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2006年9月

2006/09/21

立法措置しかないか(9月20日)

 20日午前、捜査費の使い道に関する、警察本部の内部調査の結果が県議会に報告されましたが、みんなが納得できる結果を導くには、新しい立法措置しか道はないのではないかと感じました。

 この問題は、今年2月、県の監査委員が、県警の捜査費が適正に使われているかどうかを調べた結果、違法や不当、または疑わしいとされたものがかなり出たため、県警が内部調査を進めていたものです。

 この日報告された、内部調査の結果は、捜査費としては使えない項目にそれを使ったとか、国費分を県費として使用したといったミスがあったことを認めていますが、監査結果の指摘とは、かなりの開きがある内容になっています。

 その結果、この報告を聞いて、どうもすっきりしないという印象を持つ県民が多いと思いますので、出来れば、監査の結果と内部調査の溝を埋めたいものだと思いますが、現実には、それは極めて難しいと考えざるを得ません。

 というのも、監査にあたって監査委員は、調査対象の捜査員に対して、誰が何を語ったかは絶対に明かさないからと約束をして、調査に応じてもらった経緯があります。

 このため、内部調査を進めるのにあたって県警本部は、監査委員に対して、誰がどういう証言をしたかを教えてほしいと申し出ましたが、捜査員の保護のために、監査の側はこの申し出に応じませんでしたし、この対応は、今後も変わることはありません。

 一方、特別監査を受けるにあたって県警の側は、捜査上の秘密とともに協力者を保護するという理由で、謝礼を渡した協力者や、捜査中に使った飲食店の名前などを、全ては明らかにせず、資料の一部を黒く塗りつぶしたままでした。

 この警察の対応も、今後変わる見通しはありませんし、その殻を破るための法的な権限は、監査の側には与えられていません。

 こうしたことから、お互いの努力でその距離が縮まる可能性も、また、それを第三者の力で縮めさせることも、極めて期待薄と言わざるを得ません。

 となると、もやもやした思いを解決するには、別の道を探らなければいけないことになりますが、そもそも監査委員には守秘義務があるのですから、本来なら警察もそれを信じて、監査委員には全ての資料を公開すれば、それですむことだと思います。

 しかし、自主的には、そうした決断が期待できないわけですから、例えば、公正取引委員会の持っているような権限を、行政の監査機関にも持たせるなど、新しい立法措置の検討が必要なのかもしれません。

 もちろん、そうした場合には、別の問題も生じますので、慎重な議論が欠かせませんが、企業の監査が、法律の改正によって、権限も責任も大きくなったことを考えますと、国民や県民の目が厳しくなってきている行政の監査にも、同様の変化が予想できるのかもしれません。

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法皇のバランス感覚(9月19日)

 19日の新聞で、ローマ法皇が、イスラム教の教祖を批判したと、イスラム各国から非難を受けている問題の記事を読んで、法皇を選ぶ時に、政治家としての資質は、どれだけ考慮されているのだろうかと感じました。

 この発言は、ローマ法皇が母国のドイツで講演をした際に、オスマン・トルコの脅威を受けていた、ビザンチン帝国の皇帝の言葉を引用したものですが、記事で報じられた表現を見る限り、誤解されたとか、真意が伝わらなかったといった類の発言ではなく、ムハンマドを批判したと受けとめられても、仕方のないものでした。

 しかも、オスマン・トルコとビザンチン帝国との関係が、十字軍を生んだという歴史が、アフガニスタンやイラクへの米軍の侵攻と重なりあうだけに、政治的には相当不用意な発言だったと言えるでしょう。

 もともとは神学者で、発言も難解だと言われる現法皇ですが、平和を語るには、政治的なバランス感覚が求められますので、法皇を選挙する時には、そうした点はどの程度評価されていたのだろうかと、少し疑問に感じました。

 

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2006/09/19

うれし恥ずかし敬老の日(9月18日)

 18日午後、孫から、敬老の日のお祝いの電話をもらって、何とも気恥ずかしい思いをしました。

 電話は妻の携帯にかかってきたのですが、高知のお爺ちゃんにもお祝いが言いたいとのことで、電話をかわると、ようやく聞き取れる発音で、「敬老の日おめでとう」ときました。

 「おいおい、俺はまだ60前だぞ」と言いそうになりましたが、3歳児の彼から見れば、確かにお爺さんなんだから仕方ないかと思って、「わざわざ電話をありがとう。そちらもお天気はいいかい」などと、話しかけてみました。

 話の半分くらいは、十分には理解できませんので、「それはよかったね」などと相づちを打っていたのですが、後でもう一度電話をかわった妻によると、「お爺ちゃんの話し方が早かったので、お話がわからなくなった」と言っていたそうで、あんなにゆっくり話したつもりだったのにと、反省をさせられました。

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どたキャン(9月17日)

 17日は夕方から、市民音楽祭に出演の予定でしたが、台風の接近で被害も出ていることから、土壇場でキャンセルさせてもらいました。

 このイベントは、「高知街ラ・ラ・ラ・音楽祭」という名前の市民の手による音楽祭で、以前から主催者に、一度、知事と市長と一緒に出演してほしいと、お誘いを受けていました。

 このため、この日の夕方から、市長共々出演する予定にしていたのですが、台風13号が近づいてきている上、昼のニュースを見ていると、すでに県内で、土砂崩れのために、家屋が全壊するなどの被害が出ていました。

 その時点では、午後からの天候がどうなるかの、予測はつきませんでしたが、嵐になろうがなるまいが、被害が出ている中で、知事が暢気に歌を歌っているわけにはいかないと考えて、主催者に出演のキャンセルを申し出ました。

 このまま大雨にならなかったら、断るのも申し訳ないという思いと、さりとて、台風が接近する中で、このままでいいだろうかという思いに挟まれて、かなり悩ましい決断でした。

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お釈迦様の足跡(9月16日)

 16日午後、スリランカのお客様から、彼の地にある、お釈迦様にゆかりの土地をめぐる、ツアーの企画について話を聞きました。

 この方は、スリランカでホテルや旅行代理店を経営していますが、スマトラ沖の地震による津波の後、海外からの観光客の数に大きな影響が出ているため、大阪と東京に営業に来ています。

