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2011/08/05

北京報告(6)・・・中原からシルクロードへ

 日本や欧米諸国のような、民主主義国から見た時、
中国国内での少数民族への対応は、大いなる問題です
が、長い大陸の歴史から見た時には、少し違った観点
があることを教わりました。

 例えば、チベットと並んで波乱要因の絶えない、新
疆ウィグル自治区には、47の少数民族がいますが、
一人っ子政策が続く漢民族と違って、3人まで子供を
作ることができますし、学校で受ける授業も、漢語と
ウィグル語のどちらかを、選択出来るようになってい
ます。

 とはいえ、ウィグル族であっても裕福な家庭では、
学校では、漢語の授業を選択する代わりに、家でウィ
グル語を教えるようで、子供の出世を願う親の気持ち
は、どこもかわることはありません。

 こうした、少数民族と漢族との関わりには、古くか
らの経緯がありますが、歴史をひも解いて見ると、唐
の時代に、西安から内側の東側は、漢族の土地、西側
つまり外側は、他の民族の土地という、取り決めが出
来たのだそうです。

 ところが、その後、この境を越えたモンゴル族と満
州族が、それぞれ、元と清を建国して、漢族を支配下
に治めたことから、そのバランスが破られました。

 このため、支配権が逆転した現在、今度は漢族が境
を越えて、朝鮮、満州、モンゴル、ウィグルなど、他
の民族の土地を、支配下に置いているわけで、現在の
少数民族問題の発端は、遠く唐の時代まで遡ることに
なります。

 と考えて見ますと、日本による満州国の設立も、漢
族の歴史観から見れば、過去に何度も繰り返された、
中原の外側での紛争の一つとしか、映っていなかった
かもしれません。

 ですから、日本が、その一線を越えて、中原の地に
も、足を踏み込んできたことが、今もって中国が、根
強い反発の姿勢を取り続けている理由ではないかと、
指摘する人もいるそうです。

 そんなお話を聞きながら、少数民族が織りなす、中
国の周辺地域の問題も、外側からの目で見るか、それ
とも、内側からの目で見るかで、感覚に違いのあるこ
とを学びました。

 ただ、これらの地域は、重要な戦略物資である、レ
アアースなどの主要生産地ですので、現状の中国にと
っては、少数民族問題は、一に経済格差、二に資源の
問題で、民主化がテーマでないことは明らかです。

 そうした中、中国政府は、8つの国と国境を接する
新疆ウィグル自治区を、中央アジアからヨーロッパへ
のゲートウェイと位置づけて、今年9月1日から、中
心都市のウルムチで、大規模な商談会を開催する予定
です。

 その一方で、かつてのシルクロードに位置する国境
の町、カシュガルでは、7月末にテロ事件が発生する
など、不安定な要因が消えていません。

 ですから、中央アジアへの窓口との触れ込みで、内
側に向けられている厳しい目を外に、さらには、もっ
と西へと向けられるのか、地政学的な位置づけも含め
て、今後とも、目の離せないテーマです。

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