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2009年5月

2009/05/25

地球人生のパスポート(5月24日)

 24日午後、先日53歳の若さでこの世を去った、知人の女性のお別れ会に出席しましたが、彼女が、以前からご主人には、自分の地球人生のパスポートは、有効期限が59年だと言っていたと聞いて、いわく言い難い不思議なものを感じました。

 20歳の時、台湾から来日した彼女は、縁あって、同じく菜食主義者だったご主人と結ばれ、彼の故郷である高知に移り住みました。

 私との初めての出会いは、18年前、高知県の知事選挙に出馬するため、高知に越してきて間もない頃のことで、高知市内のある神社の前で、ご夫妻から、声をかけられました。

 台湾出身の奥さまはもちろん、ご主人も中国語が堪能でしたので、知事になってからも、国際交流の活動や、中国出張の際の通訳の仕事などを通じて、おつきあいが深まりました。

 その彼女が、余命いくばくもないと知ったのは、ごく最近のことで、聞いた時には、まさかと驚きましたが、緩和ケアの病棟を訪ねた時、いつもと変わらぬ明るさで出迎えてくれたのには、これまた驚かされました。

 その際、突然襲った運命をそのまま受け入れて、死をまったく恐れない態度に、何と強い人なのかと感じ入りましたが、それと同時に、じめじめした別れにはしないという、彼女の優しさと心遣いも感じました。

 それだけでも、十分にすごい人ですが、この日の式で、お別れの言葉を聞く中で、その思いはさらに強くなりました。

 「明日は何があるかわからないと言ってきた。だから、死を宣告されてもびっくりはしない」

 「抗がん剤も飲まないし、痛み止めも飲まない。これまで元気で、病気の人の痛みを知らなかったから、その痛みがわかってよかった」

 (医学生である女性に)「何か質問はないの。ガンの患者が目の前にいるのだから、絶好の機会でしょ」

 いずれも、見舞客に語った彼女の言葉です。

 最後に挨拶に立ったご主人は、ご自身が台北に留学をして、日本語の先生として、一定の成功をおさめた後、日本に帰国するにあたっての、エピソードを語り始めました。

 台北で購入した車を手ばなしたところ、100万円で売れたため、彼は、それを元手に日本での暮らしを始めようと、奥さまに提案しました。

 すると彼女は、台湾で得たお金は、台湾に寄付をして返しなさいと言います。

 それでは、日本での暮らしが不安だという彼に対して、奥さまは、「神様が見てくれているから」と譲りませんでした。

 やむを得ず、100万円を台湾に寄付して帰国したのですが、「神様は確かにいました。本当に困った時に、名前も明かさずに寄付をして下さる方が、何人もいたんです」と、彼はこの日初めて、声を詰まらせました。

 さらに、ご主人は、初めて出会った頃から彼女が、「自分の地球人生のパスポートは、有効期限が59年だ」と言っていたことを、明かしてくれました。

 それからすれば、彼女は、パスポートの有効期限を3年残して、地球人生を終えたことになりますが、その話を聞きながら、変な宗教的な意味ではなく、純粋に神様のような人ではなかったかと、不思議な思いに駆られました。

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新型インフルに学ぶ(5月23日)

 23日午前、県内の大川村で、植樹の活動に参加しましたが、この行事にも、新型インフルエンザが影を落としていました。

 といいますのも、この行事は、宮崎駿さんのスタジオジブリと関係のある東京の企業が、森づくりのお手伝いをと、10年余りにわたって続けてくれている行事なのですが、新型インフルの影響で、県外から多くの人が集まるイベントは、なるべく自粛してほしいとの、要請を受けていたからです。

 とはいえ、年に一度のせっかくの機会ですので、東京からお見えの皆さんと一緒に、クヌギの苗の植樹など、予定していた行事は滞りなくこなしました。

 また、作業の後の恒例のカレーライスも、みんなで楽しくいただきましたが、こんな山の中での行事にまで、新型インフルが影を落としていることを知って、あらためて、新型インフルをめぐる、一連の動きを振り返ってみました。

 ここからは、今にして、結果論として感じることですので、これまでの経過を批判する趣旨ではありませんが、まずは、水際でウィルスの侵入を止められなかったことから、何を学ぶかです。

 それは、今回は毒性の低いものだったから、よかったようなものの、そうでなかったら、一大事だったからです。

 と考えると、毒性がわからない段階で、本気で水際で食い止めようとするのなら、入国者や帰国者の人権をある程度無視してでも、徹底した隔離対策をとる必要があります。

 一方、これまでの諸外国での発生状況から、季節性のインフルエンザと、毒性はさして変わらないと判断していたことが、国内への侵入を許した原因であるならば、マスコミもふくめて、対応が大げさすぎるということになるでしょう。

 一年前には、年金問題や、後期高齢者医療制度の問題で、半年前には派遣労働者の雇用問題で、テレビに露出していた同じ責任者が、それぞれの問題のその後もあいまいなまま、今度は新型インフル対策の責任者として、再びテレビに露出を繰り返しています。

 ある面では、意図的なものを、ある面では、現象だけを追っていく、対症療法の愚かさを、さらには、ことの軽重の判断抜きに、新しく起きたことに飛びついて、一色に染まっていく怖さをと、新型インフルエンザからも、多くのことが学びとれます。

