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2009年3月

2009/03/29

引き際合戦(3月24日)

 24日夜、公設第一秘書の起訴を受けて、代表続投を表明する民主党の小沢さんの会見を見ていて、与野党ともに、党首の引き際だけが政治的なインパクトになりそうな、いわく言い難い政治状況を感じました。

 この事件に対する、検察の狙いや思惑がどこにあったのかは、まったくわかりませんが、小沢さんは一貫して、身の潔白とともに、検察の捜査の進め方には納得がいかないと、主張されています。

 その受けとめ方は、自民党の古い体質の中で育ってこられたという、政治家としての経歴から見れば、わからないではありませんが、国民の目線を前提にした時には、大いに疑問があります。

 また、その小沢さんの考え方を、機関として受け入れてしまった民主党の対応にも、かなりの疑問を感じます。

 というのも、政治家と金にまつわる問題に対する国民の目は、10年前や20年前に比べて、一層厳しいものになっているからです。

 ですから、法にのっとって記載をしているという説明で、十分に納得する人は少ないでしょう。

 少し言い過ぎかもしれませんが、多くの国民にとっては、起訴された秘書が、裁判の結果有罪になるかどうかも、あまり重要ではないと思います。

 それよりも、これまでも、談合へのかかわりなどが指摘された、公共事業にかかわる企業から、数千万円もの巨額の献金を受けていたという事実を前に、多くの人は、なぜこんなに多くのお金を、企業は献金をしたのだろうか、また、もらった側は、それを何に使ったのだろうかといったことに関心を持つはずです。

 加えて、その説明がなければ、自民党の古い体質と決別をして、官僚主導ではない、国民主導の政治を実現するという主張そのものが、根底から揺らぎかねないことになります。

 せっかく、政権交代を目指しているのですから、小沢さんはもちろんのこと、民主党にも、こうしたことに、もっと敏感になってほしいと思うのです。

 このままでは、国民の声の動向によっては、小沢さんがいつ代表を辞めるのかが、興味の焦点になりかねません。

 世論の動向がわかったらすぐに反応するのか、それとも、選挙の直前が有利なのかといった、選択肢になっていきます。

 一方の麻生さんも、今後どうなっていくかわかりませんから、こちらも、党首が誰かに代わるとしたら、いつが有利かといった話になりかねません。

 そうなると、この国の進むべき方向とか、あるべき国の形といった、まともな議論は吹き飛んで、双方の引き際の時期と、それに合わせた、世の中におもねるばらまき政策だけが、政治的なインパクトになるという、極めていびつな状況に陥ってしまいます。

 二つのものの対立は、オバマとヒラリーのように、どちらを選ぶのかという前向きの選択では、大きなエネルギーになりますが、どちらが先に辞めるのかといった、引き際合戦になった場合には、国のエネルギーはどうなるのかと不安をおぼえました。

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東京芸大に華道科を(3月23日)

 23日午後、東京のある画廊の店主から、東京芸大に、華道や書道を教える学科を設けるべきだとの、提案を受けました。

 この画廊は、古美術から西欧の絵画まで、幅広く扱っていますが、アニメ風の絵画をふくめた、現代美術を主体にしていますので、ご当主に、日本の現代美術の、世界の中での評価を聞いてみました。

 すると、政治の世界をはじめ、国の進むべき道筋が示されていないため、美術の世界も、幹になる流れが定まっていないという、答えが返ってきました。

 だから、本流がないまま、漫画やアニメなどのサブカルチャーが、文字通り補助的な文化の世界で、評価を受けている現状だと言います。

 その上で、この方は、日本の伝統的な文化をもう一度見直して、後世に引き継いでいく必要があるとの、持論を展開されます。

 その中で出てきたのが、東京芸術大学には、琴や三味線、鼓といった、和楽器を教える学科はあっても、生け花や書道の筆使いを、教える学科がないという指摘でした。

 聞けば、花を生けることを、芸術にまで高めたのは日本だけで、西洋人が最も評価するのも、生け花の文化だと言います。

 また、毛筆の筆使いの技の継承も、書道の団体にまかせっぱなしで、国としての対応がないため、水墨画の技量も、中国の若手に、まったくかなわない現状になっていると、店主は嘆いていました。

