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2011年8月

2011/08/09

胸の鼓動

 月の初め、一泊二日で、久々の人間ドックを体験
しました。

 一泊した病室は、この病院では高層の階にあります
ので、窓から見るパノラマには、正面に、東京ドーム
越しのスカイツリーが見渡せます。

 一日目は午後から、内視鏡で、大腸などを調べる検
査が入っていますので、午前中から2時間かけて、2
リットル近い下剤を、飲まなくてはいけません。

 看護師さんからは、これが辛いと、警告を受けてい
ましたので、目の前に置かれた、ずっしりとした液体
を見ますと、先行きが案じられてきます。

 ただ、前夜から水分を控えていたため、喉がカラカ
ラだった上、下剤もよく冷えていましたので、始めの
うちは、結構快調に飲み続けることが出来ました。

 ところが、やがて、下剤に含まれている、塩分と糖
分の微妙なコラボが、鼻ならぬ舌についてきて、飲み
込む意欲はぐっと落ち込んでいきます。

 いよいよ本番、内視鏡の部屋に行きますと、担当し
てくれるのは、髪を短く刈り上げた、若い女医さんで
した。

 お尻の割れたパンツにはき替えて、うれし恥ずかし
の思いでベッドに横になりますと、「軽く麻酔をかけ
ますね」という声が聞こえてきましたが、間もなく、
意識が朦朧としてきます。

 目を覚ました時には、「はい終わりました」と言わ
れて、覚悟していた割には、あっけない幕切れとなり
ました。

 翌日の心電図も、数年ぶりに受診しましたが、足首
と胸に、計測用のアタッチメントを着けるやいなや、
こちらも、「はい、終わりました」となりました。

 感覚的には、心臓の鼓動にして2~3回といった感
じで、これで、心電図が測れるのかと心配になると同
時に、技術の進歩に驚かされました。

 すべての検査を終えて、会計の自動支払機に、受診
カードを差し込みますと、請求金額が出てきます。

 その金額を見て、再び心臓が2~3回、強い鼓動を
打ちましたが、これも安心の保険料と思うと、鼓動も
次第に収まりました。

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馬鹿にしてぇ~

 7月最後の日曜日、次男の家族に誘われて、遅い昼
食に出かけました。

 最初に出かけた、わが家の近くのトラットリアが、
満員御礼だったため、六本木に河岸を変えて、大通り
沿いにある、大きなうどん屋さんに入りました。

 ここは、ある女性タレントがプロデュースをする、
人気店ですが、店構えの大きさだけでなく、どんぶり
の大きさもポイントになっていますので、僕が注文し
たカツカレーうどんも、まずは、その器の大きさに驚
かされます。

 それでも、何とかおなかに収めて外に出ますと、今
度はアイスクリームを、との声が聞こえます。

 うーむ、食えるだろうかと思う間もなく、ヒルズの
近くにある、スタッフのパフォーマンスが売り物の、
アイスクリーム屋さんに突入とあいなりましたので、
ままよとばかりに、チョコケーキ入りの一品を、注文
しました。

 その結果、カツカレーうどんの辛味と、チョコケー
キ入りのアイスの甘味が、胸のあたりで、絡み合う形
になりました。

 帰途に着く車の中で、小学2年の兄と、幼稚園の年
少組の妹に挟まれた次男坊が、足し算と引き算の問題
を注文してきます。

 そうなると、年少組の妹も負けじとばかりに、「私
にも出して」とせがむのですが、さりとて、年少組に
足し算が出来るのかと気づかって、「じゃあ、1+1
は」と投げかけました。

 すると、ちらっとこちらに目を向けるなり、「馬鹿
にしてぇ~」と、恐い顔になりました。

 その日は、何故かおなかがすかないままで、晩飯も
パスしてしまいましたが、カツカレーうどんとアイス
の組み合わせは、後で食欲がなくなるという意味で、
ダイエットに適しているかもしれないと思いました。

