国の形を考える(5月3日)
この日、施行から61年目を迎えた日本国憲法は、僕とは同い年
になりますので、これを機に、憲法とこれからの国の形について考
えてみました。
戦前の明治憲法を制定するにあたって、政府の命を受けた伊藤博
文が、調査のためにヨーロッパに渡ったのは1882年、それを基
に、大日本帝国憲法が公布されたのが1889年ですから、調査を
始めてから7年の歳月がかけられています。
その際、内容を見てもいないのに、憲法が出来たことに酔いしれ
ている国民の姿を見て、その愚かさを嘆いたのは、本県出身の中江
兆民でした。
また、福沢諭吉は、他の国では、民衆の力の高まりなど、国の大
乱を受けて憲法が制定されているのに、わが国では、そうした大衆
的な高まりがないまま憲法の発布に至ったことに、不安を投げかけ
ていますが、いずれも、明治憲法の制定に至る特質を言い表した、
慨嘆や不安であったと思います。
これに対して、ポツダム宣言を受諾した後、いわゆるマッカーサ
ー草案を含むいくつかの案を基に、現在の日本国憲法が施行された
のが1947年、今から61年前の今日のことですが、こちらは、
敗戦という国の一大事を受けて制定されたという点で、明治憲法と
は違った出自を持っています。
このため以前から、自主憲法を制定しようとの表現で、憲法の改
正を目指す動きがありましたが、現在の憲法が還暦を迎えた昨年5
月に、憲法を改正するのに必要な手続きに関する法律が成立して、
2年後の2010年の5月に、この手続法が施行されることになり
ました。
とはいえ、そのことを、がむしゃらに推し進めてきた安倍政権の
終焉とともに、改正に向けての熱気は薄れつつあるようですが、明
治憲法の制定がそうであったように、憲法の中身を考えることは、
これからの国の形を考えていくことにつながります。
ですから、平和憲法の堅持に異存はありませんが、本格的な地方
主権の実現や地球環境への姿勢、さらには、格差が進む中での生存
権や子供にかかわる視点など、憲法の改正と絡めて議論を深めるべ
き課題は、数多くあると思います。
自分が、いくつまで現役として活動できるかはわかりませんが、
これから数年の間に、憲法を基にした、新しい国の形づくりの議論
が進むかどうかを、関心をもって見守っていきたいものです。
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