« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月

2009/11/29

紙袋の置場所(11月27日)

 27日朝、地下鉄の駅のエスカレーターで、ふと感
じたことがありました。

 駅は、半蔵門線の永田町駅ですが、古い路線に接続
する形で、後から出来た地下鉄の駅にはつきものの、
長いエスカレーターがあります。

 そのエスカレーターに乗って、手に持っていた紙袋
を、何気なく一つ前の段に置いたのですが、ふと前を
見ますと、丈の短いスカートをはいたお嬢さんが、立
っているではありませんか。

 一瞬のうちに、「スカートの中を盗撮する人は、こ
うするのかもしれない」、「ということは、この状況
で紙袋を置いていると、盗撮をしていると疑われかね
ない」、「すぐに、一段後ろに下がらないと」といっ
た思いが、頭の中を駆けめぐりました。

 次の瞬間、紙袋を持って、そのまま後ろに一段下り
ましたが、都会には、様々なリスクがあるものだと、
気づかされました。

 リスクと言えば、地下鉄の車内や駅の構内は、この
季節、室温がかなり暑く感じられます。

 このため、下手に厚着をしていると、電車に乗って
いる間に汗ばんでくるのですが、一歩駅から外に出る
と、急に冷たい風にさらされますので、風邪をひくリ
スクも、これからはかなり高くなりそうです。

 地下鉄などにひそむ都会のリスクは、この他にも、
まだまだあるのかもしれません。

|

最後の砦(11月26日)

 日夜、古巣のNHK社会部の、OBたちが集う
会に出席しました。

 この会合のことを知ったのは、数週間前に、ある先
輩記者から声をかけてもらったのがきっかけですが、
会場を訪ねますと、予想をはるかに超える、数多くの
先輩・後輩が顔をそろえています。

 最年長組の中には、自分が新人記者として福岡に赴
任をした時、直属の課長だった方もいました。

 この方の顔を見ると、福岡に着任した初日に、焼き
肉屋でご馳走していただいた際、肉の焼き方がなって
いないと怒られたことを思い出しますので、挨拶の順
番がまわってきた時には、そんなエピソードをまじえ
て話をしました。
  
 それにしても、先輩たちはいたってお元気で、あら
ためて、高齢社会を実感させられました。

 そんな中、昭和47年入局の同期のうち、この会に
出席したのは3人だけでしたが、そのうちの一人が、
「おい、いよいよ困ったら、NCの三階まで来い」と
声をかけてくれます。

 何かと思って聞くと、渋谷のNHK放送センターの
中にある、報道局ニュースセンター、通称「NC」の
三階に、衛星放送のニュース向けに、原稿を書き直し
ている部署があって、原稿さばきに手慣れた0Bたち
が、昔取った杵柄を生かしているというのです。

 徹宵の勤務をすれば1回で3万数千円になるから、
最期の砦はここにあると思って、心おきなく頑張れと
いうのが、同期の彼からの励ましの言葉でした。

 同期の仲間は温かいなと思いながら、彼の話を有り
難く受けとめました。 

|

2009/11/25

事前取材に事業仕分けを(11月24日)

 24日は、明後日の朝、久し振りにラジオの番組に
出演するのを前に、少し今風のネタも仕込もうと、話
題の事業仕分けの現場を見学に行きました。

 事業仕分けは、地方自治体が、国より先に手をつけ
始めた手法ですが、県で行っている事業を一つずつ取
り上げて、本来、国・県・市町村のいずれが担うべき
仕事かを、仕分けてみようという試みでした。

 それによって、国・県・市町村での、仕事のダブり
をなくすとともに、それを、地方分権につなげていこ
うというのが、本来の狙いだったと思います。

 これに対して、事業の見直しによって、予算の無駄
づかいをなくそうという試みは、「事業評価」という
別の呼び方で取り組んでいましたので、話題になって
いる国の事業仕分けは、その点が混同されているとの
印象を持っていました。

 ただ、実際に会場に出かけて、いくつかの作業の現
場を見ますと、大いに意義のある取り組みであること
が実感できました。

 確かに、先ほども言いましたように、本来の意味で
の「事業仕分け」と「事業評価」とが、混同されてい
ることは否めませんし、仕分け人も、国民から公平に
選ばれた人ではありません。

 しかし、これまでの自民党の長期政権の中で、あま
りにも不透明すぎた各事業の実態が、表に出てくるこ
と自体、意味のあることです。

 また、これまでは、事業分野ごとに分かれた、自民
党の部会への説明だけに腐心してきた役所の意識を、
国民向けの説明に切り変えていく上でも、大きな転換
点になると思いました。

 役所の側も、これまでの惰性から抜け出して、あい
まいではなく明確に答えることを、また、反論すべき
は即座に反論するディベート力を、求められているの
でしょう。

 会場にいたのは、わずか3時間ほどでしたが、この
取り組みが国民に支持されている理由は、その場のや
り取りからも容易に感じ取れました。

 冒頭にも書きましたように、明後日26日の朝、ニ
ッポン放送の「上柳昌彦のお早うGoodDay」と
いう番組に出ますので、この日の取材が役に立てばと
思っています。

 朝の7時過ぎから8時前までの早朝ですが、ご興味
のある方は聞いてみて下さい。

|

めそめそするな(11月21日)

 21日夜、次男の家族と、近所のイタリアンで夕食
をしました。

 次男には、6歳と4歳の息子と、2歳の娘がいます
が、6歳の男の子が受験中だったため、久しくご無沙
汰でした。

 ようやく受験も終わったため、久し振りに一緒に夕
食をしたのですが、一番下の女の子は、赤ん坊の時以
来会っていませんでしたので、その成長ぶりに驚かさ
れました。

 上の二人は、周囲にとても気を使うお兄ちゃんと、
わが道を行きながらも、結構恥ずかしがり屋の弟と、
それぞれにキャラクターが出ていますが、末っ子も、
すっかり女の子になっています。

