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2006年12月

2006/12/28

あっという間の1年(12月28日)

 28日午後、県庁での今年の仕事を終えて、明日から来月の3日までは、年末年始の休暇に入ります。

 この日も、来年大阪で開かれる、世界陸上の際の事前合宿のため、すでに協定を交わしているポーランドに続いて、その近隣のヨーロッパのチームが、高知に来そうだという明るい報告から、県立女子大学の再編をめぐる少し重めの意見交換まで、いつもと変わることなく、目一杯仕事をこなしました。

 1年を振り返ると、兄の死といった、予期しない悲しい出来事もありましたが、その一方で、昨夜息子から、僕たち夫婦にとっては5人目の孫が、来年誕生しそうだとの知らせが飛び込んでくるなど、プライベートでは悲喜こもごもの1年でした。

 また、仕事の面では、しきりに、手詰まり感を強調したがる人たちもいますし、あらぬ風向きの批判もありましたが、僕自身は、ある時期から、きれいに気持ちが吹っ切れて、全てを前向きに考えられるようになりました。

 これからも、思惑や憶測とは無縁の世界で、強く且つしなやかな意思のもと、自分の持てる力を、精一杯仕事に傾けていきたいと思います。

 なんて、柄にもなく、肩肘を張ったもの言いをしましたが、明日からは、6日間ゆっくりと休んで、頭の中の考える力の容量を回復してきます。

 来年は、年明け間もない1月12日の誕生日で、僕も、めでたく60歳の還暦を迎えますが、たぶん、それで何かが変わることはないでしょう。

 過ぎてみれば、あっという間の1年でしたが、それでは、皆さま良いお年を。

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人づくりには(12月27日)

 27日午前、県庁内の経営品質を担当している職員と、意見交換をする中で、人づくりについて考えてみました。

 かつての県庁では、昨日までの仕事をそのまま、間違いのないように今日も続けていれば、それでこと足りた時代がありました。

 しかし、今では、それぞれの職場であれ、個々の職員であれ、明確な目標を持った上で、その実現に向けた課題を自ら考えて、その実践を目指していかなくてはなりません。

 そんな意味での、職員と職場の意識改革を進めるために、高知県では6年前から、職場での話し合いによる、お互いの気づきを大切にした、行政経営品質の活動に取り組んできました。

 それでもまだ、ただでさえ忙しいのに余計な仕事がふえたといった、後ろ向きの受けとめしか出来ない人や、現実を見つめて気づきをうながすための、チェック項目への記入を、体裁を整えるための書類づくりに終わらせてしまう職場など、破れない壁も数多くありますが、その一方で、気づきの大切さを実感できる人も、じわじわと広がってきました。

 これを、人づくりという観点から見れば、今年で7年目になる、経営品質の積み重ねの中で、県庁を取り巻く時代の変化に対応するための、人づくりの土壌は豊かになってきたと思います。

 しかし、いかに土壌が広がってきたとはいえ、それぞれの職場で、リーダーである管理職にその意識が無ければ、その土壌も活かされません。

 とすれば、単に土壌を広げるだけでなく、経営品質を正しく理解できる人材を、組織のマネージメントの場に引き上げていくことが、これからの人づくりには欠かせないポイントになるのではないかと、この日の意見交換を通じて、あらためて感じました。 

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ヘリコプター通勤の現実味(12月26日)

 26日午後、各地の自治体病院で、アドバイザーとして活躍している方から、医師不足対策の処方箋のいくつかを聞きました。

 その処方箋の一つは、入院用のベッドを無くして、無床の診療所にするか、それとも、特定の診療科目だけに絞って、あとは近くの中核病院にまかせるかで、北海道で取り組まれた事例のお話を聞きました。

 もう一つはヘリコプターの活用で、そのうち、緊急を要する患者さんを運ぶドクターヘリは、本県でも活用されている手法です。

 一方、同じヘリコプターの活用でも、毎日の医師の通勤にヘリを使うという考え方は、初めて聞くものでした。

 これは、中部地方の、ある市で検討されているもので、大学病院の医局の、朝のカンファレンスが終わった後、医師をヘリコプターに乗せて、自治体病院まで運ぼうという計画です。
 
 ただ、公的な機関が税金で運用すると、高くつきますので、民間に運用してもらうことで、医師を通勤させても見合うだけの、コストダウンを目指しているとのことでした。

 通勤ヘリの実現性には、様々な条件があるとは思いますが、医師不足に対しては、国の制度などを含めた根本的な対策と同時に、こうしたありとあらゆる可能性を、追及してみる必要があるとを感じています。

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まずは花暦から(12月25日)

 25日午前、再来年に予定している、「花・人・土佐であい博」のアウトラインを、担当者から聞きました。

 再来年の2008年には、県立牧野植物園が創立50周年を迎えますので、これを機会に、花の博覧会を開いてはというのがことの始まりでした。

 それをスタートに、あれこれと議論するうち、花だけでなく、食べ物や土佐流のもてなしをあわせて、県外から人の呼べる取り組みをしようという話になりました。

 それが、「花・人・土佐であい博」ですが、現在の計画では、2008年の3月1日からの春の陣を皮切りに、夏、秋、冬の季節ごとに、会期を分けて開催することになっています。

 詳しい内容はまだこれからですが、その地域で開かれる催しの情報は、全て把握をした上で、お客様のニーズにあわせて旅のプランを提供するビジターセンターを、ブロックごとに構えたいとのことでしたので、2008年の「であい博」の催しだけでなく、団塊の世代の受け入れなどにも活用できる、地域情報のワンストップサービスの窓口として、将来も機能するように出来ればと感じました。

 一方、2008年を待たずに、来年から始めようという企画もいくつかあって、県内の大学で実施が検討されている、地域講座もその一つです。

 また、年間を通じた「土佐の花暦」と「花マップ」も、すでに、地域支援企画員という名で県内で活動をしている職員が、資料の収集を進めているとのことでした。

 この花暦に関しては、航空関係者からも、2008年を待たずに早目に作って、来年からPRを始めたらいいとのアドバイスを受けていましたので、担当の職員に、あまり完全なものでなくていいから、早く作って早く宣伝をしようと声をかけておきました。

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2006/12/27

後ろの席から本が(12月24日)

 24日午後、妻とともに東京から高知に帰る飛行機の中で、後ろの席にいた知人から、一冊の文庫本が差し出されました。

 「奥様、好きなところを開けてみて」と言われて、後ろの席から渡された本を、妻が開いてみると、中高年にも優しい、大きな活字が飛び込んできます。

 よく見れば、それは、綾小路きみまろさんのネタを集めた文庫で、結婚をした時、食べてしまいたいほど可愛かった妻、あれから40年、あの時食べておけばよかった、といったギャグが満載されていました。

 特にのぞく気もなかったのですが、時折あげる妻の笑い声が気になって、彼女の肩越しに、ほとんどのページをのぞき見てしまいました。

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向かい風(12月23日)

 23日夜、去年に続いて、ある男性歌手のディナーショーを聞きに行きました。

 彼は、本人が自ら言うように、歌だけでなくトークも巧みですから、この夜も、世界の国々の中には、日本のように四季のある国から、それの無い国まで様々あるという話をした後、だから、サンタクロースの格好もそれぞれ違いがあると切り出します。

