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2010年10月

2010/10/19

ご先祖様への願い事

 10月の3連休の一日、わが家の近くにある青山墓
地に、母方の祖父母の、墓の掃除に出かけました。

 その途中に、外苑西通りにかかる、陸橋があります
が、その上に立つと、360度の空を見渡すことが出
来ます。

 この日、その橋の上で、ぐるりと体を一回転させて
みますと、文字通り、雲ひとつない青空が広がってい
ました。

 こんな青い空を見たのは、いつ以来のことだろう、
また今度見られるのは、いつの日のことだろうなどと
考えながら、墓地に向かいました。

 秋とは言え、日差しが強いものですから、お墓の掃
除をしているだけで、汗がにじんできます。

 その上、持参したバケツを手に、墓地の中に設けら
れた水汲み場との間を、5回も往復しましたので、実
にいい運動になりました。

 こうして、何回か通う中、水汲み場では、さまざま
な光景に出くわしました。

 大きなペットボトルに水を汲む、ホームレス系と思
われる男性もいれば、散歩中に水浴びをきた、ワンち
ゃんもいます。

 時には、2匹のワンちゃんが、相前後して現れて、
「あら、申し訳ありません」、「いえいえ、どうぞお
先に」などという会話が、飼い主の間で交わされてい
ました。

 水を汲んでの帰り、ある大きなお墓のそばを通りま
すと、母親のお供で来たと思われるお嬢さんが、お墓
の前で手を合わせています。

 別に、聞き耳を立てたわけではないのですが、その
お嬢さんの口をついて出たのは、「年末の、ジャンボ
宝くじが当たりますように」という、宝くじ祈願のひ
と言でした。

 続いて、お嬢さんは、入学試験のお願いも、持ち出
そうとしていましたが、お母さんから、「それは、頼
む場所が違うでしょ」とたしなめられて、断念してい
ました。

 この他、小さな子供連れの、若いご夫婦もいて、つ
くづく、色々なご家族があるものだと思いましたが、
帰りがけ、もう一度くだんの橋の上に立ちますと、新
宿方面の空に、小さな雲が二つだけ、ぽっかりと浮か
んでいました。

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小平をご存知ですか

 日中関係が騒がしい中ですが、小平と言っても、も
ちろん鄧小平さんのことではありません。

 10月の第2土曜日に、東京の小平市で開かれた、
選挙管理委員会の主催する講演会に、講師として招か
れたのです。

 僕は、人生の半分以上が、東京暮らしですし、小学
校に上がるまでは、小平市を通る、西武新宿線の沿線
に住んでいましたので、この沿線と縁がなかったわけ
ではありません。

 しかし、これまでに、小平市を訪問したことが、あ
っただろうかと考えてみると、小学生の時に、工場見
学に来たかもしれないといった、あいまいな記憶しか
ありません。

 そこで、インターネットを開いて、小平市とはどん
なところか、調べてみました。

 まずは、歴史をひもときますと、玉川上水の開通に
よって、水が確保できたため、開拓が可能になったと
あって、多摩地区ならさもありなんと思いながら、次
に読み進みます。

 ちょっとびっくりしたのは、農業の分野で、ブルー
ベリーを、初めて栽培したのが、小平市だったとあり
ます。

 ブルーベリーの産地と言えば、もっと地方の、高原
地帯を思い浮かべてしまいますので、小平市が、ブル
ーベリーの、日本三大産地の一つと知って、とても意
外な気がしました。

 さらに、芸能や文化の欄に目をやりますと、文化勲
章受章者で、晩年を小平で過ごした、彫刻家の平櫛田
中さんは別格として、俳優の小栗旬さんが、小平第三
小学校卒、タレントの柳原可奈子さんが、小平高校卒
と書いてあります。

 小平市と言えば、その名の由来の通り、平らで起伏
のない土地柄ですが、ゆかりの人は、かなりの起伏に
富んでいることがわかって、なかなか良い勉強になり
ました。

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2010/10/18

胎援隊の未来は

 知り合いの、弁護士さんが主催する勉強会で、初め
て、胎児外科の専門医の話を聞きました。

 それを聞いて、医療はそこまで進んだのかと、正直
驚いたのですが、ビデオの映像をまじえた、1時間半
に及ぶ講演は、かなり刺激的なものでした。

 胎児を相手にした医療と言えば、ひと昔前までは、
超音波による診断で、胎児の異変に気づくことは出来
ても、治療は出産後にというのが常識でした。

 しかし、赤ちゃんが胎内にいる間に、症状が進むた
め、出産後に治療するのでは、治癒する率が低下する
うえ、重い障害が残る場合が多いというのが、胎児へ
の、治療が始まった理由です。

