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2009年7月

2009/07/31

残り30日(7月31日)

 カウントダウン19日目、いよいよ7月も月末を迎
え、ゴールの日まで、残りは1ヶ月となりました。

 昨日のブログの最後に、明日はもちろん、街頭演説
からスタートと書いたのですが、残りが1ヶ月となれ
ば、ゆっくりと使える時間も限られますので、少し予
定を変えて、午前中は、古くからの知人の見舞いに出
かけました。

 この方は、18年前に、初めて知事選挙に出馬した
当時から、お世話になっている方ですので、昔話に始
まって、あっという間に時間が過ぎました。

 午後は、今日もまた、新聞社のアンケートの回答書
きをした後、いつものように、街頭演説に出かけまし
たが、7月が終わって、残り1ヶ月ともなれば、そろ
そろ演説の内容を、手直ししないといけないと思いな
がら、炎天下の辻立ちに励みました。

 夜は、なじみのマッサージ師さんに、自宅に来ても
らって、こりにこった肩をもんでもらいました。

 本当なら、もみほぐしてもらったと書くべきところ
ですが、もまれるたびに、ゴリッゴリッという音が、
耳もとに響く程で、腕っこきのマッサージでも、ほぐ
すまでには至りません。
 
 それでも、肩は随分と軽くなりましたが、このマッ
サージ師さんとも、18年来のつきあいですので、彼
からも、昔懐かしい話を聞きました。

 明日の朝一番は、会社の朝礼でのご挨拶です。

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2009/07/30

残り31日(7月30日)

 カウントダウン18日目の30日は、午前中からの
夏空の下、お昼前まで、街頭演説に励みました。

 街頭演説の2ヶ所目、まだ午前10時前でしたが、
すでに、夏の日ざしが照りつけていました。

 きっと暑そうな顔をしていたのでしょう、門の前に
出て話を聞いてくれていた奥さんが、演説が終わる頃
を見計らって、おしぼりを持ってきてくれました。

 おしぼりの中に、氷を巻き込んであるとのことで、
冷えたタオルの肌ざわりが、とても心地よく感じられ
ました。

 3ヶ所目に、ある駅前の大通りで演説をしています
と、目の前を通るラッタッタから、元気よく手を振っ
てくれる女性がいます。

 こちらも、手を振り返しましたが、結構長く振って
くれていましたので、運転は大丈夫かと心配になりま
した。

 5ヶ所目の住宅地では、遠くのお家の前で聞いて下
さった奥さんが、「橋本さんとは、もう古いですよ」
とおっしゃいます。

 聞けば、今から18年前、初めて知事選挙に出馬す
る前に、県内各地を回った時に、南国市内の病院でお
会いしたとのことで、ここでも、自分自身の高知での
歴史の長さを、あらためて感じとりました。

 午前の街頭演説を終えた後は、ある事業所をお訪ね
しましたが、案ずるより産むが何とやらで、社長さん
は、とても親身に対応して下さいました。

 昼からは、しばしの間、新聞社の質問への答えを考
えた後、再び街頭演説と町まわりに出かけました。

 川沿いで演説をしていますと、遠くで、門の外まで
出てくれた奥さんがいましたので、かなりの距離があ
りましたが、そのお宅まで走って行きました。

 とてもお元気そうなので、おいくつですかと尋ねま
すと、90歳とのお答えが返ってきて、暑い中を申し
訳ないと頭が下がりました。

 その近くで、町をまわり始めますと、最初に立ち寄
ったお店のご主人が、百年以上前の明治時代に、8月
の総選挙があった年は、天気が大荒れだったそうだと
言われます。

 そう言えば、異常に湿気の多い夏ですし、立秋まで
10日を切って、いまだに梅雨も明けませんので、明
治時代のジンクスが繰り返されないようにと、手を合
わせたくなりました。

 夜は、講演のため高知市を訪れた知人と、高知特産
の、柚子のジュースを飲みながら話をしました。

 アメリカから見た民主党幹部の評価など、興味ある
話を一杯聞くことが出来て、とてもためになる一時間
でした。

 明日は、もちろん、街頭演説から運動開始です。

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2009/07/29

残り32日(7月29日)

 カウントダウン17日目の29日は、午前中の街頭
演説の途中、ご主人が亡くなって間もない知人宅に、
立ち寄ったこともあって、予定していた9ヶ所が、6
か所でタイムアップになりました。

 この日、朝一番に訪ねた場所で、最初に耳に入った
のは、あたりを覆うがばかりの蝉しぐれでした。

 この夏は、まだ、これほどの蝉の音を、耳にしたこ
とがありませんでしたので、あらためて、季節の変化
を感じると同時に、蝉に負けてはならじと、演説の声
に力が入りました。

 3ヶ所目は坂の途中でしたが、傾斜した道に立って
いると、ふっと集中力が弱まる時があって、結構話し
をづらいものです。

 ですから、一方に体が偏らないように、演説中に幾
度か、坂の上の方を向いたり下の方を向いたりと、立
つ位置を変えてみましたが、やはり、坂の途中での演
説には、いつもにはない集中力が必要でした。

 5ヶ所目に訪れた、公園の近くの住宅地では、演説
の途中、小さな子供を連れたお母さんが、話しを聞き
に来てくれました。

 ところが、スタッフが、お母さんにパンフレットを
渡しても、お母さんは、あまり興味なさそうに、その
ままお子さんにそれを手渡します。

 その光景を見ながら、小さな子供が見ても、面白く
はないだろうなと思いながら、話を続けました。

 演説を終えて、この親子に挨拶に行くと、お母さん
が、「熱が出たので、保育園を休ませたのですが、演
説の声を耳にして、聞きに行きたいというものですか
ら」と言われますので、お母さんの表情が、気乗り薄
だった理由がわかりました。

 このため、まずは、ニコニコ顔で私を見つめる、小
さな女の子と握手をしてから、お母さんとも握手しま
したが、別れ際にはお母さんからも、「頑張って下さ
い」と、激励の言葉をいただきました。

 午後は、来客の対応や、事務的な打ち合わせで時間
が過ぎましたが、打ち合わせの中で、投票率の向上に
役立てようという大学生の活動との、連携の話を聞き
ました。

 とても関心のある活動ですので、是非進めてほしい
と話しておきました。

 夜は、ある企業の若い社員の方々との、懇談の場に
招かれました。

 私から、持論である「地域自立型の国づくり」や、
二大政党と言われる時代に、あえて無所属で、今回の
選挙にのぞむ思いなどを20分程お話をした後、若い
社員の皆さんの質問に答えました。

 いずれも、相当真面目に答えなくてはならない質問
ばかりで、しばし血圧があがったのではと思うほど、
気持ちを集中しながら答えました。

 明日も、朝の街頭演説からスタートです。

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2009/07/28

残り33日(7月28日)

 カウントダウン16日目の28日は、市内の企業訪
問から、活動をスタートさせました。

 この会社は、水産関係の商品を扱っていますが、消
費者の中に、安ければいいという傾向が定着している
ため、築地の倉庫などにも、高級なマグロが、売れな
いまま眠っているといいます。