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無邪気さを表す力(5月22日)

 22日昼前、香美市香北町で開かれている、漫画家の横山隆一さんの、生誕100年を記念する展示会を見に出かけました。

 高知県出身の横山さんとは、知事になってからのおつき合いでしたから、晩年の横山さんしか知らないのですが、いつお会いしても、お酒の大好きな、愛すべきお爺ちゃんでした。

 そんなご縁で、今回、横山さんの生誕百年を記念した展示会が、県東部の香北町にある、後輩の漫画家やなせたかしさんの、「詩とメルヘン館」で開かれるにあたって、横山さんとの思い出を綴った一文を寄稿しました。

 このため、この日、県の東部に出かけた帰りに会場に立ち寄ったのですが、そこに展示されている横山さんの作品を見て、これまで横山さんのことを、あまりにも知らなさすぎたと反省しました。

 というのも、横山隆一さんといえば、新聞の連載漫画、「ふくちゃん」のイメージが強すぎて、それ以外の作品を、よく知らなかったことに、あらためて気づかされたからです。

 会場に展示されていたのは、いずれも、子供向けの雑誌、キンダーブックに連載されていた4コマ漫画ですが、ペガサスのような羽を持った子馬が主人公の、「空とぶ子馬」も、白い子犬の日常の出来事を描いた「ころころくん」も、ほとんど初めてお目にかかる作品でした。

 それらの作品を見ていて感じたのは、心やさしいストーリー展開とともに、絵のうまさとキャラクターの可愛らしさです。

 例えば、空とぶ子馬が、友達の小鳥たちからの知らせを受けて、川におぼれた子ブタを救いあげると、いたずら好きのワニが、後ろから、子馬のしっぽに噛みついて邪魔をします。

 それを見ていた小鳥たちが、羽やくちばしでワニをくすぐると、ワニはたまらず川に落ちるのですが、くすぐられて笑ったワニの顔は、とても可愛らしいものでした。

 これらの作品の横には、横山さんの言葉が添えられていましたが、「子供の心に、優しさを植えつけることはできない。だから、読んでいるだけで、優しい心が育ってくるような漫画を描きたい」という言葉に、横山さんならではの、優しさが表れていました。

 お元気だったら、今年100歳を迎えた横山さん、そして、今年めでたく90歳の卒寿を迎えた、アンパンマンのやなせさんと、いくつになっても、無邪気な優しさを表現出来る、二人の漫画家を生み出したことは、高知県の誇りとすべきことでしょう。

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信号機の謎(5月20日)

 20日は一日中、挨拶まわりのために、高知市内を巡りましたが、道すがら信号機を眺めていると、何故だろうと思うことがいくつかありました。

 その一つは、所々の交差点にある、信号機の横に取り付けられた、アルファベットの一文字です。

 このところ、高知を出ることがほとんどありませんので、他の地方都市がどうかはわかりませんが、高知では数年前から、この信号機のアルファベットが、目につくようになりました。

 その後、何人かに、これは何かと尋ねたのですが、事情を知っている人がいなかったため、しばらくは忘れていました。

 ところが、この日市内をまわっているうちに、またアルファベットの文字が気になったため、運転をしてくれている、わが事務所のスタッフに、「あのアルファベットの文字はなんだろうね」と、あらためて尋ねてみました。

 すると、交差点または道路の名称を、ローマ字で綴った時の、頭文字ではないかというのです。

 そう言われてみれば、北環状と呼ばれる道路の交差点は「K」、駅前は「S」、知寄町(ちよりちょう)の交差点は「C」と、確かに、ローマ字綴りの頭文字と符合しています。

 なるほどと、一旦は納得をしたものの、県庁前にさしかかると、そのT字路は「U」、高知城の追手門に入る交差点は「R」となっていたため、謎が再びよみがえります。

 それにしても何のためにと、再度スタッフに投げかけてみますと、テレビカメラで渋滞状況を監視する、管制センターの業務と関係があるのではないかと、これまた、当たらずといえどもと考えられる答えが返ってきました。

 もう一つ、信号がらみで謎に感じたのは、鉄道高架の事業で踏み切りがなくなった場所に、新たにつけられた信号機です。

 というのも、鉄道の線路を上にあげて踏み切りをなくすという、鉄道高架の事業がなぜ必要かを、地域の方々に説明するにあたって、まず強調したのが、踏み切りがなくなれば、朝のラッシュ時などの、交通渋滞が解消されることだったからです。

 ところが、この日、線路の高架化の事業が終わった地域を通りますと、元の踏み切りに代わって、今度は信号機が設置されているのです。

 線路が通る高架の下は、道路になっていますから、何らかの安全策は必要でしょうが、すべての箇所に信号をつけてしまったら、踏み切りとどう違うのかと疑問を感じました。

 知事として、この事業の推進に関わってきた者が言うのも、天につばするような話ですが、踏み切りがなくなれば、道路の行き来がずっとスムースになると、住民のみなさんに説明をした時に、この場所に、踏み切りに代わって信号機を設置することを、みんな知っていたのだろうかと謎が残りました。

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トリとカエル(5月19日)

 19日午前、高知市内の事務所をお尋ねしますと、トリとカエルのキャラクターが仲良く並んだ、大きな壁掛けが目に入りました。

 左側には、両手をあげるように羽を羽ばたかせて、ニコニコとほほ笑む赤いとさかのニワトリが、右側には、右手のこぶしを力強く握りしめた、立ち姿のカエルの漫画が描かれています。