 私も、文化省を設けて、日本の文化を守り育てるとともに、それを世界に発信していくことを、政治的な主張の一つに加えていますので、画廊の店主の話を、うなずきながら聞いていましたが、東京芸大の学科までは、思いが至りませんでした。

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教誨師の立場(3月22日)

 22日夜、東京で、仏教のある宗派の僧侶の方々とお話をする中で、裁判員制度をめぐる、僧侶ならではのお悩みを聞きました。

 どの宗派でも同じかと思いますが、宗派の重要事項を審議するために、一般の議会に当たる宗派の会議があります。

 この宗派では、年に2回、30人の議員が集って、4~5日間の会議が開かれますが、その都度、宗務部長に対して、様々な質問が飛ぶのだそうです。

 そこで、前回の会議ではどんな質問が出ましたかと伺うと、裁判員制度に絡んで、裁判員への就任を要請する通知がきた時に、これを受けるかどうかを、宗派として決めておくべきではないかといった、質問が出たと言います。

 すると、同席されていた別の僧侶からは、「そう言えば、神社本庁は、指名を受けることを通知したらしい」、「それは、神道には教学がないからだろう」など、様々な声が飛び交いました。

 その中で、ある方が、僧侶の中には、死刑囚を含めた受刑者を教え諭す、教誨師を務めている者がいるので、教誨師をしながら、犯罪者の刑を決める側に立つことに、立場の上での悩みがあるといった話をされました。

 それを受けて、出所後の人のお世話をする、保護司をされている方からも、同じような悩みが聞かれました。

 教誨師や保護司をしていることが、裁判員の指名を断る理由になるかどうかまでは調べていませんが、こうした、立場の上での悩みは、他の分野にも、あり得ることだろうなと感じました。

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不景気でよかったね(3月20日)

 20日午後、高知市内で開かれた、ある勉強会に参加しましたが、政治を志す者としては、なかなか悩ましい思いにもかられました。

 この勉強会は、地球環境の危機や、経済のゆきづまりが指摘される中で、命や福祉、環境などの問題に、どう向き合っていくかを考えようという会で、講師を囲んで、県の内外から30人ほどが参加しました。

 悩ましいと表現したのは、経済の指標に関する考え方で、ブータンの国王が、GNP・国民総生産に代わって提唱された、GNH・国民総幸福を取り入れようと主張されます。

 もちろん、資本主義の暴走が、どんな結果をもたらすかが露呈した現在、それに歯止めをかけるための精神面での運動として、国民総幸福の概念を取り入れることに異存はありませんが、それを、経済的な指標にするとなれば、幸福という主観的な心理を、客観的な数値に置き換えないといけなくなります。

 それに加えて、講師の先生からは、景気が悪くなって、経済成長がとまったことは、環境の面ではもちろんのこと、暮らしにとっても良いことだ、といったお話がありました。

 経済成長が、そのまま暮らしの幸せにつながるのかといった、全体的な話の流れからすれば、言われることの趣旨はよくわかるのですが、選挙に出ようという立場からは、単純にそうだそうだとは言いにくい、悩ましさがあります。

 数週間前にも、市内の手作りのお弁当屋さんを訪ねた時、お店のご主人から、トヨタが生産と人員の削減を発表したら、その後、売り上げが2割方減ったという話を聞きました。

 風が吹けば桶屋が何とやらの逆で、トヨタが風邪をひけば、高知のお弁当屋さんもくしゃみをするといった、まさに不景気心理学の方程式のような話ですが、選挙に出る身としては、こんな話を聞いた時に、「それは良かったですね。こうして売上が落ちることが、みんなの幸せにつながるんですよ」とは、言い難いものがあります。

 などなどの悩ましさを感じながらも、その一方で、さりとて、暴走する資本主義に歯止めをかけるためには、意識の変革とともに、別の枠組みが必要だと、頭をめぐらしてみました。

