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2011年2月

2011/02/26

分権は何のためか

 1月の末にお会いした、インドネシアの大学教授か
ら、インドネシアの地方自治について、お話をうかが
いました。

 高知県警の警察官で、東京で、インドネシア語の勉
強をしている知人の青年から、日本に留学しているイ
ンドネシアの人が、日本の地方自治の制度に関心を持
っているので、会ってみてもらえないかと、しばらく
前に相談を受けました。

 そこで、1月の末に、通訳をして下さる大学の先生
とともに、わが家の近くの喫茶店でお会いしたのです
が、インドネシアの方は、ただの留学生ではなくて、
スラバヤ市にある国立大学で、インドネシアの政治史
などを教えている、大学教授だとわかりました。

 お聞きしますと、大学から、日本の地方自治や、地
方議会の制度を勉強してくるように命じられて、日本
の大学に留学されていると言います。 

 そこで、ご質問にお答えするだけでなく、こちらか
らも、興味ある点を質問させてもらいました。

 まず、イスラムの大国として、中東にあるような、
スンニ派とシーア派といった、宗派の対立があるのか
と聞いてみましたが、インドネシアには、こうした対
立はないと言います。

 とはいえ、宗教的に影響力の強い人物がいて、政治
面でも多くの人が、こうした人物の声に流される傾向
があるのが、大きな問題だと言います。

 また、日本の地方自治体と同じように、住民が、首
長と議会の双方を選挙で選ぶ、二元代表制がとられて
いますが、スハルト時代には、一時、首長の直接選挙
はなくなっていたということで、首長選挙が復活した
のは、2006年からとのことでした。

 何より関心を持って聞いたのは、財源や税源、さら
には権限の面で、日本よりもはるかに、分権が進んで
いる点でしたが、その理由に、なるほどと合点してし
まいました。

 というのも、その理由は、インドネシアは、多くの
島々が集まった、独立性の強い地域の連合体のため、
分権化を進めておかないと、やがて不満が高じて、独
立運動に発展しかねないからというのです。

 なるほど、独立運動を防ぐための分権化なのかと、
あらためて、それぞれの国が抱える課題の違いを、感
じ取りました。


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「責任」は誤訳か

 自衛隊を応援しようという方々の会に出席して、色
々な方とお会いする中で、英語の日本語訳に関して、
そう言うこともあるだろうなと感じる、お話をうかが
いました。

 この会は、制服を着た自衛官が、胸を張って町を歩
けない国はおかしいという思いが出発点で、会員の中
には、数人の元自衛官もいますが、基本は民間の方々
の集まりです。

 その元自衛官のお一人が、アメリカに出張した際、
副官と2人で、列車に乗っていた時の思い出話をして
くれました。

 終点の駅の手前まで来ると、車内放送で、この列車
にはジェネラルが乗っておられるので、一般のお客様
は、ジェネラルが先に下りてから、下車して下さいと
告げられます。
 
 一緒に座っていた副官と、ジェネラルが乗ってたの
か、気がつかなったなあと話していると、車掌が自分
に声をかけてきて、車内放送で告げられたジェネラル
とは、自分のことだったと気づいたという話です。

 きっとアメリカだけではないと思いますが、どこの
国でも、国の守りについている軍人には、相応の敬意
を評しているんだと、あらためて感じました。

 そんなお話を聞く中で、出版関係の方が、なるほど
と思うような話をして下さいました。

 それは、明治時代に日本語に訳された、英語に関し
ての話です。

 その多くは、西周が訳していますが、この方が問題
にされたのは、レスポンシビリティを責任と訳した点
です。

 この方によれば、レスポンシビリティは文字通り、
レスポンスの能力を指す言葉なので、対応力と訳され
るべきだったのに、これを責任と訳したため、何か問
題が起きた時に、そのことに、きちんと向き合って対
応しようとせず、ただ頭を下げるだけで、責任をとっ
たことにして、逃げる国になってしまったと指摘され
ます。