 実は、このデザインは、ある業界団体のPR用のマークなのですが、さて、どんな分野の団体か、おわかりになるでしょうか。

 答えは、ビルや住宅など、建物の内装全般を担当する、インテリア業界の全国組織で、カエル君の左手には、巻いた壁紙がしっかりと握られています。

 ここまで説明すれば、勘のいい方はおわかりでしょうが、壁紙をはじめ、カーペットやカーテン等が、古くなったら「取り換える」という、リフォームの呼びかけを、トリとカエルに託しているわけです。

 本来ならば、新築の建物の内装を、一から全て手がけるのが本意でしょうが、全国的に、ここまで景気が落ち込む中では、それもままなりません。

 そこで、全国の業界をあげて、リフォームの需要拡大に力を入れようという思いを、「トリ・カエル」の言葉に込めているわけですが、今は、他の業種からのリフォームへの参入もありますし、リフォームをかたって、多額の工事費を請求した事例が、社会問題になったこともありました。

 このため、トリとカエルが描かれたマークが、専門性と信頼性の「マル適マーク」になればという、真面目にがんばる企業の願いも、込められているとのことでした。

 なるほどと思いながら、カエルをサルにかえたら、「取り去る」になるから、何の業界のデザインに使えるだろうかなどと、余計な事を考えてしまいました。

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2009/05/18

スポーツっていいなあ(5月18日)

 18日は終日、県内の春野陸上競技場で開かれた、高等学校体育大会の陸上競技で、表彰状のプレゼンターを務めました。

 というのも、縁あって、知事時代から引き続いて、高知県陸上競技協会の名誉会長を務めているからですが、昨日の午後とこの日一日は、競技場の本部席で、全ての競技を見ました。

 日頃は、何かとうっとうしいことも多いだけに、競技場で吸い込む空気には、大げさではなく、心が洗われる思いがします。

 これは、昨日のことですが、男子の3000メートル障害を見ていますと、近くにいた女の先生が、「あれっ、○○やないの。えっ、○○今2位?」と、男の子の名を呼びながら、周囲のスタッフに確認をしています。

 後でわかったことですが、彼女が教員をしている地域の中学を出て、別の地域の高校に進学した生徒が、予想以上に健闘しているのを見て、ぐっときたらしいのです。

 ラストの100メートル余りは、「○○ガンバレ、○○」と、彼の名を呼び続けていましたが、2着でゴールしたのを確かめると、「わあ、なんか涙でるわ」と、目もとに手をあてていました。

 この日も、各種の競技を見ていますと、表彰上の手渡しを手伝ってくれていた女子高生が、「ちょっといいですか」と、声をかけてきます。

 「もちろん」とうなづくと、知人の姪であることを自己紹介されましたので、「あなたは、将来は何になりたいの」と尋ねました。

 すると、まだはっきりとは決めていないと言いながら、「人は一人では生きていけませんよね。だから、人を励ますような、幸せにしてあげられるような、仕事をしたいんです」と言います。

 それを聞いていて、自分が目指している政治の世界では、とても味わえそうにない、すごく新鮮で純真なものに触れた思いがしました。

 政治といえば、県内の某政治家の息子さんも、選手として活躍していました。

 中でも、400メートルでは、見事に3位に入りましたので、私から表彰状を手渡したのですが、表彰式の後、「○○の息子です」と、嬉しそうに話しかけてくれました。

 閉会式も終わって解散となった時、各校の選手が、学校ごとにメインスタンドの前に整列して、「有難うございます」と、大きな声でお辞儀をしてから、競技場を後にしていきます。

 その光景を見ながら、スポーツっていいなあと、つくづく感じました。

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歴史は血筋で繰り返す(5月17日)

 17日朝、昨日行われた民主党の代表選挙で、鳩山由紀夫氏が代表に選ばれたとのニュースを見ていて、55年体制という言葉が頭に浮かびました。

 55年体制というのは、戦後の長い期間、自由民主党と日本社会党とが対峙していた時代を指しますが、その基となった社会党の再統一と、自民党の誕生につながった保守合同が、いずれも同じ1955年の出来事だったことから、この名があります。

 このうち保守合同は、当時の自由党と日本民主党という、二つの保守政党の大同団結を指しますが、この時の自由党のリーダーは、麻生総理の祖父の吉田茂元総理、日本民主党のリーダーは、鳩山代表の祖父の、鳩山一郎元総理でした。

 ということで、麻生対鳩山の対決という構図は、血筋だけからいえば、55年体制よりも、もっと昔の対立の図式に戻ることになります。

 また、麻生家は、福岡県の飯塚の炭坑を拠点に、財をなした財閥ですし、一方の鳩山家も、同じ福岡県の久留米に誕生した、ゴムやタイヤの大手メーカーの大株主で、これまた有数の資産家です。

 さらに、お二人とも、小学校は学習院の初等科卒業ですし、スタンフォード大学の大学院に、留学した経験を持つなど、元総理の孫というだけではない、数々の同質性を共有しています。

