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2007年2月

2007/02/26

県営住宅の入居資格(2月22日)

 22日午後、県営住宅の担当者と、入居資格の一つになっている、年収の上限を議論していて、何事につけ、線引きをするのは容易なことではないなと感じました。

 しばらく前のことですが、県内の方から、県営住宅の入居資格に関してメールをもらいました。

 それは、年収の上限が500万円までとなっているのは、高すぎないかというもので、このため、より所得の低い層に属するこの方は、何度応募をしても入居できないと訴えられていました。

 その訴えを聞いて、確かに、平均年収は地方によってかなりの開きがありますから、法律で全国一律に年収の上限を決めるのは、あまり合理的ではないと感じましたし、県内の経済状況がこれだけ厳しい中では、特別枠を設けることも可能ではないかと考えましたので、担当者に意見を聞いてみました。

 すると、全国一律とはいえ、500万円という上限は、どちらかと言えば、平均所得の低い地域にあわせて設けられた基準なので、東京など、平均所得の高い地方では、裁量によって、上限を引き上げることが認められていると言います。

 逆に、年収の上限を引き下げると、その分、中間層にあたる人が入居資格からはじき出されることになるため、もっと大きな反発が起きるだろうというのが、担当者の考え方でした。

 さらに、低所得でありながら、多くのお子さんを育てているといった、個別のご家庭の事情は、選考委員会で一件ずつ審査しているので、一律に抽選をしているわけではないとの説明もありました。

 そう言われると、それももっともだと思えてきましたので、何事につけ、線を引くのは難しいと実感しながら、もう一度考え直してみることにしました。

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マイ・ウォーター(2月21日)

 21日午後、県東部の室戸市で、海洋深層水を使った飲料水などを製造している、メーカーの社長から、一人一人の体にあった、「マイ・ウォーター」を作ってみたいとのお話を聞きました。

 この会社は、もともと、瀬戸内の製塩業をルーツに持つ企業ですので、暖冬の影響で、全国的に雪の少ない今年は、塩を原料にする融雪剤が全く売れないという、ぼやきからお話は始まりました。

 肝心の深層水の話題では、全国各地に、深層水を汲み上げる競争相手が出てきている中で、深層水と言えば室戸だというブランド力や、その基になる、科学的なエビデンスを持たなくてはいけないというのが、社長さんの長年の持論です。

 その中で、そういうものが出来れば面白いだろうなと思ったのは、一人一人の体にあわせた「マイ・ウォーター」というアイディアで、ピロリ菌も、人の数だけ菌があると言われることが、発想の一つのきっかけになっています。

 その話を聞いていて、思い出したのは、もう10年ほど前に、ゲームソフトのメーカーとして一時代を築いた、若いオーナーの夢で、彼は、テニスがうまくなりたいとか、サッカーの選手になりたいといった、一人一人のニーズにあった、スポーツドリンクを作ってみたいと言っていました。

 ミネラル成分が極めて豊富な、室戸の海洋深層水の特質を活かして、一人一人の体にあわせた、「マイ・ウォーター」を作ろうという考え方は、先程の、スポーツドリンクのアイディア以上に現実的ですので、こうした提案に対応できるような、科学的なエビデンスの研究が出来ればいいなと思いました。

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やはり奇跡だったのか(2月20日)

 20日夜、県内の漁業関係者と、食事をする機会がありましたので、先日宮崎県の沖合いで、フェリーと衝突して沈没した漁船の乗組員が、3日後に救助された事故について、感想を尋ねてみました。

 この方は、船の大きさこそ違え、宮崎で事故にあった船と同じく、マグロ漁船の船長ですので、あの事故の感想を尋ねてみました。

 すると、まず、宮崎の漁船くらい小さいと、船体が波間に隠れてしまって、レーダーには映らなくなるとの答えが返ってきました。

 その上、ぶつかったフェリーの大きさを考えると、あの漁船と衝突をしても、波を切ったの同じ程度の衝撃しかないため、漁船とぶつかったことは、フェリーの側にはわからなかっただろうと言います。

 こうしたことから、あれくらい小さな船だと、夜間に何が起こるかわからないため、眠れないくらい恐い思いをするという話もありました。

 一方、漁船に乗っていた、3人の命を救った救命ボートは、少し強い横風にあおられると、180度逆さになって、円錐形の屋根を海中に沈めてしまうため、こうなると、なかなかもとには戻らなくなるのだそうです。

 ですから、事故が起きてから3日間、漂流をしている間に、救命ボートがひっくり返らずにいたのは、奇跡に近いというのが、この船頭さんの意見でした。

 そこには、漁船の船長さんの、冷静な判断や強い意志など、様々な好条件も重なったのでしょうが、その話を聞きながら、あらためて、奇跡的な3日間だったのだろうなと感じました。

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映画「はりまや橋」(2月19日)

 19日午前、県の上海事務所の所長から、アメリカ人の監督が制作する、高知を舞台にした映画の企画を聞きました。

 とは言っても、特に上海と関係があるというわけではなく、飲み屋つながりの情報なのだそうですが、かつて高知に在住していた、アメリカ人の映画監督が、高知を舞台にした、その名も「はりまや橋」という映画を、企画していると言います。

 主人公は、太平洋戦争で父親を亡くしたことから、日本人嫌いになった黒人男性ですが、高知に住んで、絵を描きながら、英語学校の先生をしていた彼の息子が、交通事故で亡くなって、遺体が、アメリカの父のもとに戻るところから映画が始まります。

 もともと、日本嫌いな主人公は、息子まで日本に殺されたと怒り心頭ですが、せめて、息子の残した絵を買い戻そうと、高知にやってきます。

 そこで、息子の絵を持っている人のもとを回るうちに、息子に日本人の嫁と子供がいたことを知り、その孫との出会いから、主人公の心の変遷が描かれていきます。

 主人公の息子と嫁との仲が、世間的には、あまり祝福されない仲だったことから、その関係を純信とお馬に掛けて、タイトルを「はりまや橋」にしたということですが、この秋までには、1ヶ月程の高知ロケを予定していると言います。

 もちろん、主演俳優の知名度などにもよりますが、高知を舞台にした映画では、もう一つ、日本の映画会社が、「よさこい」をテーマにした映画を企画中ですので、高知のPRのためにも、こうした企画を、出来るだけの応援したいものです。

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野球人気は落ちたのか(2月18日)

 18日夜、「ラジオふるさと便」という番組に出演しましたが、もともとスポーツアナだという司会者から、野球の人気について見方を聞きました。

 このラジオ番組は、全国各地のふるさと自慢を伝える、東京の文化放送の生番組で、これまでは毎年、東京に出張した時に、文化放送のスタジオで収録していましたが、この夜は、番組のスタッフに高知に出向いていただいて、高知放送のスタジオでの収録になりました。

 本番前に、かなりの時間がありましたので、司会を担当するアナウンサーの方とお話をしていますと、スポーツアナとして、全国をまわったので、高知の夜の町も、知事さんよりは詳しいはずだと言われます。

