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2009年8月

2009/08/17

特別付録・大二郎の旗(8月17日)

 公示日前、最終日のカウントダウンブログに書いた
「大二郎の旗」の第一章と第二章の内容を以下に貼り
付けます。


 大二郎の旗              

 この国の未来は、この国が歩んできた歴史と、培ってきた文化の上に築かれます。ですから、日本の歴史と文化を捨て去ってしまったら、この国に未来はありません。しかし、その一方で、古びた慣習を打ち破り、新しいものを取り込む勇気と力がなければ、これまた国の未来はありません。

 間もなく、敗戦から63年目の夏を迎えます。私たちは、敗戦から、またその後の復興から勝ちとった豊かさによって、多くのものを得ましたが、それと同時に、数多くの大切なものを失いました。

 また、あらためて、近世の日本の歩みを振り返ってみれば、明治維新によって、武家支配の幕藩体制が打ち壊され、四民平等の活力が生かされる時代を迎えました。そのことが、わが国に、目覚ましい近代化をもたらした歴史があります。

それから140年、世界は、想像を超えるような大きな変化を体験しています。その中で、私たち日本人は、地球時代を迎えた国際社会に、積極的に参加していかなくてはなりません。

そのためにも、今こそ、中央の官僚が支配する、縦割りで内向きの、体制のくびきを取りはずすことで、地球時代のリーダーとして活躍できる日本と、日本人を創造していきましょう。あわせて、伝統と文化が息づく、個性のある地域を取り戻していきましょう。今まさに、時代は、大きく転換すべき時を迎えているのです。

こうした認識のもとに、ここに、わが国の歴史と文化を踏まえながら、国境の壁が格段と低くなった国際社会と、共存する知恵も採り入れた、国と政治のあるべき姿と、国民の暮らしの未来を提案します。

このことを通じて、わが国を、地域自立型の国家構造を持った、地球時代のリーダーへとよみがえらせていくことを宣言します。

 その骨格は、以下の4点です。
▽地域自立型の国家構造の実現
財源と権限を地方に全面的に移した、地域自立型の国家構造を実現します。
▽絶対的平和主義の堅持と、世界に貢献する国家の創造
憲法の精神である平和主義を基に、世界への貢献に積極的に取り組みます。
▽改革と成長
税制もふくめ、さらなる構造改革を進めることで、経済の成長を目指します。
▽グローバル経済や少子高齢化に負けない、暮らしの安心の保障
格差問題と弱者への対応を念頭に、暮らしの安心の保障を図ります。

 そのためには、まず、それを実行する政治家が、これまで国を動かしてきた仕組みから独立しなくてはなりません。
▽「既成の政党」や「旧態依然とした政治家」からの独立
▽「利権」や「しがらみ」からの独立
▽「官僚政治」や「中央集権」からの独立

 理由
 自由民主党には悪しき族議員が、民主党には自治労に代表される、親方日の丸の意識から抜けきらないグループがあって、このままでは、政・官・業・労の癒着を、打ち破ることは出来ません。
 さらに、自由民主党と民主党は、それぞれ党内に、考え方の違いを内包していますが、時代の歴史的な転換期との認識のもとに、国を創り変えていくには、党内に政策的なねじれを持たない、筋の通った政治集団が必要です。
 また、長年にわたって、政・官・業・労の癒着のぬるま湯に浸ってきたため、官僚が主導した筋書きで動く、情けない政治が続いています。今こそ、官僚に代わって、国民に選ばれた政治家がリードしていく政治に変えなくてはなりません。
あわせて、政・官・業・労の癒着の基となった現在の中央集権の体制を、地域自立型の構造に変えることで、納税者と、税の使いみちを決める場との距離を、近づけなくてはいけません。

 もう一つ、あらゆる面で、すべてを受け入れるか、それともすべてを否定するかといった、オール・オア・ナッシングの議論ではなく、アクセルとブレーキ、陰と陽の組み合わせの考え方が求められます。規制緩和やグローバル経済への対応が、その一例です。

Ⅰ 政治姿勢
▽政治家個人への企業・団体献金の全面禁止と政党助成金の見直し
▽官僚の天下りの全面禁止
▽国会議員の数の大幅削減

 理由
  政治家個人への企業・団体献金は、政治資金規正法で禁止されていますが、政党支部への企業・団体献金が、その抜け道になっていますので、これを、全面的に禁止します。
 また、現在の政党助成金は、政党に所属する候補者の、生活支援の色彩も指摘されるなど、税金の使い方としては疑問があります。国民一人一人が政治に関心を持って、個人的に献金をすることで、政治活動を支えていく社会を目指したいものです。
 一方、公務員制度改革基本法が成立したとはいえ、今後の法の運用にあたって、霞が関との調整がなされるならば、官僚主導を打破するための全面的な改革とはなりません。中央省庁の人事採用から、幹部登用の仕組みの改革はもちろんですが、出口においても、人材バンクを廃止して、官僚の天下りを全面的に禁止します。
あわせて、国会議員の数を大幅に減らすことで、議員の質を高めるとともに、意思決定の透明性と論点の明確化をはかります。このことは、財政的な面でも、かなりの費用の削減につながります。

Ⅱ 基本政策
(1)内政・・・格差問題と弱者への対応に配慮した、構造改革の推進
▽改革路線の堅持
▽グローバル経済に対応した成長戦略
▽暮らしの安心の保障

 現在中央が持っている財源と権限の、地方への移譲をはじめ、税金の無駄づかいの解消や、地方に比べて遅れている、国での情報公開の徹底、さらには、無用または過大な規制による役所の関与を廃止するなど、改革路線を前進させます。
 規制緩和の一部はそれにかかわりますが、経済のグローバル化に対応して、各種の市場を開放することで、競争力を持つ企業が育つ環境をつくります。あわせて、膨大な個人資産を眠らさないことも、富の拡大を考える上で大切な視点です。
 こうした工夫にが出来れば、過大な増税をともなわずに、暮らしの安心を保障する仕組みを維持することができます。

(2)外交と安全保障・・・改めて、「二度と戦争への道を歩まない」を出発点に
▽他国からの攻撃や挑発に対しては、断固として国民と国土を守る
▽絶対的な平和主義を基本に、国際貢献に積極的に取り組む

 わが国に繁栄をもたらした戦後の平和主義は、国民が血であがなって手に入れたものです。また、世界の平和と安定は、産業や貿易によって立つわが国にとって、欠くことのできない基盤です。したがって、憲法9条の精神は、永久にこれを守っていかなくてはなりません。
 一方、わが国の平和が脅かされる事態に対しては、相手側への反撃も含めて、断固たる対応をとります。
 さらに、アジア太平洋諸国の一員という立場を明確にした上で、環境の悪化、地球温暖化、食糧危機、水不足、教育を受けられない子供たち、保健・医療の遅れといった問題に対処するため、日本の技術と経験、さらには人的な資源を活かして積極的に応援します。
地域自立型の国家構造が実現した際には、これらのことが、治安、防衛、司法と並んで、中央政府が担うべき任務になります。また、このことが、わが国に対する諸外国の信頼を高め、何にも増した安全保障対策となることを確信します。

Ⅲ おわりに
 マニフェストという言葉が使われ始めて、かなりの年月がたちました。それは、予算配分の裏付けと実行とを伴った、政策体系の提示だと理解しています。だとすれば、中央から地方に財源と権限が移譲されて、わが国が地域自立型の国家構造を実現した暁には、知事や市長の選挙にあたって、自らが持つ権限に基づいて、財源をどう配分するかを示したマニフェストは、欠くべからざるものになります。
 しかし、国政選挙にあたって国民が、こと細かな政策体系をマニフェストとして提示することを、政党に求めているかと言えば、私はそうではないと思います。たとえば、郵政選挙と言われた2005年の総選挙で、郵政民営化の問題を除いた全般的な政策体系に、関心を寄せた国民が、またマスコミがどれだけあったでしょうか。
現実には、郵政民営化の是非を問う国民投票でこと足りた問題を、総選挙の形をとった結果、後期高齢者の医療制度も、道路特定財源の暫定税率も、3分の2の議席の力に押し込まれることになりました。このように、個別の政策を提示するマニフェストは、気がつかないうちに、国民を置き去りにして走り出しかねません。
 こうした経験からも、私は、政党がまた政治家がなすべきことは、この国の形や目指すべき方向と、主要な課題に対しての基本的な姿勢を、わかりやすい言葉で示すことにつきると考えます。
 その上で、政治家の指示を受けて政策を立案するのが、官僚の務めなのにもかかわらず、政と官の主客が転倒していることから、この国の意思決定は、責任の所在が不明確になっています。まずは、国民の審判によって、このゆがみを正さなくてはなりません。また、それなくして、バブル崩壊後のわが国の衰退傾向から、脱出する道はありません。
 正すべきゆがみは、他にもあります。その一つは、経済のグローバル化の中で、行き過ぎた資本主義がもたらすゆがみです。そのゆがみを正すためには、一人一人の国民が、より安くより利回りのよい商品を求める、消費者や投資家としての顔から、公正で持続可能な社会を求める、市民としての顔に立ち返った上で、民主主義の手続きを通して、歯止めのルールを決めなくてはなりません。それによって、何が得られ何が失われるかを明らかにして、国民の判断を仰ぐのも、政治家の大きな役割です。
 もう一つ、国民におもねて、本音と建て前を使い分ける政治のゆがみとも、決別をしたいものです。異常な額にのぼる国の借金は、放っておいて、何とかなるものではありません。また、質の良い公共サービスは、私たち、国民一人一人の負担がなくては維持できません。これらの本音を、包み隠さず議論する政治に変えましょう。
私は、自らが提示した理念と基本姿勢の実現に向けて、何があっても断固としてやり抜くという、鋼のような意志と団結の力を大切にする、政治家でありたいと思います


重点的に取り組むこと

Ⅰ 内政
(1)改革路線の堅持
▽地域自立型の国家構造の実現
 地域自立型の国家構造に向けた第一歩は、現在、中央官庁が握っている財源と権限を、地方に移譲することから始まります。それを進めるにあたって、最も難しい課題は、国税として集められている税収を、いかにして、都道府県並びに市町村に配分するかですが、全国知事会など地方団体が主体的に責任を持って、その仕組みづくりに取り組みます。
 道州制は、財源と権限の移譲によって、地域自立型の自治体運営が確立されたのち、初めて手掛けるべき課題です。その前提がないまま、道州制を導入しようとする考え方は、国の財政負担の軽減を狙った、単なる都道府県合併にすぎませんので、こうした、中央集権の体制を維持したままでの道州制の目論見には、断固反対します。