 こんな時代には、新しい商品開発を進めるよりも、
今ある商品のパッケージの仕方や、一袋あたりの容量
に、気を使うことの方が大切だとの話でした。

 続いて、午前中、3ヶ所で街頭演説をした後、東京
からのお客様と、昼食をともにしながらお話をしまし
た。

 その中で、特に関心を持ったのは、北朝鮮の今後に
関わる話で、この方は、現在の北朝鮮のおかれた状況
を、太平洋戦争前に、欧米の列国から経済封鎖を受け
た、日本の状況と比較して話をされます。

 それは、その当時、経済的にあまりに追い込み過ぎ
た結果、日本が真珠湾攻撃に突入をした教訓から、ア
メリカは、北朝鮮に対して、決定的な制裁にまでは踏
み切らないでいる、という分析でした。

 また、北朝鮮の核開発は、まだ核兵器が使えるレベ
ルには至っていない、との認識を示されながら、体制
が崩壊をした後、国境を越えて流出する難民を、どう
受け入れるかが、周辺諸国にとっての課題だと指摘さ
れました。

 ただ、多くの北朝鮮の国民は、すでに、現在の体制
からは心が離れているため、難民の受け入れが、治安
上の波乱要因になる可能性は少ないといいます。

 このため、歴史的なつながりからも、多くの難民が
渡ってくる可能性の強い我が国としては、その際の受
け入れと、その後の安定化策の進め方を、今のうちに
検討しておく必要があるとの、アドバイスをいただき
ました。

 午後は、神田(こうだ)方面の町まわりをした後、
夕方までに、4ヶ所で街頭に立ちました。 

 町をまわった中には、「うちの息子の会社は、従業
員が15人ほどいるから、親に言われたといって訪ね
てみなさい」と、息子さんの会社を教えて下さる、親
切な奥さんもいました。

 街頭演説も、夕方近くとあって、足を止めたり、家
から顔を出して下さったりと、それぞれ数人ずつの方
が、話しに耳を傾けてくれました。

 人数の多少に関わりなく、応援の気持ちを有難く受
けとめました。

 明日は、朝9時から、午前中9ヶ所ほどの、街頭演
説を予定しています。 

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残り34日(7月27日)

 カウントダウン15日目の27日、新たに開いた選
挙用の事務所の、事務所開きをしました。

 昨日は、時折、強い雨の降る空模様でしたし、この
日の天気予報も、雨のち曇りでしたので、事務所開き
では、挨拶の始めに、「お足もとの悪い中」と、お断
りをしなくてはいけないと覚悟していました。

 ところが、朝になって部屋のカーテンを開けてみま
すと、青空が広がっていて、筆山という市内の山が、
緑に輝いているではありませんか。

 その光景を見て、昨日のお茶席で、床の間にかかっ
ていた掛け軸の、「雲去山嶽露」という言葉を思い出
しましたので、挨拶の切り出しでは、「お足もとの悪
い中」に代わって、この掛け軸を話題にしました。

 この天気に加えて、大勢の方に来ていただきました
ので、15分程の挨拶にも気持ちが乗りました。

 実は、この挨拶を考えるため、昨夜の睡眠時間が短
くなっていましたので、事務所開きの後は、少し仮眠
をとって英気を養いました。

 夕方までの2時間余りは、高知市の西部の町をまわ
りました。

 その中に、昨日の茶道の会に参加していた、高校生
のご家庭があって、応対して下さった奥様は、「昨日
の茶会に大二郎さんが来ていたと、娘から話を聞いた
ばかりでした」と、驚いておられました。

 また、小さな男の子が、お母さんが焼いたマドレー
ヌを、袋に入れて手渡してくれるといった、暑いさ中
にも、思わず嬉しい出来事がありました。

 この日は途中まで、東京のテレビ局が、取材をして
くれましたが、記者が手持ちで写すビデオとはいえ、
結構目について気になります。

 しかも、道を歩きながら、「現在の状況を、どう判
断していますか」などと質問するものですから、「そ
んなこと、簡単にわかるわけないだろう」という、内
心のむっとした思いを抑えて、どうにかこうにか質問
に答えました。

 終われば今日も、シャツは汗びっしょりですので、
帰りの車の中で、上半身裸になってタオルでふいたあ
と、用意していた別のシャツに着替えましたが、後ろ
の車の人は、突然裸になる男を見ていて、何をしてい
るのかと思ったかもしれません。

 明日は、東京からお見えになるお客様と、昼食をと
もにするほか、街頭や町歩きに、地道に取り組む予定
です。

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2009/07/26

残り35日(7月26日)

 カウントダウン14日目の26日は、午前・午後と
もに、日本の文化や心を感じる時間を持てました。

 私は、知事の時代から、裏千家淡交会の四国支部の
顧問を務めていますので、午前中は、高知市の文化施
設で開かれた、お茶の会に出席しました。

 お茶会に出ますと、いつも高い席に座らせていただ
くのですが、かといって、お正客としての役は務めら
れませんので、この日も、昔からお世話になっている
女性の先生に、お正客をお願いしました。

 その先生が、床の間の掛け軸や生け花をはじめ、お
道具のあれこれを尋ねられます。

 床にかかっていたお軸には、「雲去山嶽露」とあり
ました。

 読み方は、「くもさり、さんがくあらわる」で、あ
きらめずに努力を続ければ、やがて思いをとげること
が出来るという意味だと、説明がありました。

 この日のお茶会には、高校の茶道部など、若い人の
姿が目立ちましたし、もう一つの、腰かけ型のお茶席
では、高校生たちが主役を務めていました。

 午後からは、市内の体育館で開かれた、少林寺拳法
の大会でご挨拶をしました。

 こちらは、高知県少林寺拳法連盟の、会長を務めて
いるご縁からですが、この会場でも、小さな子どもた
ちが、力一杯の演武に励んでいました。

 その席で、大会のプログラムに載っていた、名誉本
部委員の方の一文に目をやると、「日暮れて道遠し」
という詠嘆よりは、「千里の道も一歩から」だとの言
葉がありました。

 茶道と少林寺拳法では、歴史の深さが違いますが、
いずれも、日本に生まれた、文化と心の技ですので、
その活動が若い世代に引き継がれていることを、とて
も心強く感じました。

 と同時に、「雲去山嶽露」の軸も、「千里の道も一
歩から」の言葉も、現在の自分に向けられた言葉かも
しれないと受けとめました。

 この後、市内のホテルで、自民党を離党された、前
の衆議院議員の、渡辺喜美さんとお会いしました。

 これは、渡辺さんから、お電話をいただいたのがき
っかけでしたが、申し訳ないことに、わざわざ高知を
訪ねて下さいました。

 お話の内容は、近く立ち上げる、新しいグループに
参加しないかとのお誘いでした。

 目指す方向や、政治にかける思いに変わりはありま
せんので、うなずきながらお話を聞きましたが、選挙
前に新しいグループに加わることは、ご遠慮をしまし
た。
 
 理由は二つありますが、その一つは、今回の選挙の
後に、必ず現状とは違った、新しい政治の流れが出て
くると信じているからです。

 都議会議員選挙に吹いた激しい風もある中、無所属
での立候補には、考えられないほど大きなリスクがあ
りますが、その後の新たな流れに対応するには、その
リスクを負ってでも、自由な選択肢を確保していたい
という思いがあります。

