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2010年3月

2010/03/27

二大政党のはずなのに(3月22日)

 22日昼、アメリカ議会の下院で、公的な医療保険
制度を導入する改革案が、可決されたというニュース
を見て、二大政党制といっても、日本とアメリカの間
には、ずいぶん大きな違いがあると感じました。

 この法案は、オバマ政権のみならず、歴代の民主党
政権の積年の課題でしたが、この日の採決は、219
票対212票という、僅差での可決でした。

 この票差を見て、まず最初に感じたのは、わが国で
はあり得ない数字だということです。

 というのも、日本では、党議拘束といって、それぞ
れの法案ごとに、政党としての態度を決めたら、所属
の議員には、その決定に従うよう、強制するのが原則
になっているからです。

 臓器移植に関する法律の改正にあたって、党議拘束
がはずされたのは、例外中の例外でしたが、自分の判
断に自信の持てない議員が、かなりうろたえたという
話もあります。

 これに対して、アメリカでは、民主・共和両党の間
で、激しい選挙戦を繰り広げますが、議会の議決にあ
たっては党議拘束をかけずに、それぞれの議員が、地
元の事情と自らの見識とで、法案ごとに、賛成か反対
かを決めていきます。

 それだけ、国会対策も難しくなりますし、妥協を余
儀なくされる面も出るでしょうが、双方の議論を通じ
て、法案を、より良い形に作り上げていくという点で
は、民主主義本来の望ましい姿とも言えます。

 このことで思い出すのは、小泉内閣の当時の、郵政
民営化法案ですが、党議拘束に反した自民党議員を除
名した上、郵政民営化の是非にのみ、的を絞った選挙
が行われました。

 それから、5年たった今、逆に多数党になった民主
党政権の下で、郵政への国家管理を強める法案が、成
立しようとしています。

 世の中何事でも、全て良いとか、全て悪いとかいう
ことは滅多にありませんから、郵政の民営化にも、良
い点もあれば見直すべき点もあるはずです。

 しかし、そういったかみ合った議論がないまま、右
から左へと揺れ動く姿を見ていますと、5年前のあの
騒ぎは何だったのかと思いますし、実に無為な時間を
過ごしてきたようにも感じられます。

 そんな経験を踏まえて、今回のアメリカ議会の議決
を見ますと、こうした妥協と交渉こそが、二大政党制
の持ち味ではないかと思えてきます。

 ひるがえって、ここ数年の、わが国の政治の流れを
見ますと、自民・民主の二大政党と言いながら、選挙
のたびに一方が大勝をして、それから4年間は、勝っ
た方が好き勝手をやるという、一大政党のバトンタッ
チを繰り返しているだけです。
 
 早く、二大政党制が、国民にとってプラスになるこ
とを、実感させる努力をしてくれないと、また、無為
な時が過ぎていくように思えてなりません。

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人を喰う官僚(3月21日)

 21日午後、墓参りをした後、亡くなった兄の家を
訪ねましたが、ある新聞の記事をきっかけに、よくあ
りそうな、兄の思い出話を聞きました。 

 この日は、妻と二人で、お彼岸の墓参りに出かける
予定でしたが、せっかくなら、義姉にも声をかけよう
と連絡をしたところ、一緒に行こうということになり
ました。

 青山墓地の近くにある、花屋さんの前で待ちあわせ
ますと、甥と姪も一緒で、5人そろって、父方と母方
双方の先祖の墓と、父・母・兄が眠る墓をまわりまし
た。

 その後、義姉の家を訪ねたのですが、お茶を飲みな
がら新聞を見ていますと、コイララさんという、ネパ
ールの元首相が亡くなったという記事が出ています。

 コイララさんは、ネパールの民主化に力を尽くした
政治家で、4回にわたって首相を務めていますが、兄
ともご縁のあった方なので、そのことを、話題にして
いますと、義妹が昔話を紹介してくれました。

 それは、兄とコイララ首相とが会見をした時のこと
で、同席していた財務省の幹部が、結構偏食のある方
でしたので、コイララさんが、「あなたは、何を食べ
ているのか」と質問したそうです。