 そんなこんなで、うち解けて話しているうちに、プロ野球の人気は、本当に落ちているのだろうかという話題になりました。

 この問いかけに対する、この方の意見は、プロ野球の人気が落ちているのではなくて、ジャイアンツの人気が落ちているのだというものでした。

 そう言えばと僕も、先週、妻の故郷の宮崎に帰った時に、プロ野球のキャンプで感じたことを話したのですが、そうは言っても、キャンプを見に行ったわけではありません。

 ただ、テレビのキャンプリポートを見ていると、同じ宮崎市内でキャンプをしている、ジャイアンツとホークスとを比べた時、ホークスの方が、圧倒的に観客が多いのです。

 すると、わが意を得たりとばかりに、「そうなんですよ、地方を見てください。北海道も、仙台も、福岡も、みんな野球で盛りあがってるでしょ。たまたま、ジャイアンツの本拠地が東京にあるために、視聴率も上がらないし、野球の人気が全体的に落ちているように感じられるだけなんです」と、話のボルテージがあがりました。

 確かに、地方から見る限り、野球の人気が、それほど急激に落ちているとも思えませんので、この方の見方も一理あるなと思いながら、お話に耳を傾けていました。

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久々の屋台(2月17日)

 17日夜、知人の結婚5周年をお祝いする会の後、久し振りに、近くの屋台で、ラーメンや餃子を頬ばりました。

 この知人は、もともとは高知出身の方ではありませんが、大学の教授として高知に越してこられた後、長年連れ添った奥様を病気で亡くされました。

 それからしばらくして、ご縁があって、県内の女性と再婚されたのですが、この日、お二人の結婚5周年をお祝いする会が開かれましたので、我が家も夫婦づれで参加しました。

 正直を言えば、その会では、十分にお腹を張らすことが出来ませんでしたので、その帰り道に、近くの屋台で、ラーメンでも食べていこうという話になりました。

 屋台と言えば、NHKの記者として最初に赴任した福岡では、当時のNHK福岡放送局の建物のそばに、夜は数多くの屋台が店開きをしましたので、泊まり勤務の時には、午前0時の放送終了後に、デスクに誘われて、屋台のおでんやラーメンで、腹ごしらえをしたものです。

 しかし、その後は、大阪から東京、そして高知へと移り住む中で、めったに、屋台に行く機会もなくなりました。

 といったわけで、この夜は、久々に屋台に入りましたが、たまたま、高松から遊びに来たという若いカップルもいて、仲間たちと一緒に、おでんや餃子にラーメンと、屋台のフルコースを満喫しました。

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「そんなもの」では済まさない(2月16日)

 16日午前、高知県の宿毛市に進出をする、プラスチックの成型の分野では、全国的にも屈指の技術を持つ企業の社長から、高い技術を持つに至った心構えを聞きました。

 この会社は、以前から宿毛市に立地している、給湯設備などのメーカーの、主要な取引先の企業として、宿毛市に進出してくれることになったのですが、製造業の基盤の弱い本県にとっては、初めてのプラスチック成型の専門企業ですので、県内の企業に与える刺激の面でも、大きな効果が期待されます。

 このため、進出の決定を機に、知事室を尋ねて下さった社長に、プラスチック成型の分野で、名をなした秘訣を聞いてみました。

 すると、大きな体に似合わず恥ずかしそうに、また遠慮がちに、次のような話をして下さいました。

 金属に変わって、プラスチックという新しい素材が出てきた時に、金属ほど細かい成型が出来ないのは、プラスチックの性質上やむを得ないというのが、当時の常識でした。

 というのも、例えば、パイプ状の管を作る時に、まわりにガラス質を使うと、金属と違ってプラスチックの場合には、どうしても、ゆがみが出てしまうのだそうです。

 ところが、この社長はここで、「プラスチックだからこんなものだ、仕方がない」では済まさずに、何とか、金属なみの精度を出せないものかと考えました。

 その結果、その管の中を削って、0. 1のレベルにあったゆがみを、0. 001のレベルまで減らして、金属並の精度を作り出したのだと言います。

 この話を聞いていて、ろくろを使わずに茶碗などを作る、「てびねり」という手法で作陶をする場合に、分厚くなった部分をそぎ落とす、「削り」という工程があるのを思い出しましたが、それと同時に、こうした伝統的な技法が、現代の製造業の中にも、活かされているのかと感心しました。

 それはともかく、「どうせこんなものだ」では済まさずに、どこまでも挑戦をする姿勢は、何の分野にも参考になる話でした。

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高知遺産(2月15日)

 15日午前、県内の雑誌の企画で、高知の町の中に残る、懐かしい風景を集めた本の作者と対談をしましたが、この対談には、因縁試合にも似た背景がありました。

 「高知遺産」と題したこの本は、高知の町の中に残る、レトロな看板や街並みなど、昔ながらの何気ない風景を、高知の遺産と受けとめて、この10年余りの間に、それが急速に壊されてきたことを悲しむと同時に、役所が進める都市開発で、個性のある町が作れるのかと、疑問を投げかけています。

 とても共感できる本でしたので、この本の作者を、僕がパーソナリティーを務めるラジオの番組に、ゲストとしてお招きしようと考えたのですが、この10年余りの間に、高知駅周辺の再開発などを手がけてきた知事には、この本が伝えたい思いはわからないだろうと、お断りを受けてしまいました。

 そう言われると、これまた癪に障りますので、手紙を書いて、こちらの思いを伝えようとも思ったのですが、その時間が取れないまま、次第に時が経ってしまいました。

 そんな出来事も忘れかけていた頃、県内のタウン雑誌から、「高知遺産」の作者と対談をしませんかと、水を向けられましたので、喜んでお受けすることにしました。

 この日、対談の場所に選ばれたのは、市内を流れる江の口川のほとりの、昔の蔵をリニューアルしたギャラリーで、ここも、「高知遺産」の作者がデザインをした遺産の一つです。

 ラジオの対談は、お断りを受けたとはいえ、僕も、東京で言えば、新宿のゴールデン街に代表されるような、暮らしの匂いの残る街並みをつぶすことには、違和感を感じる方ですので、初対面とは言え、お会いした途端から話がはずみました。

 聞けば、対談の場になった蔵も、中を変えようと思うと、消防法など様々な規制の壁が出てきて、大変だったとのことで、こうした規制や、一律の公平性を求める入札制度のもとでは、文化の香りのする街づくりなど出来るはずがないと、話はエスカレートしていきます。

 対談も終わりの頃には、すっかり気持ちもうち解けて、役所のトップという自分の立場も忘れて、役所の悪口を言い合っていました。

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その後のジャンボ大根( 2月14日)

 14日の昼休み、今月2日にこの欄でご紹介した、ジャンボ大根の姿を見ていて、その後の経過を、ご報告しておこうと思いました。

 2日のブログに書いたのは、ジャンボ大根に花が咲いたと、秘書課の職員に教えられたのがきっかけでしたが、それから程なくして気がつくと、可憐な花をつけていた茎が全て刈り取られて、ジャンボ大根は、頭が丸坊主の状態になっていました。