 彼は以前からの知人ですので、オフのこの日、日帰りでわが家を訪ねてくれたのですが、ついでに、日本向けに企画している、ツアーのいくつかを尋ねてみました。

 その一つが、お釈迦様のゆかりの地をめぐる旅で、聞けばお釈迦様は、悟りを開いた後3回にわたって、スリランカを訪問していると言います。

 その際に立ち寄った場所が、都合16ヶ所あって、その地には今も、山の上に残されたお釈迦様の足あとや、由緒あるお寺などがありますので、これらの遺跡を織り込んだ、「仏陀の足跡ツアー」を組もうという狙いです。

 お寺といっても、日本のそれとは違って、丸い大きな塔を中心にしたものですから、趣は異なりますが、仏教にとっては、その起源につながる貴重な遺跡ですし、経済的には遅れていても、独特の雰囲気を持った国ですので、関心のある人には、十分に楽しめる旅になるのではと思いました。

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塾通いとの共通点(9月15日)

 15日、昨日以来、株式の上場にまつわるニュースが、大きな話題になっている、インターネットのサイトについて、女性軍の感想を聞いてみました。     

 このサイトは、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)、つまり、会員相互の情報交換の場を提供する、「ミクシィ」という名のサイトで、会費を取るのではなく、多くの会員を抱える媒体として、ネット上の広告料でビジネスをしています。

 その会員数が、若い女性を中心に、見る見るうちに500万人にまで伸びたため、昨日株式を上場したところ、買いが殺到して値がつかなかったことが、大きなニュースになりました。

 そこで、何人かの女性に、「ミクシィ」に入っているかと尋ねてみますと、「そもそもSNSには関心がないので入っていない」、「入っていたけれど、あまり使わないのでやめた」など、どちらかと言えば年代ごとに、ある程度色分けされた答えが返ってきましたが、そんな中で、知事の側でのインターンシップに来てくれている女子大生は、現役の会員でした。

 もう少し詳しく聞いてみますと、最初は興味も入る気もなかったそうですが、友達と話していると、みんなが会員になっていて、サイトの中での話でもちきりなため、やがて話の輪に入っていけなくなくなったと言います。

 そんなわけで、それ程の期待もなく会員になったのですが、入ってみると、かつての同級生の様子がわかるとか、同じ趣味や関心を持った人の集まりの中で、中味の濃いやりとりが出来ることから、すっかりはまってしまったということでした。 

 そんな話を聞いていると、始めはあまり行きたくなくても、行ってみると結構楽しいとか、みんなと話をあわせるためにも、経験をしておかないとといった点で、塾通いとも、共通する点があるのではないかと感じられてきます。

 そうだとすると、会員の年令の幅が、今以上に広がる可能性はあるのだろうか、あわせて、株価にこれだけの注目が集まるほどの、事業的な将来性があるのだろうかと考えながら、まずは一度、中をのぞいて見ることにしました。

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「こすけ」への参加依頼(9月14日)

 14日午後、高知市を拠点に、体育の家庭教師という、あまり聞き慣れない仕事をされている方から、テレビ番組の「さすけ」をもじって保育園児らを対象に企画した、「こすけ」への参加依頼を受けました。

 この方は、現役時代は、棒高跳びの全日本クラスのアスリートでしたが、去年の7月から、体育の家庭教師を開業して、学生など20〜30人のスタッフのもと、3歳児から60代の方まで、100人ほどのお客様に、体の動かし方や運動の基本を教えています。

 とはいえ、教える相手は、やはり子供が中心で、逆上がりが出来るようにとか、跳び箱が跳べるようにといったご依頼が多いようですが、そんな時、親御さんは決まったように、「私が運動神経が悪いので、この子も」と言うそうです。

 ところが、実際には運動神経は遺伝しないため、誰でも、特に10才までに体の動かし方を学べば、運動能力を高めることが出来るのだそうです。

 また、もうかなり以前から指摘されていることですが、電車やバスで通学をする都会の子供に比べて、地方の子供は、山間部に行くほど、家から学校まで車で送り迎えをしてもらうことが多くなるため、かなり体力が落ちていると言われます。

 このことは、この方も実感していることでしたが、それだけに、保育園の保育士や、小学校の低学年を担当する先生に、体の動かし方の基本を学んでもらう必要があると、力説されていました。

 そう言えば、今年、10年間の取り組みを総括している、教育改革をめぐる議論でも、子供の学力や生きる力は話題になっても、体力や運動能力が話題になったことは一度もありません。 

 ただ、考えてみれば、体力あっての知力ですし、昔から、健全な精神は健全な体内に宿ると言われますので、10才までの間に、いかにして運動能力をつけるかは、これまでの教育改革の議論に抜け落ちていた、重要なテーマだと感じました。

 すると、この方が、テレビ番組の「さすけ」を知っていますかと言われますので、もちろん知っていますよと答えますと、うちでは「さすけ」をもじって、保育園児などを対象にした、「こすけ」を企画していると言われます。

 よく内容も聞かないうちに、それは面白いと反射的に応じますと、来年の「土佐のおきゃく」のイベントの一つとして、高知市の中心商店街で、「こすけ」を開催をするので、参加してほしいという依頼を受けました。

 これに対して、またも反射的に、「もちろん」と言ってしまったため、来年の春の「こすけ」に参加することになりましたが、果たしてどうなることかと、自らの体力が今から心配です。

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油代の節約が鍵(9月13日)

 13日午後、今年度新しく、青年農業士に認定された方々と懇談をした後、県出身の発明家の訪問を受けましたが、ともに、農業用のハウスの温度を高めるための、油代の値上がりが話題の中心でした。

 それは言うまでもなく、国際的な原油価格の高騰が原因なのですが、ピーマンを作っているという青年農業士の1人は、ハウスの室温を18度にしていたところ、地域の先輩から、油を焚いて19度にしないといけないと、注意されたと言います。

 ところが、18度を19度に1度上げるだけで、数十万円のコストアップになるため、それから1ヶ月後の、ピーマンの収穫期の価格が想定できない以上、室温を上げて、ピーマンの収量と質を上げたとしても、それで、数十万円分の油代が回収できるかどうかわからないので、加温に踏み切れないといった悩みを語っていました。

