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2011年1月

2011/01/07

長距離界の長島さん

 正月恒例の箱根駅伝の、復路のテレビ中継を見なが
ら、瀬古さんの、おおらかな解説を楽しみました。

 瀬古さんに、直接お会いしたことはありませんが、
人づてに聞けば、おおらかなお人柄のようです。

 そのことは、これまでにも、マラソンや駅伝の解説
を聞くたびに感じていたことですが、この日の箱根駅
伝の復路でも、その持ち味は、いかんなく発揮されて
いました。

 まず、往路が始まって間もなく、箱根の山下りをす
る6区で、トップ争いをする、早稲田大学と東洋大学
の選手が、意地の張り合いとも見える、デッドヒート
を繰り広げていた時のことです。

 瀬古さんからは、「これはもう、負けた方が負けで
すね」という、非の打ちどころのないコメントが、繰
り出されました。

 また、アナウンサーが、「早稲田と東洋は、宿舎が
同じなんですよね」と投げかけますと、「そうです、
同じものを食べてますからね」と、これまた、文句の
つけようのない受け答えです。

 ところが、相方のアナウンサーからは、「東洋大学
は、特別の食事を注文したそうです」と、予想外の情
報が寄せられて、この話は、そこで立ち消えになって
しまいました。

 などなど、解説になっているかどうかは別にして、
瀬古さんの真骨頂とも言える、新年にふさわしい、ほ
んわかとしたやり取りの連続でした。

 そのことを、ツイッターにつぶやいたところ、「瀬
古さんは、マラソン界の長島さんでしょうか」という
返しもありましたが、いずれにしろ、瀬古さんのキャ
ラクターは、実に貴重です。

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つららくらべ

 この年末年始を過ごした、家の軒先に、長いつらら
が出来ていましたが、年明けに、屋根から落ちた雪崩
に、飲み込まれてしまいました。

 この冬は、結構な冷え込みでしたので、師走の下旬
から、軒先にはつららが垂れ始めて、その長さは日に
日に伸びていきます。

 中でも、左右に出来た2本が伸び頭で、大晦日から
元日にかけては、競い合うように長さを増していきま
した。

 その氷柱に、日中の陽射しがあたると、全体がきら
きらと輝いて、海外の有名なガラス製品をも上回るよ
うな、自然の芸術をかもし出します。

 そのうち、朝起きると、今日はどちらが長いかと、
つららを見比べるのが楽しみになりましたが、正月2
日の朝は、右側のつららが、少しリードした感じでし
た。

 ところが、その日の午後、ゴゴゴゴーという轟音と
ともに、屋根に積もっていた雪が、雪崩を起こして滑
り落ちました。

 あっと思う間もなく、軒下に伸びていたつららは、
片端からすべて雪崩に飲みこまれて、一瞬のうちに、
姿を消していました。

 うたかたは、はじけて消える泡ですが、固いつらら
も、一瞬のうちに姿を消すのだなあと、軒先に残った
つららのしずくを見上げて、一瞬の感慨にふけりまし
た。

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2011/01/06

新年AKBしておめでとう

 ツイッターでの、今年初めてのつぶやきは、ある方
の知恵をいただいて、明けましてならぬ、「AKBし
ておめでとうございます」にしました。

 これは、大晦日の紅白にも出ずっぱりだった、AK
B48の人気にあやかったのはもちろんですが、AK
B型のビジネスモデルが、今を象徴している、とも思
ったからです。

 というのも、企業が、顧客である消費者を開拓して
いく、「BtoC」と言われる形態に代わって、お客さ
ん同士が市場を拡大していく、「CtoC」と呼ばれる
形態が、各方面に広がっていますが、その典型的な例
が、AKB48だからです。

 従来の音楽業界なら、「B」にあたる、製作者側が
売り出したミュージシャンを、「C」にあたる、受け
手の側の消費者が、スターに引き揚げていったわけで
すが、AKBの場合は、消費者の側が、投票などを通
じて、人気者を作り出していくというビジネスモデル
で、それが、「CtoC」のゆえんです。

 また、最近では、ゲーム業界の地図を塗り替えた感
のある、モバゲーやグリーも、消費者参加型の「Cto
C」の系列にあたります。

 この2つは、お金を儲ける仕組みに違いがあります
が、いずれも、2千4百万人から2千万を超えるユー
ザーがいて、毎日、その半数の人がアクセスすること
で、大きな市場が作り出されています。

 この他、ファッションの世界でも、消費者の間で人
気の高い子が、カリスマモデルに育っていく、といっ
たパターンが広がっていて、「CtoC」による市場の
拡大は、各方面に影響を与えています。

 さあ、それでは、政治の世界はどうなるのでしょう
か。

 これまで、既成の政党が果たしてきた、「BtoC」
型の政治が、「CtoC」型に、代わる可能性はあるの
か、また、その時には、どんな動きになるのだろうか
と、考えてみました。