 その鳩山代表の弟の邦夫さんは、麻生総理のサポーターの一人として、有力な閣僚の座に就いていますので、そこらあたりをつなぎ目に、党の役員として残った小沢さんも巻き込んだ、大連立なんていう話が出てきたら、永田町の皆さんは、どう反応されるのでしょうか。

 そんな、あらぬ想像はともかくとしても、保守合同によって、55年体制が確立されてから、54年の歳月がたった今、再び出現した、同じ血筋のリーダーの対峙は、わが国の将来に、何を暗示しているのでしょうか。

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都心の一角で(5月16日)

 16日午後、東京の銀座と新宿で、都心の一角ならではの、出来事を体験しました。

 この日は、前夜から、東京に滞在していましたが、たまたま、赴任先のインドネシアから一時帰国していた長男と、わたしたち夫婦とで昼食をともにしていますと、長男が、これからユニクロに買い物に行くというので、一緒に銀座4丁目にあるユニクロに出かけました。

 店内に入ると、早速、まとめ買いセールというキャッチが目に入ります。

 見れば、一着1990円の品を二着買うと2990円に、つまり990円がおまけになるというので、ついつい、店の戦略に乗せられてしまいました。

 買い物をすませた後、どこかでお茶をとなったのですが、店を探すのが面倒でしたので、4丁目の角にある、デパートの2階の喫茶店に入りました。

 すると、お菓子を売っている出入り口付近は、人でごった返しています。

 妻の話では、雑誌などに紹介されたことから、人気に火がついているとのことでしたが、まごまごしていると、おしとやかな風情の女性が近づいてきて、「サロンのご利用ですか」と声をかけてくれます。

 ほどなく、そのサロンに招かれて、手にしたメニュー開きますと、コーラ600円、エビアン800円などの数字が飛び込んできて、一瞬、目がくらむ思いがしました。

 気を取り直して、しからばアイスコーヒーをと、メニューをめくりますが、一向に目指す名前が見つかりません。

 「なぜアイスコーヒーがないんだ」と文句を言っていると、息子が、「おやじ、このカフェ・フラッペというのが、アイスコーヒーのことだよ」と教えてくれました。

 かなり昔のことですが、先日このブログで紹介した妻の母が、東京に遊びにきた時、あるホテルのラウンジで、何か飲もうとメニューを開いたところ、「あたしゃ、飲み物は何もいらんは」と言ったことを、思い出していましたが、「ユニクロみたいに、まとめ飲みセールをやってくれるといいのにな」などとうそぶきながら、それでも美味しくカフェ・フラッペをいただきました。

 夕方からは、新宿のホテルで開かれた、あるお祝いの会に出席する予定でしたので、タクシーでホテルに向かいました。

 そろそろ着きますと、相手側に連絡をするために、携帯電話で話をしていたところ、目的地近くの高層ビル群に車がさしかかるやいなや、耳元からピーヨ・ピーヨと、電波状況が良くないことを知らせる音が聞こえてきます。

 その時ふと、高知県内の、山間地域で見慣れた光景を思い起こしました。

 こうした地域の中には、天気の良い日でも、3時くらいで日が陰ってしまうといった所がありますが、新宿副都心の高層ビルも、過疎地の切り立った山と、その点では、さしたる変わりはないななどと思っているうちに、タクシーは、ホテルのエントランスに着きました。

 銀座4丁目の角の、一杯1400円のカフェ・フラッペも、新宿副都心のピーヨも、それぞれに、都心の一角ならではの体験に思えました。

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2009/05/14

火葬場だけが(5月12日)

 12日午後、県内の春野町で、地域の住民の方々と懇談をしましたが、市町村合併に関しては、耳の痛い話を聞きました。

 春野町は、しばらく前までは、吾川郡春野町でしたが、平成の大合併の結果、東隣の高知市と合併して、高知市春野町に変わっています。

 この日は、春野町の農村地帯で、農家の女性らを中心に、10人余りの方々と懇談をしましたが、農業に関することだけでなく、防犯や交通安全など色々な話題が出ました。

 その中で、防犯灯の話題では、夜は周辺の道路が暗いので、防犯灯が必要だという声があった反面、明かりをつけると害虫が寄ってくるので、農家の中には嫌がる人も多いといった、農村地帯ならではの話も聞けました。

 また、交通安全母の会の活動として、朝早く信号のない道路で旗を振っても、車はなかなか止まってくれないと嘆く女性は、警察が交通安全の指導をする時には、信号のある場所だけでなく、信号のないところでもやってもらいたいと、経験者でないと思いつかないような注文を語っていました。

 一方、市町村合併に絡んで、国道まで抜ける道を作るという約束だったのに、あと何百メートルもないところで、工事がとまったままだという話が出ましたので、てっきり、今回の高知市との合併に際しての話かと思って聞いていました。

 ところが、いつからとまったままなんですかと尋ねますと、「私が嫁にきた頃からだから、30年以上にはなる」という女性に続いて、隣にいたお婆さんが、「いや、もう50年以上になる」と言われますので、ようやく、今回の合併ではなく、半世紀前の昭和の大合併以来、工事がとまっているという、遠大な話であることがわかりました。

 そこで、今回の合併で、何か良いことはありませんでしたかと投げかけますと、何も良いことはないし、まわりでも良かったという人は一人もいないと、手厳しい答えが返ってきます。

