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2010年12月

2010/12/22

山籠り

 年末年始は、長野にある山荘で過ごしますが、パソ
コンがありませんので、ブログは、しばらくご無沙汰
いたします。

 このところ、毎年年末は、そちらの山荘に出かけて
いますが、雪に包まれたお正月もいいものです。

 今年は、雪はまだのようですが、さて、年末に向け
ての冷え込みは、どんな按配でしょうか。

 年末と言えば、今年は、北朝鮮の動向や、北海道の
稚内市から、鹿児島の出水市まで広がった、鳥インフ
ルエンザのその後が心配ですが、そんなことが起きな
いように祈るばかりです。

 正月は、3日に東京に帰りますが、その間の出来ご
とは、帰ってから、ブログに書きます。

 気が早いですが、皆さま、よいお正月を。

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サルのたき火の温かさ

 師走の一夜、深夜3時過ぎに目が覚めて、久し振り
に、NHKのラジオ深夜便に耳を傾けました。

 いきなり耳に飛び込んできたのは、昔懐かしいラジ
オ歌謡の特集で、昭和を生きた人ならば誰もが知って
いる、「雪の降る街を」が流れます。

 「雪の降る街を、雪の降る街を、思い出だけが通り
過ぎてゆく」、で始まる歌い出しから、最後に変調し
た後の、「緑なす、春の日の面影」まで、懐かしさが
あふれ出します。

 放送されたラジオ歌謡は、昭和20年代後半から、
30年代の前半にかけての曲でしたが、いずれのメロ
ディーにも、昭和の香りが満載で、聞いているだけで
心がぬくもりました。

 その後に続く、午前4時のニュースが、これまた、
心温まる内容でした。

 1本目は、伊勢神宮の外宮と内宮の参拝者が、今年
これまでに、860万人を超えて、明治29年に記録
を取り始めて以来、最高の人数になったというニュー
スです。

 それを聞いていて、まず感心をしたのは、明治29
年から記録を取っていることでしたが、次に、下ひと
桁の人数まで、どうやって測っているのかと、感心し
ました。

 さらには、式年遷宮までまだ3年もあるのに、これ
だけ参拝者が伸びたのは、パワースポットブームの影
響だと知って、3度続けて感心してしまいました。

 次の、2本目のニュースは、犬山市の日本モンキー
センターで行われた、毎年恒例の、サルのたき火の話
でした。

 といっても、サルのたき火が、恒例行事になってい
ること自体、このニュースで初めて知ったのですが、
台風で倒れた木を燃やしたのがきっかけで、以来、毎
年行われているといいます。

 たき火を始めると、サルたちは、まわりに集まって
暖をとり、好物の焼きイモが焼き上がると、それを、
取りあうのだそうですが、中には、両手にイモをつか
む欲張り者もいれば、熱いイモを冷やすために、近く
の池につける知恵者もいると、報じられます。  

 このモンキーセンターの所長によると、サルは熱さ
に鈍感で、どんどん火に近づいていくため、何度かた
き火を繰り返すうちに、毛が焼けてチリチリになると
のことで、こちらは温かさを超えて、ちょっと熱くな
る話でした。

 深夜のラジオを聞いたのは、久し振りでしたが、懐
かしのラジオ歌謡にしろ、ニュースにしろ、心温まる
内容の連続で、菅さんと小沢さんや、海老蔵さんと元
暴走族が登場するニュースとは、ふた味くらい違うと
実感しました。

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またも会談前夜に

 12月の半ば過ぎ、3ヶ月半ぶりに、鳩山由紀夫さ
んら、小学校時代の同級生3人で、食事をしました。

 前回、このメンバーで会食をしたのは、民主党の代
表選挙が始まる前日、菅さんと小沢さんの会談が、決
裂した日の夜でした。

 それに続いて今回は、小沢さんの政治倫理審査会へ
の出席を求めて、菅さんとが、小沢さんと会談する日
の3日前で、よほど、このお二人の会談と、縁がある
ようです。

 席に着くやいなや、鳩山さんが発した言葉は、「わ
が党は、何をしているんでしょうね」でした。

 予算編成の大切な時期に、民主党は一体何をしてい
るのかという、自戒を込めた言葉でしょうが、その背
景には、岡田幹事長の一念が、菅さんを支持する若手
からも、浮きつつあるとの認識がありました。

 鳩山さんの思いの中には、やがて近いうちに、小沢
さんに対する、起訴の手続きが取られた時に、党とし
て、何らかの対応をせざるを得なくなるのだから、今
の時点で、騒ぎ立てても、党にとってのプラスにはな
らないという、判断があるのでしょう。