 どうしたのかと思って聞いてみると、花にアブラムシがついたのだと言います。

 坊主頭になったジャンボ大根は、部屋の片隅で、とても淋しそうに見えましたが、しばらくじっと眺めていると、丸々とした大根の輪郭が、人の顔のように見えてきます。

 そこで、大根の花が咲いたと教えてくれた職員に、大根に目鼻を書いたら、可愛い顔になるのではと提案しました。

 昼休みにお弁当を食べながら、目鼻立ちを、あれこれと想像してみましたが、文字通り目鼻がつけば、きっと可愛くなるだろうなと楽しみです。

 最近では、赤ちゃんに産毛がはえるように、頭の上から芽も吹き出してきましたので、次には、名前もつけてあげたくなりますが、その後のことは、追ってまた報告します。

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土佐林間会議(2月13日)

 13日夜、高知県が進めている「協働の森」に、協賛をいただいている企業の会長から、高知の山村を会場に、協賛する企業のトップが、語りあう場を作ってはどうかとの提案を受けました。

 この「協働の森」事業は、おととし2月に、京都議定書が発効したのをきっかけにスタートした企画で、二酸化炭素を吸収することで、地球の温暖化を防止する効果を持つ森林の整備を、環境問題に関心の高い企業に、お手伝いいただこうというものです。

 最初のうちこそ、「なぜ、高知県に協力をしないといけないのか」といった、率直な反応の壁に悩まされましたが、全国に先駆けて森林環境税を導入したことなど、この問題に対する高知県の、パイオニア的な活動を説明してきた結果、これまでに、11の企業や団体と、協定を結ぶことが出来ました。

 協定をした企業や団体の内訳は、大手商社を皮切りに、航空、ビール、金融、電力、たばこ、石油、自動車関連、生協など、多岐にわたっていますが、この夜は、このうちの1社で、自動車関連の部品などを製造する、大手メーカーの会長と、会食をする機会を持てました。

 この方は、協定を結んでいただいた森林のある、中山間の町で、農家民宿に泊まられたり、社員の子弟のサマースクールを、この町で開かれたりと、この地域に、すっかり溶け込んで下さっていますが、本業の一分野でもある冷暖房の器材を、この地域の間伐材で作ったペレットを燃料に動かそう、というプロジェクトも進めて下さっています。

 この夜は、これまでのご協力に、感謝の思いを伝えるとともに、協賛の企業と団体もふえたので、県や市町村も入った、「協働の森」のパートナー会議を、立ち上げてみたいと持ちかけてみました。 

 すると、この話にも、大変乗り気になっていただいて、「それなら、早めに日取りを決めて、それぞれの企業のトップに、奥さんづれで高知に来てもらおう」と、逆に提案を受けました。

 「みんなにも、農家民宿に泊まってもらって、自然の中で議論をすれば、また良いアイディアが浮かぶ」と、お話は次々とふくらんで、聞いているだけで、わくわくした思いになりました。

 「協働の森」の事業に協賛をいただいた、企業や団体のトップが、高知の山間に集って、森林や環境をめぐる議論をするだけでも、大きな情報発信になると期待されますが、こうした会議を、毎年積み重ねることが出来れば、計り知れない力になるのではと思いました。

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2007/02/19

とても真似が出来ない(2月12日)

 12日午後、妻の里帰り先の宮崎で、親戚のお年寄りから、こんなことをしている自治体が、他にもあるだろうかと驚くような、宮崎市の高齢者サービスを耳にしました。

 それは、70歳以上のお年寄りは、バスに乗る時、県内のどこまで出かけても、料金は100円で済むという制度で、かなり以前から続いていると言います。

 例えば、宮崎市から、妻の母の故郷である都城市まで、バスで出かけた場合、普通なら、片道で1600円程かかるのに、これが100円で済むというわけですから、往復すれば、3000円ほどが、公費負担ということになります。

 宮崎市のサービスですから、市内を移動する際のバス料金を、70歳以上のお年寄りは、一律100円にするというのならわからないでもないのですが、県内ならどこまで行ってもという太っ腹ぶりには、正直驚きで、一度始めたら、なかなかやめられないだろうなと、余計な心配をしてしまいました。

 このため、何か別の事情があるのではと尋ねてみますと、一時経営危機に陥った、地元のバス会社の救済や、不採算路線の維持など、お年寄りへの支援策以外にも、考えられる事情がいくつか出てきました。

 また、宮崎市が周辺の町を合併して、37万都市になるにあたって、周辺の自治体の住民からは、合併後もこの制度が続くのならと、合併の受け入れがスムースに進んだという、副次効果もあったようです。

 とはいえ、財政負担も億単位と大きいために、以前は、一人頭で計算していた前払いの方式を、現在は、清算払いの方式に改めたとのことでした。

 親戚のお年寄りの中での四方山話ですので、思い違いなどもあるかもしれませんが、地方の財政状況がますます厳しくなる中、こんなサービスをしている自治体が、他にもあるのだろうかと驚きました。

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年金・血圧・髪の色(2月11日)

 11日午後、宮崎市内で、妻のバスガイド時代の同期生たちと旧交を温めましたが、お年頃からして、年金や健康の話に花が咲きました。

 妻は、宮崎県が新婚旅行のメッカと言われて、観光客で賑わっていた昭和30年代の後半に、宮崎交通の観光バスのガイドをしていました。

 当時、若い女性にとってはあこがれの職場で、思い出話にも事欠かない仲間ですので、ことあるごとに、同期の友達が集うのですが、この日は、妻が久し振りに里帰りしたことから、9人の旧友が集まってくれました。

 丁度、新知事が誕生して間もない時ですから、そんな話題が出るかと思いきや、話は、もっと身近なテーマばかりです。

 というのも、全員63歳から64歳というお年頃からして、年金や健康のことが、一番気になる年代だからで、まずは、65歳になって、国民年金が受給できるようになった時に、今もらっている厚生年金に、そのまま上積みされるのか、それとも、厚生年金の分は減額されるのかといった話題で、様々な説が飛びかいました。

 次は、体の具合のことで、血圧に心配のある人が、「血圧があがってくると、肩のあたりが、ジジジジとしてくる」と言うと、同じ悩みを抱える人が、「そうそう、私は左の首筋から頭にかけて、ジジジジと音が聞こえてくる」と、相づちを打ちます。

 そうこうするうちに、話は髪のことに移って、仕事をしていた頃から髪を染め始めたという人が、最近、またもとの白髪に戻したと、心境の変化を語ると、いまだに黒々とした髪の持ち主が、「最近は、生え際のわずかな白さが気になる」と訴えるなど、人それぞれの、髪にかける思いも聞かれました。

 といったことで、年金から血圧、そして髪の色と、年相応の話題に花が咲きましたが、場所を変えたティータイムの席で、ある人が、「旦那が死んだ時の、葬式用の写真がない」という話をするに及んで、「ついに葬式の話になったねえ」と、大笑いになりました。

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女房役の選び方(2月10日)

 10日午後、妻の里帰りに同行した宮崎で、地元の新聞を広げると、東国原知事が、選挙で戦った対立候補を、副知事に起用しようとした顛末が、大きく取り上げられていました。