 とはいえ、昼間に公園で目いっぱい遊んだためか、
お店に入って間もなく、おねむになってダウンしてし
まいました。

 その姿を見て次男坊夫婦は、これで落ち着いて食事
が出来ると、安心した様子でしたが、お姫様がお目ざ
めであれば、それほど力強い存在のようなのです。

 聞けば、お兄ちゃんたちが泣いていると、そばまで
来て、「めそめそ泣くんじゃない」と喝を入れるそう
で、生活力のたくましさには、親からも太鼓判を押さ
れていました。

 おねむになる前に、そのたくましさの片鱗を見てお
きたかったと思いましたが、今度会う時に彼女から、
「めそめそするな」と叱咤されないように、気をつけ
なくてはいけません。

|

2009/11/23

4列目の男(11月17日)

 17日午後、公安関係の専門家から聞いた「第4列
の男」という表現を、興味深く聞きました。

 この方は、公安担当の現役時代に、全共闘系の学生
のデモ隊と、しばしば対峙した経験をお持ちです。

 その当時、ある国立大学に、実に演説のうまい学生
がいて、彼がアジ演説をぶつと、多くの学生が集まっ
てきたそうです。

 そんな、運動のリーダー格でありながら、機動隊と
ぶつかり合うデモとなると、最前列には彼の姿が見つ
かりません。

 彼はどこにいるのかと部下に問うと、4列目にいま
すという答えが返ってきましたので、デモ隊の4列目
に目をやると、そこに、仲間とスクラムを組む彼の姿
がありました。

 では、なぜ4列目なのかですが、1列目から3列目
までは、機動隊との衝突の中で、検挙される危険が高
いのに対して、4列目なら無傷でいられるからではな
いかというのが、この方の分析でした。

 実際に、この4列目の方は、学生運動でかなりの名
をはせながら、一度も検挙歴がないのだそうです。

 話の本題はそこからで、この第4列目の方は、今は
ある要職に就いているのですが、今もまた、その組織
の4列目に位置していると、この方は指摘します。

 確かに、言われてみれば、その人物の立ち位置は、
そう見えなくもないのですが、学生時代と同様、上が
傷を負って退く時に備えて、じっと4列目で、次の機
会をうかがっているのに違いないと、うがった見方を
教えていただきました。

 4列目の男が誰を指しているのかは、ご想像にお任
せしますが、うがち過ぎとも言えるお話を、思わずう
なずきながら聞いてしまいました。

|

飲み屋で使うな(11月16日)

 16日夜、父方の父祖の地である、岡山県総社市の
市長さんからのお誘いで、在京の総社市出身者の会に
出席しました。

 私自身は、東京生まれの東京育ちですが、父方の祖
父が現在の総社市の出身ですし、今の市長さんは、兄
龍太郎の秘書を長く務めた人ですので、在京の出身者
の会に出てみませんかと、声をかけてくれました。

 総社市は、岡山、倉敷、津山に続く、人口では県内
4番目の市ですが、いわゆる首長連合の一員として意
気軒昂な市長さんは、岡山や倉敷にも負けないぞと、
パワーポイントを使って、市の元気さをアピールしま
す。

 地元に工場を持つ自動車メーカーが、リーマンショ
ックの影響で落ち込むと見るや、市民がこのメーカー
の車を買う場合には、10万円を支給するという対策
を打ち出して、話題と物議をかもしましたが、用意し
た予算の枠をすぐに使い切るほどの人気でしたので、
この対策の紹介には力が入っていました。

 また、パワーポイントの映像の中には、先ほどの首
長連合の一員として、原口総務大臣のもとに、陳情に
出かけた場面もありましたが、「新聞やテレビでは、
『橋下徹大阪府知事や中田宏元横浜市長ら』という表
現で、私は『ら』と呼ばれています」と、会場の笑い
をとります。

 国分寺を中心とする吉備路観光も、市の大切な資源
ですが、この日の参加者には、国分寺の五重の塔をデ
ザインした、「在京総社の会」の会員の名刺が配られ
ました。

 市長さんからは、どんどん使って、総社の宣伝をし
てほしいとの依頼がありましたが、名刺の住所に郵便
物を送ると、市長のところに届くので、くれぐれも飲
み屋の支払いには使わないようにと、釘をさすのを忘
れませんでした。

 市長さんのプレゼンが終わった後、今話題の事業仕
分けに話を向けますと、仕分け人の中に、地方の声を
代表する人が一人もいないのはおかしいと、ごもっと
もなご立腹でしたので、別の機会に、またゆっくりと
話をすることにしました。

|

結婚の条件(11月14日)

 14日、ある外交関係の方からいただいた、ロシア
に関する本を読んでいて、国際結婚をテーマにしたネ
タは、民族間の文化の違いを表現するにあたって、格
好の題材になることを知りました。

 この方とは昨日、お勤め先の事務所でお会いしたの
ですが、その際に、中国の新疆ウィグル地区で、漢族
とウィグル族との、融和が進まない理由は何かが話題
になりました。

 ウィグル族はイスラム教徒ですので、漢族との間に
は、宗教をふくめて様々な溝がありますが、その一例
に出てきたのが、両族の間での結婚の難しさです。

 というのも、イスラム教徒であるウィグル族は、宗
教上の理由で豚肉を食べませんが、漢族にとって豚肉
は、主たる食材の一つですので、両族が結婚すると、
食事をともに出来なくなるからというわけです。