 では、地域自立型の国家構造の実現は、なぜ必要なのでしょうか。
①国民と政治との距離を近づける
 現在は、私たちが納めた税金は、私たちからは遥か遠くにいる、中央省庁の官僚と国会議員の手で、その使い方が決められています。そのために、収めた税金に対して、どれだけのサービスをうけているかがわかりにくくなっています。それだけに、政治や官僚に対する信頼が揺らぐと、それを取り戻すのが難しくなりますし、その分、政治への関心も薄らぐことになります。 
私たちが納めた税金の使い方を、中央省庁の官僚が決めるのではなく、私たちの住んでいる地域の中で、決めるようにしたらどうでしょう。地域のリーダーが提案する財源の使い方を、地域の住民が評価するのですから、納税と、その対価として受けるサービスとの関係が身近なものになります。
それによって、国民の政治に対する関心も、飛躍的に高まることが期待できます。これが、地域自立型の社会がもたらす大きな効果です。
②金太郎飴からの脱却
 中央集権の下では、中央省庁が決めた規則にのっとって、全国一律の事業が進められますので、全国どこに行っても同じ顔ばかりという、金太郎飴型の国が出来上がってしまいました。ですから、現在の金太郎飴型の国土を、地域の自然や文化を活かした、個性ある形に造り直していくためには、中央省庁から、財源と権限を取り戻さなくてはなりません。
 これによって、日本中に広がる海岸線や河川の水まわりを、もっと魅力的な空間に変えることができます。また、高齢社会の中で、地方に人口の移動を呼び込む、リタイアメントタウン(退職者が老後を楽しむ町)をはじめとする移住ビジネスを、それぞれの地域の特性にあわせて組み立てることができます。
③グローバル経済に埋没しないために
 人・もの・カネが、国の境を越えて自由に動いていくことを、経済のグローバル化と言いますが、この流れは避けては通れませんので、国としては、市場の開放を進めざるを得ません。そうした時に、中央集権によって、中央省庁が地方の自由を奪う体制を維持していれば、地方は、手足を縛られ、自らの意思で動くことも出来ないまま、外圧に飲み込まれることになります。
 地域自立型の国家構造を実現するだけで、地域が、グローバル経済の波に対抗できるとは思いませんが、少なくとも、自己決定の権限もないまま、座して死を待つわけにはいきません。

▽税制など国民負担の在り方の見直し
 社会保険料にしろ税にしろ、わが国は、サラリーマン層を念頭に、世帯に対しての徴収を基準にしてきました。しかし、現実には家族や世帯といった単位が崩れてきているため、扶養の対象になっている人とそうでない人の間などに、不公平が広がってきています。
こうした現実にあわせて、世帯ではなく、個人を対象とした負担と給付の制度に改革することを、議論すべきでしょう。あわせて、9・6・4(くろよん)と呼ばれる税のゆがみの実態を明らかにした上で、その是正を図る必要があります。
 また、わが国でも、貯蓄から投資へという流れが起きていますので、法人税と個人の配当への課税との兼ね合いも、重要な検討課題です。さらに、こうした流れの中で、投資所得が増えることを考えますと、納税の透明性や公平と公正を保つためにも、納税者番号の導入は、検討すべき課題だと思います。
 一方、上記の地域自立型の国家構造の実現とも深くかかわりますが、現在の税制に基づいて国の体制が出来あがり、その権益を、それぞれの省庁が頑なに守っています。その仕組みの中には、関連の業界を通して、政治家と官僚をつなぐパイプになってきた、数々の租税特別措置もあります。
 これらの税体系を、より分かりやすく、公平感の高いものに変えていきます。そのことが、これまでの仕組みと体制を変えていくことにも、さらには、無駄の少ない小さな政府の実現にもつながると思います。
 小さな政府とは、必ずしも、福祉などの任務を国が放棄することを意味するものではなく、役所の仕事をふやすための無用な規制や、政官の癒着による無駄な出費に、終止符を打つことを指しています。

▽情報公開の徹底
 地方では、長年行政の中に淀んでいたおりが、情報公開制度の徹底によって、白日の下にさらされたことで、公務員の意識改革が大きく前進しました。これに対して国では、情報公開が十分に進んでいるとは思えませんし、そのことが、中央の官僚の、耳を疑うような常識のずれにもつながっています。
 国においても、情報公開を徹底することで官僚の意識を変えていくことができますし、あわせて、特別会計や各省庁の関連団体をふくめた税金の無駄づかいを、あぶり出すこともできます。

▽国に関する各種法人の全面的見直し
 公務員の天下りの全面禁止とあわせて、その受け皿になっている各種の法人を、存続の必要性をふくめて全面的に見直します。そもそも何をしている団体か、誰のためにある法人なのかを、情報公開を基に明らかにする必要があります。

(2)グローバル経済に対応した成長戦略
▽個人資産の活用
 ひたいに汗してすぐれた製品を作ることは、これからも、わが国にとって大切な課題ですから、そのためには、技術革新を支援する体制づくりは欠かせません。
 あわせて、世界の市場を舞台に投資機会の拡大を図る、商社などの活動が、円滑に進むようにする手だても必要です。
 また、いわゆる金融工学を、是とする立場ではありませんが、1500兆円と言われる個人資産を、そのまま眠らせるのではなく、より積極的に運用する術を磨くことも、世界の潮流の中では、合理的な対応ではないかと考えます。
 ただ、グローバル化した経済を自由気ままに泳がせていれば、暴走を始めることは火を見るよりも明らかです。このため、アクセルとブレーキ、陰と陽と言いましたように、暴走をしないよう、グローバル経済を良識の檻に閉じ込める必要がありますが、それは、まずはサミットで、首脳同士の協議からスタートすべきことだと思います。

▽農業は国の基本
 これも、陰と陽に類することですが、一方でグローバル経済を活用すると同時に、有史以来この国を支えてきた産業である農業を、今一度、国の基本に据えるべきだと考えます。      
それは、20年近くに及ぶ高知県知事としての体験から、荒れ果てた農地を全国に広げていくことは、この国の精神的な支柱を危うくすると感じたからですが、それだけでなく、世界的な食糧危機への不安や、国民の健康の増進、さらには、食を通じた教育の必要性からも、農業を成長産業ととらえた農政の展開が求められています。
そのためにも、1日も早く、地域自立型の国家構造を実現することで、農業並びに個別の農業政策を、農水省の手から地域のリーダーの手に、ひいては農業者の手に取り戻さなくてはなりません。このことは、林野庁、水産庁にかかわる、一次産業全般に共通の課題です。
少なくとも、食糧危機を煽って自給率の向上を目指しながら、一方で、無為無策にコメの生産調整を続けたり、農水族議員結託をして新たな補助金をばらまいたりすることは、すでに農水省の任務ではありません。今、農水省に与えられた使命は、農業を取り巻く世界的な環境の変化をとらえて、成長産業としての農業の未来を描くことです。
たとえばコメ問題では、ガット・ウルグァイ・ラウンドの交渉で、コメ市場の開放を受け入れた当時の取り決めを、今一度振り返ってみる必要があります。というのも、この交渉では、部分自由化や例外のない関税化など、輸入国側には多くの義務を課しているにもかかわらず、輸出国の側には、コメの安定供給、つまりは輸出の義務を負わせていないという、極めて不平等な取り決めだったと理解するからです。食糧危機が現実味を帯びる中では、こうした国際交渉の過去も清算しなくてはなりません。
また、農業の未来を考える時、その前提として取り組むべき課題に、コメと野菜の消費拡大があります。いずれも、過去と比較して、消費量は大きく落ち込んでいますが、需要の拡大がなければ価格の維持はあり得ません。
野菜に関して、アメリカで成功したファイブ・ア・デイ(1日に5種類の野菜を採る国民運動)をまねて、わが国でも、ベジ・フル・セブン(1日に野菜と果物7種類を採る)と銘打った運動がありますが、官製の事業では、予算の消化にしかなりません。あらためて、健康(緑黄野菜などの健康増進効果)や教育(食を通じた教育)のテーマと一体に取り組む、量販店、外食産業、マスコミなど、民間を大規模に巻き込んだ、野菜の消費拡大を目指す大々的な国民運動を提唱します。

(3)暮らしの安心の保障
▽年金と医療保険は国民合意のもとで
これら、国民の暮らしの安心を支える制度は、政権をとった政党が、選挙中に唱えた政策を、そのまま押し切ってこと足りるものではありません。というのも、そうであれば、政権が交代するたびに、年金や医療保険など、暮らしの基本を支える制度が変わるといった混乱を招きかねないからです。
 ですから、年金や医療保険の制度は、与野党の境を越えた国民的な議論をもとに、合意点をさぐっていかなくてはなりません。こうしたことから、年金・医療保険とも短期的には、対症療法的に対応せざるを得ませんが、中長期的な制度については、国民の立場から将来を見通した意見が言える方々に、根本からの議論をしていただきます。その上で、国民負担率(国民所得に占める、税負担と社会保障負担の合計)との兼ね合いを考えながら、保証すべきサービスの水準を提示します。
 その際には、先ほど資金運用の項目で触れた年金の基金の運用も、有力な選択肢の一つとして検討されるべきです。
 それをもとに、10万人規模の世論調査を実施して、国民的な合意と理解を深めつつ、長期的な制度の確立に歩を進めます。政治の全般に言えることですが、中でもこの分野では、国民の意見が直接反映される場を保証すべきです。
 少なくとも、財政論議だけから出発したと思われる、社会保障関係費の一律削減の方針を、譲れない骨太の方針だとする考え方には同調できません。それは、まず、あるべき保障の形を提示した後に、負担のあり方を議論するのが筋だと考えるからです。また、その際には、公費の無駄づかいの徹底した見直しを前提に、国民負担の増加を提案することは、避けられないと考えます。

▽正規・非正規社員の流動化と、賃金格差の縮小
 世界を舞台に競争を強いられる企業にとって、賃金コストの低減化を図る努力は、やむを得ざる道です。一方、働き手の側が求める勤務条件の幅も、多様になってきています。
大切なことは、いかにして、社会的公正さを欠くような雇用の形態をなくすのか、また、正規と非正規の社員の間にある賃金の差を縮めることで、ワーキングプアーと呼ばれる層をなくすのかです。そのためには、労働者保護の立場に立った法整備のほか、正規と非正規の社員の均衡な待遇と、契約内容の透明化を保証する法の整備が求められます。
また、正規と非正規の社員が、それぞれの立場に固定化しないよう、非正規の社員が正規社員になるための挑戦の機会を保障するとともに、正規社員を非正規とする道を開くことで、正規と非正規の間の、流動化の可能性を確保することも必要です。

▽公正取引委員会の機能の充実
 知事として、入札制度の競争性と透明性を高める改革の中で、低入札価格制度を導入しました。これは、それ以下の価格で入札をすれば、県として工事の質を保証できないので失格にするという、従来の最低制限価格の基準を設けず、一定の審査をクリアすれば、どんなに安い価格で入札をしてもよしとすることで、企業にコストダウンの努力を促す制度です。
この結果、入札価格、つまり工事のために使われる税金は、大幅にダウンしましたが、書類の審査が関の山ですので、その書類通りの賃金が、現場の労働者に払われているかどうかなどを、実態に即して調べることは出来ていなかったとの反省があります。
一般的に言って規制緩和は、費用を削減したり、サービスの量を拡大したりする効果がありますので、それによって直接的な損害をこうむる、昔ながらの業態の業界をのぞけば、おおむね好意的に迎え入れられます。しかし、それが行き過ぎて歯止めがなくなれば、地域の暮らしは逆に不便になりますし、不利益をこうむる人が増えて、メリットの明るさを覆う影が広がってきます。
 ですから、今後とも、無用な規制を緩和していく大方針は堅持しなくてはいけませんが、アクセルとブレーキ、陰と陽のバランスも考えなくてはなりません。このように、行き過ぎた競争至上主義が、社会的な格差を生み出す不安を取り除くために、重要な役割を果たすのが公正取引委員会です。
 1996年には組織体制が強化拡充されていますが、優越的な立場で中小の企業をいじめるとか、不当な安売りで不正な利益を図るといった、弱肉強食を許さないチェック機能として、公正取引委員会の機能のさらなる充実を検討してはどうでしょうか。

