« 2010年4月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月

2010/06/16

 困った時の神頼み

 大学生の頃、母や兄と住んでいた、マンション近く
の中華のお店で、近畿地方の由緒ある神社の神主さん
と、飲茶を食べながら楽しいお話しをしました。

 この方は、以前にも、滝に打たれる修行は、神様か
ら授かった身体を痛めることになるので、決して、神
様の御心に沿う修行ではないなど、ためになる話を教
えて下さった方です。

 この日は、静岡県の沼津市にあるお寺から、寺の下
に眠る古墳の主を、なだめてほしいと依頼を受けたた
め、これから沼津に向かうところでした。

 地元の資料では、この古墳は、6~7世紀の、天智
天皇の時代の古墳だそうですが、「うちの先祖が、天
智天皇の右大臣をしていたので、これも何かのご縁で
す」と、さりげなく言われるあたりに、由緒の深さが
にじみ出ます。

 ちなみに、ご先祖のお名前はと伺うと、中臣なにが
しとのことでしたので、それでは、鎌足もご親戚です
かと尋ねますと、「ええ、親戚です」と、こともなげ
なお返事です。

 食事が進むにつれ、各地に眠る霊を鎮めるために、
全国を訪ねたエピソードが語られます。

 ある時、橿原考古学研究所から、お墓のお祓いを依
頼されたため、お墓のお祓いは、お寺さんの守備範囲
ではないかと、研究所に投げかけました。

 すると、研究所から返ってきた答えは、仏教伝来以
前の墓には、仏さまのご威光は及ばない、やはり神主
さんにお願いしないと、というものだったそうで、な
るほどそれもそうかと、納得してしまいました。

 デザートにタピオカが出てきた頃、お話は神社での
ご祈祷に及びましたが、神主さんは、初めて出かけた
神社で、いきなり、商売繁盛などの、お願いをしては
いけないと言われます。

 その訳は、誰でも、初対面の人から金を貸してくれ
と言われて、気持がいいわけがない、それは、神様も
同じとのことで、これまた、なるほどとうなずいてし
まいました。

 そうならないためにも、時々、神様のご機嫌を伺い
に、神社に顔を出すことが大切で、お願いごとをする
のはいざという時、だから、困った時の神頼みと言う
んですよと、わかりやすいお話でした。

 帰りがけ、神主さんがこれから出かける、沼津のお
寺に話を戻しますと、古墳の主は、頭の上にお寺が出
来ていることに、かなりご不満な様子で、手入れに入
った植木屋さんは、腕を骨折をしたと言います。

 その話を聞いた神主さんは、自分は、腕の骨は折れ
てもいいので、髪の毛は抜かないで下さいと、お願い
しているとのことでしたが、駐車場に向かう神主さん
の、つむじの付近をみて、その理由がよくわかりまし
た。

|

2010/06/12

お後がよろしいようで

 妻との、他愛もない会話から、小咄を二題お届けし
ます。

 最初は、ちょっと古い話ですが、5月の連休が終わ
って、長野県から東京に戻った日のこと、新宿からJ
Rを乗り継いで、渋谷から自宅近くまで、バスに乗る
ことにしました。

 いざ、バスに乗り込もうとしたところ、妻が、「こ
のバス、ノンストップだから駄目よ」と言います。

 何を言っているのだろうと思って、バスに目をやる
と、車体の上の方に、ノンステップバスと書いてある
ではありませんか。

 そこで、「おい、これはノンストップじゃなくて、
ノンステップバスだよ。第一、ノンストップで走った
ら、バスにならないだろうが」と言って、二人して、
笑いながらバスに乗り込みました。

 それから1か月余りたった、6月上旬のこと、土曜
日とあって、家でテレビを見ていますと、世界遺産の
旅の中で、聖フランチェスカの街、イタリアのアッシ
ジを紹介しています。