 それでも、何か一つくらいは良いこともあったんじゃないですかと、重ねて質問しますと、元気いっぱいの明るいお婆ちゃんが、「ええことは、火葬場の料金が安くなったことくらいかねえ。でも、焼いてもらう本人には、その良さはわからんことだがね」とおっしゃいます。

 知事という立場で、合併に立ち会ってきた者としては、そうか火葬場だけかと、思わず神妙になる一瞬でした。

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息子の一言(5月10日)

 10日午後、亡くなった知人の、告別式に参列しましたが、喪主を務めたご長男の一言に、ほっとした思いがしました。

 この方は、18年前に、私が高知に来た時から、親しくさせていただいた方で、県の東部で事業を営んでこられました。

 初めてお会いした時には、40代半ばにして、まだお子さんがありませんでしたが、その後間もなく、ご長男が誕生された時には、当然のことながら、大変な喜びようでした。

 しかも、真正直で一本気のロマンティストでしたから、ご長男にかける思いも、ひとしおだっただろうと推察します。

 しかし、少しお酒に飲まれる傾向があったことも災いしてか、段々と体がむしばまれ、息子さんとの間にも、距離が生じてきていまいた。

 そんなわけで、何ヶ月か前に、高知市内のホテルの喫茶室で、最後にお会いした時にも、息子にも距離を置かれてしまってといった口調で、何とも寂しそうな様子でした。

 昨夜の通夜と、この日の告別式で、立派な少年に成長したご長男に、久しぶりにお目にかかりましたが、喪主として、参列者にどんな挨拶をされるかと、少し心配もありました。

 しかし、お通夜の席でも、きちんとした挨拶をされましたし、告別式では、時折涙をぬぐいながら、最後には、「父は、僕のことをとても愛してくれました」と、言葉を結んでいました。

 この一言で、亡くなったお父さんも、晴々とした気持になれたでしょうし、聞いている私も、どこかほっとした思いがしました。

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毎日がまた明日(5月4日~6日)

 連休中は、宮崎市で一人暮らしをしている、妻の母のもとを訪ねて、86歳になった義母との会話を楽しみました。

 義母は、妻の父との別離や、京都市内での住み込みの寮母生活、さらには、クモ膜下出血での闘病とリハビリなど、波乱の人生を歩んできましたが、数年前に故郷の宮崎に戻って、今では、借家での一人暮らしを楽しんでいます。

 とはいえ、今年86歳、よる年なみで体も弱ってきましたし、何かと寂しさも募るかと思って、連休を利用して、久しぶりに宮崎の家を訪ねました。

 確かに、体は小さくなりましたし、腰が痛いと、歩くのも大変そうでしたが、頭と口は以前と変わらず達者なままです。

 京都で、ご近所のタバコ屋の奥さんからもらったという、古い衣装ダンスや、40数年前に買って、今も重宝している水屋にまつわる思い出話から、テレビで見る政治の話まで、話題のタネは尽きません。

 中でも手厳しいのは、政治家評で、「鳩山さんは、年中言いやることが同じ」、「菅さんは、口で言うだけ」と、民主党の幹部を切り捨てたかと思えば、返す刀で、「細田さんは、一つもまともなことを言いよらん」、「麻生さんは、逃げてばかり」と、自民党の幹部も一刀両断です。

 事ほど左様に、政治には関心しきりですが、日常の暮らしのことになると、「毎日がまた明日」の繰り返しだといいます。

 どういう意味かと尋ねると、「なますを作ろうと思いついても、大根を買いに行かないといけないと思うと、それほどまでして、なますを作ることもない。それなら、また明日にしようかとなるわけよ」とのことでした。

 政治や社会への関心と、また明日の毎日の落差が、86歳ならではの、暮らしのリズムでしょうか。

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2009/05/03

ダンスに誘われて(5月1日)

 1日夜、県内のダンススタジオのパーティーに出席しましたが、昨日、市内で出会ったお年寄りの話が、この夜の挨拶のネタになりました。

 表題には、ダンスに誘われてと書きましたが、正しくは、ダンスパーティーに誘われてで、誘ってくれたのは、社交ダンスを趣味にしている、県を退職して間もない女性でした。

 あわせて、出席者への挨拶の機会もいただきましたが、社交ダンスのたしなみなど全くありませんから、平均寿命が伸びて長寿になった時代を、いかにして楽しく生きるかといったお話をしました。

 そのためには、健康と趣味が大切で、中でも、スポーツ性と芸術性をあわせ持ったダンスは・・・と、話を展開できるからですが、その中で引き合いに出したのが、昨日高知市内で出会った、ダンスが大好きだというお婆ちゃんのことでした。

 それは、あるお宅をお邪魔した時のことで、玄関先に出てこられた女性が、「橋本さんの大ファンなんです、会えて良かった」と言ってくれながら、ダンスが趣味で、今もダンス教室から帰ったばかり、といった話をされます。

 続いて、「私いくつに見えますか」と質問されますので、80ちょっとかなと思いながらも、お世辞を込めて、「77歳の古希くらいですか」と答えました。

 すると、「お上手を言っちゃ駄目よ」などと言いながらも上機嫌で、「私90歳なの」と言われます。

 かくしゃくとはこのことか、と思えるほどの元気さで、これもダンスの効用かと感じたことを、パーティーの挨拶の中で紹介しました。

 といった話をしながら、お隣の席にいた、ダンス協会の全国の会長さんに話をうかがいますと、背筋もピンと伸びた会長さんは、今年81歳で、今も現役としてレッスンをしていると言われます。