 こうした悩みは、今やハウス農業にとっては深刻な問題ですので、ここでも、8日のこの欄に紹介をした木質バイオマスの活用など、様々な取り組みが試みられてはいますが、有効な手だては未だ見つかっていません。

 そんな中、青年農業士との懇談の後に、知事室を訪ねて来られたのは、高知県出身で、かつて勤め先の農機具メーカーで、500件の特許を出願したという、発明家といってもいい技術者の方でした。

 その方から提案をいただいたのは、昼間のうちにため込んだ熱を、夜間に放出していく蓄熱システムで、第一次のオイルショックの時に開発をしたのですが、その時は、間もなく原油価格が下がったために、お蔵入りになったと言います。

 原理は、零度を割れば氷り始める水ではなく、例えば、18度で氷り始める物質を使えば、ハウスの室温が18度を割ると、氷りながら熱を放出して、室温を18度以上に保つというもので、住宅用では、かなりのテストも積み重ねられています。
 
 農業用のハウスの場合、装置の初期投資の費用は、100坪で30万〜50万円、あとは電気代だけで、燃料は50パーセント以上節約出来ると言うことですので、2年ほどかかると予想されている実証実験を、県も出来る形で応援したいと思いました。  

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仕事の目標を立てる(9月12日)

 12日午前、行政の経営品質を担当している職員と懇談をする中で、仕事の目標設定に対する、職員の受けとめ方が話題になりました。

 高知県ではこの4月から、職員一人一人に、仕事に対する年間の目標を立ててもらうことにしましたが、職員の受けとめ方は、決してスムーズではないと言います。

 その理由の一つは、目標設定を成果主義と混同する人がいるからですが、そこには、成果主義に対する、二通りの勘違いが隠されているように思います。

 勘違いの第一は、行政の仕事は企業の営業などと違って、数字的な成果では測れないという神話を作りあげた上で、それを隠れ蓑に、成果主義をはなから否定し続けてきた勘違いです。

 しかし、成果を意識せずに、漫然とした仕事を続けてきたことが、環境が大きく変わる中でも、仕事の内容を、大きく切りかえることが出来ない原因につながっています。
  
 一方、もう一つの勘違いは、個人の目標は、それだけでは成果主義の基準には使えないのに、そのことに気がついていない点です。

 というもの、一人一人が立てた目標を、成果主義の基準にしようとした途端に、簡単に達成できそうな目標ばかりが並ぶことになって、成果主義は意味をなさなくなるからです。
        
 ということで、目標の設定は、成果主義と混同されるべきものではありませんが、ではなぜ、職員に目標の設定を求めるのかと言えば、それは、自らの努力で自らの資質を高めることが出来ることを、一人一人の職員に実感してほしいからです。

 目標を立てて、それを実現するための工夫をこらすことが、日々の行動として身についてくれば、内向きには仕事の改善に、また、外向きにはサービスの向上につながって、仕事を通じて得ることの出来る充実感は、間違いなく大きくなると思います。

 ところが、目標の設定について、職場をまわって話を聞くと、成果主義との混同だけでなく、「自分の仕事は書類をまとめて出すだけなので、目標の立てようがない」といった反応が、返ってくることもあると言います。

 書類をまとめて出す仕事ならば、そもそも必要な書類かどうかに始まって、まとめ方を変えてみる、時間の短縮に挑戦してみる等々、目標の立て方は無数に考えられますが、そうした訓練をしてこなかったのが、これまでの行政の職場でした。

 成果を考えることももちろんですが、自ら立てた目標に向けて自らを高めていくことは、これからの公務員として、欠かせない資質ですので、特に若い職員の中に、そうした思いを持った人をふやすように、取り組んでいきたいものです。

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昨今の託児所事情(9月11日)

 11日午後、託児所やベビーシッターなど、子育て支援の仕事をされている女性経営者から、託児所をめぐる昨今の変貌をうかがいました。

 まずは、誰にも身近な変化ですが、駐車違反の取り締まりが厳しくなったことが、託児所の経営にも影響を与えていると言います。

 というのも、この方の会社では、高知市の商店街の中に、お店に勤めている人と買い物客の双方から、お子さんを預かるための託児所を開いているのですが、前の通りに車を止めて子供を預けている間に、駐車違反の紙を貼られる心配があるため、場所を移転せざるを得なくなったからです。

 さらに、少子化で子供の数が減るなかで、県外からは、次々と託児ビジネスの企業が参入してきていますが、中には、高知では採算にあわないことを知りながら、全国的なフランチャイズ化を目指すために、全国の都道府県を全て制覇することだけを目的に、高知に進出する企業もあると言います。

 また、これまで、子育て支援とは関わりのなかった県内の企業が、県外のその道の専門家と連携をして、保育サービスへの進出を図る動きもありますが、こうした動きに対して、この方は、決して否定的でも悲観的でもありません。

 もちろん、不安も大きいのですが、そうした新しい血が入ることで、いい意味での競争が起きるし、関係者が勉強をするようになると考えているのです。

 というのも、保育士の質の高いところ、つまり、質の高い保育サービスを提供できるところには、必ずお客様が来てくれるという確信があるからですが、そのため、この秋には、県外の専門家と一緒に、保育士の能力開発を進めるための、プログラムを作成したいとのことでした。

 何事も、競争を取り入れるだけで、すべてが良くなるわけではありませんが、保育園や託児所も、待っていればお客様が来てくれた時代は終わりましたので、その変化を、子供にとっての、より良いサービスにつなげていかなくてはなりません。  

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鬼退治の政治的背景(9月10日)

 10日午前、岡山での親戚の会の帰り道に、桃太郎の伝説の伝わる史跡を訪ねましたが、鬼退治の伝説一つにも、政治的な理由が隠されていることを教わりました。

 ここは、その名も鬼の城(きのじょう)という、桃太郎伝説などの伝わる土地で、昭和40年代に、ある大学の先生が、伝説を頼りに発掘作業をしたところ、山を取り囲む古代の城壁や、見張り台の跡などが出てきました。

 このため、史跡としての保存と復元を兼ねた、整備が進められているのですが、桃太郎の原型のような鬼退治の伝説は、悪逆の限りを尽していた大男の鬼が、朝廷からきた正義の味方に、矢で目を射られて死んでしまうというもので、付近の土地には、鬼が流した血で出来た川など、伝承の地が数多くあります。