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壁と共に崩れたもの

 7月下旬、中国から帰った翌日に、今度は、アメリ
カの科学者連盟の会長の話を聞きましたが、その内容
は、なかなか興味あるものでした。

 この方は、海軍士官学校出身で、若い頃は、原子力
潜水艦に乗り組んでいましたが、その後、物理学者に
転進したという変り種で、この日は、科学者連盟が取
り組んでいるプロジェクトの数々を、紹介してくれま
した。

 例えば、一年前に立ち上げたプロジェクトでは、テ
ロリストがテロを実行しようとする時に、テロに使う
武器を、何を基準に選ぶかを分析したと言います。

 いわば、テロリストの心理分析ですが、この他、パ
キスタンの新興タリバンが、核を入手することに、い
かに強い関心を持っているかを調査したリポートもあ
って、いずれも、無料でダウンロードが出来るそうで
す。

 また、違う分野では、向こう10年間に水が枯渇す
るといわれる、イエメンの灌漑と緑化を手助けするた
めの、プロジェクトの話もありました。

 などなど、それぞれに興味深い話だったのですが、
この会長が、なぜ海軍を離れたのか、そのわけにも、
なるほどと感じさせるものがありました。

 それは、ベルリンの壁が崩壊して2週間たった時の
ことですが、彼は、原潜の乗組員として、核兵器の、
攻撃目標を設定する訓練を受けていましたが、同僚の
間で、ベルリンの壁の崩壊が、話題になることはあり
ませんでした。

 ただ、彼は、自分の心の中に起きた、大きな変化を
感じていましたので、アメリカが核攻撃を受けた時、
それに報復することに意味があるだろうか、自分が、
その一翼を担えるだろうかと、自問自答しました。

 その結果、出来ないとの結論に達して、直ちに軍を
離れた後、物理学を学びなおしましたが、さらに、世
界の安全に寄与したいと考えて、この道に進んだのだ
言います。

 そうしたバックボーンを聞けば、なおさらのこと、
技術者と科学者には倫理的責任がある、科学技術は、
人類に利益をもたらすものでなければならない、とい
う理念に、説得力が感じられました。

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中国こぼれ話

 4日間の北京訪問中に耳にしたことのうち、ブログ
に一本立ち出来なかった話を、まとめて書きとめてお
きます。

 まずは、卓球の福原愛さんに関する話で、彼女は、
流暢な中国語を操ることで知られていますが、遼寧省
の瀋陽で覚えた言葉のため、日本語で言えば、東北弁
にあたる訛りがあるそうです。

 ただ、それがまた可愛いと、そのことを教えてくれ
た、中国の青年は言っていました。

 次は、お酒の話ですが、山東省には、アルコールの
度数が71度という、とてつもなく強い白酒(パイチ
ュウ)があるそうです。

 化粧水のようなビンに入っていて、ちっちゃなグラ
スで、グイッと一息に飲むのですが、喉から食道へ、
そして胃へと、体の中をお酒が通り過ぎていくのが、
リアルタイムでわかるという、下戸の僕には、聞くも
恐ろしい話でした。

 一方、この6月からスタートした、成田と四川省の
成都市とを結ぶ定期便は、搭乗率が65%~70%と
好調ですが、特に、市内の動物園に行くと、パンダの
子供を抱いて一緒に写真を撮れることが、人気を呼ん
でいます。

 ところが、パンダを抱いての写真は、1枚が2千人
民元、日本円なら2万4千円とのことで、やらずぶっ
たくりの感が、ないではありません。

 ちょっと、お堅い話では、先代の江沢民主席は、誰
でも共産党員になれるというスローガンを掲げて、プ
ロレタリアの党を、資本家も入れる党に変えてしまい
ました。

 これに続いて、現在の胡錦涛主席は、「和諧(わか
い)社会」を唱えて、数多くの民族相互の間と、貧富
の差の融和を目指しました。

 さて、それでは、来年登場する次の主席は、何を、
これからの十年の旗印に掲げるのか、関心が高まって
いると言います。

 そんな中、中国社会にも、大きな影響をもたらして
いる、中国版のツイッター、「微博(ウェイボ)」の
利用者の数は、すでに2億人を超えて急成長していま
す。

 それを利用する人の中で、もっとも位の高い人は、
胡耀邦元主席のご子息の胡徳平さんで、利用者の間に
は、温家宝首相にも、微博(ウェイボ)を始めてほし
いとの声がありますが、それは、まだ実現していませ
ん。

