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2008/07/14

懲りない人たち(7月11日)

 11日朝刊に、諫早湾の干拓事業をめぐる裁判で、農水省が佐賀地裁の判決を不服として、控訴を決めたことが報じられていましたが、中央の官僚は、どこまで感覚が麻痺しているのかと呆れてしまいました。

 諫早湾の漁民の方々が訴えている内容や、それに対する佐賀地方裁判所の判決の内容は、ここでは省きますが、この事業には、愚かな公共事業の要素が、凝縮しているように思えます。

 その一つは、一度始めたら、どうしても止めたくないという愚かさで、この事業の場合、当初は、湾全体を閉め切って、1万ヘクタール以上の水田を造る計画でした。

 しかし、自らが減反を推し進めた手前、水田にはこだわれませんので、事業を続けるためにと、その後事業の目的を、水源の確保や畑づくりに変えました。

 その計画をさらに縮小した上、主な目的を防災に切り替えて事業を着工したのが、平成の初めのことですが、その経過を見ただけでも、公共事業全体を否定する人に、「公共事業は一度始まったら決して止まらない」という批判の口実を、あえて与えているとしか思えない愚かさです。


 その上、国民の中で、環境問題への関心が年々高まっていることを考えれば、平成9年に水門で湾を閉め切った時に、俗にギロチンと称された工法をとったことは、これまた愚かなことでした。

 この時、国土交通省の幹部は、「うちなら、国民がこぞって反感を覚えるような工法は取らない」と、冷笑していましたが、井の中の蛙の権化のような人たちには、そんな声も届かなかったのでしょう。

 もう一つの愚かさは、費用対効果のアンバランスの愚かさで、事業費の総額は、当初の見込みが1350億だったのに対して、結局は、2倍近い2533億にふくれ上がっていました。

 これに対して、営農している農家の方は、41戸と言いますから、こんな愚かなことを続けていたら、日本の農業に、将来があろうはずがありません。

 訴訟では、さらに控訴して争うとのことですから、こうして時間稼ぎをしている間にも、担当の官僚は次々と退官をして、最後には、誰も責任を取らないままに終わることが目に見えています。

 良識のある人なら誰もが、「あまりにひどすぎませんか」と、言いたくなります。

 実は、農業関係の土木事業をめぐっては、高知県内でも、疑問を感じた事業が多々ありました。

 それは例えば、農業用のダムを作ったものの、手順の不備で利用できないとか、大規模な地滑り対策で、100億円単位の予算が見込まれるのに、利益を受ける農家はごくわずかといった資料を、こともなげに説明するといったケースです。

 後者に関しては、事業の対象になる斜面の下の、ダムに貯まった水が地下水面を押し上げて、地すべりの危険を増しているとしか思えないため、それを尋ねてみました。

 すると、「国土交通省は、そのことを認めようとしないので、それを事業の理由にすることが出来ない。ただ、もし大量の地滑りが起きて、ダムが土砂で埋まったら、防災上も大変な事態になるし、復旧のための経費も莫大になるので、事業はやらざるを得ない。そこで、自分たちの管轄である農業の分野で、数軒の農家を守るためという理屈を作った」という、答えが返ってきました。

 結局は、この事業に着手するよう、国にお願いをする手続きをとりましたが、国と地方の力関係や、縦割り行政の矛盾、さらには、農業土木の狭い視野など、実に多くの問題をはらんだ事例でした。

 たぶん、諫早湾の干拓事業にも、環境のことだけではない、もっと多方面の問題が、潜んでいることと推察をします。

 私は、公共事業は、これまでもこれからも、行政が担う仕事として、とても大切だと思いますが、それだけに、公共事業全体を否定されかねないような愚かさを、漫然と繰り返す官僚の鈍感さには、ただただ呆れるばかりです。

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