▽危機管理の包括的な法律を整備
 外国からの攻撃はもとより、地震などの大災害、さらには、生物化学兵器を使ったテロや鳥インフルエンザの発生など、国民生活を危機に陥れる事態から国民を守ることは、国として果たさなくてはならない責務です。
このため、あらゆるタイプの危機に、一元的かつ包括的に対応するための法を制定します。これによって、総理大臣に権限を集中した、危機管理にあたっての指揮命令系統を確立します。

Ⅱ 外交・安全保障・・・改めて、「二度と戦争への道を歩まない」を出発点に
(1)他国からの攻撃や挑発に対しては、断固として国民と国土を守る
 自らの国民と国土を、自らの手で守らないような国を、他国は助けてはくれません。ですから、わが国が、他国から全面的な侵略を受けたような場合には、日米安保で対応をしますが、地域の紛争が日本に軍事的に波及する場合や、日本の安全を脅かすようなテロ行為に対しては、固有の自衛権に基づいて、断固として、国民と国土を守ります。
このため、先述した危機管理のための法整備にあたっても、安全保障上の指揮権を明確にしておく必要があります。

▽絶対的な平和主義を貫く
 上記のように、自らの手で国を守る姿勢を明らかにした上で、改めて、憲法の精神にのっとって、絶対的な平和主義を貫きます。たとえ、国際連合または国際的な機構が行う活動であっても、自衛隊は、武器をもって戦場におもむくべきではないと考えます。特に、わが国の軍隊に特別な感情を持つ、アジア地域ではなおさらのことです。
あわせて、世界で唯一の被爆国として、世界の核軍縮に向けて、積極的な役割を果たしていきます。

▽国際貢献による安全保障
 世界が抱える問題に対して、資金の提供だけですますのではなく、かといって、武器をもって解決に出向くのでもない第三の道が、わが国が進むべき道だと考えます。それは、各種の問題を、人的な支援や技術による支援によって解決に導く道ですが、このことが、わが国に対する諸外国の信頼と尊敬を勝ち取り、何よりも強い安全保障の絆になると信じています。
 発展途上国の産業化が進めば、大気・水・土壌などの環境の悪化が避けられません。公害問題という苦い歴史を体験した私たちは、その教訓と、それを克服した技術を移転すべきです。
同様に、地球温暖化対策の分野でも、日本には二度にわたる石油ショックを、驚異的な省エネ技術の開発で乗り切った実績があります。ですから、関わっている人の誰もが責任を持てないような、半世紀も先の長期的な約束に終始するのではなく、どんなに厳しくとも、二酸化炭素の大きな削減目標を明示して、その克服に挑むことが、技術立国としてのわが国にふさわしい姿勢ではないでしょうか。
 世界的な食糧不足、さらには食糧危機への不安に対して、灌漑から食糧増産までの技術支援をおこなうことは、多くの国の人々の命を救うことになるでしょう。
 わが国は、諸外国に比べて水に恵まれた国ですし、灌漑など水を扱う技術にもすぐれています。砂漠化にもかかわる水不足の問題への貢献も、重要なテーマです。
 さらには、教育を受ける機会を奪われた子供たちへの支援や、長寿大国を築いた保健・医療対策のノウハウを指導することなど、日本が人的に技術的に貢献すべき分野は、数多くあります。
 アジア・太平洋諸国の一員という立ち位置を明確にした上で、その地域を主な舞台とする、各種の問題への支援プログラムを作ります。その上で、このプログラムへの若い世代の参加を促すことで、日本の若者に、世界に貢献する奉仕の心と、地球時代を世界とともに創造していく、日本人としての心の張りを、感じてもらいたいと考えています。
 あわせて、中国・韓国を中心に、多くの留学生を受け入れることで、若い世代の交流を深めます。こうすることで、武器を手にした百万の部隊にも勝る、安全保障の人垣が築けるものと確信しています。

Ⅲ 歴史と文化に学ぶ
 私の旗をお示しした際その冒頭で、「日本の歴史と文化をふまえた上に、新しいものを取り込む勇気と力をもって、この国の未来を開きたい」と申し上げました。今一度、農業を国の基本とすることや、平和主義に徹することもその一つですが、加えて、何点か触れておきたいと思います。

▽文化省の創設
 わが国は、生活に根ざした職人の技から、洗練された芸術にいたるまで、数多くの文化を育んできました。しかし、敗戦や、その後の経済成長による価値観の転換の中で、それら守るべき多くのものが姿を消そうとしています。それとともに、日本人に長く受け継がれてきた精神や道義が、次々と崩れ去っています。
 新しい価値観や技術に目を開く柔軟さも、もちろん大切ですが、それによって、私たち日本人の文化的な財産が、捨て去られてしまってはなりません。今こそ、芸術から伝統の技に至るまで、日本の文化を系統的に守り育て、さらには、それを世界に広めていくための組織、「文化省」が必要ではないでしょうか。このことは、世界的な文化交流に寄与するだけでなく、国民に、特に明日を担う子供たちに、わが国の文化に誇りをもってもらうことにもつながります。
 地域自立型の国家をつくる過程で、見直される公務員の定数は、こうした、国として固有に取り組まなくてはいけない仕事に、振り分けられるべきだと考えます。

▽知・情・意に重きを置いた初等教育
知・情・意とは、人としての成長に必要な三つの要素、知性と感情と意思ですが、戦後の日本の教育は、知に、それも知性ではなく知識に重きを置いた教育に力を入れてきました。また、こうして詰め込まれた知識の量を基に、人の価値を評価することで、東京大学を頂点とする受験ピラミッドを築いてきました。
それが、ものを見抜く力や、想像力と創造力の双方を弱めてしまいました。その結果、早く・安く・大量にモノを作ることに慣れて、モノを粗末にするようになりましたし、さらには、人の命をも粗末にする時代へと進んでいます。また、自らが稼いだお金を、どう社会に還元するかといった倫理観を欠いたまま、「金儲けは悪いことですか」と公言するような風潮も生み出してきました。
私は、初等教育は、知識を押しつける場ではなく、情や意を、さらには知識ではなく知性を学び取る場にすべきだと考えています。そのためには、スポーツや芸術を中心とした課程を大幅に取り入れることで、子供の心を養うことに努めるべきです。それが、ネット社会を生きる倫理観の育成にもつながっていきます。
あわせて、もっと日本の歴史を学びましょう。英語が話せることは、国際人としての必要十分な条件ではありません。自らの国の歩んだ道と、そこに伝わる心を修めた者が、初めて、国際人としての資格を持てるのです。
 一方、それとあわせて、日本のエスタブリッシュメント(体制や権力機構)の頂点にある、東京大学の試験システムを、根本から変えなくてはなりません。裕福な家庭の子供の方が、有名大学の入学に有利な社会システムは、日本の近代化の伝統ともそぐいませんし、社会階層を固定化することで、国の活力をそぐことにもなります。

▽自然の循環を活かした暮らし
 今風に言えば、循環型の社会とかエコライフといった表現になりますが、モノを大切に使いまわしていく日本の伝統的な暮らしぶりは、エコという言葉がない時代から、すでに循環型の暮らしそのものでした。
それを支えてきた主役の一つは、木材を使った「木の文化」です。また、食べ物で言えは、「地産地消」や「スローフード」もそれにあたります。ですから、今見直されつつあるこれらの取り組みを、単なるはやり言葉やスローガンに終わらさず、それが地域のシステムとして、経済的にも成り立つようにしていかなくてはなりません。ただ、このことも、地域自立型の社会が実現して初めて可能なことだと思います。
あわせて、こうした生き方を教育の場で教えていくことが、地球の温暖化や環境の破壊に対する、強力なワクチンになることでしょう。
 それと同時に、四季の移ろいを失った植林の山や、ダムとコンクリートの堤防に覆われた河川や海岸線は、いずれも、わが国が築いてきた歴史や文化に照らして、ふさわしい光景とは言えません。もちろん、これらのすべてに、意味がないと言っているわけではありませんが、もうそろそろ、わが国本来の姿を、見つめ直してみる時ではないでしょうか。
国の中央省庁から財源と権限を取り戻して、地域の自然と風景は地域の住民の意思で決めるようにすることは、その第一歩です。国の役人が予算をつけ、国会議員が地元に振り分ける、こんな中央集権の仕組みは、日本の歴史と文化にも似つかわしくないものです。


優しさと強さと夢

「大二郎の旗」~第二章~


▽優しさと強さと夢
 政治を志す者に、まず求められる資質は「優しさ」です。しかし、優しいだけではいけません。自らが正しいと信じる道を曲げずに、その実現に尽くしていく、「強さ」も必要です。さらに、多くの人と共有できる、「夢」を持たなくてはなりません。
 そうした意味で、私は、「優しさと強さと夢」をモットーに政治に取り組みます。

▽「新しい政党」の役割
2008年7月1日に、「大二郎の旗」の第一章を発表した時、私は、「新しい政党」の立ち上げを視野に入れたいと言いましたが、そこに言う「新しい政党」には、2つの役割があります。
その1つは、国会で多数派を占めることによって、掲げた理念と政策の実現を図ることです。言うまでもなく、これは、政党が本来持っている役割ですので、「大二郎の旗」の第一章では、政党が持つこうした役割にあわせて、政治家としての自らの理念と政策を明らかにしました。
 しかし、政党の活動がこの役割だけに終始すると、永田町の中でのやり取りが中心になるため、政治が、一般の国民の感覚や関心からは縁遠い存在になってしまいます。そこで、新しい政党には、もっと国民に身近な役割を持たせたいものだと思います。
 それは、21世紀のわが国に見合った、暮らしの形や生活設計をお示しした上で、多くの世代が参加したくなるような動きを起こしていくことです。
 永田町や霞ヶ関の人たちが、いくら力んでみても、それだけで、日本が元気さを取り戻せるわけではありません。多くの国民の皆さんが共有できる、思いと目標を持って行動を始めることで、初めて、わが国は未来に光ののぞく国になります。
 そのためには、国民の皆さんも、何を言っても思いは届かないと、政治を白けた目で見たり、逆に、黙っていても何かしてくれるだろうと、依存したりするのではなく、自らも参加して社会を動かしていくという、気持ちを持たなくてはなりません。
 これを受けて政党の側も、こんなことをやりますと国民に約束をするだけでなく、「こういう暮らし方はどうですか」「みんなも一緒にやってみましょうよ」と呼びかけることで、政策の実現を図っていくのです。このように、永田町の中だけでなく、国民にもっと身近な場で、双方向の動きが見えるような政治活動を進めることが、新しい政党の、もう一つの大切な役割だと感じています。
▽政治を身近なものに
 あなたにとって政治とはどんなものですかと尋ねると、「縁遠いもの」「近づきたくないもの」「自分たちとは異質なもの」など、よくないイメージが次々と出てきます。そうしたイメージをぬぐい去って、政治をより身近なものに、自分も関わってみたいと思えるような存在に、変えていかなくてはなりません。
(1) 当り前の感覚で
① 先生と呼ばれたいですか
 国会議員は、なぜ先生と呼びあうのでしょう。広辞苑を見ると、「先生」には、「他人をからかった呼び方」という意味もありますが、議員同士がお互いを先生と呼びあう姿は、あまり美しいものではありません。細かいことと思うかもしれませんが、先生と呼ばない呼ばせないことから、始めてみてはどうでしょう。
② 現場を見る、現場を知る
 2008年に放映された、テレビドラマ「CHANGE」で、木村拓哉扮する朝倉総理は、常に、現場と一般の常識を大切にした判断をしていました。永田町の既存の政治家が、このドラマを見たとしたら、現実を知らない素人のたわごとだと決めつけるでしょう。しかし、朝倉総理のこうした姿勢こそ、多くの国民が、政治のリーダーに求めているものだと思います。
 ですから、総理大臣も出来るだけ全国各地に出かけて、官僚がお膳立てをした偽装の住民の声ではなく、生の声を聞く場を作るべきです。そう言えば、そんなこと出来るわけがないとか、単なるパフォーマンスだといった批判が聞こえてきそうですし、聞いた話の全てに応えられるわけでもありません。しかし、聞くことによって、判断の深さは確実に違ってきます。
 また、総理が自ら耳を傾けることによって、国民の皆さんの側にも、それなら、政府からのメッセージにも耳を傾けようという気持ちが芽生えてきます。こうすることで、政治と国民との間に、双方向の関係を取り戻すことができるのです。
(2) 情報の活用
① 情報公開の徹底
 現状のように、政治や行政に関する情報が、永田町や霞ヶ関に囲い込まれたままでは、政治と国民の距離を近づけることは出来ません。国も地方と同様、情報公開を徹底することが必要です。
② 国民アンケートの活用
 年金や医療保険の制度などを決めるにあたっては、国民をかやの外に置いたまま、政党間の調整や妥協で決着を図るべきではありません。国として考えうる選択肢を、詳しい情報とともに提供した上で、10万人規模の国民アンケートを実施することで、国民的な合意を図る手法を作り上げましょう。
③ インターネットも使って
 政治家個人も、政党も国も、国民と双方向で意見交換を積み上げていけるように、インターネットを使った仕組みを作ることも、政治を身近なものにする手だての一つです。若い世代を中心に、具体的なシステムを構築していきます。

