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2007/07/10

河童の過疎地(6月26日)

 26日午前、フィギュアでおなじみの、海洋堂の創業者が知事室を訪問して下さって、いつものように、夢のあふれる楽しい話を聞かせて下さいました。

 プラモデルの製作から始まって、今では各種のフィギュアでその名を知られる、海洋堂の創業者が、県内の旧大方町(現・黒潮町)の出身であることは、この欄でも触れたことがありますが、この方が、知事室を訪ねて下さるのは3度目のことです。

 80歳近い年令をものともせず、いつもエネルギッシュな話を聞かせてくれますが、この日も、四万十川中流の山間にある、7歳の悪がきを祭った神社、馬之助神社の話で盛り上がります。

 まずは、全国的に有名な宮大工に頼んで、馬之助神社を建て直そうという計画が手始めですが、そのために、神社の例祭に訪れた際、近くで見つけた廃校になった小学校が、一層のインスピレーションをかき立てたようでした。

 それは、この小学校の校舎と体育館を、フィギュアを中心にしたホビー館と、若い芸術家の集まる、制作の場に変えたいというインスピレーションで、「これで、馬之助神社とホビー館が一体のものになる」と、納得のいったご様子です。

 さらに、神社や廃校への道すがらを、数多くの河童で埋めていきたいというアイディアが、この日の新たなテーマでしたが、「姿形が一つしかない、ディズニーのミッキーマウスと違って、河童は、日本人一人一人の中に、それぞれの河童があるから」というのが、その理由でした。

 高知にも、「えんこう」と呼ばれる河童や、「しばてん」という、相撲好きの河童がいるのですが、全国に伝わる河童の伝説は実に数多いそうで、「『えんこう』と『しばてん』くらいでは、まだまだ高知は、河童の過疎地だ」と、意気軒昂でした。

 その後も、「神社には、現代の左甚五郎と言えるようなフィギュア職人に、陽明門のようなモニュメントを作らそう」など、あれよあれよという間に、予定していた時間が過ぎました。

 何を夢のようなことをと、「常識人」の大人たちは思うかもしれませんが、こうした右脳的な天才の発想は、決して侮ってはなりません。


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