 ところが、古くから地元に伝わる言い伝えでは、鬼と称された人物は、実は朝鮮半島から渡ってきた技術者の一団のリーダーで、この人が、様々な文化を伝えてくれたために、地域は大いに繁栄したいうことで、大和朝廷が作った伝説とは、百八十度違った話になっていました。

 早い話、地方の人たちが、渡来人の魅力に惹かれていくのに、危険を感じた大和朝廷が、彼らを討ち滅ぼしたあげく、勝手に鬼に仕立て上げて、鬼退治の伝説を作ったのでしょうが、昔話一つにも、政治的な背景が隠されているものだと、興味を持ちながらガイドさんの話に耳を傾けました。

 

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天皇家の思い(9月9日)

 9日午後、岡山で開かれた、兄の法要を兼ねた身内の会で、秋篠宮さまに、男のお子様が誕生したことが話題になりましたので、それにまつわることを、あれこれと考えてみました。

 信頼の出来る様々な情報を総合すれば、天皇皇后両陛下は、次の次の世代を担う、男系の男子の皇族がおられないことから、このままでは、将来皇統の維持が難しくなることを、この数年の間、深刻な問題として悩まれていたふしがあります。

 ここからは、情報とも想像とも言いかねますが、このため、両陛下と秋篠宮さまだけでなく、皇太子さまも同席のもとに、秋篠宮家に、もう1人お子さまを作ることを、ご家族の意志として決められたのではないでしょうか。

 皇太子家のお子さまの誕生を待って、ある意味遠慮されていた秋篠宮さまも、こうした両陛下の思いを、受けいれられたものと思われます。

 男のお子様の誕生を受けての、両陛下や皇太子さまのコメントなどを見ていますと、そうした流れを理解するに足る、尋常ではない家族の絆と、ご一家の底力が伝わってくるのです。

 こう考えてみると、「秋篠宮さまに、3人目のお子さまを期待したい」と発言して、あれこれと批判を受けた、当時の宮内庁長官の発言も、決して不用意な発言だったわけではなく、こうしたご一家の思いを斟酌した、観測気球だったのかもしれません。

 一方、それと知らずに、女系の天皇を認めようとする、皇室典範の改正作業を進めていた、小泉総理をはじめとする政府関係者は、結果的に、ご一家の思いとは、違った方向に向かっていたことになります。

 とはいえ、宮家の現状を見た時、このままでは、将来にわたっての皇統の維持に、不安が残ることは間違いありませんが、かといって、すでに国民の馴染みが薄れている、旧皇族の復活を図ることは、あまり現実的な選択とは思えません。

 そこで、次の時代の策として考えられるのが、愛子さまや、秋篠宮家の2人の内親王を、お嫁に出して皇族から離れていただくのではなく、養子を迎えて新しい宮家を建てるといった考え方で、こんなことが、将来の検討課題になりはしないかと感じました。

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木質ペレット今度こそ(9月8日)

 8日午前、愛媛県境の中山間地域、梼原町で進められている、木質ペレットを使ったバイオマス事業について、関係者と懇談をしました。

 これは、町内に関連企業の工場がある、大手の企業が中心になって進めているプロジェクトで、山から出る端材などで作ったペレットを、ストーブなどの燃料として販売していこうというものです。

 といっても、格別に目新しい話ではなくて、こうした木質バイオマスの取り組みは、県内も含めて、すでに全国各地で試みられていますが、材料を集めるのにかかる物流の費用をはじめ、コスト面での課題が解決できないため、ビジネスとしては、まだまだ厳しい現状にあります。

 しかし、その一方で、京都議定書の発効をはじめ、循環型社会への要請が高まっている上、原油価格の値上がりという背景もあるため、この秋には、この企業と梼原町、それに町の森林組合と県との間で協定を結んで、事業をスタートさせることになりました。

 木質ペレットの販売は企業が、その生産は、町と企業が中心となった三セクが担当しますので、県が直接関わる形ではありませんが、県も積極的に応援をしているという、雰囲気作りをしてほしいというのが、町からの要望でした。

 思いはよくわかりますし、大手企業の参加を得た今度こそ、木質バイオマスを、循環する仕組みに乗せて行きたいとの願いは同じですので、協定の場に臨む際に、その思いをどう表現するか考えてみます。

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気になる投球フォーム(9月7日)

 7日夜、わが家に送られてきた、僕の始球式での投球フォームをプリントした、阪神タイガースのカードを、まじまじと眺めてみました。

 このカードは、今年4月14日に甲子園球場で行われた、阪神・広島戦で、僕が始球式をした時の写真をプリントしたもので、知事室にも一束届けてもらいました。

 その時には、「おっ、こんなものが」と、何気なく手にしただけでしたので、それが販売されているとまでは考えなかったのですが、ある大学生から、球場で買ったので、サインをして送り返してほしいと、何枚かのカードが封筒に入れて送られてきました。

 このため、この夜わが家で、何色のペンで、どんな風にサインをしたらいいだろうかと、カードを取り出して眺めてみました。

 始球式の球は、キャッチャーのミットには届いたものの、外角高めに大きく外れましたので、自分としては不本意な出来だったのですが、あらためて写真を見てみると、まずまずの投球フォームに感じられて、心の中で自画自賛してしまいました。

 とはいえ、始球式のような一発勝負は、気持ちよく決めるのが大変難しいものですので、あらためて写真の中の自分を見ながら、また挑戦したいような、でも恐いような、複雑な思いにかられました。

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忘却曲線に学ぶ(9月6日)

 6日午前、以前教育関係の仕事をしていた方から、基礎学力をつけるためには、何よりも復習が大切だという話をうかがう中で、初めて、忘却曲線という言葉を知りました。

 この方は、小学校の先生に始まって、塾の先生やプロの家庭教師など、教育関係の仕事を数多く経験した後、今は別の分野で活躍されているのですが、こども達の学力アップに役に立てればと、経験を生かした提案を持ってきてくれました。

 それは、基礎学力をつけるのには復習が大切だという話で、そのために、各科目の単元ごとに、自己点検方式で復習が出来る、パソコンのソフトを作ってはどうかというのが、提案の味噌でしたが、その説明の中に出てきたのが、忘却曲線という言葉でした。