 要するに、何故、そこまで突っ走る必要があるのか
との思いで、そこには、来年の通常国会に備えるのな
ら、今はこの問題より、内閣の改造の方が優先順位が
高いとの受けとめも、見え隠れしていました。

 そもそも、鳩山さんには、せっかく政権交代を果た
した今、党を分裂させたくはないとの思いが強いので
すが、数日前に小沢さんと会談をした時に、小沢さん
が、幹事長がここまで言うのなら、自分にも言いたい
ことがあるという、ニュアンスを口にしたと、いたく
心配をしていました。

 いずれにしろ、総理にとっても、党にとっても。重
要な意味を持つ会談になりますので、誰か、落とし所
というか、下絵を描いている人はいるのかと尋ねます
と、いないだろうという答えでしたので、これでは、
党も官邸も大変だと、それぞれの関係者の、心中をお
察ししました。

 それにしても、大切な予算編成の時期に、この騒ぎ
はないだろうと思いますし、民主党にとっても、あま
りにももったいない時間が過ぎていると、感じられま
した。 

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2010/12/19

政治改革の矛先

 民主党の、小沢一郎さんの、政治とカネをめぐる問
題で、小沢さんを政治倫理審査会に呼び出すかどうか
が、大きな話題になっていますが、この問題に対する
小沢さんの認識と、国民の受けとめ方との間には、大
きな開きがあるように感じられます。

 小沢さんは、ご自身の政治とカネの問題について、
一貫して、自分は、法律に触れることは一切していな
いし、政治家としてやましいことも、一つもないと言
われています。

 つまり、法律的には白だと主張されているわけで、
僕も、正直なところ、小沢さん自身は。法律的には白
だろうと思います。

 しかし、多くの国民は、法律的に白か黒かではなく
て、そもそも、ゼネコンから多額の資金を受け取ると
か、政治資金を土地の売買に使うといった、政治とカ
ネの不透明な関わりに、一切けりをつけてほしいと願
っています。

 ですから、法律に触れたかどうかではなく、そもそ
も、どうして、そんな多額の資金を扱う必要があった
のか、また、その資金を、何にどのように使ったのか
を、説明してほしいと思っている国民と、この問題に
対する小沢さんの認識との間には、大きな開きがある
わけです。

 振り返ってみれば、小沢さんは、政治改革という錦
の御旗を掲げて、20年近く前に、自民党を飛び出し
た後、日本新党の細川護煕さんを首相に担ぎあげて、
非自民の連立政権を作りました。

 その連立政権の下で、現在の小選挙区制度を実現し
た上、企業などからの献金に頼らずとも、政治活動が
出来るようにとの趣旨を込めて、政党助成金という、
政党の活動に、税金を充てることが出来る制度を作り
ました。

 こうした、小沢さんの、政治改革に向けた志は、当
時、多くの国民の胸に届きましたが、その後も、政治
改革を求める国民は、法律や制度の枠を超えて、自民
党政権の下で長く続いてきた、政治とカネの関わりか
らの、全面的な脱却を求めるようになりました。

 こうして、小沢さんが掲げた政治改革の剣は、一人
ひとりの国民の手に渡って、今その矛先が、政治改革
を唱えた小沢さん自身の、喉もとに突きつけられてい
るといった、皮肉な現状にあると思います。

 ただ、その矛先に便乗して、支持率の回復を図ろう
という、反小沢の面々の意図も、国民には、透けて見
えていますので、何をかいわんやの攻防戦と言えそう
です。

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4つのカテゴリー

 視覚障害者のリハビリに取り組んでいる、福祉の専
門家が、事務所を訪ねて下さいました。

 この方は、県立の高知女子大学で、教鞭を取られて
いた女性で、その当時から、視覚障害者の問題につい
て、数々のアドバイスをいただいていました。

 というもの、視覚障害者と言いますと、先天的に目
の不自由な方ばかりを、思い起こしがちですが、高齢
化の進展に伴って、人生の途中で、視力を失う人も増
えていますし、糖尿病が原因で、弱視になる人も少な
くありません。

 このように、人生の半ばで光を失った、中途障害の
方は、そのことを知った時の衝撃が大きくて、身の回
りの動きもままならなくなるため、引きこもりになり
がちです。

 このため、視覚障害者へのリハビリは、これからの
時代、大変重要なテーマになりますが、人生の半ばで
視覚障害者になった方への、支援の中心になる生活訓
練指導員は、年に20人~30人しか養成されていま
せん。