 すかさず兄が、「この人は、人を喰って生きてるん
ですよ」と、茶々を入れたのですが、そこにいた通訳
はそのまま、ヒューマン・ビーングスと直訳してしま
いました。

 このため、コイララさんは、びっくりして息を飲ん
だそうですが、義姉は、その後どうなったかまでは聞
いていないとのことで、どうやって話にけりをつけた
のかは、不明のままでした。

 お彼岸で、兄が戻ってきていれば、いつまでも、く
だらない思い出話をするなと、苦笑いしているかもし
れません。


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葬儀社の広告(3月18日)

 18日、兵庫県の加古川市でお会いした、神戸新聞
の方から、15年前の、震災当時の思い出話を聞きま
した。

 15年前に起きた震災の日から一週間の、神戸新聞
の奮闘ぶりは、先ごろテレビでも、ドラマとして放送
されたばかりですが、この日お会いした方は、そのド
ラマにも描かれていた方でした。

 地震の当日、新聞を編集する機械が使えなくなった
ため、この方は、上司である整理部長と一緒に、京都
新聞社に、編集作業を手伝ってもらうよう依頼に出か
けます。

 ちょうど、その前の年に、災害時には助け合いまし
ょうという協定が、結ばれたばかりだったこともあっ
て、気持よく協力を得ることが出来ました。

 こうして作り上げた4面だけの紙面を、神戸に運ん
で印刷したのですが、その時に、はたと気づいたこと
がありました。

 それは、一番裏の面の広告で、何とそこには、京都
の葬儀社の広告が出ていたのです。

 数多くの被害者が出た当日ですから、遺族の気持ち
を逆なでするようで、余りにもタイミングが悪いと思
いましたが、時すでに遅しでした。

 その後も、夕刊用の紙面を運ぶ昼間は、ヘリコプタ
ーが使えますが、夜は飛べないため、深夜も渋滞の続
く車では、到着が明け方になってしまいます。

 とはいえ、デジタルの信号を送信するための、専用
回線はズタズタになっていて使えません。

 そこで、あれこれと知恵を絞ったあげく、編集を終
えた原版を、縦に何枚かに切った上、これを高密度の
ファックスで神戸に送って、あらためてつなぎ合わせ
て、写真に撮ることにしました。

 この他にも、色々な思い出話をうかがいましたが、
本当に大変だったのは、震災の発生から一週間が過ぎ
た後だったというお話には、今も実感がこもっていま
した。 


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踏み込みすぎ(3月12日)

 12日午前、宿泊先の神戸を出て、同僚が運転する
レンタカーで淡路島に向かう途中、覆面パトカーに御
用になりました。

 前日の夜は、神戸市のメリケンパークのホテルで、
去年の選挙の際に、インターンとして手伝ってくれた
大学生たちと、中華の食卓を囲みました。

 学生からは、京都府内の過疎地域に、自動車教習所
の合宿を誘致しようと提案したものの、なかなか理解
が得られないといった悩みから、ワンセグにも、NH
Kの受信料がかかるのだろうかといった疑問まで、様
々な話題が出されて、楽しいひと時を過ごしました。

 ひと夜明けて、ホテルの近くに残る、15年前の震
災当時のメモリアルを見た後、レンタカーで、講演先
の淡路島に向かったのですが、橋に行く手前のトンネ
ルの中で、ぐっと踏み込んで加速をした途端、「うう
~っ」というサイレンが鳴り響きました。

 何だ何だと思ってあたりを見渡すと、音の主は覆面
パトカーで、捕まったのは自分たちの車でした。

 トンネルを出たところで、道端に車を止めますと、
優しい笑顔で近づいてきたお巡りさんが、「ここ、制
限速度が80キロなんですがご存知でした?」と、話
しかけてきます。

 これに対して、運転していた同僚は、「レンタカー
なもんですから」と答えていましたが、それもむなし
く、覆面パトの方に連れていかれました。

 後で聞きますと、ここは、よく覆面が出没する場所
とのことでしたが、おかげで事故を起こさずにすんだ
と、前向きに考えて、淡路での講演も、気持よくすま
せることが出来ました。