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焼き物の世界(3月19日)

 19日夜、久しぶりに高知を訪れた、知り合いの陶芸家のご一家と、あれやこれやのよもやま話に、花を咲かせました。

 ご一家とは、高知県知事になった頃からのお付き合いですが、やはり陶芸の道を歩んでいる息子さんの,展示会が高知で開かれるのを機会に、市内の居酒屋で一緒に食事をすることにしました。

 いつしか話題は、テレビの鑑定団のことになりましたので、評価されたくらいの値段で売れるものなのかと聞きますと、そうはいかないとの返事です。

 それは、鑑定が間違っているということではなく、住宅の構造が変わって、掛け軸や陶芸品を飾って、楽しむスペースがなくなったため、そもそもの需要が少なくなったからといった意味ですが、その結果、あの番組で一躍有名になった鑑定人の方も、ご自分の店をたたまざるを得なかったといいます。

 というのも、自分で店を構えながら、テレビに出品される作品に値段をつけていると、お客さんから、あなたがつけた値段で買ってくれと言われた時に、断れなくなるからだそうですが、その話を聞いていて、確かに、ものの価値と流通する価格とは、違うだろうなと思いました。

 また、一部のものを除けば、時代が古くなるほど高い値段がつくわけではないそうで、だから、新しい作家が育って、次の時代に文化が継承されるのだという解説でした。

 一方、何年も前にお買い求めをいただいた自分の作品が、再び市場に出回って、それを手に入れた業者から、買い戻しをしませんかと、持ちかけられるケースもあるそうです。

 昔の作品が、安い価格で市場に出たら、新しい作品にも影響が出るでしょうという意味のようですが、なるほど、どの世界にも、部外者の気がつかない、背景事情があるものだと思いました。

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ブラジル移民再びか(3月16日)

 16日夜、大阪市内で、高校や大学の同窓生にあたる、同年代の企業幹部や研究者から、経済の今後の見通しなどを聞きました。

 この会は、中学・高校からの親友が段取ってくれたもので、メーカーをはじめ、エネルギー関係や商社、金融など、各分野の企業の幹部や研究者が顔をそろえました。

 話題は多岐にわたりましたが、その中で、製造業の雇用が、今後どれだけ国内に残るかをめぐって、異なった意見が聞かれました。

 金融機関の方は、自動車も電気も、国内に工場を残したくないのが本音だから、いずれ、部品は東南アジアで、組み立てはブラジルでというように、国内の雇用が失われていくのは必至だと予想します。

 この方は昨年、移民百周年を迎えたブラジルを訪ねて、移民の記念館を見学したそうですが、展示の写真などを見ながら、雇用の場を失った日本人が、再びブラジルに移住する日が来るのではないかと、感じたということでした。

 ところが、その話を聞いていた大手メーカーの幹部は、そうはいっても、自動車メーカーも、エンジンなどの心臓部は、ほとんどを国内で作っているし、中小企業の技術力も高いので、雇用を保つ力は結構強いのではと反論します。

 また、そうした点が、トップの企業は世界的な競争力を持っていても、それを支える中小の産業群と、技術力の集積が弱いと言われる、韓国との違いだと言うのです。

 この他、燃料電池や電気自動車など、日本が技術的に強みを持っている分野を、いかに伸ばすかについても、興味ある話が聞けましたが、いずれにしろ、国が明確な戦略を持てるかどうかに、将来の、ブラジル移民再開の可能性がかかっていそうです。

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編集会議に飛び入り参加(3月14日)

 14日午後、昨年12月に亡くなった知人が、通しのタイトルで長年書きためたメールを、1冊の本にまとめるための編集会議に、飛び入り参加しました。

 この方は、筑波大学で、触媒化学を専門にされた研究者ですが、縁あって、高知県の産業振興センターのコーディネーターとして、8年半にわたって、活躍されました。

 そのお仕事ぶりは、地域の産物や科学技術を、産業化に結びつけることはもちろん、時には、人と人とを結びつけるなど、専門の触媒化学を越えて、地域活性の触媒と呼ぶのにふさわしいものでした。