▽何から手をつけるか
(1)無駄をなくす
 少子高齢化が進む中で、医療や福祉などのサービスを維持するためには、税や保険料など、国民負担に関する議論を避けては通れません。しかし、国と地方を通じて、今もって数多く残されている無駄をなくさない限り、その話には、誰も耳を傾けてはくれません。小さな集まりを数多く開く中で、そのことを特に強く感じました。
 役所の無駄や役所が関係する団体の無駄を、徹底して洗い直しましょう。それとあわせて、その背景にある役人の天下りを、全面的に禁止します。
(2)不公平はないか
厳しい暮らしを強いられているご家庭に、保護の手を差し伸べるのは、憲法の規定を持ち出すまでもなく当然のことですが、最低賃金と生活保護の兼ね合いや、年金と生活保護の兼ね合いなど、公平感の観点から、目をつぶってはいられない現実もあります。
税のことも含めて、各分野にある不公平の見直しを図ります。
(3)隗より始めよ
 役所や制度の無駄と不公平を正すだけでなく、政治家自らの身の回りも正さなくてはなりません。中でも、政治と金の関係を透明にすることは、政治への信頼を取り戻す上で、極めて重要な点です。このため、まずは、小選挙区制の中での、政党の支部への献金という抜け道を使って、個人の政治家に対する、企業や団体からの献金を許している現行の制度を改めます。
 また、現状の仕事ぶりであれば、国会議員の数は多すぎます。定数の大幅な削減を提案します。

▽官僚組織との戦い
 こうして、何から手をつけるかを考える時、大きなテーマとして浮かび上がるのは、官僚組織との戦いです。といっても、一人一人の官僚が悪いわけではありません。国のため国民のためにという、志を持った人も数多くいます。しかし、その人たちも、ひとたび組織の中に入れば、内向きの組織の論理に埋没してしまいます。
 また、そうした組織の論理が、地方の仕事への関与にきゅうきゅうとして、国家としての戦略を持てなくなった官僚を生み、ひいては、数多くの無駄や、一般の常識からはかけ離れたような仕事ぶりを生んできたことは、ご承知のとおりです。
 今、この国を作り直そうという時に、政治と国民の間に立ちはだかる官僚組織との戦いは、避けて通れない課題です。
▽その先にあるもの
(1)身近な事業やサービス
① 地域の自立
現在のように、身近な事業やサービスにまで、国が口を出す仕組みを続けていたら、いつまでたっても、政治は身近なものになりません。私たちの治める税金と、それを使う権限を国から地方に取り戻すことで、税金を納めた場所の近くで、その使い方を決められるようにしましょう。そうすることによって、国が補助金を使って、どの地域にもピッタリこないような全国一律の制度を作ったり、継続性もないままモデル的な事業を繰り返したりする無駄を、なくすことが出来ます。
 このことを、「大二郎の旗」の第一章で、私は、地域が自らの将来を自ら決めていくことのできる、「地域自立型の国家構造」と表現しました。
 今のまま、国の補助金に依存するのが地方の生きる道だと考えるのか、それとも、そのような既存の利権と結びついた仕組みを変えて、自分たちの知恵と責任で、地域の未来を作っていこうと考えるのか、これも大きな政権選択の分かれ目です。
 ② 市民運動を支える
 行政のサービスには、どうしても無駄な経費がかかりますし、公平性を考えるあまり、均質で柔軟性を欠いたサービスになりがちです。その欠点を補って、新しい形の公共サービスを提供するのが、NPOなどの市民運動ですので、税制の面での優遇策を検討する必要があります。
(2)暮らしの安心
 ① 年金や医療保険
年金も医療保険の制度も、厚生労働省や政府に、始めからすべてをお任せすることはやめましょう。これに替えて、先ほども言いましたように、詳しい情報といくつかの選択肢をもとに大規模な国民アンケートを実施して、国民的合意のもとで、制度づくりを進めていきます。
 その際の選択肢の中には、国民負担の増加や、基金の運用による増収策の是非なども含まれます。
 ② 格差への対応
 物も人もお金も、国境を越えて自由に動くことができるグローバル経済は、より良いものが安く手に入るという点では、消費者である私たちに大きな恩恵をもたらします。
 しかし、その一方で、物づくりは少しでもコストの安い方へと流れていきますから、賃金が上がらないとか、正規の社員と非正規の社員の間の格差が広がるといった、多くの問題をもたらします。
 こうした、行き過ぎた資本主義がもたらす問題に対して、国は、主要国との協議の中で、重大な懸念を表明しなくてはいけませんし、国内的にも、行き過ぎを調整するルールや、一度ついた差を克服できるような、仕組みづくりを進める必要があります。
▽個人や民間の力を信頼する
 これも、官僚組織との戦いの一つですが、現在の日本には、国民の安全を確保するためとか、不正の芽を事前に摘むためといったことを理由に、官庁が新たな規制をこしらえて、それを、自らの権限の源にする傾向が色濃くあります。このことが、無用なコスト高を招いて、わが国の競争力を弱めていますし、画一的で息苦しい線引きにもつながっています。このように、最初に役人が線引きをして、狭き門で規制をする仕組みを全面的に見直して、個人や民間の力を信頼した社会に変えていきましょう。
 住宅の建築に関する各種の規制や、NPOが免税措置を受けるための厳しい条件、さらには、在宅の障害者に対する医療行為の線引きの窮屈さ等など、この種の問題は枚挙にいとまがありません。

▽みんなで新しい運動を
 政治には数の力が欠かせませんが、かといって、政治を永田町の理屈だけで考えていたのでは、政治に対する国民の関心は遠のくばかりです。
 そこで、幅広い世代の人たちが、「ちょっと格好よさそうだ」とか「参加してみたい」と思えるような運動を盛り上げて、それを、広い意味での政治的な動きにつなげていきたいと考えています。
(1) 生活設計を考える
① 投資の機会を作る
 日本人の個人資産の総計は1500兆円と言われますが、そのほとんどが活かされずに眠っているため、市場にお金が出まわりません。そこで、農業、環境に優しいエネルギー、教育などの分野に、新たなビジネスのモデルを作りだして、そこに、安心して投資できるような仕組みを考えます。
② 格安の住宅と魅力ある高齢者の街を
 川の周辺や緑の広場などをふくめて、地域の特性を活かした魅力のある街をつくろうとしても、国の規制や補助金にがんじがらめにされたわが国では、公共事業のにおいがふんぷんとした開発しか出来ません。また、安全の確保を金科玉条に、各種の規制を設けることで役所の権限を温存しようとする住宅行政のもとでは、私たちはいつまでも、豊かさを味わえる格安の住宅を手に入れることが出来ません。
 こうした国の規制のくびきから解放されれば、元気な高齢者や退職者のための、魅力あるリタイアメントタウンはもちろん、週末などを過ごすセカンドハウスを、多くの世代が手に入れられるようになります。住宅は裾野の広い産業ですので、地域の建設業にとっても、大きな経済効果を持ちます。
(2)持続的な社会をつくるために
 「大二郎の旗」の第一章で、農業を国の基本とすることを提案しましたが、このようにして国土の力を盛り返していければ、地球を守る持続的なシステムに近づいていけます。          
しかし、「地球が危ない」とストレスをかけるばかりでは、逆に、引いてしまう人も多いでしょう。 ですから、自分の箸を持ち歩く「マイ箸」でも、森を元気にするお手伝いでも、参加しやすい活動を、広く呼びかけていくことが大切です。
(3)もっと野菜を食べよう
 みんなで野菜を食べれば、消費量が増して、野菜づくりの農業が元気になりますし、繊維質を多く採ることで、ガンなどの病気を防ぐことも出来ます。中途半端なPRではなく、子供から大人まで、学校や量販店、外食産業から、テレビや新聞までを取り込んだ、誰もが楽しく参加できる、「もっと野菜を食べよう」の運動を起こします。
(4)市民としての活動
 「市民運動を支える」の項目の中で、NPOなどの市民活動の重要性をのべました。こうした活動に対して国の側は、税制などの面で支援をしていきますが、地域の側からも、誰もが何かの活動に参加する雰囲気を育てたいものです。
(5)国際貢献
 この後、国の役割の中で、国際貢献のプログラムに触れますが、この活動に、若い世代から団塊の世代に至るまで、多くの人が参加する土壌を作りましょう。

 永田町で取り組む、新しい国づくりの政治と連動をして、これらの運動を提唱していく政治活動が実現できれば、政治はもっと身近なものになってきます。そのことが、日本の未来を照らす光になることを信じます。

▽国の役割
(1)国家戦略をもって課題に立ち向かう
 「身近な事業やサービス」の項目で、地域の将来を、地域自らの意志と責任で決めていけるような、社会の実現をお約束しましたが、そのことの必要性は、もっぱら地方のためだけにあるのではありません。むしろ、国家としての日本のために、一日も早く、地域自立型の国の構造が求められています。
 というのも、原油価格に象徴されるエネルギー資源の問題に始まり、差し迫る食糧危機や地球の温暖化、さらには、グローバリズムを背景とする格差など、国内の経済や食糧、環境に関わる対策と切り離せないような国際的な課題に、わが国は直面しています。そんな時、有能な国の官僚が、地方のことにまで口や手を出して、時間と労力を費やしている暇はありません。
 地方のことは地方に委ね、国は国家戦略を明確にして、これらの課題に立ち向かわなくてはなりません。グローバリズムの波が避けられない今、そうする以外に、国民を救う盾は構えられません。
(2)平和主義の下での国際貢献
 「大二郎の旗」の第一章で、平和主義を貫くとの姿勢を明確にしました。あわせて、人と技術に基づく国際貢献を提唱しました。それは、産業の発展に伴う公害、食糧危機、水不足、子供たちの教育、健康と保健・医療など多岐にわたります。
 日本の置かれた位置からも、アジアに軸足を置いた、各分野での国際貢献のプロジェクトを立ち上げます。この取り組みを、長い目で計画的に進めていくことは、武器を持った自衛隊員が戦闘地域に出かけることよりも遥かに、わが国の安全保障と長期的な世界の安定に、寄与できると私は信じています。