 さすがに、この会長さんが最高齢で、先輩で現役の人はいないとのことでしたが、ダンスには、若さを保つ効果があるのかもしれません。


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安売り競争の末路(4月25日)

 25日、テレビの情報番組を見ていて、内容のあまりの体たらくに、マスコミ出身者として、情けない思いがしました。

 この日だけでなく、最近のテレビを見ていて、いつも感じることなのですが、企業などの広報が流した情報に、そのまま飛びついたものが、あまりにも目につきます。

 例えば、情報番組での今のはやりは、安売り合戦の話題で、牛丼であれ弁当屋であれ、スーパーであれコンビニであれ、低価格競争の話題で持ちきりです。

 この日も、情報番組と称するテレビの画面には、スーパーの中を駆け回る女性リポーターが、「あっ、ありました。なんと○○円」などと、安売りの商品を指さす場面が、映し出されていました。

 後は、「これだけ厳しいと、10円でも安いとうれしいですね」という消費者の声や、「少しでもお客様に喜んでいただければ」といった、企業側の担当者のインタビューをつければ、お手軽な経済の話題が一丁上がりです。

 この他、スーパーやコンビニに押され気味のデパートが、靴などの下取りをすることで、客を増やしているといった話題もそうですが、政府のネタから企業のネタまで、相手の広報の言いなりで、ジャーナリズムとしての批判精神のかけらも見えません。

 安売り競争に例をとれば、確かに、消費者にとっては有難いことですが、同じ様に、給料から物の価格まですべてが下がっていけば、世の中に出回るお金が減っていって、ますます不景気が加速されます。

 それ以上に問題なのは、生産者への配慮がないことで、物の価格がむやみに下がるということは、それを作っている人の実入りが、さらに削られていることに他なりません。

 特に、スーパーやコンビニは、大量のお客さんを集められることが力の源泉ですから、そうした消費者の意向という力を背景に、生産者の側に、もっと安く卸して下さい、さもなければ仕入れ先を他に変えますよと、プレッシャーをかけることで、値引きを余儀なくさせている面が否定できません。

 その値引き合戦が競争にまで高まれば、そこには、一体いくらなら持続的な生産が可能なのかといった、良識的な判断を差し挟む余地がなくなってしまいますから、生産が続けられない人や企業が、次々と店じまいせざるを得なくなります。

 ここで、冷静に考えてみたいのですが、私たちは、消費者であると同時に、物やサービスを作ったり売ったりする仕事で、収入を得る立場にありますから、消費者としての自分が安売りを喜んでいるうちに、その安売りがきっかけで、働き手としての自分の収入が減ったり、仕事がなくなったりする日が来ることに、やがて気がつくはずです。

 ただ、その日が来てからでは遅いですから、どこかで、この安売り競争はおかしいと気づいて、市民として別の行動をとるように、考え直さなくてはなりません。

 まさに、そのことをいち早く国民に知らせて、新たな行動の手助けとなる情報を提供することが、ジャーナリズムの役割ではないかと思うのです。

 などと、青臭いことを考えながら、日々のテレビを見ることが多くなってきました。

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寛容さを失う時代(4月24日)

 24日夜、公然わいせつの疑いで逮捕され釈放された、タレントの会見を見ていて、ますます、寛容さのない時代になってきたと感じました。

 細かい事実関係はわかりませんが、要するに、深酒が過ぎて、意識を失ったということでしょう。

 酒の飲めない自分にすれば、記憶がなくなるまで正体を失えるのは、うらやましい限りですし、一度くらいは、そんな経験もしてみたいと思うくらいです。

 それはともかく、彼への批判の中でも際立っていたのは、某大臣の反応で、最低の人間といってみて、世間から抗議を受けると今度は、言ってはいけないことを言ってしまいましたと、平気で前言を翻す正体のなさです。

 この大臣に限りませんが、今回の出来事で酒の過ちを責めるなら、国を代表して出席した国際会議の記者会見の席で、酒が原因と思われる醜態を演じた某大臣にも、もっと辛辣な批判が、浴びせられてしかるべきだったでしょう。

 それにしても、いつから日本人は、これほどまで、他人の失敗に寛容でなくなったのでしょうか。

 酒を飲んで運転をしたとか、薬に手を出したというのなら論外ですが、酒を飲み過ぎて、深夜の公園で裸になって騒いだ青年の行為が、彼がこれまで積み重ねてきたことの、すべてを失うほど重いものだとは到底思えません。

 少なくとも、商品や企業のイメージとかかわりのない、地上デジタル放送のCMなどは、「お騒がせしました」バージョンに知恵を絞る方が、ずっと、告知の効果を高めたと思います。

 某大臣も、スケジュールが空いた彼を六本木に誘って、一杯やりながら、「気分を一新して、また頑張ってくれ」と声をかけた方が、ずっとましなパフォーマンスになったはずです。

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借金をはかる物差し(4月22日)

 22日の朝刊で、政府の追加景気対策の記事を読みながら、先日ある方から教えられた、国の借金をはかる物差しの話を思い出しました。

 新聞によれば、今年度の新規の国債の発行額は、追加の景気対策に必要な分を含めて、44兆円を超えるといいます。

 すでにわが国は、国と地方をあわせて、800兆円の借金がありますから、さらに、その5パーセント分が積み増される計算ですが、800兆とか44兆と言われても、あまりに大きな額で実感がわきません。