 治療の中には、羊水の中に薬を投与する、内科的な
治療もありますが、それでは対応できない場合に、子
宮を切り開いて、胎児の患部に直接治療を施すのが、
胎児外科です。

 この日も、手術の様子を撮った、ビデオが紹介され
ましたが、子宮が開かれると同時に、羊水があふれ出
して、その中から、医師の人差し指をつかむように、
胎児の手がのぞく映像は、見る人によっては、不快感
を伴うものかもしれません。

 実際、帰宅後に、妻にこの話をしますと、「なぜ、
そんなことをしなくちゃいけないの、聞くのもいやだ
わ」と、いきなり、嫌悪感をあらわにされてしまいま
した。

 しかし、胎児に対する、わずか1時間程の手術で、
子どもの生存率が高まるうえ、障害を取り除くか、ま
たは軽くすることが出来るとしたら、ある種の病気に
対して、胎児外科は、大きな福音になり得るという話
には、十分な説得力がありました。

 また、従来は、先天性と考えられていた病気も、実
際は、子宮の中で起きた、事故や異変が原因の場合が
あるため、現在の医療のレベルから見れば、胎児も一
人の患者だと言われますと、なるほどと、うなずいて
しまいます。

 ただ、実施にあたっては、医療の発達に伴って、従
来から論じられてきた、胎児の人格に関する、法律的
または倫理的な問題が、絡んでくるのも事実です。

 そう考えてみますと、医療だけでなく、ICTに関
する技術の発達や、投資を目的とした新商品の開発な
ど、法律や社会的な規範が、社会の進歩に、追いつけ
なくなっている事例が、数多くあることに気づかされ
ます。

 この日、講師を務めた医師は、胎児を救うために、
龍馬の海援隊にならった、胎援隊を立ち上げて、胎児
外科の治療を普及させていきたいと、意気込まれてい
ました。
 
 そう言われて、振り返ってみれば、子どもの臓器移
植も、親の切実な声が引き金になって、臓器移植法の
改正が実現しました。

 また、産婦人科の分野では、どうしても子どもがほ
しいと願う人たちの思いが、代理出産など、新しい試
みを生んでいます。

 ですから、胎児外科に関しても、親の思いが、その
普及を促す可能性がありますが、その一方で、人工妊
娠中絶との法的な関係もあって、社会的に、なかなか
難しい課題だと受けとめました。

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空白地帯の不気味さ

 

 ウィルスや感染症の専門家とお話をする中で、新型
のインフルエンザの発生に関して、不安を感じること
がいくつかありました。

 その一つは、不安というよりも疑問なのですが、国
が、3000万人分用意していた、ワクチンの使用期
限が次々と切れて、すでに2000万人分が、廃棄さ
れているという点です。

 それでも、差し引き1000万人分は、まだ残って
いますし、それを使えば、その分、新型のインフルエ
ンザに対する、社会全体の抵抗力は高まるのですが、
今もって、国は、使用の決断に至っていません。

 その大きな理由の一つは、1億人に100人程度の
割合で発生する、副作用への対応で、差し迫った危険
がない時点で、ワクチンを使用した場合、副作用に対
する責任を、誰がどう取るのかが不明確なことから、
使用を躊躇していると言います。

 これに対して、この日お話を伺った専門家は、ワク
チンの投与を受ける本人の、承諾を得ることで、副作
用に関する厚労省の責任を免責したうえ、実施する病
院が災害特約に入ることで、被害の補償を担保するな
ど、方法はいくらもあるはずだと指摘されます。 

 こうした事情から、新型インフルエンザの予防に、
抑止効果を発揮するはずのワクチンが、眠ったままに
なっているわけですが、そのうちにも、H5型と呼ば
れる、毒性の強いインフルエンザが、大流行する危険
性は、確実に近づいています。

 その証拠に、2006年に、鳥から哺乳類である豚
にうつったインフルエンザは、すでに、人型に近いも
のに変質していて、アジアでは、多くの患者が出てい
るというのです。