 外国の学者が見つけた法則で、ある時点で身につけた学力を、縦軸で100とした時、横軸の時間がたつとともに、記憶は双曲線を描いて薄れていきます。

 しかし、早い時期にもう一度復習をして、縦軸の学力を100に戻しておけば、時間とともに薄れてくる記憶の曲線の落ち方は、前の時よりも緩やかになるというのが忘却曲線でした。

 この曲線は、復習を繰り返せば繰り返すだけ、緩やかになってきますので、忘却曲線がなだらかになるまで、こども達が、自分で復習が出来る仕組みを作ろうという提案は、なかなか理屈にかなった考え方だと思いました。

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2006/09/15

札束で頬を叩くな(9月5日)

 5日の昼休み、このところ何件か相次いで寄せられた、高レベルの放射性廃棄物の捨て場をめぐる、ご意見について考えてみました。

 これは、原子力発電に使った使用済みの核燃料を、再処理した後に残る、極めて放射能の高い高レベルの放射性廃棄物を、永久貯蔵する場として、名乗りをあげようという自治体が、県内にあることが明らかになったためで、主に反対の立場の県内外の方々から、次々とメールが寄せられています。

 原子力発電といえば、もう数年前のことですが、再処理前の使用済みの核燃料を一時期保管しておく場所を、高知県内に作れないかという相談を、電力会社から受けた時、お金の力で首長や議員を取り込むような手法ではなく、地域の住民に、初めから全ての情報を公開した上、長い年月をかけて住民の合意形成に取り組むという、原子力政策の大転換を目指す気があるのなら、結果はともあれ、民主主義の実験として、取り組む心構えがあると答えました。

 それに対して、その会社の当時の社長と原発担当の役員が、この提案を了解してくれましたので、NHKの世論調査の担当者に話をして、この問題に関する情報に対して、地域の住民の皆さんがどんな不安を感じているか、また、その受けとめ方がどう変わっていくのかを、世論調査という公開の手法を使って推しはかっていく、仕組みづくりの検討を始めました。

 ところが、その仕組みの骨格が出来上がったという報告を受けた直後に、その電力会社で、原子力発電をめぐる不祥事が発覚して、キーマンだった担当の役員が役職をはずされてしまったため、その後、その話は完全に立ち消えになりました。

 今なぜ、この話を持ちだしたのかと言えば、僕は、ここまで地球温暖化が大きな問題になっている時に、また、日本はもとより地球全体で、エネルギー消費が押さえられない社会状況になっている時に、以前のような危険性の議論だけで、原子力発電を完全に否定して良いものだろうかと思い始めているからです。

 そもそも、どんな技術でも、100パーセントの安全などということは科学的にあり得ませんから、それにもかかわらず、100パーセント安全だと言い張ってきた、原子力政策の出発点が、誤った歪んだものだったと思います。

 さらに、その安全神話を片手に、もう一方の手には分厚い札束を持って、交付金の魅力などで有力者を取り込んだ上で、不安を感じる住民を押さえ込んできたのが、これまでの原子力政策の手法でした。

 そのことが、どれだけ多くの不毛な時間とお金とを費やし、それが、原子力発電のコストを引き上げてきたでしょうか。

 もうそろそろ、こんな不健全な手法のおかしさに気づいてもいいと思うのですが、今回の高レベル廃棄物の処分場に関しても、調査地点に選ばれただけで、当該自治体に10億円、近隣の自治体にも同額をばらまくというのです。

 地方交付税の削減などを通じて、地方を財政的にとことん追いつめた上に、弱り果てた自治体に交付金をばらまいて、地域に大きな溝を作っていくという、この国のやり方を見ていますと、もう少し誇りを持った原子力政策が進められないのかと、哀れさと強い怒りを禁じ得ません。
 
 ただ、反対を訴える方、特に県外から反対の声をあげている方の中には、そこまで追い込まれている、地方の痛みには何の関心もないまま、「自然を残せ」、「川が汚染される」といった、あまり科学的とは言えない感情論を振りかざす人が数多くいます。

 こういう方は多分、道路公団の民営化にも、郵政の民営化にも、劇場の観客として、何も考えずに拍手を贈ってきたような方ではないかと思われますが、こうしたタイプの反対派が乱入することで、地域の中で、真剣にこの問題に取り組もうとする方々が、色眼鏡で見られるようなことがないようにと願っています。

 高レベルの放射性廃棄物の処分は、世界中のどこでも、まだ解決のついていない問題ですが、地球全体の将来を考えて、もし原発がどうしても必要だというのなら、札束で頬を張るのではなく、そのことを堂々と語りかけていくべきではないでしょうか。

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お彼岸に運動会(9月4日)

 4日午後、県中部の山間の町、本山町で開かれた婦人会の研修会で、ある村の会長が話された、お彼岸をめぐる話題に、なるほどと感じることがありました。

 その発言は、その会長さんも参加された、パネルディスカッションの席で出されたのですが、なぜ9月23日に、学校の運動会をするのかとの問いかけです。

 会長さんの思いは何かと言えば、9月23日の秋分の日は、そもそもはお彼岸の中日で、ご先祖さまをお迎えする日だから、こども達にも、そのことを教えるべきではないかいうわけです。

 それなのに、学校や教師の都合で、この日に運動会を開くのはおかしいというのが、会長さんのおっしゃりたかったことでした。

 それを聞いて、なるほどそれもそうだなと思いながら、教育基本法の改正の中で、わが国の伝統の重視を打ち出している文部科学省は、このことを、どう受けとめるのだろうかと考えていました。

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あるご意見(9月3日)

 3日午後、高知市の商店街で開かれた、よさこいの観光イベントに参加していた知人から、高齢者の施設利用料に関して忠告を受けました。

 この日は、県外から観光で高知を訪れたお客様のために、商店街のアーケードの中で、よさこい踊りが披露されたのですが、そのチームの中に、かねてからの知人たちの姿がありました。