 「例えば、ハワイのサンタクロースは、アロハを着てサーフィンをしている」と、このあたりまでは、もしかしてそうかなと思いながら、耳を傾けていた会場の人たちも、「インドのサンタは、ターバンを巻いてカレーを食べている」というあたりから、「おやっ」と首をかしげ始めます。
 
 さらに、「アフリカのサンタクロースは、上半身裸で槍を持っている」と続いて、「思いつくままに話してますから、あんまり気にしないで下さいね」が落ちでした。

 その彼が、この日歌った歌の中に、「風の暦」という曲がありましたが、曲の紹介にあたって、彼はこんな話をしました。

 それは、「ある人が言っていました。昔はどんな飛行機も、向かい風の時にしか飛び上がれなかったんだよって。だから、向かい風はラッキー」というものです。

 そうか、それじゃ僕は、いつもいつもラッキーなんだと思いながら、「風の暦」を聞きました。

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岩に時計を巻きつける(12月22日)

 22日午後、東京のカシオ計算機の本社へ、先日高知県で、カシオ主催のゴルフ大会を開催していただいたことへの、お礼に出かけましたが、その際に社長にうかがった、いかにしてお客様の目を惹くかという話を、興味深く聞きました。

 ゴルフ大会の開催のお礼と同時に、一年の締めくくりのご挨拶の意味もありましたので、12月の歳末商戦の話題のついでに、社長自身は、デパートなどに、買い物に出かけることはあるかと尋ねてみました。

 すると、人混みが大嫌いなので、国内では、もう何十年もデパートに行ったことはないけれど、中国をはじめ、海外に出張した時には、自社の製品のマーケティングのために、必ず、デパートの売り場を見に出かけるとのお答えです。

 最近も、中国で時計の売り場を見に行ったところ、メーカーごとに、ショーウィンドウが分かれているのに、他社との差別化が出来ていなかったため、あれこれと指示を出したと言われます。

 例えば、と言って例に挙げられたのは、カシオのヒット商品の一つ、「Gショック」の売り出しの時の話で、他社の製品と同様、時計売り場にきれいに並べられていた頃は、特段の話題にはなりませんでした。

 このため社長が、「時計と言えば一列に並べて売るという、固定観念にとらわれていては駄目だ。Gショックは強さが売りなのだから、売り場に岩を置いて、岩に時計を巻きつけてみろ」と指示したところ、お客様が足を止めてくれるようになりました。

 では、今の製品の売りは何かとうかがうと、「うちの時計は、今は全て電波時計なので、電波によって正確な時を刻んでいることが、ひと目でわかるようなディスプレーを指示しています」との、お答えが返ってきました。

 さらに社長は、商品の前に、1分間も足を止める人はいないので、30秒の間に、お客さんがこれを買おうと決断するようでないといけないと言われます。

 ということは、電波で正確な時を刻んでいることがひと目でわかる上、30秒間で、お客様に購入を決断させるようなディスプレーが、求められていることになりますので、指示を受けた社員の方も大変だろうと思いながら、お話を聞いていました。

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様変わり(12月21日)

 21日午後、霞ヶ関の官庁街をまわって、国への提案と要望の活動をしましたが、ひと昔前のことを考えると、夢のような様変わりでした。

 というのも、僕が初めて知事になった頃は、まだ、政府の来年度予算案の原案が内示された後の、陳情合戦が華やかなりし時代でしたから、12月のこの時期になると、高知県の東京事務所にも、大量の職員が出張をしてきて、県に関係する、各省庁の予算の状況を取材しては、連日、午前と午後に分けて、マスコミにも発表をしていました。

 霞ヶ関の役所の側も同様で、特に地方の予算と関わりの深い、当時の建設省と運輸省の入ったビルのロビーは、大きな包みを抱えた、全国から上京した公務員や関係者で、押すな押すなの大盛況でした。

 それが、細川連立政権の発足で、自民党が政権の座を滑り落ちたのをきっかけに、予算の決まり方も、それに対する陳情の形も、大きく変わってきましたし、12月の復活折衝も、ごく形式的なものになっていきました。

 その結果、今では、県の東京事務所も霞ヶ関の省庁も、この時期でも、いつもと変わりないたたずまいですし、かつては身動きもままならなかった、現在の国土交通省のロビーも、閑散として行きかう人もまばらです。

 あれも、熱気と言えば熱気ですが、それだけ、税金を無駄づかいしていたのだなと思いながら、あの頃を振り返っていました。

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子育て環境のミスマッチ(12月20日)

 20日午後に厚生労働省から発表された、わが国の将来の人口推計について、通信社からコメントを求められましたので、子育て支援に関する持論を述べておきました。

 厚生労働省は、2002年の前回の推計では、長期的に見た場合、出生率は1.39程度に高まるとしていましたが、この日の発表では、現在の実際の数値よりさらに低い1.2前後になると、大幅に下方修正をしました。

 僕にコメントを求められたのは、たぶん、全国でも最初に、死亡者の数が出生数を上まわる、人口自然減を体験した県の知事として、この下方修正をどう受けとめるかということなのでしょうが、少子化問題への対応は、一地方の視点からだけで、論じられることではありませんので、コメントとしては少し長すぎると自覚しながらも、日頃思っていることを披瀝しておきました。

 それは、以下のような、子育て環境のミスマッチをテーマにした意見です。

 東京には仕事の場が沢山ありますから、これから子供を産む世代の若者は、東京に集まりますし、企業が多い分法人税も豊かになりますので、東京の自治体では、医療費の無料化など、子育てへの財政的な支援も豊富です。

 それなら、東京やその周辺の自治体の、出生率が高いかと言えば、決してそうではありません。
 
 きっと、物価の高さや住まいの環境の悪さが、影響しているのでしょう。

 一方、子育てのための自然環境は、決して悪くはない本県ですが、全国のトップを切って、人口の自然減が起きましたし、昨今の医療制度などの相次ぐ改革の結果、福祉や医療の現場に働く若い女性が、大都市部に流出し始めていますので、次世代の出生に響いてくると思われます。

 このような、大都市部と地方との間にある、子育て環境のミスマッチを解消しないままでは、出生率の低下は止まりません。

 ですから、国と経済界が手を組んで、子育て世代に思い切った財政支援をするといった、フランス型の手法も対策の一つですが、雇用の場を地方に分散させるための、税制などを活用した強力な誘導策も、少子化問題に対する抜本策の一つではないかと思います。 

 というのが、この日通信社に答えた、長い長いコメントでした。

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2006/12/25

あれもこれももったいない(12月19日)

 19日朝、政府の税制調査会の会長が、公務員宿舎を使っていた問題の報道を見ていて、色んな意味で、「もったいない」という言葉が、キーワードの一つとして頭をよぎりました。

 問題点として指摘されているのは、ご本人が、かつて経済財政諮問会議の委員として、公務員宿舎の全廃を提言していたのに、自らが安い家賃で、公務員宿舎に入居しているのはおかしいということと、そこに、妻ではない女性と暮らしているのではないかという2点です。