 また、この指導員を、国家資格にするには、千人規
模の受験者が必要になりますので、こうした制度の整
備も、まだ先の話になります。

 そこで、従来からあった、視覚障害者のリハビリを
目指す全国組織の、組織と規定を明確なものにして、
来年度から再スタートを図りたいというのが、この方
の来年にかける思いでした。

 こうしてお話を聞いていますと、この分野では、中
途障害者の生活面での深刻さをはじめ、自分たちの知
らないことが、数多くあるのに気づかされます。

 例えば、聴覚障害者のうち、手話を使える人は、全
体の5パーセント、また、視覚障害者のうち、点字を
使える人は、わずか1パーセントと聞いて、そんなに
低い数字かと驚かされました。

 さらに、何よりも理解されていないのは、ひと口に
視覚障害者といっても、4つのカテゴリーに分かれる
という点です。

 つまり、先天性と中途障害の、2つの区分けがある
上、それがさらに、全盲の人と、少しは、光を感じら
れる人とに分かれますので、それぞれに対応した取り
組みが必要なわけですが、その話をすると、厚労省の
専門官からさえ、「え~、そうなんですか」という答
えが返ってきたそうです。

 障害者問題というと、限られた人のことと考えがち
ですが、高齢化社会の中では、多くの人にとって、無
縁の問題ではないと考える時、自分も、もっと関心を
持たなくてはいけないと、あらためて感じました。

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ムツゴロウの海で

 15日午前、諫早湾の干拓事業に関して、国が、排
水門を開けるように求めた、福岡高裁の判決に従う旨
の方針を下したことは、大型の公共事業の今後を考え
る上で、多くのことを投げかけています。

 自分の知事としての経験からも、農水省関係の公共
事業は、はっきり言って、無駄なものが多い上、杜撰
な計画に基づくものも数々あって、県の農林水産部の
職員に、いい加減にしないかと、苦言を呈したことも
数えきれません。

 何故そうなるのかと言えば、最近のTPPをめぐる
議論でも持ち出された、日本の食料自給率は低いとい
う作られた常識も、その背景の一つです。

 ここでは、自給率の計算そのものの、問題点には触
れませんが、農業が産業だというのなら、自由競争の
中で勝ち残った生産者が、国内向けだけでなく、輸出
にも進出することで、自ずと自給率が上がるというの
が、あるべき姿です。

 にもかかわらず、わが国の農業政策は、国内の閉ざ
された市場を対象に、どの地域も落ちこぼれさせない
という、護送船団方式を取ってきましたから、生産性
があがらないまま、生産者の年齢は、高齢化が進んで
います。

 この現状と、食料自給率を見比べた時、莫大な予算
をかけてでも、公共事業によって、新しい農地を作り
出そうという、諫早湾のような、そもそも馬鹿げた事
業が出てくるのです。

 しかも農水省では、国交省とは違って、技官と呼ば
れる技術畑の官僚が、役所のトップには昇れませんの
で、公共事業を担当する技官の視野が、一層狭くなる
危険があります。

 こうしたことが、諫早湾の干拓事業のような、無駄
な公共事業の典型を、生みだすことになりますが、問
題は事業が完了した後なのです。

 そもそも、今回の訴訟も、そうした事例の一つです
が、大型の公共事業は、その事業だけでは終わらず、
必ず、派生的な問題を呼び起こすのです。

 例えば、今回の場合は、有明海の漁民から、干拓地
を作るために締め切った、排水門を開けろという訴訟
を起こされたわけですが、判決が確定すれば、開門を
するだけで、新たに、600億円を超える費用が、必
要だと言われています。

 しかし、ことは、多分それだけでは終わりません。

 というのも、排水門を開けば、すでに入植者がいる
干拓地の方に、塩水の影響が出ることも予想されます
ので、今度は、そのための予防の対策や、被害が出た
場合の補償に、あらためて、相当な予算がかかること
になります。

 このように、すでに、2500億円余りがつぎ込ま
れている上に、次々と、連鎖する出費がかさむのが、
大型の公共事業に特有の問題です。 

 しかも、誰もその責任を取りませんから、同じよう
なことが、何度も繰り返されることになります。

 高裁の判決を受け入れて、最高裁への上告を断念す
るという国の判断が、どこまで考えた上での決断かは
わかりませんが、大型の公共事業の在り方を、あらた
めて考えてみる、よいきっかけをもらいました。