 ところが、昨年の夏に進行性のガンが見つかって、病院では手の打ちようがないと告知されたため、医学的な治療をやめて、自然の治癒力を高めるワークショップに参加されていましたが、残念ながら、昨年の暮れに他界されました。

 最後にお目にかかったのは、亡くなるしばらく前、高知の桂浜で開かれた、ある会合の席でのことでしたが、その時にも、ハッピートマトという高知のトマトで作った、お酒の試作品を持ってこられていて、最後まで、高知の産物と技術を、いかにしてビジネスに生かすかに、情熱を傾けておられました。

 この方が、バイオマス通信という、通しのタイトルで書き続けたメールは、知事時代の私のもとにも、毎週のように送られてきていましたが、しのぶ会が開かれるのを機会に、1冊の本にまとめようということになって、この日、編纂委員会のメンバーにあたる方々が集まって、編集会議が開かれました。

 私は、飛び入り参加の立場でしたが、メールをそのまま時系列に綴じるだけでは、もったいないような気がして、編集の味付けの仕方などについて、思いつきを話してしまいました。

 そんな参加者の会話の中で、それにしても、思ったことをストレートに口にしていた人なのに、誰にも嫌われなかったねと、そのお人柄が話題になりました。

 すると、ある方が、「天真爛漫というのか、傍若無人というのかわからないが」と言われた上で、その二つの言葉の違いを説明されたのですが、その二つを分ける基準は、なかなか興味深いものでした。

 それは、背景の事情を知らないまま、思ったことをずばずばと言うのが天真爛漫、逆に、事情を知っていながら、平気でずばずばと発言するのが傍若無人というものです。

 その説明を、なるほどと思って聞きながら、この分類でいえば、この話の主は、傍若無人に入るのだろうかと考えているうちに、編集の方向もひと通りまとまりました。

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2009/03/16

矜持とは(3月13日)

 13日夜のテレビニュースで、知りあいのジャーナリストが取材した、ソマリアからのリポートを見て、おっしゃる通りだと思いました。

 このリポートは、昨年知りあった国際ジャーナリストの方が、ソマリアの国内を取材したルポで、この日政府が、海上自衛隊の艦船を、自衛隊法に定められた海上警備の一環として、海賊が出没する、ソマリア沖へ派遣することを決定したのを受けて、夜のニュース番組の冒頭に、ご本人のインタビュー入りで放送されました。

 レポートを見ていますと、無政府状態と言われるほど治安の悪い場所で、どうやって取材の安全を担保したのだろうかとか、どんな所に泊っていたのだろうかなど、内容とは直接関係のないことに、まず関心がいってしまいます。

 それはともかく、リポートで伝えられたことは、貧しさにともなう、食料や医療品の絶対的な不足で、海賊といっても、もともとは、食べていけなくなった沿岸の漁民らが、海賊化したものだから、絶対的な貧困の解消に手助けをしない限り、いくら軍艦を出して、目先の海賊を追い払っても、次々と予備軍が出てくるということでした。

 国内では、中国をはじめ世界の国々が、ソマリア沖に艦船を送っているのだから、日本が送るのも当然だという議論が、まかり通っていますが、中国などの超大国に左右されることなく、わが国ならではの支援策を、打ち出せないものなのかと歯がゆく感じます。

 世界の流れだから仕方がないと、ただただ追随するのではなく、これが日本の考え方だと指し示すことこそが、まさしく矜持で、定額給付金を受け取るかどうかといったチンマイことに、矜持という言葉を使ってほしくはなかったと思います。


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2009/03/13

どっちもどっち(3月8日)

 8日のテレビ番組に出演した河村官房長官が、西松建設の事件にからんで、政府高官の名で伝えられたオフレコ発言の主が、漆間官房副長官だったことを明らかにしたとの報道を見て、どっちもどっちだと呆れてしまいました。