 などと思いながら、先日、ある方から教わった、借金の山のはかり方を思い出しました。

 それは、1万円札の束を上に積むのではなく、横に重ねていったら、800兆円の厚みは、どれくらいになるかという話です。

 1万円札を重ねた100万円の束は、厚みが1センチくらいですから、800兆円分の万札の厚みは、およそ8000キロという計算になります。

 それでは、8000キロとはどれくらいの長さかというと、北海道の稚内から鹿児島県の指宿まで、日本列島縦断がおよそ3000キロですので、8000キロは、稚内と指宿を往復してなお、2000キロも余る距離になります。

 つまり、800兆円の借金というのは、1万円札の束を稚内から指宿へ、もう一度、指宿から稚内まで並べて、なお2000キロ分もの厚みが残るという、途方もない額なのです。

 さらに、選挙前を意識してか、各省庁が出した十年一日の補正予算を、大盤振る舞いで積み増すことで、8000キロに加えて、440キロの厚みの1万円札の束を、借金に山に加えたことになります。

 1年余り前、75歳以上の高齢者に新たな負担を課す、医療保険制度の改正に批判が集中して、大きな政治問題になった時、さりとて、高齢者が増え、医療費も年々かさむ中で、お年寄りがかわいそうだというだけで、代わりの財源のことも議論せずに、単に制度を批判するのは無責任だといった議論が、さかんに交わされました。

 ところが、それから1年たった今、「100年に一度の経済危機」を言い訳に、財源のことには頬かむりをしたまま、後は野となれ選挙となれの、無責任な政治に先祖返りしています。

 子供の学力の低下を、やかましく言う大人たちがいますが、大人たちの記憶力の低下も、かなりのものではないでしょうか。

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消えたぼったくり(4月21日)

 21日、衆議院の総務委員会に、参考人として出席した橋下大阪府知事の、国の直轄事業に関する発言を聞いていて、知事のせりふの中から、ある表現が消えたことに気づきました。

 それは、「ぼったくり」という表現で、国土交通省などが、国の直轄事業を実施するにあたって、負担金の名で、地方に莫大な支払いを強いていることを指して橋下知事は、先月開かれた政府関係の会の席上、この表現を使って批判していました。

 「ぼったくり」という言葉は、普通の辞書には出ていませんが、その元にあたる「ぼる」という言葉を、広辞苑で引くと、コメ騒動の際の暴利取締令に出た言葉で、「暴利」を活用させたものといった語源の説明に続いて、不当な利益をむさぼることとあります。

 直轄事業の地方負担金は、法律に定められたことですので、その意味では不当とは言えませんが、国の直轄事業と言いながら、多額の負担金を巻き上げるやり方には、地方で仕事をしていた者として、強い疑問をを持っていました。

 これに対して国は、地方の側が、直轄事業にしてくれと陳情してくるんだと反論するでしょうが、そこには、限られた財政の中で、少しでも大きな事業をしたいという、制度の中での現実がありますし、財務省に予算をつけさせるため、国の省庁から、「陳情に来るように」と要請されるケースもあります。

 ただ、それを声高に批判して、国土交通省や農林水産省など、公共事業を担当する官庁に、意地悪をされては困るという実態もありますので、これまでは、突出した反対運動にはなりませんでした。

 それだけに、橋下知事の怒りの正論には、溜飲をおろした向きも多いかと思いますが、その際に橋下知事が、大阪・梅田の繁華街の名をあげて、ぼったくりバーの請求書でも、こんなひどいのはないと語ったことが、大阪の方の間では、別の意味で話題になっていました。

 というのも、大阪の有名な飲み屋街に、今時「ぼったくり」をしている店などないからですが、先日会った大阪の方は、「今では新宿の歌舞伎町にも、ぼったくりバーはないでしょう」と、笑っていました。

 橋下知事の発言から「ぼったくり」の言葉が消えた理由も、そのあたりにあるのでしょうが、直轄事業の地方負担金は、国の形を、中央集権から地域自立型に変えない限り、絶対に消えることはないでしょう。

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七掛けなら還暦前(4月20日)

 20日夜、高知県出身の作家、宮尾登美子さんの、菊池寛賞の受賞をお祝いする会に出席しました。

 宮尾さんとは、知事をしていた時からのおつき合いですが、お会いするといつも、「時々、小泉さんに食事に誘われるんだけど、あの人の話は、2時間ずっと下ネタばかりなのよね」などといった、楽しい話を聞かせて下さいました。

 また、平家物語を執筆されるため、北海道の伊達町に作られたお宅にうかがって、原稿を書かれる部屋などを、見せていただいたこともあります。

 当時は、ご主人もお元気でしたが、その後体調を崩されたため、知事を退任するにあたって、東京・狛江のお宅にご挨拶にあがった時には、ご主人のお世話をしながら執筆を続けられることの、大変さを話されていました。