 しばらくすると、一緒に見ていた妻が、「スリラン
カにも、同じ様な名前のところがあったわね」と、い
きなり、想像を超える話を切り出します。

 えっ、スリランカに、アッシジに近い名前があった
かと、首をひねっていますと、ほら、お釈迦様の歯が
納めてあるところよと、新しいヒントが出ました。

 「なんだ、そりゃあ仏歯寺だよ」と諭して、神も仏
もない話を終えました。

 そろそろ、お後がよろしいようで。

|

2010/06/11

何枚も上手

 先月末、中国の温家宝首相が来日した際、友好団体
が主催する、歓迎の晩さん会に出席しましたが、スピ
ーチの技は、なかなか見事なものでした。


 そのスピーチの前、通訳の女性を自席のそばに呼び
寄せて、何事かささやいていましたが、それが、原稿
なしの挨拶の伏線でした。

 壇上に立った温首相は、私は原稿を持っては挨拶し
ません、原稿を読まない方が、心が伝わると思うから
ですと、話を切り出します。

 小泉政権の後、両国の関係が冷え込む中で、3年前
に訪日した時には、氷を融かす旅と言われたため、訪
日前には、ずいぶん構えて準備をしたが、誠意に勝る
準備はなかったと、当時を振り返ります。

 国会での演説に、多くの拍手を受けた日、ホテルに
戻ると首相は、早速、お母さまに電話をして、演説の
ことを報告しました。

 抗日戦争を戦った経験を持つ母が、自分の演説の内
容を、どう受けとめたかが気になったからですが、お
母さまは、それはいい演説をしたねと、答えてくれた
そうです。

 続くスピーチの中では、朝の代々木公園で、太極拳
を楽しんだ時の光景や、京都の立命館大学の学生と、
野球をした時の思い出が、エピソードを込めて語られ
ます。

 また、前回の来日の前には「三丁目の夕陽」を、今
回は「おくりびと」を見てきたと、きめ細かい味付け
も忘れません。

 後半に入ると、「中国は永遠に覇を唱えることはな
い」と、政治的メッセージが繰り出されます。

 歴史問題にタブーはない、あるのは客観的な事実だ
けだ、歴史を語るのは、恨みを持ち続けるためではな
い、歴史の鑑を通して未来を見るためだ、と語る首相
は、終戦後まもなく、河北省の秦皇島で、100万の
日本の軍人が引き揚げるのを、中国の民衆が手助けし
た記録を紹介しました。

 さらに、去年、北京の中南海で、訪中した、かつて
残留孤児たちと面会をした際、彼らが歌う、私には二
つの故郷があるという歌を聞いて、涙を禁じ得なかっ
たと語ります。

 その上で、両国の間で、相互信頼を深めることが出
来れば、戦略的互恵関係が築けると、政治家としての
メッセージを締めくくりました。

 最後は、五言と七言の入り混じった、自作の漢俳を
披露して、スピーチを終えましたが、日本の現役の政
治家と比べて、備えている力が何枚も上手であること
が、その端々から感じ取れました。

 わが国は、こうした要人を抱える国と、立ち向かっ
ていかなくてはならないことを、もっと認識する必要
がありそうです。

|

2010/06/10

 カラスの事情は

 6月初めに、次男夫婦や3人の孫と、久し振りに食
事をした時に、公園の森に住む、都会のカラスが話題
になりました。

 男、男、女の3人の孫たちは、今年で7・5・3に
なりますが、ちょっと見ない間に、それぞれが、少年
に女の子になっています。

 今年、小学校にあがった上の男の子は、迷路を書く
のが得意だと言いながら、店のコースターの裏に、こ
まごまとした迷路を書いてくれました。

 おお、すごいなあと思って見ていたのですが、「こ
こが入口だから、やってみて」と手渡されてみると、
薄暗がりのライトの中では、眼鏡なしでは、細かい線
がよく見えません。

