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2012/03/10

10年後にまた会いたい

 間もなく、東日本大震災から一年という日の夜、震
災で肉親を失った、若者たちを支援するグループの、
夕食会に出席しました。

 この団体は、ビヨンド・トゥモロウという名で、東
北の被災地の25人の若者を、支援する活動を続けて
いますが、その若者たちに、自らの体験談や、この国
に対する思いをお話をした縁で、彼らを囲む夕食会に
も声をかけてもらいました。

 各界の著名人も参加する、そうそうたる夕食会でし
たが、その席で二人の若者が、あの日の体験と、それ
からの思いを語りました。

 一人は、9月からスイスの寄宿学校に留学する予定
の、石巻の高校一年の女の子、もう一人は、4月から
大学に進学する、大船渡の男子高校生です。

 いずれも、とても重い話ですし、かなり長くもなり
ますが、二人が語ってくれた話を、なるべく忠実に再
現することにします。

 「3月11日は、中学校の卒業式の日でした」、石
巻の女の子の話は、こんな切り出しで始まります。

 10年間つき合った友達との、記念の日に、良い日
になると思っていました、その後、家に帰ったら、経
験したことのないような揺れに襲われました。

 すぐに停電して、テレビを見ることが出来なくった
ので、私の携帯で、津波警報が出ていることを知りま
した、しかし、時すでに遅く、地鳴りのような音とと
もに、黒い水とがれきが、私の家と家族を飲み込みま
した。

 もう死ぬんだ、高校の制服を着たかったなあと思っ
た時、がれきの下から、母が私の名前を呼ぶ声が聞こ
えました。

 そこには、変わり果てた姿の母がいました、挟まれ
た足を抜こうとしても、一人ではどうしようもない重
さです。

 母を助けたいけれど、このままここにいたら、自分
も流されてしまう、母を助けるか逃げるかと考えたう
え、自分の命をとりました、今思い出しても、涙の止
まらない選択でした。

 母に、有難う有難うと声をかけますと、母は、行か
ないでと言いましたが、その母を置いてきました、こ
れ以上辛いことは、これからの一生のうちにも、もう
ないと思います。

 泳いで小学校の方に渡って、一晩を過ごしました、
辛くて死のうと思った日もありましたし、なんで私だ
けがと、思ったこともあります。

 私は、沢山のものを失いました、でも、多くの方々
のおかげで、沢山のものもいただきました。

 続いて演壇に立った、大船渡の男子高校生の話は、
「前日の午後4時ごろ、空が赤くなって、鳥が一杯空
を舞っていたので、何か悪いことが起きなければいい
がと思っていました」と、地震の前日の記憶から始ま
ります。

 3月11日、14時45分18秒、地震が起きた時
は、部活の活動中でした、あまりの大きな揺れに、多
くの生徒は興奮状態で、中には、笑みをうかべる者も
いました。

 非日常の出来事に、密かに喜びさえ感じたのでしょ
う、これから起きることも知らずに。

 海から50メートルのわが家とは、連絡が取れませ
んでしたが、裏山に逃げたのだろうと、あまり心配も
せずに、その晩は学校に泊まりました。

 翌日、三陸鉄道を越えて、学校から1時間歩いて、
わが家に帰りました。

 三陸鉄道のトンネルを抜けると、そこには何もあり
ませんでした、報道で覚悟していた光景でしたが、そ
こには、覚悟していない事実がありました、それは、
この世界から、母と祖母が消えていたことです。

 父からそのことを聞かされても、なんのことかわか
りませんでした、父に裏の山に連れて行かれて、車の
中に置かれた母の遺体を見ました、ただ叫ばずにはい
られませんでした。

 両手で、母の顔を包んでも、手は冷えていくばかり
で、温かさが戻ることはありません。

 火葬をしなくてはいけないとわかってはいても、火
葬されて、母の肉体が炎の中に消えていくのが、たま
らなく嫌でした。

 それからの毎日には、意味が見出せず、大丈夫かと
聞かれても、何が大丈夫なのかがわからず、ただやみ
くもに、がれきの片づけをしました。

 母が津波に飲まれたのは、自分と弟の学習道具を、
二階に上げてくれていた時だったと父に聞かされて、
母に申し訳ない気持ちで一杯でした。

 自ら、命を絶たずにここまで来たのは、母や祖母の
ために、故郷の復興に務めるためです、大船渡を、も
とのままの町ではなく、災害に強い魅力的な町にする
ために、大学で建設工学を学びたいと思います。

 人々の心から、東日本大震災を風化させない、私た
ちの経験を発信することで、今後も地震は止められな
くても、地震が起きた時の被害を少なくは出来る、そ
れが、今回の教訓を生かすことになります。

 心の中に、永遠に居続ける母とともに、強く生きて
いきたいと思います。

 細かい部分に、言葉遣いの違いがあるかもしれませ
んが、お二人の話は、おおむねこうした内容、こうし
た流れでした。

 想像もできないような、辛い体験を乗り越えた彼ら
の強さは、並大抵のものではありませんし、彼らの中
から必ずや、次代の東北を、日本を引っ張っていくリ
ーダーが出てくると実感しましたが、まずは、10年
後に、もう一度彼らに再会したいものです。

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