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2010/12/16

眉つばものの面白さ

 人間工学を研究している、近畿地方の大学の先生か
ら、自らは、眉つばものだ謙遜される、興味深い研究
の計画を伺いました。

 初めてお会いした先生でしたので、ご専門は何です
かと伺いますと、「人間工学です、工学や物理学と、
心理学や医学・生理学との境界領域で、根なし草のよ
うな分野ですよ」と、謙遜をこめて、自己紹介をされ
ます。

 ただ、人間工学は、人間の心理や生理の特性にあわ
せた機械を作ることが、目標の一つですから、自動車
業界や家電業界にとっては、製品に付加価値をつける
ためにも、特に関心の高い分野です。

 このため、就職の状況を伺いますと、自動車や家電
業界からの、引き合いが多いとのことで、学生の出来
の割に就職はいいんですと、これまた謙遜気味に語ら
れていました。

 話が、現在進行形の研究に及びますと、部屋の冷暖
房を、自動的に調節するための、面白い仕組みを紹介
して下さいました。

 というと、そもそも、今でも空調の設備は、設定し
た温度によって、自動的についたり消えたりしている
じゃないかと、思われるでしょうが、先生が言う自動
調節は、あらかじめ決めた温度を、基にしたものでは
ないのです。

 では、どこが違うのかと言えば、現在研究中のもの
は、例えば暖房の場合、その部屋にいる人が暑いと感
じたら、自動的にスイッチが切れる、逆に寒いと感じ
たら、スイッチが入るというもので、それを、その人
の心拍数などから察知するといいます。

 とはいえ、もちろん、心臓に直接、何かの装置をつ
けるというわけではありません。

 少し専門的な言い方をすれば、非接触ということに
なりますが、超音波などを使って、室内にいる人の、
生理的な反応の変化をつかんで、それに応じて、室内
の温度を調節するのです。

 それでも先生は、まだ眉つばものですけどねと、重
ねて謙遜をされましたが、差別化のためには、とても
興味深い研究だと感じました。

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わが家のリビングに雪が

 久し振りに、クリスマスツリーを飾ろうと、東京の
代官山にある、クリスマスグッズの専門店で、ツリー
用品の一式を買い求めました。

 何も分からないまま、妻と2人、バスケットを持っ
て店内をうろついていますと、お店の女性が近づいて
来て、あれやこれやと相談に乗ってくれます。

 普段なら、店の人に色々言われると、すぐに買う気
をなくしてしまうのですが、ここの店員さんは、アド
バイスがとても的確でしたので、思わず話に乗ってし
まいました。

 飾り付けの品々で、バスケットが一杯になった頃、
「ところで、ツリーはお持ちなんですか」と、あらた
めて問い掛けられます。

 そこで、はたと、ツリーがないことを思い出して、
それも相談をしますと、たちどころに、1.5メート
ルのものを勧めてくれました。

 その上で、電飾のコードを先に巻きつけた後で、オ
ーナメントをつけることなど、飾りつけの手順のイロ
ハも、丁寧に教えてもらいました。

 翌日、講演の準備の合間をみて、早速、ツリーの組
み立てと、オーナメントの飾り付けをしましたが、な
かなかデリケートでハードな作業です。

 どうにか仕上げて、ソファーから眺めてみますと、
とてもいい感じに出来あがったものの、ちょっと、も
の足りなさも感じます。

 そこで、再度お店に出かけて、電飾や飾り物を買い
足した上、雪を降らすための綿も買い込みました。

 雪の素を買ったせいでしょうか、急に冷え込んでき
ましたので、ある夜、綿をちぎりながら、ツリーに雪
景色を施しました。

 これまた、なかなかの出来ばえでしたので、ツリー
の下に、シロクマのぬいぐるみなどを置きますと、す
っかり、クリスマスモードが全開です。

 その後、お店の伝票を見直してみますと、かなりの
金額になっていましたが、それを上回る温かみが、リ
ビング一杯に広がっていました。

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第三の開国を目指して

 12月の第2週、京都の立命館大学で行われる、全
国知事のリレー講義で、第三の開国を目指してと題し
て、話をしました。

 このリレー講義は、本来は、現役の知事や、政令都
市の市長が、登壇していますが、時々、知事のOBな
どが呼ばれています。

 このため、僕も、現役の時には、一度話に来たこと
がありますが、この日は、OBになってからは初めて
の、登壇となりました。

 講義のタイトルに掲げた、第三の開国は、幕末から
明治にかけての、黒船の来航に伴う第一の開国と、敗
戦後に、民主化を迫られた第二の開国に続く、第三の
という意味ですが、第一と第二の開国の際には、いず
れもスムーズに開国を受け入れて、奇跡と言われる成
長を遂げました。