 オフレコとは、記録に残さないこと、つまり、メモも録音もとらないことを条件に、記者が、取材対象の人の話を聞くという意味ですが、私も、NHKの記者として宮内庁を担当していた当時、長官や侍従長、さらには、東宮大夫や東宮侍従長との取材で、オフレコの懇談を山ほど経験しました。

 とはいえ、記者クラブに帰ってきたら、早速メモ帳を取り出して、頭に叩き込んだ内容をメモに起こしていましたし、何かの際に原稿を書く時には、こうして書きためた情報を、誰の発言かはわからないようにして、原稿の中に織り込んだものでした。

 ただ、宮内庁での経験に限らず、オフレコの懇談とはいっても、オフレコを原則にするほど、機密性の高い内容のある話を聞くことは、あまりありませんでしたし、そもそも、取材力のある記者も、そうでない記者も一緒にして、記者クラブの全員を相手に、オフレコを条件に話をするという感覚が、自分には、よく理解できませんでした。

 ですから、知事として、取材される立場に変わってからは、記者クラブとの懇談の席でも、個別の記者の取材を受ける時でも、自分の発言は、原則としてすべてオープンにしていました。

 そんなわけで、西松建設に関わる事件の捜査は、自民党には及ばないと言ったとされる、某氏のオフレコ発言を、「政府高官」の発言として伝える記事を見ていて、相変わらずの体質だなと思っていたのですが、そんな、お互いの都合で作っている慣例を、官房長官が、自ら率先して破ってしまったのには、正直呆れました。

 それと裏腹の関係にありますが、これだけの問題発言を、記者クラブのルールを破って除名になるのが怖いあまり、問題発言の主が誰かを、読者に率先して明らかにすることができないまま、「政府高官」の一人である官房長官に、先に種あかしをされてしまう体たらくにも呆れました。

 辞任した、中川前財務大臣のしどろもどろ会見を、自ら指弾できなかった、日本の記者クラブの体質といい、政治の側の劣化だけでなく、それを伝える側の対応も、最近ひど過ぎないかと思います。

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みんな笑いたい(3月6日)

 6日夜、高知市内のホールで開かれた、高知出身の落語家の、一門の会を聞きに出かけました。

 今年41歳になるこの落語家は、高座名を瀧川鯉朝という、高知県出身では初めての真打です。

 お父様が元県の幹部職員だったこともあって、3年前の5月に真打に昇進した当時から、おつきあいをいただいていますが、初めて一門の会を開くと聞いて、会場に足を運びました。

 とはいえ、高知で寄席が催されるのは珍しいことですので、どれだけの人が集まるだろうかと気がかりでしたし、鯉朝さん自身も、「2~3人のお客さんの前で、一席やることになるかと思った」と、客足の心配を高座のネタに使っていましたが、案ずるより産むがやすしの諺のとおり、千席余りのホールはほぼ満席の盛況でした。

 鯉朝さんは、小柄な体に眼鏡をかけた風貌からか、「笑点」のメンバーで兄弟子にあたる春風亭昇太さんから、「昆虫くん」というニックネームを授かったそうですが、古典から新作まで、その実力は高く評価されています。

 私のラバさんで始まる、「酋長の娘」の出囃子にのって、高座に登場した鯉朝さんは、宿に長逗留をしていた無一文の客が、実は左甚五郎だったという、「竹の水仙」という得意の出し物を熱演しました。

 この夜の出演者は、鯉朝さんや、師匠の瀧川鯉昇さんら6人で、会場は、終始楽しそうな笑い声に包まれました。

 会がはねた後、ある方が言われた、「みんな笑いたがっているんだね」という言葉に、思わずうなずいてしまいましたが、その後の懇親の場で聞いた話では、笑いたがっている人が多いのは全国共通で、東京の寄席でも、正午の開場に対して、11時頃から列ができるため、立ち見も出る状況だと言います。

 ただ、これはかなり以前からの傾向で、不況のせいではないようですが、「みんなが笑いたがっている」状況は、まさに時代の雰囲気なのかもしれません。

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2009/03/06

小沢さんのこと(3月5日)