 一方、その中国版のツイッターには、日本の化粧品
会社が登録をして、マーケティングに活用しています
が、僕が先生をしている早稲田大学も、その名前で登
録しようとしたところ、すでに、名前を使われていた
そうです。

 さすがに、中国は、何をするにも手早いなと感心し
ました。

 その話をしてくれた青年は、僕にも、微博のアカウ
ントを作るといいと勧めてくれましたが、それじゃ、
僕の書き送った日本語を訳して、アップしてくれます
かと言うと、そう来ましたかと、言葉を濁されてしま
いました。

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2011/08/05

北京報告(7)・・・基軸はどこに

 中国版シンクタンクのアナリストから、世界経済の
中で、アジアの通貨や金融が果たす役割について、今
後の展望を聞きましたが、終始、自信にあふれた語り
口で、とても興味深く耳を傾けました。

 その自信の背景にあるのは、リーマンショック後、
経済の中心は、中国を核とした、アジアに移っている
との実感です。

 ただ、世界の基軸通貨が、イギリスのポンドから、
ドルに代わった時と比べますと、ドルに代わり得るよ
うな、次代の機軸を担う、世界通貨がありません。

 このため、人民元の国際化は、歴史的に見てやむを
得ない流れだとしながらも、中国と日本が、為替の面
で協力をすることで初めて、アジアに、安定的な金融
環境が築ける、との認識が披露されます。

 と同時に、人民元がドルに依存している実態や、経
済が成熟している日本と、未だ途上国である中国との
違いをあげて、日中両国が、小異を捨てて大同につく
姿勢がないと、通貨の面での協力は進まないとの、指
摘も忘れません。

 その上で、日・中・韓が持ち出して、アジアに債権
基金を作れば、アジアの企業に、資金調達の道を広げ
ることが出来ると提言されます。

 さらに、提言の中には、日・中・韓3ヶ国による、
アジア独自の評価機関、格付け機関の立ち上げもあり
ました。

 シンクタンクのアナリストの発言とはいえ、日本か
らの代表団への説明である以上、政府内で、ある程度
のすり合わせがなされている、と考えるのが当然です
ので、日本側が、この提言をどう受け止めるのか、な
かなか重みのある話でした。

 その後の、アメリカの国債をめぐる、連邦議会内で
のかけ引きをはじめ、アメリカ経済の先行きへの不安
が、かつてない円高を生んでいる現状を考えた時、こ
れからの経済の基軸をどう見通していくのか、アメリ
カと中国双方に対する、知識と勘と人脈の豊富さが、
問われそうです。

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北京報告(6)・・・中原からシルクロードへ

 日本や欧米諸国のような、民主主義国から見た時、
中国国内での少数民族への対応は、大いなる問題です
が、長い大陸の歴史から見た時には、少し違った観点
があることを教わりました。

 例えば、チベットと並んで波乱要因の絶えない、新
疆ウィグル自治区には、47の少数民族がいますが、
一人っ子政策が続く漢民族と違って、3人まで子供を
作ることができますし、学校で受ける授業も、漢語と
ウィグル語のどちらかを、選択出来るようになってい
ます。

 とはいえ、ウィグル族であっても裕福な家庭では、
学校では、漢語の授業を選択する代わりに、家でウィ
グル語を教えるようで、子供の出世を願う親の気持ち
は、どこもかわることはありません。

 こうした、少数民族と漢族との関わりには、古くか
らの経緯がありますが、歴史をひも解いて見ると、唐
の時代に、西安から内側の東側は、漢族の土地、西側
つまり外側は、他の民族の土地という、取り決めが出
来たのだそうです。

