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2011年4月

2011/04/22

プリント屋の風景

 最近撮りだめた写真の中から、何枚かをプリントし
ようと、近くのプリントサービスのお店に行くと、年
配の方々が、次々と来店されていました。

 このブログにも書いた、孫の入学式や、サクラ見物
などの際に撮ったデジカメの写真が、一杯たまりまし
たが、その中に、親戚や知人と撮った写真があるのを
思い出して、プリント屋に向かいました。

 ただ、デジカメのプリントは、初めての体験でした
ので、店の人にやり方を尋ねますと、壁ぎわに3台並
んだ機械を指さして、「プリントするを、タッチして
下さい」と言います。

 恐る恐る、右側の機械の前に立って、パネルにタッ
チしますと、店員さんがそばまできて、手順を教えて
くれました。

 おかげで、やり方はすぐに分かりましたが、そうこ
うするうちに、お隣の機械の前に、かなりのお年のお
爺ちゃんが来て、これはどうするんだっけ、などとつ
ぶやきながら、パネルにタッチし始めます。

 見れば、一番左の機械を操っているのも、ご高齢の
女性で、黙々と指さし確認をしています。

 そのうち、そのお二人の目があって、「あら~」と
いうことになりました。

 会話の様子からみて、ご近所のお知り合いらしく、
「この間のご旅行の写真ですか、そう言えば、お土産
を有難うございました」」と、ご高齢の奥さまが投げ
かけると、お爺さんが、「いやいや、デジカメだと撮
りすぎるもんですからね」と、応じています。

 そのお二人のやり取りを眺めながら、注文を終えま
すと、そこに現れたのは、またもかなりのお爺さん、
ちょっと腰を折って、僕が抜けた後の機械の画面を、
のぞきこんでいます。

 大丈夫かなあと思って、横目で見ていたのですが、
デジカメのデータの差し込み方から何から、いたって
手慣れたもので、心配をした自分が、恥ずかしく思え
るくらいでした。

 わずかな時間でしたが、何人ものお年寄りが、デジ
カメやプリントの機械と、自在に扱う姿を見て、時代
は確実に動いていると納得しました。

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反か脱か

 福島第一原子力発電所の事故は、いまだに終息の目
処が定かではありませんが、今後、自分自身の、原発
に対する姿勢をどうすべきか、考えてみました。

 というのも、今回の事故の状況を受けて、すぐにも
原発を廃止して、自然系のエネルギーに変えるべきだ
と、攻勢を強める反原発派もかなりいます。

 しかし、その一方で、現在の電力に対する需要を考
えれば、原発抜きに電力の供給を考えることは、現実
的には難しいので、さらなる安全性の確保に努めなが
ら、原発を使い続けていく以外に、手はないという人
もいて、やがて、国民一人ひとりが、原発に対する姿
勢を、求められる日が来るように思うのです。

 では、自分のスタンスはどうだったかと言えば、原
発は、何か事故が起きた時の被害が、非常に大きくな
りますから、ないにこしたことはないと、今も思って
います。

 しかし、原子力が、発電量の30パーセント近くを
占めるという現状を考えた時、即刻、全ての原発を廃
止すべきだという、原理主義的な反対を、貫くわけに
もいきません。

 といったことから、これまでは、現状追認という、
あいまいな姿勢をとり続けてきたのですが、今回の事
故を受けて、原子力発電は、現状の計画のままでは進
まないと、はっきり認識するようになりました。

 とはいえ、電力供給に与えるリスクを考えますと、
全ての原発を今すぐ止めることが、現実的な選択肢だ
とは思えませんが、一方で、現状維持派が主張するよ
うに、そうは言っても、経済性などを考えた時、原発
に頼らざるを得ないのかと言えば、それも間違いだと
思います。

 何故かと言えば、今回の事故を受けて、原発の立地
はますます難しくなるでしょうし、それを押して建設
を進めようとすれば、地震対策や津波対策をはじめ、
二重三重の電源対策などに、経済行為として成り立つ
範囲を遥かに超えた、膨大なコストを求められること
が明白だからです。