 周辺の方の話によりますと、別の女性との関係はかなり以前からで、そのことは、多くの人が知っていたと言いますが、いかに周辺では認知された関係でも、全国の女性が、それをどう見るかを考えて行動されるべきでした。

 倫理的に自ら割り切りの持てることと、世間の受けとめとは違うことに、思いをめぐらせなかったのは、ご自身のためにも、とてももったいないことでした。

 もう一つの、公務員宿舎の利用そのものは、そもそも全廃論の端緒が、宿舎には空き室が多くて、十分に利用されていないのはもったいない、という点にあったと思われますので、今回も、空いているなら有効に使おうという、それなりに合理的な発想だったのかもしれませんが、それにしても、公務員宿舎の無駄を追及している画面とあわせて報道されると、見ていてきついものがあります。

 この会長とは、経済財政諮問会議の委員をされていた時に、地方の声を届けたいとの思いで、一度お会いしたことがありますが、その際、地方の無駄づかいの例として言われたのが、訪問した学校の校長室が豪華だったという話でした。

 この話を聞いていて、こんな経験を頼りに、地方の無駄づかいや、もったいない仕事ぶりを断じておられるのかと、その物差しのずれに、大きな疑問を感じたことが忘れられません。

 かく言うこちらの側も、一例をもって断ずることは出来ませんが、こうした世間との物差しのずれが、ひいては、今日の問題の遠因になっていはしないかと思いました。

 とはいえ、役所の手綱さばきに引きずられない、新しい政府税調のリーダーとして大いに期待されていた方が、こうした形で退いていくことは、何よりももったいないことに思えます。

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宇宙酒に土佐和紙のラベルを(12月18日)

 18日午前、地産地消課の担当者と、土佐和紙の命綱とも言える原料の楮(こうぞ)の生産を、どうすれば少しでも増やすことが出来るかを協議しました。

 もう数ヶ月前のことになりますが、仕事で土佐和紙を扱っている県外の方から、高知県内での楮の生産量が減ってきているため、手漉き和紙の生産者が将来を危惧しているので、何か対策が立てられないだろうかという、メールをいただきました。

 このため、地産地消課の担当者に、メールの中にもお名前の出てきた、手漉き和紙の生産者を訪ねて、現状やお気持ちを聞いてきてほしいと頼んだのですが、この日、その後の経過の中間報告を受けました。

 それによると、昭和45年には、91の工場で年間428トン生産されていた県内産の楮は、おととし平成16年には、30の工場で年間12トンと、まさに激減していることがわかります。

 ご多分に洩れず、海外からの輸入が引き金で、タイから安い楮が入るようになったために、買い取り価格が落ち込んだことが、生産意欲が大幅に失われた原因でした。

 ですから、まずは買い取りの価格を上げるために、付加価値の高い売り先を探し出す必要があります。

 そこで、担当者が目をつけたのが、長年地元の和紙をラベルに使っていることで知られる、新潟の酒造メーカーのことで、和紙に印刷をする技術や、カビの発生の防止といった難しい課題を、いかに克服してきたかを調査しました。

 その結果、県内で生産される日本酒の中では、付加価値の高い「宇宙酒」のラベルに、土佐和紙を使ってもらえないかという提案をすることになりました。

 土佐の「宇宙酒」は、宇宙船に乗って宇宙旅行をした酵母でつくるお酒で、好評のため、来年の春に第二弾が発売される予定になっています。

 とはいえ、蔵元にも色々と事情がおありでしょうから、簡単に実現するとは思えませんが、このような形で、地域の資源を互いに結びつけていく努力は、とても大切なことだと思います。

 土佐の楮は、品質の良さでは定評がありますが、商品化の技術が弱かったため、県内のお茶の葉が、仲買人に買われて静岡のお茶に化けるのと同様、原料のまま買いつけられて、越前和紙や美濃和紙に姿を変えていました。

 それでも、なお先細りなのは、先程の数字が示す通りで、おととし文化庁からは、いわば文化面での絶滅危惧種に指定されていますが、この機会に新しい出口をみつけるべく、知恵を絞ってみたいものです。

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詩語りとオーボエの競演(12月17日)

 17日午後、県立追手前高校のホールで開かれた、NPO法人「高知こどもの図書館」を応援するチャリティー公演に参加しましたが、オーボエと詩の語りというコラボレーションが、不思議な味わいを出していました。

 これは、「高知こどもの図書館」の運営を少しでも手助けしようと、詩人というもう一つの顔を持つ本県の教育長が、中心になって企画をしました。

 詩人の企画だけに、出し物の一つは、彼が選りすぐった詩の語りですが、その合い間にというか、むしろ逆に、その合い間に詩の語りを入れながら披露されたのが、高知大学で教鞭をとられているオーボエ奏者の演奏でした。

 オーボエの演奏を、これだけしっかりと聞くのは初めての経験でしたが、草笛と同じ原理という木管楽器だけに、素朴な趣のある高い音色は、ことのほか哀愁を帯びて感じられました。

 もしかして、老後に練習を始めても、演奏できるものだろうかと思って尋ねてみますと、音はすぐ出るけれども、湿度などの影響を受けやすいため、こまめに面倒を見てあげないといけないとのことで、めんどくさがり屋の僕にはやはり無理かと、あっさりあきらめました。

 最近は普通のコンサートでも、演奏だけを聞かせるのではなく、演奏の合間に、トークを入れる形式がふえてきていますが、このように、全く別の語りと音楽を組み合わす趣向も、とても面白い雰囲気が出せるものだと再認識しました。 

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高校生の存在感(12月16日)

 16日午後、知事公邸を訪ねてくれた、県立四万十高校の生徒たちと、2時間ほど懇談をしましたが、この10日に、校内のファッションショーに招かれた、やはり県立の久礼分校の生徒たちと同様、高校生が身につけている存在感に安堵の念を覚えました。

 今年の8月のことですから、もう4ヶ月近くも前になりますが、事務機器や文房具のメーカーであるコクヨが、四万十川周辺の森をフィールドに、森林の保全活動などを通じて地域との交流を目指す、「結の森」(ゆいのもり)と名づけた取り組みをスタートさせました。

 その「結の森」の締結式に、同じ町内にある、県立四万十高校の生徒たちが招待されていたのですが、前向きで積極的な話し方が印象的でしたので、一度知事公邸に来てみないかと声をかけました。

 それが、この日ようやく実現して、主に環境をテーマに学んでいる10人の生徒たちが、公邸を訪ねてくれました。

 普通の懇談になるのかなと思いきや、様々な研究会などで発表をした成果を、あらかじめパワーポイントで用意していて、次々と、プレゼンテーションをしてくれます。

 初めは、手入れの行き届いた人工林と、手つかずの人工林、さらには、原生林と照葉樹林とで、水を貯え保つ力がどれだけ違うかを、表土から下層の土の性質も含めて分析した研究、次は、「日本最後の清流と呼ばれる四万十川を、日本最初の清流に」というスローガンのもと、生徒たちが開いたイベントの経過報告でした。

 そして、最後は、川の中の貝や草など自然の生き物と、水中に含まれる酸素が、合成洗剤に含まれる界面活性の成分を吸収する効果があることを、かなり克明に追いかけた調査レポートでした。