 もちろん、それだけが原因ではないにしろ、両族間
の溝の背景を考えるには、参考になる話でした。

 帰りぎわに、この方から、ロシアの現状に関する本
をいただいたのですが、この日、その本を読んでいま
すと、その中にも、民族をまたがる結婚の話が出てき
ました。

 それは、ロシアと中国との国境付近の話で、ロシア
人の女性と中国人の男性との、国際結婚がふえている
というのです。

 その結婚によって、中国人の男性は、一人っ子政策
に縛られずに何人も子どもを作れるし、ロシア人の女
性は、アル中のごとき酒飲みの亭主から解放されるか
ら、というのがその心でした。

 なるほど、文化の違いを表現するには、国際結婚の
話題は格好の題材になるのだなと、重ねて勉強になり
ました。

|

2009/11/22

お父さんの真似(11月13日)

 13日夜、知人の紹介で会食をした、ある相撲部屋
のおかみさんから、その部屋の関取にまつわる、ほほ
えましい話を聞きました。

 この部屋の親方は、弟子からかなり恐れられている
らしく、学生時代に稽古中、頭からぶつかって首を痛
めたのがトラウマになって、どうしても、思い切った
立ち合いが出来なかった弟子が、親方に怒られるより
はましだと思ったら、過去のトラウマを払拭できたと
いいます。

 心の古傷となっていた、精神的な外傷を吹き飛ばす
ほどの怖さというのもすごいですが、この弟子は、大
関に昇進した時に、親方の恐ろしさのお陰で大関にな
れたと、礼を言ったそうです。

 次の話題の主人公は、この部屋の前頭の関取で、あ
る日家族連れで、ディズニーランドに遊びに出かけた
時のことです。

 順番を待って並んでいると、2歳になる息子が、何
度もばたっと手をついて、四つん這いに倒れて見せま
す。
 
 まわりの人が笑うと、息子はますます面白がって、
ばたっばたっと所かまわず、四つん這いのパフォーマ
ンスを繰り返します。

 何をしてるんだと尋ねると、「お父さんの真似」と
言うので、はたと気づいて恥ずかしくなりました。
    
 というのも、この関取は、はたかれたり引き落とさ
れたりして、しばしば土俵に手をつくのですが、息子
は、手をついて倒れる父の姿をテレビで見て、それを
真似しているとわかったからです。

 この話を聞いて、子供の目は鋭いと思うと同時に、
孫に変な真似をされないように、気をつけなくてはい
けないと、わが身を振り返りました。

 それにしても、こんな話を怖い親方に知られたら、
どうするんでしょうね。

|

2009/11/21

セーヌ川を自転車で(11月11日)

 11日午前、先日お会いした港の専門家に続いて、
今度は河川の専門家のもとを訪ねました。

 この方も、官の世界で、治水や利水の仕事に携わっ
てきた方で、高知県内で、集中豪雨による大きな被害
がでた時などに、大変お世話になりました。

 知事時代に出会った、霞ヶ関の技術畑の官僚の中に
は、視野の狭いつまらない人もいましたが、感心する
ほど識見が広く、この国に対する思いも深い方が何人
もいました。

 先日お会いした、港湾関係の方もそうですし、この
日お会いした方も、そんな人材のお一人ですが、部屋
を訪ねますと、その壁には、海抜を色分けにした、東
京23区内の大きな地図がかかっています。

 いわゆるゼロメートル地帯など、海抜の低い地域は
青く、高いところは緑に塗り分けられていますが、ち
ょうどその境目にあたる沢の出口が、その名の由来の
通り「溜池」で、そこから海側は、洲の上にある銀座
が少し緑色になっているのを除けば、一面青色で塗ら
れています。

 ですから、江戸時代の初めに、河口を千葉県の銚子
に付け替えた利根川は、ひとたび氾濫をすれば先祖返
りをして、東京に流れ込みますから、青く塗られた地
帯は水浸しになる恐れがあるわけです。

 その話の中で出てきたのが、ヨーロッパの川と日本
の川の、長さや傾斜の違いで、たとえば、パリを流れ
るセーヌ川は傾斜がゆるいため、上流まで自転車でさ
かのぼることが出来るとのことでした。

 これに対して、日本の川沿いを自転車でさかのぼろ
うとしても、途中で力尽きることは言うまでもありま
せん。 

 大型工事の発注のシステムに、多くの国民が疑問を
感じている今、この仕組みを思い切り見直すことに、
私は賛成なのですが、それに応じて、治水の仕組みも
改める場合には、それに伴うリスクの存在を、事実と
して受け止めておかなくてはなりません。

 実直な技術者の悩みを聞きながら、そんなことを考
えました。

|

2009/11/20

旅役者の母心(11月10日)

 10日午後、アグネス・チャンさんとお会いしまし
たが、小さな体から明るいエネルギーがほとばしる、
相も変らず熱い方でした。

 アグネスさんとは、知事時代に、高知県の少子化対
策のキャンペインをお願いしたのがきっかけで、今で
も、知り合いの片隅に入れていただいています。

 この日、都内のご自宅兼事務所を訪ねますと、こち
らも夫婦連れで出かけたためか、ご主人ともどもお相
手をして下さいました。

 赤ちゃんを連れて職場に出かけることの是非が論じ
られた、アグネス論争の当事者だったご長男も、すで
に、アメリカで仕事に就かれているとのことですが、
IT関連の起業で、うまくいくかどうか心配だと語る
あたりは、いずこも親心にかわりはありません。