▽故郷が輝く国を
 世界に向けた目を、もう一度、皆さんの故郷や、皆さんが暮らしている地域に向けてみましょう。それが大都市であれ、地方の山村であれ、どこか輝きを失っていませんか。
 その原因は、いくつか考えられますが、「大二郎の旗」の第一章と第二章を通じて述べてきたことも、間違いなく大きな原因の一つです。それは、地域が自らの将来を、自らの意志と責任で決めることが出来ないような、国の形を続けてきたこと、またそれによって、中央の官僚と政治家が、中央集権型の内向きの既得権益から抜け出せなくなった結果、国全体が、世界に立ち向かう戦略を失ってしまったつけです。
 こうしたわが国の時代遅れのシステムに、早く終止符を打つ必要があります。今が、その最大のチャンスです。
 わが高知県に照らして言えば、森林の比率が日本一という特性を活かして始めた、森林の整備によって、二酸化炭素がどれだけ吸収されたかを示す証書の発行や、間伐材を使った木質バイオマスの冷暖房システムの開発、といった先進的な取り組みを、より深く広く進めることが出来るでしょう。
 また、補助金の配分という、既得権益のしがらみの中で競争力を奪われた農業も、経営のノウハウの活用によって、間違いなく、現状の壁を超える可能性が生まれます。補助金を流すことが地方への配慮だと思い込んでいる、永田町の政治家の下では、故郷が輝く国は実現できません。
 国が描く国家戦略と、地方が描く地域の将来とがかみあって、それぞれの地域が輝きを取り戻すことが、私の思い描く夢です。
 
▽終わりに
 「優しさと強さと夢」と題した思いは、皆さんの胸に響いたでしょうか。私は、永田町の人たちに牛耳られた、国民の感覚とはかけ離れた政治を、何とか、身近なものに取り戻したいと考えています。一連の永田町の政治を見ていて、土佐弁を使えば、「わやにすな」(道理に合わない無茶をするなといった意味です)と叫びたい思いです。
 そのため、時間は限られていますが、「このままではいけない」と感じている若い世代の人たちや、政治の垢にまみれていない、この国の未来に思いを持った人たちに、全国で立ち上がってもらいたいのです。
それが実現できれば、自民党の総裁でも民主党の代表でもない、第三のリーダーの選択肢を、国民の皆さんに提供することが出来ます。また、少なからぬ人が、そのことを望んでいると私は信じています。
第一章、第二章と綴ってきた私の掲げる旗を、多くの方々に見ていただきたいと思います。その上で、心の「優しさ」、信念の「強さ」、そして大きな「夢」を共有できる皆さん、一緒に声をあげませんか。

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残り13日(8月17日)

 カウントダウン36日目の17日は、公示日の前日
ですので、午前中、三つの企業で、社員の方を前にご
挨拶をした後、明日からの本番に備えました。

 また、先日収録をしたユーチューブ用のメッセージ
と、みんなが選んだ5つの質問への答えも、アップ出
来ましたので、出来ばえを確認してみました。

 メッセージの方は、「あえて無所属で」との題で、
URLは以下の通りです。

 http://www.youtube.com/watch?v=yHwOlQ2gW-A

 また、「Google 未来のためのQ&A 橋本大二郎編」の
URLは以下の通りですので、是非一度ご覧ください。

 http://www.youtube.com/watch?v=JNLq2HVoTBY

 この収録をした日のブログにも書きましたように、
公示日以降は、ホームページやブログを書きかえるこ
とができませんので、今月30日までは、12日間、
同じ文章が掲載されることになります。

 そこで、かなりの長さになりますが、私が、去年の
7月と9月に、誰よりも早く出した国民の皆さんへの
お約束、「大二郎の旗」の第一章と第二章を、今日の
ブログの後に、付録として貼り付けることにしました。

 この文章が掲載されている、ホームページのURL
を、改めて書いておこうかと思いましたが、それより
も貼り付けてしまった方が、読んで下さる方が多いと
思いました。

 少し、長たらしくてお見苦しいですが、お許しくだ
さい。

 知事を辞めてから、1年8ヶ月という歳月は、正直
を言って、予想をはるかに超える、長い年月でした。

 しかし、そのお陰で、元知事の肩書をはずした、一
人の新人として、自分を見つめ直す時間ができました
し、高知の市内を、これまでになく、きめ細かく歩く
時間のゆとりも出来ました。

 そこで、見たこと聞いたこと感じたことを、ただち
に、何かの形にしてお返しすることは出来ませんが、
政治家として、活動出来るようになった時には、大き
な財産になると確信をしています。

 振り返ってみれば、18年前、当時、全国では一番
若い知事として、この高知県の知事に選んでいただき
ました。

 それ以来、改革派の知事と呼ばれて、地方自治の中
で、一つの時代を歩むことができました。

 その16年にわたる経験から、地方からの一撃では
どうしても破れない、厚い壁があることに気づかされ
ました。

 しかし、中央集権という、この厚い壁を破らない限
り、地方にも、この日本という国にも、未来はないと
感じています。

 このため、「地域自立型の国」をつくることを第一
の目標に、国政を目指すことを決意しました。

 「地域自立型の国」をつくることの目的は、国と地
方との役割を明確に分けることです。

 このことによって、国は、地方の経済にも大きな影
響を与えている、グローバル化など、世界の経済の行
き過ぎに、歯止めをかけるための戦略づくりや、公的
な医療保険や年金など、社会保障の制度を、より安定
的なものにするための戦略づくりなど、国家として取
り組むべき課題に専念できます。

 また、地域自立型の国になることによって、税金を
納める場所と、その使い方を決める場所がうんと近づ
きますので、その使い方に無駄がないかどうか、私た
ちの目が届きやすくなりますし、こういう使い方をし
ようという、私たちの声も届きやすくなります。

 ですから、地域自立型の国をつくろうなどと言いま
すと、年金や医療・介護のこと、雇用や子育てのこと
など、日々の暮らしの課題とは、縁遠い話をしている
ように、聞こえるかもしれませんが、実際には、こう
して国の形を変えて、国と地方の役割を明確に分ける
ことが、日々の暮らしの課題を解決するためにも、最
善で、最も早い道なのです。

 ただ、私は、今回は無所属で挑戦しますので、「無
所属の立場でそんなことが出来るんですか」という、
質問も出ると思います。

 確かに、無所属の一議員では、どんなに立派な事を
言っても、それを実現することは出来ません。ですか
ら、もし、国政の場で仕事ができるようになりました
ら、何らかの形で、政党と手を結ぶことで、自らの考
えを実現していきたいと考えています。

 しかし、二大政党とはいえ、今のままの自民党は、
すでに時代の役割を終えていると思います。また、今
のままの民主党には、さまざな考えの方が混在してい
ますので、このままでは、新しい時代を切り開く力に
はなり得ないと、私は思います。

 4年前のことを、思い出して下さい。郵政民営化と
いうものすごい風が吹きました。

 多くの方が、その風にあおられた結果、毎年のよう
に、総理大臣が交代する事態になりました。

 今回は、政権交代という強い風が吹いています。し
かし、再び皆さんが、風だけに流されて行ったら、4
年前と同じ過ちを繰り返すことになりかねません。

 私も、政権交代は絶対に必要だと思っています。し
かし、その後に、今のままの二大政党ではない、新し
い政治の枠組みが、必ず出来てくるはずです。

 その時に、その新しい流れを、引っ張っていけるよ
うな政治家を目指したい、そうした高い志を持って、
二大政党の時代と言われる今、あえて、この戦いは、
無所属で挑むことにしました。

 高知での18年の歳月を、表舞台で過ごす中で、ど
れだけの方に陰で支えていただいたかわかりません。

 また、どれだけの方に、辛い思いをさせてきたかも
わかりませんが、そのお一人お一人に、お礼を言いお
詫びを申し上げるゆとりがありません。

 代わりに、この国が大きく変わっていくであろう、
今回の戦いを勝ち抜くことで、お返しをさせていただ
きたいと思います。

 今日の日本は、明治維新と、太平洋戦争の敗戦に続
く、第三の大変革期だと確信をしています。

 自分自身を、龍馬や吉田茂と並べて語るほど、思い
あがっているわけではありません。

 しかし、この第三の変革期も、この土佐から、高知
から日本を変えていく、その志と固い信念を持って、
明日からの12日間を戦ってまいります。

 どうか私に、皆さんの希望を、高知の希望を託して
下さい。

16年の知事としての経験を活かして、堂々たる高知
を、堂々たる日本を築くために、全力を尽くすことを
お約束いたします。

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2009/08/16

残り14日(8月16日)

 カウントダウン35日目の16日は、朝から、蒸し
暑い中を、日曜市に出かけました。

 日曜市は、江戸の昔から続く、ご城下の露天市です
が、追手筋という、お城までつながる道の片側車線を
使って、その両側に露店が並びます。

 電車通りの側からお城に向けて、一軒一軒、「おは
ようございます」「こんにちは」と声をかけてまわり
ました。

 左右に不揃いに店が並びますので、右から左へ、ま
た右へと、ジグザグするだけでも、かなりの距離を歩
きます。

 この日は、炎天下ではありませんでしたが、曇って
どんよりとした蒸し暑さが、炎天以上に体にきいてき
ます。

 事務所の手伝いをしてくれている大学生が、同行し
てくれましたが、「息子さんですか」と尋ねる人も、
何人もいました。

 日曜市は、もともとは市民の台所として、近隣の農
家が、取れ立ての野菜などを出していましたが、高速
道路の料金値下げもあって、再び、県外客の姿もふえ
てきています。

 そうなると、ナスやキューリなどの当り前の野菜よ
り、ブルーベリーやドラゴンフルーツなど、ちょっと
目先のかわった物に人気が集まります。

 このように、日曜市は、時代とともに変化していま
すが、いつまでも、高知のお城下のシンボルとして、
頑張ってもらいたいものです。

 あまりの蒸し暑さに、元気さがかなりダウンしまし
たので、昼間は、一旦家に帰って、ベッドにころげま
した。

 午後からは、18日の出陣式や、その後の12日間
の運動について、打ち合わせをしました。

 この後、事務所を訪問して下さった方が、東国原宮
崎県知事の、「どげんかせんといかん」という言葉を
もじって、面白い話を紹介してくれました。

 それは、東国原さんは、「どげんかせんといかん」
と言ったけれど、これまでの自民党は、すべての事業
を、「どけんか(土建化)せんといかん」と考えてき
たのではないかとの冗談話で、なるほどとクスってし
まいました。

 夜は、何人かの古くからの仲間と一緒に、食事をし
ました。

 明日は、公示日前の最終日ですが、朝は二つの会社
で、朝礼でのご挨拶があります。

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2009/08/15

残り15日(8月15日)

 カウントダウン34日目の15日は、朝9時半から
街頭に立ちました。

 この日は、戦没者追悼式が行われる日ですので、朝
からマイクでお騒がせするのは気がひけましたが、公
示の日まで3日を残すだけですので、休むわけにもい
きません。

 というわけで、午前中は7ヶ所で街頭演説に立ちま
した。

 幸いなことに、この日は曇りがちで、暑さが少し和
らいでいたため、汗びっしょりにはならずに、駆けま
わることができました。

 午前中最後の7ヶ所目では、最初の知事選挙の頃か
らのおつき合いで、喫茶店を経営されている女性が、
姿を見せて下さって、ご近所にも声をかけて下さいま
した。

 昼前には事務所に戻りましたので、戦没者追悼式の
テレビ中継をつけて、正午の時報に合わせて、全員で
黙とうをしました。

 しばらく時間がありましたので、インターンやボラ
ンティアで来てくれている、学生さんたちと話をしま
したが、保護者がいなくなった後も、障がい者が安心
して暮らせる、居場所をつくりたいという女性や、薬
剤師を目指しているという男性など、それぞれに思い
を持っています。

