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2008年10月

2008/10/13

韓流衰えず(10月9日)

 9日夜、知人の家で、韓流ファンの方々と夕食を共にしましたが、いまだに衰えぬ勢いに、圧倒される思いでした。

 お集まりの女性陣は、主に、5人組のグループ「東方神起」のファンですが、「私はユノが好き」と言われても、こちらは誰のことかピンときません。

 それでも、追っかけぶりの見事さに興味がわいて、色々と質問をしてみました。

 すると、それぞれに、仕事と家庭をお持ちなのですが、金曜日の夜行バスで高知を出て、プサンからソウルへ飛び、2泊3日で月曜日の朝に高知に戻ると、そのまま仕事に出るなど、その意欲は並大抵のものではありません。

 コンサートがウィークデイの場合は、休みを取らないといけませんが、そう度々、親戚や知人を死なすわけにはいきませんので、しばらく前に計画がたてられる時には、結婚式の予定を構えるのだと言います。

 ただ最近では、両親が高齢になってきたため、親の代わりに葬式に出かけるという、新たな口実も使えるようになったそうです。

 そんな話を聞くと、素人の私は、同じメンバーのコンサートなのに、それほどまでにして、繰り返し出かける価値があるのかと思ってしまいますが、一度体験すれば、また次のコンサートを見たくなるのだと、たしなめられてしまいました。

 その中には、韓国渡航歴が15回余りという方もいて、人脈も着々とつちかわれているようですが、大切な人脈の一人は、ペ・ヨンジュンの友人で、ヨン様との面会もかなうとのことでした。

 さらに、韓国滞在中には、東方神起のメンバーの父親がやっている、ピザのお店を訪ねるとのことで、お父さんへのお土産は何がいいだろうかと悩まれていましたが、そんな話を聞いているだけで楽しそうで、とてもうらやましくなりました。

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討論ではないですが(10月7日)

 7日夜、高知市内のホールで、次の衆議院選挙に高知1区から出馬予定の4人が集って、「公開討論会」が開かれました。

 これは、地元の青年会議所が主催したもので、あらかじめ投げかけられた共通の質問に、4人が順番に答えていく形ですので、厳密に言えば「討論」ではありませんが、4人の考え方の違いは、かなり明確に出たと思います。

 その中で一番気になったのは、自民党の現職の方のご意見で、まず始めに、小泉・竹中(平蔵)政権にはひどい目にあったが、ようやく麻生政権が誕生したという話から切り出されます。

 おいおい、小泉政権はあなたの党政権だし、そのご威光で、衆議院では3分の2議席を占めているんじゃないですかと、誰もが言いたくなります。

 続いて、景気対策には公共事業が大切だというお話の例として、高知駅周辺の再開発事業を引き合いに出され、ここにも国のお金が入っていると強調されていました。

 もちろん私も、公共事業の必要性を否定する立場ではありませんし、高知駅周辺で投資をした分は、社会資本としての資産が生まれていますから、資産台帳のバランスは取れていますが、この事業で景気が良くなったかと言えば、そういうものではありません。

 そもそも、バブル経済が崩壊した後、政府は毎年のように大型の補正予算を組んで、地方での公共事業を後押ししましたが、地方に大きな借金を残していった割には、景気を良くする効果はありませんでした。

 そんな中で、日本の景気が上向いたのは、金融機関への公的資金の注入と、中国やアメリカといった外国市場の、好況に支えられたためでした。

 にもかかわらず、市場がまだ閉鎖的だった、何十年も昔の経済学をもとに、公共投資を中心とする景気対策の有効性を語られた上、消費税は一番安定した税なので10パーセントくらいまではと言われますと、どういう脈絡なのかと不安にもなります。

 中でも印象的だったのは、道州制に関するお話で、道州制は、東京など裕福な地域のお金で、地方の借金を消すことが味噌だから、地方は、いくら借金をして事業をしても大丈夫だと言われた点です。

 自分の聞き間違いであれば、お詫びをしないといけませんが、これが本当に、与党の考える道州制の内容であるならば、地方への権限の移譲といった道州制本来の目的は、かけらも感じられませんし、日本をさらに、借金漬けにしても構わないと言っているのと変わりません。
 
 こういう話を聞いていると、自分にとってはいかに厳しい道でも、今の政治が抱えている問題を伝えていかないと、日本はどうしようもなくなるとの思いを強くしました。


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虫も殺さぬ(10月6日)

 6日夜、県内のお寺の住職から伺ったチベットの話を、興味深く聞きました。

 それは、話がダライ・ラマに及んだ時のことで、そう言えば、チベットで仕事をした経験のある人が、こんな話をしていたと、あるエピソードを紹介してくれました。

 その方は、チベットで、土木関係の仕事を手伝っていたのですが、なかなか予定通り仕事が進まないのだそうです。

 といって、仕事をサボっているわけでもないので、理由を調べてみたところ、作業員の人たちが、掘り出した土の中から、虫を一匹ずつ外に取り出していました。

 なるほど、小さな虫とはいえ、殺生をしないために時間がかかるのかと、その方は納得をしました。

 また、食事の際に、ヤギなどの大きな動物の肉は口にしますが、鳥や魚はほとんど食べません。

 これも理由を尋ねると、小さな動物を食べると、何回も殺生を重ねないといけないが、大きな動物なら、一度の殺生で何人もが食べられるからとの答えが、返ってきたと言います。