 また、日本ユニセフ協会の大使として、今は、西ア
フリカの国、ブルキナファソに関心を寄せているとの
ことで、国民の95パーセントが、自給自足型の農民
というこの国にとっては、地球温暖化の影響で、雨が
少なくなったことが死活問題だと、支援の在り方に心
を寄せておられました。

 とはいえ、こうした任務の大半はボランティアです
し、紳介さんらと絡む、テレビのバラエティー番組へ
の出演も、どちらかと言えば余技に近いとのことで、
主な仕事は地方での講演です。

 ただ、末っ子のことが気になって、日帰りの日程を
原則にしているため、「まるで旅役者みたい」と、は
にかまれます。

 では、末の男の子はおいくつと尋ねますと、13歳
とのことでしたので、お母さんの思いは永遠だと、ま
たまた親心に感心してしまいました。

|

2隻のコンテナ船(11月9日)

 9日午後お会いした、港湾関係の専門家から、韓国
のコンテナ船の動きにまつわる、考えさせられる話を
聞きました。

 この方は、官の立場から、長く港づくりに取り組ん
できた方で、現職の知事時代から、おつき合いをいた
だいています。

 この日の話題は、やはり港のことで、シンガポール
は、相変わらずこの分野に強いと言われます。

 それは、一部を民営化しているシンガポールの港湾
局が、他国での港づくりを手伝うと同時に、その港の
管理も担うことで、自国との船荷のネットワークにつ
なげているからです。

 これに対して日本は、ODAの資金を使って、開発
途上国に港を作ってきたものの、ハードの整備だけで
終わってしまうため、後背地の開発や港の経営など、
わが国とのビジネスにつながるうま味は、ほとんどを
他国に取られてしまいます。

 このように、わが国は、国内での港の整備や、港に
関わる海外への支援に、長期的な戦略を持たなかった
結果、シンガポールや香港だけでなく、お近くでは、
韓国の釜山や仁川に、港としてのハブ機能を奪われる
ようになりました。

 ある日、この方が、飛行機で北海道に行った時、何
気なく機内から津軽海峡を見下ろしますと、狭い海峡
を太平洋に向けて進む、2隻の大型のコンテナ船が見
えたそうです。

 すぐに、大圏コースと言われる、太平洋を横切る航
路を目指して、直接アメリカへ向かう韓国のコンテナ
船だとわかりました。

 津軽海峡が、運河のように使われる様を見て、この
方は、日本パッシングがついにここまで来たかと、い
ささかの衝撃を受けたといいます。

 お話を聞いていて、国としての長期的な戦略を持た
ないままだと、コンテナ船に限らず何から何までが、
日本を通り抜けていくことになりかねないという、不
安と焦りを感じました。

 ただ、もし自分が、津軽海峡を通過するコンテナ船
を見たとしても、ここまで深い意味は読み取れなかっ
たと思うと、餅は餅屋という言葉が、あらためて思い
起こされました。

|

2009/11/16

小道具の使い方(11月8日)

 8日夜、テレビドラマで、松本清張の「点と線」を
見ていて、話を彩る小道具の巧みさに感心しました。

 「点と線」と言えば、当時の国鉄のダイヤが、謎を
解くための最も肝心な小道具ですが、その他にも、様
々な小道具が出てきます。

 その一つは、主人公の刑事と、彼が追いかける、会
社社長双方の夫婦像で、刑事は、亡くなった奥さんが
作ってくれた、古びた帽子を大切にしています。

 コロンボ刑事のコートのような役割ですが、話の後
半、その帽子を置き忘れる場面が、ちょっとした味付
けで出てきました。

 一方、事件の加害者は、その社長と病弱の妻なので
すが、妻のためにと、公園でヨモギを摘んでいる社長
に話しかけた刑事が、一緒にヨモギを摘みながら、戦
争体験を語りだすあたりは、話の展開のさせ方を学ぶ
上で大いに参考になりました。

 また、心中を装って殺害された、社長の愛人の家を
訪ねた刑事は、そこに、彼女が密会場所の箱根で手に
入れた、からくり箱を見つけます。

 不器用な彼が、箱を半分壊しながら開けますと、不
実の男から彼女に宛てた書き物が、大切にしまってあ
りました。

 この他にも、子供が飛ばした紙飛行機をみて、「そ
うだ、汽車ではなく飛行機で移動したかもしれない」
と、主人公が思いつく場面など、伏線となる小道具の
使い方に、一々感心させられました。

 そう言ってはなんですが、先日見た映画の原作者と
比べますと、心理描写を絡めたきめの細かさに、大き
な開きを感じました。

|

2009/11/15

久しぶりの講演(11月7日)

 7日午後、早稲田大学の大学祭で、久しぶりに講演
をしました。

 これは、1936年の二・二・六事件の際に出来た
という、由緒ある学生サークルからの誘いを受けての
ものですが、キャンパスに入るとそこは、人・人・人
の波です。

 聞けば、2日間で20万人と、ディズニーランドを
上回る人が訪れるとのことですので、日本最大のイベ
ントなのかもしれません。

 人波をかき分けながら会場に向かう途中、かたわら
に作られた舞台からは、懐かしいよさこいのメロディ
ーが聞こえてきます。

 先日、10月31日にも、お台場のフジテレビの地
元で開催された、「ドリーム夜さ来い(よさこい)」
という、手づくりのよさこいイベントに呼ばれて、久
しぶりによさこいに触れたばかりでしたが、楽しそう
に鳴子を振る学生の姿を横目に見て、よさこいの伝播
力は、さすがにすごいと感心しました。

 会場は、このキャンパス内では最も新しい建物との
ことで、中央には、立派なエスカレーターもついてい
ます。

 講演の内容は、八ッ場ダムの問題に始まり、知事と
しての経験を通して、国の在り方を考えるというスト
ーリーにしましたが、最後には、マニフェストをめぐ
る思いや、ここ2回の選挙を通じて感じた、日本人の
平衡感覚にも触れました。