 となれば、将来に向けての、脱原発の方向を明確に
した上で、当面は原発も使いながら、他のエネルギー
源への転換を、図らなければなりません。

 そのエネルギー源は何か、その方向に向けて、何を
していけばよいのかを検討するためには、幅広い議論
が必要ですが、まずは、脱原発をはっきりと打ち出す
ことが、もっとも合理的な判断だと考えました。

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2011/04/20

 太い尾っぽ

 震災から1カ月余りたったある日、共通の知人のご
縁で知り合った方から、ファットテール、太い尾っぽ
という、あまり聞きなれない言葉を学びました。

 この方は、この10年ほどの間に、膨大な数の中小
企業の、財務諸表をデータベース化して、倒産した企
業と健全な企業の特性を分析した上、それをもとに、
各地方の信用保証協会が、中小企業に貸し出しをする
際の、貸出利率の基準を作った経験をお持ちです。

 このため、震災に絡む話の中でも、自然と、統計の
取り方や読み方が話題になりました。

 そこで出てきたのが、べき乗分布という言葉なので
すが、日常よく使われる正規分布に比べて、真ん中の
山の幅が狭く高くなる反面、裾野が限りなくゼロに近
づく、正規分布とは違って、一定の厚みを持った、な
だらかな線を描きます。

 数学に弱い僕が、これ以上言うと、きっとぼろが出
ますので、詳しくは言いませんが、今回の地震に照ら
して考えた時、過去100年から200年のデータを
もとに、正規分布を描けば、裾野は横線に接していき
ますから、マグニチュード9の地震や、14~15メ
ートルもの津波は、起きる可能性が、限りなくゼロに
近づきます。

 ですから、それを超える出来事は、すべて想定外、
つまり不可抗力ですまされてしまいます。

 実際に、東京電力は、過去の知見から考えて、想定
を超える津波だったと言っています。

 ところが、平安時代にまでさかのぼる、千年~2千
年のデータや、さらには、数万年にわたる地球の歴史
をもとにすれば、地震や津波の規模を横軸に、その起
きる頻度を縦軸にとったグラフは、べき乗分布を描い
て、その裾野はファットテールに、太い尾っぽになっ
ていくため、横軸には接しないというのです。

 つまり、このように、べき乗分布で事象をとらえれ
ば、今回の地震と津波も、決して、想定外の出来事で
はないことがわかるという訳です。

 もちろん、その太い尾っぽに込められた可能性に、
すべからく備えていけば、どれだけのコストがかかる
のか、また、それが経済性を持つのかなどは、別途議
論しなくてはなりませんが、すべてを想定外で片付け
ようとする議論に、疑問を感じていただけに、目から
うろこの思いがしました。

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00001人目のお客様

 サクラの季節が過ぎて、さて次なる花見はと、ネッ
ト上を旅しているうち、僕が初めてのお客様という、
サイトに行きあたりました。

 このブログでも報告をしましたように、今年は、満
開のサクラの花を、満喫するまで見ましたので、その
余勢をかって、次は桃の花を見に行ってみようかと、
山梨や長野の見所を、ネットで調べてみました。

 そこで見つけたのが、山梨県の春の花というサイト
です。

 その中に、昇仙峡と桃の花まつりというサイトがあ
りましたので、これだこれだと思って、早速開いてみ
ました。

 ひと目見て、ちょっと古い感じだなとは思ったので
すが、何かの参考になればと、上から下まで目を通し
ますと、一番下に、そのサイトを訪ねた人の人数を示
す、カウンターがついています。