 午後一番は、先日お世話になったお年寄りが、再度
声をかけて下さいましたので、お知り合いの家を、何
軒か案内してもらいました。

 中には、知事になって間もない頃に出かけた、県内
では有名なお祭りの時、「橋本さんが実家に来てくれ
た」という床屋さんもいて、18年間の人のつながり
は、自分の予想以上です。
 
 この後、広報車と合流をして、夕方までに、6ヶ所
で街頭演説をしました。

 夜は、インターネットの動画サイト、ユーチューブ
が募集した、みんなが選んだ5つの質問に答える、ビ
デオを収録しました。

 子育て、年金、日本で暮らす外国籍の人への対応、
農林水産業への参入、それに、インターネットを使っ
た選挙活動の是非の5問ですが、子育てと年金はとも
かく、外国籍の人への対応や、一次産業への参入が、
一般に募集した質問項目の中で、ベスト5に選ばれる
あたりに、面白さを感じました。

 最後のインターネットを使った選挙活動は、当然自
由にするべきだと答えました。

 今の法律は、読み物と言えば、紙に印刷をしたもの
しかなかった時代に作られていますから、資金にゆと
りのある人とそうでない人の間に、不公平感が出ない
ように、選挙運動としてに出せる文書の、種類や数を
制限していると思われます。

 このため、インターネット上のホームページやブロ
グなども、従来の文書と同様の扱いで、公示日を過ぎ
ると、更新してはいけないことになっています。

 しかし、ネット上のブログやホームページは、資金
力に関係なく、毎日でも更新できますので、候補者の
間の不公平は生じませんし、ユーチューブを使った、
動画の配信も同様です。

 むしろ、インターネットの活用を自由にすれば、若
い世代の政治への関心が高まって、投票率も上がるで
しょうし、選挙にかかる費用も、逆に安くてすむよう
になるでしょう。

 このため、この質問への回答の締めくくりでは、自
分が議員になれたら、この規制緩和に、まず取り組み
たいと約束しました。

 街頭演説、お年寄りに案内されての挨拶まわり、そ
してユーチューブと、古今の戦術を満載した一日でし
たが、今書いたような事情から、このカウントダウン
ブログも、明後日の17日までで、後は更新できなく
なります。

 こんな国からは、オバマのような人材は、出てきま
せんよね。

 明日は、また朝から、せっせと街を歩こうかと思っ
ています。

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2009/08/14

残り16日(8月14日)

 カウントダウン33日目の14日は、朝一番で、会
社の朝礼に出かけました。

 とても真面目な社長さんが、朝礼の前に、折り入っ
てお話がと言われますので、何のことかと思ったとこ
ろ、お仕事に関わる陳情でしたので、快くお受けしま
した。

 そんなに大勢の社員がおられる事業所ではありませ
んが、みなさん大変真剣に聞いて下さいました。

 次に向かったのは、昨日の予定を一日のばしてもら
ったテレビ局で、いずれの質問の回答も、ご指定のあ
った40秒から45秒という時間内に、納めることが
できました。

 午後は、この夏初盆を迎える、かつての同志の家を
訪ねて、お仏壇に手を合わせました。

 彼とは、5回にわたる知事選挙を、ともに戦った仲
で、お仏壇の部屋に置いてあった私と並んだ写真が、
とても懐かしく感じられました。

 この後、事務所で、18日からの本番を前にした、
打ち合わせをしました。

 この日、初盆にうかがった彼が、見守ってくれてい
る気がして、打ち合わせでは、かなりの部分を、自分
で仕切ってしまいました。

 色々な意味で、全く経験をしたことのない選挙です
ので、やるしかないと気持ちを引き締めていますが、
関西からの、15人の大学生の参加など、これまでに
ない楽しみもたくさんあります。

 また、事務所で会った方から、「どぶ板」選挙とい
う呼び方を、言いかえるアイディアはないかと、質問
を受けました。

 今回、自分の運動としては初めて、地域をきめ細か
く回る、いわゆる「どぶ板」の活動をしてきました。

 その方は、そんな「どぶ板」の活動を、評価して下
さりながら、「それにしても、どぶ板という表現は、
そこに住んでいる住民にも失礼は言い方ではないか」
と、言われるのです。

 昔は、一軒一軒の家の前に、家庭からの排水や雨水
を流す「どぶ」があったことから、それを覆う板をこ
えて家を訪ねることを、どぶ板と呼んだのだと思いま
すが、確かに、何か新しい表現の仕方が、あっていい
のかもしれません。

 今の時代、お家の門や玄関の前に必ずあるのは、イ
ンターホンかベルですので、「どぶ板」にかわる言葉
は、「ピンポン」かもしれませんが、それだと、愛ち
ゃんのピンポンと間違えそうだしと、少し頭の体操を
しました。

 夜は、マッサージをしてもらって、明日の熱戦に備
えました。

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2009/08/13

残り17日(8月13日)

 カウントダウン32日目の13日は、テレビのショ
ートインタビューの準備や、たまっていたお礼の手紙
書きなどに、時間を使いました。

 この日は、当初の予定では、午前と午後に、別々の
テレビ局の取材が入っていたのですが、同じ様な質問
事項に対して、片や40~45秒、片や1分というご
注文です。

 そうなりますと、15秒分を削るために、文章の構
成を変えたりしないといけませんので、一日のうちの
午前と午後では、頭の切り替えが間に合いません。

 このため、午前の部は明日に持ち越してもらって、
その間に、時間がなくて書けなかった、手紙などをし
たためました。

 午後は、1分バージョンのご指名のあったテレビ局
で、4つの質問に答えましたが、手早く収録が終わっ
たため、残った時間を使って、各政党に対する考え方
などについて、取材を受けました。

 この後、事務所やホテルで、何人かの方とお会いし
ましたが、その中のお一人から、街頭演説に、手話通
訳をつけてはどうかという提案をいただきました。

 いきなりでは、マスコミ受けを狙ったパフォーマン
スで終わりますし、現実的にどれだけのニーズがある
かも、見極めなくてはなりませんので、すぐに実行と
いうわけにはいきませんが、街頭はともかく、室内で
の演説会では、こうしたことを、検討すべき時代にな
ってきていると考えさせられました。

 夜は、公務員志望で受験勉強中の若者など、若い世
代の人たちと、かなりの時間をとって話をしました。

 話題は、少子化のことや地方分権のことなど、いた
って真面目な内容ばかりで、少し肩のこりが増した気
もしましたが、若い世代の真剣なまなざしを見て、と
ても心強く感じました。

 その行き帰りに、路面電車を使いましたが、今夜は
花火大会があったため、行きも帰りも、家族連れなど
で満員でした。

 明日は、再び、企業の朝礼での、ご挨拶からスター
トをします。

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2009/08/12

残り18日(8月12日)

 カウントダウン31日目の12日、この日も、お年
寄りの男性とご縁のある日でした。

 朝は、ある事業所の朝礼で、ご挨拶をさせてもらい
ました。

 お盆休みで人数が少ないとのことでしたが、かなり
の方に、熱心に話しを聞いていただきました。

 また、この日は、昨日事務所でお会いした、お年寄
りの話からヒントを得て、各党のマニフェストに関す
る言いまわしを、少し変えてみました。

 ちょっとしたアドバイスが、話の内容を修正してい
く参考になります。

 朝礼の後、以前、ある町をまわった時にお会いした
お年寄りが、是非、ご近所を一緒に歩きたいと言って
下さいますので、この方のお家を訪ねました。

 すでに、お家の前で待っていて下さいましたが、い
つも使っている手押し車が面倒だと、杖をついて出発
です。

 お年は80歳を超えていますが、転んで股関節を2
ヶ所骨折したことがあるため、ゆっくりゆっくり案内
をして下さいます。

 それでも、訪問先の方から、「あれ、橋本さんとお
知り合いですか」と尋ねられると、「橋本さんが、初
めて高知に来られた時、東津野でお会いして」と、懐
かしい昔話を楽しそうに語られます。

 こうして1時間半近く、「あのお宅の前で転んで、
奥さんに助けてもらった」というお家まで行って、く
だんの奥さんに挨拶をしたところで、ついに、膝が痛
くなられてしまいました。

 迎えの車を待つ間、よそ様の軒先に並んで腰をかけ
て、おじいちゃんとお話をしましたが、なんとものど
かで豊かな気持になりました。

 昼からは、市内を南北に抜ける幹線道路を中心に、
6か所で街頭演説をしましたが、通行中のご家族づれ
が、わざわざ足をとめて下さるなど、励ましになるこ
とがいくつかありました。

 夕方からは、今流のキャンペーンの手法について、
仲間たちと意見交換をしましたが、時代遅れな法律の
壁が、政治への関心を妨げている面があることを、あ
らためて感じました。

 明日は、地元のテレビ局が用意した4つ質問に、お
答えをする取材がありますので、それ用に、頭を切り
替えないといけません。

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残り19日(8月11日)

 カウントダウン30日目の11日は、高知の夏祭り
「よさこい」鳴子踊りの、本祭にふさわしい暑い一日
でした。

 朝一番は、この日も、企業の朝礼でのご挨拶でした
が、お年を召した相談役が、わざわざ、私の紹介と、
推薦の言葉を語って下さったのには感激しました。

 この後、午前中は、ご紹介をいただいた、市内の店
舗をまわりましたが、中には、89歳7か月のご主人
と、80歳を超えた奥さまが開いている、「ストア」
もありました。

 店内には、婦人用のブラウスなどから、チューイン
ガムの類に至るまで、様々な品が置いてあります。

 店番をしていた奥さんにうかがうと、店を開いても
商売にはならないが、ご近所の方から、閉めないでく
れと言われるので、ボケ防止だと思って、品数をうん
と減らして、営業を続けているとのことでした。

 失礼ながら、さもありなんと思いながら、店内を見
まわしていると、あと半年で満90歳を迎えるという
ご主人が、二階から降りてきて下さって、しっかりと
手を握ってくれました。

 昼食は、郡部の方とともにしましたが、食事も終わ
ろうかという時に、同じレストランに来ていた、ある
大手の映画会社の、プロデューサーに声をかけられま
した。

 彼は、数年前にあるイベントで、「ほにや」という
よさこいチームの踊りを見て以来、「よさこい」を題
材にした映画制作を目指しています。

 現役の知事時代から、映画の実現に向けて、相談に
乗ってきましたが、主役も決まったため、本番を見に
来たとのことで、この話も、ついにここまでこぎつけ
たかと、嬉しい気持ちになりました。

 この日は、「よさこい」も佳境で、街なかは混雑し
ていますし、そもそも、お祭りに乗じて宣伝活動をす
るのを、快しとしない性格ですので、お世話になって
いる知人と一緒に、文化施設や福祉関係の施設をまわ
りました。

 その中で、ある福祉関連の団体では、所得の低い人
をはじめ、高齢者や障害者に向けた福祉資金の貸し付
け額が、増えているという話を聞きました。

 特に、勤め先を突然解雇されて、生活保護の申請を
出したものの、保護費の支給が受けられるまでの2週
間ほどの間の、生活費もままならないため、4~5万
円の貸し付けを受ける例もあるとのことで、一緒に話
を聞いていた人が、「こんな国になろうとは、思って
もいませんでしたねえ」と、つぶやかれたのが印象的
でした。