 それはなぜかですが、第一の開国の時には、表向き
は鎖国の看板を掲げてはいても、すでに国内には、船
問屋や飛脚問屋、米会所など、資本主義の受け入れに
必要な、物流や通信、商品取引などの、ネットワーク
が整備されていた上、それを動かす人材を育てるため
の、寺子屋などのシステムも完備していました。

 また、戦後の第二の開国の時代には、経営者から一
社員に至るまで、組織が一体となって、新しいものを
作り出していこうという、イノベーションの気風が、
社会全体に満ち溢れていました。

 これらの構えがあったからこそ、わが国は、140
年の間に、2度にわたる開国を円滑に受け入れて、奇
跡の発展をとげてきました。

 では、現在わが国が直面している、第三の開国は、
過去2回の開国と、どこが違うでしょうか。

 一つは、わが国を取り巻く国際的な環境が、大きく
変わっていることです。

 過去の開国では、いずれも、列強と言われる国々と
の関係が大切でしたが、現在は、世界の国々がフラッ
トに繋がった、いわゆる、グローバル化した世界が相
手になっています。

 この新しい世界では、これまでにない地球的な規模
で、国際分業が進んでいますので、わが国も、各産業
やサービスごとに、どの部門を国内に残すのか、どの
部門は、国内での維持をあきらめて、国際分業に任す
のか、思い切った、構造改革の決断が求められていま
す。

 TPPの議論で話題になった、農業にまつわる構造
改革の問題などが、その典型的な事例の一つです。

 このように、わが国を取り巻く環境の違いが、過去
の開国との一つの違いですが、より重要な違いは、そ
れに対する備えが、出来ていない点ではないかと思い
ます。

 というのも、鎖国の時代にすでに、資本主義に対応
するネットワークが出来ていたとか、民主化を経済の
勢いに結びつける、イノベーションの気風がみなぎっ
ていたといった意味での構えが、今のわが国には、備
わっていないからです。

 その構えを身につけるために、最も急がれるのは、
国の形を、中央集権から分権型に変えることなのです
が、それは長くなりますので、ここでは省きます。

 大学生を相手に、おおむねこんな筋で、話をしまし
たが、どれだけの学生が、その意味を受けとめてくれ
たでしょうか。

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2010/12/15

下りてくる蓋

 12月初め、大阪から帰る途中の新幹線の車中で、
思わぬ体験をしました。

 この日は、東大阪市内で、障害者問題をテーマにし
た講演をした後、新幹線で東京に向かったのですが、
その途中、トイレに立った時のことです。

 男性用には先客がいたため、男女兼用のトイレに入
って、失礼ながら、立ったまま用を足しました。

 無事用も終え、そのままの立ち姿で、水を流そうと
したのですが、手をかざすスイッチが、上下に2つあ
ります。

 どちらがどうか、よくわからなかったため、あまり
深く考えずに、一方に手をかざすと、その瞬間、開い
ていた便座の蓋が下りてきて、僕の先っちょを、ちょ
んとはたいていきました。

 一瞬、痛っと思いましたが、下りるスピードが、さ
して速くはなかったため、ことなきを得ました。

 列車のトイレで、このスタイルのものは、初めてで
したが、あらためてよく見ると、2つのスイッチのう
ち片方は、水を流すため、もう片方は、便座の蓋を下
ろすためと書いてありました。

 世の中日進月歩ですので、どんなスイッチが出てく
るかわかりません、皆さまも、今後とも、十分お気を
つけ下さい。

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馬鹿と白菜は使いよう

 馬鹿とハサミは使いようと言いますが、テレビを見
ていて、白菜も使いようなのだと学びました。

 この季節に白菜と言えば、まず頭に浮かぶのは、鍋
物の中で、重要な脇役を務める白菜です。

 ところが、白菜を使った料理を特集する、テレビの
番組を見ていたら、色んな使い方が登場して、白菜も
使いようなんだと再認識をしました。

 それが、馬鹿とハサミならぬ、馬鹿と白菜という題
につながったのですが、そんなことを言いますと、白
菜はきっと、機嫌を悪くすることでしょう。

 そこで紹介されていた、白菜料理の一つは、ブリ大
根ならぬ「ブリ白菜」でした。

 水とお酒でブリと白菜の芯を煮込んだ後、白菜の葉
っぱを入れて、醤油や砂糖で味付けをするという、簡
単なものですが、大根に代わって白菜かと思いつつ、
思わずメモしてしまいました。

 もう一つは、白菜シュウマイで、シュウマイの皮の
代わりに、縦に3枚に切った白菜の葉で、白菜の芯の
みじん切りや、豚のひき肉を混ぜたものを巻くのです
が、これも、なかなか美味しそうでした。