 この日の帰り道、渋谷から都バスに乗って、わが家
の近くの停留所で降りようとしたところ、停車のブザ
ーを押しているのに、ドアが開きません。

 運転手さんが忘れているのかと思って、少しきつめ
に「降りますよ」と声をかけたところ、「お客さん、
ちょっと後ろにさがって下さい。足が黄色い線にかか
っていると、センサーが働いてドアが開かないんです
よ」と、逆に注意されてしまいました。

 トンネルの中と同様、またも踏み込みすぎだったか
と反省しましたが、いささか恥ずかしい思いでしたの
で、無言のまま、そそくさとバスを降りました。


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2010/03/15

企業献金にかわれるか(3月10日)

 10日午後、ネット献金に取り組んでいる方から、
現状や課題をうかがいました。

 信販会社の協力が、まだ十分ではないことから、参
加している政治家が、今月5日の時点で179人と、
ネット献金の裾野は、まだまだ小さいのですが、その
中からでも、幾つかの特徴は読み取れます。

 その一つは、献金をした人が、その政治家の地元と
は、異なる都道府県に住んでいる事例が、全体の65
パーセントにのぼっている点です。

 また、党首クラスなど、全国的に知名度の高い政治
家に、数多くの献金が集まりがちですが、こうした、
いわばAクラスに続いて、B・Cクラスの額の献金を
受けている政治家は、特定の法律の成立に努力をした
人や、ネットでの活動に熱心な人で、選挙区のある地
域の中での関係を越えた、新しい支援の関係が、生ま
れる可能性を予測させます。

 しかし、アンケートを取ってみると、献金したくな
い理由として、「何に使われるかわからない」という
答えが、50パーセントもあるといいます。

 確かに、それが多くの方の実感なのでしょうが、政
治といっても、そのために、何か特別の支出があるわ
けではありません。

 言ってみれば政治も、広い意味でのサービス業です
ので、その分野の事業所が運営にかけているコスト、
つまり、事務所の賃貸料や人件費、光熱費、電話代な
どが、基本的な経費になります。

 ですから、そうした実態を、わかりやすく伝えてい
く必要がありますが、同時に、今後、企業や団体から
の献金を、全て廃止するという方向に行くのなら、そ
れに変わる献金の仕組みが必要になります。

 その意味で、ネット年金は、これからの時代の、政
治資金を支えるインフラとして、存在価値を増してい
くことは間違いなさそうです。

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それぞれの業界の目線(3月9日)

 9日夜、ある企業セミナーに招かれて、お話をしま
したが、そこで、幾つかの業界の方から、今を考える
上での、幾つかの指摘を受けました。

 その中で、不動産関係の方は、携帯の普及で、事務
所などいらないという人がふえてくるので、オフィス
の実需はどんどん減っていくと指摘されます。

 しかし、民主党は考えてもいないだろうが、子ども
手当が実現すれば、マンションブームが起きて、不動
産の下落に歯止めがかかるというのです。

 それは、例えば、現在月12万円の家賃やローンを
支払う家庭が、子ども2人で月に5万2千円をもらう
と、銀行の側も、国が保証する金額をあてにして、こ
ぞってローンを貸しつけようとするので、マンション
需要は必ず伸びるというわけです。

 さらに、3~4年すると、中国の資金が本格的に日
本に入り始めるので、そうなると、超一等地に、その
資金がなだれ込んでくると予測します。

 現在、実質の価値が落ちているのに、そこまで地価
が下がらないのも、近い将来の中国資金の流入を、織
り込んでいるからだということでした。

 一方、日系ブラジル人を中心に、派遣業を営んでい
る方は、現在日本に残っている、ブラジルなど中南米
からの日系人の雇用が、大変厳しい状況になっている
と指摘します。

 それら日系の人は、現在およそ34万人いるそうで
すが、その失業率はほぼ50パーセントで、あの戦乱
の地、ガザ地区にも匹敵する数字だといいます。

 しかも、これらの人たちは、ほとんどが日本への永
住を考えているので、その人たちが生活保護に流れ込
んだら、社会全体にとっても、大きな負担になると心
配されます。

 日本人が、ブラジルなどの中南米で、農地の開拓に
携わったように、日系の人たちに、日本の農業の手伝
いをしてもらうなど、日系の人たちを、負の遺産にし
ないための努力が必要だと強調されていました。