 後段は、よく考えてみると、分かったような分から
ないような話なのですが、聞いている時には、思わず
うなずいてしまう説得力がありました。

 と同時に、日本語への訳が、日本人のものの考え方
に、なにがしかの影響を与えた面もあっただろうと思
うと、やはり面白い話だと感じました。

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体感温度

 1月下旬、福岡の昔の炭鉱町を訪ねましたが、町の
体感温度は、12万6千人という人口よりも、はるか
に低く寂しく感じられました。

 その町は大牟田で、三井炭鉱が栄えていた昭和30
年代には、20万人を超える人口があって、お隣の久
留米よりも大きな町でした。

 NHKの駆け出し記者の時代には、5年間福岡にい
ましたので、当時大牟田には、何度か来たことがあり
ますが、講演に招かれて、何十年振りかで、大牟田を
訪ねることになりました。

 その予定を、ツイッターでつぶやいたところ、地元
の方が、是非町の様子を見てほしいと、つぶやきを返
されます。

 その意味は、西鉄大牟田線の特急に乗って、栄町の
駅を降りた途端、すぐにわかりました。

 駅前の、井筒屋デパートがあった場所は、草の生え
る空き地になっていますし、その横に建つテナントビ
ルも、テナントの気配はありません。

 以前は、駅に連なるモールがあって、駅を降りると
そのまま、反対側に渡れたそうですが、その建物が取
り壊されたため、少し先の踏み切りまで行かないと、
線路の向こうには渡れません。

 そこにあるシティホテルの中は、町の中では唯一、
活気のある別世界とのことですが、そのホテルもすで
に、外資の手に渡っていました。

 そのホテルの上層の階から町を眺めますと、石炭を
運んだ引き込み線の跡など、往時を思い起こさせるも
のが、所々に見受けられますが、町全体に、静かな雰
囲気が漂っています。

 そこで、あらためて人口をうかがいますと、12万
5千人余りだということですので、その数字を聞いて
少し驚きました。

 というもの、高知県の場合、高知市に次ぐ第二の都
市は、空港のある南国市ですが、人口は7万人足らず
しかありません。

 もちろん、南国市は、農村部も数多く残る町ですの
で、同列には比較できないのですが、それでも、南国
市に、これだけのもの静かさが漂うかというと、そう
ではないように思うのです。

 やはり、20万人を超えていた人口が、12万人台
になって、久留米との立場が逆転したことのショック
や、20万人の規模にふくれていた町が、急激な縮小
に対応できていないことが、体感温度の面では、人口
12万人余りの都市とは思えない、寂しさにつながっ
てはいるのではないかと感じました。

 大牟田の場合には、例えば、路面電車を走らせて、
高齢社会に備えた足を確保するといった、工夫が考え
られますが、炭鉱が閉山した町に限らず、全国に広が
る、こうした体感温度の低い町のつくり直しを、真剣
に考えないといけません。


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2011/02/07

怒られちゃいましたー

 このところ、ツイッターを始めとする、ネット上の
ツールと、マスコミとの関わりを考えさせられること
が、相次いでありました。

 まずは、ある地方で、講演を主催して下さった、地
元紙の幹部の方とお話をした時のこと、最近の若い記
者は何を考えているのかと、ぼやかれます。

 話を聞けば、デスクと話をしながら、その内容をツ
イッターにつぶやく記者がいたため、デスクが、「い
い加減にしろ」と怒鳴ったのだそうです。

 そうしたところ、続いて、「うっひゃー、怒られち
ゃったー」とつぶやかれて、デスクはさじを投げたと
いう話でした。

 それもまた、すごい話だと思いましたが、ツイッタ
ーと言えば、最近、朝日新聞の総理官邸詰めの記者グ
ループが、ツイッターを始めました。

 早速、ツイッターを通じて、誰かが目を通している
のかと聞きますと、デスクにあたる、キャップかサブ
が目を通した上で、記者のつぶやきをアップしている
との答えでした。

 それですと、紙面に出る情報と、さほど変わった内
容にはなりませんので、朝日新聞の官邸詰めの記者の
レベルなら、それぞれの記者の感性で、自由につぶや
いた方が面白いと思いますし、それが、新聞の読者の
拡大にも、よい影響を与えるかもしれません。

 そもそも、ツイッターやフェイスブック、さらには
ユーチューブなど、ネット上に次々と登場したサイト
が、取材と報道の手法をどう変えていくのか、マスコ
ミの側も、もっと真剣に考えないといけない時代にな
ってきました。

