の可能性などを配慮して、無期懲役の判決を下しました。

 これに対して、検察側が最高裁に上告していたのですが、この間には、被告が知人に書き送ったという、被害者の遺族や社会をあざ笑うような内容の、手紙の存在も明らかになりました。

 これに加えて、被害者の夫であり父である男性が、加害者に対してはもちろんのこと、1審・2審の裁判にも、強い不信の念を示されてきたことから、最高裁の判断が注目されていました。

 この事件に対して最高裁判所は20日、無期懲役とすることは、「甚だしく不当で、破棄しなければ著しく正義に反する」として、無期懲役の判決を破棄した上、再度審理をするよう、広島高等裁判所に差し戻しました。

 21日朝、この件に関する、一連の報道を見ていて考えたのは、3年後に導入される裁判員制度のもとでは、こうした事案は、どのような形で審理が進められるのだろうかということでした。

 というのも、アメリカの陪審員制度の場合は、陪審員は、有罪か無罪かを決めるだけで、量刑は裁判官が決めるのですが、日本の裁判員制度では、死刑を含む量刑まで、裁判員が決めることになるからです。

 例えば、これまでの裁判では、地裁や高裁といった下級審は、上級審に当たる最高裁の判決に縛られますので、死刑を下すべきかどうかの判断は、1983年に、いわゆる「永山事件」で最高裁が示した、殺害された被害者の人数や、犯行当時の被告の年令など、9つの項目を基準にしてきました。

 だからこそ、弁護団の側は、裁判所が自ら示してきた死刑の適用基準を、逸脱していると批判しているのですが、この事件を、一般から選ばれた裁判員が審理する場合には、死刑はまぬがれないとの受けとめが、全体の流れを大きく支配するのではと思います。

 では、そうした時に、少年が犯した過去の凶悪事件の判例は、審理の基準になるのか、また、それらのことが裁判員に説明されるのか、それともされないのかなど、様々な疑問がわいてきました。

 といったことで、裁判員制度の導入で、裁判の速度や結果は、かなり大きく変わっていくのだろうなと、考えさせられる最高裁判決でした。

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