 日頃おつきあいのない、様々な分野の業界の方の話
を聞くことは、本当に参考になります。 

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妻の同郷人(3月8日)

 8日午前、東京タワーで開かれた、森を応援するフ
ォレスト・サポーターズの会で、アイドルグループ4
人の、すらりと伸びた8本の木が、目にまぶしく映り
ました。

 なぜ3月8日がという理由は、少しややこしいので
省きますが、地球温暖化をもたらすといわれる炭酸ガ
スを、森林が吸収する機能にちなんで、この日が、森
を元気にする応援隊、フォレスト・サポーターズの日
と決められています。

 この日は、東京タワーの展望台を会場に、そこから
見える都心の森を話題にしながら、参加者が森への思
いを語るという企画で、僕は、高知県で初めて取り組
んだ森林環境税の話や、高知で考案された「CO2の
カンヅメ」のPRをしました。

 「CO2のカンヅメ」は、本物の缶詰ではなくて、
価値を失ったまま山に切り捨てられている、丸太を輪
切りにしたものですが、その中には、500グラム前
後のCO2が閉じ込められています。

 これに、「CO2のカンヅメ」という名前をつける
ことで、それを手にした都会の人たちに、地球の温暖
化防止のために森林が果たしている役割を、知っても
らうと同時に、このカンヅメを買っていただいた小額
のお金を、塵も積もれば山になるまで貯めて、本当の
山に返していきたいというのが、発案したデザイナー
の思いです。

 このように、他の参加者も一人一人、森への思いを
語っていくのですが、その中に、アイドリング!!! と
いう、アイドルグループの4人がいました。

 4人がマイク前に立ちますと、目の前の、すくすく
と伸びた8本の足が、まばゆいばかりでしたので、そ
れに気を取られて話半分に聞いていますと、その中の
一人が、そのまんまの宮崎弁で話し始めます。

 このため、その後に立った僕は、妻が宮崎出身なの
で、すごくうれしかったという話をしました。

 会の後、宮崎出身の彼女が、私ども夫婦のもとに来
てくれて、「宮崎はどこ?」「延岡の近くです」「え
~っ、この間、延岡を通って高千穂まで行ったばかり
よ」「えっえっ~、高千穂のそばの北方です、知って
ますかぁ~」「もちろん」といった、半径5キロ内く
らいの話で盛り上がりました。

 その時の話を、ツイッターに書き込んだのですが、
8本の木のまぶしさに、目がくらんで話半分だったせ
いか、宮崎出身の酒井瞳さんのことを、本当は14号
なのに18号と書いたり、CSへの出演をBSと書い
たりと、数々の誤りをしました。

 しかし、すぐさま、「18号はオーストラリア出身
の女の子ですが」とか、「微妙な間違いはまだまだあ
りますけど」など、鋭いご指摘の書き込みがあって、
情報の駆けめぐる早さを実感しました。 

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2010/03/07

駆けめぐるお受験情報(3月7日)

 7日午後、今年お受験を経験した若いお母さんに、
愛子さまの問題に対する感想を尋ねてみました。

 すると、返ってきたのは、感想というよりも、伝聞
情報に基づく背景分析に近い話で、この世代のお母さ
ん方の、問題意識の敏感さに驚かされました。

 宮様とはいえ、子供の学校での出来事を、なぜ役所
が発表したのかなど、この問題には、いくつかの疑問
を感じます。

 ます、初めてこの話を耳にした時には、入学試験で
子供を選抜している、私立の小学校で、どうしてそう
したことが起きるのかと首をかしげました。

 このことに関して、この日話をうかがった、若いお
母さんの指摘の中で、なるほど、あるかもしれないな
と感じたことがあります。

 それは、これまでなら、子供の性格をよく見て、子
供本位に選抜をしていたのに、愛子さまの同級生にな
る学年だけは、家柄本位の選抜になったため、問題行
動の可能性が、見落とされたのではないかとの指摘で
した。