 一時間半もの話をするのは、久しぶりのことでした
し、大学という場所柄、内容も硬めにしましたので、
少し緊張しましたが、大勢の方に熱心に聞いていただ
けましたので、気持ちよく話すことが出来ました。

|

2009/11/14

文民統制とは(11月6日)

 6日午後、陸軍士官学校出身で、元気一杯の82歳
の元社長さんから、戦前派の経験をもとに、シビリア
ン・コントロールの本当の意味は何かとのお話をうか
がいました。

 この方とは、知り合いの紹介で、この日初めてお目
にかかったのですが、開口一番、私の年令を尋ねられ
ましたので、20歳下であることを申し上げると、そ
れは若い、これからまだまだ仕事をしないとと言われ
ます。

 仕事をしないといけないのは、ご指摘の通りなので
すが、還暦を超えてなお、「それは若い」と言われま
すと、さすがに面映ゆい気がしました。

 陸士の出身で、近衛の経験もある方ですので、まず
は、日本ほど軍人(自衛官)の社会的な地位が低い国
はないと嘆かれます。

 かといって、もちろん、軍人至上主義というわけで
はありません。

 そんな文脈の中で出てきたのが、シビリアン・コン
トロールの意味は何かというお話でした。

 この方は、多くの人は、文民が軍人を統制して、言
うことを聞かせるようにすることを、シビリアン・コ
ントロールととらえているが、最も注意すべきは、別
の点にあると言われます。

 そこから話は、戦前にさかのぼるのですが、軍部の
力が強くなって、陸軍大臣を出すかどうかの人事を、
陸軍が握るようになったために、文民統制が失われた
というのが、この方の指摘でした。

 そうなれば、陸軍が、新たな総理大臣を気に入らな
い時には、陸軍大臣を出さないことで、この総理の下
での組閣を、行きづまらすことが出来るからです。

 同様に、内閣と陸軍の方針が合わないと考えて、陸
軍大臣を引きあげれば、内閣はそこで瓦解します。

 こうしたことを許さないのが、真の意味でのシビリ
アン・コントロールだというのが、この方のお話でし
た。

 さすがに、戦前派は目の付けどころが違うと、感心
させられると同時に、とはいえ、戦後の変化の中でつ
け加わった、新しいシビリアン・コントロールの概念
もあるはずだと思ったのですが、82歳の勢いに押さ
れて、質問は飲み込んでしまいました。

|

2009/11/11

沈んだ気持ち(11月4日)

 4日午後、渡辺謙主演の映画、「沈まぬ太陽を」見
ましたが、ラストシーンの、アフリカの大地にいつま
でも沈まない太陽の映像を見ながら、気持ちの方は、
いささか沈み込んでしまいました。

 原作を読んではいませんが、映画に出演している知
り合いの俳優さんから、日航機ジャンボ機の墜落事故
が題材になっていると聞いていましたので、この事故
を軸に、話が展開するのかと思っていました。

 ところが、御巣鷹の事故は、この映画の舞台になっ
ている会社を、特定するためだけに使われている印象
で、主なストーリーは、組合活動を通じて、仲間との
連帯を大切にしたあまり、海外の支店をたらい回しに
された善玉の主人公と、仲間を裏切って出世街道をひ
た走る、悪役との対比の中で進みます。

 また、映画に描かれる会社の幹部も、国の意向に気
を使う、我が身大事の保身派か、権謀術数にたけた曲
者ばかりで、見ている者には、この会社はそんな会社
だったのかというイメージが、いやが上にも広がって
いきます。

 その体質が、墜落事故につながったという筋書きな
ら、まだわからないでもありませんが、その二つを繋
ぐ糸も、ほとんど描かれていません。

 あの当時明らかにされた、事故の因果関係から考え
れば、この映画のかなりの部分を、事故にまつわる話
で埋める意味が、よく理解できませんでした。

 そんなまとまりの悪さが、上映時間の長さに、つな
がっているようにも思えましたが しいて言えば、見
る人の興味を引くための題材に、事故のシーンや遺族
の悲しみが使われている感じで、見終わった後に、後
味の悪さが残りました。

 そんなわけで、沈まぬ太陽を見て気持は少し沈みま
したが、映画館を出ると、外はイルミネーションが鮮
やかで、気持ちは少し持ち直しました。

|

2009/11/10

つつがなしや友がき(11月3日)

 3日昼、なじみの中華料理店で、中学・高校以来の
なじみの友人たちと、なじみの料理を食べながら、な
じみの話題に花を咲かせました。

 そのうちの一人は、会社の再建にあたって、企業年
金を減額するかどうかが話題になっている会社のOB
ですが、退職金の一部を年金に変えているのだから、
もともと自分たちの財産だと主張します。

 確かに、積立たてた資金を運用して年金を支払って
いるだけなら、文句を言う筋合いではないがと思いま
したが、詳しくわからない点があるので、それ以上突
っ込むのはやめました。

 中華を囲みながらの話題は、髪の毛が、薄くなった
のか細くなったのかの論戦など、どこにでもある「ア
ラ還」らしき話でしたが、そのうち話上手の友が、ク
レーマー三昧の日々を語り出しました。