 そのご主人に先立たれてからも、元気に活動をされていますが、この日、久しぶりにお目にかかった宮尾さんは、心なしか、一回り小さくなられたように見えました。

 ご挨拶の中でも、出席者に配られた、ご自身の着物姿の写真集を話題に、「(少し若い頃の写真なので)詐欺だって言われるかもしれませんけど」と言われたり、「もうこれからは、皆様方に、お祝いの会を強いることもないでしょうから」と言われたりで、いささか弱気になられているかなと感じました。

 しかし、私が主張している「年齢七掛け論」(平均寿命が急速に伸びた今、60歳なら42歳くらいという、自分に都合のいい理論)に立てば、83歳の宮尾さんは、まだ還暦前ですので、まだまだ、老けこまないでいていただきたいものです。

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百恵となおみ(4月16日)

 16日のテレビの情報番組で、ロックバンドのボーカルをしている山口百恵さんの長男が、ラジオデビューをしたという話題を見ていて、ふと思い浮かんだことがありました。

 それは、二人の女性歌手の生き様で、その一人は、当の山口百恵さんです。

 彼女は、私が大阪にいた頃、大阪厚生年金会館でのリサイタルの中で、三浦友和さんとの恋人宣言をした後、「さよならの向う側」という曲を最後に、芸能界からはきれいさっぱり身を引きました。
 
 単に引退をしたというだけでなく、「あの人は今」といった類の話題にも、一切登場しない割り切りの良さは、男にはできない技のように思えます。

 もう一人は、愛するご主人を亡くして以来、これまた歌手活動をすべて投げ捨てた、ちあきなおみさんです。

 ぶしつけなテレビ局が、亡きご主人のお墓にお参りするちあきさんを、映し出したことがありますが、それ以外には、再放送やDVDなどを除いて、画面で姿を見ることはありません。

 男にも、愛がわからないわけではありませんが、ここまで伴侶に惚れこめるのかと、折にふれ、この二人のレコード大賞歌手の立ち居振る舞いに、感心し続けています。

 しばらく前にお会いした、今も百恵さんとおつき合いのある方の話によりますと、現在の百恵さんは、町で出会っても、もしかするとわからないかもしれないとのことでしたが、ラジオデビューをしたご長男の年齢をみれば、それはそうだろうと納得がいきました。

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バニラとピーチ(4月14日)

 14日、ある場所で、「バニラにしますか、それともピーチにしますか」と、質問を受けました。

 といっても、ある場所とは、アイスクリーム屋さんでも、香料を売るお店でもありません。

 それではどこかといえば、答えは、ある出版社の編集部です。

 実は、最近の思いを書きしるした本を、近く出版しようと考えているのですが、この日は、最終的な打ち合わせのため、その出版社を訪ねました。

 打ち合わせもほぼ終わろうかという時に、担当の女性の部長が、何も印刷されていない白地の本を2冊、私の前に開いて、本の台紙はどちらの色がよろしいですかと尋ねます。

 この2冊の色見本が、バニラ色とピーチ色で、説明によると、堅めの内容の本はバニラが、柔らかめのものはピーチが多いということです。

 私の本は、政治への思いを書いていますので、当然堅めの本に入るのですが、色見本を見る限り、ピーチの方が明るくて、目にも鮮やかな感じでした。

 そこで、説明で聞いた原則を破って、ピーチでお願いすることにしましたが、後になって、甘い判断だったと後悔しないようにと願っています。

 ちなみに、本のタイトルは「未来へ」、6月の上旬に、プレジデント社から発売されますので、是非読んで下さい。

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深読ミイ話(4月12日)

 12日にお会いした方に聞いた話と、県外からいただいた手紙に綴られていた話から、世の中には、深読みをする人がいるものだと感心をしました。

 深読みの題材は、民主党の小沢代表への政治献金をめぐる、例の事件です。

 この事件の捜査に対しては、選挙を前に民主党にダメージを与えるための、意図を持った捜査だと批判する声があります。

 こうした声に対して、お昼間にお会いした方は、別の見方があると教えてくれました。

 それは、捜査当局はむしろ、政局への影響を少なくしようと考えて、選挙前の今の時期に、強制捜査に踏み切ったのだという見方です。

 その意味は、次のようなことで、もし次の選挙で民主党が勝って、小沢さんが総理大臣になった後に政治資金の問題が出れば、小沢さんは、総理を辞任せざるを得なくなるだろう。

 これに対して、選挙前に秘書を立件しておけば、それでも選挙で勝利した時には、選挙というみそぎを終えたことになって、小沢さんの政治資金の問題を、蒸し返すことはできなくなる。

 捜査当局は、このように判断をして、この時期に手をつけたのではないかという読みです。

 なかなかの深読みだなと思いながら、家に帰ってから、週末に届いていた手紙を読むと、その中にも、この事件を深読みしたご意見が書かれていました。

 それは、かつて、中国に接近しすぎた結果、アメリカの逆鱗に触れて、ロッキード事件を仕掛けられた田中元総理と同様、アメリカの怒りに触れたのではないかとの説です。

 では、何がアメリカの怒りを誘ったのかですが、手紙の主は、第7艦隊があれば十分だなど、防衛に関する踏み込んだ発言が、日本の防衛予算から甘い汁を吸ってきた、アメリカの怒りを誘ったのではと解説をします。

 手紙を読んでいて、この読みも、また深いとは思いましたが、この二つの話を聞いて、「深読ミイ話」と思うか、それとも「うーむ」と首をかしげるか、判断の難しいところです。


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