 その反省から、その後の初等科の受験では、大人し
い性格の子供が入りやすくなっているというのが、お
母さん方の中で、もっぱらささやかれている話だと言
います。

 なるほど、ありそうな話だなと、納得させられてし
まいました。

 また、ここからは、特定の学校のことではありませ
んが、私立の学校に入る子供は、ある意味の頭脳と、
処世術を身につけているため、いじめや問題行動をカ
モフラージュする、知恵や技にたけていて、親や学校
側も、それを見抜けない実態があるのではとも指摘さ
れます。

 それ以上のことは、学校別の情報が書き込まれてい
る、ネット上のサイトを見るといいと教えてくれまし
たが、のぞくのが恐い気がしました。

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 恒久財源なき恒久政策(3月5日)

5日夜、中学・高校の同窓生が集まる、30人余り
の会に出席しました。

 初めての参加ですので、会が始まった経緯は聞きも
らしましたが、永田町や霞が関系の方の姿もちらほら
あって、先輩にあたる、自民党の谷垣総裁も出席され
ていました。

 谷垣さんのお話は、さほど驚くような内容ではあり
ませんでしたが、民主党には出来ないような旗を、2
つ3つ用意して、連休明けには、反転攻勢に出ていき
たいと意気込んでおられました。

 なかなか面白かったのは、某官庁の官僚の挨拶で、
民主党の目玉政策の一つを、恒久財源なき恒久政策と
評した上で、この財政状況の中で、本当にこんなこと
をしていいのかなあといった心情を、ちらちらとのぞ
かせていました。

 また、出席者の中に、マンガやアニメの制作に携わ
っている後輩がいましたので、中国への進出など、海
外に向けた思いを聞いてみました。

 実は、先日、国内のマンガ関係の方と一緒に、会食
をした中国の方が、ゲームのキャラクター制作などを
請け負う、日本系企業に勤めていますので、その企業
が、天津市に進出していると話しますと、「うちも、
天津市に誘致を受けいて、近々、天津に出かけるんで
す」と言います。

 そうか、中国のビジネスは、このスピードと広がり
で進んでいるんだなと、改めて感心をすると同時に、
わが国の対応は大丈夫かと心配がつのりました。

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2010/03/06

初体験の取材攻勢(3月3日)

 3日昼、小学校時代の恩師と、同級生を交えてラン
チを楽しみました。

 この先生は、理科の担当でしたが、4年生から卒業
までの3年間は、クラスの担任でもありました。

 大好きな先生でしたので、卒業後も、何度も先生の
もとを訪ねて、色々な話をしましたが、ある時、「僕
は、君たちが職員室に来た時には、必ず他の仕事の手
を休めて、みんなの目を見て話すようにしてたんだ」
と、言われます。

 その心は、「だって、子供たちは、どうしても言い
たいこと、聞きたいことがあって、意を決して職員室
に来るわけだから、しっかり目を見てあげないとね」
ということでしたが、「それなのに最近は、書き物を
して、下を向いたまま子供と話す教師がいる」と、嘆
いておられたことを忘れません。

 そんな恩師ですので、知事として、「土佐の教育改
革」に取り組んだ時にも、様々なアドバイスをいただ
きました。

 ところが、東京に来てから5ヶ月になるのに、その
先生にまだお会いしていなかったことを思い出して、
この日、ある同級生にも声をかけて、イタリアンでラ
ンチをともにしました。

 話題は一杯ありましたが、その中の一つは、総理大
臣の鳩山さんに関することです。

 というのも、鳩山さんは、小学校の同級生だからで
すが、そのため、鳩山さんの事務所が、実際には献金
をしていない人を、個人献金をしたと、虚偽の報告を
した事件の際、この恩師の先生は、架空の献金者の一
人として、名前を使われていました。

 聞けば、事前のアポも取らないまま、次々とマスコ
ミ各社が、自宅まで押し寄せたとのことで、最初は、
家の中が片づいていなかったので、庭の芝生の上で、
インタビューを受けたと言われます。

 先生の取り出した手帳を見ますと、新聞7社、テレ
ビ6社、週刊誌2社の社名と記者たちの名前が、克明
につづられていました。

 ただ、先生にとってみれば、これほどの取材は初め
ての経験でしたから、戸惑うと同時に、結構うれしか
ったみたいでもありました。

 そんな話をしながら、鳩山さんも、「ご迷惑をかけ
ました」と、先生を総理公邸にお招きすれば、可愛い
のにななどと考えていました。

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新型のミイラ取り(3月2日)