 ところが、その後、この境を越えたモンゴル族と満
州族が、それぞれ、元と清を建国して、漢族を支配下
に治めたことから、そのバランスが破られました。

 このため、支配権が逆転した現在、今度は漢族が境
を越えて、朝鮮、満州、モンゴル、ウィグルなど、他
の民族の土地を、支配下に置いているわけで、現在の
少数民族問題の発端は、遠く唐の時代まで遡ることに
なります。

 と考えて見ますと、日本による満州国の設立も、漢
族の歴史観から見れば、過去に何度も繰り返された、
中原の外側での紛争の一つとしか、映っていなかった
かもしれません。

 ですから、日本が、その一線を越えて、中原の地に
も、足を踏み込んできたことが、今もって中国が、根
強い反発の姿勢を取り続けている理由ではないかと、
指摘する人もいるそうです。

 そんなお話を聞きながら、少数民族が織りなす、中
国の周辺地域の問題も、外側からの目で見るか、それ
とも、内側からの目で見るかで、感覚に違いのあるこ
とを学びました。

 ただ、これらの地域は、重要な戦略物資である、レ
アアースなどの主要生産地ですので、現状の中国にと
っては、少数民族問題は、一に経済格差、二に資源の
問題で、民主化がテーマでないことは明らかです。

 そうした中、中国政府は、8つの国と国境を接する
新疆ウィグル自治区を、中央アジアからヨーロッパへ
のゲートウェイと位置づけて、今年9月1日から、中
心都市のウルムチで、大規模な商談会を開催する予定
です。

 その一方で、かつてのシルクロードに位置する国境
の町、カシュガルでは、7月末にテロ事件が発生する
など、不安定な要因が消えていません。

 ですから、中央アジアへの窓口との触れ込みで、内
側に向けられている厳しい目を外に、さらには、もっ
と西へと向けられるのか、地政学的な位置づけも含め
て、今後とも、目の離せないテーマです。

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2011/08/03

北京報告(5)・・・対中開放度

 北京駐在の日本人の方とお話しをしていて、中国に
どこまで門戸を開いていくのか、わが国と欧米諸国と
の間には、その考え方に、まだまだ開きがあることを
感じました。

 前にも、このブログに書いたように思いますが、ア
メリカの大手の清涼飲料水のメーカーは、中国国内に
ある現地法人の董事長、つまり社長を、すべて中国人
にしていて、その全体の経営を、香港にいるアメリカ
人スタッフが、統括する仕組みを取っています。

 これに対して、日本の企業では、董事長に日本人を
据えているところが数多くありますし、その下に、多
くの日本人スタッフを送り込んできました。

 最近でこそ、中国政府が、一つの事業所ごとに、本
国から派遣される社員は4人までという、ルールを定
めましたので、特例措置が認められている、航空会社
の支店を除いては、日本企業も、日本人スタッフは4
人までに、制限されるようになりました。

 ところが、この方が調べてみたところ、ユナイテッ
ドにしろルフトハンザにしろ、外国の大手の航空会社
は、すでに、本国からのスタッフを、4人以内に抑え
ているのだそうです。

 このことを逆から見れば、中国人のスタッフに、ど
こまで門戸を開くのかという、対中開放に対する、考
え方の違いということになりますが、この違いは、大
使館の運営にも表れています。

 例えば、北京駐在の日本大使館は、あわせて200
人の館員のうち、110人が日本人、90人が中国人
という割り合いです。

 これに対して、アメリカ大使館は、総勢が千人と大
所帯ですが、このうち、アメリカ人は300人、中国
人が700人という割り振りで、このあたりにも、対
中開放に対する、日米両国での、考え方の差がうかが
われます。

 中国の国内では、この7月1日から、例えば、日本
から派遣されている日本人社員ような、中国から見た
外国人社員に対しても、社会保険料の支払いが求めら
るようになって、日中間での、新たな懸案になってい
ますが、考えて見ますと、今回話題にしたテーマも、
背景でつながっているのかもしれません。