 広島市の秋葉市長が、4選不出馬の理由を、ユーチ
ューブに投稿したビデオで語るだけで、マスコミの取
材に応じなかった話は、このブログでも取り上げまし
たが、ネット社会の進展によって、報道する権利を、
マスコミが一手に握っていた時代は、終わりを告げま
した。

 少し性格は異なりますが、しばらく前に大騒ぎにな
った、ウィキリークスによる情報公開も、その一翼を
担う出来事です。

 こうした変化の中で、新聞もテレビも、ソーシャル
ネットワークを始めとする、ネット上のツールと、い
かに関わっていくか、その姿勢と戦略がを問われてい
ます。

 TBSで、ツイッターを通じての広報を担当してい
る、通称ぶぅちゃんが、最近上梓した、フェイスブッ
クに関する本の中で、「主導権は消費者の手に」とい
う、小見出しを立てていますが、ニュース報道に関し
ても、見過ごせない側面かと思います。


 総理官邸詰めの記者が始めた、ツイッターに投稿す
る試みなども、そうした新しい兆しの一つですが、そ
の動きが、今後どのような方向に流れていくのか、と
ても興味があります。

 *「Facebook 世界を征するソーシャルプラットフ
   ォーム」ソフトバンク新書

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鮭三昧

 新潟県の村上市を訪問して、昔ながらの街並みを拝
見した後、伝統の鮭の料理を満喫しました。

 村上市は、山形県との境にある城下町で、小高い丘
の上にたたずむ城跡の下に、武家屋敷や寺町、さらに
は古い町屋が並ぶ、風情のある町です。

 ところが、十数年前のこと、町屋が並ぶ6メートル
幅の道路を、16メートルに広げることで、町の近代
化を図ろうという、国の補助金事業の計画が降ってわ
きました。

 この事業に異を唱えたのが、町屋の一つとして、地
元の伝統の味である、鮭の加工品を製造するお店のご
主人でした。

 まず始めたのは、地元の人たちに、町屋の魅力を再
認識してもらおうという運動で、吹き抜けの天井と壁
を太い梁が支える、店内の趣きの残る造りを、観光客
に開放することを提案しました。

 あわせて、季節に応じて、それぞれの店に伝わる、
お雛様や屏風を展示するイベントを開催したところ、
大勢の観光客が訪れるようになりました。

 それにつれて、町の人たちの意識も変わって、古い
造りのままの店内にあわせて、道に面した表側も、木
製の格子などを使った昔ながらの風情に、模様替えを
する店がふえていきました。

 さらに、町屋に続く住宅街でも、コンクリートのブ
ロック塀を、黒塗りの板塀で覆う、黒塀プロジェクト
が始まるなど、町の魅力を見直そうという、好循環が
生まれてきました。

 この日は、これらの街並みと、その中に息づく文化
を、くだんの街づくりのリーダーの案内で、たっぷり
と見せてもらいました。

 中でも、この方のお店で見た、柱に吊るされた、何
百本もの鮭の姿には、圧倒されました。

 これは、「塩引き」とか「酒びたし」と呼ばれるも
ので、長いものは1年かけて、自然の風の流れの中に
鮭をさらすことで、鮭のうま味を閉じ込めています。

 温度を低く保つために、この季節も窓は開けたまま
で、ご主人は、鮭が中心の暮らしなので、子どもの頃
に寒いから窓を閉めてと言うと、厚着をしろと怒られ
たと、笑っていました。

 夜は、そのご主人のご自宅で囲炉裏を囲んで、ご夫
妻の手づくりの鮭料理を堪能しました。

 地元では、百種類もの鮭の料理が、伝えられている
とのことですが、この日は、ご主人が開発された、鮭
の生ハムも含めて、十種類あまりの鮭のお料理を、た
らふくいただきました。