 その数字を見て驚いたのですが、そこには、「あな
たは、2001年10月1日以来、00001人目の
お客さまです」とあります。

 ええーっと、目をこらすと同時に、笑っていいとも
の、百分の一アンケートなら、携帯スクラップがもら
えるところだけどと、思いました。

 早速、そのことを、ツイッターにつぶやきますと、
そのサイトを後で訪ねた人から、「私も開いてみまし
たが、やはり1人目でした、どうやら、カウンターが
動いていないようですね」と、謎を解く答えをもらい
ました。

 携帯ストラップがもらえるほど、運が良かったわけ
ではありませんでしたが、ツイッターにつぶやいたせ
いか、サイトの末尾にあったカウンターは、その後は
ずされていました。

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サクラ三昧

 4月の上旬、都内のあちこちで、満開のサクラを楽
しみました。

 まず手始めは、父母や兄の眠っている青山墓地で、
サクラの並木をゆっくりと眺めてみました。

 子供の頃から、何度となく見慣れた光景ですが、思
い出と重なる部分もあって、花びらの鮮やかさが目に
しみます。

 変わったことと言えば、周辺の景色に、六本木ヒル
ズとミッドタウンが加わったことで、サクラ越しにそ
びえる、ミッドタウンの高層ビルを、写真に収めまし
た。

 翌日は、渋谷から京王線一本で行ける、井の頭公園
を訪ねてみました。

 普段の年なら、もっと人出の多い時期ですが、やは
り震災の影響でしょうか、サクラを見るにはちょうど
の人混みです。

 井の頭公園駅を降りて、公園内に入ると、池の両面
を埋めつくすように群れ盛る、ボリューム満点のサク
ラが、目に飛び込んできます。

 ゆっくりと池の周りをめぐりながら、吉祥寺駅の側
まで、ある所では、池の水面にしな垂れかかる、ある
所では、薄日に染まるサクラを満喫しました。

 渋谷までの帰路、車窓から沿線を眺めていますと、
そこここに、素晴らしいサクラの並木があって、日本
に生まれて良かったと、ちょっと大袈裟な感慨にも駆
られます。

 さて、3日目はどこへと考えたあげく、これも近場
で、池尻大橋から中目黒まで、目黒川の川沿いを歩き
ました。

 サクラの季節に、目黒川を歩くのは初めてのことで
したが、日頃は何の変哲もない都市河川が、その趣き
を一変させています。

 そんな中で、沿道のサクラの太い幹に、五輪ほどの
花弁と、若緑の小さな芽が出ているのを見つけて、生
命力の強さを感じさせられました。

 この他にも、今年は、あちこちで満開のサクラを目
にしましたが、願わくば桜の下でと歌った西行の気持
が、段々と分かる年にもなってきました。

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2011/04/19

入学式のはしご

 4月6日、長男家の孫2人の、高校と中学の入学式
に出席しました。

 というのも、たまたま、上の孫の高校の入学式が午
前中、下の子の中学の入学式が午後、という日程にな
ったからですが、二つの学校は、電車を乗り継いで、
1時間近く離れています。

 このため朝は、高校の最寄り駅の近くにある、マッ
クで待ち合わせた後、9時半からの入学式にのぞみま
した。

 式は、文字通り厳かに進みましたが、そこからが、
連携プレーの始まりで、嫁と下の子は、中学の集合時
間があるため、式の途中で席を立ちます。

 残された爺と婆の2人は、式が終わるのを見届ける
と、上の子が、クラスごとに分かれて、記念写真を撮
っている間に学校を出ると、駅前のうどん屋で、3人
分の注文をして孫の到着を待ちました。

 3人並んで、うどんをかき込むと、中央線と地下鉄
を乗り継いで、次の目的地へと向かいます。

 下の子の中学に着いたのは、入学式の開始時刻が迫
る頃で、嫁が取っておいてくれた、式場の2階の席に
陣取りました。

 午前と午後、続けて二つの学校の、入学式に出席し
て感じたことは、校風によって、式の雰囲気も違うと
いうことです。

 どちらがどうということではないのですが、こうし
た雰囲気の違いが、この子たちのこれからにも、目に
見えない影響を与えていくのだろうなと、式を見なが
ら考えていました。