 もう一つの理由は、こうした気持ちから、地元の皆
さんにも、今回は無所属で挑戦すると、明確にお約束
しているからです。

 ただ、24日にお会いした松山市の中村市長や、大
阪府の橋下知事らが取り組んでいる、首長連合との関
わりなど、共通の思いは数々ありますので、今後も、
連絡を取らせていただきたいとお伝えしました。

 明日は、新しくスタートする事務所で、事務所開き
をします。

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2009/07/25

残り36日(7月25日)

 カウントダウン13日目の25日は、高知市でも、
朝からかなりの雨模様でしたので、事務打ち合わせや
アンケートの回答書きに、かなりの時間を費やしまし
た。

 朝一番には、新聞社の取材を受けましたが、その後
は事務所で、各種の団体やマスコミから寄せられた、
アンケートの答えを書き込みました。

 自分も記者時代には、よくアンケートを出したもの
ですが、受ける側に立つと、「はい」とか「いいえ」
とかでは答えられない質問が、数多くあります。

 実例は省きますが、「こんな単純に、割り切れるは
ずがないだろう」などと、心の中でつぶやきながら、
回答欄を埋めていきました。

 それでも、回答の選択肢だけでは、どうしても答え
られないものもあって、その際にはたまらず、答えを
選べない理由を書きました。

 それで終わりかと思ったら、いくつかの項目の質問
に、決められた字数内で答えるというタイプのアンケ
ートもあって、こちらは時間がかかりそうなので、後
回しにさせてもらいました。

 午後は、特別会員になっている縁で、リューマチの
患者さんの勉強会に出席しました。

 リューマチは、いまだに原因が不明な病気ですが、
動物の体内で作る、生物学的製剤という画期的な薬が
開発されたため、治療法の幅が広がっています。

 しかし、薬代が高価なため、症状が重くなって、障
害者手帳に基づく支援措置を受けないと、治療代を負
担できない人もいるため、本来は早期に使うほど効果
があるのに、なかなかそうはいかないという矛盾があ
ります。

 この日の勉強会で、イギリスでは、生物学的製剤の
薬代を、すべて国が負担していると聞きましたので、
どんな仕組みになっているのか、後で調べてみようと
思いました。

 この後、事務所のスタッフと、27日に予定してい
る、選挙事務所開きの後の対応などについて、打ち合
わせをしました。

 家で夕食をすませた後、夜には、五台山の展望台に
この日開店をしたばかりの、「パ・ノ・ラ・マ」とい
う名前のカフェに行きました。

 五台山は、はりまや橋で、恋する彼女「お馬」に、
かんざしを買ったことで知られる、「純信」という名
の僧が修行していた竹林寺や、植物学者の牧野富太郎
博士を顕彰する、牧野植物園で知られる、高知市でも
指折りの観光スポットの一つです。

 その中で、長く忘れられた存在だったのが、展望台
の周辺で、鏡川と国分川という、二つの川に囲まれた
高知市内と、川に連なる浦戸湾の風景が一望できる、
全国にもめったにない、素晴らしい見晴らしの場所に
もかかわらず、それにふさわしい手が打たれていませ
んでした。

 その建物を、県内の飲食関係の企業が引きうけてく
れて、この日から、昼間の絶景と夜景を楽しめる、素
敵なカフェとしてオープンしたのです。

 午前中から、天気が良くなかったうえ、まだ、この
カフェの存在を知っている人が少ないせいか、静かな
雰囲気の中で、お茶をすることが出来ましたが、近い
将来、入口に列ができそうな気がしました。

 全国に向けて、仕事が出来るようになったら、また
一つ、高知を自慢する場所がふえました。

 明日は、役職をいただいている、お茶やスポーツの
会に、顔を出す予定です。

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2009/07/24

残り37日(7月24日)

 カウントダウン12日目の24日、午前中、松山市
に出かけて、今話題の首長連合の一員である、中村時
広市長にお会いしました。

 中村市長とは、10年来のおつき合いで、市長の最
初の選挙の時にも、応援に駆けつけた間柄ですが、先
日、大阪府の橋下知事とお話しした時に、盛んにお名
前が出たため、この日、松山市役所でお目にかかるこ
とにしました。

 大阪府の橋下知事や横浜市の中田市長らと一緒に、
中村市長が取り組んでいる首長連合は、本気で分権を
進める気があるかどうかを政党に迫ることで、地方分
権に対する、国民の関心を高めてくれています。

 ただ、選挙が終われば、のどもと過ぎれば何とやら
となる危険が多分にありますし、知事16年の経験か
らも、首長だけの力では、どうしても崩せない壁があ
ります。

 こうしたことから、選挙が終わって、自分が国政で
仕事が出来るようになることが前提ですが、リスクを
負っても戦おうという首長と、志のある超党派の議員
が連携することで、国と地方の役割を変えた、新しい
国づくりを具体化できるのではないかと、中村市長に
提案しました。

 とはいえ、自分が議員になれればという条件つきで
すし、首長連合の動きも、中村さん一人で決められる
ことではありませんが、分権への気運が高まっている
時だけに、話しは盛りあがりました。

 午後、高知に戻ると、こちらは県内の首長のお一人
が、激励に来て下さいました。

 この首長さんが、肌で感じられている有権者の気持
の変化などを、しっかりとうかがいました。

 この後、市内の3ヶ所で街頭演説をしましたが、町
の方の反応からも、選挙の雰囲気が、少しずつ高まっ
てきているのを感じます。

 一見して、私に好意を抱いていないとわかる方が、
素通りせずに、わざわざ寄ってこられて、「橋本さん
は、本当に国民のためを思ってますか」と、厳しい顔
で問いつめてきます。

 一方、スーパーの前でも、買いもの帰りの方々など
が、足をとめて話しを聞いて下さいましたが、おとな
しい犬を連れて、じっと耳を傾けて下さった女性は、
「自民党もいやだけど、民主党にもまかせられない」
と言われます。

 また、この近くの、知りあいのお店に立ち寄ります
と、自転車で通りかかった年配の女性が、私の顔を見
つけて、立ち止まって話しかけてこられます。

 「後期高齢者の医療制度で、月々2万円の保険料が
きつい。小泉さんにひどい目にあわされた」と嘆きな
がら、「民主党の言っていることも悪くはないけど、
全部やったら、税金が上がらんかねえ」と、素直な疑
問を呈されていました。

 といった話を聞きながら、選挙が近づいてきたこと
を実感しました。

 事務所に戻ると、いくつかアンケートが来ていまし
たし、東京方面の方から、お問い合わせの電話なども
あって、結構、頭の疲れる一日でした。

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残り38日(7月23日)

 カウントダウン11日目の23日は、朝から一日、
街頭演説に立つ予定でした。

 このため、朝一番の8時半に、ある企業の朝礼で、
挨拶をさせてもらった後、まずは、県庁前の木曜市に
向かいました。

 高知市内では、毎週日曜日に、お城の下の追手筋に
露店が並ぶ、日曜市が有名ですが、他の曜日にも場所
を変えて市が立ちます。

 このうち木曜日には、県庁前の電車通りから南に向
けて、木曜市の露店が並びますので、これまでも、何
度か街頭演説の場所に使わせてもらっています。

 ところが、この日は先客がおられたため、お城の追
手門の前を、街頭のスタート地点にしました。

 演説を終えると、三人の男女が近づいてきて、握手
を求められますので、これは幸先がいいと思って、お
住まいはどちらですかと尋ねますと、山梨から来まし
たと言われます。