 と同時に、欧米の企業が、そのあたりの動きを察知
しながら、対中開放の体制をとっているのなら、した
たかさが一枚上手だなあと感心しました。

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北京報告(4)・・・しっぺい返しか

 今回の訪問団には、いくつかのミッションがありま
したが、その一つは、原発の事故を受けて中国側が取
っている、食品や農産品などの輸入に関する、規制措
置の緩和でした。

 僕が参加した経済団体では、いわゆる餃子事件など
の影響で、一気に落ち込んだ、日中間の食料品の貿易
を拡大するために、去年の3月、日中食品安全・貿易
促進会を立ち上げています。

 その活動の中で、中国からの輸入の拡大に続いて、
日本の食品のさらなる輸出を目指そうとした矢先に、
福島第一原子力発電所の事故が起きたため、中国政府
は、日本の食品や、農産物・水産物などの輸入を、停
止または規制する措置を取りました。

 このため、日本の輸出元だけでなく、中国国内に進
出している、日本の食品関連の企業が、製造に欠かせ
ない原材料を、日本から輸入出来なくなって、生産中
止に追い込まれるといった事例も起きています。

 ところが、この問題に対する中国側の態度は、きわ
めて強気に見えます。

 例えば、貿易を管轄する商務部の幹部は、東日本の
震災に関する情報が、当初より不透明で、輸入規制を
解除しようにも、判断のための材料が少なすぎると、
日本政府の対応のまずさを、公然と指摘します。

 また、中国国内に輸入される品物の、検査を担当し
ている部局と、日々交渉している日本側の担当者は、
餃子事件の当時、日本側が過敏に反応したことに対し
て、中国側には、かなりのしこりが残っていると言い
ます。

 このため、放射線を照射した農産物、例えば、芽が
出ないようにしたジャガイモなどの、中国からの輸入
を、日本が全面的に禁止している点をあげて、日本の
放射線の、安全基準より低いのに何故かと、迫ってく
るのだそうです。

 あわせて、日本は、放射能による汚染を防げると言
っていたのに、防げていないではないかと、こちらの
弱点を、ずばりと突いてきます。

 今回の場合、向こうの言い分に、真っ向から反論で
きない弱みもあるだけに、今後、食の安全に関わる、
さまざまなトラブルが起きた時に、どのように情報を
開いて、決着点を見出していくのか、そのルールを考
えておくことが必要です。

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北京報告(3)・・・戦略の石

 レアアースを始め、鉱物資源をめぐる国際的な現状
と、中国の経済戦略との関わりを考えてみました。

 このところ、鉱物資源の国際価格は、軒並み値上が
りを続けています。

 例えば、石炭を蒸し焼きして作る、コークスの価格
は、2~3年前には、1トン当たり100ドルでした
が、現在は6倍の600ドルになっていますので、高
炉の燃料としてコークスが欠かせない、鉄鋼などの産
業は、大変厳しい状況になっています。

 また、銅も資源が減ってきていて、日本の企業が南
米のチリに、2013年に開業する銅山は、採掘口の
高さが4800メートルと、富士山よりも高い場所に
あります。

 このため、初期投資も半端な額ではありませんし、
何よりも、採掘現場まで水を汲み上げるのがひと苦労
ですが、それでも事業として成り立つほどの、価格に
なってきています。

 同様に、手に入りにくくなっている鉱物資源に、セ
リウム、ランタン、プラセオジウムなどの、いわゆる
レアアースがありますが、こちらは、ご存知のように
別の理由があります。

 それは、主な産出国である中国が、輸出を規制して
いるからで、僕が参加した経済団体の訪問団が、温家
宝首相と会った時にも、レアアースのことが、大きな
話題になりました。

 もともと地質学が専門の温家宝首相は、自信ありげ
に、これは、採掘現場での環境保全のために、生産を
調整しているだけで、外国企業への、経済的な影響を
目論んだものではないと強調します。