 いずれも、とてもしっかりとした視点で、話が組み立てられていて、聞いていて、とても頼もしく感じました。

 県立四万十高校は、全国公募の学校ですので、この日の参加者の中にも、京都と沖縄から来ている生徒がいましたが、県内の子も含めて、思いを持って日々の学校生活を過ごしている高校生は、身につけている存在感が違います。

 それと同じことを、この10日に、校内のファッションショーに招かれた、県立の久礼分校の生徒たちにも感じましたが、とかく問題点ばかりが指摘される教育界だけに、こんな生徒たちに出会うだけでも、いささかの安堵感を覚えました。 

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すわノロウィルスか(12月15日)

 15日は、朝から急に激しい下痢に襲われましたので、もしかして、今はやりのノロウィルスにやられたのではないかと疑いましたが、どうもそうではなかったようです。

 朝起きた時には何ともありませんでしたし、特にお腹に痛みも感じなかったのですが、トイレにいくと、急に激しい下痢に襲われました。

 これはいかんと、いつものように、正露丸をがばがばと飲みましたが、あまり効くような気配がありません。

 仕方ありませんから、そのまま仕事に出かけたものの、どうにも力が出ませんので、午後3時以降の仕事をキャンセルして病院に行きました。

 血液検査をすると、白血球が少し増えていましたので、何かの細菌にやられたのだろうということになりましたが、それ以上のこともなく、お薬をもらって無事解放されました。

 ノロウィルスかどうかの検査はすぐには出来ませんから、正確なことはいえませんが、どうもその心配もなさそうで、夜はしっかりと眠りにつきました。

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郷土を愛するためには(12月14日)

 14日、明日にも、教育基本法の改正案が成立するとの報道を目にしながら、改正論議を通じて話題になった、国を愛することや郷土を愛することについて、考えをめぐらせてみました。

 総理の言う「美しい国」が、ハードの見た目のことなのか、それとも、ソフトの精神的な価値のことなのかはよくわかりませんが、見た目の美しさであったとしても、ディズニーランドやお台場を、さらには、次々と登場するヒルズの類を、想定しているとは思えません。

 まして、郷土を愛するといった言葉で思い起こす光景は、多くの人にとっては、農村や山村に代表されるような、地方に残された、たたずまいではないでしょうか。

 いささかノスタルジックに過ぎて、時代錯誤だと言われればそれまでですが、たぶん、政府の要人として国を動かしている方々も、おおかたはそんなイメージで、郷土という言葉を使っているのではないかと推測します。

 ただ、もしそのように、教育基本法の改正案にも説かれた郷土という言葉が、地方という言葉の響きとも重なりあうものであるならば、今の政府のしていることは、そうした地域の誇りや文化を、大切に考えているとは思えません。

 というのも、三位一体の改革を通じて行われた、地方の切捨てともとれるような国の対応では、わが国らしい文化や、日本的な暮らしを保ってきた地方という存在は、もはや維持できないような状況に陥っているからです。

 こうして、一方では、「美しい国」の姿を崩し、郷土と呼べる地域を荒廃に導きながら、それと同時に、国を愛し郷土を愛することを、子供たちに求めていくことに、この方々は、矛盾を感じないのだろうかと疑いをもちます。

 そもそも、国を愛し郷土を愛することを、子供たちに強いる前に、子供たちが、愛し誇りを持てる国や郷土をつくり上げることが、政治の務めではないかと思います。

 「あの頃は何もなかったけど、何かがあった時代。今は何でもあるけど、何かが足りない時代」というのは、確か三丁目の夕日に出てくる一節ですが、そんな時代の変遷が、教育基本法の改正にも、乗り移っているのかもしれません。

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2006/12/22

議会質問のためお休み(12月11日〜13日)

 11日〜13日の3日間は、県議会の本会議での質問日ですので、ブログはお休みにします。

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揺れた心(12月10日)

 10日の日中は、県中央部の中土佐町にある、県立須崎高校久礼(くれ)分校で開かれた、生徒たちのファッションショーに参加しました。

 この日は、明日から始まる県議会の質問に備えて、答弁のすり合わせが予定されていましたが、生徒さんたちからのせっかくのお誘いでしたので、県庁での日程を少し遅らせることにして、生徒たちのデザインによるファッションショーを見に出かけました。

 会場の体育館には、地域の方が、ボランティアで作って下さったステージが用意されていて、薄暗い場内にたかれたスモークが、それにふさわしい雰囲気をかもし出します。

 モデルのほとんどは、生徒たち自身ですが、保護者や先生、さらには、小学生の子供たちも参加して彩りを添えます。

 ショーの最後には僕も、今年の大河ドラマ、「功名が辻」にあやかった山内一豊の衣装で、千代さん役の生徒さんのエスコートをしました。

 実は、この分校は、生徒数の減少から、本校の須崎高校に統合されることが決まっていて、5年続いたこのファッションショーも、分校としては来年が最後になります。

 このため、ショーの最後に挨拶に立った生徒の一人は、この分校が果たしてきた役割を指摘しながら、学校をなくすのはもったいないと語っていました。

 また、舞台に上がった先生方にも、生徒からお礼の言葉が述べられましたが、先生方の涙に象徴されるように、すさんだ師弟関係ばかりが強調される今の時代が、嘘のような心温まる光景でした。

 最近よく使われる「もったいない」は、どちらかと言えば、過度の贅沢を戒める言葉として使われていますが、問題を抱えた生徒の受け皿など、与えられた役割を懸命に果たしてきた小さな分校の存在を、もったいないと表現されると、さすがに心が揺れる思いがしました。

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道を世界遺産にするための道のり(12月9日)

 9日午後、熊野古道の世界遺産登録を手がけた、和歌山県の方から、四国八十八ヶ所と遍路道の、世界遺産登録に向けての課題を聞きました。

 四国八十八ヶ所の霊場と遍路道を、世界遺産に登録しようという運動は、かなり前からありましたが、色々と問題があって、一つにまとまった取り組みにはなっていませんでした。

 それが、最近になってようやく、四国の4県が手を携えて、世界遺産の登録に挑戦しようという、機運が高まってきました。

 このため、この日は、熊野古道を世界遺産に登録するにあたって、中心的な役割を果たされた、和歌山県の職員の方から、具体的な作業を始めるに際しての心構えや、覚悟しておかなければいけない課題などをうかがいました。

 このうち心構えとして強調されたのは、観光目当てではなく、文化を残すという視点が欠かせないということで、その点は、僕もまったく同感でした。

 一方、昔の遍路道の多くが、国道をはじめ現代の道に変貌している現実や、「お接待」という目に見えない文化が、遺産としてとらえられるかなど、課題は山ほどありますが、これまで、あまり意識していなかった課題に、「バッファー」の設定と、それに基づく所有者の合意がありました。

 「バッファー」を辞書でひくと、「緩衝域」とありますが、遍路道などを、世界遺産に登録して保存しようとする時、その両側のどれくらいの区域を、保存対象とするのかがバッファーの設定で、現実には、これが相当大きな問題になります。