 そうか、観光客のグループだったのかと、少し気持
ちが引きましたが、「お会いできてよかったです」と
言って下さいますので、再び気をよくして、ようこそ
いらっしゃいましたと笑顔でこたえました。

 この後、当初の予定通り、木曜市での街頭をすます
と、続いて、ある党の建物の前で演説をしました。

 あてつけのように思われはしないかと、気にかかり
ましたが、この地区では、広報車を止められる適当な
場所が他にないため、目線をそらしての演説になりま
した。

 などなど、お昼までに、9ヶ所で街頭演説をしまし
たが、私ども夫婦が仲人をした女性が、お子さんを連
れて出て来て下さるなど、久しぶりの出会いもありま
した。

 この勢いで、午後も一気にと考えていたのですが、
午後一番に取材が入いました。

 取材は、昨日の海外紙の取材にもあった、民主党の
鳩山代表にまつわることで、鳩山さんが総理大臣にな
った時に、人となりや横顔を描くための、事前の材料
集めが主でした。

 その中で、鳩山さんのおとなし気な性格からみて、
思い切った行動に出る時には、奥さまの影響が働いて
いるのでは、といった問いかけがありましたが、それ
に「はい」と答えてしまうと、お前の所も同じだろう
と言われかねませんので、「それはないでしょう」と
否定しておきました。

 この後、再び街頭に繰りだしましたが、午後3時台
から4時台にかけては、まともに日差しを浴びる暑さ
で、思わずぼうっとして、何度か話の筋を忘れそうに
なりました。

 そんな中、ある地区では、家の中で聞いて下さった
おじいさんが、きっと声がままならないのでしょう、
ご自分の名前を書いた札を私に見せますので、有難う
とお礼を言いながら、そのお名前をメモ用紙に書きと
りました。

 炎天下の暑さもあってか、どんどん時間はずれ込ん
で、最後の場所で演説を終わった時には、午後7時半
が迫っていました。

 ただ、夕暮れ時からは、川沿いを散歩する方や、部
屋の中でくつろぐ方などがふえますので、話に耳を傾
けていただくには、かえっていい時間帯なのか思いな
がら、この日のマイクを収めました。

 この間にも、企業や団体からの献金に対する考え方
を、取材をしたいとの申し込みがありましたが、事務
所に戻ってから取材を受けたのでは、かなり遅くなり
そうでしたので、こちらは、車の中から、携帯での受
け答えですませてもらいました。

 予定した日程を、すべてはこなせませんでしたが、
この日一日で、あわせて18ヶ所で街頭演説が出来ま
した。

 明日は、少し違った日程を予定しています。

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2009/07/23

残り39日(7月22日)

 カウントダウン10日目の22日は、知事を退任し
て以来初めて、外国の新聞社の取材を受けました。

 といっても、それは夕方のことで、この日も朝一番
は、街頭演説からのスタートです。

 青果と魚を扱う、高知市の市場の周辺を皮切りに、
一時間ほどの間に、3ヶ所で街頭に立ちました。

 仕事場の窓を開けて、話を聞いて下さった女性、車
の窓から、声をかけてくれたおじさん、マンションの
ベランダで、赤ちゃんを抱きながら演説に耳を傾けて
いたお母さん、皆さん有難うございました。

 中には、マンションの部屋から、下まで降りてきて
下さった女性もいましたが、その中のお一人からは、
議席を得ることができたら、すぐにどこかの政党に入
るのかと質問を受けました。

 この問いかけに対しては、国政は一人では動かせな
いので、いずれ何らかの政党に属して活動をするが、
今から、腹づもりがあるわけではないと、現状での思
いを率直にお話ししました。

 必ず来るであろう、政界の再編を前に、少しでも自
由な選択肢を持ちたいとの思いから、選挙には、「無
所属」の立場でのぞみますが、国政の場では、「無党
派」はありえないというのが、私の考え方です。

 午前11時からは、先日ご自宅をお訪ねして、ご家
族に、お写真を借りたいとお願いした、恩人の偲ぶ会
に出席しました。

 一輪の花を祭壇に手向けた後、別室に入りますと、
個人の描いた油絵が並ぶ壁ぎわの机に、愛用されてい
た、べっ甲の眼鏡が置いてあります。

 その眼鏡を見ていると自然に、眼鏡をかけたお顔が
頭に浮かんできて、在りし日を偲ぶとは、このことか
と思いました。

 また、この方は長く、茶道裏千家淡交会の高知支部
長をされていましたが、私も知事時代から、同じ高知
支部のお役をいただいていましたので、何年か前、高
知県で四国支部の大会が開かれた時、私が土いじりを
したお茶碗に、支部長が、お得意の絵を描いて下さっ
たことがあります。

 土いじりといっても、友人の陶芸家が作ってくれた
土台を基に、私が、厚い土を削っただけなのですが、
偲ぶ会のお茶席に、個人を偲ぶ一品として並べていた
だいていました。

 午後は、昨日と同じ、市内中央部の町をまわりまし
た。

 18年前、最初の知事選挙の時に、草の根の運動に
参加をして、草の根のシンボルだった黄色いハンカチ
を、ビルの手すりにぶら下げたという女性は、私の顔
を見るなり、「うわ~、懐かしい」と、来訪を喜んで
下さいました。

 この地区には、鉄工所がいくつかあることも、今回
初めて気づいたことの一つです。

 いずれの工場でも、暑い中での作業中でしたが、油
にまみれた手袋をわざわざはずされるなど、とても律
儀に対応していただきました。

 曇り空とはいえ、しっかりと汗をかきましたので、
家でシャワーを浴びた後、市内のホテルの喫茶室で、
イギリスの日刊紙「フィナンシャルタイムズ」の、記
者の取材を受けました。

 彼は以前、国際交流員として、高知県に勤務したこ
とがあって、海外からの来客があった時などには、知
事である私の通訳を務めてくれていました。

 話を聞きますと、日本の少子高齢化の取材が主な目
的で、明日は、大豊町という、高齢化の進む、中山間
の町を訪ねるということですので、どうも、私の取材
は、高知に来たおまけのようでした。

 それでも、質問の内容は、小学校の同級生である民
主党の鳩山代表が、総理大臣になった時のイメージは
どうかとか、法律を作るスタッフ(彼は、ロウ・メー
カーと言っていました)を、ほとんど持たない日本の
政治家が、その道の専門家である霞ヶ関の役人を、悪
者扱いするだけでいいのかなど、なかなか面白いもの
でした。

 夜は、知人に誘われて、たぶん半世紀ほど前に作ら
れた、昔懐かしいものを見ながら、少しくたびれた頭
と体を休めました。

 明日は、朝8時台の、会社の朝礼訪問から運動開始
です。

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2009/07/21

残り40日(7月21日)