 しかし、その説明を、そのまま素直に受け取る人は
少ないでしょう。

 僕も、その後、中国政府の経済計画の担当者から、
今年度から始まった、第12次5ヶ年計画の内容を聞
く中で、そうかと思うことがありました。

 それは、レアアースの問題が、新しい5ヶ年計画を
実現するための、戦略に関わっているのではないかと
いうことで、これまでの中国は、人件費の安さと資源
の豊富さ、それに、国内マーケットの大きさという、
持てる素材を原動力に、経済を伸ばしてきました。

 ただ、素材頼りのままでは、今後の成長が望めませ
んので、第12次の5ヶ年計画では、「生産サービス
の分野での、対外開放を進める」という表現で、付加
価値の高い経済への転換を目指しています。

 とはいえ、現在の中国企業が、そのためのイノベー
ションを、自らの力で実現出来るかと言えば、それは
難しいことです。

 となれば、その技術を手に入れるため、外国から、
付加価値の高い技術を持った産業を、中国の国内に引
き込むのが、一番の近道ということになります。

 そこで、レアアースの輸出を規制した上で、中国国
内に立地をすれば、国内企業と同じ扱いでレアアース
を使えますという条件を、呼び水とすることが、国内
産業を高度化するための、一つの戦略に、なっていは
しないかと感じられたのです。

 戦略という言葉は、「戦」いを「略」すと書きます
が、レアアースやコークスという石を使って、日本の
企業との戦いを略してしまおうという、中国流の兵法
にどう立ち向かうのか、わが国にも戦略が求められて
います。

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北京報告(2)・・・息を潜める人たち

 北京訪問は、浙江省の温州で、高速鉄道の事故が起
きた直後でしたので、日中双方の方が、話題にしてい
ました。

 この事故は、日本では、高速鉄道の事故と報じられ
ていますが、中国では、時速300キロ超を高速鉄道
と、またそれ以下で、時速200キロ超の鉄道を、動
力組と呼びますので、今回事故を起こした列車は、向
こうの仕分けでは、動力組ということになります。

 それはともかく、携帯が普及している上、微博(ウ
ェイボ)と呼ばれる、中国版のツイッターを利用する
人が、2億人を超えていることから、中国鉄道部が、
従来のように事故を隠してしまおうとしても、それが
出来なかった事情は、これまで報道されている通りで
す。

 この事故について、24日の午後、僕が参加した、
日本の訪問団と会見した温家宝首相は、事故への対応
で、ほとんど寝られなかったと語りながら、落雷とい
う話もあるがという、日本側からの問いかけに対して
は、そういう原因もあるかもしれないし、他の原因か
もしれないと、慎重な言い回しでした。

 この事故の経過を、北京でウォッチしていた日本の
方は、中国の官界の方と、北京発の列車の責任まで、
上海鉄道局に負わせるわけにはいかないだろうと、話
していたそうですが、その予想に反して、上海鉄道局
の幹部が即刻飛ばされたので、驚いたそうです。

 しかし、考えてみますと、中国では来年が政権交代
の年で、9人いる中央政治局の常務委員のうち、7人
までが交代になりますので、周辺にいる党幹部は、そ
っと身を潜めている時期です。

 つまり、下手に目立ってもいけないし、そうかとい
って、この事故を理由に、出世レースから引きずり下
ろされてもいけないという、微妙な時期ですので、ま
ずは、北京にまで累が及ばないように、トカゲの尻尾
を切っておこうというわけでしょう。

 一方、町に出ると、一般の人の中には、やはり急ぎ
すぎだという声が聞かれます。

 確かに、日本が、1964年の東海道新幹線の開業
から、半世紀近くかけて積み上げてきたものを、6倍
ほどのスピードで実現しようとしているのですから、
急ぎすぎであることは間違いありません。

 さらに、町の噂では、胡錦濤主席のご子息が、この
鉄道のソフトウェアに関わったという話もあって、来
年に向けての各派の情報合戦も、水面下で戦わされて
いるようでした。

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