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2007/01/22

父から贈られた言葉(1月21日)

 21日午後、知事公邸の本棚で、14歳の誕生祝いに、両親から贈られた本を見つけて、見開きに書かれた父の言葉を、懐かしく読み返しました。

 これは、カール・ヒルティという、父が生涯尊敬していたスイスの哲学者の伝記で、14歳の誕生日のお祝いに、両親から贈られたものでした。

 表紙を開けると見開きの部分に、「昭和三十六年一月十二日、大二郎様、満十四歳の誕生日をお祝いします」で始まる、父からの贈る言葉が、万年筆の細かい字で書き込まれています。

 「甘えたければ甘えてもよいけれど、お父さんもお母さんも、大二郎はこれでもう、大人になったんだと思っています」といった前振りに続いて、父が高校時代に、ヒルティの思想と哲学に出会った経緯が綴られています。

 「私が、何よりもヒルティを尊敬するのは、彼が、この難しい少しも思うようにならない現世において、いかなる時にも、少しもニヒリスティックな気持ちを見せなかったことです」という言葉からも、父のヒルティへの思いが伝わります。

 カール・ヒルティは、ベルン大学の学長を務めた、学者でもあり教育者でもある人ですが、1890年、57歳の時に、郷土から押されて下院議員になると、現実の政治に嫌悪感を示しながらも、亡くなるまでの約20年間、議員としての職責を果たしたという人物です。

 また、若い学生達には読書の大切さを説いた人で、この伝記の中にも、「人生の半ばまでに、古今東西の文学の名作をすべて読み終えることを、すぐ計画しなければなりません」という、ヒルティが、大学の新入生に語った言葉が紹介されています。

 さらに、父の言葉を読み返す中で、今さらながらすごいと思ったのは、祖父の卯太郎の話でした。

 「死ぬ一両年前から、中国語とフランス語の勉強を始め、肝硬変癌で自分でも死期を自覚し、死ぬ一週間くらい前には、全身黄疸で痛々しいほどお腹に水がたまって、大変苦しかったにもかかわらず、いよいよ意識が不明になるまでは、ラジオのテキストを手にしてスイッチをいれて、苦痛に顔をゆがめながら放送を聞いて、勉強を続けました」とあります。

 「大二郎も沢山の書物を読んで下さい。個人として生活するためにも、世のため国のため奉仕するためにも、学問は大切です、思想は大切です、理想は大切です」という父の言葉を、どれだけ守って来られたかと思うと、父に対して申し訳ない気がしました。

 父からの贈る言葉の最後は、「大二郎が、これから四十一年たって、お父さんの今の年と同じになって読んだら、また違った感じがするでせう」と、締めくくられています。 

 ちょうど、10日近く前に、60歳の還暦を迎えたばかりで、父の言う41年後を5年過ぎていますが、今この本が出てきたということは、もう一度勉強を始めろという、父の教えだと受けとめました。

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コメント

一人は、万人のために
万人は、一人のために。
この言葉を大切にしてください。
そして、この言葉を教えてくれた人も。
橋本知事の父さんを尊敬しています。
今は、龍太郎さんもです。
政治(祭りごと)は、誰のためにあるか?
常に考えてください。

投稿: 小松 利行 | 2007/01/29 20:58

> 今この本が出てきたということは、もう一度勉強を始めろという、父の教えだと受けとめました。 

そう思われたのが嘘でないなら、早速勉強を開始してください。

まず、道路作りは無駄ですので、直ちに中止しましょう。
理由は、勉強すれば判ります。以下は参考までに。
http://www7.plala.or.jp/keiji/blind_way_1.htm

高知の財産は、高知県民だけのものではありません。
日本中、いや世界中の人たちの、恒久的な財産です。

土佐市新居の北の丸遺跡(既に消滅)だって、
中村市(現:四万十市)の坂本遺跡だって、
いま破壊の真っ盛りである中土佐町の西山城や、
新堀川、高知駅周辺の町並みだって、世界的な財産です。

それを壊し、夕張市の二の舞にする車中心行政など、
直ちに決別し、高知の未来を崩壊から守ってください。

その当たり前を、当たり前に守れて初めて、
知事も、県職員も、給料を貰う資格が発生します。

「当たり前」を公約してくれるのであれば、直ちに知事を支持いたします!

投稿: 溪慈 | 2007/01/27 22:54

給食費を払わない親が10万人近くもいるそうですが、教育の崩壊は親にも及んでいるようです。60%は支払い能力があるのにも拘わらず教育費を納めないようですが、残りの親も4000円ぐらいの給食費が払えないはずはありません。
 就学援助も必要のない親に支払われているケースも随分とあるようです。公教育は無料なのは原則ですが、給食費ぐらいは親が負担すべきです。子供の給食費さえ負担しない親は子供から公共心を奪っていることに気付くべきです。
 日本の教育水準の高さが日本の経済発展の原動力でした。戦後の高度成長も良質な労働力に負うところが大きかったからです。教育こそ格差社会で勝ち残る道ですのに、バブル崩壊後は教育に懸ける熱意も二分化されてきたようです。
 問題の親の中には権利意識は過剰にあるのですが、親としての義務を果たさない親が多いようです。教育問題を考えるときには子供に対する教育だけを考えるのではなく、親に対する教育も合わせて考えざるを得ない状況になっています。
 親としての自覚に欠ける親が学校で様々なトラブルを起こしているようです。一世代前の親には信じられないような行為、有形無形の教師に対するハラスメントが日常茶飯事のようです。学校が対応しきれないケースも多くあるようです。
 ゼロトレランスは子供だけではなく親にも適用しなくてはならない現状のようです。先ず校長が父兄の教師に対するハラスメントに対応し、原理原則に則って親の無理を絶対に通さないことです。学校の毅然とした対応が肝要だからです。
 義務教育が崩壊しつつある現状の一義的な責任は教育委員会、校長にあります。給食費の未納問題は教員がケア出来る範囲を超えています。管理責任者は法的な手段も視野に入れつつ、給食費の未納問題を担当する行政職を任用すべきです。
 この問題は教師の責任範囲を超えています。親に対する対応は管理職が責任を持つべきです。保護者には責任能力があるのですから、ドライな対応の方が後腐れがなくて良いと思います。教師には子供の問題だけに集中して欲しいからです。 教育の基本には食育があると思います。お弁当を造れない親にも問題がありますが、給食制度は教育の一環に組み込まれています。コンビニで買う昼食よりも給食の方が優っているのは明らかですから、昼食代200円の自己負担は当然です。
 朝食抜きの生徒のために給食を考えなくてはならない時代ですから昼食ぐらいは質量共に充実した食事を取らす必要があります。戦後は貧しさからでしたが、今は豊かさの中でも十分な食事を取れていない生徒のために給食が必要です。
 給食費を公共負担にする方法も考えられますが一長一短です。財政状況が許さないこともありますが、親に親としての自覚を促す面でも自己負担が相応しいと思います。給食代を徴収するコストも広い意味での教育経費に当たります。
 義務教育では市民としての義務を教えなくてはなりません。親の身勝手を許している教育現場では子供の公共心を育むことは出来ません。親や子供のわがままが許されている教育現場がいじめや、学級崩壊などを助長しているのです。
 教育基本法改正では愛国心が争点になりましたが公教育の未来像が描き切れてはいませんでした。世論調査では日本人の多くは愛国心を持っていると考えているようですが、公共心の乱れが政財官から企業、教育現場で感じられます。

投稿: ノエル | 2007/01/26 20:42

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