 カウントダウン9日目の21日、ようやくというか
ついにというか、衆議院が解散になりました。

 この日は、朝から雨が降り続く天気でしたが、午前
中は、高知市の西部地区の6か所で、街頭演説をしま
した。

 そんな天候の中でも、演説中の私に、「草の根で応
援をしていました」と、声をかけて下さる方がいて、
思わず、どこまで話をしたのか、忘れてしまう場面も
ありました。

 街頭演説で初めての経験は、小学生が何人かで、演
説に耳を傾けてくれたことです。

 聞けば、近くの小学5年生で、リーダー格の女の子
は、以前から私に関心があったと言います。

 そこで、「僕の話わかった?」と聞きますと、「は
い、日本が変わりそうな気がしました」と、びっくり
するような答えが返ってきました。

 解散の日とあって、街頭演説には、マスコミ4社が
つきあってくれましたが、その中の一人からは、「都
議選に吹いた風が、自分にも向かい風になる」という
表現を、演説に入れた意味は何かと問われました。

 その本音は、支援者の中にも、そのことに気づいて
いない人がいると思ったからですが、そうは答えにく
かったため、「それが事実だからだよ」と、ちょっと
ぶっきらぼうな答え方をしてしまいました。

 午前中の2時間半で、ズボンのすそは、びしょびし
ょに濡れましたし、靴も靴下も、じっとりと雨水に浸
りました。

 このため、一旦、家に帰って着替えた後、ある会社
の会議にお邪魔をして、都議選に吹いた風などの話を
させてもらいました。

 衆議院の解散の場面を、ライブで見ることは出来ま
せんでしたが、マスコミから、今回の解散を、○○解
散と表現するならと問われましたので、「待ちに待っ
た解散」と、国民本位であるとともに、自分本位でも
ある答え方をしました。 

 この後、2時間近くかけて、市内中央部の町をまわ
りましたが、雨ザーザーの中でしたので、着替えたシ
ャツも靴下も、再び水浸しになりました。

 町まわりの最後に、通り沿いの喫茶店でコーヒーを
飲みましたが、女性の店主によると、ここまでくると
は思いもしなかったほどの落ち込みだといいます。

 自分自身が、そうした思いを、どれだけ共有できて
いるか、さらには、共有してくれているという信頼感
を、どれだけ県民に持ってもらえるか、それが、残さ
れた時間の課題だと思いながら、店主の話に耳を傾け
ていました。

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2009/07/20

残り41日(7月20日)

 カウントダウン8日目の20日は、最近お目にかか
った方への、お礼の手紙書きに、かなりの時間を割き
ました。

 お会いして名刺をいただいた方や、集会に参加して
住所を教えていただいた方には、出来るだけ、お手紙
を出すようにしていますが、このところは、そのため
の時間が取れないでいました。

 このため、この日は、たまっていた分を、午前中か
らせっせと書いてみました。

 家で昼食をとった後は、知人からの依頼で、その方
が作詞と作曲をした、「四国のロマン」という曲を、
CDに吹き込みました。

 場所は、高知市内のカラオケ・ボックスでしたが、
「橋本さんの甘い声に、ピッタリの曲だから」とおだ
てられて、日程に隙間のあった、この日の収録になり
ました。

 などというと、解散の前日に、何と悠長なことかと
誤解を受けそうですが、決して、そんな浮ついた気持
ちからではありません。

 一つには、四国や高知を何とか元気にと、次々とご
当地ソングを作っている、作者の女性の熱い思いに、
こたえてあげたいという思いがありました。

 それに加えて、政党に入らず、無所属で戦おうとす
る者は、事前のポスターが街にはれないなど、名前や
顔を外に出す機会が極めて制限されますので、CDを
出すのは、地元への貢献につながるだけでなく、そう
した点からも、意味のあることだと思いました。

 とはいえ、あまり時間も取れませんので、二回の収
録でOKを出してもらいました。

 この後、先月16日付けのブログに、「店をかえて
みろ」という題で紹介をした、亡くなった恩人の家を
訪ねました。

 その理由は、解散の日を前に、奥さまとご長男に、
あるお願いがあったからですが、この方は、知事とし
ての私の活動を、ずっと支えて下さいましたし、今回
の挑戦でも、来るべきゴールの日を、楽しみにされて
いました。

 そこで、今回の戦いを、最後まで身近で見守ってい
ただきたいとの趣旨で、事務所に飾る写真を、お借り
に出かけたのです。

 奥様にもご長男にも、快くお受けいただきましたの
で、後日、お写真を借りに行くことにしました。

 いよいよ、明日は解散の日です。

 まだ明けぬ梅雨にも負けず、暑さにも負けず、そし
て何よりも、自分自身の弱さに負けることなく、力を
尽くしたいと思います。

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2009/07/19

残り42日(7月19日)

 カウントダウン七日目の19日は、昨日に続いて、
高知市の春野競技場で開かれた、中学生の陸上競技の
大会に出席しました。

 曇り時々雨の予報は見事にはずれて、雲は多いもの
の、青空ものぞくまずまずの一日でした。

 この日は、男女の100メートルや1500メート
ルなど11の種目で、表彰状のプレゼンテーターを務
めましたが、競技のはしばしで、選手や先生の素敵な
涙を見ました。

 高校生の大会の時にも感じたことですが、教え子の
選手に対する先生方の入れ込み方は、並たいていのも
のではありません。

 この大会でも、競技役員として、粛々と仕事をこな
していた女の先生が、グランドで声を上げていると思
ったら、タオルで目頭を押さえながら、本部席の方に
戻ってきます。

 自分の学校の生徒が、予想を超える成績をあげたか
らですが、見ているこちらまで、ウルッとくるような
光景でした。

 そうした、思いのある指導者が育ってきた成果でし
ょうか、県の中心部に偏ることなく、郡部の中学の選
手たちも大活躍でした。

 男女総合の優勝は、南国市の香長中学校でしたが、
閉会式で成績が発表されますと、最前列にいた香長中
学の女の子が、目もとを指でぬぐっていました。

 今年は、出場選手が700人を超えましたし、推薦
といった形ではなく、標準記録を突破して、実力で全
国大会の切符を手にした選手が何人もいましたので、
山にたとえれば、すそ野も頂きも確実に、広く高くな
ってきました。

 こんな、子供たちや指導者たちの思いを、さらに大
きく育てていくための、手伝いをしたいものだと思い
ながら、競技場を後にしました。 

 知事時代には、自分が会長などの肩書きを持つ会で
も、分刻みの仕事の忙しさから、一日中つきあうこと
は出来ませんでしたので、昨日と今日の体験で、吸収
できたことは計り知れません。

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残り43日(7月18日)

 カウントダウン六日目の18日は、高知市春野の競
技場で開かれた、中学生の陸上競技の大会に、プレゼ
ンテーターとして出席しました。

 高知県では、日本陸連傘下の陸上競技の団体が、全
国的にも早くから、NPO法人の形で運営されていま
すが、縁あって、知事の時代から、この団体の名誉会
長を務めています。

 このため、中学生や高校生の大会のたびに、賞状を
授与するプレゼンテーターとして、お声がかかるよう
になっています。

 この日は、中学生の県大会の初日で、午前8時45
分集合の、役員や審判員の打ち合わせから出席しまし
た。

 開会式の挨拶では、もし東京で、再びオリンピック
が開かれることになれば、皆さんが20歳を超える時
に、オリンピックを迎えることになるので、思い切り
上を目指して頑張って下さいと、励ましの言葉を贈り
ました。

