« たとえ話の使い方(4月7日) | トップページ | 裕介さんの部屋(4月9日) »

2008/04/10

 もう一つの都おどり(4月8日)

 8日は午前中から、県中部の旧仁淀村にある、枝垂れ桜を見に行
きましたが、その後立ち寄った小さな集落で、安徳天皇ゆかりの伝
説を、たっぷりと勉強しました。

 この村にある火よけの神様、秋葉神社のお祭りは、高知県を代表
するお祭りですので、十数年前に、一度見に行ったことがあるので
すが、その神社のすぐ近くにある、樹齢200年と言われる枝垂れ
桜は、まだ見たことがありませんでしたので、知事を退いて、少し
時間にゆとりができたのを機会に、その華麗な姿を見に出かけまし
た。

 その後、さらに山あいを入った、都(みやこ)という集落に足を
運んだのですが、ここは、最近NHKの番組で取り上げられたこと
から、かなり有名な地区になっています。

 というのも、都の名が示すように、平家の落人が開いた集落で、
今では人の住む家は4戸と、過疎化が進んでいる分、中山間の風情
がそのまま残されているからです。

 たとえば、平清盛の孫にあたる安徳天皇は、壇ノ浦の戦いに敗れ
て、入水したというのが定説ですが、県内の越知町の横倉山には、
宮内庁からも参考地に指定されている、天皇の陵がありますし、こ
の都にも、ここが安徳の最期の地だという、安徳天皇陵伝説地があ
るのです。

 その名も「白王神社」、つまりは「皇」の字を二つに分けたのが
由来と言われる神社の、由緒書きを読んでみますと、山内神助と名
乗る人物をはじめ、75人の平家の落武者が、安徳天皇とともにこ
の地に住み着いて、一部の者が越知町の横倉山に移った後も、神助
はこの地にとどまって、建久6年(1995年)8月22日に亡く
なった、安徳天皇を看取ったとあります。

 天皇陵の伝説の地や、この神社をはじめ、地域を紹介して下さっ
た方が、神助から数えて46代目の現在のご当主と聞けば、ロマン
はさらに深まりますが、安徳天皇の命日にあたる旧暦の8月22日
には、都おどりが開かれると言います。

 はて、集落が4戸だけとなった今、都おどりはどうしているのだ
ろうか思いましたが、それと同時に、京都の祇園で開かれる、都お
どりが頭に浮かびました。

 こちらは、祇園の歌舞練場と呼ばれる劇場に、芸者さんや舞妓さ
んが勢ぞろいして華やかな踊りを披露する、お花見時の京の風物詩
の一つで、会場には、過疎が進む山里の風景とは、対極をなすよう
な賑わいがあります。

 神助らの一族も、かつては、華やかな都を体験したのかもしれま
せんが、盛者必衰のならいの中で、京都から遠く離れた高知の山中
に、安住の都を求めることになったのでしょう。

 もう一つの都に、もう一つの都おどりがあることを知って、歴史
の深みを感じました。

|

« たとえ話の使い方(4月7日) | トップページ | 裕介さんの部屋(4月9日) »