 5日朝、民主党の小沢代表の、公設の第一秘書が逮捕されたとの報道を見ていて、小沢さんをめぐるあれこれを、思い起こしました。

 小沢さんと、初めてゆっくりと話をしたのは、今から18年前、平成3年の初夏のことでした。

 当時小沢さんは、自民党の幹事長として、飛ぶ鳥を落とす勢いでしたが、その席に同席をされたのは、現在の民主党の幹事長、鳩山由紀夫さんと、今は総務大臣を務める、弟の邦夫さんの兄弟でした。

 用件は、その翌年に予定されていた参議院選挙で、自民党の候補として、東京選挙区から出ないかというお誘いです。

 ところが、すでにその時には、高知県の知事選挙に出馬することを、心に決めていましたので、そのお誘いはお断りしました。

 今回の小沢さんの政治資金をめぐる問題で、邦夫さんが小沢さんを攻め、最大野党の幹事長になった由紀夫さんが、党首を信じると語る姿を見ていると、18年の歳月の経過があれば、どんな変化も許されるのかと、不思議な思いに駆られます。

 現在私は、次の衆議院選挙に挑戦する準備を進めていますが、現在の自民党とも民主党とも違う立場で、新しい政治と国の形を、示していきたいと考えていますので、無所属での出馬を予定しています。

 このため、民主党の幹部からは、再三にわたって、民主党から立候補しないかと誘われました。

 最後のお誘いは、去年の夏、鳩山幹事長からでしたが、その席で鳩山さんが、「橋本さんが、小沢と自治労が嫌いなことはよくわかっているが、それには少し目をつぶって、一緒に戦ってくれないか」と言われますので、別に小沢さんが嫌いなわけではない、と申し上げました。

 その言葉の通り、小沢さんが嫌いでも何でもありませんが、小沢さんを取り巻く環境や、小沢さん自身の時代感覚が、18年前のあの日と、さほど変わっていないと思えることに、私は、いわく言い難い不安を感じるのです。

 今回のような事件が起きてから、あらためてこんな表現を使うのは、後づけの説明のようで、潔くないことかもしれませんが、小沢さんが5日の記者会見で、強く潔白を主張されたのを見て、あえて、ひと言ふれてみたいと思いました。

 今回の事件の流れを見ていて、小沢さんには、自らの周辺にいる人物と建設業界との関係や、業界の方々の政治家を見る目、また、その世界のこれまでの常識に対する、世間の厳しい目と、それを受けての、検察の判断の変化を、敏感に感じとる感覚がおありだろうかと、失礼ながら不安を感じるのです。

 ただ、この不安がもたらす動揺は、小沢代表の政治生命だけでなく、自民党の現状に呆れはてて、何らかの変化に期待を寄せる多くの国民にも、多大の影響を与えかねないだけに、重大な意味を含んでいます。

 強気の記者会見とは裏腹に、逮捕された秘書は、実体的には企業からの献金だと、認識していたと考えるのが、普通の受けとめ方でしょう。

 とはいえ、それだけなら、額があまりにも多いという問題はあるにせよ、企業からの献金を、政治団体からの寄付に見せかけて、収支報告に記載したという、一種の形式犯に過ぎません。

 ですから、それだけなら、総選挙を目前に控えたこの時期に、検察がここまでは踏み込まないだろうと考えるのも、これまた普通の受けとめ方です。

 では、その背景に何があるのかですが、私は二つのことを感じています。

 その一つは、企業がダミーで作った政治団体を通じて、実体的には企業献金に当たる資金を、そうではないように見せかけて、政治家個人の政治団体に寄付をしたという、政治資金規正法の、脱法行為に関することです。

 推測をするに、こうした脱法行為は、西松建設だけでなく、さらには建設業界だけでなく、企業献金の隠れ蓑として、広く使われている手法なのではないでしょうか。

 今回の強制捜査には、このような脱法行為を、今後は断固見逃さないという、強いメッセージが込められているのではないかというのが、この事件を通じて、私が感じたことの一つです。