 というのも、世界遺産の前提になる史跡の指定を受ければ、所有者といえども、勝手に土地の形を変えられなくなるなど、様々な規制がかかってくるからで、このため、バッファーの範囲に入る土地の所有者からは、事前に同意を取らないと、先に進めないことになります。

 数ある課題の中でも、このことが最大の難関ではなかろうかと感じながらも、壁が高いほど、登りきれた時の価値も高くなるだろうと思って、続いてのお話に耳を傾けました。

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2006/12/21

敵を知り己を知る(12月8日)

 8日午後、県内の自衛隊の幹部から、今年の防衛白書の説明を聞きながら、敵を知り己を知ることの大切さを感じていました。

 例えば、わが国にとって、現在最大の危険因子である北朝鮮が、ノドンとテポドンという飛び道具を持っていることは、誰もが知っていますが、すでに技術的には確立されていて、5年もすれば、核弾頭を装備できるといったことになると、知っている人の数は、ぐっと減るでしょう。

 また、北朝鮮の軍隊の行進の様子は、テレビでしばしば目にしますが、100万人の陸軍のうち、1割にあたる10万人が、特殊部隊の隊員だということも、防衛白書で教えられました。

 さらに色刷りのグラフを見ると、中国の国防費が、年々10パーセントづつ伸びていることがわかりますし、わが国の領空に近づく、他国の航空機を警戒するために、自衛隊機が緊急発進するスクランブルも、中国機に対するものがふえているといいます。

 一方、己の側では、イラクのサマワへの部隊の派遣が、大きく取り上げられていて、親子で派遣されていた隊員がいたことも、白書で初めて知りました。

 ここからは、白書には出ていない話ですが、イラクでは、その土地の部族や宗教界の、トップを探し出して仲良くすることが、地域に溶け込む第一歩だと言われます。

 ということで、親密の証に、男同士頬を合わせキスをして仲良くなるうちに、舌を入れられてまいったという苦労話もあったそうです。

 話は少し横にそれましたが、自衛隊に親近感を持つ人も、そうでない人も、敵と己を知るために、たまには、防衛白書に目を通して見たらいいのではと思いました。

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ベンチャーと騒ぐなかれ(12月7日)

 7日午後開かれた、高知工科大学の理事会で、ある理事さんが言われた、「ベンチャー、ベンチャーと言うけれど」という話を聞いていて、なるほどと感じることがありました。

 それは、学生に経営のことを教えるとしたらというテーマで、話をしていた時のことですが、一人の理事さんが、大企業のサラリーマンに役立つ、一般的な意味での経営学ではなく、ベンチャーを起業しようという学生に必要な、経営に関わることを教えてはどうかと発言をしました。

 すると、別の理事さんが、「日本では、何かにつけて、ベンチャー、ベンチャーと言うけれど」と、口を開きました。

 「松下でもトヨタでも、日本の大企業は全て、初めはベンチャーだったんですよ。だから、ベンチャーといって、何か従来の企業とは違う、全く別のものがあると思ってはいけないんです」と、話は続きます。

 だから、経営を教えるのなら、学内の学生全員を対象にすべきで、ベンチャーを起こすためにだけ、経営を教えるという考え方はおかしいし、経営のノウハウ以前に、事業のネタがなければ、企業の起こしようもないというのが、この方のご意見でした。

 ベンチャーという言葉が使われはじめて久しいですが、言葉にばかり浮かれていてはいけないなと、やりとりを聞きながら自戒していました。

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何かが動きそう(12月6日)

 6日の昼と夜は、中国青島(チンタオ)市の、大手企業のトップと懇談をしましたが、ビジネスの面で、何かが動き出しそうな予感を感じました。

 グループの董事長、いわば社長にあたるこの方と、高知との縁の始まりは、青島港と高知港とが、友好港の関係を結んだことがきっかけでした。

 この会社は、各種の食品を中心に、生産から輸出入まで、手広く取り扱っていますが、高知の企業の青島への進出や、高知の製品や物産の青島への売り込みにあたっては、いつも窓口役を務めてくれています。

 とはいえ、青島市との関係も最初のうちは、熱烈歓迎と友好交流が主で、経済的な話と言えば、中国への企業進出の誘致か、中国側からの物の売り込みの話ばかりでした。

 それが、この10年近くの間の中国経済の成長で、状況は大きく変わってきました。

 この日の、董事長さんの話でも、輸出が輸入を遥かに上回っている状態の改善を、国際的に強く要請されている中国政府は、国内の企業に対して、海外からの輸入の促進を勧めているとのことで、昼と夜、それぞれ別のメンバーとの意見交換の中でも、ビジネスに関わる具体の話がいくつか聞けました。

 翌日開かれる県内企業との懇談の場にも、多くの企業が参加を予定しているということですので、一次産品から加工品に至るまで、様々な分野で、やがては、もっと大きな流れが出てくるのではないかと、皮算用をはじきました。

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ようこそお帰りなさい(12月5日)

 5日午前のニュースで、郵政改革法案に絡んで、自民党籍を失った議員の、党への復党を迎える安倍総理を見ていて、兄が総理時代にした、ある判断を思い起こしました。

 前日4日の夜は、総理官邸に出かける仕事があったのですが、平河町の自民党本部前を通ると、テレビ各社の中継車が、通りにずらりと並んでいます。
 
 それは、この日が、郵政造反組の復党が正式に認められる日で、総裁である安倍総理が復党組を出迎える儀式が、党本部で予定されていたからですが、5日の朝、その様子をテレビで見ますと、安倍さんが「ようこそお帰りなさいと言いたい」と、居並ぶ復党組に声をかけていました。

 それを見ていてふと連想したのは、10年程前に、総理だった兄が組閣にあたって、ロッキード事件で有罪判決を受けた政治家を、行政改革担当の大臣に据えようとした時のことでした。

 その人は、すでに特赦を受けたことで、前歴そのものを消した上、選挙での「禊(みそぎ)」もすませていましたので、法律的には何の問題もありませんし、党内の長老に入閣を強く迫られたという、やむを得ない事情もあったのですが、世論からは手厳しい批判を受けました。

 その結果、この人事案は取り下げられたのですが、その騒ぎの時には、僕からも兄に、「おかしいと思わないのか」と、問い質したことがあります。

 それに対する兄の答えは、「それじゃあ、刑期を終えて社会に復帰した人の、再挑戦を認めないと言うのかい」というものでしたから、「それが一般の人ならば、社会復帰を応援してあげないといけないけど、政治家の場合は、贈収賄で有罪になった以上、表舞台への復帰は許されるべきではない」と、再反論したものでした。

 もちろん、刑事事件の被告と、法案に反対して除名を受けた人を、同列に論じることは出来ませんし、状況も全く異なっています。

 しかし、党の長老の力が背後に働いていたという点や、何よりも、政治の筋が曲げられたという点では、国民の受けとめ方に、似かよった側面があるのではないかと感じたのです。

 特に総理が、「ようこそお帰りなさいと言いたい」と、柔和な顔で対応している様子を見た時、少なくとも、厳しい顔で無言で迎えるべきではなかったか、それ以上に、この場面を、画像としては撮らせないという判断もあったのではないかと、他人事ながらも心配になりました。

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さすがプロの技(12月4日)