 知事選での対立候補だった、自民・公明推薦の元官僚に、副知事就任を打診したとのニュースは、数日前に、高知で読んだ新聞で初めて知りました。

 実は、その時、以前兄から言われた話を思い出したのです。

 それは、自分自身が、後任の副知事の選任を考えていた時のことで、具体的な言いまわしや個人名は控えますが、要は、対立した相手側を取り込むのも、戦術の一つだというアドバイスでした。

 これは、かつて、派閥間の抗争を手打ちにする知恵として、保守政界ではよく使われた手ですが、こうした政治手法に愛想をつかした人たちが、僕のようなタイプの政治家を、支持してくれていますので、兄の提案は、その場で否定をしました。

 この日の、宮崎の地元紙の記事を読む限り、知事がなぜ、対立候補の副知事への起用を断念したのかは、よくわかりませんでしたが、きっと僕と同じように、これをすれば、自分の存在意義を否定しかねないと、感じられたのではないかと思います。

 同じく兄が、僕が、初めて知事に当選した時に言ったことに、「今日からお前は、知事としてプロなんだから、絶対に、自分は素人なのでといったことを言ってはいけない」というアドバイスがありました。

 確かに、知事の職に選ばれた人は、それまでの経歴にかかわらず、就任をしたその日から、プロでなければいけませんが、かといって、東国原知事の場合、従来型のプロになったのでは意味がありませんので、間合いの難しさを感じられていることでしょう。

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夫婦協定(2月9日)

 9日午後、新しく農村女性リーダーに認定された、農家の主婦の方々と懇談する中で、夫婦協定が話題になりました。

 夫婦協定というのは、とかく家事と仕事との境がつきにくくなる農家で、夫と妻が、お互いの役割をはっきりさせるために取り交わす約束で、男女共同参画の考え方に基づいています。

 この日、新しく認定された、農村女性リーダーの方々と懇談していますと、そのうちのお一人が、以前から、ご主人との間で結んでいた夫婦協定を、最近見直して、協定を結び直したと言われます。

 聞けば、農作業では、夫が米とタバコの世話を、妻が野菜の栽培と直販をというように、担当を分けていますし、家の中のことも、年に一度は必ず旅行に出かけることから、介護の役割まで、細かく取り決めた内容になっていて、「こうした会に、気兼ねなく出てこれるのも、協定のおかげ」と言われます。

 とはいえ、こうして役割を明確にすれば、夫の側にも、ひと言主張する権利が出てきますから、奥様は、タバコの取り入れが終わった後に、もち米を植えたいのですが、お米担当のご主人は、「俺は、11月に刈り取りをするのは嫌だ」と言って、言うことを聞いてくれないのだそうです。

 それにしても、随分進んだ旦那様だと思って尋ねてみますと、さすがに世間の目が気になったのか、同じ地域の仲間を誘って、3軒で一緒に協定を結んだとのことでした。

 家事との区別があいまいなまま、女性の労働力に頼りがちな風潮の中で、農家の経営を近代化するためにも、夫婦協定は、とても有効な取り組みだと思いますが、時たま協定を破ったとしても、罰則があるわけではないようですので、農家に限らず各ご家庭で、協定を試みてみてはと思いました。

 ただ、妻には、この話は内緒にしています。

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サンゴと公共事業の相性(2月8日)

 8日午後、県東部の奈半利町の方と、奈半利の港近くに群生している、サンゴの話をしているうちに、サンゴにまつわるあれこれの出来事が、思い出されてきました。

 というのも、そもそも16年前に、僕を知事選挙に担ぎ出そうとした人たちの中に、県内でサンゴの保護運動をしていたグループがいたからです。

 それは、奈半利と同じく県の東部に位置する、手結(てい)という地区のサンゴをめぐる問題で、当時この地区で計画されていたマリーナの建設によって、サンゴが死滅する恐れがあると、建設反対の運動が起きていました。

 このマリーナの問題は、僕が知事になった後も、紆余曲折がありましたが、結局、大型のマリーナを作るという、メインの公共事業は中止になりました。

 その過程で知ったことですが、手結のサンゴは、港に入る船を守るための波よけブロックが、潮の流れをせき止めたことから増殖を始めたもので、ある意味では、公共事業がもたらしたサンゴの群生でした。

 この日、奈半利町の方に話を聞くと、奈半利の港に群生したサンゴも、沖合いで、波の力を和らげる役目を果たしている、離岸堤と呼ばれるコンクリートのブロックに、黒潮に乗って北上したサンゴが着床したもので、こちらも、公共事業がもたらした産物でした。

 専門家によれば、真新しいコンクリートの肌が、サンゴにとっては、住み心地のよい新天地になるということですので、温暖化が進む中で、北の海に避難するサンゴと公共事業との出会いが、これからも、こんな所にもというような、サンゴの群生を生み出すかもしれません。

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2007/02/13

怒ったり笑ったり(2月7日)

 7日午後、昨日の東京に続いて、この日は大阪の百貨店で、ブランド名を「てんたん」と名づけた、選りすぐりの文旦の試食販売に参加しました。

 6日の東京でのキャンペーンを終えて、この日は、午前中に新幹線で大阪に移動すると、その足で、梅田の百貨店に向かいました。

 協力をいただいた百貨店の社長に、ご挨拶を済ませた後、早速、デパ地下の食品売り場に立って、「てんたん」の試食販売です。

 「高知県から、選りすぐりの文旦、てんたんをお届けにきました。是非、試食してみて下さい」などと、声を張り上げて呼び込みをするのですが、寄ってくるお客さまのパワーは、東京とはひと味違います。

 特に、浪花のおばちゃんの話はストレートで、「昨日、テレビで見たけど、えらい怒ってたね」などという声もかかりました。

 それというのも、県内のある町が、住民や議会の理解もないまま、高レベルの放射性廃棄物の捨て場に、手を挙げてしまったことから、昨日の朝、この件に関係する国の機関などに、抗議の申し入れをしたのですが、その場面がテレビで映されたからです。

 そんなわけで、別のおばちゃんからは、「昨日は怒ってたのに、今日はニコニコと笑って、知事さんも大変やねえ」と、同情もしてもらえました。

 そんな掛け合いが、良いリズムになったのか、試食販売の仕事は、疲れることもなく、実に気持ちよく務めることが出来ました。 

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野菜もたまらない(2月6日)

 6日は、東京の大井町と錦糸町で、高知の野菜と花のキャンペーンをしましたが、2月の初旬とは思えない暖かさに、不気味さを感じました。

 この夜のニュースで、この日の東京の最高気温が、16.8度だったことを知りましたが、高知野菜のキャンペーンのため、真昼の大井町の駅頭に立つと、駅舎越しにあたる日差しは、ポカポカという形容詞を使いたくなるような暖かさです。

 この後、錦糸町に転戦をする前に、青果市場の仲卸し会社の方々と懇談をしたのですが、話題の中心は、ここでも暖冬でした。

 というのも、例えばニンジンなら、今は徳島、次は関東というように、時期によって産地が移り変わることで、需給のバランスが取られてきましたが、今年はニンジンに限らず、前の産地が終わらないうちに、次の産地の品が出荷されるため、次々と値崩れが起きています。