 もう一つは、献金の見返りに関することで、小沢代表は、便宜供与はなかったし、もしそんなことがあるのなら、甘んじて捜査を受けると、記者会見の中で述べています。

 確かに、小沢さんの認識の範囲では、口利きや便宜供与はなかったという主張は、その通りだろう思いますが、問題はそれ程単純ではありません。

 というのも、献金に対して見返りの便宜供与がある場合、便宜を与えた側に職務権限があれば、贈収賄になりますが、そもそも国会議員には、国土交通省の官僚や首長が持っているような、公共事業を発注するにあたっての、職務権限はありません。

 また、競争入札である以上は、首長であっても、業界で噂される談合にまで入り込まない限り、業者の選定に、権限を行使することなどできません。

 それなのに、企業の側は、なぜ多額の献金をするのでしょうか。

 これも推測の域を出ませんが、職務権限などなくても、ある種のカリスマを持つ人物に多額の献金を積むことが、談合の中での、発言権を増すことにつながるといった慣習が、業界の中にあるのではないかと感じます。

 司法当局はある時期から、それまでは、どちらかと言えば大目に見てきた、談合という風習に、公正取引委員会と連携して、厳しく対応するようになってきました。

 さらに、それを一歩進めて、職務権限なき贈収賄的な行為を、政治資金規正法の形式犯を立証する過程の中で、あぶりだしていこうという意思が、隠されているように私には思えます。

 誤解をされてはいけませんので、明確にお断りをしておきますが、小沢代表が、贈収賄的な行為をしたと言っているわけではありません。

 政治家本人はもちろん、事務所の関係者にさえ、その認識がなくても、業界独特の慣習の中で、勝手に談合の材料に使われる献金があるのではないかというのが、私の憶測です。

 また、そうした疑いのある資金との関わりを、政治家は、今後一切断っていくべきだというのが、この捜査の暗示ではないでしょうか。

 こうした、自分勝手な解釈でこの事件を見る限り、小沢代表の会見の内容も、それを是として、疑問の声も批判の声の出ない民主党の現状も、時代感覚とは、ずれがありはしないかと不安が募りました。

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病気慣れ(3月4日)

 4日昼、入院中の知人を見舞いましたが、病気慣れと呼ぶにふさわしい数々の病歴に、感心してしまいました。

 この方は、C型肝炎に起因する肝臓のガンで入院中ですが、これまでに経験した病気の経験は、半端ではありません。

 まずは,C型肝炎とのおつきあいで、インターフェロンの投与の後、間質性肺炎にかかったため、医師からは、もうこれ以上、インターフェロンを使った治療は出来ないと言い渡されます。

 このため、だましだましの毎日でしたが、一日にタバコを3箱、お酒が入ると4箱になるというヘビースモーカーだったため、心筋梗塞を患います。

 それでも、最初に痛みが来た時には、翌日の朝にでも病院に行こうかと、余裕を見せていたそうですが、そのうち、針に刺されたような鋭い痛みに襲われたため、たまらず119番をしたそうです。

 その際も、手術そのものは、さほど苦しくはありませんでしたが、ヘビースモーカーゆえに、血管の中にたまったタールをこそぎ取る処置が、たまらなく痛かったため、これが、タバコをやめる理由になったと言います。

 そして、今回の入院のきっかけになったのが、1月初めに起きた静脈瘤の破裂でしたが、その日も、2回にわたって血便を疑って、奥さんと娘さんに見てもらったものの、もみじおろしの食べ過ぎじゃないのなどと、病気慣れしたご家族ゆえか、その段階では、不問に付されてしましました。