 揃いの衣装に鳴子を手にしたお二人に、お久しぶりと声をかけますと、四方山話のあとに、そう言えば、一つ言いたいことがあったと言われます。

 何かと尋ねると、お二人とも美術館が好きで、よく足を運ぶのだそうですが、いつも入場無料のお年寄りが多いというお話でした。

 このため、お二人は、「お年寄りを大切にするのも悪くはないけれど、ますます高齢者がふえていく時代に、このままの制度を続けていたら、施設の運営が成り立たなくなる。だから、お年寄りにも負担をお願いするという勇気が、知事さんにも必要ではないか」とおっしゃるのです。

 実は、そのことは県も以前から考えていたことで、一度県議会にも提案をしましたが、県議会の反対で実現できなかったという経過がありますので、そのことを説明しますと、「そうだったの」と言われたまま、話は途切れてしまいました。

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発明の母(9月2日)

 2日午後、高知工科大学で開かれた、日本学術会議中国・四国地区の講演会で、学術会議の議長を前に、もっともらしいご挨拶をしました。

 この日は、高知工科大学の創立10周年の企画で、学術会議の議長に講演をお願いしたのですが、大学の理事長として、ご挨拶をしなくてはいけませんので、少しは学術的な挨拶をと考えました。

 そこで思いついたのが「必要は発明の母」という言葉で、必要は間違いなく発明の母だけれど、発明がすべて、必要を母にしているわけではないと、いきなり理屈っぽく迫ってみました。

 というのも、古くはノーベルのダイナマイト、現代ならば、凍結受精卵をはじめとする人工授精の技術など、必要という母のいない、または、母の願いとは別の道を歩んだ子供(発明)が数多くいるからです。

 また、そうした必要という母とは縁の薄い子供が、社会的な問題を引き起こす事例は、これから益々大きくなると思われますから、技術者を育成するにあたっては、発明などの新しい技術が、どのように利用されるかを想像する力や、それが社会に与える影響を考える倫理観など、幅広い能力が求められるのではないかと、もっともらしいまとめをしました。

 言いたかったのは、高知工科大学では、そんな人材の育成を目指していますという、理事長としての大学のPRでしたが、果たして学術会議の議長に伝わったでしょうか。 

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2006/09/06

何と答えるか(9月1日)

 1日夜、裏金問題をめぐる、岐阜県の検討委員会のニュースを見た後、先月、前知事周辺の青年から届いた、手紙を読み返してみました。

 この青年は学生時代に、岐阜県と高知県の双方で、知事の側でのインターンをした経験の持ち主で、現在は、岐阜県の前知事が設立をした、研究会の事務所を手伝っています。

 手紙の中で彼は、前知事が引退の折に、「私にものを申す職員は、誰一人いなかった」とコメントしたことに触れて、裏金問題についてもその時点では、「具体的な進言は何一つ受けていなかった」との発言は、それゆえに真実ではないかと予測しています。

 前知事の側にいても何のメリットもないから、早く事務所を辞めてはどうかと、周囲からは言われるようですが、72才にもなって、朝の4時・5時まで岐阜や日本の発展を語り続け、ほとんど毎日、パソコンに向かって政策案を煮詰めている、そんな前知事の姿を紹介しながら、前知事の余生の意気込みを信じて、仕事の手伝いをしている以上、今この事務所を去ることは出来ないと言います。

 前知事は、僕も、人間的には好きなタイプの人ですので、公的な立場からは、非難せざるを得ないことがあっても、私的には、非常事態において、「じゃあさよなら」ではあまりに淋しいという彼の思いが、手に取るようにわかります。

 そんなわけで、あれも書こうこれも書こうと考えているうちに、日にちがたって、返事の機会を失していました。

 ただ、その彼自身が言うように、情報は原則100パーセント公開した上で、あとは受け手の県民・市民が判断すればよいという考え方は、疑いなく正しい方向だと思いますので、今こそ、それを実践すべき時ではないかと、返事を書くことにしました。

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東京オリンピックで試験放送を(8月31日)

 31日午後、知事室を尋ねて下さったNHKの技術者から、10年後に東京オリンピックがあったら、その時に試験放送をしたいという、スーパー・ハイビジョンの話を聞きました。

 この方は、高知県立の高知工業高校を卒業した後、地元のNHK高知放送局に10年間勤務しましたが、国内留学などの制度を使って、勉強と研究を積み重ねた結果、NHKの技術研究のトップにあたる、技術研究所の所長になったという立志伝中の人です。

 専門は、暗い場所でも撮影の出来る、高感度カメラの技術ですが、その技術は放送の分野だけでなく、ウィルスが細胞のどの部分を襲うかといった、暗いバイオの世界の分析や、光の量を7分の1に減らした、目に優しい白内障の手術などにも活用されています。

 このため、NHKの内部では、放送に関係のない技術を研究して何になるといった、いやみを言われた時代もあったそうですが、NHKバッシングが厳しい昨今では、逆に、「受信料は放送だけでなく、様々な分野に役立っています」と、受信料のPRにも使われるようになったそうです。

 その技術も活かして、技術研究所が今取り組んでいるのが、画像を構成する画素の数が3200万と、現在のハイビジョンの16倍もある、スーパー・ハイビジョンです。

 これが完成しますと、畳一畳分の画面に、実際に人がいるのと見まごうような映像が映し出されるとのことですが、完成までには、20年はかかりそうだと言います。

 ただ、20年先と言ったのでは、あまりに遠すぎて信憑性が薄れてしまいますので、2016年のオリンピックが東京に決まった時には、それにあわせて、試験放送を実現したいとのことでした。

 東京オリンピックの実現性には、かなりの疑問符がつきますが、スーパーハイビジョンの方は、是非見てみたいものだと思いました。

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カルテの保存(8月30日)

 30日午後、コクヨの幹部とお会いする中で、C型肝炎の訴訟に関連しての、カルテの保存に話が及びました。

 事務機器や文房具のメーカーであるコクヨは、県内の四万十川周辺の森で、森林の保全や、社員の環境教育を通じて地域との交流を目指す、「結の森」(ゆいのもり)と名づけた取り組みを進めてくれていますので、現地を視察した幹部が、この日、知事室を訪ねて下さいました。

 話は、「結の森」のことから、次第にコクヨのビジネスへと広がりましたが、最近では、事務機器などの販売だけでなく、書類の保存の仕方を提案することなども、仕事の種になっていると言います。