 鍋物に使われる野菜も、軒並みこの状態で、「鍋を注文しようものなら、山のように野菜がついてくる」といった話も聞かれました。

 また、予想を遙かに超える暖かさは、値段とは別の問題も引き起こしています。

 例えば、先日ある県のイチゴから、基準値を超える農薬が検出されたというニュースがありましたが、これも普通の年なら、イチゴが赤く色づいた頃に摘み取れば、農薬は基準値を遙かに下まわっているのだそうです。

 ところが、今年の異常な暖冬で、色づきが遙かに早まったため、もう待てないと考えた農家が出荷してしまったのが、事故の原因ではないかと、市場の面々は分析していました。

 高知県は、ビニールハウスを使った施設園芸が中心ですので、露地ものに比べれば、温度の調節が可能ですが、それでも安閑とはしていられない事態です。

 特に、これから夏にかけての予測も、「古老に聞けば、こういう年は冷夏になる」という説と、「いや、このまま猛暑になるだろう」という、二つの説に分かれていますので、商品としての野菜の管理は、ますます難しくなりそうです。

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ベージュの祝い(2月5日)

 5日夜、東京のホテルで開かれた、ある漫画家の、人生88周年をお祝いする会に出席しましたが、どこにでもある「米寿」ではなく、「ベージュ」色の黄昏を祝うという、洒落た趣向の会でした。

 この夜の会の主人公は、高知県出身の漫画家で、こどもたちには絶大な人気を誇る、「アンパンマン」の作者として名高い「やなせたかし」さんです。

 アイディアマンで知られるやなせさんが、88歳をお祝いしようという周囲の声を受けて、「米寿」では面白くないと自ら企画したのが、「ベージュ」のお祝いでした。

 その心は、夕日が落ちた後の、暮れなずむ空のベージュの色合いを、ご自身の88歳という年令にたとえたもので、それをテーマにした、自作の詩も披露されました。

 ところが、詩の内容とは裏腹に、少し耳が遠くなられたことを除けば元気一杯で、アンパンマンやバイキンマンなどの、着ぐるみと一緒にステージに立つと、大ヒット曲の「てのひらを太陽に」をはじめ、自作の歌を次々と歌われます。

 その「てのひらを太陽に」は、売れない漫画家の時代に、何気なく部屋の電球に手をかざしたところ、あふれた光で透けて見えたてのひらの中に、血潮の流れを感じたのが作詞のきっかけでした。 

 また、やなせさんは、飢えている人の飢えを満たしてあげるのが、一番の正義だと考えていましたが、世界中どこの国の正義の見方を見ても、飢えをみたす仕事をしているヒーローがいません。

 そこで、自らの顔を食べさせることで、お腹のすいた人の飢えを満たすという、一風変わったヒーロー、アンパンマンが誕生しました。

 パーティーで紹介された、そんなエピソードを聞いていると、いつまでも子供の感性を失わないやなせさんに、ただただ感服するばかりでした。

 やなせさんの作品は、サラリーマン時代にデザインをした、老舗デパートの包み紙に始まって、「てのひらを太陽に」も「アンパンマン」も、いずれもヒット作として、何十年もの生命力を持つ作品ばかりですので、これからも、ご自身の生命力を発揮して、長い長いベージュ色の世界を、末永く楽しんでいただきたいものです。

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夫を送る妻の言葉(2月4日)

 4日午後、高知市内のホテルで、去年11月に亡くなった、高知出身の漫画家「はらたいら」さんの、お別れの会が開かれました。

 はらさんは、漫画家としてだけでなく、かつて一世を風靡したテレビの人気番組、「クイズ・ダービー」の回答者としても活躍した才能の人でした。

 いつかは故郷の高知に戻るとの思いを、果たせないまま他界された「はら」さんを偲んで、この日、ご家族にも高知においでいただいて、お別れの会が開かれました。

 参列者が花を手向けた、式の終わりに、奥様が挨拶をされました。

 「漫画家の妻ですので、あまりしんみりとした話はしたくありません」、という語り出しで始まったお話は、その言葉の通り、告別にはつきものの沈む気持ちを和ますものでした。

 中でも、お別れの式の中で流された、生前のはらさんの歌声を話題に、「隣にいる次女が、パパの歌を聴くと悲しくなると言います。ただ、それは、歌声を聴いてパパを思い出すからではなくて、あまりに歌が下手だから」と語られたくだりでは、思わず頬がゆるんでしまいました。

 お酒が大好きで、毎晩というか、毎朝2時3時まで飲み明かしていたはらさんが、50歳を過ぎた頃、急に早帰りをするようになったのが、男にもある更年期性のうつ病のはしりでした。

 家族の力で、それを克服したものの、今度は末期癌の宣告を受けて、ついには不帰の客となりましたが、そんな夫の人生を、奥様は、短い言葉の中で振り返られました。

 実に、見事なご挨拶でしたので、隣りに座っていた妻に、「もし、僕が先に逝くようなことがあったら、こんな挨拶をしてくれ」と、頼んでおきました。

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水の庭の由来は(2月3日)

 3日午後、四国4県の知事が会談する、テレビ番組の収録が行われた松山城の一角で、水の流れを使った庭を眺めながら、どんな由来があるのだろうかと考えてしまいました。

 この番組は、毎年、4県が回り持ちで会場を用意していますが、愛媛県が担当をした今年は、松山城の敷地内にある、お茶室風の和風の建物が、収録の場に選ばれました。

 4人の知事が連れ立って、お城の二の丸から坂を下ると、会場になる建物の前の広々とした空間が、水をテーマにした庭になっています。

 収録会場の和風建築のそばには、竹筒に耳をあてると、水滴の落ちる音が金属音のように聞こえる、水琴窟がありましたので、水にまつわるいわれがあるのかもしれませんが、高低差をつけた、いくつもの石のマス目の中を、水が流れていく仕掛けは、お茶室に向かう導線としては、あまりに幾何学的に過ぎる気がしました。

 すると、一緒に歩いていた愛媛県の加戸知事が、私なら、ここを芝生にして、ごろっと寝ころがれるようにするんですけどと言われます。

 聞いてみれば、このあたりの管理は、県の仕事ではないとのことでしたが、確かに、一面を芝生にした方が、周囲の雰囲気にも馴染むように感じられます。

 水の庭には、何か由来があるのだろうと思いながらも、景観のデザインは懲りすぎてもいけないし、難しいものだと思いました。

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ジャンボ大根の花(2月2日)

 2日朝、秘書課の女性職員が、知事室の片隅に置いてある大きな大きなお化け大根に、花が咲いたと教えてくれました。

 この大根は、県内の知人の紹介で、香川県の方が持ってきて下さったのですが、普通の大根に、どんどん肥料をやったところ、胴回りが60センチを超えるまでに、超ビッグに育ったという代物です。