 事務所に戻ると、熱心な支援者が来られていて、無
所属で当選をしたら、その後はどうするつもりだと尋
ねられますので、自分の思いをご説明しました。

 夜は夜で、お客さんとの交歓を目的に、知り合いの
お店を訪ねたのですが、この時間は、ちょうど甲子園
で、高知代表の高知高校が試合中で、初めのうちはお
客さんの姿もありません。

 めでたく、高知高校が勝ちましたので、その後は、
次々とお客さんが姿を見せました。

 明日の朝は、少し遠くにある事業所に出かけて、朝
礼でのご挨拶をさせてもらいます。

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2009/08/10

残り20日(8月10日)

 カウントダウン29日目の10日、高知市内では、
朝から強い雨が降り続いていました。

 この日は、朝7時40分に家を出て、ある医療関係

事業所で、社員の方を前にご挨拶をしました。
 
 お聞きしますと、毎日の恒例の朝礼ではなく、私の
ためにわざわざ時間を割いて下さったとのことでした
ので、いつもより少し長めのご挨拶をしました。

 この間に、高知県内には、大雨警報や洪水警報が出
たとのことで、「よさこい」の本祭の行方とともに、
災害が起きないかと心配になります。

 この後、午前中は、知人のご紹介で、一次産業に関
連する事業所を、次々とまわりましたが、段々と雨も
小降りになって、ある事業所前の広い敷地では、丁度
訪れていた「よさこい」チームの踊りを、見ることが
できました。

 どの事業所でも、とどまるところを知らない安売り
合戦や、その影響で、中間の流通が消されてきている
ことが話題になりましたが、ここまで流れが行き過ぎ
ますと、これを時代の波と、前向きに受けとめること
は難しくなります。

 そんな状況の中ですが、新種を開発する難しさや、
野菜の一次加工の場所づくり、さらには、本県の特産
品の一つ、柚子の栽培のことなど、様々な話題をうか
がいました。

 昼食の後、広報などを担当してくれるスタッフに、
昨日までに書きあげた、地元紙と全国紙3紙分の、ア
ンケートの回答を手渡して、これをもとに、新聞広告
の文章などを考えてほしいと依頼しました。

 午後からは、青空ものぞいて、「よさこい」日和に
なった反面、地方(じかた)の乗った車や踊り子の移
動で、街中の混雑は激しくなります。

 午後、訪問したお店の前も、移動する踊り子さんた
ちで賑わっていましたが、中には、並んで写メを撮っ
てくれる女性もいました。

 夜は、再び街に出て、スタッフの友人が経営するお
店で、同級生の方々と一緒に、「よさこい」を見なが
ら食事をしました。

 東京で活躍する方から、地元の主婦まで、立場は様
々ですが、40代半ばの、元気な声を聞かせてもらい
ました。

 明日も、朝一番には、ある企業の、朝礼でのご挨拶
が予定されています。

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2009/08/09

残り21日(8月9日)

 カウントダウン28日目の9日は、朝から久しぶり
の雨でした。

 この日の前夜祭から、高知の夏祭り「よさこい」が
始まりますが、あいにくの雨で、花火大会は延期にな
りました。

 この雨では、住宅地などはまわりにくいため、アー
ケードのある、市内の中心商店街を訪ねました。

 最初に出会った、旧知の店主のお話によると、大河
ドラマ「功名が辻」で、土佐藩の初代藩主、山内一豊
がとりあげられた時には、売り上げが、前年比で3パ
ーセント伸びたそうですが、来年の大河ドラマ「龍馬
伝」では、下げ止まりがやっとではないかと予測され
ます。

 その上で、右肩上がりの時代を生きた先輩たちに、
昔はこうだったと言われても致し方ないので、次の世
代の者が何かに挑んでいかないとと、意気込みを話さ
れていました。

 さほど世代に開きのない、別の経営者の方も、お客
さんの少ない店内を指しながら、やるだけやって駄目
なら、退場するしかないと言われます。

 個人個人の努力や地方の行政だけでは、いかんとも
しがたい大きな波の現実を、つくづくと感じます。

 その道すがら、県外に進出して、外貨の獲得に努力
されている社長さんからは、お仕事に関する陳情もい
ただきました。

 ある洋品店に入って挨拶をしますと、柱の向こうに
いたお店の女性が、「いかがですか」と声をかけてく
れます。

 てっきり、自分に向かって言われたと勘違いして、
そうですねなどと答えようとしたところ、柱のかげか
ら、「ちょっときついわ」という声が聞こえてきまし
た。

 何のことはない、柱の向こうでは、女性客がスカー
トを試着中で、お店の人は、このお客さんに、「いか
がですか」と尋ねていたのでした。

 ちょっとバツの悪い思いをしながら、もう一度頭を
下げて失礼しました。

 帰りがけ、電車通りに出る途中で、最初の知事選挙
の時から応援してくれている、お店の奥さんが、「毎
日、ブログを楽しみに読んでる」と言ってくれました
ので、また元気が出ました。

 午後からは、関西からの、大学生のインターンを企
画している、大学の先生や、県内の大学生と話をしま
した。

 選挙期間中に、何人かの学生が来てくれるというこ
とですので、私の運動の手伝いというよりも、選挙や
政治に、若い世代の関心を高めるような活動を考えて
ほしいと、思いをお伝えしておきました。

 東京から来てくれている、インターンの学生のこと
を紹介した際にも書きましたが、事務所の手伝いをし
てくれている若い人たちを含めて、次の時代を担う世
代に、この運動が何かを残せればと思います。

 明日は、事業所での朝礼からスタートですが、かな
り早起きをしないといけないようです。

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2009/08/08

残り22日(8月8日)

 カウントダウン27日目の8日、朝は市内の病院を
訪問しました。

 幹部の方々と話しをしますと、30年後には、重度
のお年寄りの数が、現在の1点5倍から2倍にふえる
と考えられるため、今のうちから、医療費の抑制を考
えることはわからないではない。

 しかし、かといって、在宅でカバーできるかといえ
ばそうではないので、国としての方針を明確にしなく
てはいけないと、至極当然なお話です。

 また、患者さんの重度化が進む中で、仕事のきつさ
に比べて報酬が低いことから、介護職員の離職率が高
いという悩みを、こちらでもうかがいました。

 この後は、ご紹介を受けたお店に、ご挨拶に行きま
したが、あまりに静かにお話を聞いたためか、後で、
「どうも元気がなかった」と、ご注意の電話をいただ
きました。

 午後は、この日も、街頭演説をした後、町をまわり
ました。

 街頭の2ヶ所目で、小さな女の子を連れて話を聞い
て下さった女性に、演説の後で話しかけますと、「こ
の子が、何か声が聞こえると言うので出てみました」
と言われます。

 それは有難うという思いを込めて、女の子の頭をな
でてあげました。

 また、3ヶ所目の街頭の場所では、演説の途中に現
れた2人の男の子が、道路にしゃがんで、真剣な顔で
耳を傾けてくれましたので、後で、「何年生?」と聞
きますと、にこやかな顔で「6年生」と答えます。

 話を聞いてくれてどうも有難うと、2人と握手をし
ました。

 この後、この近くの住宅地をまわったのですが、あ
るお宅で、若いお母さんが、「うちの息子が、さっき
そこで握手をしてもらったと言ってました」とおっし
ゃいます。

 玄関から顔をのぞかせた、坊やの顔を見ますと、街
頭演説の時、道にしゃがみ込んで、話を聞いてくれた
男の子でした。

 この他にも、玄関の前に置いた小さなプールで、水
遊びをする姉妹もいて、夏休みらしい光景が、あちこ
ちで見られました。

 そんな時に、ご迷惑だろうなとも思いながら、汗に
まみれて、住宅地をまわり続けました。

 夕方からは、新聞社のアンケートの回答文を考えま
したが、質問の内容は同じでも、指定された字数が違
うと、書き方の順序が違ってきますので、相当苦労を
しました。

 明日の日曜日も、町をまわりますが、せっかくの休
日ですので、なるべく邪魔をしないようにしたいもの
です。

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残り23日(8月7日)

 カウントダウン26日目の7日、今朝の朝礼は、全
国に展開する企業の高知の支社でした。

 それぞれの事業所の規模によって、一同が会議室に
着席する形や、作業場に輪を作ってなど、朝礼にも、
様々なパターンがあります。

 この日の事業所は、職場のデスクが、すべて一つの
方向に向いているため、オフィスの最前列に立って話
をしました。

 この後、久し振りに県庁に行って、記者クラブで、
各社の共同取材を受けました。

 取材の内容は、立候補予定者の横顔で、知事を辞め
てからのエピソードや趣味の話など、思い思いの質問
が飛びます。

 その中に、最近、一番気になったニュースは何かと
いう質問がありましたので、「それは、酒井法子さん
のことだけど、警察は何か知っているように思えるの
で、それが逆に怖いね」と答えたのですが、その後の
展開は、あまりにも予想外でした。

 この席には、私の付き添いとして、二人のスタッフ
が同行してくれました。

 一人は、今月1日から、学生インターンとして、わ
が事務所に来てくれている、高知出身の女性です。

 学生とはいえ、社会人入学ですので、一般の大学生
よりは少しお姉さんですが、社会人入学の動機には、
自分なりに考えさせられるものがありました。

 もう一人は、24歳の男性で、バスケットボールの
クラブチームの選手ですが、縁あって、先日からお手
伝いをお願いしています。

 この他にも、大学生やその世代の仲間など、若いス
タッフが日々の活動を支えてくれていますが、今回の
私の運動を通じて、若いみんなが、何かを吸収してく
れれば嬉しいと思っています。 

 県庁を出て、いきつけの床屋さんで、本番に備えま
したが、昼食のために家に帰った時、携帯にかかって
きた知人からの電話には、驚かされました。

 それは、私が病に倒れて、言語障害になったという
情報があるという話です。

 それにしても、謀略とも言えないようなみえみえの
ガセネタを、せっせと流す人がいるものだと、妙な感
心をしてしまいました。

 男前になったつもりで、午後からは、市内の5ヶ所
で街頭に立ちましたが、あまりもの暑さで、演説に集
中するのが大変でした。

 夕方からは、ある企業団地の納涼際に顔を出して、
焼きそばと鳥のぱりぱり揚げで、軽い夕食をすませま
した。

 明日の朝は、市内の病院などを訪ねます。

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2009/08/06

残り24日(8月6日)

 カウントダウン25日目の6日、ついに、カウント
ダウンを始めてから過ぎ去った日々が、残る日数を上
回りました。

 この日の朝一番は、市内の事業所で、若手の社員の
方々を前にしての、朝礼でのご挨拶でした。

 最初に、幹部の方が、「自民党と民主党は、あれだ
け悪口を言い合っていたのに、マニフェストが出てみ
ると、言い合うほどの違いはない。どうして、こんな
ことになるのか、みんなもよく考えてほしい」と言わ
れますので、「なるほど、その通りだなあ」と、自分
も、よく考えてしまいました。

 挨拶を終えた後、この幹部の方とお話をしますと、
「景気が少し持ち直しているように言われるけれど、
来年の春には、またガクッと落ちるでしょうね」と、
かなり心配な話をされていました。
           
 この後、午前中は、地元のテレビ局で、選挙関連の
ニュース番組に使う、ビデオの収録をしました。

 昨日のブログには、インタビューと書きましたし、
自分もそのつもりだったのですが、何と収録の場所は
スタジオの中で、見れば、政見放送の収録と同じよう
な、カメラに向かってしゃべるセッティングです。