 ところが、夜中になって、口の中がぬるっとしたためトイレに行くと、鮮血が口から流れ出ました。

 ただ、それくらいではじたばたしないのが、病気慣れのすごさで、この時も、翌朝に病院に行こうと、一度は床についたのだそうです。

 ところが、床の中でむかつきに襲われて、あわててトイレに飛び込むと、今度は鮮血が、壁を汚すほどの勢いで飛び散って、それとともに、足腰の力がへなへなとなえました。

 今度こそ救急車を呼んで、救急隊員に運んでもらったのですが、それでも、一命をとりとめるあたりはさすがです。

 この日、病室を見舞ってお話を聞くと、ガンがいくつもあるし、毛細血管が集まった、肝門脈の近くに病巣があるため、生体肝の移植も難しいなどと、実に淡々と病状を分析されますので、これはすごい精神力だと、感心すること仕切りでした。

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後日談(2月28日)

 28日夜、異業種の人たちが集った懇親の場で、中川前財務大臣の辞任をネタにした、後日談の数々が話題になりました。

 中川さんのしどろもどろの会見は、映像的にもかなりのインパクトがありましたから、かなりの時間がたった今も、酒席では格好の話題になります。

 その一つは、ゲームソフトで、何でもゲームにしてしまう話題づくりのプロが、中川キャラの主人公が、バーチャルの記者会見で、眠さをこらえながら記者の質問に答えていくというゲームを開発した話が、しばし座をにぎわせました。

 すると、お酒に関わる仕事をしている方が、中川さんをネタにした清酒を造れば売れるのでは、という話を紹介します。

 といっても、お酒の中身ではなく、ラベルでの勝負なのですが、お酒の名前は「中川」で、大吟醸の代わりに「大臣醸」と銘打ちます。

 さらに、ラベルの左肩に、「薬と一緒には飲まないで下さい」と注意書きを書けば、当たるだろうというのが話の落ちでした。

 もう一つは、あの記者会見は、わが身を捨てて円安を誘導することで、輸出企業の窮状を救おうとした、究極の芝居だったという、あまりにもうがち過ぎた話です。

 確かに、中川さんの記者会見によって、日本経済や円に対する信用が薄らいだため、辞任をきっかけに、円は一気に3円ほど円安に振れましたが、そんな離れ業のできる政治家や役人がいれば、わが国も、こんな状況になっていなかっただろうと考えれば、答えは自ずと明らかです。

 この他にも、大臣の追い落としを狙った、財務省の役人による陰謀説など、後日談は多々ありましたが、これだけの話題になれば、大臣の座を棒に振っても、もって瞑すべしでしょうか。

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不景気の風とあかり(2月25日)

 25日夜、東京から来た友人を囲んで、高知の企業経営者とと話す中で、いずこも同じかと思う話を耳にしました。

 東京から来た友人は、中学・高校時代の同級生ですが、高知に進出しているある企業と、仕事を通じてのおつきあいがあるため、その企業の会長とともに、3人で食事をすることになりました。

 今の時代ですので、話と言えば、不景気にまつわる話が避けられません。

 高知の企業の方は、ちょうど東京の出張から帰ったばかりでしたので、ホテルも街もガラガラで、東京の落ち込みも並大抵ではないと、出張中に感じた実感を語られていました。

 友人によると、銀座の夜の街も不景気風は同様で、店じまいしたところも数多いそうですが、店名を書いた、看板の灯が消えると寂しくなるため、ビルのオーナーが、ビルの脇の看板だけは、灯をつけたままにしているところが多いと言います。

 その話で思い出したのは、高知の中心地にある、ビルの屋上のネオンのことでした。

 このビルの屋上には、県外のあるメーカーの、広告用のネオンが取りつけられていますが、この企業からは、年間の支払いが厳しくなったので、契約を打ち切りたいと通告を受けたのだそうです。

 ただ、高知市の中心地が、夜中に暗がりになったのでは、あまりに寂しかろうと気づかったビルの持ち主が、広告料はいらないから、電気代だけは負担してくれとそのメーカーに頼み込んで、屋上のネオンを消さずに続けているという話でした。

 もちろん、高知の夜の街の中にも、店はたたんでいても、看板のライトだけはつけているという場所が、数々ありますので、ネオンや看板のあかりにも、道行く人の気持ちを暗くしないようにとの、思いやりが込められているわけです。

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