 この日お会いした住職が、知人から聞いた話、つまりは伝聞の伝聞ですから、本当のことかどうかの確認はとれませんが、そうであれば、今の時代にも、こうした生き方をしている人たちがいることは、すごいことだと思いました。

 と同時に、こんな話を聞いた時に、少なくとも、なんて馬鹿な事をするんだろうなどと思わない子供を育てたいものですねと、住職と話があいました。


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吉兆でしょうか(9月27日)

 27日、手もとに届いた封筒から出てきたのは、半世紀も前の、橋本家にまつわる懐かしい書類の数々でした。

 この話の予兆は、数日前に、高知の事務所にかかってきた一本の電話でした。

 匿名でしたが、電話の主は、購入した骨董品の中から、私の父や兄に関する、領収書類が出てきたと話したというのです。

 電話を受けたスタッフは、領収書という言葉が耳に残ったため、初めは詐欺かゆすりかと思ったようですが、匿名の電話で、それ以上は追及のしようがないため、この件は、そのままになったいました。

 この日、事務所宛てに届いた、表に親展と書かれた封書を開けると、それは、匿名の電話の主からのものでした。

 「前略、突然の御連絡失礼します」の書き出しで始まる、ワープロ打ちの手紙には、しばらく前に、都内で開催された骨董市で、手文庫(船箪笥)を購入したところ、その中から、父宛の領収書や名刺箱など、多数の書類が出てきたことが綴られていました。

 その一部が同封されていましたが、いずれも、昭和30年代の前半、私が、小学校の6年生の頃のものばかりです。

 中には、私の小学校の授業料の領収書の他、慶応義塾創立百年記念の建設資金に寄付をした、父の筆跡の申込書もありました。

 これは、その時に兄が、慶応大学の2年生だったからですが、申込書の在学子弟の欄には、父の字で、長男・橋本龍太郎と書かれていますので、それから50年たって、今年創立150年を迎える慶応義塾にとっては、ちょっとした記念になるかもと思いました。

 この他にも、私の小学校の同級生に送った、チョコレートやキャンディーの御進物配達控えなど、これほど細かいものを、よくも残していたものだと、母の几帳面ぶりに驚かされました。

 何度も手にして眺めながら、懐かしさがひとしおでしたが、総選挙への挑戦を前に、何かの吉兆かもしれません。

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残したもの(9月26日)

 26日の朝刊に、小泉元総理の政界引退が伝えられていましたが、好き嫌いで言えば、小泉さんは好きな政治家でした。

 好きな理由は単純で、人間的に憎めない、その上、従来の政治家とは違った、独特の明るい雰囲気を持っているからです。

 では、仕事の面ではどうだったかですが、兄龍太郎のように、全体像を描いた上で、順を追って仕事を進めていく手法ではなく、つまみ食い的に改革を手掛けるタイプでした。

 それだけに、同じ改革と言っても、まどろっこしさを感じさせない分かりやすさがあって、それが、多くの国民の関心を引き寄せました。

 その仕事の中には、結果に首をかしげたくなるものがありますし、特に地方から見ると、昔から伝わってきた地域の大切なものが、次々と崩れていったという印象もあります。

 しかし、荒っぽいまでの割り切りと、相当な副作用抜きには突き崩せなかったくらい、旧来からのシステムは、地域の隅々にまでしみ込んでいました。

 ですから、この時代に、小泉さんのような政治家が出なかったなら、世界の市場が一つに結びついたボーダレス型の経済の中で、日本は埋没していただろうと思います。

 今後は、副作用に負けない体力を、作らないといけないわけですが、そんな時に、公共投資だ景気対策だという新総理が誕生していますので、自民党の時代感覚は、一気に何代も何十年も、遡ってしまったように感じられます。

 どちらの道が、国民にとってプラスになるか、それはやがてわかることですが、同じ党の中に、これほどの捻じれが温存されているのも、何とも不思議な現象です。 


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優しさと強さと夢(9月23日)

 23日は、高知市内のホテルで、支援者の方々に声をかけた、「チーム大二郎」の会を開きましたが、あわせて、「優しさと強さと夢」と題した、「大二郎の旗」の第二章が出来あがりました。

 このブログの7月1日の欄で、兄の3回忌にあわせて、国政を目指すにあたっての、政治家としての理念と基本政策をまとめた、「大二郎の旗」の第一章を、「たった一人での旅立ち」という副題のもとに発表したことを報告しました。 

 正直を言ってその時は、第一章ときばってはみたものの、第二章を書くほどの気力が満ちていたわけではなかったのですが、その後の政治の展開を見ているうちに、やはり第二章を書かないとと、気持ちが盛り上がってきました。

 第二章の副題に使った「優しさと強さと夢」は、以前から色紙などを書くときに使っている、自分自身の言葉ですが、第一章が、政策中心で堅苦しい内容になっているのに対して、仕事の進め方や手法を、分かりやすくまとめました。

 第一章と第二章は、それぞれ、自分のホームページにアップしていますので、是非一度、目を通してみて下さい。http://daichanzeyo.la.coocan.jp

 また、この日の会合の挨拶の中で、福田総理の突然の退任から自民党の総裁選挙、さらには、その後の政治の動きに対する受けとめをはじめ、自分の思いのたけを述べました。

 この内容も、動画とあわせて、ホームページに載せますので、ぜひご覧ください。


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