 大根と言えば、畑の中では、葉の部分だけを土の上にのぞかせているものですが、鉢に植えられたこのジャンボ大根は、丸々と太った白い巨体を、世間に見せびらかしています。

 それが、知事室の住人になってしばらくすると、葉がしなびてきましたので、長持ちはしそうにないと決め込んで、その後は、あまり関心も払わなかったのですが、秘書課の女性職員のメモに目を通しますと、再び元気がよみがえって、花が咲いたとあります。

 「えっ」と思って、部屋の片隅に目をやりますと、生気を取り戻した葉を祝うように、小さな花がついていました。

 これも生命の力かと感心をしましたが、「食べてみると、これが結構おいしいんです」という、送り主の話を思い起こしながら、この大根の将来はどうなるのだろうかと、ふと考えてみました。

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ひとまわりで満腹(2月1日)

 1日夜、高知市内のホテルで開かれた、観光びらきの会場で、ずらりと並んだ、県内各地のふるさと食材のコーナーを回るうちに、お腹が一杯になりました。

 観光開きの式典の後、大広間でお客様の応対をしていますと、向かいの部屋に、地域の食材が並ぶコーナーが店開きしていると、秘書が知らせてくれました。

 言われるままに、そちらの部屋に行ってみますと、部屋の壁づたいに、県内の各地域から持ち込まれた、自慢の食材が並べられています。

 ただ、こうなると知事たる者、一部のコーナーにだけ顔を出して、後は知らぬふりとはいきませんので、さてどうしたものかと思案したのですが、結局、時計とは逆回りに一巡することにしました。

 そこには、蕪のお寿司や味噌仕立てのお魚など、地域の自慢の一品の数々が並んでいましたが、案の定、行く先々で、「これを食べてみて」と勧められるため、少しずつつまんでいくだけで、すぐにお腹が張ってきました。

 それとともに、用意されていた食べ物も、段々と底をついてきて、イノシシ汁のコーナーにたどりついた時には、すでに汁だけになっていましたし、特別参加をしてくれた、ポーランド観光局提供の食材は、お鍋の底まで空っぽで、どんな料理が入っていたのかも、わからない状態でした。

 ただ、こうして回ってみますと、味はもちろんのこと、それぞれの食材のいわれなどを聞くだけで、心も満たされてきますので、観光にとって「食」は、何にも代え難い大切な素材だと実感しました。

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2007/02/09

こんな人も帰ってくる(1月31日)

 31日午後、31年間、アメリカの大学で体操部の監督を務めた後、去年、ふるさとの高知に里帰りをしたという方とお目にかかりました。

 この方は、高校時代から器械体操を始めて、日本体育大学では、塚原跳びの塚原選手の1年先輩として、レギュラーとしても活躍しました。

 卒業後はアメリカに渡って、大学院で修士号を取った後、スタンフォード大学の体操部の監督に就任しました。

 それから、去年退職するまでの31年間を、スタンフォード大学の体操部の監督として過ごしましたが、バスケットやアメリカン・フットボールといったメジャーなスポーツに押されて、この間に、全米の大学の体操部の数は、100台から30台へと激減したと言います。

 さらに、男女平等の考え方から、大学の運動部の部員も、男女の比率を、ほぼ同数にしないといけないというルールが出来たことから、男子の体操部は、予算的にも悲哀を強いられてきました。

 しかし、そうした中で、2度にわたって、オリンピックの代表選手を育てることが出来ましたし、アトランタ大会では教え子が、平行棒の銀メダリストになりました。

 また、ゴルフ部のサポートもしていたことから、大学2年生までスタンフォードに在籍していた、タイガー・ウッズとも、何度も話を交わしたことがあるそうです。

 タイガーに関しては、とにかく負けず嫌いで、宿舎で卓球をする時にも、相手に負けまいと、必至にラケットを振るっていたという、エピソードを紹介してくれました。

 そんな、輝かしい経歴の持ち主ですが、高知で一人暮らしをしているお母様が、お年を召したこともあって、ご自身も60歳を迎えるのを機会に去年、30年余り住みなれたアメリカから、ふるさとの高知に里帰りをしました。

 とは言え、まだまだやる気満々ですので、自ら開発をした、お年寄りの転倒防止のための体操を、地元の自治体にも持ち込むのですが、なかなか理解してもらえないといった悩みもあるようでした。

 団塊の世代の大量退職が、いよいよ今年から本格化しますが、国の内外を問わず、様々な分野で活躍をした方が、ふるさとに戻ってくる可能性を実感するとともに、こうした人材を活かさない手はないと、あらためて思いました。

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保健師を核に(1月30日)

 30日午後、保健や福祉を担当する、幹部職員との協議の中で、この分野で地域を支える核となる、保健師の活動の場を、県や市町村の壁を越えて、検討すべきではないかとの考え方を告げました。

 というのも、県と市町村をあわせると、高知県は、人口当たりの保健師の数が、全国でも3番目に多い県なのですが、平成9年に地域保健法がスタートして以来、県と市町村との間の、役割分担の意識が強まった結果、せっかくのスタッフが、有効に活動できていないように見えるからです。

 例えば、県の側では、福祉保健所の中で書類を扱うことが、仕事になってしまっている人が見受けられる一方、現場を重んじる人は、そのことに苛立ちを感じているという色分けになります。

 これに対して、市町村の側では、十分な研修も受けられないまま、現場をまかされる若手がいる一方、経験を積んだベテランは、保健と福祉に関わるほとんどの分野が、市町村の担当になるという忙しい日々の中で、年代の開いた後輩に、経験を伝承するいとまも持てずに悩む、といった構図になりがちです。

 ところが、地域では、子育ての悩みや児童虐待といった、こどもを巡る問題から、メタボリック・シンドローム対策をはじめとする、健康づくりへの対応、さらには、医療制度の改革に向けての、地域での受け皿づくりや、高齢者を見守る地域福祉の取り組みなど、やるべき課題は山ほどありますし、それを住民の側から見た時には、これは県の仕事、これは市町村の仕事といった、役所が勝手に作った役割分担の意識は、全く意味を持ちません。

 こうしたことから、今こそ、この分野の核になる保健師が、県や市町村の壁を越えて、共に地域の課題に取り組めるような、横断的なチーム編成が必要だと考えました。

 とは言え、知事の一方的な思いで、上意下達的に組織作りを進めても、それで、機能的な動きが生まれるわけではありません。

 その前に、それぞれの地域の事情を汲みながら、県と市町村のスタッフが同じテーブルについて、現場の視点から、あるべき体制や仕事の進め方を、提案し形にしていく必要があります。

 また、その際には、保健師だけでなく栄養士等々、福祉と健康に関わる専門スタッフに、総動員で取り組んでもらう必要があります。

 そこで、この日の幹部職員との協議の中で、まず、悪しき役割分担意識を捨てるように、現場の幹部に指示をすることとともに、地域のスタッフが主体となって、あるべき形を考えていく場を、早急に作ろうと提案をしました。 

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国際理解の奥深さ(1月29日)

 29日夜、高知市内のホテルで開かれた、ベルギー料理を楽しむ会でお会いした、駐日ベルギー大使のお話の端々から、世界の国々のお国柄には、知っているようで知らないことも多いと気づかされました。