 それは、高齢の伯母さんの成年後見人をした時の、
役所とのやり取りや、安売りのウィスキーをめぐる、
スーパーとの3日越しの掛け合いなどです。
 
 ある朝、新聞の折込みチラシを見ると、価格の安さ
を売り物にしている24時間営業のスーパーが、ウィ
スキーを安売りするとの広告が目に入りました。

 本来はビール党ですが、これほど安ければ買わねば
ならぬと、午前中この店に出かけたところ、すでに売
り切れたと言います。

 「次は、いつ入荷するのか」、「今夜入ります」と
いうやり取りを受けて、翌日再び出向くと、またまた
売り切れていました。

 再度、次の入荷予定を尋ねると、また今夜入るとい
うので、夜遅くでも来るからと告げると、責任者らし
き男性が出てきて、「それには及びません。お取りお
きをしておきます」と、にこやかに答えます。

 それでは5本頼むという友の声に、かの責任者が、
「ええ~っ、5本ですか」と困った顔をしますので、
「お一人様一本限りとは書いてないだろう」と押し込
んで、5本の取りおきを約束させました。

 さて、翌日、店のカウンターを訪ねるものの、売り
場の担当が変わっていて、すぐには話が通じません。

 そこで、昨日の責任者の名前を出すと、「あっあ~
っ」とあわてた素振りで、売り場の担当者が、いずこ
かに連絡を取り始めました。

 しばらくして顔を出した例の責任者は、「大変お待
たせいたしました」と腰を折りながら、5本のボトル
が入った袋を、そっと差し出したということです。

 家に帰った後、奥さまからは、「あなた、あのスー
パーではもう、クレーマーおじさんでマークされてる
わよ」と、笑われたそうです。

 締めくくりには、この店では恒例になっている、鳥
の煮込みそばを全員でつついて、3時間に及ぶ食事会
を終えました。

 父母は、すでに他界された方もいますが、「友がき」
は、いずれもつつがなくて何よりでした。

|

2009/11/08

オリンピック通りを行く(11月1日)

 1日午後、明治神宮にお参りをした後、何十年か振
りに、原宿の竹下通りを歩きました。

 明治神宮までは、家から歩いて30分足らずですの
で、散歩がてら表参道を抜けて、JRの原宿駅前まで
来ると、横断歩道のそばにある、何かのボックスの上
に、捨てられたのでしょうか、子猫が3匹乗っかって
います。

 猫たちを写真に収めようと、写メを構える人を横目
に道を渡ると、そこはもう、明治神宮の参道の鳥居で
す。

 鳥居の前の、線路をまたぐ陸橋の上にも、コスプレ
を楽しむ人や、コスプレと記念撮影を楽しむ外国人観
光客がいるあたりが、さすが原宿ですが、鳥居をくぐ
って玉砂利を踏むと、うって変わった静寂に包まれま
す。

 ちょうど、秋の大祭の季節とあって、参道の両側に
は、懸崖や大輪の菊の花が飾られ、本殿前の特設の舞
台では、奉納の琴の演奏もあって、外国の観光客なら
ずとも、日本情緒を満喫させられました。

 帰り道、再び原宿駅前の横断歩道を渡りますと、あ
の3匹の子猫のまわりに、黒山の人だかりが出来て、
手に手に携帯をかざしています。

 久し振りにと思って、もう一つ東側の横断歩道が入
口にあたる、竹下通りに入ってみました。

 大げさでなく、ここを歩くのは何十年か振りでした
が、ダイソーやマツモトキヨシなど、随分と店の顔ぶ
れが変わりましたし、聞こえてくる言葉も、中国語を
はじめインターナショナルになっていました。

 ただ、人ごみの多さと、そこを行きかう若者の元気
さは昔のままで、私たち夫婦にとっては、ひたすら歩
くことで、人波に参加することに意義を見出す、さな
がらオリンピック通りのおもむきでした。

 そう言えば、神道からコスプレまでの文化の多様さ
や、耳に入る言語の多様さ自体が、オリンピックの名
にふさわしい街なのかもしれません。

|

2009/11/04

ようやく入手(10月31日)

 31日午後、地下鉄に乗って銀座まで足を運んだ道
すがら、遅まきながら、PASMOカードを入手しま
した。

 この日は、妻と一緒に、銀座の雑貨屋さんに、衣装
ケースなどを買いに出かけましたが、行きがけの地下
鉄の駅で妻が、PASMOのカードがほしいと言いま
す。

 そう言えば、以前、これがあれば便利ですよと、千
円分のSUICAのカードを、手渡してくれた人がい
るのですが、そのまま財布の中に眠っていました。

 それを思い出したものの、そもそも、PASMOと
SUICAがどう違うかがわかりませんので、その場
で知り合いの青年に携帯をかけて、二つの違いを尋ね
ました。

 するとたちどころに、PASMOは東京メトロが、
SUICAはJR東日本がと、発売元が違うだけで、
どちらも、機能はまったく変わらないという答えが返
ってきました。

 そうか有難うと礼を言って、早速、妻の分のPAS
MOを買い求めました。

 私はと言えば、PASMOカードのチャージ機で、
SUICAのチャージが出来るかどうかわかりません
でしたし、やってみて出来ないとなると恥ずかしいと
いう、妙に世間体を気にする性格から、千円分の残り
で自動改札を通りました。

 二人してカードを使うと、生活が、少し現代化した
ような気になりました。

|

脱官僚から元官僚へ(10月29日)

 29日午前、霞が関に籍を置く方と話す中で、民主
党が掲げる、「脱官僚」のスローガンが話題になりま
した。

 この方とは、もう10年来のつきあいですが、いつ
お会いしても、前向きで問題意識にあふれる、楽しい
話題を提供してくれます。

 この日は、民主党政権の誕生に伴う、政府と霞が関
との間合いの変化などをネタに話をしていましたが、
やがて、民主党政権の下での、「脱官僚」のスローガ
ンに話題が移りました。