 式を終えた後、近くにある古刹の満開の桜の下で、
記念の写真を撮りました。

 僕より背も高くなった、上の孫を見ながら、ふと、
5歳の七五三のお祝いの席で、羽織はかまに着飾った
彼が、「今日は、僕のために、お祝いをしてくれてあ
りがとう」と、挨拶をした姿を思い出しました。

 覚えているかと尋ねますと、「ううん」と、首を傾
げられてしまいましたが、この日の思い出は、みんな
忘れることはないでしょう。


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夫婦で再チャレンジ

 3月の末、1月に訪問した新潟県の村上市に、今度
は、妻と一緒に出かけました。

 1月にお邪魔した時、妻にも、この町を是非見せて
やりたいと思ったのが、再チャレンジのきっかけです
が、3月から4月の初めにかけては、お雛さまを中心
に、町屋と呼ばれる商家が、各家に伝わる人形を飾り
つける、お人形さま祭りが開かれていると聞いて、こ
の時期に再び村上を訪ねました。

 妻とともに、村上駅に降り立つと、前回もお世話に
なった、町おこしの主が、兵庫県の有馬温泉の方に譲
ってもらったという、ロンドンのタクシーでおなじみ
の、あのレトロの車で出迎えて下さいます。

 案内をいただいて、早速、町屋のお人形さまをめぐ
りましたが、古いものから現代のものまで、日頃はお
蔵に眠っているお雛さまたちが、ずらりと勢ぞろいし
ています。

 中には、きらきらと光るような肌をした人形や、唇
に紅をひいた人形もありますが、真珠の粉や、紅花が
使われているということでした。

 また、面白いことに、家によっては雛壇に、鉢に入
った卵が飾られています。

 その訳は、女の子の肌がきれいになるようにとの、
おまじないだということでしたが、それを見ながら、
多分それぞれの地方に、こうした習わしがあるのだろ
うと思いました。

 お昼は、最近売り出しの、村上牛の刺身を乗せた牛
刺し丼を、夜は、村上に古くから伝わる、干した鮭を
使った料理の数々をいただきましたが、塩引きとか酒
びたしと呼ばれる干した鮭が、天井から吊るされてい
る光景は、一見の価値のあるものです。

 食べ物と言えば、村上市は、町の大きさの割に、お
料理屋さんが多いのに驚かされます。

 その中には、戊辰戦争の際に、官軍の将として村上
に入った、西郷さんが立ち寄ったというお店もありま
すが、その際、鮭料理の一つである、鮭のはらわたを
使った汁物を出したところ、侍に魚の臓物を出すとは
何事かと、西郷さんは激怒したそうです。

 当時の侍の感覚としては、それが当たり前だったの
か、それとも、西郷さんの、腹の虫の居所が悪かった
のかはわかりませんが、たどればたどるほど、深みの
感じられる町でした。

 9月から10月にかけては、各商家が持っている、
屏風やお軸を並べる、屏風祭りがあるとのことで、ま
た行ってみたい衝動にかられました。

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同じ東北でも 

 地震の発生から5日後、地元の新聞社が主催する講
演のため、秋田市を訪問しました。

 秋田県は、今回の震災に際して、東北では唯一、亡
くなった方がいませんでしたので、秋田市内も、ひと
目見ただけでは、変わりなく穏やかな様子です。

 けれども、ガソリンや灯油は、秋田市内でも品不足
とのことで、スタンドでは、お一人様1回2千円まで
といった、制限がつけられています。

 「だから、長い時間をかけて並んでいると、その間
に、車内の暖房に使う油で、2千円分のかなりの部分
が、消えてしまうんですよ」と、出迎えて下さった方
は、ぼやいていました。

 また、秋田市でも、東北電力の計画停電が予定され
ていたため、当初は、僕の講演の時刻が、停電の時間
と重なっていました。

 このため、マイクなしでも声が通るだろうかと、か
なり気を揉まれたようですが、幸い、この日の停電は
取りやめになったとのことで、講演会も、無事にすま
すことができました。