 大使は、イスラム圏での駐在を皮切りに、中国大使や本国でのアジア局長も歴任した、ベテランの外交官で、去年の秋からは、駐日大使を務めています。

 ベルギー料理を楽しむ会の前に、30分程懇談の機会がありましたので、大使として感じられた、中国と日本との違いを尋ねてみますと、何から何まで正反対で、全く違いますという答えが返ってきました。

 外交官ですから、それ以上、両国の評価につながるようなコメントは聞けませんでしたが、全く違うという意味が、何となくわかるような気がする反面、ヨーロッパ人の目から見ると、我々が気づかないような、違いがあるのかなとも感じました。

 また、僕からは、ベルギーに旅行した時の思い出話や、ベルギーについての、わずかな知識を披露したのですが、ベルギーの国内には、オランダ語圏とフランス語圏があることくらいは知っていたものの、そこまでとは知らなかったこともありました。

 それは、政党に関することで、キリスト教系や社会主義系、さらには環境系などの政党が、オランダ語系とフランス語系に、それぞれ5つずつあるというのです。

 しかも、例えばキリスト教民主党など、同じ名前の政党でも、オランダ語系とフランス語系では、考え方に違いがあるということで、日本のように民族も言語もほぼ単一の国では、容易には想像できない話でした。

 こうして、たぶん自分たちが感じている以上の、日本と中国との違いや、言葉の壁を残したままでの、国の統一といった話を聞いていますと、お互いの国を知るという、国際理解の奥の深さに気づかされました。

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2007/02/05

年賀状を書き終える(1月28日)

 28日は、残っていた年賀状の返事を、全部書き終えました。

 このお正月にいただいた年賀状が、あわせて何枚あったのかはわかりませんが、今年は、企業や団体からの、儀礼的な印刷物の賀状を除いて、一枚一枚にお返事を書くことにしました。

 振り返ってみると、お返事を書き始めた月初めの頃には、「早々の賀状をありがとうございました」で始まった文面も、締めくくりのこの日は、「寒中お見舞い申し上げます」に変わっています。

 また、「今月12日の誕生日で、満60歳の還暦を迎えます」というネタも、後半は段々と影をひそめていくといったことで、20日余りの間に、季節も気分も随分と移り変わるものだと感じました。

 枚数が多かったため、返信に使った、妻との写真を使った葉書も、都合2種類を使いましたが、そのうちの1つは、かなり若かりし頃の写真でしたので、ことわり書きをつけるのにも手間をとりました。

 結局、何百枚かの葉書を、相手方の住所や郵便番号から文面まで、全て手書きで仕上げましたが、かなりくたびれた分、やり遂げた満足感もありました。

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産地の味への苦言(1月27日)

 27日午後、県西部の土佐清水市で開かれた、鰹節類を扱う会社の青年部の全国大会で、来賓の一人が、挨拶の中で指摘された地元への苦言が、耳に痛く響きました。

 なぜ「鰹節」ではなく、「鰹節類」と呼ぶかと言えば、原料に鰹だけでなく、宗太鰹(ソウダガツオ)という、同じサバ科の魚も使われるからですが、土佐清水市は、ソウダガツオから作る宗太節の生産では、シェアが70パーセントと、全国一の生産量を誇っています。

 そんな縁で、土佐清水市の南端にあたる足摺岬で、上記の大会が開かれましたので、高知市から車で片道3時間の道のりを越えて、大会に出席しました。

 その席で僕は、宗太節の香りの高さや健康への効果などを、精一杯PRしたのですが、その後で、来賓として挨拶をされた、全国の鰹節組合の組合長さんのお話が、耳に痛く響きました。

 それは、この日会場のホテルで出た昼食の味噌汁のことで、宗太節の産地なのだから、さすが土佐清水の出汁は違うと、お客さんをうならすような味噌汁を、飲ませてほしいとのご注文だったのです。

 灯台もと暗しと言いますが、宗太節はほとんどが、業務用として県外に出荷されているため、地元の人たちが、その良さを認めて、旅館やホテルの味自慢にしていくといった、戦略的な視点に欠けていたことは事実です。

 特に、観光に力をいれていくにあたっては、こうした地元の素材を、観光の資源として活かしていくことが何よりも大切だと、そのお話をうかがっていて気づかされました。

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道路の計画づくり(1月26日)

 26日午後、道路行政の関係者と話をする中で、来年度予定されている、全国での道路づくりの計画が話題になりました。

 道路を作るためにだけ使われてきた、道路特定財源の使い道を広げる議論が、去年一段落した際に、真に必要な道路は整備することとともに、何がそれにあたるかの計画づくりを、来年度行うことが決められています。

 となれば、四国の他の3県と比べても、道路の整備が格段と遅れている本県にとって、来年度の計画づくりは、かなり重要な意味を持つことになります。

 そこで、この日久し振りに会った道路行政の関係者に、どんな計画づくりになるだろうと持ちかけてみますと、どの路線とどの路線を整備するなどという、具体の計画はとても無理だろうから、曖昧な形にならざるを得ないという意見です。

 特に、道路特定財源を、何にでも使える一般財源にしようという、小泉さん以来の、政府サイドの思惑を封じ込めるために、政治の力が働いていることから、この計画づくりは自ずと、「高齢社会や地震災害に備える安全・安心の道」だとか、「市町村の合併を円滑にするための基幹を結ぶ道」など、どの地域の政治家にも、割と都合よく読みとれるような、書き方になるのではと言います。

 その話を聞きながら、確かに、表向きの表現は、そうした抽象的な文言にならざるを得ないのかもしれないけれど、それで安心をしていると、裏の帳簿には、路線別の計画が出来上がっている、などということになりかねないとの疑心が走りました。

 と同時に東京では、日本橋の上を通る高速道路を、路面と地下鉄との間の、比較的浅い地下に埋め込む計画が進められていて、すでに、竹橋から江戸川橋までを地下化する絵も描かれていますが、そうなれば、莫大な道路予算がそちらに割かれますので、果たして、地方の道路整備はどうなるだろうかと、もう一度、不安と疑心が走りました。

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知事の仕事とは(1月25日)

 25日は、宮崎県の東国原知事の就任に絡んで、丸一日、東京のテレビ局の取材を受けました。

 取材の趣旨は、知事の仕事とはどんなものかを紹介したいとのことで、最初はお断りをしたのですが、自分の妻が宮崎出身というご縁もありますので、結局はお引き受けをしました。

 この日は、2月の定例の県議会に向けて、議会の各会派との意見交換の会が朝から予定されていた他、高知県版の野菜ソムリエの認定式や、フィギュアのメーカーとして知られる海洋堂の、高知県出身の館長さんの訪問などが、日程に組み込まれていましたが、予定にはない出来事への対応もありました。

 それは、徳島県との県境にある、東洋町の町長さんが、議会や町民の同意もないまま、高レベル核廃棄物の最終処分場の調査に、名乗りを上げたという話で、担当の職員と打ち合わせた後、急きょ記者会見となりました。