 2日夜、医療関係の布製品を扱っている会社の、創
立記念のパーティーで、新型インフルへの備えの大切
さをうかがいました。

 この会社の社長さんは、サーズが問題になった際、
やがて必ず、新型インフルが襲ってくると考えて、そ
れに備えた商品づくりを始めました。

 幸い、大手の繊維会社が開発した、抗ウィルスの布
が手に入ったため、この布を使って、新型インフルに
対応できるマスクを作ったのが、6~7年前のことだ
そうです。

 ところが、去年までは、企業などを訪ねて営業をし
ても、「それは大切なことですね」と言ってくれるだ
けで、一向に販路は開けませんでした。

 それが、去年の新型インフルの流行以来、一気に注
文が殺到して大忙しの状況ですが、この社長さんは、
「あの程度に留まらない、もっと毒性の高いウィルス
が、必ずどこかで、じっと息をひそめているはずだ」
と、警戒をおこたりません。

 それが、お商売だからと言ってしまえば、身も蓋も
ありませんが、このためこの会社では、マスクにとど
まらず、使い捨てではなく何回か続けて使える、防護
服を開発したそうです。

 しかし、こちらは社長の道楽だと思われて、「社員
にも、まだあまり賛同が得られていない」と、嘆いて
おられました。

 それでも、挨拶に立った社長さんは、「今日、会場
に来て下さった方は、これで生き残れます」と、いた
って意気軒昂でしたが、最後には、「あまり働きすぎ
て、新型インフルにかからないように注意をしたい」
と、自戒を込めたジョークを飛ばしていました。

 本当に、この社長さんが新型インフルになったら、
こんなケースも、「ミイラ取りがミイラになる」って
言うんでしょうか。


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マグロだけじゃないぞ(3月1日)

 1日午後、宝石サンゴを販売する、高知県の会社の
方が、宝石サンゴのPRの相談に来られました。

 宝石サンゴは、テーブル型にもなるイシサンゴ類な
ど、造礁サンゴと呼ばれるものとは、種類の違うもの
で、宝石サンゴの細工は、高知県の代表的な伝統産業
の一つです。

 技術的に見れば、メノウや貝に浮き彫りを施す、カ
メオなどと並ぶ装飾品ですが、日本の宝石類では、真
珠ばかりが有名で、これまでのPR不足もあって、宝
石サンゴの名前は、いま一つマイナーの域を脱してい
ません。

 このため、この日お会いした会社では、今月中旬か
ら下旬にかけてスイスのバーゼルで開かれる、宝石や
時計の世界的な見本市に、去年に続いて、出店するこ
とになりました。

 特に今年は、有名な真珠のメーカーと並んで、日本
では2社だけ、最高ランクの部屋に、展示をすること
になりました。

 それに加えて、昨年の展示会を見て接触のあった、
有名なパリのお店との、コラボの話も進んでいると言
います

 ところが、そうした中、自然保護を絡めたグローバ
ルな動きの中で、宝石サンゴに対する、ワシントン条
約による規制を、さらに強めようとする動きが出てい
ます。

 ワシントン条約と言えば、国内では、マグロの漁獲
規制の話題で持ち切りですが、その背景には、いささ
か行儀のよろしくない商社と、それに対して、NGO
を操る勢力とが、介在していると言われます。

 これと同様、宝石サンゴをめぐっては、それを昔か
ら素材として使っていた、パリ系の宝飾店と、ニュー
ヨーク系の宝飾店との対立が、背景にあるようなので
すが、間もなくドーハで開かれる、ワシントン条約の
会議で、規制強化の案が採択される可能性は五分五分
です。

 とはいえ、これが採択されたからといって、サッカ
ーの「ドーハの悲劇」のように、ワールドカップへの
道が、いきなり閉ざされるわけではありません。

 ただ、マグロだけでなく、世界に誇れる地場産業に
も、自然保護を表面に押し出した、グローバリズムの
波が迫っていることに、もっと目を向けていきたいと
思いました。

 放っておくと、炭酸ガスや希少生物など、どうにも
反抗しにくい理由で、いろんなものをかすめ取られそ
うですね。

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2010/03/03

神楽を踊る総理(2月22日~28日)