 ところが、アジア諸国での、患者の分布図を見ます
と、中国だけが、発生がゼロと空白になっていて、こ
れも、不気味と言えば不気味です。
 
 もちろん、他国のデータを、根拠もなく疑ってはい
けませんし、狼少年になってもいけませんが、こうし
た現実が、どれだけ、国民に知らされているのかと言
えば、これもまた心もとない限りで、転ばぬ先の杖の
大切さに、いかに早く気づくことが出来るか、不安が
つのる思いでした。

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政治改革の矛先

 小沢一郎さんの、政治資金をめぐる事件で、検察審
査会が、小沢さんを起訴することを議決した、とのニ
ュースを見て、一つ感じることがありました。

 それは、かつて小沢さんがかかげた、政治改革の矛
先が、今や、小沢さん自身に、向けられているのでは
ないかということです。

 これまで、小沢さんは、自らの政治とカネの問題に
ついて、自分は、法律に触れることは何もしていない
し、それは、検察庁がこれだけ調べても、何も出てこ
なかったことからも明らかだと、繰り返し主張してき
ました。

 つまり、法律的には白だと言われているわけで、僕
も、検察庁の判断などから、白になる可能性は高いの
だろうと受けとめています。

 しかし、多くの国民は、法律的に白か黒かの問題を
超えて、政治に携わる人は、政治とカネにまつわる不
明朗な関わりから、一切手を引いてほしいと、願うよ
うになりました。

 このため、政治とカネの問題に対する、小沢さんの
認識と国民の認識との間には、大きなズレが生じてい
ます。

 振り返ってみれば、政治改革の旗を掲げて、自民党
を飛び出した小沢さんは、日本新党の細川護煕さんを
かついで、自民党に代わる連立政権を樹立しました。

 その政権の下で、小選挙区制度を実現したうえで、
政党助成金の制度を作って、政治活動に、税金を投入
する道を開きました。

 その政治改革の呼びかけは、多くの国民に、好意を
持って受けとめられましたが、やがて国民の側は、政
治資金や選挙制度の法律的な枠組を乗り超えて、もっ
と厳格な政治改革を、求めるようになっています。

 こうして、小沢さんがかかげた、政治改革の剣は、
小沢さんの手から国民の手に渡り、今やその矛先が、
小沢さん自身の喉もとに、突きつけられる形になりま
した。

 今回の、検察審査会の議決も、同じ流れの上にある
と思いますが、審査会の現在の制度と、その運用のあ
り方に対しても、小沢さんは、いくつかの疑問を提示
されています。

 そこで、検察審査会の制度が、今回のように、二度
の議決によって、強制的に起訴される形に変わったの
が、いつだったかを調べてみました。

 すると、それは、2004年に行われた、刑事訴訟
法の改正に、端を発していますした。

 また、この件をめぐる国会の議決にあたって、民主
党は、改正に賛成をしていたこともわかりました。

 つまり、小沢さんが、その日の本会議に欠席をして
いない限り、自らを起訴に追い込んだ、検察審査会の
制度の改革に、小沢さんは、賛成をしていたことにな
ります。

 こうしてみますと、小沢さんがかかげた、改革の剣
の矛先は、二重の意味で、小沢さん自身の喉もとに、
突きつけられていることになります。

 とはいえ、こうした改革をもたらした、力の源の一
端が、小沢さんにあったことは、正当に評価しなけれ
ばいけませんが、その一方で、今起きている、時代の
皮肉とも言える状況を、小沢さん自身がどう受けとめ
ているのか、率直な思いを聞きたいものです。

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2010/10/04

オリンピックの年に向けて

 2年後に迫った、ビックイベントに向けて、アメリ
カと中国との綱引きが、盛んになってきましたが、日
本は、そこにどう絡んでいけるのか、またはいくべき
か、情報の収集と戦略立てが迫られています。

 と言っても、2012年にロンドンで開催される予
定の、オリンピックでの、金メダル争いのことではあ
りません。

 2年後のこの年には、アメリカでは、大統領選挙が
行われますし、中国では、中国共産党の主席など、党
と政府の最高幹部が交代をします。

 そのことを背景に、アメリカと中国との間では、様
々な駆け引きが交わされるようになっていますが、日
本を巻き込んでの、パワーゲームの行方は予測できま
せん。

 過去、中国で、指導部の交代を前にした時期には、
人民解放軍が、動きを活発にさせる傾向がありました
が、かつては、それらの動きは、おもに台湾の周辺で
起きていました。

