2人の弁護士の思い(5月1日)
1日は、以前この欄にも書いた、19年前に中国で起きた列車事故に関する記録の中から、2人の弁護士が書いた文書を読み返してみました。
この事故は、1988年3月に中国の上海郊外で起きた、列車同士の正面衝突事故で、学校の創設30周年を記念した、初めての海外での修学旅行を楽しんでいた、私立の高知学芸高校の生徒27人と、引率の先生1人が亡くなりました。
ところが、その後19年たった今になっても、亡くなった生徒の家族と学校との間に、大きな溝が横たわっている上、未だに事故の報告書さえ作られていないという、教育機関としては、常識では考えにくい状況が続いています。
このため、20回目の慰霊式の知事挨拶の中で、このままではいけないと呼びかけたことを、3月24日付けのこの欄に書きました。
それがきっかけで、関連の資料をいくつか集めましたので、この日、一部の家族が学校側を訴えて、一審の敗訴で確定をした判決の内容や、この事故に関わりのあった2人の弁護士が、その判決を受けて、学校側に送った文書を読み返してみました。
その判決は、1994年10月17日に、高知地方裁判所で言い渡されましたが、列車事故は、運転士の信号の見落としが原因なので、法律上は、学校には賠償の責任がないとして、家族の訴えそのものは退けられました。
しかし、判決の中で裁判所は、引率教員ではない当時の校長が、事前に出かけた5泊6日の、北京と成都へのパック旅行を、修学旅行の下見だったと主張する学校側の姿勢を、「遺族の感情を逆撫でし、無念の思いを募らせる結果になった」と指摘しています。
さらに、校長、教職員、理事会を含めた学校側の、「教育者としての責任を追及する、適切な手段が他に無かったが故に、なお賠償責任の追及という形式で、争わざるを得なかったことは十分理解できる」と、自らが敗訴を言い渡した原告側の家族への、深い同情さえ示しているのです。
この判決を受けて、学校側に行動を呼びかけた弁護士が、2人いました。
お一人は、事故当時に高知学芸高校の理事をされていた方で、1994年12月21日付で、「理事会開催等の申出」と題する文書を、当時の理事長と校長宛に出しています。
その文書は、「言い渡しがあって間もなくのとき、理事長から、後で連絡する旨の話がありましたが、現在に至るも理事会の招集がなく、越年しようとしています。その後すぐにも、反省の会があるものと期待していましたが、二ヶ月以上たっても理事会が開催されません。都合の悪いことに頬かむりして、ひたすら風化を待つようなことになってはなりません」との、書き出しで始まります。
加えて、「上海列車事故は、法的な面とは別に、教育現場における道義的責任があることは、誰もが認めるところでありながら、これについて、理事会として審議したことは一度もありません」とした上で、
1.理事の全員に、判決書のコピーを配布して検討させること
2.その上で理事会を開催し、学芸の道義的責任を審議して対応を考えること
3.この申出書のコピーを、理事と評議員の全員に配って、私の意見を検討してもらうこと
の3点を求めています。
その上で、この弁護士さんの文書は、「私は、学芸には、理事、評議員、先生の中に、一人も責任をとれという人がいないのかということを、何人かの人から聞かされています。学校の信用や名誉にかかわることと考えますので、よろしくお願いします」と、結ばれていました。
もうお一人の弁護士は、事故後に、中国との交渉役を無償で買って出られた、やはり高知県出身の弁護士で、同じ1994年の12月26日付けで、学校の評議員宛に「勧告書」を出しています。
勧告書は、まず判決の内容について、学芸高校の行動に腹をすえかねた裁判所が、教育機関としてあるまじきことと、学校を非難したものと考えざるを得ないとした上で、これだけの大惨事なので、理事長と校長は、混乱が収束すれば直ちに道義的責任をとって、辞職すると多くの人が思っていただろうと、それまでの流れを振り返っています。
にもかかわらず、2人とも辞任しないだけでなく、校長は、県をはじめ四国や全国の、私立の中学高校教育界の指導者になってしまったと指摘して、「下見に名を借りて、校費をもって観光旅行し、懲戒処分にあたいする人物を、理事会や教職員会が、どうして全国の檜舞台に送り出したのか」、理解できないとしています。
あわせて、遺族との和解が難航した主たる原因は、「学校が保身に終始し、誰も責任をとらない」ことにあったし、和解をした遺族も、「学校の対応に満足したからではなく、学校との交渉に疲れ果て、諦めの境地で応じたケースが多い」と断じています。
こうしたことを踏まえて、「命がけで中国と交渉したのは、遺族、負傷者の痛々しい姿が、見るにしのびがたかったためで、学校当局者の責任のがれを、助長するためではありませんでした」とした上で、「学芸高校が教育機関として立直り、遺族の悲しみを鎮めるため」、理事長や校長の引責辞職と、理事全員の辞任などを勧告しています。
先月の末、東京丸の内の事務所に、この弁護士さんを訪ねました。
中国との交渉中に裁判が提訴されると、相手側に足もとを見られるので、ご家族に対しては、「交渉が終わったら、学校はけじめをつけますから、それまでは待って下さい」と説明をしていたし、実際にそうなると信じてもいたと言われます。
「この事故では、県も公立高校以上に踏み込んだ対応をした。いつから高知県は、こんな無責任な県になったのかと、この一件以来、高知が嫌いになった」という言葉を思い出しながら、このままではいけない、何とかしなければという思いを強くしました。
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