 実は、この他にも、5~6種類の白菜料理が紹介さ
れていたのですが、番組を途中から見たため、レシピ
までしっかりとわかったのは、この2つだけで、他に
も、面白い使い方があったのだろうかと、ちょっと心
残りでした。


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日めくりの効用

 11月の末、宮崎の義母の家で、日めくりをめぐっ
て、しばし話がはずみました。

 このブログにも、何回か登場している妻の母は、今
年87歳になりますが、故郷の宮崎で、独り住まいを
しています。

 足腰は弱ってきていますが、頭と口は、いたって元
気で、「“元気”とまでは言えないけど、濁点を取っ
て、“けんき”ぐらいやね」などと、いつも、軽口の
やり取りを楽しんでいます。

 義母の家を訪ねていた、11月30日のこと、日め
くりを見ながら、明日から、もう師走かという話にな
りました。

 すると義母が、「もうお正月かねえ」と言うもので
すから、まだ正月は早いよと答えると、「いや、もう
お正月も同じよ」と、譲りません。

 まあ、師走か正月かは別にして、1年が経つのが早
いのは間違いないという話になったのですが、子ども
の頃を振り返ってみますと、その頃の1年は、今より
も、3~4倍は長かったように感じられます。

 そこで義母に、「お母さんの年になると、1年が経
つのは、もっと速くなるんですかね」と尋ねますと、
「おー、そりゃあ速いよ」とのことでした。

 それを聞くと、60歳を過ぎた今でも、すでに結構
な速さなのに、90歳手前になったら、どれほどの速
さになるのだろうかと、末恐ろしい気がしました。

 カレンダーと違って、日めくりには、こんな会話を
はずませる趣きもあるのだなあと、日めくりの持つ温
かみを感じていました。

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お墓の前で撮らないで下さい

 11月の末、父祖のゆかりの地、岡山県総社市にあ
る菩提寺で、父母の法事をしました。

 このお寺は、画僧として知られる雪舟が、小僧とし
て修行をしていた、宝福寺という名刹ですが、古くか
らの、橋本家の菩提寺でもあります。 

 この日は、12月の母の命日に合わせて、家族が久
し振りに、岡山に集まりました。

 法事の前に、姉や姪と一緒に境内を歩きますと、紅
葉の名残りが、そこここに彩りを添えています。

 雪舟は小僧の頃、和尚さんに叱られて、お堂の柱に
縛りつけられた時、こぼした涙で、床にネズミの絵を
描いて、和尚さんを驚かせたという逸話で知られてい
ますが、お寺には、その時の、柱に縛りつけられた雪
舟と、驚く和尚さんの様子を描いた絵が、掛けられて
います。

 その絵を見ているうち、今時、昔話を知らない人が
見たら、児童虐待の場面と錯覚しはしないかと、失礼
な思いが、頭をよぎってしまいました。

 無事に法事を済ませた後、みんなで、お寺の境内に
ある兄のお墓に、お参りをしました。

 お墓に手を合わせた後、せっかく家族が集まったの
だから、龍ちゃんの前で写真を撮ろう、ということに
なったのですが、誰言うとなく、千の風になっての歌
詞を思い出して、でも、ここにはいないのかもしれな
いね、なんていう話になります。

 それじゃあ、龍ちゃんは、「私のお墓の前で、撮ら
ないで下さい、ここに私はいません、眠ってなんかい
ません」て、言ってるかもしれないねと、笑いあいな
がら、結局、代わりばんこに写真を撮りました。


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パンチ不足は否めない

 先日、小学校の同窓会での、鳩山前総理の挨拶を紹
介しましたが、11月の末には、母校の高校の卒業生
の会があって、ここでは、先輩にあたる谷垣自民党総
裁が、挨拶に立ちました。

 挨拶の冒頭、谷垣さんは、野党として1年が過ぎた
ため、最近では、だいぶ野党に慣れてきたとの評価を
いただくが、野党に慣れるのがいいのかどうか、と語
り出します。

 そのあと話は、去年は、日本でも政権交代が起きる
ことがわかったし、今年は、両院でのねじれが、しば
しば起きることがわかったが、そうなると、与党も必
要な時には、七重八重に膝を折る必要があるし、野党
も、ただ反対ばかりはしていられなくなる、と続きま
す。

 谷垣さんによると、尖閣諸島での事件の後、ベルギ
ーで開かれた国際会議に、菅総理は当初、議会日程を
優先させることを理由に、出席しないと言っていまし
たが、中国の温家宝首相が出席する会議に、菅さんが
出ないのは良くないと、谷垣さんから、出席を進めた
のだそうです。