 ところが、今年2月に出された、アメリカの国防計
画の見直しを見ますと、中国の海軍と空軍の、抗戦能
力が高まったため、台湾海峡や周辺の海域に、アメリ
カ軍が近づくことが難しくなった、と報告されていま
す。

 また、中国は、黄海で予定されていた、米韓の軍事
演習に反対して、演習の区域を、日本海側に変更させ
ることにも成功しています。

 こうした力関係の変化が、尖閣問題にも、影を落と
しているかと思われますが、同じ様な問題が、ベトナ
ムやフィリピンなどの権益が絡む、南沙諸島の海域で
も起きています。

 このため、ベトナムが、古くからの軍事的な拠点と
して知られる、カムラン湾を、アメリカに、海軍基地
の用地として、提供する動きも出ています。

 そうした中、日本と中国の間では、海上自衛隊の練
習艦隊が、中国を訪問する予定で、アメリカは、そう
した動きに、気を揉んでいると思われますが、逆に、
日本とアメリカとの間では、尖閣諸島での紛争を想定
した、東シナ海の海上での、軍事演習が予定されてい
ますので、これに対する、中国側の出方も測り知れま
せん。

 一方、経済の面では、中国政府の、人民元の切り上
げに向けた対応が煮え切らないため、アメリカの議会
下院が、9月29日に、中国からの輸入品に、割増し
の関税をかけることが出来るようにした、対中制裁法
案を可決しました。

 それに続いて、10月15日に予定されている、ア
メリカの通貨報告で、中国を、「為替を操作している
国」と、認定するのではないかと指摘されています。

 同じ為替の分野では、現在日本も、円高を抑えるた
めに、為替市場でドルを買い上げる形で、為替に介入
をしていますが、このことをアメリカから見れば、人
の懐に手を突っ込んで、ドルの価格を上げることで、
アメリカの輸出に悪い影響を与えている、とも見られ
かねません。

 しかし、アメリカ政府は、こうした日本の動きを、
容認する姿勢を見せていますので、中国からすれば、
なぜうちだけが非難されるんだと、面白くはないはず
です。

 また、当の中国国内でも、人民元の為替レートを、
しばらくは今のまま保って、その間に、輸出を伸ばす
ことで、貧富の格差を縮めていきたいという、温家宝
首相らの考え方と、為替レートの切り替えを、戦略的
に使うことで、国内の産業構造の調整を、図っていく
べきだという、李克強・王岐山両副首相らのグループ
との間に、微妙な違いも出てきています。

 さらに、今回、尖閣の問題をきっかけに、中国は、
レアアースの日本への輸出を規制しましたが、このレ
アアースは、携帯や自動車だけでなく、コンピュータ
ーや兵器の製造にも、必要なものですので、中国の措
置は、アメリカの国防筋を大いに刺激しました。

 このことを、中国側が、どれだけ認識しているのか
はわかりませんが、アメリカや日本を含む関係国が、
協力して一斉に、レアアースへの対応を、検討し始め
ています。

 中国にしてみれば、カードを切ってしまったがゆえ
に、世界の産出量の95パーセントを占めるという強
みを、やがては、維持できなくなるかもしれません。

 同様に、13億人の巨大なマーケットが持つ力や、
中国が大量に買い込んでいる、日本の国債を手放した
らどうなるのか、といった無言の圧力に対して、アメ
リカやわが国が、これまでとは違った準備を、始める
可能性があるため、中国の強硬姿勢が、中国のために
なったのかと言えば疑問もあります。

 アメリカと中国のパワーゲームは、まだ始まったば
かりですが、2年後のオリンピックの年に向けて、両
国の間では、権力の中枢の交代も含めて、激しい綱引
きが繰り返されると思いますので、わが国も、しっか
りとした情報収集と、戦略の構築が求められます。

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2010/10/03

東より出づる

 妻の故郷、宮崎県の東国原知事が、2期目には出馬
をしないと表明されましたので、何人かの方から、感
想を求められました。

 宮崎は、妻の故郷ですので、今年も、あわせて4回
出かけていますが、9月中旬に宮崎に行った時、タク
シーの運転手さんからは、「知事は、もう宮崎の知事
は辞めて、東京の知事選挙に出るよ」と、聞かされて
いました。