 そんな思いを込めたつぶやきが、「AKBしておめ
でとうございます」でした。

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ツイッターへの視線

 年末にあった出来事の中に、ツイッターに対して、
既存のメディアが抱く不安が感じ取れるケースが、い
くつかありました。

 一つは、テレビでコメンテイターなどを務める、2
人の女性と、1人の男性が絡んだ三角関係の話で、一
方の女性がツイッター上に、男性が、もう一方の女性
と不倫をしたと、つぶやいたことが発端でした。

 これは、単なる痴話げんかの類で、それを公表した
手段が、ツイッターだったというだけの話ですが、テ
レビなど既成のマスコミは、そこに、ツイッターがも
たらす危険性が、隠されているかのように報道してい
ました。

 それを見ていて、マスコミは、何かにつけて、ツイ
ッターなどの新しいメディアに、いちゃもんをつけた
いのだろうなと、感じたのです。

 というのも、今年は、ウィキリークスへの情報漏え
いや、海上保安庁のビデオの、ユーチューブへの投稿
など、既成のメディアが及ばぬところで、新たな情報
が流れるという例が、相次いだからです。

 これらの現象を見て、既存のメディアは、危機感を
抱いたでしょうし、そこに何か不都合があったら、そ
れは、新しいメディアが内蔵する問題点だと指摘する
ことで、既存メディアへの信頼性を、取り戻したいと
考えたのではないでしょうか。

 たまたま、ツイッターでの発言が発端になった、3
人の男女をめぐるいざこざを、ツイッターというメデ
ィアが秘めた、問題であるかのように扱う背景には、
そんな思いが隠されているのではと感じたのです。

 ツイッターをめぐるもう一つの出来事は、ツイッタ
ーを使っての、番組への参加をうたった、深夜の討論
番組でした。

 と言っても、自分は見ていなかったのですが、ある
方はご自身のブログで、ツイッターのつぶやきを見る
ことが出来るのは、番組のスタッフだけで、FAXと
同じ扱いだったと、指摘されていました。

 これと同じようなことを、今年6月の、参議院選挙
の開票速報でも感じたのですが、その際も、政治家や
識者が、ツイッターを通じて速報に参加するとPRし
ながら、実際には、画面上にツイートをたれ流しただ
けでした。

 いずれのケースからも、ツイッターでの参加をうた
うことで、新たなメディアにも、開かれた姿勢を示し
たいという、既存のメディアの、つけ焼刃的な思惑が
浮かび上がります。

 こうした、いくつかの出来事を見る中で、ツイッタ
ーなど新しいメディアに対する、既存のメディアの戸
惑いを感じると同時に、どうすれば、新旧2つのメデ
ィアの間に、相互補完の機能をつくれるか、真面目に
考えなくてはいけないと思いました。

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鹿の群れとバッタリ

 12月の末、長野県の蓼科に滞在中、雪道を散歩し
ていると、家族連れと思われる、鹿の群れに出会いま
した。

 蓼科には、20日過ぎから出かけましたが、クリス
マスを過ぎると、妻とも仲よしの知人の女性が、ご亭
主を家に置いて、遊びに来てくれました。

 家にいると、ご亭主に煙たがられるほど、元気一杯
の働き者ですので、午後になると、散歩に行こうと声
をかけてくれます。

 そこで、雪が薄っすらと積もった道を、連日、40
分から1時間近くかけて、3人で散歩しました。

 枝に雪をたくわえた、沿道の松や杉は、さながらク
リスマスツリーのようで、冴えざえと静まり返った雪
景色の中に、われわれ3人の話し声と、雪を踏む靴音
だけが響きます。

 ある日、滞在中の家から、一つ山側に入った、アッ
プダウンのある道を歩いていますと、妻が「あっ、鹿
よ」と言って、指さしました。

 その指先を追って、道の前方を見ますと、多分、小
鹿と思われる鹿たちが、6~7頭、道路にたむろして
いました。

 自然界に生きている動物は、さすが物音に敏感で、
人の気配を感じるや否や、次々と斜面を下り始めまし
たが、時折立ち止まっては、首をもたげて、こちらを
じっと見ています。

 そうこうするうちに、今度は親鹿と思われる大人た
ちが、4~5頭、坂道を下って、子鹿たちのいた道路
まで下りてきました。

 こちらも立ち止まっていましたので、彼らも、しば
し路上で、あたりを見回していましたが、やがて、子
どもたちの後を追って、斜面を下って行きました。

 声を出さなければ、写真が撮れたかもしれないと、
妻は残念がっていましたが、自然の林の中で、鹿の群
れを見たのは、初めての経験でしたので、えらく得を
したような気分になりました。

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