 自民党内には、敵に塩を送るのかと、批判の声もあ
ったようですが、その結果、温首相との廊下での出会
いなど、目論見通りの進展がありました。

 ただ、帰国後に、菅さんからひと言、有難うの電話
でもあれば嬉しかったが、それはなかったと、谷垣さ
んは残念そうでした。

 その上で、政権への一番の不満として、谷垣さんが
あげたのは、菅さんが何をやりたいのかが、まったく
わからないことです。

 それなら、自民党も同じことでは、と思って聞いて
いますと、続いて、自民党が取り組もうとしている、
6つの項目を説明されましたが、いずれも、あまりに
も当たり前のことで、お人柄そのまま、話にパンチが
ありません。

 それもあってか、この後、ゲストとして挨拶をされ
た、新派の水谷八重子さんからは、野党に慣れたのな
ら、総裁には、もっと厳しい顔つきになっていただき
たいと、パンチのきいた、激励と注文が出されていま
した。

 しまりのない内閣と、パンチ不足の野党は、今後、
どんな戦いを演じてくれるのでしょうか。 

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海の向こうでひと仕事

 海外にある、日本の大使館や領事館が行う、ビザの
発行業務を、アウトソーシングで受託しようという会
社の社長さんから、お話を聞きました。

 この方は、高知県で、IT関連の仕事をされていま
すが、いつも前向きに、新しい分野に挑戦をされてい
ます。

 今回の挑戦は、海外にある日本の公館の業務を、受
託しようというもので、すでに、航空会社や旅行代理
店を持つ企業の出資を受けて、都内に、従業員4人の
会社を立ち上げています。

 海外にある、日本の大使館や領事館では、日本に旅
行する人に、ビザを発行していますが、発行数の多い
所では、旅行者が列を作って、連日のように、職員が
時間外の勤務になります。

 このため、特に発行数の多いタイのバンコクで、去
年の3月から、ビザの発行業務を民間の企業に委託す
る、アウトソーシングの試みが始まっています。

 タイでの試みが順調に進んでいるため、他の地区で
も順次、アウトソーシングが始まるのではないかとい
うのが、社長の読みで、アジアや南米など、いくつか
の地域に的を絞って、営業を続けてきました。

 他社よりも、一足先に手をつけた、先見性が実を結
ぶかどうかは、これからの努力次第ですが、ノウハウ
を蓄えていけば、同種のアウトソーシングの受託に、
応用が可能ですので、今後の進み具合を、見守ってい
きたいと思います。

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2010/12/09

哀愁の東京タワー

 福岡県の小郡市での、日帰りの講演を終えて、羽田
から我が家に帰るタクシーの中から、久し振りに、東
京タワーの全貌を見上げました。

 国道1号線の札ノ辻から、三田1丁目に差しかかっ
た頃、運転手さんが、「この辺りから見る東京タワー
が、一番きれいなんですよ」と話しかけてきます。

 少し首をすぼめて、車の窓から外をのぞくと、しっ
かりと大地に張った鉄塔の足のから、最上部のアンテ
ナに至るまで、ライトアップされた東京タワーの、全
貌を仰ぎ見ることが出来ました。

 「来年、スカイツリーが出来たら、ご用済みでしょ
うかね」と、運転手さんに問われて、「いやあ、そん
なことはないでしょう」と答えたものの、そう言われ
てみると、いささか感傷的な気分に駆られます。

 というのも、東京タワーが建設された頃、小学校の
5~6年生だった僕は、飯倉の家から学校に通う道す
がら、日々少しずつ立ち上がっていく、東京タワーの
成長ぶりを、目撃していたからです。

 それから半世紀余りの間、東京のシンボルとして頑
張ってきた東京タワーは、スカイツリーの登場によっ
て、どんな役回りになるのだろうかと、運転手さんの
問いかけを耳にとめながら、考えていました。

 確かに、これまでのようには、注目されなくなるか
もしれませんが、頑張ってほしいなこれからも、と思
います。


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今日は何の日

 11月の上旬に、横浜で、APECの首脳会議が開
催された日、東京の原宿で開かれた、小学校の同級生
の会に出席しました。

 2年に1度開かれている、この同窓会に顔を出すの
は、相当久し振りのことでしたが、いずれも80歳台
の3人の先生方も、元気な姿を見せていました。

 もう一人、元気な姿を見せたのは、この6月に総理
を退任した、鳩山由紀夫さんです。

 彼も、同級生の一人なのですが、出欠の返事を出す
のが、かなり遅くなったらしく、まずは幹事から、お
叱りを受けていました。

 その鳩山さんは、挨拶に立つと、「皆さん、今日は
何の日かご存知ですか、APECが開催される日です
ね、本来なら、私が出席していたはずの」と、まずは
自虐を込めたギャグで、話を切り出します。

