6日昼、高レベル放射性廃棄物の、最終処分場を受けいれるための調査に手を挙げている、本県の最東端の町、東洋町に出向いて、昨日、急きょ自ら辞職をした町長さんとお話をしました。
高知市から、徳島県境の東洋町までは、車で2時間半以上かかりますので、行きがけの車の中で、町の女性からいただいた手紙を読み返してみました。
手紙は、東洋町の隣の室戸市にある、県立室戸高校の甲子園での活躍に、力をもらったという書き出しで始まります。
室戸高校には、東洋町から通学をしている生徒もいることを例に、まわりの市町村とは力を合わせないといけないと綴られた後は、徳島側の隣接の町、海陽町のお寿司屋さんに立ち寄った時の経験談です。
お店にいた人が、処分場に関して随分とご立腹で、自分達が東洋町の人間などとは、言えずじまいだったというのです。
「このような話を、あちこちで聞く様になってしまいました。辛い思いをされている方も、たくさんいる事でしょう」と手紙は続きますが、以下は、文を要約せずに、そのまま引き写すことにします。
「過激な反対がおこる、それがとても辛いと思っている者も多くいます。国としては、町長が町の代表なのだからと考えると、選んだ私達の責任として、この様な事も受け入れなければならないのでしょうか」
「心配で心配でと言っている、八十歳をすぎたお年寄り。今だけを考えれば、今がよければとなるのでしょうし、実際、自分には子や孫も県外にいるから、どうでも良いと思う人達もいますから。何でも国からして貰おうとの考えが腐敗する心だと言いますと、あなたは恵まれているからという事になります」
「田舎の堅実なお年寄が言います。身の丈に合った生活が一番だと。地産地消も、この様なお年寄の知恵と若者の行動力を、うまく合体する事ができればと、今の苦しい思いの中で、皆で考えております」
「この様に考えます機会を戴いた事、今まで関心のなかった法律や制度、国の方針などを勉強し、これからの東洋町を皆で考え、アイディアを出し合う機会を戴いた事は、町長さんのお陰かもしれません」
「4月に入り、知事さんが東洋町にお越し下さるとお聞きしました。皆で喜びつつ、この様に考えている者もたくさんいます事、お伝え戴きお話下されば幸せでございます」
何度か読み返してみましたが、肩書きも何もない一人の女性の、飾らない思いや苦悩の中に、すべてが言い表されているように感じられました。
役場の前では、処分場の調査に反対する女性達が、横断幕を掲げて、僕の到着を出迎えてくれました。
先月の町議会の最終日に、辞職勧告決議を受けた時には、辞職の意思はないと突っぱねていた町長さんでしたが、リコールの手続きが始まるのを前に、先手必勝とばかりに、昨日辞職をされましたので、役場の会議室でお会いをしたのは、前の町長さんということになります。
この会談の中で、前の町長さんは、調査に反対している方々の論点は、2つあると指摘されました。
その一つは、一度、文献による調査が始まると、次の概要調査や精密調査、さらには処分場の建設へと、事業の進行は止まらなくなるという反対論。
もう一つは、安全性と危険性をめぐる議論ですが、こちらは、賛成と反対の両論が、今は交わることはないので、文献調査が行われる2年間をかけて、町民の間で勉強をしたいとの説明です。
これに対して、事業を途中で止めることが出来るかどうかについては、経済産業大臣と、原子力発電環境整備機構の理事長に質問をした結果、「止めることが出来るとの回答を得たので、反対論の根拠の一つは払拭できた」との受けとめでした。
僕からは、多額の交付金を支出しながら、途中で簡単に中止をするという判断を、国がするでしょうかとの投げかけをしましたが、その場には、肝心な回答文の現物がありませんでしたので、後で、その書類に目を通してみました。
すると、回答文には、「当該都道府県知事又は市町村長が概要調査地区等の選定につき反対の意見を示している状況においては、(中略)概要調査地区等の選定が行われることはありません」とあります。
しかし、そこには、知事や市町村長の反対意見があれば、一連の調査を「中止」するとか「断念」するとは、ひと言も書いてありません。
ましてや、住民投票などによって示される、地域の住民の意思をどう評価するかには、まったく触れられていません。
ですから、この回答文を、国の立場で読み込めば、「知事や市町村長が反対の意見を言っている間は、概要調査には入らないが、建設までには、優に20年から30年はかかるので、4年でも5年でも、知事や市町村長が交代するのを待てばいい」ということになります。