 この日、JRの村上駅に着いた時にも、欧米からの
5人組の観光客と一緒でしたが、聞けば、海外からの
お客様も増えていると言います。

 さらに、観光に来られる方の多くが、2度3度とい
うリピーターだそうですが、補助金の魔力に惑わされ
ず、個性を貫いた街づくりの、成果だろうと受けとめ
ました。

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2011/02/05

忘れていた記憶

 今年初めての講演にうかがったのは、長野県の東御
(とうみ)市でしたが、そこは、自分にとっては何十
年振りかの、懐かしい思い出の土地でした。

 この東御市という名前は、平成の合併後に出来た、
新しい名称ですので、最初にその名を聞いた時には、
広い長野県の中の、どの辺りにある市か想像がつきま
せんでした。

 最寄りの駅は上田だというので、調べてみますと、
小県郡東部町と北御牧村が合併したため、旧の町村名
から一文字ずつを取って、東御市という名前になった
ことがわかりました。

 なるほどと思って、資料を見ているうちに、東部町
と言えばと、頭をよぎることがありました。

 それは、高校3年の夏のことで、当時、この町のあ
る地区で行われていた、受験生を相手にした民宿に、
ひと夏お世話になったことがあったのです。

 現地に着いてから、商工会の方に、そのことを話し
ますと、僕がお世話になったお宅のこともご存知でし
たが、すでに、受験生を対象にした民宿も、その後始
まった、テニス合宿の民宿も、時代の流れの中で、姿
を消したとうかがいました。

 講演会場のある町なかから、周辺の山の景色を眺め
ますと、ふっと当時のことが頭に、と言いたいところ
ですが、何分にも45年も前のことですので、月日の
長さが、記憶の影を消し去っていました。

 45年前に、ひと夏を過ごした町に、再び訪れると
は、思ってもいませんでしたが、何か不思議な気持に
なりました。

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マンガ論争

 取材を受けたことのある、ライターの方から、成人
向けのマンガを規制する目的で、昨年暮れに改正され
た、東京都の青少年条例に関する資料を、送っていた
だいたのをきっかけに、この問題について考えてみま
した。

 過激な性表現を含んだマンガの中には、「こんなも
のを、自分の子供に見せられるのか」という問いに、
うなずかざるを得ないものも数多くあります。

 また、それらのマンガが書店に並ぶ時には、一般の
書籍とは、棚をはっきりと分けるべきだという人が、
ほとんどだろうと思います。

 では、そうした規制がなかったのかと言えば、そう
ではなくて、18歳未満には売らないようにと、販売
の棚を分けるゾーニングや、少年少女には読んでほし
くない、グレーゾーンのものにもシールを張るといっ
た、自主規制が行われてきました。

 問題は、ゾーニングが徹底していない書店をどうす
るかや、過激な描写があるのに、成年マークがついて
いない作品をどうするかですが、それらのことには、
従来の条例にある「不健全図書」の規定と、業界の自
主規制で、十分に対応できたと思います。
 
 一方で、こうしたマンガが、引き金になったと言わ
れるような事件も、聞いたことがありません。

 そうした状況の中で、あえて条例を改正するには、
それ相応の理由が必要ですし、そのことが理解できる
ような条文であるべきですが、改正された条文は、条
例の割には、とても曖昧なものです。
 
 また、条例の改正にあたって、都内のPTAを対象
に行った説明会で、都の担当者が、幼ない女の子の写
真や、いわゆる18禁のコミックを見せて、こうした
ものが、「ドラえもん」などと同じ棚に並べられてい
ると説明した言われますが、事実と反することで、お
かしな話だと思います。

 その上、この問題の担当責任者が、都議会での答弁
で、「小説は読む人によって様々な理解がある、マン
ガやアニメは、誰が見ても読んでも同じで、一つの
理解しかできない」と答弁したと聞くと、マンガをま
ったく知らない人が、一方的な思い入れで、条例改正
に突っ走ったのかと思えてきます。

 ですから、もしかすると、特段の底意はないのかも
しれませんが、こうした表現の自由に関わる規制は、
それが独り歩きを始めますと、取り締まりの側が、気
に食わない相手に、幅広く網をかけるための、道具に
も使われかねない危険があります。

 ただ、一方で、冒頭にあげた、「こんなものを、自
分の子供に見せられるのか」に代表される、ごく一般
的な受けとめに対して、憲法上の表現の自由を振りか
ざしても、その声が届くものではありません。

 それだけに、条例の改正が必要だと考えた側と、疑
問があると考えた側から、それぞれ、良識的な議論の
出来る人が集って、自主規制の現状はどうか、また、
いわばアウトサイダーと呼ぶべき人たちを取り締まる
ために、文化や表現の自由の領域に、踏み込む必要が
あるのかどうかを、議論する場を作ってはどうかとい
うのが、自分の率直な感想です。