 4日夜のテレビで、キャンディーズの解散までを追った、「わが愛しのキャンディーズ」という番組を見て、当時は気づかなかった、プロの技のあれこれを再認識しました。

 その一つは、阿木曜子さんが、彼女たちの引退用の曲として作詞をした、「微笑み返し」の歌詞で、「春一番」や「ハートのエース」を始め、「アン・ドゥ・トア」、「やさしい悪魔」など、それまでのヒット曲のタイトルが、見事に織り込まれているのです。

 そうだったのかと、歌詞のテロップを見ながら、プロの技にまずは感心させられました。

 さらに感心をしたのは、伊藤蘭さんの語り口の感性と、彼女の言葉の持つ説得力でした。

 「この最後の瞬間、何と言ったらいいか、何が言えるのか、この数ヶ月間考えてきました」で始まる、後楽園球場で行われたラストコンサートの、締めくくりの長い挨拶の言葉を、一度も噛まずに同じ抑揚で語れるのも、それが自分の言葉だったからでしょう。

 「最高のまま解散したいと思います。純真なまま、今この瞬間に終わります。私たちは、キャンディーズの一員であったことに対して、すごく誇りを持っています。本当に長い間、有り難うございました」という全文を耳にして、激することもなく淡々と、でも心に伝わる口調で語れるこの人の力は、持って生まれたプロの技だと思いました。

 今あらためて、この人の語りを聞いてみたいものだと思って、番組を見終えました。

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フォーラムの準備(12月3日)

 3日は、翌日東京で開かれる、みどりのニッポン再生フォーラムを前に、パネラーとしての準備に明け暮れました。

 このフォーラムは、もともとは和歌山県からの提案で、和歌山県で取り組んでいる「緑の雇用事業」と、高知県で進めている、「森林環境税」や「企業との協働の森づくり」をテーマに、森林の荒廃と、その再生を考えようと準備を進めてきました。

 ところが、提案者である和歌山県の知事が、ご存知のようなことになりましたので、一時は中止も考えたのですが、せっかくの機会を無にするのはもったいないと思い直して、開催をすることにしました。

 このため、3日は久し振りの休日でしたが、このフォーラムの準備で、休日を使い果たしました。

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民の声を聞く難しさ(12月2日)

 2日午後、県が提案している、高知駅前の土地の活用法について、住民の声を聞く会を開きましたが、声を聞くことの難しさを、あらためて感じました。

 この土地は、JR高知駅の線路の高架化と、周辺の区画整理によって生じた土地で、県では、ホールや図書館など、県立の施設を複合化したビルの建設を提案しています。

 この日の意見交換会は、これに対する、県民の皆さんの声を聞くために開いたもので、県庁の担当者からの説明に続いて、参加者から、様々な意見が寄せられました。

 県の提案の詳しい内容や、それに対する具体的なご意見は、地域的な話題ですのでここでは省きますが、いくつかの意見をお聞きするだけで、声を聞くことの難しさを感じます。

 例えば、県の提案は、後戻りも想定をした提案ですよと、繰り返し説明しているのですが、大まかなデザインや経費などを含めた案を出せば、口では後戻り出来ると言いながら、結局は、計画通りに進めようとしているのではないかという、疑念の声があがります。

 ところが、その一方で、県が複合化を提案している施設の現在地の、跡地利用の全体図を示さなければ、判断は出来ないといったご意見も出てきます。 

 また、別に不思議ではないのですが、これだけ財政が厳しい時に、箱ものにこれほどの投資をするのかというご意見があれば、教育には投資を惜しむべきではないなどの意見も出てきます。

 この他にもありますが、県の提案に反対をされる方の中にも、相反するような考え方のご意見が、多々あるわけですので、民の声を聞くという作業を成熟させていくには、まだまだ時間がかかると思いました。

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社長への信頼感(12月1日)

 1日午後、現代の名工に選ばれた、県内の酒造メーカーの総杜氏長の訪問を受けましたが、酒の利き役としての、社長への信頼感がさわやかでした。

 この方は、多くの杜氏を輩出している広島県の出身で、長く県内の酒造メーカーで、杜氏長を務めていますが、毎年の酒米の出来具合で、蒸し上がった状態も違ってくるため、いかに機械化が進んでも、職人の技が冴える場面はなくならないと言います。

 そんな杜氏長さんに、知り合いでもある社長さんのことを聞いてみますと、社長ほど酒の味がわかる人はいないと、酒の味の吟味役としての、社長の腕を絶賛されます。

 このメーカーは、全国の新酒鑑評会で、全国でも最多の金賞を受賞していますが、「鑑評会で金賞をもらうのも嬉しいけれど、毎年の新酒を、社長に認めてもらうことの方がもっと嬉しいし、社長の審査を通過することの方が、鑑評会よりも難しい」という答えが返ってきました。

 そのお話を聞いて、社長さんの顔を思い起こしながら、いかにも職人らしい総杜氏長と社長との間の信頼関係が、とてもさわやかに感じられました。

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「肌育」をご存知ですか(11月30日)

 30日夕方懇談をした、県内の女子大生から手渡されたペーパーの中に、「肌育」という聞き慣れない言葉を見つけました。

 それは、「衣食住」の中での「衣」の大切さを綴った文で、どうして「衣」「食」「住」の順番かという書き出しで始まります。

 その答えは、食べること「食」と、すみかで寝ること「住」は動物でもするのに対して、衣服を着るのは人間だけだからということで、「つまり衣服は、人間が人間らしくあるための最低条件だし、衣服が人間をつくっていると、言いかえることが出来るかもしれない」とまで言われると、思わずなるほどとうなずいてしまいます。

 その延長線上にあるのが「肌育」という考え方で、人間に不可欠な衣服を通して、人間の在り方を教えていこうというのです。
 
 ということで、ファッションという言葉に象徴されるように、衣服を、余裕から生まれる分野だと軽視してはいけない、衣服こそが、もっとも基本の学問だというのが結論ですが、「食育」にも基本法が出来たくらいですから、「肌育」が人口に膾炙される日が来るのも、遠くないことかもしれません。

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全国初は嬉しいけれど(11月29日)

 29日午前、県産材の利用促進を図るための庁内の会議で、県からの特区申請によって、木造2階建ての特別養護老人ホームが、全国で初めて、県内に建てられることになったとの報告を受けました。

 建築基準法では、床面積が3000平方メートルに達しない建物なら、木造化が認められていますが、特別養護老人ホームとなると、今度は厚生労働省の基準によって、木造2階建ての建物は建築が許可されません。

 ただ、平屋ならこの基準に触れませんから、静岡県内には、木造平屋建ての特別養護老人ホームがあります。

 そこで、わが県の担当者がその施設を見学に行ったところ、ことのほか良い雰囲気だったことから、是非県内でも、木造のホームを作りたいねという話になったのですが、県内で施設の木造化を目指している法人が、2階建てを計画していたため、県から特区の申請をしていました。

 その結果、めでたく特区の認定を受けることが出来たため、来年には、全国で初めての、木造2階建ての特別養護老人ホームが、県内に建てられることになったというのが、この日の報告でした。

 全国一の森林県として、それはそれで嬉しいことでしたが、冷静に考えてみると、このくらいのことが、地方の自己責任にまかされないという仕組みも、いささかだなと思いました。