 そこで出てきた話は、日本郵政をはじめ、元官僚を
重用した感のある各種の人事への感想ですが、その中
でこの方がつぶやいた、「脱官僚から元官僚へ」です
ねという、今の流れをチクリとつついた言葉が、言い
得て妙の表現で印象に残りました。

 そんな中、官僚バッシングに近い現在の風潮から、
国家公務員の1種試験を受ける若者は、かなり減って
きているといいますし、中には、受験者が半減した省
庁もあると聞いています。

 脱官僚と言いながら、元官僚の民間人や、官僚出身
の政治家が要職に就く一方、若い世代から見て、魅力
の少ない職場になっていくと、霞が関と政府の間だけ
でなく、霞が関と国民の間合いにも、ゆがみが生じて
くるのではと気になりました。
 
 「脱」も「元」も「現」も、それぞれに、変化の時
代を迎えているようです。

|

頭が千切れる(10月28日)

 28日朝、きのうの夜、関門海峡で衝突事故を起こ
した、自衛隊の護衛艦「くらま」の映像を見て、これ
で大丈夫かと心配になりました。

 昨夜、事故の一報の時には、衝突した「くらま」と
韓国のコンテナ船の双方が、夜陰の中で炎を上げて燃
えている映像しかありませんでしたので、どの程度の
事故なのかわかりませんでした。

 それが、一夜あけた鎮火後の映像を見ますと、「く
らま」の艦首の部分が、完全に千切れて飛んでいるで
はありませんか。

 その映像を見て、昨年2月に、房総半島の沖合で、
やはり自衛隊のイージス艦「あたご」が、漁船と衝突
する事故を起こした時に感じたのと、同じ不安が頭を
よぎりました。

 それは、夜間だとか、往来の盛んな海域だとか、そ
れぞれの事情はあるにしろ、漁船やコンテナ船との衝
突を回避できないばかりか、自衛艦の艦首が千切れ取
れるような事故に遭うのであれば、テロを目的とした
船が接近した時には、ちゃんと対応出来るのかという
不安です。

 事故の責任の所在を、明らかにするのも大切なこと
ですが、そもそも軍艦が、これで大丈夫かという不安
を新たにしました。

|

2009/11/03

法律名の文字の数(10月27日)

 27日午前、以前からの知り合いの建築家と話をす
る中で、法律の名前の字数が少ない方が、その法律の
格が高いという新説を聞きました。

 この話は、今のような、建物の基準を決めるだけの
建築基準法に代わって、建築の在り方を定める、より
格の高い法律、「建築法」を制定する必要があるとい
う、文脈の中で出てきました。

 突然、この方が、法律は文字が少ない方が、格が上
なんだそうですねと言われます。

 そんな話を聞くのは初めてでしたので、どういう意
味かと思って耳を傾けますと、憲法、刑法、民法とい
うように、社会の根幹を定める法律は2文字だし、土
木の分野なら、道路法、河川法と、それぞれの分野の
基本を定めた法律は、3三文字なんですよと、何やら
説得力のある話です。

 そう言えば、限られた分野の、細かい法律になれば
なるほど、「○○に関する特別措置法」といったよう
に、長たらしい名前になるのは間違いありません。

 とはいえ、文字数が少ないほど、法律としての格が
高いといった原則が、あるのかどうかまではよくわか
りませんので、いつか、その道の専門家に尋ねてみた
と思いました。

 本題に戻りますと、私は、建物の基準に関わる取り
決めは、細かい点まで国で一律に決めるのではなく、
分権化した地方に任すべきだと思っていますので、そ
の上に立つ「建築法」は、どんな内容になるべきなの
か、あらめて、この方の話を聞きたいものです。

|

2009/11/02

不思議なコラボ(10月26日)

 26日夜、台風が接近する荒天の中、国立市内にあ
るモデルハウスで行われた、季節を味わう食とお酒の
会に参加しました。

 話は少しややこしいですのですが、まずは、モデル
ハウスの由来から説明をしますと、ある住宅メーカー
が、縁側から星を眺めたり、窓から入る風のささやき
を感じとったり出来る、日本の住宅づくりの伝統的な
技法を、現代の技術と組み合わすことで、自然から地
球まで、幅広い環境に和んだ住宅を提言しようと、東
京の国立市の一角に設けたものです。

 このモデルハウスのコンセプトを発案した、住宅メ
ーカーの方が、ある講演会で、四季の移ろいを感じる
ことの出来る住宅をテーマに、このモデルハウスの話
をしました。

 その時、この講演会のもう一人の講師が、酒造メー
カーの社長さんで、この方の演題は、四季折々の日本
酒の味わい方でした。

 この講演会の後、意気投合した二人が、国立市のモ
デルハウスを会場に、季節を味わう、食とお酒のコラ
ボが開けたら楽しいねと盛り上がったのが、この日の
会につながったのです。

 もう一つややこしいことに、この酒造メーカーは高
知の酒蔵で、当然のことながら、私も社長とは懇意な
のですが、この日は、そちらから声がかかったわけで
はなく、別の友人からの誘いでした。

 このため、私はこの夜、この社長さんとの予期せぬ
再会にびっくりしたのですが、会場には、先の講演を
聞きに行った方や、くだんの社長の大学の後輩など、
年令も仕事も違う方々、15人ほどが集いました。