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極寒の南国

  1月の中旬、宮崎市で一人暮らしをする妻の母が、
胆石で入院することになったため、3泊4日で義母の
家に泊まりましたが、その寒さに閉口しました。

 というのも、義母の家には、暖房具といえば、電気
こたつがあるだけで、後は何一つないからです。

 それでも、これまで来たのは、真冬の時期ではなか
ったためか、特段、寒さに耐えかねることもありませ
んでした。

 ところが、今年の寒さは格段で、こたつに足を入れ
ていても、肩や背中が冷えてきますので、部屋の中に
いる時も、セーターやダウンジャケットが手放せませ
ん。

 寝る時も、押し入れの中から、ありったけの毛布と
布団を出して、4~5枚重ねて敷きましたが、それで
も、布団を頭からかぶって、どうにか寒さをしのぎま
した。

 このため、義母の病室に入ると、そこは、天国のよ
うな温かさに感じられましたが、それだけに、よくあ
の寒さに耐えられたなあと、驚いてしまいます。

 特に、年齢が今年で、もう米寿と考えますと、昔の
人は本当に強いと、感心しきりでした。

 それでも、退院に備えて、家の室内に、冷暖房用の
エアコンを取りつけようと相談しますと、そんなもっ
たいない物は要らないと言いますので、お母さんは、
それでも良いかもしれないけれど、僕たちの体がもた
ないよと、言ってあげました。

 南国宮崎の家は、夏向きに出来ていることもあるの
でしょうが、極寒の南国はいかに辛いものかと、痛感
させられました。

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2011/02/04

氷の入った飲み物は

 知人の植物学者と、中国出身の奥さまとご一緒に、
夕食をともにしながら、楽しい話題に花を咲かせまし
た。

 この奥さまには、これまでにも、「湯」や「手紙」
など、同じ漢字でも、中国語と日本語とでは、まった
く意味の違う言葉があることをを教えていただいて、
ずいぶん勉強したものでした。

 この夜は、久し振りの再会でしたが、植物が専門の
ご主人にうかがうと、中国では、漢方のもとになる植
物や、貴重なお茶の類が、採りすぎからか、かなり品
薄になっていると言われます。

 その話を聞きながら、高知県の知事時代に、県内の
市と姉妹都市の関係を結んでいた、中国の安徽省の市
に、漢方の研究施設があったことを思い出しましたの
で、漢方の薬草が一杯詰まった、大きなカメが並んで
いましたと、当時の思い出話をしました。

 すると、今行ったら、様子が違うのではないかと言
われて、それほどに、薬草やお茶類が、採れなくなっ
ていると教えて下さいます。

 だとすれば、日本の国内で栽培をすれば、ビジネス
になるものもあるのかと思って、朝鮮ニンジンやクコ
茶などを話題にしているうちに、いつしか、飲み物の
話になりました。

 すると、奥様が、古来中国人は、冷たいものを飲ま
ないので、氷を入れて飲むことをしないし、アイスク
リームもほとんど食べないとおっしゃいます。

 最近は、食生活も違ってきているでしょうが、そう
言えば、中国に行った時、アイスクリームがデザート
に出ることは、ないように思いますし、中国の人が、
氷を入れた飲み物を飲むところも、あまり見たことが
ない気がしました。

 とはいえ、江戸時代には、夏の氷は貴重品で、殿様
への献上品になっていたくらいですから、飲み物に氷
を入れて飲むという習慣は、近代になってからのこと
でしょう。

 と考えながら、いつ頃から、飲み物に氷を入れて飲
むようになったのか、調べてみたくなりました。

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売り手と買い手の力関係

 広島市の秋葉市長が、新年の仕事始めで、4選目の
選挙には出馬しないと表明した後、その件での記者会
見には、一切応じていない問題で、地元紙の取材を受
けました。

 電話をしてきた記者によれば、秋葉市長は、不出馬
の理由はユーチューブに投稿したので、それを見てく
れの一点張りだと言います。

 記者の質問は、こうした市長の対応を、どう思うか
というものでしたが、言葉の端々から、けしからんと
言ってほしいとの、思いが伝わってきました。

 確かに、自分なら、こうした場合、取材を受けます
し、かたくなにそれを拒否する理由も、今一つ分かり
ません。

 ただ、だからといって、ユーチューブに自分の思い
を投稿しただけで、記者会見には応じないことが、け
しからんことかと問われれば、それは、マスコミのと
いうか記者クラブの、思いあがりではないかとも感じ
られます。