 丁度、宮崎県でも、鳥インフルエンザの問題で、急きょの記者会見があったばかりでしたので、あらためて、知事の仕事の守備範囲の広さを、自認する思いでした。

 先述しましたように、宮崎は妻の故郷で、今も妻の母が、宮崎市内で一人暮らしをしていますので、これからも、何かとご縁があるかもしれません。

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授業参観(1月24日)

 24日昼、県中部の香美市の小学校で、地域の食材を使った「地産地消」給食を、こども達と一緒に食べました。

 この日訪ねたのは、香美市土佐山田にある片地小学校で、どの学年も1クラスずつの小規模校ですので、給食の前に、1年生から6年生までの、4時限目の授業を参観して廻りました。

 すると、どの授業も、先生が一方的に教え込む形ではなく、与えられたテーマを、こども達に考えさせながら授業を進めるという手法で、教え方に工夫が感じられました。

 例えば、5年生の国語の授業をのぞくと、芭蕉の俳句、「古池やかわず飛び込む水の音」を取り上げて、作者は、その蛙を目にしていたかどうかを問いかけていましたが、こども達の答えも、なかなかユニークで楽しいものでした。

 また、6年生の保健の授業では、繊維質の植物性の食べ物と、肉や卵など動物性の食べ物との、腸に与える影響の違いがテーマでしたが、繊維質を実感するための食材として使われたゴボウを、こども達と一緒にかじってみました。

 といっても、もちろん生ではなくて、よく煮たゴボウですが、あらためて、ゴボウを噛みしめてみると、繊維質はもちろんのこと、結構甘みを感じる味わいがあるのに驚きました。

 そんなこんなで、どの授業も、もう少し時間をかけて見ていたいくらいでしたが、やがて4時限目の授業も終わって、給食タイムへと移ります。

 この日のメニューは、宿毛市でとれたアジを、骨まで含めて全てすり身にした「つみれ」のおつゆに、香美市の生産者の手になる、柚子やヤッコネギを使ったお浸しなど、いずれも、地元の食材を使った「地産地消」のおかずで、同席のこども達とお話をしながら、美味しく食べました。

 面白かったのは、食後のこども達の感想で、「一番おいしかったのは何だった」と尋ねると、多くのこどもからは、地産地消の品ではない、トリの唐揚げがおいしかったという答が返ってきたのです。

 あまりに正直な反応に、大人達もリアクションに困った様子でしたが、中には、アジのつみれやヤッコネギの味を評価してくれるこどももいて、励まされる思いでした。 

 何が一番おいしかったかと聞けば、やはり唐揚げなのでしょうが、同じ席にいたこども達も、地産地消のおかずを、おいしそうに食べていましたので、客観的に見て、地産地消給食の見込みは、十分にあると思いました。

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これぞ「夜さ来い」(1月23日)

 23日午前、県外から高知にお客様を呼ぶための、仕掛けづくりを話しあう中で、高知城内のキャンドルアップが話題になりました。

 去年は、NHKの大河ドラマ、「功名が辻」のお陰で、大勢のお客様に、高知にお出でいただくことが出来ましたし、「土佐二十四万石博」と名づけたイベントも、めでたく、2000万円の黒字で終えることが出来ました。

 一方、来年は、県立の牧野植物園の創立50周年にあたりますので、これと合わせて、花や食をテーマにした「であい博」という催し物を、春夏秋冬の季節に分けて、県内の各地で開催することにしています。

 ただ、先程の2000万円の有効利用も含めて、出来ることは今年から、どんどん手がけていこうと呼びかける中で、出てきたアイディアの一つが、お城のキャンドルアップでした。
 
 これは、高知城の追手門などのライトアップとは別に、二の丸から三の丸に通じる石段を、ろうそくの灯りで飾ろうというもので、なかなかの雰囲気が、かもし出されることは間違いありません。

 担当者も、夜の観光スポットが出来れば、必ず宿泊をしてもらえると、皮算用をはじいていましたが、高知の代名詞「よさこい」の語源は「夜さ来い」、つまり「夜に来い」ともいわれますので、キャンドルアップは、まさに、高知の「夜さ来い」にふさわしい、おもてなしかもしれません。 

 この他にも、一年を通じての「花暦」や、町中歩きのウォーキングコースの選定など、仕掛けづくりを考える仕事が、結構楽しそうに思えました。 

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候補者を立てられない(1月22日)

 22日朝、昨日行われた宮崎県の知事選挙で、「そのまんま東」さんが初当選を決めたニュースを見ながら、最近の各地の知事選挙で、民主党が候補者を立てられない訳を考えてみました。

 僕は、知事選挙に出る人は、政党の推薦を受けるべきではないと考えていますし、自分自身も、政党の推薦は一切受けずに選挙を戦ってきました。

 それは、推薦を受ければ、一方では建設業界や医師会、さらにはJA(農協)などの団体、他方では、県や市町村の職員組合の団体である自治労など、県との間に、事業の発注をはじめ、補助金や賃金の支払いといった利害関係を持つ団体と、選挙を通じて、「しがらみ」と言われる関係を持つことになるからです。

 ですから、「そのまんま東」さんのように、政党の推薦を受けなかった候補の当選を、心から喜ばしく思いますし、その立場からすれば、負けた政党の側の事情を斟酌するのは、余計なお世話ということになります。

 ただ、野党第一党の民主党は、宮崎と同様、不祥事で前の知事が逮捕された和歌山でも、また、同じく昨日投開票が行われた、愛媛と山梨の知事選挙でも、候補者を立てることが出来ませんでしたので、自分なりに、その理由を考えてみました。

 そうすると、労働組合を中心とした団体に、自分たちの組織を頼ろうとする古くさい思い込みに、その原因の一つがあることに思い当たります。

 というのも、地方では労働組合の団体といっても、県の職員団体である県職労と、それを中核とする自治労が、その中心的な存在ですから、これだけ県民の意識が変化している中で、旧態依然とした親方日の丸の意識から抜けきれない、限られた視野と思考の人たちが、知事候補の担ぎ出しを図ることになります。

 こんなことで、県民が信頼を寄せるようなような知事候補が、選び出せるわけがありません。

 考えてみれば、昨年、相次いで知事が逮捕された各県では、建設業者と癒着した官製談合が問題になりましたが、県知事をはじめとする県の執行部と、県職労や自治労との関係も、ある意味では、それに等しいものでした。

 なぜならば、県の職員団体が応援した候補が、職場の長である知事に当選した時に、その知事は、給与や手当、さらには勤務条件などで、自治労の要求を容れることになるでしょう。

 これは、選挙で世話になった業者に発注で恩返しをする、官製談合の構図と極めて似かよったもので、違法か合法かの明確な線引きがあるにせよ、県民の視点から見た場合の不公正さには、大きな違いはありません。

 こうしたことから、民主党の友人に対しては、自治労と縁を切らない限り、民主党が、国民から信頼される政党になることはあり得ないと、口を酸っぱくして言い続けてきましたが、現在の政治状況を、追い風に変えられない背景に、自治労に頼る地方組織の病弊があることを、しっかりと見つめてほしいものです。

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