 「ごめんね、後でやってみるから」と、胸のポケッ
トに、大切にしまい込みました。

 彼らの家のそばには、森のある、大きな公園がある
のですが、前日、弟や友達と一緒に公園で遊んでいる
と、カラスが襲ってきたといいます。

 一緒にいた嫁に聞くと、ヒナが巣から落ちたため、
威嚇のために、子どもたちに近づいたことがわかりま
したが、上の子はいち早く、カラスの住む公園の森を
抜け出してセーフ、弟と友達は、カラスに追われなが
ら、バタバタと逃げ回ったようでした。

 現場にいたお母さんたちは、区役所に言おうかと相
談をしましたが、そうすると、カラスの家族が駆除さ
れてしまいそうで可愛そう、という声が大勢で、やめ
ておくことになったそうです。

 以前に比べると、東京のカラスは、めっきり減りま
したが、もともと、童謡の「七つの子」のカラスは、
山の古巣に住んでいたのですから、カラスのご一家の
住環境も、ずいぶん変わっているはずです。

 孫たちが襲われたとなれば、のんきなことは言って
いられませんが、窓の向こうに見える、東京タワーの
夜景を眺めながら、孫たちが、大人になった時の東京
を、思いやっていました。

|

2010/06/07

小沢降ろしの風

 菅さんが、新しい総理に決まりましたが、小沢さん
のバタつきが、菅さんにとっては、絶好の状況を、か
もし出しているように見えます。

 以前から、僕は、小沢さんが、闇将軍と呼ばれた元
首相から引き継いだ、田中3原則からの脱却を、求め
てきました。

 その3原則は、「政治は数、数は力、力は金」とい
うもので、自民党の金権体質を長く支えてきた、古い
根っこですが、この根を基盤に据えたたまま、その上
に、民主党の新しい枝を接ぎ木しようとしても、木が
育つわけはないと考えてきました。

 ですから、今回の総理の交代を機に、小沢さん的な
体質から、はっきりと脱却しようとしていることは、
民主党のためにも、この国のためにも、大変良いこと
だと思います。

 特に、政治の手法として、好ましいかどうかは別に
して、小泉さんが、郵政改革の際に成功した、誰かを
守旧派に祭り上げて批判するやり方は、劇場型に慣れ
た国民に、受けることは間違いありません。

 それを知ってか知らずか、小沢さんの側は、かなり
落ち着きを失って、あえて敵役を買って出ているよう
に見えます。

 中でも、菅さんが選出された当日に、地元岩手の、
支援者の集会に送ったビデオの中で、参議院選挙後に
は、先頭に立って頑張っていきたいと語ったことや、
その夜の会合で、9月の代表選挙には、対抗馬を立て
ると語ったとの報道を見るにつけ、小沢さんらしから
ぬ、バタつきぶりを感じます。

 話をしないことで、ある種のカリスマ性を保ってき
た方が、こんな思いを、軽々しく口にしたのでは、底
が割れてしまって、戦略にもなりません。

 もし、9月に向けて、本気でそうした動きをされる
のなら、菅さんにとっては、願ったりかなったりの状
況で、労せずして、国民の支持を保っていくことが出
来るでしょう。