 その秋田市のホテルで、一つ気づかされたことがあ
りました。

 それは、トイレにつけられた、トイレットペーパー
のロールで、案内をしてくれた女性は、いつもなら2
つ並べてある、予備のロールをはずしているので、な
くなったらフロントに連絡して下さいと言います。

 今回の震災をきっかけに、こうした見直しが、あち
こちで、起きてくるのかもしれませんが、その話を聞
いていて、一泊二日の客が、2ロールも使うことは滅
多にないだろうに、これまでは、いつも2本ずつ用意
していたのかと、日常の中にある無駄の、一例を目に
した思いがしました。

 探せば他にも、色々あるんでしょうね。

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昨今のタクシー事情は(震災前のお話)

 続いて、震災発生前の話で恐縮ですが、3月に乗っ
た、タクシーの運転手さんから、最近のタクシー事情
を聞きました。

 一時期の規制緩和で、車の台数がふえたため、過当
競争に陥って、再び減車が進められていることは、す
でに良く知られています。

 それとは別に最近は、高齢者対策の一つとして、年
金受給者を雇用すると、国からお金が出るようになっ
たことから、年金を受けている運転手さんが、増えて
いるといいます。

 しかし、お客さんは確実に減っていますので、昔に
比べれば、運転手さんの社会的な地位は上がったもの
の、給料は、コンビニのパートより、安い金額にとど
まっています。

 お客さんが減った最大の理由は、お酒を飲みに行く
機会が少なくなったことで、たとえ行ったとしても、
2軒目はほとんどなくなりました。

 また、家まで帰らなくても、ビジネスホテルなら、
一泊4~5千円ですみますし、企業の中には、大手の
ホテルと会社ぐるみの契約をした上で、タクシーで帰
るならホテルに泊まれという、指示を出している会社
もあります。

 こうしたことから、この運転手さんは、3~4年前
から、深夜の営業は一切やめました。

 というのも、つけ待ちをすれば、3時間待ちが平均
ですが、長距離は10回のうち1回程度ですので、こ
れでは、商売にならないというわけです。

 そこで、この運転手さんは、朝方は早く出て、都内
のウォーターフロント周辺の、新しいマンションが立
ち並んでいる地区を、流すといいます。

 というのも、こうした地域は、結構交通の便が悪い
ため、朝の通勤に、タクシーを使う人がいるからとの
ことで、いずれのお商売も、新しい展開をさぐる努力
が必要なのだと知らされました。

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総裁の話と女優の話術(震災前のお話)

 これは、震災前の話ですので、ブログに書く順番が
違ってしまいましたが、3月の初旬に、中学・高校の
同窓生が集う会に出席した際、この会に出るたびに思
うことを、また感じさせられてしまいました。

 僕の出た高校は、中高一貫の男子校ですが、卒業生
の中には、政治家や官僚出身者も多いため、そうした
人材を中心に、年に何回かの会合が持たれていて、現
在の最大野党の総裁も、先輩の一人として、毎回、会
合に出席して下さいます。

 では、いつもこの会で感じる、同じ思いとは何かと
言えば、総裁は、お人柄はとてもいいのに、お話は決
してうまいとは言えないということです。

 この日も、政権与党に対して、国会をどうするかの
設計図が必要だと言われた後、4つのポイントをあげ
られたのですが、一つ目の、24年度の予算を組むに
は、増税を考えざるを得ないとの意思表明に始まり、
外交の立て直し、選挙制度と二院制の見直し、さらに
は、政党の綱領の明確化と、いずれも地味目なお話が
続きます。

 このため、もう少し、人を引き付ける話術があれば
と思って、お話を聞いていたのですが、その後に、こ
の会にもよく出席して下さる、ベテランの舞台女優が
挨拶に立つと、さらに、その感を強くします。