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酒を飲むなら(11月28日)

 28日午後、JR四国の社長さんから、忘年会帰りの酔い客のため、12月の週末の金曜と土曜に、夜の臨時特急を走らせるという話を聞きました。

 これは、JR四国と、地域の第三セクターの土佐くろしお鉄道が連携して実施するもので、従来のダイヤの最終列車より20分以上遅く、高知駅から東向きが午後10時55分に、西向きが午後11時26分に出発します。

 通勤の定期を持っている人なら、特急料金が上乗せになるだけですから、お酒を飲んだ後、高知市内で、ビジネスホテルやサウナに泊まり込むよりも、ずっと安いことになります。

 とはいえ、どれだけの人が利用してくれるか、心配なところですが、公共交通の不便さが、都市部との格差の一つになっている現状の中で、こうした試みは、大変有難いことだと思います。

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2006/12/18

相変わらずのアリバイづくり(11月27日)

 27日午前、東京で開かれた、地方分権改革の推進を掲げた全国大会に出席しましたが、式次第の中に、もういい加減にしたらと感じるひと幕がありました。

 それは、出席している国会議員の紹介で、この手の全国大会には決まりものの光景です。

 この日も、衆議院議員○○先生、参議院議員○○先生と、司会者が名前を読み上げると、「はいっ」と威勢よく手を掲げて、客席に向かって、「ともに頑張りましょう」と、声を張り上げるパターンが繰り広げられました。

 しらけるのはそこからで、ほととんどの議員は、紹介が終わるやいなや、ひと仕事終わったとばかりに、そそくさと席を立っていくのです。

 そんなわけで、いつの会でも同じことですが、最後の議員が紹介される頃には、議員席はもぬけのからとなります。

 聞いてみると、この日の式次第に関しても、全国の議長会などからは、議員の紹介はやめにしてはとの声が上がったそうですが、結局は前例踏襲に終わりました。

 まさに、国会議員のアリバイづくり以外の何ものでもありませんし、逆に、最後まで参加してくれた、数少ない議員に対しても、失礼な話だと思いました。 

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1年間の変化(11月26日)

 26日午後、カシオ・ワールド・オープン・ゴルフ大会の表彰式に出席しましたが、会期を通じて、この大会に2年連続で出場したミシェル・ウィー選手の、1年間の成長ぶりを感じました。

 そのことは、21日の夜に開かれた、前夜祭の時にも感じたことですが、去年に比べて、いくつもの変化が見てとれました。

 その一つは表情の豊かさで、緊張しているのか、それとも無愛想なのかと感じさせた、去年に比べて、自然の笑みが浮かぶようになりましたし、それにも増して、日本語の質問の、かなりの部分が理解できるようになっているという、日本語の上達ぶりに驚かされました。

 それに、肩から伸びた二の腕が、ふっくらとしてきたのも、18歳の女性らしい1年間の変化でした。

 この日も、表彰式に出席のためクラブハウスの玄関に着くと、入れかわりに、帰国の途につこうとしていたウィー選手が、わざわざ車を降りて握手をしてくれました。

 2年続けての予選落ち、しかも、今年はメタメタの成績でしたので、来年の出場はどうなるかわかりませんが、再度チャレンジしてくれるのなら、今年の悔しさをバネに、今度は技術面で、1年の成長ぶりを見せてくれることでしょう。

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文化でリスクヘッジ(11月25日)

 25日午後、北海道の帯広に本店のある、お菓子屋さん「六花亭」の社長と、地域文化をめぐる対談をしました。

 六花亭は、北海道を代表する菓子メーカーとして知られていますが、その包み紙をデザインした坂本直行が、坂本龍馬の甥の孫にあたることから、県立の坂本龍馬記念館で、坂本直行展が開かれたのを機会に、社長が来高されました。

 社長は、大学を卒業後、京都の老舗の和菓子屋さんで修行中に、都の文化にたっぷりと触れた経験から、地元に戻って家業を継いでからは、文化事業に熱心に取り組まれています。

 先代からのつき合いだった坂本直行の記念館など、各種の美術館もそうですし、先代の時代から続いている、児童の詩集の刊行などもあります。

 当然、メセナ活動を通じてのPR効果や、本業のお菓子のブランド化など、様々な効果があろうかと思いましたので、どんな思いで文化事業に取り組んでいるかを、尋ねてみました。

 すると、リスクヘッジという少し意外な答えが返ってきました。

 それは、資産を文化的な価値に変えておけば、企業のイメージアップといったフローの効果はもちろんのこと、いざという時には、財産的な価値にも変えられるという意味で、たぶんに、文化に造詣が深いと言われることへの、照れ隠しの面もあるのでしょう。 

 ただ、考えてみれば、確かにそうしたリスクヘッジにもなり得ますので、その話を聞いて、ただの文化人ではない、良い意味でのしたたかさに感心しました。

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品の良い人悪い人(11月24日)

 24日午後、総理官邸で開かれた、総理と知事会との懇談会に出席しましたが、安倍さんの行儀の良さに比べて、近くの席にいた東京都知事の、行儀の悪さに不愉快な思いをしました。

 前任の小泉さんは、知事との懇談会で質問を受けた時にも、ワンフレーズとは言わないまでも、短めの言葉で、項目ごとにひとまとめにした答え方をしていました。

 これに対して、安倍さんは、一つ一つの質問に、どこそこの知事さんからは、こういう質問がありましたがと、とても丁寧な答え方をされます。

 総理のキャラクターで、やりとりも随分違うものだと感心しながら聞いていますと、近くから、ぺちゃくちゃとうるさい話し声が聞こえてきました。

 横を振り向いてみると、それは、5つほど離れた席にいた都知事の声で、側にいる他県の知事に、あれこれと話しかけているのです。

 大広間での多人数の会議とはいえ、静かな雰囲気で真摯な意見交換が行われている中で、われ関せずとばかりに、私語を繰り返す行儀の悪さです。

 耳が悪くなっているわけでもないでしょうに、これが、教育問題を声高に語られている方かと、あきれる思いがしました。

 一方、安倍さんはと言えば、会が終わって退席される際にも会場をまわって、一人一人の知事と握手をしていくサービスぶりです。

 ただ、世間一般では、行儀の悪い人が、歯に衣着せぬもの言いをする男らしい人だと評価され、逆に行儀の良い人が、迫力がなくて姿が見えにくいなどと、けなされる傾向がありますので、安倍さんも、その点を十分に注意されないといけないと思いました。 

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不吉な音の予感が的中(11月23日)

 23日夜、この日から県内の黒潮カントリークラブで始まった、カシオワールドオープンゴルフ大会の関係者と話す中で、初日ブービーと出遅れたミシェル・ウィーの不調の原因は、新しいクラブではないかという話になりました。

 彼女の不調の前兆は、昨日開かれた、プロ・アマの試合の時から感じられたとのことで、一緒にまわった大会の関係者は、これは本番でも駄目だと直感したそうです。

 というのも、いずれのショットも、まっすぐ飛ばなかったからなのですが、いくつか考えられる理由のうち、最も信憑性の高いのが、新しいクラブに原因があるのではという説でした。