 今年は、全国大会に参加するのに必要な、標準記録
を突破する可能性のある選手が何人かいますが、一番
の難敵は風です。

 というのも、この競技場は、設置された位置や方角
に問題があるため、風の影響を受けやすく、特に、最
終のコーナーを回ってからゴールまでの直線が、向か
い風になりやすいといった問題があります。

 その心配が的中して、女子の走り幅跳びの選手が、
せっかく標準記録を超えたのに、2.2メートルの追
い風だたため、参考記録になってしまいました。

 自分でも体感してみようと、午前中、すでに30度
を超えていた真夏日の中で、競技場のフィールド内を
一周してみましたが、確かに、風の通りが良すぎる気
がしました。

 それでも、風に負けない選手たちの活躍で、女子の
200メートルでは、上位の二人が、標準記録を突破
するなど、例年にない成績で、将来に期待の持てる内
容でした。

 12日の「風・風・風」に書きましたように、風と
の戦いが予想される自分にとって、暑さにも風にも負
けない選手たちの元気さは、大いなる励ましになりま
した。

 また、本部で同席をしていた顔見知りの役員から、
私が出版した「未来へ」という本が、本屋で見つから
ないというお話を耳にしましたので、競技会への出席
を終えて事務所に立ち寄った際に、「未来へ」の見開
きに、この方宛てのサインをしたためました。

 夕方からは、中心商店街の一角で開かれている、ニ
ュージーランドから来高した画家の、初めての個展を
見に行きました。

 この二年間、県立高校で美術の教鞭をとってきた彼
は、この秋に母国に帰るということでしたが、大変な
高知ファンで、また高知にきますと、思いを語ってく
れました。

 また、この会場でお会いした、やはり県内の高校で
美術の教員をしている男性から、オバマ大統領の、核
廃絶に向けての意思を受けて、高知で、核の廃絶を訴
える、芸術家の全国的なイベントを開きたいと、相談
を受けました。

 折しも、デザイナーの三宅一生さんが、広島での被
爆体験を告白されたばかりですし、音楽家の坂本龍一
さんも、「協働の森」の事業を通じて、高知県とゆか
りが出来ていますので、きちんと準備をすれば、高知
ならではのイベントを開けるのではないかと、私見を
述べておきました。

 この後、7月の毎週土曜日に、大橋通りや帯屋町な
どの商店街に出店が並ぶ、「土曜夜市」を見て歩きま
した。

 13日の夜、市内のレストランで開かれた会合で出
会った、大学生の仲間たちは、元気一杯、出店のイベ
ントを手伝っていました。
 
 また、昔なじみの男性は、昭和21年の暮れに起き
た、南海地震の当時の映像など、懐かしの高知を伝え
る、16ミリフィルムの映写会を開いていました。

 さらに、ぶらぶらとしてるうちに、これまた知り合
いのマスコミ関係者と出会いましたので、近くの追手
筋まで出て、一緒に食事をしました。

 不遇な環境にもめげず、懸命に生きている方の話な
ど、取材先での興味深い話のいくつかを、うかがうこ
とが出来ました。

 この後、夜中の街を歩いて家まで帰りましたが、さ
すがに三連休のためか、県外から来られた方が、数多
く見うけられましたし、中には、路上で携帯を手に、
「どこか、今晩泊まれる宿はないでしょうか」と、尋
ねている人もいて、久しぶりに、ほのかな賑わいを感
じました。

 明日の天気予報は、曇り時々雨ですが、果たして当
たるでしょうか。

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2009/07/17

残り44日(7月17日)

 カウントダウン五日目の17日、午前中は、雨のそ
ぼ降る中、高知市の西部地区の七か所で、街頭演説を
しました。

 この日は、公示後の本番に備えて、どれくらいのペ
ースで街頭演説を進められるかを試してみましたが、
午前9時半に一か所目をスタートさせて、七か所目の
演説を終えたのが正午過ぎでした。

 雨の降る中でしたので、二か所目の住宅地で、演説
を聞いて下さった女性は、「雨でなければよかったの
に」と、声をかけてくれましたが、考えてみればこの
季節ですので、炎天下での演説よりは、楽に話せたよ
うに思います。

 ある団地では、演説を終えて車に乗ろうとしたとこ
ろ、駆け寄ってきた女性が、雨に濡れても大丈夫な、
コーティングをした写真を手に、話しかけてこられま
した。

 見れば、私が理事長をしていた高知工科大学のキャ
ンパスで、和服姿の、この方のお嬢さんと映った写真
です。

 写真のお嬢さんは、県内の企業に務めた後、今年か
ら再び大学に戻って、勉強を続けているということで
したし、息子さんも同じ大学の三年生で、学長賞をも
らって学費が半分になったと嬉しそうでした。

 雨の中を、団地のベランダから顔を出して下さった
方、足をとめて聞いて下さった方、車の窓を開けて手
を振って下さった方、川沿いの道で向かい側から声を
かけて下さった方、多くの皆さんに感謝をしながら事
務所に戻りました。

 午後からは、ニュータウンの喫茶店で、10人余り
の方々と、ミニ集会を開きました。

 国の防衛論議に始まって、消費税と基礎年金、公務
員改革に小さな政府、さらには、「よさこい」をめぐ
る話題など、予定の2時間は、あっという間に過ぎま
した。

 その中で、無所属で議席を得たとしても、国政は一
人では動かせないから、その他大勢の議員にならない
ために、どういう戦略を持っているのかといった質問
が出ました。

 その答えは、13日の新聞の取材に対する回答や、
15日付けのパートⅡに載せた、文章に綴った通りで
すが、真剣に応援して下さる方には、特に関心がある
テーマであることを、あらためて感じました。

 事務所に戻ると、顔見知りの記者から、21日の解
散が本決まりになったことを受けて、知事選挙との戦
い方の違いや、新人の挑戦者に戻った思いなど、いく
つかの質問を受けました。

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残り45日(7月16日)

 カウントダウン四日目の16日は、東京から高知に
戻った後、午後から、また町を歩きました。

 その前に、県内のマスコミから、調査票が来ていま
したので、必要事項を書き込みましたが、立候補予定
者のキャッチフレーズといった項目があって、今一つ
問いかけの意味がピンときませんでしたので、答えは
ペンディングにしました。

 町は、14日の午後回った地区の続きですが、面白
いことが一つありました。

 それは、あるお宅をお訪ねした時のこと、その奥さ
んが、たまたま家に来ているご近所の奥さんが、大変
な橋本さんのファンだからといって、奥の部屋から呼
んで下さいました。

 その方とご挨拶をして、お名前を尋ねますと、ご当
家の奥さまが、「この裏の『○○さん』の奥さんよ」
と言われます。

 実は、その「○○さん」宅は、14日にお訪ねした
時に、ご主人から、けんもほろろの扱いを受けたお家
でした。

 なるほど、ご主人は駄目でも、奥さんはというケー
スがあるのだなと思いつつ、もしかして、あまりに奥
さんが入れ込むので、ご主人が気を悪くされているの
だろうかなどと、身勝手な推測をめぐらせてしまいま
した。