 22日から月末までの一週間、宮崎で一人暮らしを
している、妻の母のもとを訪ねました。

 義母は、まだまだ元気ですが、もう間もなく米寿を
迎えますので、時間の取れるうちにと、一週間の滞在
を決めました。

 宮崎に着いて2日目の23日から、あいにく花粉が
飛び始めたため、マスクやティッシュが手放せない、
息苦しい旅になりました。

 そんな中、24日には、従姉夫婦の運転する車で、
朝早く宮崎市内を出発して、神々の里、高千穂に向か
いました。

 従姉夫婦は、ご主人が教員をしていた時代に、高千
穂よりさらに熊本県寄りの、山間の町の小学校に勤務
したことがあるため、「あの頃は、魚屋さんが町に行
商に来ると、学校の先生たちが授業を中断して、魚を
買いに走ったものよ」と、古き良き時代の思い出を語
ってくれます。

 町のうどん屋さんで、立派なエビが2本も入って、
何と580円という、夢のようなエビ天うどんをいた
だいた後、高千穂峡の駐車場に車をとめますと、ウィ
ークデイにもかかわらず、富山、和歌山、愛媛など、
県外ナンバーの車で満杯でした。

 真名井の滝の神秘的な光景で知られる遊歩道にも、
団体客や若いカップルの姿が目立ちます。

 これも、東国原知事のPR効果かと、感心しきりで
したが、この後出かけた天岩戸(あまのいわと)神社
でも、若い神官さんが、「知事のおかげで参拝客がふ
えて」と、御神域の案内に忙しそうでした。

 神社の境内を流れる、岩戸川の上手の河原には、小
石を積み上げて願い事をする、天安河原(あまのやす
かわら)があります。

 川沿いの道から河原におりますと、大きな窟(いわ
や)の前から、少し開けた河原にかけて、小さな石積
みの山が、ところ狭しと並んでいました。

 このため、他の人が積んだ石を崩さずに、小石を集
めるのが大変でしたが、どうにか集めた小石を手に、
空いている場所に、願いを込めながら石を積み上げま
した。

 帰りがけに、神社の社務所に立ち寄りますと、年配
の神官さんが、近くの岩戸橋のたもとに、兄龍太郎の
顔を模したお神楽の人形があるので、是非見ていって
ほしいと言われます。

 なぜ兄の顔なのかと尋ねますと、その人形を作った
時、兄が総理をしていたからとのことで、早速現場に
急行しますと、そこに、おがたまの鈴を持って神楽を
舞う、兄に良く似た人形を発見しました。

 数々のパワースポットと、兄の踊るお神楽から、力
をもらった旅でしたが、28日の日曜日まで、宮崎で
ゆったりと過ごすことが出来ました。

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マルシェでふくらむ(2月20日)

 20日の土曜日、今週も、青山の国連大学前に店開
きしている、野菜や果物、パンなどの市、マルシェに
足を運びました。

 この日は、青空の広がる良いお天気で、数々のテン
トが居並ぶマルシェの広場には、大勢の人がつめかけ
ています。

 先日、マルシェを運営する会社の方にうかがった話
では、青山学院の真向かいにあたる、青山通り沿いの
この周辺では、土曜・日曜には、3~4万人が通行す
るため、実績をみると、一日に5千人ほどのお客さん
が、ここで買い物をしているといいます。

 売り手の側は、さすがに、関東近県の農家などが主
体ですが、中には、トラックに1トン分のナシを積ん
で、月に一度、1300キロの道のりを越えて大分か
ら来る、ナシ農家もあるとのことでした。

 この農家は、福岡市のマルシェに出店していたのが
きっかけだそうですが、ナシの実を一杯積み込んだト
ラックで、大分と東京を行き来するからには、それな
りの実入りがあるのだろうと推察しました。

 また、島根、群馬、山梨、福井の各県からは、県と
しての出店の、問い合わせがあるとのことですが、こ
のうち島根県は、活きたイカを運んでくる予定だとい
います。

 活きていれば動物の扱いになって、面倒な保健所の
規制にかからなくてすむ、というのが理由だそうです
が、その話を聞いて、知事時代に、保健衛生行政のし
ゃくし定規な対応に、手を焼いたことを思い出しまし
た。