 このクラブは、ウィー選手のスポンサーであるスポーツメーカーが、新しく開発したものですが、球にあたった時の音がとにかく良くないというのが、その場に居合わせた人の異口同音の感想でした。

 そのすっきりとしない音をどう表現するかは、人様々でしたが、中には、空き缶を蹴ったような音と表現した人もいました。

 結局、その不吉な前兆の通り、ウィー選手は初日ブービーで、予選通過もほぼ絶望的になりましたが、新しいクラブで話題を作りたいと、目論んでいたであろうメーカーの関係者は、さぞがっかりしていることでしょう。

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自立の妨げは何か(11月22日)

 22日午後、昨日に続いて、障害者自立支援法をめぐる問題で、知的障害者の団体の方と意見交換をしましたが、関係者の中にも、様々な見方があることがよくわかりました。

 というのも、施設の関係者や保護者の中では、障害者自立支援法に対して、否定的または消極的な意見が多く見受けられるのですが、この方の見方は少し違っていたからです。

 短くまとめて言えば、障害者自立支援法の考え方に間違いはないし、30年後に振り返ってみた時には、あの時よく踏み切ったと言われるような「障害対策維新」だが、財政論が先立ったために、肝心のノーマライゼーションが後回しになっているというのが、この方の受けとめ方でした。

 確かに、従来からの障害者福祉は、措置という言葉に象徴されるように、障害者を施設等に囲い込んで、丸ごと面倒をみてあげるという考え方でした。

 このため、障害者自立支援法によって、自己負担が求められるようになったことに対しても、これまでの仕組みに慣れた人からは、当然反対の声が出ます。

 また、数は少なくても、自己負担がいるのなら、通所のサービスなど使わずに、子供を家に置いておこうといった、親のエゴが出るケースもあると、この方は指摘します。

 さらに、「障害のない子は、家計を切りつめてでも塾に通わせるが、障害のある子にも、同じように接しているだろうか。まだ、一生面倒をみてもらえるし、その方が本人にとっても幸せだといった意識が、強いのではないか」など、厳しい言葉も続きました。

 ただ、それはそれとして、財政論が優先する国の姿勢には、もちろん批判的で、福祉に欠かせないマンパワーの単価のアップや、小規模な作業所でも活動できる枠組みなど、ノーマライゼーションを支える基盤の整備を、強く訴えておられました。

 この日のお話からも、施設や保護者の意識から国の対応まで、自立の道に立ちふさがる壁は、いくつもあることがわかりましたが、全てを否定的にとらえるのではなく、一つづつ道を切り拓いていくしかありません。

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弱者を人質に(11月21日)

 21日午後、障害者自立支援法に関連した県の支援策を、担当者と検討しましたが、声の届きにくい弱い立場の人たちを、人質にしたような国の対応に、強い疑問を感じました。

 今年の4月から、障害者自立支援法が実施された結果、在宅の障害者が各種のサービスを利用する場合、利用料の10パーセントが自己負担になりました。

 あわせて、この10月からは、児童福祉法の一部が改正されて、障害者施設に入所している障害児の保護者にも、利用料の10パーセントを負担してもらうことになりましたので、これらの自己負担分に、県として、何らかの支援の手を差しのべるべきかどうかを、この日担当者と話し合いました。

 これまでの障害者福祉は、18歳未満の障害児から大人の障害者に至るまで、全て社会で守っていくという考え方でしたが、そのことが、一般の企業での就労といった障害者の自立への道を、阻んできた嫌いもありました。

 ですから、利用料の10パーセント負担を通して、自立への思いを持ってもらう一方、就労に向けた環境を整備することで、自立への道を広げていこうという支援法の考え方は、時代の方向にあったものです。

 ただ、性急な変革によって、対応に戸惑っている関係者が多いことも事実ですので、向こう3年間にわたる、負担軽減のための支援で、激変を緩和していくことにしました。

 これに対して、18歳未満の障害児はこれからも、社会全体で守っていくべき対象ですので、その保護者に、自己負担を求めるべきではありません。

 ですから、この分に関しては、あくまでも国に制度の見直しを迫るべきで、しばらくの間支援するといった、暫定的な措置にはなじみません。

 また、それをしますと国は、地方で独自に対応できているのだから、今さら制度を見直す必要はないと言いそうですから、負担の軽減策を講じることで、国の過ちの尻拭いをすべきではないと主張しました。

 ところが、担当の職員から、「筋論としてはその通りでも、県内で対象になる障害児は73人しかいないので、政治的な発言力は何もない。しかも若い保護者にとって、月々の負担増はとても大きいので、このまま見過ごすわけにはいかない」と諭されて、この負担増を軽減するための支援も、あわせて実施することにしました。

 この議論を通じて、このような、最も声の小さな弱者を人質に取るような手法が、美しい国づくり進める政府のすることだろうかと、強い疑問を感じました。

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紙芝居の効用(11月20日)

 20日午後、県内の小学校の先生から、その学校で見つかった古い紙芝居が、思わぬ効果をあげているという話を聞きました。

 この小学校は、高知市の北にあたる中山間の町、本山町にある本山小学校で、おととし赴任した先生が、塵に埋もれた図書室の周辺を片づけているうちに、奥まった棚の中から、600本もの古い紙芝居を見つけました。

 あまりの汚れ方に、初めのうちは手をつける気にもならず、そのまま捨てようかと思ったそうですが、知り合いの本屋さんから、そんなお宝は絶対に捨ててはいけないと言われて思い直しました。

 そこで、念のために消毒をした後、あらためて一つずつ開いてみると、いずれも昭和20年代から40年代にかけての作品で、「二宮尊徳」や「舌切り雀」といった定番から、「鉄腕アトム」などの現代物まで、懐かしの作品がずらりと並んでいました。

 これまでに、このうちの200本を化粧直ししましたが、これをきっかけに地元には、紙芝居を演じるグループも誕生しました。

 週に一度、昼休みの時間帯に、学校の図書室で開かれる紙芝居の日には、良い席を取るために、子供たちの給食を食べる手が、知らず知らずのうちに速くなると言います。

 テレビゲームで育った世代の子供達が、紙芝居という、スローでアナログな娯楽を楽しんでくれること自身、一つの効果ですが、紙芝居の効果はそれだけではありません。

 それは、お年寄りの記憶をよみがえらせる効果で、紙芝居サークルの人たちが、デイサービスなどにでかけて、昔懐かしい出し物を演じますと、認知症のお年寄りの反応が変わってくるのだそうです。

 また、学校の図書室では、本と同じ様に紙芝居も貸し出していますが、3年生の女の子が家で、寝たきりで普段は言葉も出ないひいお婆ちゃんに、紙芝居を見せてあげたところ、ひい婆ちゃんが、「ありがとう」と言ってくれたという話もありました。

 こうした様々な使い方をするために、表紙はきれいに張り替えましたから、お宝としての財産価値は、その分下がっているはずですが、そんな財産価値とは、比べられないような価値が出たというのが先生の自慢で、ランドセルからはみ出した紙芝居を背負って、家に帰る子供に出会うと、今夜この子の家では、どんな会話がはずむのだろうかと、思いがふくらむのだそうです。

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