 皆さま方、男子校の殿方を見ていると、うらやまし
くなります、私は女子校に通っていましたからといっ
た思い出話が切り出しです。

 ミッション系だったため、毎週ミサに出席するのだ
けれど、洗礼を受けていない自分たちは、後ろの席に
座らされて、洗礼を受けている友達が、前列の席でヴ
ェールをかけて座っているのを、うらやましく眺めて
いるしかありませんでした、と話は続きます。

 このため、お母さまに、洗礼を受けたいと言ったと
ころ、即座に、やめておきなさいと、却下されたそう
です。

 「そんなことをしたら、離婚できなくなるよという
のが、母のアドバイスで、今にして思えば、本当に良
いことを言ってくれたものです」というのが、話の落
ちなのですが、このつかみから入るため、話を気持ち
よく聞くことが出来ました。

 話術は、持って生まれた才能ですので、すぐには変
えようがありませんが、政権の行方がおぼつかない現
状の中で、野党党首の話に、もう少しの話術と迫力が
あればと、あらためて感じてしまいました。

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2011/04/10

安全神話からの転換を

 東北から関東地方を襲った、今回の地震と津波によ
る災害で、東京電力の、福島第一原子力発電所で起き
た事故について、感じたことを記しておきます。

 原発の立地にあたっては、必ず強い反対が起きるた
め、様々な分野の専門家が、安全性を強調すると同時
に、地元の自治体に対して、多額の交付金を渡すこと
で、立地を実現してきました。

 確かに、反対派の中には、情緒的な反対派や、ため
にする反対派もあって、事実をねじ曲げて、住民の不
安をあおったり、100パーセントの安全を求たりと
いった、そもそも無理な難題を投げかける事例も、数
多くありました。

 これに対するために、また、そうした中でも、賛成
してくれる人たちの納得を得るために、原発は絶対に
安全だという、安全神話を唱え続けてきました。

 この結果。事故に対する構えが、「万一に備えて」
ではなく、「念のため」という対応になります。

 というと、この両者に、どんな違いがあるのかとい
う、ご質問が出るでしょうが、「念のため」は、絶対
に安全だけれども、念のためにという意識になります
し、万一に備えては、何が起きるかわからないので、
万一に備えてという意識につながります。

 今回の事故に際しても、念のためにという意識が、
対応の遅れにつながった面がなかったかどうか、一段
落着いた時点で、検証する必要があると思います。

 そもそも、科学的に言っても、社会的に見ても、す
べての事象は確率で動いていますから、100パーセ
ント絶対ということは有り得ません。

 にもかかわらず、産学官が手を合わせて、100パ
ーセント安全だという神話を、唱え続けてきた結果、
今回のような事故が起きた時に、ためにする反対派か
ら、絶対に安全というのは嘘だったと宣伝されると、
「想定外だった」という、使ってはいけない言い訳以
外には、反論のしようがなくなります。

 また、原発だけでなく、原発の燃料の最終的な出口
にあたる、高レベル放射性廃棄物の最終処分場につい
ても、絶対的な安全神話を振りまいてきたわけですか
ら、今回の事故によって、これまた、ますます立地が
難しくなります。

 今回の出来事を受けて、今後のわが国の原子力政策
が、どう変わっていくかは分かりませんが、どちらに
せよ、今回のことを教訓に、考え方を根本から、変え
なくてはなりません。

 それは、「絶対に安全だから事故は起きない」とい
う安全神話から、「危険なものなので、事故は起こさ
ないし、起こしてはならない」という、事実を踏まえ
た考え方への転換です。
 
 その上で、短期的にはともかく、中・長期的に、原
子力発電にどう関わっていくのかを、一人ひとりの問
題として、真剣に考えなくてはいけません。

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ゆらりからぐらりへ

 11日午後、東京でも、かつてないほどの、大きな
揺れを感じました。

 この日は、家で仕事をしていましたので、笑ってい
いともの、友達の輪に初出演した、杉良太郎さんの話
を聞いて、昼飯を済ませた後、パソコンに向かって、
調べものをしていました。