 というのも、そもそも、ニュースとして意味がある
のは、市長が4期目に挑戦するかどうかで、その情報
を取れなかった時点で、取材者としては、すでに、市
長に負けていることになります。

 しかも、任期の途中で、仕事を投げ出すのならとも
かく、任期を全うした上で、次の選挙には出ないとい
うだけですから、ユーチューブへの投稿を持って、説
明責任は果たしていると受けとめられますし、少なく
とも自分は、秋葉市長が投稿をしたユーチューブを見
て、そう受けとめました。
 
 電話口の記者さんは、ユーチューブでは、見ること
の出来る人と、そうでない人がいると言いますが、そ
れを言えば、新聞の読者も、今時そんなに多いわけで
はありません。

 根本的なことは、マスコミが売り手市場で、情報を
伝える媒体を、独占していた時代は終わったというこ
とです。

 読者や視聴者の側が、ツイッターにしろユーチュー
ブにしろ、取りたい情報を自ら選んで、取りに行ける
ようになったのですから、既存のマスコミも、選ばれ
る側の一員に過ぎません。

 その時代に、我われの質問に答えないのはけしから
ん、と言っていたのでは、新聞もテレビも、お客様か
ら、ますます見放されるのではないか、そうした問題
意識が問われている時でしょう。


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漁師さんとの初詣

 正月4日、高知から来た2組の知人夫婦と、明治神
宮にお参りにでかけました。

 2組の夫婦は、正月の2日から2泊3日で、東京に
来ていましたが、この間に、東京のはとバスに、4回
も乗ったということで、東京タワーをはじめ、浅草、
巣鴨、柴又といった、定番の名所から、六本木ヒルズ
の夜景に至るまで、東京に関する知識は、東京に住む
われわれ以上です。

 この日は、原宿駅に近い、明治神宮の鳥居の前で待
ち合わせると、わが夫婦と6人で、早速本殿に向かい
ました。

 さすがに、3が日の後のウィークデイとあって、人
混みもさほどではありませんでしたので、さしたる時
間もかからずに、本殿前で、お賽銭を投げることが出
来ました。

 この後、表参道で、食事とお茶を共にしましたが、
遠来の客のひと組は、漁師さんの夫婦でしたので、漁
にまつわる最近の話題を、いくつか聞きました。

 その一つは、サンゴの原木の価格が、高騰している
ことの影響です。

 というのも、高知には、装飾用のサンゴの原木を、
網を使って採取する漁がありますが、最近、中国によ
る原木の買い占めで、値が上がっていることから、も
ともとは、サバなどを取っていた漁師が、サンゴ取り
に走っているというのです。

 また、もう一つは、ほとんどの漁師に、後継ぎがい
ないことの影響で、例えば、金目ダイなどの資源を大
切にするため、産卵期には漁を自粛しよう、と呼びか
けても、なかなか理解が得られません。

 それというのも、子供も孫も後を継ぐわけではない
ので、それなら、今のうちに取れるだけとっても、構
わないだろうという意識が強いからだそうです。

 新年早々ですが、漁師さんもお百姓さんも、素直な
気持で、新しい年の豊漁や豊作を、祈願出来る時代で
はなくなったのだなあと、感じました。

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またも怠けぐせが

 実は、1月の初めに、箱根駅伝を見ての感想を書い
た後、年賀状の返事や。講演の準備、さらには、妻の
母の入院などに追われているうち、1ヶ月近くがたっ
てしまいました。

 とはいえ、ブログを書こうと思えば、書けないこと
はありませんでしたので、早い話が、また怠けぐせが
出たわけです。

 そこで、これではいかんなあと、思い直して、少し
昔の出来事も振り返りながら、1月分のブログを書き
おろしています。

 これから、何本かずつアップしていきますので、今
後とも、ご愛顧のほど、よろしくお願いします。

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