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2007/01/22

納税者の立場は(1月10日)

 10日夜、政治家の事務所経費をめぐって、文部科学大臣が記者会見を開きましたが、税金を納める側の感覚や常識との、あまりものズレに驚きました。

 これは、事務所の経費として、政治資金収支報告書に記載されていた額が、事務所の賃借料と比べて、余りにも多すぎると指摘された問題で、表に出せないような使い道の費用を、事務所経費という支出項目の中に、潜り込ませているのではないかとの疑いが生じています。

 この日の会見で大臣は、「弁当代とか」という表現で、広い意味での飲食代が含まれていたことを認めていますから、使い道に疑問が残ることは言うまでもありませんが、それ以上に根が深いと思ったのは、国民の受けとめに心を配る感性のなさでした。

 それは何かと言えば、大臣が会見の中で、「領収書のとれないものは、人件費と事務所費でしか処理できない」とか、「政治資金規制法上、開示しない経費になっている」などと発言したうえで、自信あふれる態度で、「別にやましいことはない」と言い切っていることです。

 政治資金という、極めて特殊な世界に慣れている人にとっては、何の疑問も感じないことなのかもしれませんが、同じ領収書に関わることを、税金を支払う国民の立場になって考えてみたらどうでしょう。

 帳簿に記載された多額の支出に関して、税務署から使い道を尋ねられた時に、領収書のとれないものは仕方ないじゃないかと言って、見逃してもらえるはずがありません。

 ですから、たとえ背後に正当な理由があったとしても、こうした場合、納税者は逃げ場がありませんが、こうして国民が納めた税金から、政党交付金を受けている側の政治家は、法律で内容を開示する必要はないからと言って、ルーズな経費の支出が黙認されるのであれば、あまりにも社会常識に反しています。

 もちろん、法律そのものがおかしいと思われますから、個々の政治家だけの責任ではないかもしれませんが、「領収書のとれないものは」などと発言をした時に、納税者がどう受けとめるかと、思いをめぐらす感性や、法律の現状はこうであっても、そこまで言ってはいけないといった、常識に基づいた判断に欠けた態度は、これが、いじめ問題や愛国心を語る人かと、うら寂しさを感じました。

 と同時に、自分も政治家の一員ですので、そうした感覚のズレが起きないように、自戒をしないといけないと改めて思いました。

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