 それで思い出したのが、C型肝炎をめぐる薬害訴訟に関わる、カルテの保存の問題でした。

 というのも、先日、この訴訟を担当している弁護士や原告の方が、知事室に来られてお話をした時、患者への今後の補償と治療のために、各病院での、カルテの保存を求められていたからです。

 後で、県立病院を管理運営している、病院局の話を聞きますと、すべてのカルテを保存していくと、膨大な量になるので、C型肝炎との関わりの可能性を選別して、保存していくといったノウハウが必要になると言います。

 そこで、コクヨの皆さんに、その話題を提供しますと、森林の話だけでなく、仕事のネタまで教えてもらって有り難うと感謝されてしまいましたが、知事室で別々の方から聞いた話が、ふとしたことで紡ぎあっていくのは、とても楽しいことです。

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彼我の違い(8月29日)

 29日午後、県内で、精神科の医療に携わっている方とお話をしていて、欧米の諸外国とわが国とでは、精神保健に対する考え方に、こんなに違いがあるのかと驚きました。

 その違いが、数字の上で如実に現れているのが、人口1万人当たりの精神科の病床数で、欧米では、すでに20人を大幅に下まわっているのに対して、わが国は、未だに30人近い病床数があります。

 さらに、精神病院での平均の在院日数は、欧米では多くても80日、ほとんどの国が50日を切っているのに対して、日本は320日から330日と、けた外れの長さになっています。

 この違いの背景にあるのは、精神障害者に対して、地域での暮らしを基本におくのか、それとも病院に閉じこめておこうとするのかといった考え方の違いで、欧米では、こうした態勢を支えるために、作業療法士や臨床心理士などのスタッフが、日本より、はるかに充実していると言います。

 また、精神障害者が地域で安心して暮らせるためには、急性の敵意や攻撃性など、いざという症状が出た時に、すぐに入院できる救急の体制が必要ですが、わが国には、移送システムという仕組みはあっても、実際にはあまり機能していません。

 このために、障害者が事件を起こしては、社会の偏見を呼び起こすといった悪循環を繰り返しているわけですが、お話を聞きながら、これまで精神保健の問題を、あまり真剣に考えたことのなかった自分を振り返っていました。 

 とはいえ、すぐに何かが出来るというほど、簡単な問題ではありませんが、まずは、移送の仕組みだけでもちゃんとしてほしいというのが、この方からのご提案でした。

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コンパニオンはいないか(8月28日)

 28日午後、愛媛県境にある梼原町で、グリーンツーリズムに取り組む方々と懇談をした後、農家民宿に体験宿泊をしました。

 梼原町では、まず新しい役場を訪ねましたが、木材をふんだんに使った、しかも、広々とした吹き抜けを活かした作りで、これも新名所といった趣です。

 続いて、紙漉の体験の出来る「かみこや」や、県内の農家民宿のパイオニアにあたる、「いちょうの木」を訪問して、グリーンツーリズムの前線を見せてもらいました。

 この後、関係の皆さん方と懇談をしましたが、農家民宿が何かを知ってお出でになるお客様は、川での釣りや、寝ころんでの星空の見物などに大喜びで、文句を言う方はいないと言います。

 ところが、時には、普通の旅館代わりに泊まりに来る人もいたりして、泥だらけの作業服のまま部屋に上がられて、後の掃除が大変だったといった経験もあるそうです。

 また、笑えたのは、農家民宿に来ているのに、「コンパニオンはいないか」と尋ねたお客さんがいたという話で、世の中には、勘違いの甚だしい人がいるものだと感心しました。

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飲酒運転は免職(8月27日)

 27日朝、おととい福岡市で、3人の幼い兄妹が亡くなった、交通事故の報道を見ていて、高知県での飲酒運転をめぐる議論を思い起こしました。

 この事故は、福岡市の志賀島に通じる海の中道で、後ろからきた車に猛スピードで追突された、親子5人の乗った乗用車が橋から海に落ちて、4才〜1才の、3人の幼い兄妹が亡くなったという、大変痛ましい事故でした。

 この事故では、追突した車を運転していたのが、福岡市の職員で、しかも飲酒運転だったことから、公務員の倫理観があらためて問題になりましたが、加害者が公務員かどうかに関係なく、飲酒運転に対する考え方を、社会全体が、もっと厳しく見直す必要があると思えてなりません。

 もう9年も前のことですが、高知県では、公務員の飲酒運転を撲滅するために、職員が酒酔い運転で摘発された場合には、事情の有無にかかわらず、免職にするという取り決めを作りました。

 この取り決めに対しては、処分が厳しすぎるのではないかといった、批判の声も数多く出ましたが、今回の事故を受けて福岡市長が、飲酒運転には、厳しい処分で臨みたいといったコメントを出しているのを見ると、あの時に決断をしておいてよかったと、あらためて思います。

 飲酒運転に関しては、相変わらず、これくらいならといった甘い受けとめが根絶されていませんが、厳しすぎるくらい厳しい対応がない限り、いつかまた、今回のような悲劇が繰り返されると確信しています。

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うちも脱退している(8月26日)

 26日昼、東京の原宿で開かれている、「スーパーよさこい」の関係者と話をしているうちに、明治神宮も表参道の商店街も、いずれも既存の親組織から脱退していることが話題になって、どこにでも同じような事情があるものだと感じました。

 戦後まもなく、高知で生まれた「よさこい」は、踊り子のグループが、思い思いの踊りを披露して楽しむお祭りですが、全国にある他のお祭りの踊りとは違って、衣装も振り付けも音楽も、すべて毎年、自分たちで新しいものに作り変えていくという、自由なスタイルの踊りです。

 このため今や、北は北海道から南は沖縄まで、優に200を超える全国のお祭りやイベントに、「よさこい」が採り入れられるようになりました。

 そこで、東京の目抜き通りの一つ、原宿の表参道を舞台に、高知発の「よさこい」をご披露しようというのが、「スーパーよさこい」ですが、単なるイベントやショーではなく、街のお祭りという「よさこい」本来のコンセプトを大切にしようと、明治神宮への奉納の踊りという形をとっています。

 この日も、高知からの踊り子をはじめ、100近いチームが参加をして、明治神宮の本殿前での踊りを皮切りに、大いに盛り上がりましたので、僕も、本場の高知の知事としてご挨拶に伺いました。