もっとわかりやすく言えば、「文献調査という、形ばかりの調査を行う2年の間に、東洋町には、これまで財政上の理由で出来なかった事業を、交付金を使って実施することで、町民の中に理解者を増やしてもらいたい。その状況を見て、全国の他の地区からも、応募の手があがればめっけ物だし、そうならなければ、東洋町に処分場が作れるように、知事なりが替わるのを、時間をかけて待てばいい」というのが、国の本音でしょう。
さらに、その上で考えておかなくてはならないことは、一旦概要調査に入ってしまえば、その後の手続きの中には、知事や市町村長の意見を尊重するという、おぼろげな関門さえなくなって、地域の側に、この事業を差し止めるカードは、もはや一枚も残されていないということです。
この日の会談で、前の町長さんは、概要調査に入る前だけでなく、その後も、その都度住民投票を行えばいいとの考えを示されていましたが、制度の上で住民投票には、何の位置づけも力も与えられていないことを、町民の皆さんは、心に留めておかなくてはなりません。
ということで、一度調査が始まった後でも、その進展を途中で止めることが出来るかどうかの論点が、長くなってしましたが、もう一つの論点の安全性に関しては、「勉強をしよう」という、一見もっともらしい言葉の落とし穴に気づいてほしいと、前の町長さんには申し上げました。
というのも、僕も、NHKの記者時代に、今回問題になっています、高レベル放射性廃棄物の処分のことも含めて、原子力発電に関わる特別番組を、担当したことがあるのですが、多くの専門家の話を聞き、本に目を通しても、是非の判断を下せる問題ではありませんでした。
ましてや、と言っても決して、町民の皆さんの知力を低く見るという意味ではありませんが、穏やかに日々の暮らしを送っているお年寄りをはじめ、普通の町民の方々に、その安全性や危険性を、科学的に理解してもらえるというレベルの話ではないのです。
結局は、勉強会と称して、賛成派と反対派、それぞれの専門家の説得に応じるかどうか、さもなくば、交付金の有用性を教えられる勉強会に、終わってしまうことは目に見えています。
ですから、この問題への理解を深めるために、「勉強をしよう」という呼びかけは、言わばまやかしのようなものですし、もっとはっきり言えば、文献調査が行われる2年の間に、反対運動のほとぼりを冷ますための、時間稼ぎの口実に過ぎません。
この日の会談の中で、前の町長さんは、一時は40億円を超えていた町の予算規模が、今では半分以下に落ち込んだことなどをあげて、交付金の魅力を語られていましたし、最終処分場が出来れば、雇用の場や固定資産税も増えると期待されていました。
今回の文献調査への応募に、肯定的な町民の皆さんの中には、「これまで県は東洋町に対して、何をしてくれたのか」、「休止したままの、大阪との間のフェリーを復活させるための取り組みをはじめ、町は様々な努力をしてきたが、いずれも功を奏さなかった。他に何が出来るというのか」との思いを、持つ方もおられるでしょう。
こうした声には、真摯に耳を傾けなくてはなりませんが、その一方で、今回の出来事が原因で、静かで穏やかな町に、計り知れない亀裂が生じ始めていることも事実です。
会談の中で、前の町長さんも、「いがみ合いで、町が混乱するのは心が痛む」と、率直な心情を語られていました。
とすれば、町の中に確実に広がっていく、その上、長い間尾を引いていくであろう「いがみ合い」や「混乱」と、年に5億円の交付金とを、比較して考えてみるのも、大切なことではないでしょうか。
会談を終え、記者会見を済ませた後、役場の近くに立ち並ぶ、ポンカンやデコポンなど、町の特産の果物を売るお店の一つに立ち寄りました。
店先に現れた青年が、「4年ぶりですね」と声をかけてくれます。
彼は、県立の農業大学校の卒業生ですが、2年生だった4年前に、同級生と一緒に知事公邸を訪れて、将来への夢を聞かせてくれました。
その時彼は、東洋町の特産物の「ポンカン」に、清美オレンジを交配してできる通称「デコポン」を、新しい特産品にしたいと、熱い思いを語っていたのですが、彼の作ったデコポンを試食すると、4年前の宣言通り、とてもジューシーで、甘く美味しい出来ばえでした。
5億円の交付金とは比べられない、と言う方もいるかもしれませんが、行きの車の中で読んだ手紙に綴られていた、「身の丈に合った生活」や、デコポンの味と評判も、大切にしたいものだと思いました。