 また、あるお宅では、赤ちゃんを抱いた若いお母さ
んが、デジカメを持って追いかけてこられて、写真を
撮ってもいいかと聞かれます。

 もちろん喜んでと答えると、私が赤ちゃんを抱いて
写真を撮りましたが、こうしたことがあると、うっと
うしい暑さも一瞬は吹き飛びます。

 この町でも、知事になって間もない頃、知事公邸で
お手伝いをして下さった方や、知り合いの報道機関の
方など、馴染みの顔に出会うことができました。

 明日17日の高知市内の予報は、雨か曇りですが、
朝から街頭に立ちます。

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残り46日・パートⅡ(7月15日)

 企業での朝礼や街頭演説の内容を、チラシなど印刷
物にしようと思い立って、以下のような文章を書き下
ろしました。

 ▽都議会議員選挙で吹いた風の受けとめ方
 ▽知事を退職後の1年半余りの活動
 ▽地域自立型の国づくりの必要性
 ▽二大政党の時代にあえて無所属で戦う理由
の四項目を、柱にしています。

 『おととし12月に知事の職を退いて以来、ゴール
の見えないレースに挑んでいる思いでしたが、ようや
く、ゴールの日が8月30日と決まりました。

 その決定にあたっても、7月12日に行われた、東
京の都議会議員選挙の結果が影を落としていますが、
そこで吹いた風は、現在の与党だけでなく、私のよう
に、永田町のご町内の争いとは違う、新しい政治の流
れを作ろうとする者にも、向かい風として吹きつける
と思います。しかし、私は、その向かい風にひるむこ
となく、ゴールに向かって全力で走りぬいていきます。

 知事を退いて、1年半余りの間、私は、高知市内を、
これまでになくきめ細かく歩いて回りました。その中
で、老後への不安、仕事の心配、子育ての悩みなど、
身近な問題に対する声を次々と耳にしました。

 国政の場で仕事ができるようになりましたら、こう
した身近な声にも、全力でこたえていきます。ただ、
私は、そんな身近な問題を訴える、数々の声をしっか
りと耳にとめながらも、なお、この国の形を変えるこ
との重要性を、強く訴えていきたいと思います。

 それは、現在の中央集権の体制を改めて、財源と権
限を地方に移すことで、地域の将来は、地域に暮らす
私たちが決めていけるような、地域自立型の国に変え
ることです。

 このことは、地方のためであると同時に、国のため
にも必要なことです。以下に、その理由をご説明しま
す。地方にも大きな影響を与えている、経済危機や格
差の問題は、ボーダーレス化やグローバル化といわれ
る、世界の経済の流れが行き過ぎて、歯止めを失った
ことが原因になっています。ですから、これに対して、
高知県一県で、何か手を打とうとしても打てるもので
はありません。それどころか、日本という国一国で、
景気対策をといっても、結局は、その対策を立てるた
めの借金が、子や孫の世代につけとして残るだけです。

 では、どうすればいいのでしょうか。地域の経済や
雇用にも影響を与えている、ボーダーレス化やグロー
バル化の行き過ぎに歯止めをかけるためには、国とし
ての明確な戦略と対抗策を持った上で、世界の国々と
連携して、この問題に立ち向かっていかなくてはなり
ません。

 そんな時に、中央集権という内向きの体制の下、国
が地方の細かいことに、口を出したり手を出したりし
ている暇はありません。地方に出来ることは、自立し
た地域にまかせて、国は、世界に向けて、戦略を打ち
出していかなくてはならないのです。これが、地域自
立の国づくりが急がれる、一つの理由です。

 一方、地域自立型の国が実現すれば、国内では、税
金を納める場所とその使い方を決める場所が、うんと
近づくようになります。今の中央集権の体制の下では、
税金を納める場所、高知県と、その使い方の多くを決
める場所、国との間には、大きな距離が開いています。
このため、納めた税と見返りのサービスの関係が、わ
かりにくくなっていますし、そのわかりにくさの陰に
隠れて、数々の無駄づかいが繰り返されてきました。

 これに対して、地域自立の国になれば、自立した地
域は、高知県のままかもしれませんし、四国州または
中国・四国州という、道州制の下での新しい地域ブロ
ックかもしれませんが、いずれにしろ、税金を納める
場所と、その使い方を決める場所はうんと近くなりま
す。それによって、そこに無駄づかいがないかどうか、
私たちの目も届きやすくなりますし、こういう使い方
をしてほしいという、私たちの声も届きやすくなりま
す。

 このように、地域自立型の国にすることによって、
国は、世界の経済の行き過ぎた流れに、戦略を持って
立ち向かうことが出来ます。それと同時に、税金の使
い方に、私たちの目と声が届きやすい仕組みを作るこ
とが出来ます。ですから、国の形を作りかえることは、
身近な問題の解決にとって、一見縁遠いことのように
見えますが、実は、皆さんの暮らしの不安や不満にこ
たえるための、最善の、そして最も近い道なのです。

 先ほども言いましたように、都議会議員選挙で吹い
た風は、あえて二大政党にくみしていない私にも、向
かい風として吹くことを覚悟しなくてはなりません。
しかし、わが国の政治は、政権選択が問われている今
回の選挙で、すべての結論が出て終わるわけではあり
ません。

 私も、今回の選挙で、政権交代が起きるべきだと考
えています。しかし、その後に、今の自民党のままで
もない、今の民主党のままでもない、もっと国民に身
近でわかりやすい政治の流れとグループが、生まれて
いくと信じています。その時に、私は、その新しい流
れの道しるべになりたいと思います。また、それが私
の役割だと考えて、二大政党といわれる時代に、今回
の選挙は、あえて無所属で戦おうとしています。

 16年間知事を務める中で、私は、中山間地域から
都市部に至るまで、高知県の抱える課題をつぶさに見
てきました。また、その課題に対して、国政の場で何
をすればいいか、よくわかっています。

 高知県のためが日本のためになる、日本のためが高
知県のためになる、そんな強い信念を持って、これか
らも、国のため地域のために全力を尽くします。最後
までお読みいただいて、有難うございました。』

 近いうちに、印刷に回したいと思います。

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残り46日(7月15日)

 カウントダウン三日目、この日も朝一番に、高知市
内の企業の朝礼で挨拶をしましたが、街頭演説や朝礼
で話している内容を、印刷物にしようと思い立って、
朝礼を終えた後、文字に書きおろしてみました。

 この日、朝礼にうかがった企業も、広い意味で、規
制緩和の波を受けていますので、事前に懇談をした幹
部の方からは、そんな悩みもお聞きしました。

 こちらは、昨日朝礼にうかがった事業所よりも、規
模の大きな企業ですので、会議室の椅子に腰かけた社
員の方々を前に、5分余りの挨拶をしました。

 その話の内容を、文字に落としたものを、別だてで
ブログに載せますが、印刷物にするために手を入れて
いますので、朝礼などでの挨拶とは、文言が若干変わ
っています。

 この日は、この文章作りをした後、東京に飛んで、
毎年お台場などを会場に開かれている、「ドリーム夜
さ来い(よさこい)」というイベントの、応援団の発
会式に出席しました。

 「よさこい」は、戦後の復興期に、高知市で始まっ
たお祭りですが、今や日本中に広がって、全国の二百
を超える地域で、お祭りやイベントに取り入れられて
います。

 このうち東京では、原宿・表参道の「スーパーよさ
こい」と、お台場の「ドリーム夜さ来い」が、知る人
ぞ知る存在ですが、選挙活動にたとえれば、表参道が
組織型なのに対して、お台場は、草の根のスタイルを
貫いてきました。