 すると、ゆらーゆらーと、揺れ始めたのです。

 あっ地震だ、でも、そんな大したこともないだろう
と思っていますと、窓から外を見ていた妻が、電線が
すごく揺れているので、危ないからソファーに来て座
ってと言います。

 ゆらゆらとする中、ソファーに行って、妻の横に座
りますと、揺れは、ゆらゆらからぐらぐらへと、ます
ます大きくなりました。

 ついには、がたがたと、地鳴りがするような感じに
なりましたので、このままでは、わが身も危ないとい
う感じに襲われて、妻と二人、あわててテーブルの下
にもぐり込みました。

 阪神淡路の大震災が起きた朝は、高知市の知事公邸
で寝ていましたので、震度4の揺れに目が覚めました
が、今回のように、身の危険を感じることはありませ
んでした。

 幸いわが家のマンションは、地盤のしっかりした地
域にありますので、この日の地震でも、何事もなくす
みましたが、その後明らかになった被害の大きさに、
言葉を失ってしまいました。

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どこまでを実印で

 カードの活用やポイント制などに詳しい方から、公
的な個人認証に、民間のIDを、うまく活用してはど
うかとの、提案を受けました。

 というのも、例えば、税と社会保障の一体改革の中
で、個人の認証に、いわゆる国民総背番号制度を、活
用する案が出ていますが、それを手始めに、すべての
公的な認証に国民背番号を使うのは、各種の行政サー
ビスを提供するにあたって、すべてに実印の捺印を求
めるのと同じで、不都合極まりないというのです。

 言われてみればその通りで、ハンコを使って、本人
の確認をする場合も、ざっと言って、4つのレベルに
分かれます。

 それは、宅配便の受け取りなど、三文判でもすむ、
最も簡略なものから始まって、届け印を使っての貯金
の引き出し、さらには、実印または、それに加えて本
人同士の対面が求められる、不動産の売買契約などの
4種類です。

 このハンコ文化に対応する現代の認証手段が、ID
ですが、すべての手続きに、国が作る国民総背番号を
使おうとすれば、それは、図書館の登録でも住民票の
請求でも、すべてに実印を使用するようなもので、投
資が過大過ぎるというわけです。

 ひと昔前、国は、住民基本台帳カードという、大が
かりなシステムを作りましたが、利用率が数パーセン
ト程度しかないにもかかわらず、毎年の維持費だけで
も、多分、数百億円は下らないと思われます。

 このように、国主導のIDが普及しないのは、何も
日本だけのことではなくて、アメリカを始めとする、
諸外国にもみられる傾向ですが、それらの国々では、
銀行のキャッシュカードなど、民間のIDを、行政サ
ービスにも使えるようにすることで、利便性を高める
ことに成功しています。

 ところが、わが国では。税と社会保障の一体改革に
合わせて、国のシステムを使う範囲を広げようという
魂胆が、見え隠れするというのです。

 それだと、ゴミ出しから税の支払いまで、行政サー
ビスのレベルの高低にかかわらず、すべてを、実印で
確認するような馬鹿げたことになるというのが、この
日、お話をうかがった方々のご指摘でした。

 聞けば、日本では、国民一人当たり、平均で17~
18種類のIDを持っているとのことですので、ヤフ
ーのIDでゴミ出しや図書館の登録を、銀行のキャッ
シュカードのIDで電子政府へのアクセスをといった
ように、サービスのレベルに合わせて、民間のIDを
活用することは、実に合理的な話だと思いました。

 そのことによって、国及び地方自治体の経費も、格
段に少なくてすむようになるでしょうし、新しいビジ
ネスが生まれてくる可能性もあります。

 ただ、既得権益に慣れ親しんだ中央官庁が、その意
味をどれだけ理解出来るかは、なかなか難しい問題に
思えます。


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