あの方の消息(4月25日)
25日夜は、女優の司葉子さんを囲む会に同席をして、高知との
ご縁や、映画にまつわるお話を聞きました。
司さんは、知事時代に理事長をしていた牧野記念財団で、理事を
していただいている関係で知り合いましたが、久しぶりに高知に来
られると聞いて、囲む会に同席させてもらいました。
司さんが初めて高知を訪ねたのは、菊田一夫原作のドラマ、「忘
却の花びら」が映画化された昭和32年と言いますから、今から半
世紀以上も昔のことになります。
向かった先は、ロケ地の室戸岬でしたが、高知にはまだ、飛行機
も飛んでいない時代でしたので、地の果てに行く思いがしたそうで
す。
そんなお話を聞きながら、あらためて司さんに目をやると、とて
も、昭和20年代に銀幕にデビューした方とは思えません。
自分自身、還暦を迎えてからは、強がりも込めて、今の日本人の
年齢は七掛けだと言い張っていますが、司さんを見ていると、まさ
に50歳を超えたばかりの感じで、人生七掛け論もまんざらではな
いと独り合点していました。
とはいえ、共演者の中には、鬼籍に入られた方も少なくないので
すが、その中で、昭和37年に引退をされたた原節子さんは、今も
お元気で、司さんとは時々音信があると言います。
原さんは、司さんよりさらにひと回り上ですが、本や新聞を読む
のがお好きで、政治の話題にもものすごく詳しいため、電話をする
と、1時間くらい話をしてしまうとのことでした。
そこで、少し図に乗って、原さんは、なぜ突然引退をしたのかと
聞いてみたのですが、「さあねえ」と、意味深な表情でかわされて
しまいました。
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