 このため、毎年、お金集めから何から、大変な苦労
をしていますが、様々な分野の方に支えられて、年々
成長をとげてきました。

 イベントのメイン会場は、東京都の港湾局の土地で
すし、フジテレビの本社の目の前ですので、私も知事
時代には、全国知事会の席で、東京都の石原知事にお
願いをしたり、フジテレビの幹部にお手紙を書いたり
と、地道な応援をしてきました。

 そんなわけで、「ドリーム夜さ来い」に応援団が出
来ると聞いて、カウントダウン中の時間を割いて、会
場に駆けつけました。

 そこには、40人近い多士済々の面々が集いました
が、会場のホテルの幹部で、実行委員を務められてい
る方が、高知市の出身で、市内にご親戚も多数おられる
という、有難い出会いもありました。

 共済企業として出席して下さった、フジテレビの方
も、代理店を使わずに、手弁当でこれだけのイベント
を動かすのは奇跡だと、感心しておられましたが、今
年からは、お台場など臨界地区だけでなく、丸の内に
も進出をするということで、「手弁当イベント」の、
これからの発展が楽しみです。

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残り47日(7月14日)

 カウントダウン二日目の14日は、朝一番に、ある
企業の朝礼で挨拶をしました。

 この会社は、福祉関係の職場と関わりのある仕事で
すが、社長とはかなり昔からのおつき合いがあります
ので、朝礼に呼んでいただきました。

 社長から紹介をいただいた後、作業場の前に整列を
された従業員の方々を前に、5分余りの挨拶をしまし
たが、朝の仕事前の貴重な時間をお借りするのは、気
が引けるものです。

 それでも、皆さんはしっかりと、私の思いを聞いて
下さいました。

 この後、桟橋通りをはじめ、潮江地区を中心に、高
知市内の4ヶ所で、街頭演説をしました。

 大きな通り沿いでは、行き交う車の中から、手を振
って下さる方もいますが、信号で止まった車から、タ
トゥーを入れた若者たちが、窓を開けて、話を聞いて
くれていたのが嬉しかったです。

 また、演説を終えた後、交差点の歩道で、耳を傾け
て下さっていた女性に駆け寄ると、昔となり町に住ん
でいた時に、一緒に写真を撮ったことがあると話して
くれました。
 
 午後は、ある大手の高知支店長にお会いして、業界
の話題を聞きましたが、部下の社員の方が、私の街頭
演説を聞いていたとのことで、気づかないところにも
聴衆がいるものだと、ありがたく感じました。

 この後、午前中に、街頭で演説をした地区を回りま
したが、「朝あちらでやってましたね」などと、声を
かけて下さる方もいて、これも励みになりました。

 この日は、太陽がさんさんと照り付ける炎天で、熱
中症にならないように、スポーツ飲料を、がぶがぶと
飲みながら歩きました。

 毎度のことですが、この日も日程を終える頃には、
ワイシャツもランニングシャツも、汗をかくというよ
りも、水の中につかったような、びしょ濡れの状態に
なりました。

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残り48日(7月13日)

 カウントダウンの初日にあたるこの日は、午後、新
聞社の取材を受けました。

 私は、今回の選挙は無所属でのぞみますので、取材
では、政党に対するスタンスなどを問われました。

 東京で開いた出版記念のパーティーで、NHK時代
の先輩に指摘されたように、国政は一匹狼では何もで
きませんので、議席を得ることが出来た場合には、な
るべく早い時点で、いかなるグループに属していくか
を、決めなくてはいけません。

 ただ、その時には、今のままの政党の組み合わせで
は、なくなっていると思います。

 それは、いわゆる政界の再編が進むと考えるからで
すが、その再編は、永田町の数合わせや、議員が議席
を守るための、身勝手な理由での再編であってはなり
ません。

 望むらくは、今の二大政党の支持者と無党派層とい
う、国民の中にある大きな三つのかたまりが、それぞ
れ混じり合いながら、再び大きく二つに分かれていく
といった、国民の意思に沿った、再編が進むといいと
思います。

 ですから、新聞社の取材に対しては、そのようなこ
とを答えました。

 この後、高知市内の潮江地区を回りました。

 ある家で、お風呂あがりか、タオルで前を隠しただ
けの素裸の男性が扉を開けて、「頑張って」と声をか
けてくれたのにはびっくりしました。

 また、一階が倉庫になっていて、住宅地図にも倉庫
としか記載のない木造の建物の二階が、炊事場もトイ
レも共同のアパートになっていました。

 とても古い感じの建物ですが、そこに住まわれてい
る方はそろって応対が丁寧で、整頓された中で、つま
しく暮らされていました。

 こうして、町の中を小まめに回っていますと、これ
まで見えなかったものが、目に入るようになるもので
す。

 この後、夜7時からは、市内のレストランで開かれ
た会に出席しました。

 会には、中山間地域での活動に携わっている大学生
や、文化活動をしている方など、30人余りが参加し
て、高知を元気にをテーマに話をしましたが、夜もふ
けるにつれて話しが盛り上がったため、店を出た時に
は、時計の針が10時半を回っていました。

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やっとゴールが(7月13日)

 13日午後、麻生総理大臣が、来週中の解散と、来
月30日を投開票日とする、総選挙の日程を明らかに
しました。

 おととし12月に、知事の職を退いて以来、ゴール
の見えない競争に参加している感じでしたが、ようや
くゴールが見えてきました。

 この1ヶ月を振り返りますと、7月4日には東京で
も、「未来へ」と題した私の本の、出版を記念する会
を開いていただきました。

 その会で、挨拶をして下さった、NHKの記者時代
の大先輩からは、どんなにしっかりとした考えを持っ
ていても、一人では政治は出来ないと、ご忠告の釘を
刺されました。

 そのことは、自分でもよくわかっているつもりです
ので、有難く肝に銘じておきたいと思います。

 こうした、自分自身が関わる会の他にも、大勢の前
で話をする機会の多いひと月で、日常の活動のかたわ
ら、そのための準備に追われましたので、ブログを書
き込む暇がありませんでした。

 そうこうするうちに、この日ようやく、ゴールの日
が明らかになりましたので、ブログの見出しの取り方
と内容を、変えることにしました。

 これまで、このブログでは、自分が関心をもった出
来事や、人から聞いたちょっと面白い話をネタに、エ
ッセイ風の文章を綴ってきました。

 しかし、これからの七週間は、ゴールに向けた、カ
ウントダウンの中での臨戦態勢ですので、日々の活動
の報告を中心に、少しずつでも毎日欠かさず、日記風
に書き込むことにします。

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風・風・風(7月12日)

 12日に投開票された、東京の都議会議員選挙は、
激しい風の中での選挙でした。

 正直を言って、落選をされた都議会の重鎮にも、い
ささかの古色を感じないではないのですが、かといっ
て、有権者が、多分見たこともないであろう新人に、
どっと票が流れる現象にも、考えさせられるものがあ
りました。

 これぞまさしく、風の勢いでしょうが、この風は、
私のように、今のままの二大政党ではない、新しい政
治の流れを目指す者にも、向かい風となって吹くこと
を、覚悟しなくてはいけません。

 炎天下の暑さと、自然の風とは違う風・風・風、や
りがいのある戦いになります。

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