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2008/04/04

「せんたく」に選択(4月3日)

(これから数回は、3月までに書きためたものを公開します) 

 知事の有志や有識者が参加して、最近発足した「せんたくは、代表を務める、前の三重県知事の北川さんと、当初語り合っていた方向とは、まったく違った内容になりましたので、参加を見合わせようと思っていたところ、「せんたく」の側からも、参加を遠慮してほしいと、わざわざ連絡を受けました。

 話は去年の11月に遡りますが、12月6日をもって、高知県知事の職を退くにあたって、長い間お世話になった北川さんを、東京西新橋にある事務所に訪ねました。

 その時、北川さんから、「今の政界は、シャッフルしないといけない。そのために、この指とまれのマニフェストを作らないか」呼びかけられました。

 この提案を自分は、政界の再編を目指すプレイヤーを、支援する運動と受けとめましたので、分権や環境など、掲げる旗の具体的な項目も含めて、話ははずみました。

 次に北川さんの事務所を訪ねたのは、それから2ヶ月ほどたってのことですが、この時には、1月20日に、発起人の準備会の発足が決まっていました。

 ただ、参加予定の顔ぶれを見ますと、宮崎県の東国原知事など、世間受けを意識した面が強いうえ、経済界や労働界の方々、さらには元官僚に学識経験者と、従来型のバランス重視で、強い思いを持った仲間の集まりではありません。

 これでは、北川さんが目指すような、脱官僚や、脱中央集権の運動を起こせるわけがない、と疑問を持ったのが、すれ違いの始まりでした。

 それでも、「これは平成の民権運動だ」と語気を強めながら、日本を「洗濯」すると言った竜馬の言葉に、日本の将来を「選択」するという意味を重ね合わせて、平仮名の「せんたく」を組織の名前にしたいという、北川さんの意気込みをくじいてはいけないと考えて、「2月3日に、議員連盟も含めた発足の会を開くので、出来れば出席してほしい」という誘いを、快く受けました。

 ところが、その後、2月3日の予定は延期になりましたし、北川さんが、参加予定の国会議員に釈明に回っているといった、不協和音をうかがわせる話も伝わってきました。

 そうこうするうちに、参加する知事や、国会議員の名前が明らかになってきましたが、その顔ぶれを見て、これでは、とてもおつき合いできないと見切りをつけました。

 というのも、例えば、地方の代表の一人として参加される、東国原さんは、この時点で、道路特定財源の堅持を、声高に主張されていましたが、知事という立場上、当然のこととは言え、こうした、構造改革に真っ向から対立する考え方と、日本の将来の選択とは、相いれないと思います。

 また、当初は、自民党と民主党の、5人ずつに声をかけると言われていた議員連盟のメンバーも、100人を超えて、ごった煮の状態にまでふくれ上がったため、安全保障政策でも経済政策でも、目指すような質の高いマニフェストが、議論ができる状況とは思えません。

 さらに、議員連盟の窓口になっている方の中には、三位一体の改革の際に、族議員の代表として、中央省庁の側で動いた方もいますので、分権改革や生活者の視点からの議論も、到底望めないと感じました。

 こうしたことから、重ねてのお誘いがないのを幸いに、わざわざ断るのも角が立つと考えて、しばらくは、かかわりをもたないことにしました。

 そんな中、北川さんから電話が来たのは、2月の末のことで、話は、「国会議員がナーバスになっているので、今回は、参加をご遠慮願いたい」というものでした。

 先ほども言いましたように、自分が受けとめた当初の構想とは、かけ離れた内容になっていましたから、そもそも参加の意思はなかったのですが、とやかく言うことでもありませんので、「はい、わかりました」と、自然体で申し出を受けました。

 いわば、「せんたく」に入られると困るメンバーとして、選択された形ですが、100人を超える色とりどりのグループの中で、あえて、選択していただくだけの価値があるのかと、自分の立ち位置が持つ意味を、再認識した思いでした。

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