 えらく、確信に満ちた話しぶりでしたし、タクシー
の運転手さんは、押し並べて情報通ですから、そうい
う流れになっているんだろうなと、素直に受けとめま
した。

 ですから、2期目には出馬しないと、議会で表明さ
れたと聞いても、やはりそうだったかとしか、感じま
せんでしたし、この後の進路は白紙と言われても、そ
れは、都知事選しかないのだろうと、運転手さんの情
報を信じ切っています。

 確かに、1期で辞めてしまうのは、仕事への思い入
れという点で、自分とは違う方だなと思いましたが、
辞めるにあたって、国との関わりで、「知事に限界を
感じた」という表現は、僕が、知事を退任した時に使
った言葉と、まったく同じ言いまわしでしたので、そ
の意味は十分に理解できました。

 ただ、大阪の橋下知事と比べた場合、国に対して、
それほどものを言ってきたのだろうか、また、足下の
古い勢力と、正面から戦ってきたのだろうかと、率直
な疑問もわいてきます。

 東国原さんと橋下さんを、見比べた場合、ともに、
最後は国政を目指しておられるのでしょうが、橋下さ
んの場合は、国とはもちろん、自治労や議会ともぶつ
かりながら、その隘路を自ら打ち破る手立てとして、
大阪維新の会という、地域政党を立ち上げました。

 この地域政党が、府議会と市議会の多数を握ること
で、これまで誰も出来なかった、府と市の、実質的な
合体を目指そうという狙いでしょうが、それが出来れ
ば、いつの日か、国政に向かわれる時に備えた、大き
な実績と期待につながります。

 その意味で、自らが目指しておられる道への、足取
りが地道ですし、政治的にも合理的に感じられます。

 これに対して、東国原さんの場合、都知事をやって
から、国政を目指すという目論見であれば、足下での
体験と実績を積み重ねるという、キャリアアップが見
られないまま、人気頼りの戦術に終わりそうなところ
が、弱点ように思われます。

 それでも、これだけの人気ですから、都知事になら
れるかもしれませんが、その際には、また1期で辞め
るつもりかどうか、そのことは、あらかじめ、都民に
語っておかれた方がいいように思います。

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17万人×17万円=

 尖閣問題のさ中、中国からの旅行者の、世話をして
いる方と、お話をする機会がありました。

 その前日、大阪の方から、尖閣の問題が原因で、中
国からの入り込み客が急激に減っていると、聞いたば
かりでしたので、現状を尋ねてみますと、様々な影響
が起きていると言います。

 例えば、1万人の社員旅行を取りやめた、北京にあ
る、サプリメント会社の場合、去年の社員旅行は台湾
に、今年は、韓国への旅行を予定していたのを、日本
に誘致した経緯があります。

 このため、この企業の社員旅行にあたっては、ある
家電量販店とタイアップをして、旅行に参加する社員
は、その店でしか家電を買わないという、契約を結ぶ
ために、内々の話も進んでいたそうです。

 もちろん、国の主権の問題と、比較できる話ではあ
りませんが、このことを始め、各方面に、かなりの余
波が起きているのは確かです。

 そもそも、現在、日本を訪れる中国人の観光客は、
毎月およそ17万人、その人たちが、旅行中に使うお
金が、1人平均17万円だそうですので、合計をすれ
ば、毎月289億円が、国内に落ちている計算になり
ます。

 これに加えて、観光以外の分野でも、日本製品への
アレルギーが強まって、ビジネスがやりにくくなって
いると言います。

 こうした状況に対して、中国側のビジネスマンも、
困ったものだというのが、飾らない反応ですが、私た
ちの側も、多くの分野で、中国一辺倒を見直す、よい
機会なのかもしれません。