 お料理は、わざわざ出張してくれた、西麻布のシェ
フが腕をふるってくれましたので、旬の味覚をたらふ
くいただくことが出来ました。

 テーブルでの楽しい会話も、秋の味覚の引き立て役
でしたが、その中に、日本感性学会という名刺をお持
ちの方がいました。

 初めて聞く名前でしたので、何を研究する学会です
かと尋ねますと、人が、どんな時に、どんなものに、
美しさや心地よさを感じるかを、研究していると言わ
れます。

 まだ、始まって10年余りの、若い学会だとのこと
でしたが、全ての分野にわたって、品質や安全性と価
格だけでは勝負できなくなった今、実にに興味のある
話題でした。

 JRの国立駅から電車に乗った時は、夜の10時半
をまわっていましたが、飲めないお酒がまわって、新
宿までぐっすりと寝てしまいました。

|

驚異の一人プロレス(10月25日)

 25日の日曜日、後楽園ホールで、生まれて初めて
生のプロレスを観戦しましたが、人形を相手に戦う一
人プロレスには、驚かされました。

 この日は、出場選手の中に、高知出身の青年がいる
ことから、応援がてら観戦に出かけたのですが、決し
てメジャーとは言えない団体にもかかわらず、会場は
満席の観客でうまっています。

 話を聞けばプロレスも、昔ながらの正統派では、な
かなか観客が集まらなくなったため、エンターテイメ
ント系が主流になっているといいます。

 そんなわけで、この日のリングも、お笑い系あり、
ウルトラの兄弟のコスプレありと、バラエティーに富
んでいます。

 中でも驚かされたのはメインイベントで、リングに
登場したのは、ヨシヒコという名の人形でした。

 お相手は、立派な体格の若手のレスラーで、ヘッド
ロックなどの立ち技から、四の字固めに至るまで、人
形のヨシヒコ相手に、様々な技を繰り出します。

 これに対してヨシヒコも、「ヨーシヒコ、ヨーシヒ
コ」という、観客席からの大声援を受けて、負けずと
応戦します。

 といっても、もちろん人形が自ら動くわけはありま
せんから、相手のレスラーが、人形の手を自分で首に
巻いたり、人形の手を持って、一人でトンボを切って
背中から落ちたりと、あたかも、ヨシヒコが技をかけ
ているかのように見せるのです。

 こうした、人形相手のプロレスの元祖は、やはりア
メリカだそうですが、試合を終えたレスラーは汗びっ
しょりでした。

 それを見て、一人相撲ならぬ一人プロレスを演じる
には、並々ならぬ技量と、スタミナが必要だろうと感
じ入りました。

|

ヨーロッパの策略か(10月23日)

 23日午前、地球環境問題の専門家と話をするうち
に、炭酸ガスの排出量の削減に向けて、日本が高い目
標を掲げることは、ヨーロッパの思うつぼではないか
という、指摘を思い起こしました。

 この方は、地球の温暖化を防ぐためには、国内で排
出される炭酸ガスの量を、もっと減らさなくてはいけ
ないという立場ですので、一部で言われている、炭酸
ガスは地球温暖化の主たる原因ではないとの主張に、
真っ向から反対されます。

 また、炭酸ガスの排出量と、企業の収益との関係を
表す、炭素生産性という指標を示して、国内にある重
厚長大型の産業の炭素生産性が、いかに低いかを説明
して下さいました。

 つまり、これらの企業は、電源の中では石炭火力が
コスト的に安いため、大量の炭酸ガスが出ることを承
知の上で、石炭を使い続けているというのです。

 その分、企業が排出する、炭酸ガスの量に見合った
排出の枠を、現金を出して外国から買うことになりま
すので、この方は、そこまでして、日本の重厚長大型
の産業を、国内に引きとめておく必要があるのかとま
で言い切ります。

 もちろん、これらの産業が、すべて国外に出て行っ
てもいいかどうかは、地球環境の切り口だけで判断で
きる問題ではありませんが、この話をしているうち、
炭酸ガスの削減目標を、もっと高くしようというヨー
ロッパの主張は、別の狙いからの策略ではないかとの
指摘を思い出しました。

 それはどんな指摘かと言うと、日本の企業はこれま
でにも、炭酸ガスの排出量を減らすために、大きな投
資をして結果も出してきているので、排出量をさらに
削減出来る伸びしろは、残り少ないというのです。

 これに対してヨーロッパは、昔の東欧までをふくめ
た27カ国が参加する、ヨーロッパ連合を、炭酸ガス
削減の目標を実行する主体としています。

 当然、それらの国々の中には、炭酸ガス削減のため
の努力が、まだ不十分な地域も含まれていますから、
それだけ、炭酸ガスの排出量を減らすための伸びしろ
が、多く残っていることになります。

 そうなると、日本が、さらに高い削減目標を掲げた
場合、国内の努力だけで、それを実現するのは難しく
なりますから、伸びしろを多く残している東ヨーロッ
パなどから、炭酸ガスの排出の枠を買わざるを得なく
なります。

 そのことを、ヨーロッパ連合の側から見れば、経済
的に遅れた地域を支援するための財源を、日本に肩代
わりさせることになりますので、日本が高い削減目標
を掲げることに、ヨーロッパが拍手を送るのは、何も
地球環境に対する、高い理念からではないとの指摘が
出てくるわけです。

 この日お話をした方も、こうした指摘は十分ご存知
で、ご自身も、海外から排出の枠を買うことに、いい
気持はしないと言われます。

 これに代わって、この方は、海外から排出の枠を買
うための資金を、さらなる削減に向けた技術開発に振
り向ければ、炭酸ガスの削減を進めながら、付加価値
の高い、新しい産業を立ち上げることが出来るのでは
ないかと、思いを語られていました。

 国は新たに、炭酸ガスの排出量を25パーセント削
減しようという、高い目標を掲げましたが、これを実
現するためには、企業も家庭も、相当の覚悟と努力が
求められますので、耳あたりのいい意見や、単なるム
ードに流されない、しっかりとした戦略が必要です。

|

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »