裕介さんの部屋(4月9日)
9日午後、7年前に56歳で亡くなった、漫画家の青柳裕介さ
んのお宅を訪ねましたが、部屋中に描かれた絵や文からは、裕介
さんらしい情と優しさが伝わってきました。
酒の飲めない僕にとって、飲み友達になれなかったことは心残
りですが、裕介さんには、生前とてもお世話になりましたので、
この日、香美市にあるお宅を訪ねました。
アトリエを改造した現在のお住まいで、奥さまの香織さんやご
長男とお話をした後、長く裕介さん夫妻が暮らした、別棟の古い
母屋を案内してもらいました。
奥の座敷には、裕介さんと杯を交わした客人が、彼に求められ
るまま描いた絵が、壁や鴨居の上を飾っています。
圧巻は、白壁に直接ペンをふるった、ちばてつやさんの「のた
り松太郎」で、土俵に両手をついて仕切る松太郎が、大きく力強
く描かれていました。
これに対して、玄関に近い居間には、裕介さんが書き残した絵
や文が、所狭しと並んでいます。
なんとトイレの入り口には、「開かずの室」の札が貼られてい
て、手のひらを突き出して入室を拒む男の絵の下には、この部屋
は、何十年もの思い出が詰まっている部屋ですので、お客様の入
室はお断りしますとの文がつけられていました。
「いつも使っていたトイレに、他人が入るのが嫌だったんでし
ょうね」という、香織さんの話に耳を傾けながら、ではお客さん
は、どこで用を足していたのだろうなどと考えていました。
また、天井下の壁には、「酒を口にした後で、人様に電話をす
ることを、我に禁ず」との、3行の文が書かれています。
これは何ですかと尋ねると、香織さんが、「いつもお酒を飲ん
だ後には、知り合いに電話をする癖があったんですけど、ある時
受けた、酔っぱらった知人からの電話が、すごく不愉快だったも
のだから、その後すぐ、自戒の文を壁に書いたんです」と、説明
してくれました。
同じ壁には、病を得てからの思いを綴った紙も、何枚か貼られ
ています。
東京の病院で、余命はわずかと診断された様子は、お医者さん
の絵に「引導」の文字が書き込まれたコマから始まる、ストーリ
ー漫画で表わされています。
さらに、亡くなる一週間前の日付のついた紙には、ベッドの生
活にもようやく慣れてきた、と書いてありますが、その文字に一
つ一つ、立体的に見せるための影が付けられているあたり、プロ
根性は、最後まで衰えることはありませんでした。
川、海、風、木漏れ日、そして入道雲と、ふるさと高知の自然
をこよなく愛した裕介さん、あわせて、少年の日の心を忘れたく
ないと言っていた、無邪気なままの裕介さんの、思いの幾ばくか
を吸い込んで、裕介さんの部屋を後にしました。
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