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2012/02/13

白髪男の玉手箱

 兄嫁の家から、母が愛用していた、古い手提げ箱を
持ち帰ってみると、中からは、思わぬ品が次々と顔を
出しました。

 この手提げ箱は、竹を使った中国風のあしらいで、
僕が物心がついた頃から、母が、身の回りの、大切な
ものをしまうのに使っていました。

 この手提げ箱は、母が亡くなった後は、兄の家に置
いてありましたが、その兄も今年で七回忌ですので、
兄嫁の引っ越しを機会に、わが家に引き取ってきまし
た。

 見るだけでも、触れるだけでも懐かしい箱ですが、
中を開けると今度は、懐かしさに加えてびっくりの連
続でした。

 まず、ふたを開けて上の段を見ますと、母の字で、
「正子の大切な品」と記した、小さな紙の包みが出て
きます。

 恐る恐る包みを開きますと、中から出てきたのは、
父のへその緒と、父が生まれたばかりの時に切った、
産髪(うぶがみ)でした。

 父が亡くなって、今年で50年、今から数えれば百
年以上前にあたる、父の誕生の日の記念の品を手に、
自然の神秘を感じました。

 と同時に、どんな機会に、父が、これを母に手渡し
たのだろうかと、思いを巡らせてみました。

 さらに、下の段には、戦後間もない時代、僕がまだ
幼稚園に通っていた頃に、政治家として、西アジアか
ら東南アジを歴訪した父が、僕たち家族に宛てた、葉
書の束が出てきました。

 家族に宛ててとは言っても、母と、中学生だった兄
と僕には、それぞれ別々の内容で、僕宛のものは、全
文ひら仮名です。

 一方、兄に宛てた葉書には、シンガポールで、在シ
ンガポールのイギリスの総督と会った話などが書かれ
ていて、三人に三様の話を書くのも、大変だったろう
と偲ばれました。

 もう一つ、歴史を感じたのは、太平洋戦争の開戦の
前年、昭和15年に行われた紀元二千六百年記念式典
の、父への案内状です。

 葉書大の案内状には、当時、興亜院という役所の官
吏をしていた父宛に、皇居の外苑に両陛下がお出まし
になるので、参列をするようにと記されていますが、
文面の最後には、「内閣総理大臣 近衛文麿」とあっ
て、教科書で見た名前を再発見した思いでした。

 この日は、僕の、65歳の誕生日の前日でしたが、
煙も出ぬ間に、髪の色もすっかり白くなった自分にと
っては、何よりの玉手箱でした。

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