 内容は、現在の政治情勢や、国と地方のあるべき姿
などの質問に、わずか45秒以内で答えるという、い
ささか無理難題でしたが、私のように、無所属で立候
補しようとする者は、政見放送の機会も与えられませ
んので、たとえ1分足らずでも、テレビの前で話せる
のは幸いと思って、気合いを入れました。

 午後は、ある団体の代表者の方が、推薦状を届けに
来て下さいました。

 業界団体や各種の組合は、それぞれに支持政党を持
っていますので、無所属の私に推薦を出して下さる団
体は、実に貴重な存在で、有難く頂戴しました。

 続いて、いくつかの打ち合わせをすませた後、お世
話になっている女性の案内で、市内のお店などを回り
ました。

 この方は、先月20日のブログで紹介をした、私が
吹き込んだCD「四国のロマン」の作者で、聞けば、
来週中には発売予定だといいます。

 帰りがけには、CDのケース百枚に、サインをする
よう依頼を受けました。

 明日もまた、ある事業所での、朝礼のご挨拶からス
タートです。

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残り25日(8月5日)

 カウントダウン24日目の5日、かねてから約束を
していた神戸の医師を応援に行きました。

 自分の情勢の厳しさからいえば、人の応援に出かけ
ている場合ではないのですが、この方の思いや志にこ
たえたいと思って、朝から神戸に行きました。

 この方は、去年7月に、私が自分の考え方をまとめ
た、「大二郎の旗」を発表した際、その考え方に共感
を寄せて下さった一人で、小児医療に携わってこられ
た経験から、政治の場に関わらなければ、子供の未来
や日本の医療は良くならないと考えて、政治には全く
の未経験ながら、出馬を決意されました。

 神戸に行って気づきましたが、本当の手作りで、そ
の道の専門家やマスコミからは、何をしているのかと
思われたかもしれません。

 でも、政治はかくあるべきだといった、頭でっかち
な人よりも、専門の仕事を通じて感じた壁を、政治を
通じて破っていきたいという熱意と志が、いつの日に
か、永田町的なものを変えていくのではないかと、ほ
のかな期待も感じました。

 帰りは、車で鳴門大橋を超えて3時間余り、ぐった
りとくたびれましたが、人生には無駄はないと自らに
言い聞かせました。

 この後、明日午前に収録がある、地元のテレビの、
1問あたり45秒という、ショートインタビューへの
答えを、深夜まで考えました。

 明日は、その前に、会社の朝礼でのご挨拶からスタ
ートです。

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2009/08/05

残り26日(8月4日)

 カウントダウン23日目の4日は、事業所でのご挨
拶が3ヶ所、街頭演説3ヶ所、その間に、午前と午後
2時間ずつの町まわりと、かなり詰んだスケジュール
でした。

 朝一番は、ある事業所でのご挨拶で、人数こそ10
人足らずでしたが、私の話に、皆さん真剣に、耳を傾
けて下さいました。

 この後、農村地帯が残る地域をまわりましたが、朝
から良い天気でしたから、農家の方は皆さん外に出て
いて、お家ではなかなかお目にかかれません。

 ただ、農機具などの置き場にもなっている、作業場
を尋ねますと、お米を袋に詰めているご夫婦など、仕
事中の方々とお会いすることができました。

 お米と言えば、県の東部の安芸市まで、稲刈りを手
伝いに行って帰ってきたばかりだという方もいて、あ
らためて、季節の移ろいを感じました。

 午後は、ある事業所でご挨拶をした後、その足で街
頭に立つ予定でしたが、そこからのご紹介で、近くの
別の事業所を訪問をしますと、そこでも、職員の皆さ
んを前に話をさせて下さいました。

 この後、予定通り3ヶ所で街頭演説を済ますと、今
度は、市の北部の住宅地をまわりました。

 こちらも、お留守のお宅が多かったのですが、夏休
み中ですので、子供さんが出て来て、応対してくれる
例も何軒かありました。

 夜は、応援をして下さっているグループの方々と、
懇談の場を持ちました。

 郵政民営化から、日本の核武装の是非に至るまで、
ハードな話題も数々ありましたが、楽しいひと時を過
ごすことが出来ました。

 明日は、以前からの予定で、県外に出かけます。

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2009/08/03

残り27日(8月3日)

 カウントダウン22日目の3日は、朝から少し遠出
をして、ある企業の朝礼でご挨拶をしました。

 その中で、ある男性社員が、「橋本さんは高知の誇
りです」と言われますので、いくらなんでも、それは
ほめ過ぎではと思いましたが、重ねて、「本気でそう
思っています」と言って下さいますので、有難く受け
とめました。

 朝礼を終えると、すぐにきびすを返して、高知市の
住宅地などで、街頭演説に立ちました。

 1ヶ所目の住宅地では、何人かの方が顔を出して下
さいましたが、地元のテレビクルーが取材に来ていま
したので、炎天の下でも、だらだらと歩くわけにはい
かず、遠くで日傘をさして聞いて下さった、女性のも
とに向けて、かなりのスピードで走り始めました。

 すると、カメラマンがカメラを抱えたまま、横を並
走してくれますので、速度を落とせなくなって、必死
で走り続けました。

 午前8時からの朝礼のため、朝は6時台に起きまし
たので、午前9時台から、こんなに力を出し切って大
丈夫かと思いましたが、幸い息も切れずに、お話をす
ることが出来ました。

 引き続きこの場所で、今回有権者に特に訴えたいこ
とはとの、ショートインタビューを受けましたので、
「地域自立型の国」をつくることの必要性をあげると
ともに、郵政民営化の風にあおられた、4年前の選挙
を思い出して、風だけに流されない判断をしてほしい
と答えました。

 街頭演説の後、町をまわりましたが、「わあ~っ嬉
しい」と喜んで下さる方や、「母が喜びますから、是
非会っていってやって下さい」とおっしゃる奥さまな
ど、暑さを忘れさせてくれる出会いもありました。

 午後は、お年寄りへの、福祉サービスの施設を尋ね
ましたが、仰向けに寝たままの、お年寄りの女性から
も、お目にかかれて嬉しいと、逆に、こちらが嬉しく
なるような言葉をもらいました。

 この後、新しい事務所で、今後の予定などを打ち合
わせましたが、何かと至らぬ私を支えてくれる、事務
所のスタッフと、ボランティアの方々には頭が下がり
ます。

 この日は、少し早じまいが出来ましたので、家でゆ
っくりと風呂につかりました。

 明日は、また、会社の朝礼と町まわりからスタート
です。

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残り28日(8月2日)

 カウントダウン21日目の2日、午前中は2時間ほ
ど、住宅地をまわりました。

 熱く語りかけて下さる方もいましたし、かねてから
知人の、市民運動の旗手の一人にも会えました。

 昼食後は、市内の中心部で街頭演説をしましたが、
「顔を見たことがある」と言って、喜んで握手をして
くれる女の子もいれば、「おまんが通ることはなかろ
う」とおっしゃる、大二郎嫌いのオンちゃんもいて、
当然のことながら反応は様々です。

 街頭を終えたその足で、高知市の文化施設で開かれ
ている、「マンガ甲子園」の会場をのぞきました。

 このイベントは、私が知事になった時からスタート
した、全国の高校生の、マンガの腕比べ大会で、今年
で18回目を迎えます。

 ということは、第一回の大会が開かれた頃に生まれ
た子どもたちが、今は、この大会の主人公になってい
るわけで、よくぞ続いてくれたという思いと同時に、
あらためて歴史を感じました。

 出版社などのスカウトも、多数駆けつけてくれるよ
うになったため、大会の重みと広がりが、以前とは比
べ物にならない気がしました。

 第一回の大会から、審査委員長を務めて下さってい
る「やなせたかし」さんが、90歳を迎えて、なおお
元気なのは嬉しいかぎりですが、審査するものとされ
るものの年の差が70歳以上というのも、全国でここ
にしかないことでしょう。

 夕方からは、10人ほどが参加して下さった会で、
お話をしました。

 なるべく、理屈っぽい話ではなく、素の大二郎を出
してほしいとの、主催者のご注文がありましたので、
父や母、そして兄のことなどを織り交ぜながら、1時
間余りお話をして、後は意見交換をしました。

 その中で、参加者のお一人から、「橋本さんの魅力
は、やんちゃなところなので、これからも、思い切り
やんちゃでいて下さい」と言われたのが、印象的でし
た。

 明日は、また、企業の朝礼でのご挨拶から始まりま
す。

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2009/08/01

残り29日(8月1日)

 カウントダウン20日目の1日は、予定通り、朝礼
での挨拶からスタートしました。

 昨日のブログにも書きましたように、東京の都議会
議員選挙が終わってから、間もなく3週間がたちます
ので、「都議会議員選挙の時に吹いた風は、私のよう
に、永田町に新しい風を吹かせたいと思っている者に
も、向かい風となることを、覚悟しておかなくてはな
りません」といった話を、いつまでも、し続けるわけ
にはいきません。

 そこで、各党のマニフェストが出そろったのを受け
て、昨夜遅く、ニューバージョンの演説内容をまとめ
ました。

 あらためて、自民と民主の政権公約を見比べてみま
すと、こちらは無料、あちらはお手当てと、まるで、
スーパーの安売り競争のような様相で、そこからは、
両党が目指すこの国の全体像は見えてきません。

 そこで、その点を指摘した後、無所属の自分は、こ
の安売り競争には参加できないが、その代り・・・と
いった流れで、持論の「地域自立型の国」をつくる必
要性に話をつなげました。

 もう一つのポイントは、二大政党の時代に、今なぜ
あえて無所属で戦うかです。

 もちろん、無所属の一議員では、理想を実現させる
ことはできませんから、国政の場で仕事ができるよう
になれば、何らかの形で、政党と手を結んでいくこと
になります。 

 しかし、今のままの自民党は、すでに歴史的使命を
終えていますし、今のままの民主党も、様々な経歴の
持ち主が混在する政党ですから、新しい時代を切り開
く力にはなりません。

 私も、政権交代は必要だと思っていますが、その後
には、今とは違った政治の枠組みが、必ず生まれてく
るはずです。

 その時に、新しい流れの道しるべになるような政治
家を目指したいというのが、私が、あえて無所属で戦
う理由だと説明しています。

 最後に強調したのは、4年前を思い出してもらいた
いということです。

 4年前は、郵政民営化という大きな風に流された結
果、その後は毎年、総理大臣が入れかわる事態になり
ました。

 これに対して今は、二大政党の中での政権交代とい
う風が吹いていますが、多くの方が、この風だけにあ
おられてしまえば、4年前と同じ過ちを、繰り返すこ
とになりかねません。

 こんな流れの演説が、今月からのニューバージョン
です。
 
 演説の内容を変えた話が長くなりましたが、この日
は、地元の新聞社の取材を受けた後、昼過ぎに自宅に
戻ると、選挙の世論調査の電話がかかってきました。

 テープに吹き込んだ女性の声が、自動的に流れる仕
組みで、よほど、「橋本さんを支持します」と答えよ
うかと思いましたが、時間もなかったのでやめておき
ました。

 午後からは、7ヶ所で街頭演説をしましたが、最後
の演説場所で、大きなマンションのベランダから、何
人かの方が手を振って下さったのが、印象に残りまし
た。
 
 明日は、町まわりをした後、マンガ甲子園の会場に
も、顔を出したいと思っています。

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