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ニッカの名の由来

 9月の末、ニッカ・ウヰスキーのふるさと、北海道
の余市町で講演をした際に、ニッカの名前の由来を聞
きました。

 千歳の空港からJRに揺られて、小樽駅に向かいま
すと、右手に、北の日本海が見えてきます。

 その景色は、高知県の沿岸部を走る、土佐くろしお
鉄道から見る、海岸線の光景によく似ていますが、一
つ大きく違う点があります。

 それは、海岸と線路との距離が、あまりにも近いこ
とで、見た目では、水際から砂利の浜辺を隔てて、線
路まで、ほんの3メートルくらいしかありません。

 もしも高知で、こんな場所に線路を敷けば、台風が
来るたびに、線路が流されてしまうと思うと、北海道
との、気象条件の違いが、ひと目で伝わってきます。

 もちろん、北海道との違いは、気候だけではありま
せん。

 小樽から、余市に向かう車の中でも、結婚式のやり
方や、お雑煮の違いなど、全国から、様々な地方の人
が集まった、北海道ならではの話を、いくつかうかが
いました。

 余市と言えば、スコットランドに留学した後、少し
でも、本場に似た気候の下で、ウィスキーを造りたい
と、ニッカの創業者が、この地に、工場を建てたこと
で知られています。

 講演会の会場は、そのレンガ建ての工場の、すぐ近
くにありましたので、当時のウィスキーづくりの話を
聞きますと、ウィスキーは、最初の数年間は、寝かせ
ておかないといけないため、その間のつなぎとして、
リンゴのジュースを作り始めたそうです。

 それは、日本で初めてリンゴを実らせたのが、ここ
余市町だったからですが、このため、1934年、昭
和9年に、リンゴの果汁を作る、大日本果汁という会
社を立ち上げました。

 この大日本の「日」と、果汁の「果」を取って、ニ
ッカという名前が出来たとのことで、そうだったのか
と、勉強になりました。

 そのニッカ・ウヰスキーも、今は大手のビールメー
カーの、傘下に入っていますが、その分、販売ルート
も安定して、シングルモルトの記念ボトルなど、話題
の商品づくりでも健闘しています。

 講演の後、お土産にいただいたのも、「余市」と名
付けられた、そんな話題のボトルの一つでしたので、
その袋を手に、再び北の海を横目に見ながら、千歳に
向かいました。

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2010/10/02

3つの放棄

 尖閣諸島をめぐる、一連の問題を考えて、3つの放
棄という思いを持ちました。

 一つは、政治主導の放棄ですが、民主党は、実体が
伴っているかどうかは別にして、官僚主導から政治主
導へを、キャッチフレーズの一つに掲げています。

 ただ、政治主導は、どんなに政治家にとって、都合
が悪い時でも、判断に至った経緯や、その判断に込め
た思いを、国民に向けて、率直に堂々と語ることで、
初めて、首尾を貫くことが出来ます。

 ですから、那覇地方検察庁の判断に従ったという、
政府の言い分が事実だとしても、その判断を下した責
任を、事の政治的な大きさに比べれば、余りにも小さ
な存在の、那覇地検という、官僚組織にかぶせるので
あれば、政治主導を放棄したと言われても、致し方あ
りません。

 二つ目は、政治の透明性の放棄ですが、小沢さんに
対して、国民が示している強いアレルギーは、小沢さ
んが、法律に触れているかどうか、つまり、黒か白か
ではなく、その政治手法が、透明かどうかが問われて
いるのです。

 これに対して、菅さんは、政治の進め方を、透明に
すると主張されてきましたが、今回のことで、政府の
判断を隠すために、那覇地検を隠れ蓑に使ったのだと
すれば、政治の透明化も放棄したことになります。

 もう一つ、今回の判断が、将来、我が国の主権を、
放棄することにつながらないかも心配です。

 もちろん、政治的な配慮や、それに基づく政治判断
は、政治の世界には欠かせません。

 しかし、政治的な配慮の下で、大人の判断をしまし
たといって、お人好しを決め込んでいたのでは、中国
のみならず、世界の国々から、この程度の国かと見く
びられて、やがて権益とともに威信も、放棄すること
になりかねません。

 いずれにしろ、今回のことを教訓として、次の戦略
に活かしていけるか、日本の力が試されています。

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ホールインワン乱発の理由

 石川遼くんの、公式戦では初めての、ホールインワ
ンがでた前日のこと、ある会合で出あった経済界の方
々が、それぞれの、ホールインワンの思い出話をされ
ていました。

 あるご夫妻は、奥様の方が、3回もホールインワン
を出したという、つわものですが、ゴルフをしない僕
は、そのご夫婦との会話の中から、ホールインワンが
正式に認められるには、3人以上のメンバーと、キャ
ディーを連れて回るという、条件があることを初めて
知りました。