 保健所と言えば、会場の一角には、保健所に預けら
れた捨て犬たちを、新しい飼い主に紹介するコーナー
もあって、全体の企画にふくらみが感じられます。

 あわせて、キッチンカーによる出店も、各種の料理
が並んでいますので、サラダとハンバーグの「ロコモ
コ」を注文したところ、これがまた山盛りで、おなか
もすっかりふくらみました。

 そのエネルギーのおかげで、午後は、青『山』から
渋『谷』の谷を越えて、代官『山』までを往復すると
いう、荒行を敢行することが出来ました。

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縮める文明(2月16日)

 16日午前、出席したあるセミナーで、講師の方が
使った「縮める文明」という言葉が、耳に新鮮に響き
ました。

 この方は、日本の文明から日本の将来を考えるとい
うテーマで、話をされたのですが、まとめの部分で、
他の国にはない日本人の特徴は、何でも縮めてしまう
ことだと言われます。

 例えばといって出てきたのは、「ステレオをウォー
クマンに」、「オーケストラをカラオケに」、「ラー
メンをカップラーメンに」、「こうもり傘を折りたた
み傘に」、「大自然を庭園に」などで、まさに枚挙に
いとまがないという感じです。

 これに続いて、このように小さく詰め込むことや、
細工することが評価されてきたため、それが出来ない
と、「つまらない」とか「不細工」と言われると指摘
されますと、なるほどとうなずいてしまいます。

 では、なぜそうした文明が生まれたのかといえば、
それは、山・川・海に分断された上、平地の多くは湿
地帯という、わが国の国土が生んだものだというので
す。

 というのも、こうした地形の影響で、馬などを駆っ
て大地を走り抜けることが出来ないため、歩いての移
動が主流になります。

 そうなれば、全てのものを小さくする必要が出ます
ので、折りたたんで腰にぶら下げることの出来る、小
田原提灯などが考案されたというわけです。

 だから、今こそ、こうした日本の文明の特徴を思い
起こして、「小さい」・「軽い」・「薄い」といった
キーワードを基に、物づくりを考えてみてはというの
が、この方のアドバイスでした。

 確かに、それは省エネにもつながりますから、物を
考えるヒントになることは間違いありません。

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ヒグマツアーのスリル(2月15日)

 15日夜、知人の経営コンサルタントが開催する、
セミナーの交流会の席で、アラスカでヒグマを見るツ
アーの紹介がありました。

 アラスカと言えば、毎年サーモン釣りに出かけてい
た人を知っていますが、ヒグマを見る旅があろうとは
思ってもいませんでしたので、初めに聞いた時には、
まさかというのが正直な印象でした。
 
 ところが、会場に映し出される、過去のツアーの写
真を見ますと、まごうことなきヒグマが、目の前の、
すぐ近くを歩いたり遊んだりしている感じです。

 中には、子供に授乳をする母クマの写真もあって、
こんな光景を目の当たりに出来るのなら、人生観が広
がるかもしれない、といった気になってきます。

 ところが、映像での紹介の後、去年のツアーに参加
した男性が体験談を語り始めますと、少し雰囲気が変
わってきました。

 「真夜中に、2人用のテントで寝ていると、テント
の外で、ガサッゴソッという音がする。間違いなくク
マだ、これで俺もお仕舞いだ」と、こわばったまま覚
悟を決めますが、しばらくすると、クマは隣に寝てい
る仲間の方に移動します。

 続いて、この男性は、「こいつが先に食われるだろ
うが、味がまずければ、こいつらは食えない奴だと、
クマもあきらめるだろう。逆においしければ、骨まで
しゃぶって、満腹になって帰るだろうから、いずれに
しろ俺は助かった」と、その時の心の変化を、巧みに
表現してくれました。

 会場では、この後、今年のヒグマツアーへの、参加
募集の呼びかけがあって、何人かから手があがってい
ました。

 交流会からの帰りがけ、会に一緒に出ていた妻に、
ヒグマツアーの話を投げかけてみましたが、世界の中
には、まだ、ヒグマより先に見たいものが色々あると
いう結論で一致しました。

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