 さらに、日頃から親しくしている、中村勘三郎さん
やコシノヒロコさんに、連獅子の舞台などをお願いし
たのに、お願いした本人がその場にいないと、話の端
々に、悔しさがにじみ出ていました。

 そこからは、一転して真面目な話になりましたが、
その中で鳩山さんは、民主党政権が、最も力を入れて
取り組んでいるのは、政治主導を実現することだと、
強調されます。

 ところが、役人は頭がいいので、面従腹背とは言わ
ないものの、とても我々では歯が立たない、その結果
がこのざまですと、自嘲が顔をもたげます。

 その話を聞く同級生の中には、財務省の元幹部もい
ましたので、その彼が、どんな顔で話を聞いているの
かと思って、のぞいてみますと、知らぬふりをして、
同級生の名簿に目を落としていました。

 一方、鳩山さんはと言えば、総理を退任した後に、
次に解散になった時には、再び選挙に出ることはない
と明言しておきながら、その後、前言を翻したことを
自ら持ち出して、「民主主義は揺らぎだなんて、言っ
てるんですが、何ぶんにもご理解を」などと、あちこ
ちに話を飛ばします。

 ただ、この件では、隣にいた同級生の女性が、「理
解なんか、出来るわけないじゃないの」と、小さな声
でつぶやいていました。

 結局、鳩山さんは、最後まで、同窓会におつき合い
を下さいました。


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ガンバレ地方競馬

 3日連続の講演をしたのと同じ週に、NHKの金沢
放送局で、地方競馬の窮状を考える番組に出演しまし
た。

 これは、東京の我が家に、金沢放送局のディレクタ
ーが、電話をくれたのがきっかけで、朝早くに、羽田
空港から小松に飛んで番組に出た後、帰りは、富山空
港から羽田へという、まさにとんぼ返りでした。

 番組は、クローズアップ現代の、中部地区での管中
版で、この日は、岐阜県の笠松と金沢にある、地方競
馬の窮状がテーマでした。

 というのも、戦後始まった地方競馬は、一時期は、
その売り上げが地方財政をうるおしていましたが、そ
の後、レジャーが多様化する中で、売り上げが激減し
たため、現在、全国に17か所残っている地方競馬の
多くは、経営に四苦八苦しているからです。

 この問題に関して、僕がまず、自戒をこめて指摘し
たのは、公務員による、お役所仕事が広げた傷口で、
公営ギャンブルは、その名の通り、公務員が運営する
ギャンブルですから、経営が甘くなって、赤字をふく
らませてきたことは否めません。

 ですから、その反省の上に立って、コストの削減に
努めるのは当然ですが、それには、もちろん限界があ
りますし、高知競馬が実施しているような、通年での
ナイター開催の試みなども、どこの地区でも、出来る
ものではありません。

 とは言え、競馬は動物を相手にする仕事で、人手が
かかる分、地域の雇用に貢献する割合も大きいですか
ら、もし廃止ということになれば、地域の経済に与え
る影響は、決して小さくはありません。

 このため、高知競馬の存続を決めた時にそうしたよ
うに、これ以上、税金で補うことがないように、単年
度で赤字が出たら、その時点で、翌年からの廃止を決
めるといった、厳しい条件設定が必要ですが、そうし
た、出来高払いの仕組みを作れるのなら、地方の景気
が落ち込んでいる今こそ、地方競馬を存続させる意味
があると思うのです。

 もう一つ、競輪や競艇と違って、競馬は、中央と地
方で、二層に分かれているのが特徴ですが、年間8千
頭が生産される競争馬は、およそ半数ずつが、中央と
地方に分かれて走っています。

 つまり、ピラミッドの底辺を、地方競馬が支えてい
るからこそ、中央の競馬も成り立っていますし、北海
道などでの、牧場の経営も成り立っています。

 こうした中で、地方競馬が次々と倒れれば、中央競
馬も、北海道などでの牧場経営も、大きな影響を受け
るはずですから、もっと広い視野での対応策が、考え
られてしかるべきだと思います。

 などといった思いを、語ってきましたが、競馬は、
多くの専門性を持った職人が育む、文化の一つですか
ら、その意味でも、何とか頑張ってもらいたいものだ
と、あらためて感じました。

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