 そう言えばと、次に出てきたのは、ホールインワン
の出やすいコースの話で、ひと昔前には、熱海のある
コースが、ホールインワンの出る率が、全国でも飛び
抜けて高かったそうです。

 その理由は、グリーンの両側が、斜面に囲まれてい
る設計になっていたためで、全然違う方向に飛んだと
しても、斜面を転がってグリーンに乗ったボールが、
コロコロとカップに吸い込まれるのです。

 このため、その後、このコースの設計は改められた
そうです。

 すると、別の方が、そう言えばと、ある東南アジア
の国での、ホールインワンにまつわる、体験談を話し
てくれました。

 それは、あるキャディに付いてもらうと、むやみと
ホールインワンが出るという話で、その秘密をさぐっ
たところ、グリーンに乗ったボールを、先回りしたキ
ャディが、ボールを足で、カップに入れていたことが
わかりました。

 何故、そんなことをしたのかといえば、ある時、ケ
チで有名なお金持ちが、ホールインワンをしたのだそ
うです。

 そうしたら、日頃は、とってもケチなおじさんが、
キャディを含めた周囲の人に、大盤振る舞いをしてく
れたため、その思い出が忘れられず、ついつい、ホー
ルインワンを演出していたということでした。

 さて、遼くんの場合、何かホールインワンにまつわ
るエピソードは、あったんでしょうか。


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雨の降り出さぬ間に

 彼岸の中日、家からもさほど遠くない、父母と兄の
墓に、墓参りに出かけました。

 前夜の天気予報では、かなりの雨が予想されていま
したので、彼岸のお墓参りを、どうしようかなあと迷
っていましたが、朝を迎えると、しばらくは大丈夫そ
うな空模様です。

 そこで、決して、下心があったわけではないのです
が、兄嫁に電話をしますと、「私は、もうお墓参りに
行ったけど、これから行くのなら、車で迎えにいって
あげるよ」と、優しい声をかけてくれます。

 その言葉に甘えて、姉の車で、墓地下まで送っても
らうと、その足で、父母と兄が眠っている、わが家の
墓に、お参りをしました。

 その足で、同じ墓地の中にある、母方と父方、双方
の祖父母らの墓にも、足を運びましたが、母方の墓で
は、夏草の残りが少し気になりましたので、日を改め
て、草を抜きに来ようと妻と話しました。

 この後、もう一度、姉の車に拾ってもらって、一緒
に、サムゲタンのランチとお茶をしながら、よもやま
話に花を咲かせましたが、お互いに、色々と悩みのあ
ることもわかりました。

 この後、地下の駐車場から出ると、外は窓を叩くよ
うな強い雨、きっと、墓参りが終わるのを、待ってく
れていたんだなと、身勝手な解釈をしました。

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お色直しをする花

 宮崎から東京に帰る、飛行機の中で見た機内誌に、
義母の家から見た、色の変わる花のことが出ていまし
た。

 妻の母の家からは、小さな庭に咲いた花越しに、隣
の家にある、背の高い芙蓉の花が見えます。

 義母が、「ほら、あの花、朝は真っ白なのに、日が
昇ると桃色になるのよ」と、指さしますので、お隣の
芙蓉に目をやりますと、青い空に映えて、ピンクの花
が浮かんで見えました。

 東京に帰る飛行機の中で、機内誌をめくっています
と、九州在住のある写真家の、酔芙蓉と題した文と写
真が、目に入りました。

 その記事を見ますと、朝は白い色が、日が昇るとピ
ンクに変わり、夜は赤くなる、不思議な花だと書いて
あります。

 夜の色までは、確かめませんでしたが、日の当たる
時と、当たらない時とで、表情を変えるとすれば、随
分と、人間的な花だなと思いました。

 人の場合は、色を変えなければ、融通のきかない頑
固者だと言われ、時に応じて色を変えれば、節操のな
い変わり身の早い人間だと言われかねません。

 それでも、色を変えるには、それなりの理由がある
わけですが、きっと芙蓉の花にも、日の光に合わせて
花の色を変える、何かの理由があるのだろうと感じま
した。

 また、その文章の中に、繊細できゃしゃに見えるけ
れど、強烈な太陽にも負けない強靭さを、内に秘めて
いるとありましたが、人間がこれを真似るのは、容易
なことではなさそうです。

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