 その上、小沢さんには、政策で戦っていく力があり
ませんから、多くの人の目が、政策に移るようになれ
ば、その戦場では、戦う術を持たなくなってしまいま
す。

 後は、黄門さまや、3原則のお家元のお嬢様に、テ
レビに出ていただいて、面白おかしく、相手にボディ
ブロウをかましてもらえばいいだけです。

 総理が誰であるにしろ、就任した途端に、その足を
引っ張って、引きずり降ろしていく風潮が続いたので
は、わが国は、世界と渡り合ってはいけません。

 今回、小沢さんの奮闘ぶりが逆効果となって、政権
が安定をすれば、少しは、地に足のついた政治が戻っ
てくるのではと、期待をしています。

 多くの国民の胸の中に、小沢降ろしの風が吹いてい
ることに、小沢さんのお仲間たちは、気づいておられ
ないのでしょうか。

 それにしても、風向きの違いだけで、大きく揺れ動
く内閣支持率も、風見鶏のようで、危うさがつきまと
います。
 

|

2010/06/06

あっという間の8ヶ月

 鳩山さんの辞任を受けて、8か月の短命政権に終わ
った原因の一つである、普天間基地の問題を、あらた
めて考えてみました。

 この問題を考えるにあたっては、日本が置かれた、
地政学的な位置に加えて、日本を取り巻く、国際的な
環境の現在と未来とを、多面的に見通した視点が必要
です。

 まず、地政学的な視点から見れば、わが国は、ロシ
アの極東部から朝鮮半島、中国大陸という地域に接し
ていますが、そこには、様々な不安定要素がひそんで
います。

 その一方で、中国は、13億人という、巨大なマー
ケットを抱える大国で、わが国の経済を維持発展させ
るためには、命綱ともいえる、大きな市場を持ってい
ますので、これからもずっと、より良い関係を保って
いかなくてはなりません。

 そのためにも、お互いの接点になる場に、無用なト
ラブルが起きないように、手を打っておく必要があり
ますが、その手法として、日本が独自の軍事力を増強
するのが、現実的で合理的でしょうか。

 それとも、中国も、一目置かざるを得ないアメリカ
に、緩衝材になってもらうのが合理的でしょうか、一
つには、その判断が求められます。

 もう一つ、日本から基地がなくなって、アメリカ軍
が撤退することになったら、独自の軍備の増強を唱え
る方々の声が、当然大きくなります。

 話に飛躍があると、お叱りを受けるかもしれません
が、そうした流れが、ドイツのワイマール共和国を、
日本の大正デモクラシイを崩していった歴史から、何
を学ぶかも考えたいものです。

 僕は、この二つの視点から、アメリカ軍には、まだ
国内にいてもらうべきだと考えていますので、鳩山さ
んも、前政権が積み上げてきたことを、そのまま、実
行に移せば良かったと思います。

 というのも、まずは、普天間基地という、周辺の住
民にとって、きわめて危険な存在を、取り除くのが第
一だからです。

 もちろん、沖縄の負担は、さらに減らさなくてはな
りませんが、それは、一度には出来ないのですから、
2014年までにという期限の中で、辺野古への移転
を実現しながら、その間に、次の負担軽減策を、アメ
リカと協議していくのが、合理的な選択だったと考え
ます。

 いかに、理想に燃えていたとはいえ、目指すべき結
果が得られるはずのない、手法にこだわったことは、
沖縄のためにも、鳩山さんのためにも、もったいない
ことだったと思います。

 あっという間の8ヶ月でしたが、落ち着いたら、鳩
山さんをねぎらって、食事を共にしたいものです。

|

サボってました(4月下旬~6月初め)

 4月22日付けで、「魚へんはまぎらわしい」とい
うタイトルのブログを書いて以来、およそ1カ月半、
なかなか、ブログを書く気持のゆとりが生まれずに、
ずっとサボり続けていました。

 大きな理由は、4月初めから、早稲田大学の大学院
で、地域経営と国家経営という、自らつけた仰々しい
講座名のもと、毎週1回、1時間半の授業を受け持つ
ことになったためで、その準備に追われる日々となり
ました。

 それに加えて、3月から始めたツイッターに、暇な
時間を奪われることになったため、ずるずると、ブロ
グレスの月日が過ぎて行きました。

 このため、何人かの方から、どうしてブログが更新
されていないのかと、お気づかいの声をいただきまし
た。

 そのお気づかいを、嬉しく思いましたし、自分も、
日々感じたことは、ツイッターでつぶやくだけではな
く、きちんと書きとめておいた方が、後々の記録にも
なると気を入れ直して、再度、復活することにしまし
た。

 ただ、これまでのように、何月何日という、新聞の
記事風の書き出しにしていますと、日にちが過ぎてか
ら、後追いするのがきつくなりますので、これからは
日付を入れずに、折々に起きたことや感じたことを、
綴っていくことにします。

 とりあえず、鳩山さんの辞任の原因になった、普天
間基地の問題や、菅さんの総理就任を話題に、少し硬
めのブログを書いてみます。

|

« 2010年4月 | トップページ | 2010年7月 »