 その後、地元の関係者の方々と、昼食をとりながら話をしたのですが、その中で、明治神宮が、神社の全国組織である神社本庁から脱退していることを初めて知りました。

 その理由はともかくとして、明治神宮は東京を代表する神社として、一般的にはとてもよく知られていますし、神社本庁への上納もかなりの額だと想定できますが、伊勢神宮を筆頭に、千年・2千年という歴史のある神社と比べると、明治天皇をお祀りしていることからもわかるように、歴史の浅い神社ということになります。

 そんな脱退の背景を聞いていると、多額の出資で組織に貢献をしながら、発言力は極めて弱い、国連の中での日本の立場と同じような話だなと、失礼な想像をめぐらせてしまいました。

 すると、表参道の商店街の方が、「うちも、渋谷区の商店街の連合会からは脱退をしてるんです」と言われます。

 その理由を聞いてみますと、お年寄りの先輩方が、いつまでもその座にしがみついたまま、政治的な動きをしたり、補助金を獲得したりするためだけの、組織になってしまっているからと言います。

 これもまた、よく聞く話だな、同じような事情は、どこにもあるのだなと思いながら、それぞれのお話をうかがっていました。

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手仕事を習う(8月25日)

 25日午前、四万十市の公民館で開かれた、昔から伝わる遊びや、手仕事を楽しむ会に参加しました。

 これは、高齢者のための福祉活動をしているグループが、昔遊びや手仕事を通じて、地域のお年寄りと、小学生や障害者の方々との、交流の場を作ろうと開いたものです。

 内容はと言えば、竹とんぼ、草笛、折り紙、おじゃみ(お手玉)、蛍かご、畚(ふご)、蒸しパンと盛りだくさんで、すべてのコーナーを回るだけで、時間が一杯になりました。

 このうち、藁を組み上げていく蛍かごは、初めての挑戦でしたが、それにしては、結構な形のものが作れましたし、藁がこのように使えることを知って、とても勉強になりました。

 もともと子供の頃から、折り紙をはじめ、剣玉や綾取りなど、手を使う遊びが好きだったこともあって、お手玉でも草笛のコーナーでも、知事さんは器用だとお誉めの言葉をいただきましたが、それが、器用貧乏にならないようにとのご注意にも聞こえました。

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アグリ体験塾を体験(8月24日)

 24日午後、県西部の四万十町にある、新しく農業を始めようとする人たちのための、県立の研修施設を訪ねて、研修生の皆さんと懇親を深めました。

 四万十川に沿った旧窪川町にあるこの施設は、戦前から戦後にかけての昭和の時代には、帰全(きぜん)農場という名で、また平成に入ってからは、県立の農業大学校の窪川校として、農業を目指す若者の育成にあたってきました。

 その窪川校が本校に統合されたため、その跡地を活かして3年前からスタートしたのが、新しく農業を始めようとする人のための県立の研修施設、「窪川アグリ体験塾」です。

 コースは、1年間までの長期研修と、2泊3日の短期スクーリングの2つですが、有機・無農薬から農薬や化学肥料を使った従来型の農業まで、研修生の希望に応じた、柔軟なカリキュラムが用意されています。

 このうち長期研修では、これまでに研修を修了した44人のうち、26人が県内で農業を始めていて、新規の就農者の獲得に効果を発揮しています。

 一方、短期研修の方は、何度でも繰り返し体験が出来るため、この日の研修者の中には、今回で8回目という方もいました。

 そもそも今回の訪問は、この体験塾の職員からの、「一度、来てみませんか」との誘いがきっかけでしたが、当の職員に限らず、スタッフはそろって生き生きとした感じで、県庁に数ある職場の中でも、最も楽しそうな職場に見えました。

 その理由の一つは、スタッフの持ち味とチームワークの良さですが、それだけでなく、研修に来て下さっているお客さまの幅の広さも、仕事の楽しさの一因に感じられました。

 というのも、研修生に過去の経歴や現在の職業を聞くと、ある県の県庁職員や、ホテルの支配人、さらには広告代理店の社員や郵便局員等々、年令も職業も多種多様で、農業にかける思いや人生設計を聞いているだけで、教えられることが多いからです。

 このため、長く農業技術の普及に携わってきた職員からは、「研修に来る方の話を聞いているだけで、これまでの常識にとらわれていた自分を、見直すきっかけになった」という声も聞けました。

 もちろん、農業の現状はそんなに甘いものではありませんので、スタッフからは、農業の厳しさを、口を酸っぱくして説明をしているのですが、その上で、高知での農業に挑戦してみたいという方が、何人もいらっしゃることはとても心強いことです。

 夕方からは、職員と一緒に、研修生の皆さんを囲んで、懇親の場を持ちましたが、わいわいがやがやと実に楽しいひと時で、小さな希望を一杯もらったような気がしました。

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実感評価(8月23日)

 23日午前、今年で10年目を迎える「土佐の教育改革」の、総括に向けての中間的な報告を受けましたが、その中に、「実感評価」という手法が採りいれられていることに関心を持ちました。

 「土佐の教育改革」は、2期目の公約として掲げたテーマで、子供たちが主人公を合言葉に、1997年から、教員の資質の向上や、学校と保護者や地域との連携などに取り組んできました。

 今年で、10年目を迎えることから、教育委員会がその総括をまとめていますが、その中では、従来からの教育関係のデータだけではなく、「実感評価」という手法が使われています。

 それは、児童、教員、保護者、地域の他、教育団体や大学などの専門家を対象にした、アンケートを基にしたもので、「学校への満足度」をはじめ、「子供の元気度」、「学校がどこまで開かれているか」、「悩みや困ったことを気軽に先生に相談できるか」といった主観的な実感を、客観的な指標として活用しようという試みです。
 
 このように言うと、従来のデータでは成果が説明できないために、主観的なアンケートを都合よく使ったのだろうといった、皮肉な見方が出ることは目に見えています。

 しかし、個々のアンケートの答えは、主観に基づくものであっても、それが寄り集まったパーセンテージには、客観性がありますので、現状を評価するにあたっても、今後の目標を立てるにあたっても、役に立つ試みだと思いました。

 あわせて、こうした「実感評価」の手法は、教育だけでなく、数値では表しにくい分野の仕事を評価していく上で、有効な手だてになるのではと感じました。

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